空虚な椅子と、歪な礎石 其十
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
木曜日、午前九時。
冬晴れの空は高く澄み渡り、乾燥した冷たい空気が頬を刺す。
約束の場所である、都内近郊の大きな公園の入り口前には、指定時刻より少し早く着いた松田が、所在なげに立っていた。
くたびれたチャコールグレーのコートの襟を立て、マフラーに顔をうずめるようにしているが、隠しきれない目の下の濃いクマと、全体に漂う疲労感が、彼が昨夜まともに眠れていないことを物語っていた。
今日は例の窮屈な制服ではない、いつもの私服姿だが、その背中は心なしかいつもより小さく見える。
(…ったく、あの小娘め…人をなんだと思ってるんだか…)
頭の中で、昨夜の理不尽な出来事を反芻し、何度目かの溜息をついた、その時だった。
ブォン、と低い、しかし洗練されたエンジン音が近づき、彼の目の前に、鮮やかなイタリアンレッドのスポーツカーが、滑るように停車した。
昨日まで乗っていた地味な覆面セダンとは、あまりにも対照的なその車体は、冬の朝の光を浴びて、艶やかに輝いている。
運転席のドアが開き、颯爽と降りてきたのは、桜井だった。
いつものパンツスーツではなく、今日は上質なキャメル色のコートに、動きやすそうな濃紺のタートルネックセーター、そして細身のパンツという、上品で洗練された、しかし決して華美ではない私服姿だ。
手には、有名ブランドのものと思われるシンプルなトートバッグを持っている。
「おはようございます、松田さん。お待たせしましたか?」
桜井は、快活な笑顔で声をかけてきた。
その表情には、昨夜までの疲労の色はほとんど見えない。
「…いや、俺も今来たとこだ。しかし…」
松田は、目の前の真っ赤なスポーツカーと、いつもと雰囲気の違う桜井の姿を交互に見比べ、呆れたように言った。
「本当に、これで来たのか? これで『散歩』ってのは、いくらなんでも目立ちすぎやしないか?」
「大丈夫ですよ。これ、意外と小回りも利きますし、いざという時は速いですから」
桜井は悪戯っぽく笑う。
「それに、今日の私たちは『デート中のカップル』なんですから、これくらいお洒落な方が自然でしょう?」
「…その冗談は、もういい」
松田は、こめかみを押さえた。
促されるまま、松田はスポーツカーの助手席に身を沈めた。
低いシートに体が包み込まれる。
上質な革の匂いと、桜井のものらしい、微かで清潔な香りが鼻腔をくすぐった。
「それで、松田さん。昨夜、結局ほとんど眠れなかったんじゃないですか? クマ、すごいですよ」
車が静かに走り出すと、桜井が心配そうな声で尋ねてきた。
「…まあな」
松田は、重い頭をシートのヘッドレストに預け、目を閉じた。
「お前との電話を切った後、またあの小娘…エミリアから叩き起こされてな」
「えっ? 何かあったんですか?」
「ああ…。なんでも、保護司さんところに預けた、あの二人組が、また別の家出娘のグループがチンピラに絡まれてるのに首を突っ込んだらしくてな。で、相手が『鬼塚』だかなんだか、物騒な名前を出してきて、収拾がつかなくなった、と」
松田は、やれやれという口調で、昨夜の顛末を語り始めた。
エミリアからの有無を言わせぬ指示、深夜の現場急行、怯える少女たち、そして、なんとか保護司の源さん夫妻に事情を説明し(もちろん、エミリアのことは伏せて)、彼女たちを預けてきたこと…。
「…そんなことがあったんですか。それは…本当に、お疲れ様でした」
桜井は、驚きと、松田への労いの気持ちを込めて言った。
「じゃあ、ほとんど寝てらっしゃらないんじゃ…」
「まあ、官舎に戻ってシャワー浴びて、一時間くらいはウトウトしたがな。…そんなわけで、今日は正直、頭が回らんかもしれん。すまんな」
「いえ…。でしたら、松田さん」
桜井は、優しい声で提案した。
「最初の目的地まで、まだ少し時間がかかります。着くまで、少し休んでいてください。私が起こしますから」
「いや、しかし…」
「いいですから。今日の私は、松田さんの優秀なドライバー兼ナビゲーターですので」
桜井の、有無を言わせぬ、しかし思いやりに満ちた言葉に、松田は、さすがに抗えなかった。
深い疲労感が、鉛のように全身に広がっている。
彼は、「…悪いな」と短く呟くと、助手席のシートを少し倒し、再び目を閉じた。
ほとんど間をおかず、静かな寝息が聞こえ始めた。
桜井は、隣で眠る松田の寝顔を、一瞬だけ、そっと盗み見た。
いつもは険しいその顔が、今は少しだけ幼く、無防備に見える。
彼女は、小さく息をつくと、再び前方に視線を戻し、運転に集中した。
アクセルとブレーキの操作は、普段以上に滑らかに。
路面のわずかな凹凸も、巧みなハンドルさばきで避けていく。
まるで、壊れ物を運ぶかのように、あるいは、大切な人を揺り起こさないように。
スポーツカーは、その性能を誇示するかのような派手な挙動を一切見せず、ただ静かに、そして確実に、冬の朝の光の中を滑るように進んでいく。
車窓からは、目覚めたばかりの東京の街並みが流れていく。
朝日に輝くビル群、慌ただしく行き交う人々、公園の木々のシルエット。
桜井は、その景色を冷静に観察しながら、今日の『散歩』のルートと、エミリアが示した『引退したプロ』の姿を頭の中で重ね合わせていた。
限られた時間。非公式な捜査。
そして、隣で眠る、このどうしようもなく厄介で、しかし放っておけない先輩刑事。
(…必ず、手がかりを掴んでみせる)
彼女は、静かに決意を固めた。
赤いスポーツカーは、朝の陽光を受けて輝きながら、最初の目的地へと向かって、その速度を上げていった。
***
木曜日の朝、冬の太陽がようやく街を暖め始めた頃。
鮮やかなイタリアンレッドのスポーツカーは、その派手な外見とは裏腹に、驚くほど静かに都心の洗練された街並みを滑っていた。
運転席の桜井は、キャメル色のコートの下に覗くタートルネックが知的な印象を与える。
助手席では、松田が仮眠から覚め、まだ少し重い瞼をこすりながら、窓の外の景色に目をやっていた。彼のくたびれたコート姿は、この高級車とは絶望的にミスマッチだったが、今はそんなことを気にしている余裕はない。
「…で、最初の『散歩』先は、ここか」
松田が、ナビの地図を確認しながら呟いた。車が停車したのは、ガラス張りのエントランスが印象的な、都心の一等地に建つ高級タワーマンションの前だった。
リストの一人目、かつて土地関連の詐欺容疑で捜査線上に浮上したものの不起訴となった初老の女性が、ここに住んでいるという情報だった。
現在は、投資セミナーの講師として、表向きはクリーンな活動をしているらしい。
「さて、どうアプローチしますか?『近くの素敵なカフェを探しているカップル』作戦でいきます?」
桜井が悪戯っぽく尋ねる。
「…やめておけ。そういうのは、君だけで十分だ」
松田は溜息をついた。
「俺は、少し離れた場所で、人の出入りと、マンションのセキュリティでも観察しておく。君は…そうだな、うまくコンシェルジュか、あるいは出入りする住民にでも接触して、彼女の評判でも探ってみてくれ。くれぐれも怪しまれないようにな」
「了解です」
桜井は、マンションのエントランスから少し離れた、しかし中の様子が窺える位置に、スポーツカーを静かに停車させた。
「じゃあ、行ってきます」
彼女は、コートの襟を直し、ルームミラーで表情を確認すると、にこやかな、しかしプロフェッショナルな笑みを浮かべた。
「ああ、頼む。無理はするなよ」
松田は、助手席から、サングラス越しに、厳重そうなマンションのセキュリティ体制と、ガラス張りのエントランスの奥に見えるコンシェルジュの姿を観察する。
出入りする住民たちも、皆、一様に無関心そうな、どこかよそよそしい雰囲気を漂わせていた。
桜井は、その空気をものともせず、颯爽と車を降りると、背筋を伸ばし、迷いのない足取りでマンションのエントランスへと向かっていった。
松田は、その頼もしい後ろ姿を、車の中から静かに見送った。
しばらくして戻ってきた桜井は、小さく首を横に振った。
「収穫なし、です。コンシェルジュは鉄壁でしたし、数人の住民の方とお話しできましたが…『最近、羽振りの良いセミナー講師の先生』という評判ばかりで。特に怪しい噂や、今回の事件に繋がりそうな話は…」
「…そうか。まあ、今は合法的に、それなりに稼いでいるんだろうな。今回の、チンピラを使ったような泥臭い手口とは、どうも結びつかん」
松田は、リストの最初の名前に、小さくバツ印をつけた。
「次だ、次」
車は再び走り出し、今度は高層ビルと海風が混在する湾岸エリアへと向かう。
煌びやかなホテルのエントランス前に車を寄せ、桜井は慣れた様子でバレーパーキングにキーを預けた。
二番目のターゲットは、このホテルに長期逗留しているという高齢の男性。
過去に地面師グループのマネーロンダリングに関与した疑惑があったが、証拠不十分で不起訴。
現在の収入源は不明という、謎めいた人物だ。
「ここは、下手に動くより、少し様子を見よう」
松田の提案で、二人はホテルの広々としたラウンジに席を取った。
大きな窓からは、陽光を反射してきらめく東京湾が一望できる。
高級そうな調度品、静かに流れるクラシック音楽、そして洗練されたサービス。
場違いな空気に、松田は少し居心地が悪そうに、熱いコーヒーを啜った。
「…あれ、でしょうか」
桜井が、視線だけで示した先に、白髪をオールバックにし、高価そうなシルクのガウンのようなものを羽織った、細身の老人が一人、窓際の席で静かに新聞を読んでいる姿があった。
時折、ウェイターに何かを命じる仕草は、尊大ともいえるほど堂に入っている。
「…かもしれんな」
松田も、その老人を観察する。
「相変わらず、食えない爺さんだ。金の匂いはプンプンするが…」
二人は、その後もしばらくラウンジで時間を潰し、老人の様子を観察したが、彼が誰かと密談するような様子もなく、また、今回の空き家占拠事件に繋がるような気配は、全く感じられなかった。
「…黒い噂は絶えないが、今回の件とは畑が違う、か」
松田は、再びリストに印をつけながら呟いた。
「時間だけが過ぎていくな…」
時刻は既に午後を大きく回っていた。
焦りが、じわりと松田の胸に広がる。
最後の望みを託し、二人が次に向かったのは、都心から離れた、静かな郊外の住宅地だった。
かつて、強引な地上げで名を馳せたという老人が、今は自宅で療養生活を送っているという。
車窓の景色も、高いビル群から、次第に緑の多い、落ち着いた家並みへと変わっていく。
ターゲットの家は、古いながらも手入れの行き届いた庭を持つ、立派な日本家屋だった。
人の気配はあまり感じられないが、時折、訪問介護サービスのステッカーを貼った軽自動車が出入りしているのが見えた。
「今度は、私が聞き込みしてみましょうか」
松田は、桜井に言った。
「君のような若い女性より、私のような年寄りが、『昔この辺りに住んでいた者ですが…』と話しかける方が、警戒されないかもしれん」
松田は、コートの埃を払い、少し猫背気味に、しかし人の良さそうな表情を作って車を降りた。
そして、庭いじりをしていた近所の老人や、井戸端会議中の主婦たちに、世間話を装って、巧みにターゲットの老人の評判を探り始めた。
「ああ、〇〇さんねぇ。昔はそりゃあ、色々あったみたいだけどねぇ…」
「今はもう、すっかり好々爺だよ。ほとんど寝たきりだって聞くし」
「息子さんもたまに見かけるけど、真面目そうな方だしねぇ…」
近隣住民の話から浮かび上がってきたのは、かつての悪評とは裏腹の、静かに余生を送る老人の姿だった。
強引な地上げ屋だった頃の力は、もうどこにも残っていないように思える。
車に戻った松田は、無言で首を横に振った。
リストの最後の名前にも、バツ印がつく。
時刻は、午後四時を回ろうとしていた。
「…ダメでしたね」
桜井が、落胆した声で呟く。
「エミリアさんのプロファイリング、外れてたんでしょうか…?」
「…いや、分からん」
松田は、腕を組み、車窓の外の、傾き始めた西日を見つめた。
「プロファイリング自体が間違っていたのか、それとも、俺たちの探し方が悪いのか…。あるいは、まだ何か、決定的に見落としているものが…」
車内には、再び重たい沈黙が落ちた。
焦りと、徒労感。
そして、刻一刻と迫るタイムリミット。
エミリアに頼るという最終手段が、現実味を帯びて、二人の肩に重くのしかかる。
冬の陽は、既に長く影を伸ばし始めていた。
彼らに残された時間は、もう、あまりにも少なかった。
***
木曜日の午後、陽が西の空へと大きく傾き、街路樹の影がアスファルトの上に長く伸び始めていた。
朝から続けていた非公式の『散歩』――引退した地面師や地上げ屋たちの周辺調査――は、結局、空振りに終わった。
桜井が運転するスポーツカーの車内には、徒労感からくる重苦しい沈黙が流れていた。
窓の外を流れる、家路を急ぐ人々の姿が、どこか遠い世界の出来事のように感じられる。
「……すまんな、桜井」
沈黙を破ったのは、助手席の松田だった。
彼は、シートに深く身を預けたまま、疲れた声で言った。
「今日はもう終わりにしよう。結局、何の成果もなかった。貴重な休日を、一日付き合わせてしまったな」
「いえ、そんな…」
桜井は、彼の声に含まれる落胆の色を感じ取り、言葉を探した。
「何か少しでも手がかりが見つかるかと思いましたが…残念です」
「ああ…」
松田は、短く頷くと、少しだけ言い淀みながら続けた。
「それで、なんだが…このまま帰る前に、一ヶ所だけ、寄らせてもらってもいいだろうか」
「もちろんです。どちらへ?」
「古くからある定食屋なんだが…」
松田は、少しだけ照れたような、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「昨夜、その…ちょっとした騒ぎがあってね。ここの店主夫妻に、急遽、訳ありの若い子たちを預かってもらったんだ。きちんと挨拶と、迷惑をかけた詫びをしておきたくてね。捜査とは関係ない、個人的な用事なんだが…」
その言葉に、桜井は(ああ、昨夜、電話の後で松田さんが駆けつけたという件か)と合点がいった。
「分かりました、行きましょう」
彼女は、松田の気持ちを汲み取り、快活に、しかしどこか優しい響きを込めて答えると、カーナビに目的地を入力し、滑らかにハンドルを切った。
松田の、刑事としてではない、一人の人間としての律儀さのようなものが、少しだけ意外で、そして好ましく感じられた。
車は、夕方のラッシュが始まりかけた都心を抜け、私鉄沿線の学生街へと向かう。
やがて、見覚えのある、少し寂れた下町商店街の一角にある「古くからある定食屋」の前に到着した。色褪せた赤いテント地の庇と、年季の入った暖簾。そこだけが、変わらない昭和の空気を漂わせている。
「おぅ、松田さん! それに、お嬢さんも!」
暖簾をくぐると、ちょうど夕食の仕込みを一段落させたらしい源さんが、カウンターの中から威勢の良い声で二人を迎えた。
「昨日は大変だったなぁ。まあ、上がりなよ」
「源さん、女将さん、昨夜は本当に急にすみませんでした。ご迷惑をおかけしました」
松田は、深々と頭を下げた。
「まあまあ、松田さん、堅いこと言わないで。あの子たちも、色々大変なんだろうからねぇ」
奥から出てきた女将さんが、人の好い笑顔で言った。
「ちょうど今、休憩してるから、少し顔見てってあげなさいな」
店の奥、無理やり増設されたような座敷スペースには、昨夜保護された『夜組』の少女たちが、数人、小さなテーブルを囲んで静かに座っていた。その表情は、まだ硬く、昨夜の恐怖が色濃く残っているのが見て取れた。
桜井は、松田に促され、彼女たちのもとへ歩み寄った。
「こんにちは。昨日は、怖かったわね…」
警察官としての威圧感を消し、努めて優しく、穏やかな声で話しかける。
最初は警戒していた少女たちも、桜井の真摯で、同性としての共感を示すような態度に、少しずつ心を開き始めた。
ポツリ、ポツリと、途切れ途切れに語られる言葉。
それは、昨夜の恐怖体験そのものよりも、彼女たちが普段抱えているであろう、家庭への不満や、社会への反発、そして、どこにもない『自分の居場所』への渇望のようなものだった。
直接的な言葉にはならずとも、その表情や、声の震え、伏せられた視線から、桜井は、彼女たちの複雑な背景と、その心の叫びを、痛いほど感じ取っていた。
家族との間に深い溝があること、そして、この深夜の集まりだけが、彼女たちにとって唯一、息ができる場所であるらしいことが、なんとなく察せられた。
その間、松田はカウンターの近くで、源さんと立ち話をしていた。
「…それで源さん、昨夜、あの子たちを脅した連中のことで、何か他に気になることは?」
「ああ、それがな、松田さん」
源さんは、心配そうに声を潜めた。
「実は、最近、この辺りで、その『鬼塚』ってのを名乗る連中が、妙にうろついてるって噂を聞くんだよ。若い子に、『楽な仕事がある』とか言って、しつこく声をかけてるらしくてな」
「鬼塚…」
松田の眉間に皺が寄る。昨夜、少女たちが口にした名前だ。
「ああ。まあ、チンピラのヨタ話かもしれんがな。ただ、あそこの…」
源さんは、通りの向こうを顎で示した。
「駅前の通りを少し入ったとこの、古い雑居ビルの地下にあるスナック。あそこが、どうも、その連中の溜まり場になってるらしいんだ。夜になると、ガラが悪いのばかり集まってて、近所の評判も悪くてねぇ。変な事件にでもならなきゃいいんだが、と、女房と心配してたところなんだよ」
源さんは、警察に介入してほしいというよりは、ただ、地域住民としての純粋な心配事を、旧知の刑事である松田に打ち明けている、という様子だった。
(スナック…鬼塚…)
松田の中で、情報が繋がる。
これは、放っておくわけにはいかない。
しかし、時刻は既に午後六時を回ろうとしていた。
日はとっぷりと暮れ、窓の外は濃紺の闇に包まれている。
今日は、私人として行動している。
そして、隣には桜井がいる。
(…深入りはできん。だが、源さんたちの心配事を、このままにしておくわけにも…)
松田は、短い逡巡の後、決めた。
「源さん、情報ありがとうございます。少し、気にはなりますね…」
彼は、源さんに穏やかに応えると、座敷でまだ少女たちの話を聞いている桜井のもとへ戻った。
「桜井君」
彼は、できるだけ優しい声で呼びかけた。
「もう遅い時間だ。今日は本当に助かったよ、ありがとう。…そろそろ、お開きにしよう」
「…はい」
桜井は、少女たちに労りの言葉をかけ、名残惜しそうに立ち上がった。
「それで、なんだが」
松田は、店の外へ出ながら、小声で続けた。
「源さんたちが心配していた件なんだが。場所も分かったことだし、帰り道に、どんな様子か、ちょっとだけ、外から見てみるだけ見てみないか? あくまで、様子を見るだけだ。保護司さんの心配事を、少しでも解消してあげたいしな」
その提案に、桜井は、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに松田の意図を理解し、力強く頷いた。
「分かりました。行きましょう、松田さん」
二人は、温かく見送ってくれる源さんと女将さんに改めて礼を言うと、夜の帳が下りた学生街へと歩き出した。
目指すは、鬼塚が根城にしているという、場末のスナック。
今日は、ただ様子を見るだけ。
しかし、その先に何が待っているのか、今はまだ誰にも分からない。冷たい夜風が、二人のコートの裾を揺らしていた。
***
近くのコインパーキングに、場違いなほど艶やかな赤いスポーツカーを滑り込ませると、桜井と松田は、徒歩で鬼塚が根城にしているという場末のスナックへと向かった。
時刻は午後七時前。
日は完全に落ち、急速に冷え込み始めた空気が、二人のコートの隙間から忍び込んでくる。
歩き始めた途端、彼らは、この一帯に漂う独特の澱んだ空気を感じ取らざるを得なかった。
幹線道路から一本裏に入っただけなのに、景色は一変する。
壁という壁には、意味不明なタギングや、稚拙で攻撃的な言葉の落書きが走り書きされ、いくつかは黒く塗りつぶされ、さらにその上から新たな落書きが重ねられている。
街灯は、まるで示し合わせたかのように、いくつもが割られ、あるいは根元からへし折られたまま放置され、点灯していない。
道端にはコンビニのゴミ袋がカラスに荒らされた残骸や、空き缶、吸い殻が無造作に散乱し、側溝からは微かにドブのような臭いが漂ってくる。
シャッターが下りたままの空き店舗も目立ち、かつての賑わいを知る松田にとっては、その荒廃ぶりは痛々しいほどだった。
「松田さん…。ここは…こんなに寂れている場所だったのですか?」
桜井が、思わずといった体で、松田の隣に寄り添うように立ち、小声で尋ねる。
その声には、驚きと、わずかな不安の色が混じっていた。
彼女の育った環境とは、あまりにもかけ離れた光景なのだろう。
「…いや、俺が若い頃は、もう少し…活気があったはずなんだがな」
松田も、眉をひそめながら答えた。
「再開発から取り残された、というだけでは説明がつかないような荒れ方だ…。平日夜のこの時間で、これほど人通りがないというのも…」
二人は、言葉少なに、しかし周囲への警戒を怠らず、ひび割れた歩道を選びながら歩を進める。
いくつかの薄暗い路地を曲がり、目的のスナックが入っているという、さらに古びた雑居ビルが視界に入り始めた、その時だった。
前方の角から、やけに大きな、そして品のない若い男たちの話し声が、壁に反響しながら近づいてくるのが聞こえた。
内容はよく聞き取れないが、何か興奮したように捲し立てている。
「――しっかし、やっぱ先生はスケールでけぇよな! 今度はよぉ…」
「ああ、聞いたぜ…なんでも、そこの…奥さんがアレで…らしいじゃん?」
「だよなぁ! そのためにも、早く村田のアニキが…アレだよ、アレ、なんだっけ?」
「あー、あの爺さんの…さっさと金、引っ張ってこねえと…」
(!)
その、断片的に聞こえてくる会話――『先生』、『村田のアニキ』、『爺さんの金』…。松田の全身の神経が、一瞬で警鐘を鳴らした。
内容は掴めない。
だが、間違いなく、今追っている事件に関わる、重要なキーワードだ! こいつら、何かを知っている…!
「――っ!」
松田は、考えるよりも先に、隣を歩く桜井の腕を強く掴むと、すぐ脇にあった駐車車両――放置されているのか、タイヤはパンクし、埃を被った黒いワンボックスカー――の、壁とのわずかな隙間に、彼女の体をぐいと引き込んだ。
「!?」
「いきなりで、すまん!」
松田は、桜井の耳元で、息を殺して囁いた。
「このまま! カップルのふりだ! いいな!?」
突然のことに驚き、一瞬、抵抗しようとした桜井だったが、松田の真剣な眼差しと、近づいてくる声の主たちの危険な気配を察し、即座に状況を理解した。
彼女は、無言で頷くと、車の冷たい、埃っぽいボディに背中を押し付けられる形で、松田の腕の中に、まるで自分から抱きつくかのように、体を滑り込ませ、顔を彼のコートの胸元に隠した。
シャンプーの微かな香りが、松田の鼻腔をくすぐる。
心臓が、嫌な音を立てて脈打つのを感じた。
やがて、二人の男が、騒々しい足音と、下品な笑い声を響かせながら、松田たちが隠れる車のすぐ横を通り過ぎようとした。
安物のジャージに、色褪せたプリントのTシャツ。髪はボサボサで、顔には精気がない。
しかし、その目は、妙な万能感と、鬱屈した欲望でギラついている。
典型的な、無理して悪ぶっている三流以下のチンピラだ。
「ん? おい、見ろよ。あそこの暗がり」
「あ? うわ、マジかよ。おっさんが女、引きずり込んでんぜ」
「うはは! あのオッサン、必死かよ!」
「キモいな、マジで! 俺らには関係ねーけどな!」
ひとしきり、車の影で密着する(ように見える)二人を指差し、嘲るように笑い声をあげると、一人の男が、ペッと汚い唾を松田の足元近くに吐きかけた。
「あーあ、俺らもよぉ、鬼塚のアニキみてえに、いい女侍らせて、朝までパーッと飲み明かしてえよなぁ」
「それな! 女! 女と酒!」
「ま、そのためにも、さっさと次のシノギ見つけねえとな…」
彼らは、そんな下卑た会話を続けながら、時折振り返っては、ニヤニヤと嘲笑を送りつつ、やがて、路地の奥へと消えていった。
その背中からは、虚勢とは裏腹の、どうしようもない貧乏くささと、満たされない渇望が漂っていた。
若い男たちの足音が完全に聞こえなくなるまで、松田は、桜井を腕の中に隠したまま、じっと息を殺していた。
車の冷たいボディの感触、腕の中にいる桜井の微かな体温と、緊張した呼吸。
そして、耳に残る、あの断片的な会話。
彼の頭の中では、エミリアの、冷徹で、しかし的確な分析が、ゆっくりと反芻されていた。
『大規模な組織犯罪というよりは、時代に取り残された過去の亡霊が、現代の法や社会の隙間で、小さく、しかし悪質に蠢いている…そんな構図じゃないかしら? 松田刑事』
(…過去の亡霊、か…)
松田は、腕の中の桜井の存在を意識しながら、改めて、この事件の底知れない不気味さと、その根の深さを感じずにはいられなかった。
けたたましい足音と、下品な笑い声が路地の闇に完全に吸い込まれ、再び、気詰まりなほどの静寂が訪れた。
壊れた街灯が投げかける頼りない光と影の中で、松田は、まず慎重に車の陰から顔を出し、左右を確認した。
もう、あの若い男たちの姿はない。
「…行った、ようだな」
松田の低い声に、彼の腕の中に半ば隠れるようにしていた桜井も、こわばっていた体をゆっくりと起こした。
体が離れた瞬間、互いのコートの布地が擦れる微かな音と、共有していた緊張感の余韻、そして、ほんのわずかな、言葉にならない気まずさが、冷たい空気の中に漂う。
二人とも、一瞬、視線を合わせることができず、すぐに逸らした。
「ごほん…」
松田は、一つ咳払いをして、その微妙な空気を振り払うように口を開いた。
「…すまん、桜井。驚かせた。怪我はないか?」
「いえ、大丈夫です」
桜井は、すぐにプロフェッショナルな表情を取り戻し、きっぱりと答えた。
彼女の声には、もう動揺の色はない。
「それよりも、松田さん。今の、聞きましたよね?」
その言葉に、松田も即座に刑事の顔に戻る。
二人は、再び互いに視線を合わせると、自然と身を寄せ合い、周囲を警戒しながら、小声で情報の断片を繋ぎ合わせ始めた。
冷たく乾燥した夜気が、彼らのひそひそ声を吸い込んでいく。
「『先生』…か」
松田が、眉間に皺を寄せながら呟く。
「やはり、エミリアが言っていた、指示役のことだろうな」
「『村田のアニキ』、とも言っていました」
桜井が、記憶を手繰り寄せるように問いかける。
「『アニキ』と呼ばれているということは、あのチンピラたちよりは上の立場か…?」
「そして、『爺さんの金』…」
桜井の声に、わずかに険が加わる。
「空き家を占拠されている加藤さんのことでしょうか? それとも、まだ私たちが把握していない、別の被害者がいる可能性も…?」
次々と浮かび上がる疑問と、繋がっていく点と線。
松田は、腕を組み、改めてエミリアの言葉を反芻した。
「…『過去の亡霊が、現代の法や社会の隙間で、小さく、しかし悪質に蠢いている』、か。…あの小娘の分析、今回ばかりは、的を射ているのかもしれんな」
彼の声には、不本意ながらも、エミリアの能力を認めざるを得ない響きがあった。
「だとすれば、やはり、この先にいるという『鬼塚』という人物が、その『村田』や、さっきのチンピラたちを束ねている…その可能性は、無視できませんね」
桜井も、冷静に結論を導き出す。
鬼塚。
源さんから聞いた、チンピラの溜まり場になっているというスナック。
全ての情報が、そこへと繋がっていく。
松田の心に、今すぐ乗り込むべきではないか、という衝動が湧き上がる。だが…。
「…いや」
松田は、その衝動を理性で抑え込み、静かに首を横に振った。
「深入りは危険だ」
「…と、言いますと?」
「さっきの連中、俺たちの顔を見たかもしれん。あの様子だと、俺たちが刑事だとは気づいていないだろうが…それでも、この辺りを嗅ぎまわっている人間がいる、と警戒する可能性はある。それに、情報はまだ断片的すぎる。『先生』も『鬼塚』も、現時点では名前しか分からん。何より…」
松田は、自分の私服のジャケットを軽く叩いた。
「俺たちは今、身分も明かせず、応援も呼べない、丸腰同然の非公式捜査(散歩)の最中だ。ここで下手に動くのは、リスクが高すぎる」
それは、ベテラン刑事としての、冷静で現実的な判断だった。
桜井も、その言葉に静かに頷いた。
「…そうですね。ここで無理をしても、良い結果には繋がらないかもしれません」
「…よし」
松田は、短く息を吐き、決断した。
「今日はここまでだ。重要なキーワードは拾えた。これだけでも大きな収穫と考えよう。今は無理をせず、体制を立て直すのが先決だ」
「はい。それが賢明だと思います」
桜井も、きっぱりと同意した。
二人は、もう一度、慎重に周囲を見回すと、音を立てないように、来た道を引き返し始めた。
目指すは、コインパーキングに停めた、あの赤いスポーツカーだ。
夕闇に完全に沈んだ、荒廃した路地裏。
ゴミの腐臭と、冷たい冬の風が吹き抜ける中を、二人の刑事は、確かな目的意識と、しかし見えない敵への警戒心を胸に、静かに、そして確かな足取りで歩き出す。
今日の『散歩』は、予期せぬ形で重要な情報を得て、ここで終わる。
だが、本当の戦いは、これから始まるのだという予感が、二人の間に重く漂っていた。




