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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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77/349

空虚な椅子と、歪な礎石 其七

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


水曜日、午前九時半。

西高東低の冬型の気圧配置は依然として居座り、東京の空は、昨日と同じく、突き抜けるようなコバルトブルーに染め上げられていた。

乾燥した冷たい空気が、街全体を凛と引き締めている。


警視庁本庁舎の仮眠室で数時間の浅い眠りをむさぼった松田は、再び窮屈な警察官の制服に身を包み、桜井が運転する地味なシルバー色の覆面パトカーの助手席に座っていた。

桜井は、いつもの動きやすそうなグレーのパンツスーツ姿だ。

昨夜からの疲労は、二人とも隠しようもなかったが、その目には新たな一日、そして限られた時間との戦いに挑む意志の光が宿っていた。


覆面パトカーは、桜田門周辺の厳かな官庁街を抜け、高層ビルが林立するオフィス街へと入っていく。

朝の通勤ラッシュのピークは過ぎたとはいえ、都心へ向かう車線はまだ混雑しており、桜井は滑らかなハンドルさばきで、車線変更を繰り返しながら、首都高速の高架下を潜り抜けていく。

フロントガラスには、ビルに反射した朝日が時折眩しく差し込み、車内の埃をきらきらと舞い上がらせた。


「…それで、松田さん」


首都高速の入り口をやり過ごし、車が比較的流れの良くなった環状七号線に入ったところで、桜井が前方を向いたまま口を開いた。


「本日の我々の活動ですが、…何か、上から指示が出ていると伺いましたが?」


その声には、昨夜の若手たちの騒ぎとは違う、真剣な響きがあった。

松田は、窓の外の、目まぐるしく変わる景色――大型トラック、路線バス、幹線道路沿いに並ぶチェーン店やマンション――を眺めながら、静かに息を吐き出した。

声には深い疲労の色が滲む。


「…ああ。やれやれ、どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのかね…」


彼は、諦めたように呟くと、静かに言葉を続けた。


「今朝方、少し早く起きたんでね、デスクで資料を整理していたら、隣の係の若い連中が話しているのが、どうにも耳に入ってしまってね」


松田の脳裏に、朝の、まだ人の少ないフロアの光景が蘇る。

ひそひそと交わされる言葉、自分に向けられる同情とも好奇心ともつかない視線。


『「おい、聞いたか? 松田警部補の件」

「ああ、係長、関西での件で相当ご立腹だったらしいですよ。で、結局、上からお達しが…」

「お達し?」

「『松田警部補は本日、指定業務(また新しいチラシ配りだそうです!)以外、一切禁止。午後五時には必ず退庁のこと。桜井刑事も、絶対に巻き込まないよう、同様に定時で上がらせるように。もし違反が確認された場合は、服務規程違反として、直ちに監察部門へ報告するように』って、かなり厳しい内容みたいですよ…」

「うわ…それって、完全に…」』


「…と、まあ、そういうことらしい」


松田は、回想を打ち切り、自嘲とも諦めともつかない、乾いた笑みをかすかに浮かべた。


「過労死対策というのは、おそらく建前だな。要は、俺への嫌がらせと、これ以上勝手な行動をさせないための、ご丁寧な『監視宣告』…といったところだと思うよ」


その穏やかな口調とは裏腹に、彼の瞳の奥には、組織の理不尽さに対する、静かだが消えることのない怒りの炎が揺らめいていた。


「…そうですか。私まで定時退庁とは…少々、理不尽に感じますね」


桜井の声にも、抑えた不満の色が浮かんだ。

しかし、彼女はすぐにプロフェッショナルな表情に戻り、きっぱりと言った。


「ですが、嘆いていても仕方ありません。時間は限られています。最善を尽くしましょう」

「…ああ、そうだな」


松田も静かに頷いた。


「それで、だ。すまないが桜井、俺は例の…ええと、そのチラシ配りがある。その間に、君には、昨夜リストアップした病院を当たってほしいんだが、一人で大丈夫か?」


彼の声には、後輩である桜井への、純粋な気遣いが滲んでいた。


「はい、問題ありません。効率よく回ります」


桜井は、力強く答えた。


「ですが、松田さん。もし、午前中に、あるいは今日の定時までに、加藤さんの入院先が見つけられなかった場合は、どうなさいますか?」


その問いに、松田は一瞬、言葉を詰まらせた。

それは、考えたくない、しかし、現実的に考えなければならない可能性だった。

彼は、再び窓の外に視線を移した。

車は、いつの間にか環状線を降り、私鉄沿線の、どこか懐かしい風景が広がる住宅街へと続く道に入っていた。

朝日が、家々の屋根を優しく照らしている。


「…その時は」


松田は、低い、少し苦々しさが混じった声で言った。


「…あまり気は進まないが、エミリアに頼るしか、手はないだろうね」


彼の脳裏に、あの掴みどころのない、しかし恐るべき能力を持つ異国の女性の顔が浮かぶ。

彼女に借りを作るのは、刑事としての、そして一人の人間としての矜持が許さない。

だが、タイムリミットが迫り、他の正攻法が尽きた時、それ以外の選択肢は、今の松田には残されていなかった。


「裏社会の情報に、妙に詳しいからな、彼女は…。おそらく、すぐに見つけ出すだろう。…少し、癪ではあるがね」


車内には、再び短い沈黙が落ちた。

覆面パトカーは、朝の住宅街を、まるで定められた運命のレールの上を進むかのように、松田がチラシを配る駅と、桜井が向かう、最初の目的地である病院へと向かって走り続ける。

冬の朝の、明るく、しかしどこか冷たい光が、二人の刑事の、複雑な思いを乗せた車体を、静かに照らし出していた。

限られた時間との、そして見えない敵との戦いが、今、再び始まろうとしていた。


                    ***


水曜日、午前十時過ぎ。

冬の乾いた空気が陽光を弾き返し、街全体が明るく、しかしどこか張り詰めたような透明感に包まれていた。


桜井は、リストアップした最初の候補である、地域の中核を担う総合病院の、広く清潔だが無機質な総合受付カウンターの前に立っていた。

ひっきりなしに訪れる患者や見舞客のざわめき、消毒液の独特な匂い、そしてスタッフたちの慌ただしい足音。

その喧騒の中で、彼女は警察手帳を提示し、受付の女性職員に、できるだけ穏やかに、しかし切実さを込めて問いかけた。


「警視庁捜査一課の桜井と申します。大変恐縮なのですが、加藤修一さんという方が、こちらに入院されていないか、確認させていただきたく…」

「加藤、修一様、ですね…」


受付の女性は、慣れた手つきでキーボードを操作しながらも、訝しげな視線を桜井に向けた。


「少々お待ちください…あの、どのようなご関係で?」

「現在捜査中の事件の関係で、ご本人に確認したい事項がございまして。緊急を要する可能性も…」

「申し訳ございません」


女性は、PC画面を一瞥すると、きっぱりとした、しかし事務的な口調で答えた。


「患者様の個人情報に関するお問い合わせには、たとえ警察の方であっても、ご家族の方からの正式な依頼や、法的な手続き(捜査関係事項照会書など)がない限り、一切お答えできないことになっております」


予想通りの、しかし高い壁だった。

桜井は、それでも食い下がった。


「そこを何とかお願いできませんでしょうか。ご本人の安否に関わる可能性も…」

「規則ですので、申し訳ありません」


女性の態度は変わらない。

その瞳には、同情の色はなく、ただマニュアル通りの対応があるだけだった。

桜井は、内心の焦りを押し殺し、「そうですか、失礼しました」と短く告げ、踵を返した。

最初の挑戦は、あっけなく阻まれた。

吹き抜けの高い天井から降り注ぐ陽光が、やけに白々しく感じられた。


同じ頃、松田は、私鉄沿線の、大きすぎず小さすぎず、しかし日中は地元の買い物客や高齢者でそれなりに賑わう駅の改札口前に立っていた。

窮屈な警察官の制服姿。

手には、例の『特殊詐欺被害防止』のチラシが、まだ分厚く残っている。


(…ったく、なんで俺がこんな…)


内心で何度目かの悪態をつきながらも、彼の表情と態度は、意外なほど穏やかだった。

道行く人に、彼は「おはようございます、警察です」「特殊詐欺にご注意ください、簡単な注意点だけでも目を通していただけますか」と、一人一人に丁寧に声をかける。

特に、足元のおぼつかない高齢の女性や、カートを押す老人には、自ら少し腰を屈め、相手の目を見て、ゆっくりとした口調で説明を加えた。


「最近、息子さんやお孫さんを騙った電話が増えていますからね。お金の話が出たら、まず詐欺を疑って、すぐに電話を切って、ご家族や警察に相談してくださいね」

「まあ、ご苦労様です、お巡りさん」

「ありがとうねぇ、気をつけるわ」


意外にも、多くの人が、特に高齢者層は、彼の言葉に耳を傾け、労いの言葉と共にチラシを受け取ってくれた。

制服の持つ『信頼性』というものを、松田は皮肉な形で実感していた。

しかし、彼はただチラシを配っているだけではなかった。

その目は、常に周囲を鋭く観察していた。

人の流れ、行き交う人々の表情、駅周辺の店舗の様子、不審な動きをする者がいないか――。

たとえ、不本意な『雑務』であっても、刑事としての習性は、そう簡単には消えない。

冷たい冬の空気、電車の発着音、人々の話し声、そして時折鼻をかすめる近くのパン屋の匂い。

それら全てを情報として取り込みながら、彼は、この場所に潜むかもしれない、別の『事件』の気配を探っていた。


桜井は、午前中のうちに、さらに二つの病院を回った。

一つは最新設備を備えた大学病院、もう一つは古くから地域医療を支える個人経営に近い中規模病院。

地域医療連携室を訪ねたり、医療ソーシャルワーカーに食い下がってみたりもしたが、結果は同じだった。

個人情報保護の壁は厚く、丁寧だが断固とした拒絶の言葉が返ってくるばかり。

時間は刻一刻と過ぎていく。

焦りが、じわじわと彼女の冷静さを蝕み始めていた。


(ダメか…この方法では、埒が明かない…)


三つ目の病院を出た時、空を見上げると、太陽は既に空高く昇り、正午が近いことを告げていた。スマートフォンで時間を確認する。

午後五時というタイムリミットが、重くのしかかる。

午前中の聞き込みは、完全に空振りに終わった。

桜井は、深くため息をつくと、ポケットから車のキーを取り出した。

まずは、松田と合流しなければ。


駅前では、松田もちょうどチラシを配り終えたところだった。

用意された束は、意外にも綺麗になくなっていた。

彼は、空になった紙袋を畳みながら、軽く伸びをする。

制服の肩周りが、やはり窮屈だ。


「お巡りさん、ご苦労様!」

「さっきはどうもね!」


通りかかった顔見知りになったらしい数人の主婦が、笑顔で声をかけていく。

松田も、少しだけ表情を和らげ、軽く会釈を返した。

市民とのこういう直接的な触れ合いは、捜査一課の仕事では、まずない経験だった。

悪くない、と、ほんの少しだけ思った。


そこに、見慣れたシルバーのセダンが、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。

運転席には、険しい表情の桜井がいる。

松田は、彼女が成果を得られなかったことを、その表情から瞬時に読み取った。


彼は、覆面パトカーの助手席に乗り込むと、シートベルトを締めながら、静かに尋ねた。


「…どうだった?」

「…ダメでした」


桜井は、ハンドルを握りしめたまま、短く答えた。

その声には、隠しきれない疲労と、悔しさが滲んでいる。


「どこの病院も、個人情報を理由に…。手掛かり、ゼロです」

「…そうか」


松田も、短く応じた。

予想していた結果とはいえ、やはり落胆は隠せない。

車内には、重たい沈黙が落ちる。

エンジン音だけが、やけに大きく響いた。


桜井は、黙って車を発進させた。フロントガラスの向こうには、昼の光に満ちた、しかし、解決への道筋が見えない、茫漠とした現実が広がっていた。

午後五時まで、あと数時間。

限られた時間の中で、彼らは、次の一手を見つけ出さなければならなかった。


                    ***


静かに都内の路地を走る覆面車は、やがて信号をいくつか抜け、交通量の多い幹線道路へと合流した。

昼下がりの太陽が、フロントガラスを通して車内に暖かな光を投げかけるが、空気は依然として重く、冷たいままだった。

桜井は黙々とハンドルを握り、次の病院候補へのルートを頭の中で組み立てている。

その横顔は真剣そのものだ。助手席の松田は、しばらくの間、流れていく都会の景色をぼんやりと眺めていたが、やがて意を決したように、深く息を吸い込んだ。


(…仕方ない、か)


タイムリミットは午後五時。

正攻法での情報収集は、午前中の段階で既に暗礁に乗り上げている。

このままでは、時間切れになる可能性が高い。不本意極まりないが、選択肢は、もう、あれしかない。


松田は、周囲を走行する車や、歩道の通行人に、一瞬だけ鋭い視線を走らせると、社外からは手元が見られないように注意しながら、ジャケットの内ポケットから私物のスマートフォンを取り出した。

ロックを解除し、慣れた手つきで、標準の電話アプリではない、暗号化された特殊なアイコンの通信アプリを立ち上げる。

いくつかタップを繰り返すと、画面には見慣れた名前が表示された。

彼は、ためらいがちに、しかし確実に、その名前をタップした。


スマートフォンをダッシュボードに固定されたホルダーに置き、ハンズフリーモードに設定する。

ツー、ツー、という電子的な呼び出し音が、数回、静かな車内に響いた。

隣で運転する桜井が、訝しげな視線を一瞬だけ松田に向けたのが分かったが、彼は気づかないふりをした。


やがて、呼び出し音が途切れ、スピーカーから、わずかなノイズと共に、鈴を転がすようにクリアだが、明らかに不快感を隠さない、若い女性の声が響き渡った。エミリア・シュナイダーの声だ。


『――私、今、仕事中なんだけど? 松田刑事。あなた、自分がどれだけ重要な顧客クライアントだと思ってるのかしら?』


その声は、普段の彼女の、どこか人を食ったような軽やかさとは違い、氷のように冷たく、棘を含んでいた。

桜井の肩が、ぴくりと微かに動いたのを、松田は視界の端で捉えた。


「…ああ、すまない。忙しいところ、申し訳ないが…」


松田は、努めて平静を装い、しかし、声には隠しきれない遠慮と、わずかな苦々しさが滲んだ。


「…少し、君の力を借りたいんだ。調べてほしい人物がいる」


『あらあら? あのカタブツで、融通の利かない、正義の味方の松田刑事が? この私に? また何か、面倒なことなんでしょう?』


エミリアの声に、揶揄するような響きが混じる。

松田は、その挑発を無視し、手元のメモを見ながら、必要な情報を簡潔に伝えた。


「加藤修一、82歳。元々は中堅の機械部品メーカーの経理部長だったらしい。今は年金暮らしの独居老人だ。一月ほど前から持病の悪化で長期入院しているんだが、その入院先が分からなくて困っている。家族はいない。妻とは死別、子供もなし。親戚とも疎遠らしい。几帳面で、真面目な性格だったようだ。…問題は、その留守宅に、どうも、たちの悪い若い連中が住み着いちまっているようなんだ」


『ふぅん…? 独居老人、長期入院、身寄りなし、家にはチンピラ…ねぇ』


スピーカーから聞こえるエミリアの声のトーンが、ほんの少しだけ変わった。

冷たさはそのままに、どこか猫が獲物を見つけた時のような、微かな興味の色が混じったように聞こえる。


「それで? その、か弱いお爺さんの入院先を、この私に探せ、と? ご丁寧な身元情報、どうも。…で、報酬は? 今回は、どんな美味しいネタを提供してくれるのかしら?」


(…やはり、そう来るか)


松田は内心で舌打ちした。もちろん、報酬を用意するつもりなど毛頭ない。

今回も、いつものように、過去の『恩義』(と彼女が勝手に感じているもの)を盾に、うやむやにするつもりだった。


「報酬については、また後日、改めて相談させてくれ」


松田は、あからさまに話を逸らした。


「それよりも、急いでいるんだ。今日中に、何とか入院先を突き止めたい。時間がない」

『…まあ、いいわ』


エミリアは、意外にもあっさりと、しかし、その声には計算高い響きを隠さずに言った。


『面白そうな話ではあるしね。…ちょっとだけ、調べてみてあげる。でも、期待しないでよね? 私だって、暇じゃないんだから』

「…ああ、助かる。恩に着る」


松田は、心にもない言葉を口にした。


『ふふ、恩なら、もう、たんまり溜まってるんじゃないかしら? じゃあね』


一方的な、しかしどこか楽しげな含み笑いを残して、通話は唐突に切れた。

プツリ、という電子音と共に、車内には再び、気まずい沈黙が訪れた。


松田は、深く息を吐き出し、スマートフォンの画面を消した。

不本意な依頼は済んだ。

あとは、あのエミリアが、どれだけの速さで、そして正確に情報を掴んでくるか…。

そして、その『見返り』が何になるのか…。考えただけで、胃が重くなる。


数分と経たないうちに、まるでこちらの思考を読んでいたかのように、再びスマートフォンのスピーカーから、折り返しの着信音が鳴った。

松田は、一瞬だけ隣の桜井に視線を送り、その表情に浮かぶ複雑な色(嫌悪感、好奇心、そしてわずかな期待?)を読み取りながら、意を決して通話ボタンを押す。


『――早かったでしょ? 優秀なのよ、私。で? 例の加藤修一さん』


スピーカーから響くエミリアの声は、先ほどの不機嫌さが嘘のように、どこかゲームを楽しむような軽やかさを帯びていた。


『場所、突き止めたわよ。意外と遠かったわね。四国の病院で緩和ケアを受けてるわ。ただ…』


そこでエミリアは、芝居がかった、しかし冷たい響きを伴う間を置いた。


『かなり衰弱が進んでるみたいで、意識も混濁気味らしいから、まともに話を聞ける状態じゃないと思うわ。残念だったわね、刑事さん? あなたの望むような証言は、もう永遠に得られないかもしれない』


その言葉は、無情な宣告だった。

最後の望みであった、加藤氏本人からの事情聴取という道が、完全に、そして残酷なまでに絶たれた。

エミリアからの情報は、松田と桜井の捜査が物理的にも、そして時間的にも、完全に行き詰まったことを示していた。


松田は、無意識に奥歯を噛み締めた。

隣の桜井も、息を詰めているのが分かる。

彼女の整った横顔には、隠しきれない失望と、そして、電話の相手――エミリア・シュナイダーという、法をも超越するかのような力を持つ存在そのものへの、深い嫌悪感と、警察官としての無力感が浮かんでいた。


(…松田さんは、いつまであんな存在に…! 彼女のやり方は、絶対に許されるものじゃない…いつか必ず、私の手で…!)


桜井は、ハンドルを握る手に力を込めた。

その決意を新たにしながら、彼女は、松田とエミリアの会話に、今はただ、冷徹な観察者のように耳を傾けるしかなかった。


『それで?』


エミリアは、話を続けた。

まるで、こちらの落胆を観察し、楽しんでいるかのように。


『とりあえず、何の捜査しているのか知らないけど、知ってること全部話しなさい。後から、これもあれも調べて欲しいなんて追加注文されたら、私だって効率が悪いわ。私の時間だって、貴重なのよ?』


その有無を言わせぬ、それでいてどこか楽しんでいるような口調に、松田は深く、重い溜息をついた。

心底迷惑そうだ、という感情が顔に出てしまっているのを自覚しながらも、もう後には引けない。

桜井の冷ややかな視線を感じながら、松田自身、警察官としてあるまじき行為に手を染めている背徳感と危うさに、胃のあたりが重くなる。

だが、タイムリミットは迫っているのだ。


「…分かった。話そう」


松田は観念したように呟くと、記憶と、先ほど桜井が見ていたであろう情報を頼りに、必要な事柄を整理しながら話し始めた。

要点だけでいいはずだ。


「今回の件で、鍵になりそうな男が一人いる。名前は、田中たなか しょう。年は21歳」

『タナカ、ショウ…ね。それで?』


エミリアの声は、相槌を打ちながらも、冷静に次の情報を促している。

その声色からは、既に個人的な感情は消え、純粋な分析モードに入っていることが窺えた。


「職業は…まあ、フリーターと自称しているが、実質的には無職だろう。住所不定。最後に確認された住所は、〇〇の〇〇市のアパートだが、もうそこにはいない可能性が高い」

『ふぅん、根無し草、と。なるほど』

「ああ。見た目は…身長は170ちょっとで、少し太り気味。特徴としては、右の眉の上に古い傷がある」

『了解。外見的特徴ね。続けて』

「…性格は、短絡的で、キレやすい傾向が見られる。前歴も、クリーンとは言い難い」


松田は、言葉を選びながら続ける。


「未成年時に窃盗(万引き)での補導が複数回。成人してからも、傷害や器物損壊で何度か。不起訴処分だが、傷害での書類送検も二度ほど。そのうち一件は、交際相手への暴力容疑だそうだ…」

『…なるほど。粗暴性、衝動性、規範意識の欠如。それで? 背後関係は? 何か面倒な組織との繋がりは確認されているの?』


エミリアが、核心に近い、しかし慎重な言葉を選んで尋ねる。


(…やはり、そこに行き着くか)


松田は内心で頷いた。


「いや、今のところ、そういった系統の組織との明確な繋がりは確認されていない。単なる、その場のノリで集まったチンピラグループ…という可能性が高いと見ている。ただ…」


松田は少し言い淀んだ。


「複数の消費者金融への照会記録がある。おそらく、あちこちで借金を作って、かなり金銭的に困窮している状況だろう」


『なるほどねぇ…金に困窮した、前歴多数の、住所不定の若者…ね。そして、現時点では特定の組織に属している形跡は薄い、と。ふぅん…ある種の計画において、末端の実行役として利用するには、非常に都合の良いプロファイル、というわけね』


エミリアの声には、冷たい分析の色が濃く浮かんでいた。


「ああ、そうだ」


松田は、電話に向かって続けた。


「昨日、俺たちが接触した時は、妙に強気で、警察の対応にも詳しそうな口ぶりだった。だが、話した印象では、根は小心者だろう。誰かに指示されて動いているのは、まず間違いないと見ている」

『…分かったわ』


エミリアは、少しの間を置いて、今度は完全に冷静な、分析官のような口調で話し始めた。


『情報を整理しましょう、松田。あなたたちは今、その田中翔という男を逮捕したいの? それが今回の直接的な目的なのかしら?』

「…不法占拠は現行犯だ。家主の意思に反しているなら、当然、検挙の対象になる」


松田は静かに答える。


『だとすれば、焦点を当てるべきは、その田中翔という個人の行動そのものではなく、彼を動かしているであろう指示役の存在でしょうね。彼のプロファイルから、指示役の人物像を推測してみましょうか』


その声には、もはや揶揄する響きはない。

純粋な知的好奇心と、問題を解き明かす専門家の、鋭い分析が始まろうとしていた。


『まず、実行役である田中翔のプロファイル。先ほどの情報…前歴、経済状況、そしてあなたたちが接触した際の反応から総合的に判断して、彼自身がこの「空き家占拠」という計画を立案し、主導する知的能力や計画性を持っているとは考え難い。これは、典型的な末端の実行役、リスクの高い役割を押し付けられた『使い捨ての駒』と見るのが、現時点では最も合理的ね』


(悔しいけれど、…的確すぎる…!)


桜井は、スピーカーから流れる、事件の核心をいとも容易く、そして冷徹に分析していく声に、ぐっと唇を噛んだ。

あの女の言う通りだとしても、それを認めるのは、警察官としてのプライドが許さない。


『となると、問題は指示役よ』


エミリアの声は続く。


『現役で、ある程度のリスク管理能力を持つ犯罪のプロが、このようなリターンに対してリスクが見合わない可能性のある、古典的な『占有』という手口を、今の時代に敢えて選択する? 特に、あなたたち警察の介入を一度招き、警戒レベルが上がっているであろう状況で、なおかつ、その実行役に稚拙な対応を指示している点を見る限り、非常に疑問ね。もっと効率的で、足のつきにくい方法はいくらでもあるはずよ』


松田は、黙ってエミリアの分析に耳を傾けていた。

彼女の指摘は、確かに的を射ている。


「…分析の根拠は?」


松田は、促すように尋ねた。


『根拠? そうね、いくつか挙げられるわ』


エミリアは、淀みなく説明を始めた。

その口調は、まるで大学教授が講義をするかのようだ。


『まず第一に、この『占有屋』という手口そのものの古典性。これは、現代の洗練された(あるいは、もっと凶悪化した)不動産関連犯罪と比較して、極めて旧式で、場合によっては非効率的ですらある。この事実は、過去の手法に固執する、あるいは新しい犯罪手法を学ぶ能力や意欲に欠ける人物像を示唆しているわ』


『第二に、その手口の性質。あなたたちの報告からも分かるように、非常に小規模で、目立たないように、まるで既存の誰かの『縄張り』を荒らすことを極度に恐れているかのように、コソコソと行われている。これは、大規模な活動を行う度胸や組織力がないこと、そして、大きなリスクを取ることを極端に嫌う、臆病とも言える性質を表している可能性が高いわね』


『そして第三に、ターゲット選定。『身寄りのない高齢者の留守宅』という、非常に限定的で、成功しても大きな金銭的リターンが見込めるとは限らない『隙間』を狙っている点。これも、大胆な計画を避け、最小限のリスクでわずかな利益を得ようとする、消極的で、ある意味、追い詰められた状況にある犯行パターンと解釈できる』


エミリアは、そこで一呼吸置いた。


『これらの状況証拠から導き出される指示役のプロファイルは…そうね、過去に地上げや不動産関連の詐欺などで活動していたものの、何らかの理由で第一線を退き、しかし、その古い経験と知識だけを頼りに、細々と、そして極度にリスクを恐れながら活動資金を得ようとしている、引退した『プロ』。あるいは、その周辺にいた、同様の知識を持つ人物。…その可能性が、現時点では最も高いと私は判断するわ』


エミリアの分析は、淀みなく、そして冷徹だった。

まるで、チェスの盤面を読むかのように、少ない情報から、相手の姿を正確に描き出していく。


『大規模な組織犯罪というよりは、時代に取り残された過去の亡霊が、現代の法や社会の隙間で、小さく、しかし悪質に蠢いている…そんな構図じゃないかしら? 松田刑事』


その最後の問いかけに、松田はすぐには答えられなかった。

エミリアの示したプロファイルは、奇妙な説得力を持って、彼の刑事としての勘に響いていた。

そして同時に、そんな厄介な相手が背後にいる可能性に、新たな頭痛の種を感じずにはいられなかった。

車内には、再び、スピーカーから流れるわずかなノイズと、二人の刑事の重い沈黙だけが残された。

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