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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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空虚な椅子と、歪な礎石 其八

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


通話は唐突に切れた。

プツリ、という電子音だけが、やけに大きく車内に響く。


「……はぁ」


松田は、スマートフォンの画面を消しながら、深い深い溜息をついた。

不本意な依頼は済んだが、後味は最悪だ。


「…で、最後にゃ『今回の請求書はどこに送ればいいのかしら? ああ、そうよね、あなた、いつもツケ払いどころか踏み倒すつもりなんですものね! いい加減にして!? 私だってボランティアじゃないのよ!』…だってよ。まあ、散々だった」


彼は、やれやれと肩をすくめ、隣の桜井に愚痴とも報告ともつかない言葉を漏らした。

電話の向こうでの、これまでの鬱積が炸裂したかのようなエミリアの非難の嵐が、まだ耳に残っている。


桜井は、その言葉に返す代わりに、静かにアクセルを踏み、覆面パトカーを幹線道路の滑らかな流れに乗せた。

車内には、重苦しい沈黙と、昼下がりの気だるい陽光、そして、どうしようもない捜査の行き詰まり感が漂っていた。

加藤修一氏から直接話を聞くという、最後の望みが絶たれた事実は重い。

そして、悔しいことに、あのエミリアという女のプロファイリングは、否定するだけの根拠を、今の自分たちは持ち合わせていなかった。


窓の外では、都会の景色がめまぐるしく移り変わっていく。

高層ビル群を抜け、首都高速の高架をくぐり、環状線へ。

午後の陽射しは、次第にその鋭さを失い、温かみのあるオレンジ色を帯び始めていた。

街全体が、ゆっくりと夕刻の気配に染め上げられていく。

その穏やかな光景とは裏腹に、松田の胸中は複雑だった。


「…桜井」


しばらくして、松田が静かに口を開いた。

その声は、先ほどの疲労感は残しつつも、少しだけ落ち着きを取り戻していた。


「まあ、彼女の分析がどこまで正確かは分からないが…。それでも、今は少しでも可能性があるなら、それに賭けてみるしかないだろう。…本庁に戻ったら、時間が許す限り、引退したその手の専門家…地面師や地上げ屋だった人物のリストを、もう一度洗い直してみようか」

「そうですね」


桜井は、前方の流れを確認しながら、穏やかに頷いた。


「何か、今回の手口と繋がるような人物がいるかもしれません。私も、もちろん手伝います」

「ああ、頼む。それで…問題は明日なんだがね」


松田は、少しだけ言い淀みながら続けた。


「例の『過労死対策』とやらで、明日は休みを取れ、ということらしい。…まあ、額面通り受け取るつもりはないのだが」


彼は、窓の外の、夕焼けに染まり始めた空を見つめながら、静かに、しかし確かな決意を込めて言った。


「少し、『散歩』にでも出ようかと思っているんだ。今回の、加藤さんの件を優先しつつ…そうだな、もし時間が許せば、昔なじみの『旧友』たちとも、少しばかり『親睦』を深めてきたい。…関西で調べていた件も、やはり気になるんでね。後で後悔はしたくない」


その穏やかな口調とは裏腹の、諦めない刑事の執念。

桜井は、その言葉に、小さく息を飲んだ。

そして、すぐに悪戯っぽい光を目に宿して、くすりと笑った。


「ふふ、係長が聞いたら、また卒倒なさいますね、その『散歩』は」


その声は、軽やかで、親しみがこもっている。


「それでしたら、松田さん。ちょうど私も明日はお休みをいただきましたし、その『散歩』、ご一緒してもよろしいですか?」


桜井は、サイドミラーで松田の反応を窺うように、少しだけ視線を送った。


「二人でいれば、ほら、『デート』ということで、より自然に見えるかもしれませんよ? たまたま、そういう引退なさった方々のお宅の近くを通りかかったとしても、言い訳がしやすいと思いますし?」


その、あまりにも大胆で、からかうような提案に、松田は、呆れたような、それでいて困ったような、複雑な表情を浮かべた。


「…やれやれ、桜井。君と『デート』なんて噂が広まってみろ。捜査部や、それこそ警備部の『君のファンクラブ』の連中から、俺がどんな目に遭わされるか…想像もしたくないんだが?」


彼の口調は、諭すようでありながら、どこか楽しんでいるようにも聞こえる。

二人の間に流れる空気が、以前とは少しだけ変わってきているのを、松田自身も感じていた。


「あら、松田さんにも役得があるかもしれませんよ?」


桜井は、楽しそうに言葉を続ける。


「私、警備部の方に、護身術の特別稽古をつけていただいたこともありますから。万が一、ファンの方々に囲まれたとしても、そのお相手くらいなら…ふふ、お任せくださいな?」


自信たっぷりに、しかし悪戯っぽく笑う桜井に、松田は、もう一度、今度はわざとらしく大きな溜息をつき、覆面車の天井を見上げた。

制服の肩章が、西日に照らされて鈍く光る。


「……勘弁してくれよ、本当に……」


その呟きには、呆れと、困惑と、しかし、この頼もしくも掴みどころのない相棒への、確かな信頼感のようなものが、複雑に混じり合っていた。

覆面パトカーは、夕焼け色に染まる幹線道路を、次の目的地へと向かって走り続ける。

車窓を流れる景色と同じように、二人の刑事の関係性もまた、ゆっくりと、しかし確実に、変化し始めているのかもしれない。


                    ***


水曜日の午後。窓の外は、冬の乾燥した空気が支配し、抜けるような青空が広がっているが、都内某所の雑居ビル三階にあるエミリアと佐藤のオフィス内は、それとは対照的に、快適な湿度で満たされていた。

部屋の隅に置かれた高性能な加湿器が、シュー、という静かな音と共に、白い柔らかな蒸気を絶えず吐き出し、観葉植物の葉も心なしか艶々として見える。


エミリア・シュナイダーは、大きなモニターの前で、次の仕事――北海道の広大な土地に関する調査資料――に目を通していたが、ふと、自身の指先に視線を落とした。

白魚のような、陶器のように滑らかな指。

彼女は、デスクの引き出しから、上品な香りのする高級ハンドクリームを取り出すと、少量を取り、時間をかけて丁寧に、指の一本一本にまで念入りに塗り込んでいく。

その所作は、まるで貴重な美術品を手入れするかのように、優雅で、完璧だった。

乾燥は、彼女の美貌にとって、そしておそらくは精密な作業を行う指先にとっても、大敵なのだ。


隣のデスクでは、佐藤健が、分厚い調査報告書とノートパソコンの画面を交互に見比べながら、集中して作業を進めていた。

時折、淹れたてのコーヒーの香りが、加湿された穏やかな空気の中にふわりと漂う。

それは、表向きは、いたって平和で、知的で、そして快適な午後のオフィス風景だった。


その静寂を破ったのは、エミリアのスマートフォン――例の特殊な通信アプリ――の、控えめだが鋭い着信音だった。

エミリアは、ハンドクリームを塗り終えたばかりの指で、少しだけ眉をひそめながら通話ボタンに触れる。

ハンズフリーモードに切り替わったスピーカーから、聞き慣れた、しかし今は遠慮がちな男の声が聞こえてきた。松田刑事だ。


最初はビジネスライクに、しかしすぐに不機嫌さを隠さなくなったエミリアの対応。

揶揄と要求、そしてわずかな興味。

佐藤は、その声色の変化を隣で聞きながら、(またか…)と内心で溜息をついた。

松田刑事が彼女に頼る時は、大抵、厄介で、そしておそらくは『タダ働き』を期待されている時だと、経験上知っていたからだ。


やがて、通話は、エミリアの一方的な、しかしどこか楽しげな含み笑いと共に、唐突に終わった。

プツリ、という電子音。


「…………」


エミリアは、無言でスマートフォンの画面を消すと、ゆったりと椅子にもたれ、天井を仰いだ。

加湿器から立ち上る白い蒸気が、彼女の美しい顔の周りを、まるで冷たいオーラのように漂う。

そして、数秒の沈黙の後、彼女はゆっくりと顔を佐藤に向けた。

その碧眼には、明らかに、嵐の前の静けさのような、冷たい怒りの光が宿っていた。


「…ねえ、健ちゃん」

「は、はい、エミリア…?」


佐藤は、彼女の不穏な空気を察し、少し身構える。


「あの松田って刑事…本当に、私のこと、何だと思ってるのかしら?」


エミリアの声は静かだが、その底にはマグマのような怒りが煮えたぎっているのが分かった。


「便利屋? 慈善事業家? それとも、ただの都合のいい無料情報端末?」


彼女は、すっくと立ち上がると、窓辺に歩み寄り、乾燥した冬の街並みを見下ろした。


「いつもいつも、面倒なことばかり押し付けてきて! しかも、感謝の一言もない! 今回もそう! 当然のように私をタダで使うつもり満々! …もう、我慢の限界よ。私も、今回ばかりは、本気でぶちぎれたわ!!」


白い指が、窓枠を強く握りしめる。


「だから、決めた」


彼女は、くるりと振り返ると、その顔には、怒りと、しかしそれ以上に、何か悪戯を思いついた子供のような、危険で、嬉々とした笑みが浮かんでいた。


「あの朴念仁刑事が、泣いて喜ぶような、特別な『プレゼント』を贈ってあげることにしたわ!」

「プ、プレゼント、ですか…?」


佐藤は、その言葉の裏にあるであろう、恐ろしい意味合いを想像し、顔を引きつらせた。

エミリアの言う『プレゼント』が、ろくなものであった試しはない。


「そうよ!」


エミリアは、嬉しそうに手を叩いた。


「心配しないで、健ちゃん。ちゃーんと、彼の『ためになる』プレゼントよ? あの人が、喉から手が出るほど欲しがっているであろう、『お手柄』をね!」


彼女は、自分のデスクに戻ると、ノートパソコンを勢いよく開いた。

その目は、既に次のターゲットを捉えた狩人のように、鋭く輝いている。


「彼が追ってる、その空き家占拠のチンピラ君たち…その背後にいるであろう、『引退したプロ(笑)』とやらも、まとめてね。ええ、彼らが関わっていそうな、他の『間抜けな連中』の美味しい情報も、たっぷり添えてあげるわ。松田刑事が、それはもう、たっぷり昇進に必要な点数を稼げるようにね!」


カタカタカタ、と、エミリアの指が、猛烈な勢いでキーボードを叩き始める。


「そして、気持ちよ~~~く出世していただいて、そうねぇ…現場からは綺麗さっぱりお引き取り願って、資料室とか、広報課とか、そういう現場から離れた部署の、立派な『室長様』にでもなっていただくのよ。ええ、定年まで安泰に、二度と! 私の邪魔ができないようにね!!」


その声は、楽しげに弾んでいるが、内容は恐ろしく悪意に満ちている。


「ふふふ…私をただ働きさせ続けたツケは、きっちり、たんまりと、利息も付けて払わせてやるんだから! 覚えてなさい!」


佐藤は、そのエミリアの様子に、もはや何を言っても無駄だと悟った。

彼女が一度こうなると、誰にも止められない。

彼は、ただ、諦めたように肩をすくめ、そっと席を立ち、キッチンでエミリアのためのお気に入りの紅茶を淹れ始めた。

せめて、少しでも彼女の機嫌が直るように、そして、どうか『プレゼント』計画が、あまりにも過激なものになりませんように、と祈りながら。


「あ、そうだわ、健ちゃん」


紅茶の準備をする佐藤の背中に、エミリアの、ふと思い出したような声が投げかけられた。


「例の、私が『育ててあげてる』、あの可愛い二人組? 昨夜、また何か、勝手なことをやらかしてくれたみたいだから。…うーん、何か、面白いペナルティーを考えなくちゃねぇ。まったく、躾がなってないわ。…これが本当の軍隊なら、一週間くらい叩き込んでやるんだけど!」


ぶつぶつと、物騒な独り言を続けるエミリア。

佐藤は、聞こえないふりをして、丁寧にお湯をポットに注いだ。

その話題には、今は、触れない方が賢明だ。


加湿器が静かに白い蒸気を吐き出し続けるオフィスで、エミリアは、松田への歪んだ『プレゼント』計画と、陽菜・澪への『ペナルティー』に、楽しそうに思考を巡らせていた。

窓の外の、穏やかな午後の陽光とは裏腹に、この小さな事務所の中には、冷たく、そして危険な企みが、静かに渦巻き始めていた。


キッチンカウンターで、佐藤は丁寧に紅茶を淹れていた。

高級茶葉のアールグレイの、ベルガモットの爽やかな香りがふわりと漂う。

彼の思考は、次の大きな案件――北海道の広大な別荘地候補に関する、込み入った権利関係の調査――の段取りへと向かっていた。

厄介だが、やりがいのある仕事だ。

エミリアの期待に応えなければ。


その時、デスクで静かにノートパソコンに向かっていたエミリアが、不意に「あら?」と小さく声をあげた。

佐藤が振り返ると、彼女はスマートフォンの画面に視線を落とし、形の良い眉をわずかに寄せている。


「健ちゃん。小野寺さん…奥様の方ね、雅美さんからメールが届いたわ。例の親子鑑定の結果が出たんですって」


その声に、佐藤は内心(早かったな)と思いつつ、淹れたての紅茶を、上質なボーンチャイナのカップとソーサーに乗せ、静かにエミリアのデスクへと運んだ。

カップからは、芳しい湯気が立ち上っている。


「ずいぶん早かったね。正式な書類はまだだろうに」

「ええ」


エミリアは、メールの文面に目を通しながら頷いた。


「鑑定した会社が、取り急ぎ結果だけメールで送ってくれたみたい。親切なのか、せっかちなのか…」


彼女は、カップに手を伸ばす前に、メールの内容を読み上げる。

その声は、どこまでも冷静で、感情の起伏を感じさせない。


「…で、結果は、やっぱり、という感じね。『複数のDNAマーカーにおいて矛盾が認められ、生物学的な親子関係は否定されます』、ですって。まあ、当然の結果かしら」


その言葉に、佐藤は心の底からホッと安堵の息をついた。

良かった。

もし、万が一にも親子関係が認められていたら、事態はさらに複雑化し、エミリアがより危険な領域に足を踏み入れることになっていたかもしれない。


「それなら、良かった。これで、あの村田って男も、その背後の連中も、言い逃れはできないね」

「ええ、そうね」


エミリアは同意し、ようやく紅茶のカップを手に取った。


「となると、今後の流れとしては、DNA鑑定の正式な書類が届くのを待って、例の『説得のプロ』に連絡を取って、後始末を依頼する、という感じでいいのかな?」


佐藤は自分の席に戻り、自身のためにも淹れていた紅茶を一口含んだ。

温かさと、アールグレイの香りが、緊張していた心身を少しだけ解きほぐしてくれる。

彼は、今後のタスクを確認するようにエミリアに問いかけた。


「ああ、それなんだけど…」


エミリアは、紅茶の香りを楽しんだ後、カップをソーサーに静かに置いた。


「ちょっと、考えを変えたのよ」

「え?」

「今回、その後始末は、その『プロ』にお願いするんじゃなくて、別の専門家に依頼しようかと思って」

「別の専門家?」


佐藤は、訝しげに聞き返す。

エミリアの言う『専門家』は、大抵、普通ではない。


「ええ」


エミリアは、少しだけ楽しそうな、あるいは呆れたような、複雑な表情を浮かべた。


「弁護士よ」

「弁護士? それなら、普通じゃないか。どうして考えを変え…」

「まあ、最後まで聞きなさいな」


エミリアは、佐藤の言葉を遮った。


「その弁護士、どうも、普通の弁護士じゃないらしいのよ。なんでも、暴力沙汰が絡むような、厄介な案件ばかりを、それも積極的に引き受けるんですって。…噂によるとね、『合法的に人を殴れるから』弁護士になった、なんて言われてるらしいわ」


エミリアは、やれやれ、といった風に肩をすくめた。


「健ちゃん。その弁護士、正真正銘のバトルジャンキーらしいけど?」


その突拍子もない言葉に、佐藤はあんぐりと口を開けた。

弁護士?

バトルジャンキー?

頭の中で、その二つの単語が全く結びつかない。

エミリアの周りには、時折、常識外れの人間が現れるが、今回もまた、とんでもないのが出てきそうだ。

不穏な予感しかしない。


「はぁ…」


エミリアは、今度は忌々しげに、深いため息をついた。


「まあ、そんなわけで、その『戦闘狂弁護士』とやらに、今回のチンピラ君たちの『説得』をお願いすることにするわ。まったく、松田を『気持ちよーく出世させる』計画、少し後回しになっちゃったわ。優先順位が変わっちゃったじゃないの」


彼女は、先ほどの怒りを思い出したのか、再びノートパソコンに向かうと、何かを検索し始めた。

その横顔には、松田への根深い苛立ちと、新たな『玩具』(バトルジャンキー弁護士)への好奇心が混じり合っているように見えた。


佐藤は、もう何も言うまい、と心に決めた。

こうなった時のエミリアに、常識的な言葉は通じない。

彼は、ただ、自分のカップに残っていた紅茶を静かに飲み干し、「エミリア、あまり無理はしないでね」と、優しく、そして諦めを含んだ声で言うことしかできなかった。


加湿器だけが、静かに白い蒸気を吐き出し続ける事務所の午後。

窓の外の夕焼けは、ますますその色を濃くしていた。


                    ***


水曜日の午後が、ゆっくりと終焉に向かって傾いていく。

警視庁本庁舎の窓という窓が、西の空を染め上げる茜色のグラデーションを映し込み、捜査第一課のフロアにも、一日の終わりを告げる、どこか物憂げな光と影が差し込み始めていた。

照明の白い光の下では、まだ多くの捜査員たちが、終わりの見えない書類やパソコン画面と格闘しているが、定時が近づくにつれて、フロア全体に、わずかながら弛緩と、そして焦燥感が入り混じったような、独特の空気が漂い始めていた。


松田と桜井は、それぞれのデスクで、ノートパソコンの画面に表示された膨大なデータと格闘していた。

エミリアが示した『引退した地面師・地上げ屋』というキーワード。

過去の事件ファイル、要注意人物リスト、関連企業の登記情報…。

限られた時間の中で、二人はデータベースの海に潜り、藁にもすがる思いで、今回の事件に繋がりそうな名前や情報を拾い上げようとしていた。

しかし、情報はあまりにも多く、古く、そして断片的だった。

午後五時というタイムリミットが、無情にも迫ってくる。


「…キリがないな…」


松田が、眉間の皺を深くしながら、画面から目を離した。

モニターの青白い光が、彼の疲れた顔を一層色濃く照らし出す。


「そうですね…。対象者が多すぎますし、古い情報ばかりで、現在の状況を掴むのは…」


隣で同じように作業していた桜井も、溜息交じりに同意した。


松田は、周囲に他の捜査員の気配がないことを、素早く視線で確認すると、声を潜めて桜井に話しかけた。


「…で、明日の『散歩』だが。例の公園…東口の時計台前、朝9時でいいか?」

「はい、了解です」


桜井も、小声で、しかしはっきりと頷く。


「服装は…普通の『デート』っぽく、少しお洒落した方が、怪しまれませんかね?」


悪戯っぽい光を瞳に宿して尋ねる桜井に、松田は、呆れたような、困ったような苦笑を浮かべた。


「頼むから、普通にしてきてくれ、桜井。目立たずに、あくまで『自然な散歩』を装うんだぞ、我々は」

「ふふ、了解しました。…でも、もし、万が一、途中で私の『ファン』の方々に見つかってしまったら…その時は?」

「…その時は、頼んだぞ。警備部直伝の、その必殺技とやらを」


松田は、やれやれと肩をすくめる。


「お任せください。松田さんの安全は、私が守りますから」


桜井は、自信たっぷりに、しかし楽しそうにウィンクしてみせた。

短い、しかし確かな信頼感が、小声のやり取りの中に通い合っていた。


時計の針が、午後五時を示そうとしている。

松田は、渋々、しかし素早くパソコンのファイルを保存すると、立ち上がった。

これ以上ここにいて、他の人間の目に留まるのは避けたい。

彼は、足早にロッカールームへ向かうと、一日中彼を締め付けていた窮屈な制服を、まるで古い皮でも脱ぎ捨てるかのように脱ぎ、ハンガーにかけてあった、くたびれたチャコールグレーのジャケットとスラックスに着替えた。

私服になった途端、体が少し軽くなるような解放感があったが、同時に、自分が置かれた不自由な状況への、どうしようもない惨めさが込み上げてくる。


フロアに戻ると、彼は誰にも声をかけず、自分のデスク周りをさっと片付け、カバンを手に取った。

周囲の視線が、背中に突き刺さるような気がしたが、振り返らずに、足早に捜査一課の出口へと向かう。

エレベーターを待つ数秒が、やけに長く感じられた。

監視されているような、見えない圧迫感。

庁舎を一歩出ると、ひやりとした夕方の空気が頬を撫でた。

空は美しい茜色に染まっているというのに、彼の心は重く、鉛のように沈んでいた。

今日の成果はゼロ。

そして、あのエミリアに、またしても大きな借りを作ってしまった…。

重い足取りで、彼は、夕闇に沈みゆく街の中へと消えていった。


                    ***


松田が去って程なく、時計の針が午後五時を指した。

桜井も、きりの良いところで作業を中断し、ノートパソコンを閉じると、帰り支度を始めた。

その動きを、待ってましたとばかりに察知したのか、フロアのあちこちから、例の『捜査部の勇士たち』が、わらわらと彼女のデスクの周りに集まってきた。


「桜井さーん! もうお帰りですか!?」

「早いですよー! 俺たち、まだまだこれからだってのに!」

「これも全部、松田警部補が足を引っ張るから…!」


口々に、残念そうな声、心配する声、そして松田への非難の声が上がる。

その顔には、連日の激務の疲れと、それでもなお桜井を引き止めたいという、ある種の(歪んだ?)熱意が浮かんでいた。


「すみません、皆さん。お先に失礼します」


桜井は、困ったように、しかし優雅に微笑みながら立ち上がった。


「今日は、上からの指示で、これで上がらないといけないことになってるんです。ごめんなさいね」


その完璧な笑顔と丁寧な物腰に、若手たちはぐうの音も出ない。


「そ、そうですか…残念ですけど、仕方ないですね…」

「明日は、ゆっくり休んでくださいね!」

「でも! あの松田さんの悪癖にだけは、絶対に染まらないでくださいよ! あなたは、我々の希望の星なんですから!」


口々に惜しむ声や、懇願に近い注意の言葉が飛ぶ。

桜井は、「ふふ、大丈夫ですよ。心配してくれてありがとう」と、一人一人に笑顔で応えながら、彼らの間をすり抜けるようにして、颯爽とフロアを後にした。


エレベーターホールで一人待つ彼女の表情には、先ほどの困り顔はなく、どこか楽しげな、そして明日への、ほんの少しの期待感を秘めたような、複雑な光が宿っていた。

チン、とエレベーターの到着を告げる音が、静かな廊下に響いた。


                    ***


水曜日の夜。日がとっぷりと暮れ、学生街の安アパートや寮の窓にも明かりが灯る頃、大盛り定食・中華店は、一日のうちで最も激しい喧騒の渦中にあった。

色褪せた赤いテント地の庇の下、油で煤けた暖簾をくぐると、むっとするような熱気と、様々な匂いの洪水が客を出迎える。

カウンター席も、壁際の赤いビニール張りのボックス席も、屈強な体格をした体育大学の運動部員たちでほぼ満席だ。

彼らの大声での談笑、がさつな笑い声、そして「唐揚げ定食、ご飯体育会盛り!」「ラーメンとチャーハン、両方大盛りで!」といった、胃袋の限界に挑戦するかのような注文が、狭い店内に絶えず響き渡っている。


厨房からは、中華鍋がカンカンと激しく振られる音、高温の油が食材を爆ぜさせる音、そして店主・源さんの「へい、お待ちどお!」という、腹の底から響くような威勢の良い声が絶え間なく聞こえてくる。

壁一面に貼られた、色褪せたポスターやサイン色紙が見守る中、ニンニクと生姜、醤油とごま油、そして汗と熱気が混じり合った、この店独特の匂いが、空腹を刺激し、活気を煽っていた。


その喧騒の真っ只中を、橘陽菜は、直径30センチはあろうかという巨大な平皿にてんこ盛りにされた生姜焼き定食(もちろんご飯は体育会盛りだ)を、落とさないように両手でしっかりと抱え、狭い通路を縫うようにして進んでいた。

皿はずしりと重く、熱い湯気が彼女の顔にかかる。


「お待ちどうさまー! 生姜焼き定食、ご飯体育会盛りね!」


ぶっきらぼうな、しかしよく通る声でテーブルに皿を置くと、汗で額に張り付いた明るい茶髪を無造作にかき上げた。

その、意志の強そうな吊り目が、一瞬、苛立ちの色を隠さずに細められる。


(…クソッ! なんで、あたしがこんな…!)


脳裏に蘇るのは、数時間前、バイトの休憩中にスマホに届いた、あの忌々しいメッセージの主――エミリアからの、一方的な『業務連絡』だ。

昨夜の『お騒がせ』に対する『ペナルティ』だという。


『…というわけで、陽菜と澪。昨夜の君たちの行動、少しばかり『積極的』すぎたみたいね? 私の指示は『誰にも気づかれずに』だったはずだけど? ま、おかげで、保護司の源さんご夫妻に、余計な心配をかけるところだったわ。反省してる? してないでしょうねぇ。…だから、罰として、君たちには新しい任務を与えるわ。昨夜、君たちが『助けてあげた』らしい、あの駅前にいた女の子たち。彼女たちとお友達になって、健全な青少年らしく、あんな時間にフラフラ集まるのはやめるように、優し~く、諭してきてくれる? これも立派な社会貢献だし、源さんたちへの罪滅ぼしにもなるでしょう? あ、もちろん、これも訓練の一環だから。期限は…そうねぇ、一週間ってとこかしら。失敗したら、もっと楽しいペナルティが待ってるから、頑張ってね。ふふっ』


(ふざけんな!! 友達になれ!? 説得しろ!? 命令してできるか、そんなもん!! あの女、マジでぶっ飛ばす…!!)


込み上げる怒りを、奥歯を噛み締めて必死に抑え込む。

だが、逆らえないことも分かっていた。

あの圧倒的な実力差。

そして、今の自分たちには、ここ以外に、安心して眠れる場所すらないという現実。


「陽菜ちゃん! 8番テーブル、片付けお願い!」


カウンターの中から、しっかり者の女将さんの声が飛ぶ。

陽菜は「…へい!」と短く返事をすると、空になった巨大な丼や皿を乱暴に掴み上げ、洗い場へと向かった。


洗い場では、相棒の藤井澪が、黙々と、山のように積み上げられた食器と格闘していた。

油汚れと食べ残し。

お湯の湯気と洗剤の匂い。

澪は、長い黒髪を後ろで一つに束ね、俯き加減でスポンジを動かしている。

その華奢な肩が、重労働に耐えるように、小さく震えているように見えた。


「…おい、澪」


陽菜は、抱えてきた食器をシンクに叩きつけるように置くと、低い声で話しかけた。


「聞いたかよ、あのクソ女からのメール」

「…うん」


澪は、手を止めずに、短く頷いた。


「読んだ」

「マジ、ふざけてると思わねえ!? なんであたしらが、あんなチャラチャラした奴らと、友達ごっこしなきゃなんねーんだよ! しかも、説得しろだぁ!?」

「…仕方ないでしょ」


澪の声は、感情が押し殺され、平坦だった。


「逆らえない。それに、失敗したら、『もっと面白いペナルティ』だって」

「だからって…!」

「…それに」


澪は、そこで初めて顔を上げた。

大きな黒い瞳が、じっと陽菜を見つめる。


「昨日のこと、あたしは止めたはずだよ。陽菜が、勝手に突っ走った結果でしょ」

「ぐっ…! そりゃ、そうかもしんねーけど…!」


陽菜は言葉に詰まる。正論だった。

澪の冷静な指摘は、いつも陽菜の感情的な部分を的確に抉る。


「…とにかく、やるしかないんでしょ。どうやるかは、後で考える」


澪はそう言うと、再び食器洗いに没頭した。

その横顔には、諦めとも、あるいは、この厄介な任務をどう攻略するか、既に思考を巡らせているかのような、冷たい光が宿っていた。


陽菜は、何も言い返せず、ただ、目の前の油まみれの食器の山を睨みつけた。

エミリアへの怒り、理不尽な任務への苛立ち、そして、自分の行動が招いた結果への、わずかな後悔。

様々な感情が、腹の中でぐちゃぐちゃに渦巻いていた。


「陽菜ー! 餃子、五人前! 大至急!!」


厨房から、再び源さんの声が飛ぶ。

陽菜は、「へいっ!」と無理やり威勢のいい声を出すと、洗い場を飛び出し、再び、油と湯気と、学生たちの熱気が渦巻く戦場へと戻っていった。


定食屋の喧騒は、まだ当分、終わりそうにない。

そして、彼女たちに課せられた、奇妙で厄介な『ペナルティ(任務)』もまた、始まったばかりだった。

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