空虚な椅子と、歪な礎石 其六
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
火曜日の夜。
都心から少し離れた、再開発の波から取り残されたような雑居ビルの地下へと続く、薄暗く、カビ臭い階段。
その突き当たりに、控えめすぎる、というよりは最早やる気を感じさせない、看板の明かりが半分切れて、まともに読めない看板が、力なく点滅していた。
かつては、近隣の零細企業のサラリーマンたちの、ささやかな憩いの場だったのかもしれないが、今はその面影もない。
重い、防音性の低いドアを開けると、むっとするような空気が鼻をついた。
タバコのヤニと、安い香水、そして消毒液の匂いが混じり合い、長年染みついたアルコールの甘ったるい残り香と埃っぽさが、淀んだ空気を作り出している。
紫とピンクのけばけばしい間接照明が、擦り切れて中のウレタンが覗きそうな赤いベルベットのソファや、傷だらけのローテーブル、そして黄ばんだ壁紙を、気だるげに照らし出していた。
「――だからよぉ! 俺様がバシッと一喝入れてやったから、連中、ションベンちびって逃げてったってワケよ! なあ? 俺様にかかれば、あんなモン、屁でもねえんだよ!」
一番奥の、一番大きなボックス席。
そこが、この店の現在の『主』、鬼塚竜二の指定席だった。
彼は、龍の刺繍が入った安物の上着をだらしなく羽織り(その下には派手な虎柄のシャツ)、首にはこれ見よがしな金のネックレス(よく見るとメッキが剥げかけている)を揺らしながら、足をテーブルに投げ出すようにしてふんぞり返っていた。
ジェルで固められた茶髪が、安っぽい照明を鈍く反射している。
テーブルの上には、コンビニで買ってきたであろう大量の缶ビールやチューハイの空き缶、スナック菓子の袋、そして、店で出されたらしい乾き物や冷奴の皿が無秩序に散乱し、灰皿は吸い殻で山盛りになっていた。
鬼塚は、過去の(おそらくは大幅に脚色された)武勇伝を、大げさな身振り手振りを交えて、周りにいる数人の若い手下たちに語って聞かせている。
しかし、手下たちの反応は鈍い。
ある者は、つまらなそうにスマホの画面をなぞり、ある者は、隣の男とひそひそと何かを囁き合い、またある者は、ただただ虚ろな目で、鬼塚の話に気の抜けた相槌を打っているだけだ。
彼らの目には、鬼塚への恐怖と、隠しきれない侮蔑の色が浮かんでいた。
鬼塚の隣には、派手なメイクだが、その下に深い疲労の色を隠せない若い女性が二人、無理に笑顔を貼りつかせて座っている。
鬼塚が馴れ馴れしく肩に回した腕を、嫌がる素振りも見せずに受け入れているが、その瞳は完全に死んでいた。
おそらく、この店の数少ないキャストか、あるいは、別の『弱み』を鬼塚に握られているのだろう。
カウンターの隅では、この店のママらしき、化粧で皺を隠しきれない初老の女性――ママと呼ばれている――が、まるで存在を消すかのように、背中を丸めてグラスを磨いていた。
時折、鬼塚たちの騒ぎ声に肩をびくりと震わせ、怯えたように視線を落とす。
この店が、鬼塚に乗っ取られるに至った経緯は、彼女の深い溜息の中に、全て溶け込んでいるかのようだった。
まさに、鬼塚が自分の武勇伝のクライマックスを、最も大きな声で語ろうとした、その時だった。
安っぽい、間の抜けた着信音が、鬼塚のポケットから響いた。
途端に、鬼塚の表情が凍りつく。
彼は、慌ててポケットからスマホを取り出し、ディスプレイを一瞥すると、その顔から血の気が引いた。
周りの手下たちも、その着信音の主が誰であるかを察し、一斉に口をつぐみ、息を殺した。
騒がしかった店内に、奇妙な静寂が訪れる。
「…うるせえ! カラオケ止めろ! ババア、BGMも消せ!」
鬼塚は、周りを睨みつけ、恫喝するように命じると、スマホを握りしめ、ボックス席から立ち上がり、店の隅にある、年季の入ったピンク色の公衆電話ボックスのような、小さな電話スペースへと足早に向かった。
その背中には、先ほどまでの威勢は微塵もなく、明らかな緊張と怯えが滲んでいた。
壁一枚隔てた向こうから、鬼塚の声がくぐもって聞こえてくる。
「…あ、も、もしもし! せ、先生! ご苦労様です! え? あ、はい! 俺です! 鬼塚です!」
最初は上ずっていた声が、次第に媚びへつらうような、情けないトーンに変わっていく。
「え? け、刑事ですかい!? 例の家に…? ああ、あの件っスか…! へっ、へへ…やっぱり! そ、そうでしょう! 俺の読み通りってやつっスよ! さすが先生、お見通しで…!」
必死に平静を装い、手柄をアピールしようとしているのが痛々しい。
「は、はい! はあ…。で、ですが、あのバカども(男たち)には、先生にご指示いただいた通り、ちゃーんと! 言い含めてありますから! ええ! 大丈夫っすよ! 問題なく追い返したはずです! へへ…は、はい! 承知しました! …失礼します!」
数分の、異様に長く感じられる時間の後、鬼塚は、額に脂汗を滲ませながら、しかし、無理やり作ったような得意満面の笑みを浮かべて、電話スペースから戻ってきた。
彼は、わざとらしく大きな咳払いを一つすると、再びボックス席の真ん中にどかりと腰を下ろし、周りを見回した。
「おい、お前ら! 聞いたか!? 今、先生から直々にご連絡があったんだよ!」
彼は、胸を張り、声を張り上げる。
「例の空き家の件だよ! 俺様の、完璧な指示のおかげで、あのバカども、嗅ぎつけてきやがったサツどもを、きっちり追い返しやがったそうだ! なあ!? ま、俺様にかかれば、当然だけどな! ガハハハ!」
その手柄の横取りと、空々しい高笑いに、手下たちは、一瞬顔を見合わせた後、慌てて「さすがです!」「鬼塚さん、パネェっす!」と、心のこもっていない称賛の言葉を並べ立てた。
「おうよ!」
鬼塚は、すっかり気を良くしたのか、テーブルに残っていた安いウイスキーをボトルから直接呷ると、手下たちに鋭い視線を向けた。
「だがな! 油断は禁物だ! いいか、お前ら! あのバカども(男たち)に、もう一回、よーく釘を刺しとけ! 『絶対にボロ出すんじゃねえぞ、もしヘマしたらどうなるか分かってんだろうな?』ってな! それから、何か動きがあったら、どんな些細なことでも、すぐ! この俺様に! 連絡させろ! 分かったか!!」
有無を言わせぬ口調で指示を飛ばす。
その声には、先ほどの電話での怯えを隠すかのような、過剰なまでの威圧感が込められていた。
「おい! ママ!」彼は、カウンターに向かって怒鳴った。
「酒が足りねえぞ! もっと持ってこい! それと、そこの女! テメェら、ぼーっとしてねえで、俺様の肩でも揉めや!」
彼は、財布から、くしゃくしゃのお札を数枚、テーブルに叩きつけるように置いた。
「ほらよ! これで、なんか気の利いたツマミでも買ってこい! なあ? 俺様は、お前らみてえな貧乏人とは違うんだよ!」
金と暴力。それだけが、彼が人を繋ぎ止める唯一の方法だった。
鬼塚は、手下たちの卑屈な笑顔と、女性たちの諦めたような表情に囲まれ、自分がこの場の支配者であるという、束の間の、しかし強烈な全能感に浸っていた。
場末のスナックの、淀んだ空気の中で、彼の空虚な『ドンごっこ』は、まだ始まったばかりだった。
***
冬の冴え冴えとした月が、漆黒の夜空に高く昇り、眼下に広がる眠らない街・東京を見下ろしていた。
その月光は、桜田門に聳え立つ警視庁本庁舎の硬質な壁にも降り注ぎ、建物の輪郭を青白く浮かび上がらせる。
かつて不夜城と謳われたこの建物も、さすがに日付が変わろうかという時刻には、多くのフロアが静かな眠りについている。
しかし、一部の部署――特に、常に事件と対峙する捜査第一課のフロアには、まだ煌々と照明が灯り、昼間の喧騒とはまた違う、深夜特有の、重く、そしてどこかネジが緩んだような空気が澱んでいた。
松田と桜井は、デスクでノートパソコンの画面と睨めっこを続けていた。
加藤修一氏の入院先としてリストアップした医療機関は数十に上ったが、夜間では問い合わせのしようもなく、有力な候補を数カ所に絞り込むのが精一杯だった。
「…結局、明日、ローラー作戦かけるしかないか」
松田が、凝り固まった肩を回しながら呟く。
その声には、深い疲労が滲んでいた。
「そうですね。私が午前中にいくつか当たってみます」
桜井も、目の下の微かな隈を隠そうともせず、頷いた。
そんな打ち合わせをしている矢先だった。
フロアの片隅で、何やら若い男たちのひそひそとした声と、抑えきれないような笑い声が聞こえ始めたかと思うと、数人の影が、だらだらとした足取りでこちらに近づいてきた。
例の『捜査部の勇士たち』だ。
連日のトンネル事件の応援捜査か何かで、彼らもまた徹夜続きなのだろう。
その目は充血し、顔には疲労の色が濃いが、同時に、アドレナリンが出続けているのか、あるいは単純に眠気を通り越したのか、妙にテンションが高い。
一種の『深夜のノリ』に支配されているのが見て取れた。
「あー、桜井せんぱーい! まだ残ってたんスかー?」
「もー、こんな時間まで松田警部補と二人きりなんて、心配ッスよー!」
彼らは、明らかに悪ふざけの口調で、松田と桜井(主に桜井)のデスクを取り囲むように集まってきた。
その芝居がかった、大げさな仕草は、連日のストレスからくる、一種のガス抜きなのだろう。
「見てくださいよ、この松田さんの顔! 人相悪い! 桜井さん、こんな人に夜道で襲われたらどうするんですか!」
「だから、コンビ解消しましょうって、俺たち昨日からずっと言ってるじゃないスかー!」
「女神様! 我らが希望の星! どうか、このドブ沼から抜け出してー!」
彼らは、口々に、わざとらしく悲壮な声を上げたり、胸の前で手を組んで祈るようなポーズを取ったり、松田を指差して非難したりと、やりたい放題だ。
その目は、松田への非難というよりは、深夜の悪ふざけを楽しんでいる子供のそれに近い。
「おいおい、お前ら、うるさいぞ。少しは静かにできないのか」
松田は、表面上は呆れたように言いながらも、内心では、どこか懐かしいような、くすぐったいような気持ちで、彼らの馬鹿騒ぎを見ていた。
(やれやれ、こいつらも相当キてるな…まあ、無理もないか。俺も若い頃は、訳わかんないテンションで先輩に絡んで、よく怒鳴られてたっけな…)
連日の激務とストレス。それをどうにか乗り切るための、不器用で、少々おバカな、束の間の息抜き。
そう思えば、腹も立たない。
むしろ、この青臭いエネルギーが、少しだけ羨ましくもあった。
「皆さん、お疲れのところ、ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
桜井は、慣れた様子で苦笑しながら、彼らを宥める。
その対応は、まるで騒がしい弟たちの面倒を見る姉のようだ。
「心配しなくても、桜井には俺が指示してやらせてることだから」
松田は、若手たちのノリに乗りつつ、少しだけ庇うように言った。
「何かあったら、責任は俺が取るさ」
その言葉は、待ってましたとばかりに、彼らの悪ふざけに火をつけた。
「「「だからーーー!! 松田さんがーーー!! 責任取って身を引けば、全て丸く収まるって、言ってるんじゃないスかーーー!!!」」」
地鳴りのような(そして、明らかに笑いをこらえているような)、芝居がかった大合唱が、深夜のフロアに響き渡った。
その声は、非難というよりは、もはや『お約束』のコールアンドレスポンスに近い。
「まあまあ、皆さん、声が大きいですよ。他の係の方もいらっしゃいますから」
桜井は、やれやれといった表情で、しかしその目には笑いの色が浮かんで、彼らを上手にあしらう。
松田は、再び深いため息をついた。
ただし、その溜息には、先ほどまでの諦念とは少し違う、どこか「しょうがないな」という温かさが混じっていたかもしれない。
この不毛で、しかし、どこか憎めない深夜の茶番劇が、今夜もまた繰り返される。
それもまた、この巨大な組織の、歪んだ日常の一コマなのだろう。
彼は、そっと視線を上げ、窓の外に浮かぶ冬の月を見上げた。
月だけが、下の階の喧騒を知らぬげに、静かに、そして冷ややかに、この不夜城を照らしていた。
***
火曜日の夜は、静かに、そして深く更けていた。
終電が走り去って久しいマンション群最寄りの駅前ロータリーは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、ただ頼りないオレンジ色の常夜灯と、煌々と、しかしどこか寂しげに光る自動販売機の明かりだけが、アスファルトをぼんやりと照らしている。
空気はシンと冷え込み、時折吹き抜ける冬の夜風が、道端に落ちた枯れ葉をカサカサと弄んでいた。
その、自販機の生み出すささやかな光溜まりの中に、まるで光に吸い寄せられた夜の虫のように、数人の若い女性の影が集まっていた。
「いつものメンバー」――高橋美咲、小林陽子、遠藤詩織、そして、もう一人か二人、日によって顔ぶれの変わる少女たち。
彼女たちにとって、この深夜の駅前ロータリーは、窮屈な日常から解放される、束の間の、そして唯一の『居場所』だった。
「もー! マジでありえないんだけど、ウチのバイト先の店長!」
明るい茶髪を揺らしながら、甲高い声で不満をぶちまけているのは、小林陽子だ。
流行りの、少し大きめなストリート系のパーカーを着て、自販機で買ったばかりの温かいミルクティーの缶を両手で包み込んでいる。
「今日だってさー、レジ締め、あたし一人に押し付けて、自分だけ先に上がるとか、マジないわー! しかも、時給、全然上げてくんないし! 最低賃金ギリギリだよ? やってらんないって!」
「まあまあ、陽子。そんなに怒んないの」
隣で、同じように缶コーヒーをちびちびと飲んでいた高橋美咲が、苦笑しながら宥める。
彼女は、他の子より少し落ち着いた古着のジャケットを着ていて、まとめ役になることが多い。
「でも、分かるよ。うちの深夜バイトも、新しい人が全然入ってこなくて、マジでキツい。学費稼がなきゃなんないのにさ…」
その声には、陽子の癇癪とは違う、もっと重く、現実的な疲労の色が滲んでいた。
「分かるー! キツいよねー!」
陽子が、大げさに頷く。
「あ、そうだ! この前さー、〇〇(ブランド名)の新しいリップ見た? めっちゃ可愛くない? あのラメ感、ヤバい!」
「あー、見た見た! でもさ、あれ、すぐ落ちるって口コミ見たよ?」
「えー、マジで? うわー、買うか迷ってたのに…」
バイトの愚痴から、安いコスメの話へ。
コロコロと話題を変えながら、彼女たちは、周囲に響き渡るような高い声で笑い合う。
その屈託のない(ように見える)やり取りを、少し離れたベンチに座った遠藤詩織は、黙って聞いていた。
黒髪に、ゆったりとしたパーカー。
彼女は、膝に置いたスケッチブックに、何かを描き留めるのに夢中で、時折、小さく相槌を打つだけだ。
その大きな瞳は、時折、不安げに揺れ、この仲間たちとの時間にだけ、わずかな安心を見出しているかのようだった。
仲間といる時の、束の間の安心感。
でも、心のどこかでは、常に『ここではないどこか』を求め、満たされない気持ちを抱えている。
そんな、危ういバランスの上で、彼女たちの時間は流れていく。
その、すぐ近くの道路を、一台の黒い中古セダンが、音もなく滑るように通り過ぎようとしていた。
運転しているのは、鬼塚の手下の一人、木村。
助手席には、同じく手下の斎藤が、だらしなく足をダッシュボードに乗せ、スマホのゲーム画面を眺めている。
鬼塚から「なんか新しいネタ、探してこい」と漠然と命じられ、目的もなく夜の街を流しているところだった。
「ん…?」
運転していた木村が、ふと、駅前ロータリーの自販機の明かりに目を留めた。
「おい、見ろよ。あんなとこに女溜まってんぜ」
「あ? …マジじゃん。結構、数いんな。ガキみてえだけど」
助手席の斎藤も、ゲームから顔を上げ、下卑た視線を少女たちに向ける。
「こんな時間に何やってんだ? 家出少女とか、そんなんじゃね?」
「かもな。…なあ、ちょっと停めてみろよ」
木村は、車のスピードを落とし、ロータリーから少し離れた、街灯の死角になるような場所に、音もなく車を寄せた。
二人は、フロントガラス越しに、まるで品定めでもするかのように、夜組の少女たちをじろじろと観察し始めた。
「へへ…どいつもこいつも、若くて、なかなかイイ感じじゃねえか」
斎藤が、口元を歪めて呟く。
「特に、あそこの茶髪の、元気良さそうなヤツ。リーダー好みかもな」
「だな。こいつら、なんか『使えそう』な匂いがプンプンするぜ。…なあ、声かけてみるか? ちょっと脅せば、簡単に金になりそうだぜ」
木村が、目をギラつかせる。
「いや、待てよ。今日はやめとこうぜ。リーダーにも言われたろ、『目立つ真似はするな』って。まずは、リーダーに報告だ」
斎藤が、意外にも慎重なところを見せる。
「…写真、撮っとくか」
彼は、スマホを取り出し、ズーム機能を使って、遠くから、気づかれないように、夜組の少女たちの姿を数枚、撮影した。
画面には、無防備に笑いさざめく少女たちの姿が、冷たく切り取られている。
「よし。…行くぞ」
満足したように、斎藤が呟く。
車は再び静かに動き出し、ロータリーを後にした。エンジン音が遠ざかり、駅前には、また元の、気だるい静寂が戻ってくる。
美咲も、陽子も、詩織も、そして他の少女たちも、自分たちに向けられていた邪悪な視線と、その背後にある冷たい悪意には、全く気づいていなかった。
彼女たちは、缶コーヒーの残り香と、将来への漠然とした不安が混じり合った、いつもの深夜の空気を吸い込みながら、ただ、他愛のないお喋りを続けている。
その無防備さが、これから彼女たちを待ち受ける、抗いがたい運命の始まりであることなど、知る由もなかった。
***
火曜日の夜が、その深い藍色をさらに濃くしていく。
日付はとうに変わり、水曜日が始まろうとしていた。
眠らない街・東京も、この時間になると、さすがに多くの人々が眠りにつき、幹線道路を時折走り去る車の音だけが、冷たく澄んだ冬の夜気に虚しく響いていた。
マンション群に隣接する私鉄の駅も、終電という一日の終幕を告げる喧騒が過ぎ去り、今は深い静寂に包まれていた。
シャッターが固く下ろされた駅ビル内の店舗、人気のないタクシー乗り場、そして、煌々と、しかしどこか寂しげに光る自動販売機だけが、無人のロータリーを照らしている。
何処かの高架線路の上を時折、貨物列車がゴトン、ゴトンと重い音を立てて通過していく他は、耳に届くのは、吹き抜ける夜風の音ばかりだ。
そんな深夜の駅前を、二つの影が、まるで闇に溶け込むように、しかし確かな目的を持って歩いていた。
橘陽菜と藤井澪。
数時間前、絶対的な実力差を見せつけた相手――エミリア・シュナイダーから、電話越しに、実に面倒くさそうな、しかし有無を言わせぬ口調で、新たな『訓練メニュー』が言い渡されていた。
「あらあら、陽菜ちゃんに澪ちゃん? 君たち、東京の地理、全然分かってないでしょ、正直。危なっかしくて見てられないわ。というわけで、今夜は特別レッスンよ。自分の足で、そうねぇ…この地図アプリで指定したエリア、隅から隅まで歩き回って、主要道路、目印になる建物、使えそうな抜け道、ぜーんぶ頭と体に叩き込んどいてくれる? あ、もちろん、誰にも気づかれずに、よ? 夜なら人も少ないし、コソコソ動き回る、いい練習になるんじゃないかしら? そうねぇ、制限時間は…夜明けまで、ってとこかしら。じゃ、そういうことで。健闘を祈るわ、ふふっ」
けらけらと笑う、その軽やかな声の裏にある絶対的な圧力を、二人は嫌というほど知っていた。
数日前、反抗心から一矢報いようと二人で挑みかかった結果、指一本触れることすらできず、文字通り赤子のように軽くあしらわれた記憶が生々しい。
(クソッ…! あの女、マジでムカつく…!)
陽菜は、内心で毒づきながら、寒さで悴む手をポケットに突っ込んだ。
隣を歩く澪も、フードを目深にかぶり、表情こそ見えないが、その全身から不満と苛立ちのオーラが立ち上っているのが分かった。
だが、逆らえない。
今は、従うしかなかった。
二人は、エミリアから送られてきた地図アプリの指示に従い、駅周辺の地理を確認しながら、シャッターの閉まった店舗の軒先や、街路樹の影を利用し、息を潜めて移動していた。
冷たいアスファルトを踏む自分たちのスニーカーの音だけが、やけに大きく響く。
神経を研ぎ澄ませ、物陰、建物の窓、通り過ぎる数少ない車の気配に、最大限の注意を払う。
『誰にも気づかれずに』――その指示が、重くのしかかる。
駅前ロータリーの隅、自販機の明かりが届く、少し開けたスペースに差し掛かった時だった。
複数の若い女性の声が、甲高く響いてきた。
最初は、仲間同士でふざけ合っているのかと思った。
だが、すぐに、その声に混じって、男たちの下品で、しつこい声が聞こえ始め、陽菜と澪は足を止めた。
「ねーちゃんたち、カワイイじゃん! こんな時間まで何してんの? 俺らと遊ぼうよ!」
「終電ないんだろ? 送ってってやるって!」
「無視すんなよ! ちょっとくらいいいだろ!」
それは、明らかに、質の悪い男たちの、しつこく、そして徐々に威圧的になっていくナンパの声だった。
そして、それに対する、若い女性たちの、困惑し、怯え、そして、か細い抵抗の声も。
「や、やめてください…!」
「もう、帰りますから…」
「しつこいって言ってるでしょ!」
陽菜は、駅の柱の影から、声のする方を睨みつけた。
(…チッ)
状況は明らかだった。
ガラの悪そうな若い男三人が、同じくらいの年齢の少女たち四人を取り囲むようにして、道を塞ぎ、絡んでいる。
少女たちは明らかに怯え、しかし逃げ場を失っているようだった。
「陽菜、行くよ」
隣で、澪が冷静に、しかし強い口調で囁いた。
「関わらない方がいい。エミリアの指示、忘れたの? 『誰にも気づかれずに』よ」
澪の言うことは正しい。隠密行動中だ。面倒事は避けるべきだ。分かっている。だが――。
陽菜の脳裏に、関西での記憶が蘇る。
同じように、力の強い男たちに絡まれ、怯えていた仲間たちの顔。
それを守るために、自分がどうしてきたか。
(クソが…! どこにでもいやがるんだな、こういう奴らは…!)
目の前で、明らかに相手が嫌がっているのに、しつこく絡み続ける男たちの声。
怯える少女たちの声。
陽菜の中で、我慢の糸が、ブチリと音を立てて切れた。
エミリアの指示も、隠密行動も、一瞬で頭から吹き飛んだ。
「…うるせえ」
「え…?」
「澪、悪い。ちょっとだけ、寄り道」
陽菜は、制止しようとする澪の手を振り払い、柱の影から躍り出ると、音もなく、しかし猛禽類のような速さで、声のする方へと歩き出した。
その背中に、澪は「(あぁ、もう…! この直情バカ!)」と内心で悪態をつきつつも、即座に思考を切り替え、陽菜の後を追う。
周囲の状況、男たちの人数、武器の有無、逃走経路――冷静に情報を分析し、陽菜のサポートに回るべく、神経を研ぎ澄ませた。
ロータリーの隅、自販機の不自然なほど明るい光の中。
予想通り、耳にジャラジャラとピアスをつけ、見るからに柄の悪い若い男三人が、同じくらいの年齢の少女たち四人を取り囲んでいた。
少女たちは明らかに怯え、困惑している。
リーダー格らしい、少し大人びた少女(美咲)が、毅然とした態度で男たちを睨みつけているが、多勢に無勢だ。
明るい髪の少女(陽子)は、強がりながらも声が震えている。
小柄な黒髪の少女(詩織)は、完全に怯えて俯いてしまっていた。
「おい、アンタら」
陽菜は、低い、普段の彼女からは想像もつかないような、腹の底から響くような声で、男たちに声をかけた。
その声に、その場の全員の視線が一斉に集まる。
「…あ? なんだ、テメェ? 横からしゃしゃり出てくんじゃねえよ」
リーダー格らしい、ピアス男が、訝しげに陽菜を睨みつけた。
「見てわかんねえのか? 女の子たちが、嫌がってんだろ。さっさと、その汚ねえ面どけて、失せな」
「はあ!? 関係ねえヤツが偉そうに! コイツら、俺らの女なんだよ! なあ?」
ピアス男は、仲間と目配せし、下卑た笑いを浮かべる。
「へえ。そりゃ初耳だな。連れにしちゃあ、随分と顔が引きつってるように見えるけど?」
陽菜は、挑発的に唇の端を吊り上げた。
その舐めた態度に、男たちの顔色が一気に変わる。
「んだと、コラァ!?」
「このアマ、調子乗ってんじゃねえぞ!」
ピアス男が、逆上し、陽菜の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。
その、チンピラにありがちな、大振りで予測しやすい動き。
陽菜は、相手が反応するよりもコンマ数秒早く、その伸ばされた手首を内側から掴むと、体重を乗せて一気に捻り上げた。
「ぐぎゃあっ!?」
短い、しかし情けない悲鳴が、深夜のロータリーに響いた。
関節が、ミシリ、と嫌な音を立てる。
「なっ…!?」
「このアマ、やりやがった!」
残りの男二人が、驚きと怒りで陽菜に殴りかかろうとする。
だが、その前に、いつの間にか陽菜の斜め後ろに回り込んでいた澪が、冷たく光るスマホのカメラレンズを、無言で男たちに向けた。
画面には、赤い録画マークが点灯しているように見える。
「…正当防衛、成立ですね。この映像、今すぐ警察に送りますか? それとも、お友達を連れて、静かにお帰りになりますか?」
澪の、感情の温度を一切感じさせない、人形のような無表情と、淡々とした声。
そして、向けられたスマホ。
男たちは、一瞬で状況を理解した。
目の前の、小柄な少女二人は、ただの通りすがりではない。
明らかに、面倒な、そしておそらくは『ヤバい』相手だ、と。
駅前という場所も、事を荒立てるには都合が悪かった。
「…ちくしょう! 覚えてろよ、テメェら!」
リーダー格の男は、捻られた手首を押さえながら、捨て台詞を吐き、仲間と共に、足早に夜の闇へと逃げていった。
後に残されたのは、あっけにとられて立ち尽くす夜組の少女たちと、陽菜、そして澪。
先ほどまでの喧騒が嘘のような、気まずい沈黙が、冷たい夜気に漂う。
自販機の唸る音だけが、やけに大きく聞こえた。
「あ、あの…」
最初に口を開いたのは、明るい髪の陽子だった。
まだ少し声が震えている。
「た、助けてくれて、ほんっとに、ありがとう…!」
「…別に。ああいうクズ、見てると胸クソ悪いだけだから」
陽菜は、ぶっきらぼうに答え、捻り上げた手首の感触を確かめるように、軽く手を握りしめ、ポケットに突っ込んだ。
「…もう、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
澪が、冷静に、しかし少しだけ心配の色を滲ませて問いかける。
「う、うん…。本当に、助かった…。マジ、ヤバかった…」
陽子が、ホッと胸を撫で下ろす。
「あ、私、陽子! 小林陽子!」
「私は、高橋美咲。こっちは、詩織と、…えっと、ユキ」
リーダー格の美咲が、まだ警戒心を解いていない目で陽菜と澪を見ながらも、代表してお礼を言い、自分たちの名前を(詩織ともう一人の女性の名前を含めて)名乗った。
詩織は、まだ少し怯えた様子で、美咲の後ろから、そっと陽菜たちを見ている。
「…陽菜」
「…澪」
陽菜と澪も、短く名乗る。
偽名を使うか一瞬迷ったが、この緊迫した状況の後では、それも不自然に思えた。
「本当に、ごめんね。うちらのせいで、嫌な思いさせちゃって…」
美咲が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「アンタらが謝ることじゃないだろ。悪いのは、どう見てもアイツらだ」
陽菜が、少しだけ口調を和らげて返す。
「…私たちは、もう行きますので。夜も遅いですし、皆さんも、気をつけて帰ってください」
澪が、状況を収拾するように、冷静に、しかし有無を言わせぬ口調で言った。
長居は無用だ。
エミリアの指示も、まだ終わっていない。
陽菜と澪は、軽く会釈だけすると、夜組のメンバーに背を向け、再び夜の闇へと歩き出した。
駅の明かりから遠ざかり、すぐに二人の姿は闇に溶け込んで見えなくなった。
残された夜組のメンバーは、あっけにとられたように、二人が消えた方向を見つめていた。
突然現れて、あっという間に不良を追い払い、そして嵐のように去っていった、陽菜と澪。
特に、陽菜の、小柄な体からは想像もつかない、躊躇のない強さと、澪の、氷のような冷静さ、そして、どこか影のある美しさ。
彼女たちの心に、その姿は、困惑と、少しの恐怖、そして、それ以上の強い興味と共に、深く刻み込まれた。
一方、駅を離れ、再び人気のない裏通りを歩き出した陽菜と澪の間にも、重い沈黙が流れていた。
先に口を開いたのは、やはり澪だった。
「…あんた、本当に派手にやったね。これで、『誰にも気づかれずに』は、完全にアウトじゃない」
その声は静かだったが、明らかな棘を含んでいた。
「…うるせえな。分かってるよ。でも、見て見ぬふりなんて、できるわけねえだろ、あんなの!」
「でも、エミリアに、なんて報告するつもり? 正直に話すの?」
「……」
陽菜は答えに詰まった。
「…悪かったって、思ってるよ…」
バツが悪そうに呟く陽菜の顔には、不良を追い払った後の、わずかな高揚感と、厄介事を起こしてしまったことへの後悔、そして、これから待っているであろうエミリアからの『評価』への、言いようのない憂鬱さが、複雑に渦巻いていた。
この夜の、駅前ロータリーでの、ささやかな、しかし決定的な出会い。
それは、陽菜と澪、そして『夜組』の少女たちの運命の歯車を、静かに、しかし確実に、狂わせ始める、ほんの始まりに過ぎなかった。
彼女たち自身も、そして、この出来事をまだ知らない他の誰も――エミリアでさえも――その先に待ち受ける、複雑に絡み合った、そしておそらくは危険な未来を、今はまだ、知る由もなかった。




