空虚な椅子と、歪な礎石 其五
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
覆面パトカーは、目的地の、古い一軒家の前に、静かに停車した。
そこは、戦後の区画整理で生まれたであろう、よくある木造二階建ての家だった。庭には手入れの跡が見られるが、ここしばらく放置されているのか、雑草が伸び、庭木の枝も少し乱れている。
カーテンは閉め切られ、家全体が、まるで息を潜めているかのように静まり返っていた。
しかし、その静けさは、人のいない家のそれとは、どこか異質な、不自然な空気を漂わせている。
「…ここだな」
松田は、低く呟き、窮屈な制服のジャケットのボタンを一つ外した。
長年の刑事としての経験が、この家の『異常』を、音もなく警告している。
「はい」
桜井は、短く応じると、手早く身なりを整え、車のドアを開けた。
彼女の表情には、先ほどまでの悪戯っぽさは消え、警察官としての、そして、松田の指示を受けた『エリートキャリア』としての、冷静で隙のない仮面が浮かんでいた。
松田も車を降り、桜井のやや斜め後ろ、一歩下がった位置に立つ。
制服姿が否が応でも目立つが、今はそれを逆手に取る。
桜井の存在感を際立たせるための、あえての『背景』に徹するつもりだった。
桜井は、迷うことなく、古い木製の門扉を押し開け、玄関へと続く短いアプローチを進んだ。
そして、インターフォンに、すらりとした指を伸ばし、一度だけ、短くボタンを押した。
ピンポーン、という、やや間の抜けた電子音が、静かな住宅街に響く。
応答はない。
家の中からは、物音ひとつ聞こえてこない。
(…留守? いや、鈴木さんの話では、日中も出入りしていると…)
桜井が、もう一度ボタンを押そうか迷った、その時だった。
ガチャリ、と内側から鍵の開く音がし、玄関のドアが、わずかに、数センチだけ開いた。
隙間から覗いたのは、寝癖のついたボサボサの黒髪と、明らかに寝起きで腫れぼったい、険のある目だった。
着ているのは、ヨレヨレのアニメキャラクターのTシャツを着た男。
「…んだよ、うるせえな…」
不機嫌そうな、低い声が、ドアの隙間からくぐもって聞こえる。
明らかに、訪問者を警戒している声色だ。
「警視庁の桜井と申します」
桜井は、警察手帳を提示しながら、クリアで、しかし有無を言わせぬ響きを持つ声で言った。
相手の目を見て、一切の動揺を見せない。
「こちらの、加藤修一さんのお宅の件で、少々、お話を伺いに参りました」
「…あ? 警察? …ったく、昨日も来たじゃねえか。だから、言っただろ? 俺らは、加藤の爺さんから、家の管理、頼まれてんだよ。別に、悪いことなんてしてねえって」
男は、ドアの隙間から、桜井の姿、そしてその後ろに立つ制服姿の松田を、値踏みするように睨みつけながら、苛立たしげに言い放った。
その声には、虚勢と、隠しきれない焦りの色が混じっている。
「承知しています」
桜井は、冷静に頷いた。
「ですが、いくつか、確認させていただきたい事項がございまして。中でお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「はあ? なんで、家ン中まで入れなきゃなんねえんだよ。ここで十分だろ」
男は、明らかに警戒心を強め、ドアをさらに開けようとはしない。
その時、彼の背後から、ひょこりと、別の若者が顔を出した。
痩せ型で、目の下にクマがある。
彼は、桜井と松田の姿を認めると、怯えたように、サッと男の影に隠れた。
「お話の内容によっては、プライバシーに関わることも含まれるかもしれませんので」
桜井は、あくまで冷静に、しかし、相手に有無を言わせない口調で続けた。
「それに、管理を任されているのでしたら、家の中の状況も、確認させていただく必要があるかと存じますが?」
その言葉と同時に、ドアの隙間から、ぷん、と生ゴミが腐ったような、そしてタバコのヤニとアルコールが混じったような、不快な臭いが漂ってきた。
松田は、眉をひそめ、その臭いの源を探るように、鋭く鼻をひくつかせた。
「…ちっ、分かったよ! ちょっと待ってろ!」
男は、悪態をつくと、乱暴にドアを閉めた。
内側で、何やら、他の若者たちと小声で揉めているような気配がする。
おそらく、三人いるのだろう。
数分後、再びドアが開き、今度は男が、少しだけマシな(しかし、やはりヨレヨレの)スウェットに着替え、他の二人を背後に従えて、渋々といった様子で立っていた。一人は、ニヤニヤと人を食ったような笑みを浮かべているが、その目には警戒の色が浮かんでいる。
もう一人は、完全に怯えきった様子で、俯いている。
「で? 何の用だよ、改めて」
男は、腕を組み、ふんぞり返るようにして言った。
「まず、加藤さんから、いつ、どのように、管理を依頼されたのか、具体的にお聞かせ願えますか?」
桜井は、手帳を取り出し、ペンを構えながら、淡々と質問を始めた。
「あー? そりゃ、入院する前だよ。爺さんが、『しばらく留守にするから、たまに様子見て、空気の入れ替えとかしといてくれ』ってな」
男は、すらすらと答えるが、その目は泳いでいる。
「ほう。その割には、家の中、随分と生活感があるようだが?」
桜井の後ろから、松田が、低い、ドスの利いた声で口を挟んだ。
男たちの視線が、一斉に、制服姿の松田に集まる。
その目に、侮りと、わずかな動揺が走ったのを、松田は見逃さなかった。
「さっきから、随分と、いい匂いも漂ってくるしな。…まさかとは思うが、家主さんの留守中に、中で、どんちゃん騒ぎでもしてた、なんてことはないだろうな?」
松田は、わざと、彼らの足元に転がっている、空き缶やコンビニのゴミ袋を顎で示した。
「なっ…! そ、そんなわけねえだろ! 俺らは、ただ、管理を…!」
男が、声を裏返らせて否定する。
「管理を頼まれているのでしたら、当然、加藤さんの入院先の病院や、緊急時の連絡先なども、ご存知ですよね?」
桜井が、畳みかけるように質問を続けた。
「そ、それは…」
男が言葉に詰まる。別の男が、横から助け舟を出すように口を開いた。
「いやあ、刑事さん、そこまでは聞いてないんスよ。爺さん、急に入院しちゃったみたいで。連絡しようにも、携帯とか持ってないみたいだし?」
ヘラヘラと笑いながら言うが、その額には、うっすらと汗が滲んでいる。
「携帯を持っていない? 今時、80過ぎの年寄りでも、持ってる人間は多いがな。…本当に、連絡しようとしたのか?」
松田の追及は、さらに鋭さを増す。
「それに、あんたたち、加藤さんの親戚でも、知り合いでもないんだろう? 無線で確認したが、昨日、交番の警官には『古い付き合いだ』と言ったそうだが、聞いた話とは食い違う。…一体、どっちが本当なんだ?」
「うっ…!」
三人の間に、明らかに動揺が広がった。
男ともう一人の男は顔を見合わせ、別の男は、もはや顔面蒼白になっている。
彼らが、事前に口裏を合わせていたであろう言い訳が、脆くも崩れ始めている。
「…ちょっと、署まで来てもらおうか」
松田は、低い声で、しかし、有無を言わせぬ響きで言った。
「話は、そこで、ゆっくりと聞かせてもらう。…もちろん、任意だがな」
その言葉に、三人の若者の顔から、完全に血の気が引いた。
彼らの視線は、怯え、助けを求めるように、互いの顔と、そして、誰もいないはずの家の奥へと、彷徨っていた。
松田は、確信した。
こいつらは、ただの占有屋ではない。
もっと大きな、そしておそらくは、たちの悪い『何か』に、使い走りにされている、捨て駒に過ぎないのだ、と。
そして、この事件は、自分が当初考えていたよりも、ずっと根が深い、『歪な礎石』の上に成り立っているのかもしれない、と。
松田は、目の前の、怯えきった若者たちの向こう側に、まだ見ぬ、黒い影の輪郭を、確かに感じていた。
けたたましいドタバタという音が、静かな午後の住宅街に響き渡った。
まるで獣が逃げ惑うかのように、三人の若者の気配が玄関から遠ざかり、家の奥深くへと消えていく。
ガチャリ、と無情な金属音が響き、内側から鍵がかけられた。
古い木製のドアは、再び彼らと外界を隔てる壁となる。
「松田さん…」
桜井が、吐息のような小声で問いかける。
その声には、わずかな焦りと、次の行動を促す響きがあった。
踏み込みますか? 暗黙の問いが、冷たい冬の空気の中で二人の間に漂う。
「…鍵、かけたか」
松田は、苦々しく吐き捨てた。
「あれがなければ話は早かったが、今の段階でこじ開ければ、こっちが厄介なことになる。…令状請求には、まだ根拠が薄すぎる」
彼は、忌々しげに自分の着ている制服の袖を睨んだ。
この動きにくく、目立つだけの青い布が、今は物理的な枷となっている。
さて、どうしたものか。
松田が思考を巡らせ始めた、その刹那だった。
再び、家の中から足音が近づいてくる。
今度は一人。さほど慌てた様子はない。
むしろ、奇妙なほど落ち着いた、それでいて不遜な響きを伴って。
ガチャリ、と再び鍵が開く音。
そして、ゆっくりとドアが開かれ、そこに立っていたのは、先ほどとは打って変わって、にやにやと人を食ったような笑みを浮かべた男だった。
その目には、先ほどの動揺の色はなく、代わりに、借り物の自信と、悪意に満ちた光が宿っている。
まるで、数分の間に、別の何かに操られているかのようだ。
彼は、桜井の前に、わざとらしく立ちはだかった。
「あー、すみませんねぇ、刑事さんたち?」
男の声は、妙にねっとりとしていた。
「もう一回、あんたらの警察手帳、見せてもらってもいいッスか? ほら、最近ニュースとかでよく聞くじゃないスか? 警官のカッコしたコスプレ野郎が、偽の手帳チラつかせて詐欺働くってやつ」
その白々しい口上に、桜井は一瞬、呆気に取られて言葉を失った。
松田は、即座に状況を理解した。
(…! こいつ、この短時間で、誰かと連絡を取ったな! 入れ知恵されてやがる…!)
背後にいる人間の存在が、より明確な輪郭を持って、松田の脳裏に浮かび上がる。
おそらくは、悪知恵だけは働くタイプの人間だろう。
「…わかりました」
松田は、内心の怒りを抑え、あくまで冷静に、しかし隙を見せない態度で応じた。
警察手帳を取り出し、ひったくられないよう、指に力を込めてしっかりと持ち、男の目の前に突き出す。
自身の、疲れ切ってはいるが鋭い眼光の写真が覗いている。
「これが、私の身分を証明する、警視庁の警察手帳です」
その松田の動きに合わせるように、桜井も、一瞬の戸惑いを見せた後、しかしすぐに意図を汲み取ったのか、同様に警察手帳を取り出し、男の眼前に提示した。
彼女の警察手帳は、まだ新しく、写真の顔も、溌剌とした若さと、意志の強さを感じさせる。
(…桜井? なんだ、手帳を仕舞わないのか? 普通なら、この手の輩に隙を見せないように、すぐ引っ込めるもんだが…何か考えがあるのか? まさか…)
松田は、桜井の意図を測りかねつつ、その横顔を観察した。
「へぇー、美人な刑事さん、桜井さんって言うんだ。可愛い顔してんねー」
男は、下卑た視線を隠そうともせず、桜井の顔から胸元、そして足元へと、ねっとりと這わせた。
その視線は、粘着質で、不快な熱を帯びている。
桜井の眉が、微かに、しかし険しく顰められたのを、松田は見逃さなかった。
内心の怒りが、その白い肌の下で沸騰しているのが見て取れる。
「なあ、桜井さんよぉ。警官なんてもったいねえよ。やめて、俺たちの彼女になんねえ?」
明らかに、挑発だった。
そして、次の瞬間、男は、その汚れた手を伸ばし、桜井が提示していた警察手帳を、まるで汚いものでも掴むかのように、乱暴に鷲掴みにした。
「おい! もっと、こっちで、あんたの可愛い顔写真、じっくり見たいんだけど? この手帳、ちょっと貸してくんない?」
その無遠慮な接触と、手帳にかけられた力に、桜井の体が強張る。
彼女は、反射的に手帳を引き戻そうとし、厳しい顔つきで男を睨みつけた。
しかし、次の瞬間、ほんのわずか、一瞬だけ、彼女の抵抗が弱まったように見えた。
まるで、意図的に、相手に指紋を残させる時間を与えているかのように。
(…やはり、そういうことか、桜井!)
松田は、内心で舌打ちした。
若いキャリア組の、大胆不敵な、しかし危険な賭け。
それが吉と出るか、凶と出るか。
「貴様! 警察手帳を奪おうとするなら、公務執行妨害で現行犯逮捕するぞ!」
松田が、鋭く、そして腹の底から響くような厳しい声で、間髪入れずに牽制した。
その声には、本物の怒気と、有無を言わせぬ圧力が込められていた。
その声に、男は、文字通り、飛び上がるように驚き、慌てて手帳から手を離し、両手を上げた。
その顔からは、先ほどの不遜な笑みが消え、再び、小心者の本性が覗いている。
「わ、わりぃわりぃ! 危ねえ危ねえ…」
男は、引きつった笑みを浮かべ、早口で言い訳を始めた。
「いや、ちょっと、よく見たいなーって思っただけで…。あ、そうだ、『やりすぎるな』って注意されてたの、忘れてたぜ、はは…」
松田の耳は、その言い訳の中に紛れ込んだ、決定的な一言を聞き逃さなかった。
『やりすぎるなって注意されてた』
やはり、背後からの指示があったのだ。
それも、かなり具体的な。
男は、動揺を隠すように、再び、虚勢を張って強気な態度に戻った。
その切り替えの早さだけは、ある意味、見事だった。
「と、とにかく! 悪いけど、帰ってくんねえかな!? 俺たちは、任意で警察署なんかに、ぜってー行かねえし! あんたらを、この家に入れる許可も出さねえからな!」
彼は、一方的に捲し立てる。
「これ以上、うろちょろして、不法に居座るつもりなら、…えーっと、なんだっけな、あー、そうそう、『監察官』? とかいう偉い人に、『不当な公権力の行使があった!』って、チクってやるからな! 覚悟しとけよ!」
言い終えると同時に、男は、まるで逃げるように、再び家の中に引っ込み、力任せにドアを閉めた。
ガチャン! バタン! そして、内側から、念入りに鍵をかける音。
直後、家の中から、甲高い、勝利を確信したかのような、男のものと思われる下品な笑い声と、それに唱和するような、他の若者たちの騒がしい声が、ドア越しに、嫌というほどはっきりと響いてきた。
松田と桜井は、閉ざされたドアの前で、為す術もなく立ち尽くしていた。
冬の午後の日差しは、いつの間にか、さらに西へと傾き、彼らの足元に、長く、頼りない影を落としていた。
目の前の家は、再び、不気味な静寂を取り戻し、ただ、冷たい壁のように、二人を拒絶していた。
松田は、奥歯を強く噛み締め、空を見上げた。
どこまでも青い、冬の空が、今は、ただただ、白々しく、そして遠く感じられた。
***
閉ざされたドアの向こうから響く、甲高く、下卑た笑い声。
それは、まるで冷たい壁に跳ね返るように、冬の午後の静かな住宅街に虚しく響き、やがて吸い込まれていった。
松田と桜井は、しばし、その場に立ち尽くしていた。
互いに言葉はない。
ただ、目の前の、持ち主の意思とは無関係に閉ざされた玄関ドアと、その奥に潜む悪意の気配だけが、重くのしかかる。
西に傾いた太陽が、彼らの背後から長く伸びた影を、冷え切ったアスファルトに投げかけていた。
やがて、どちらからともなく踵を返し、二人は無言のまま、加藤修一宅から少し離れた路地に停めていた、地味なセダンタイプの覆面パトカーへと戻った。
乗り込んでも、会話はない。桜井が静かにエンジンをかけ、サイドブレーキを解除する。
松田は助手席で深くシートに身を沈め、窮屈な制服の襟元を無意識に指で弄っていた。
車は滑るように発進し、古い家並みが続く細い道をゆっくりと進む。
ミラー越しに、加藤宅の屋根が小さくなっていくのが見えた。
もう、あの家からこちらの姿は見えないだろう、という距離まで来た時、それまで車窓の外を流れる景色を黙って眺めていた松田が、ふう、と長い息を吐き出し、穏やかな、しかしどこか諭すような響きを含んだ声で、隣の桜井に話しかけた。
「…なあ、桜井」
ハンドルを握る桜井は、視線を前方から逸らさずに、はい、と短く応じる。
「さっきの、手帳の件だがな…。ああいう、何て言うか…危ない橋を渡るようなやり方は、あまり感心しないぞ。お前の、その…将来に傷がつくかもしれんからな」
言葉を選びながら、それでも滲み出るのは、心配の色だった。
それは、単なる上司としてではなく、経験を積んだ先輩としての、偽らざる気持ちのようにも聞こえた。
その松田の言葉に、桜井は、ふっと口元だけで微かに笑ったように見えた。
「あら。私はただ、松田さんの『規格外』なやり方を、少し参考にさせていただいただけですよ?」
その声は落ち着いているが、どこか挑戦的な響きが隠せない。
「もし、私に反省が必要だとお考えなら、その前に、ご自身の日頃の…少々、破天荒な捜査手法について、先に顧みていただけると助かるのですが」
丁寧な言葉遣いの端々に、チクリとした皮肉が滲む。
松田は、ぐ、と言葉に詰まり、結局、返す言葉も見つからず、ただ、もう一度、深い溜息をつくしかなかった。
この若く優秀な相棒には、どうにも敵わない部分がある。
「…まあ、いい」
しばらくの間を置いて、松田は諦めたように言った。
「それで、だ。あれだけ派手に触らせたんだ、…あの手帳から、何か出るんだろうな? 指紋が、ちゃんとデータベースに登録されていることを、願うばかりだが」
彼の声には、桜井の行動への期待と、わずかな不安が入り混じっていた。
「はい」
桜井は、自信を覗かせるように、しかし声のトーンはあくまで冷静なまま、頷いた。
「本庁に戻り次第、すぐに鑑識にデータを送って、照会を依頼します。…それと、松田さん」
彼女は、サイドミラーで後方を確認しながら、次の提案をする。
「やはり、加藤修一さんご本人に、直接お話を伺うべきだと思います。本当に、彼らに管理を依頼したのかどうか。もし違うのであれば、被害届もお願いできますし。入院先の病院を特定する必要がありますね」
「…そうだな」
松田も同意した。
「本人の意思確認が取れれば、話は早い。だが…」
彼は、言葉を濁した。
個人情報保護の壁が厚い昨今、警察といえども、一個人の入院先を特定するのは、決して容易なことではない。
「病院探しは、骨が折れるかもしれんぞ。個人情報だなんだって、そう簡単には教えてくれんだろうしな。…まあ、地道にあたるしかないか」
彼の声には、捜査の現実的な困難さへの、深い理解と諦念が滲んでいた。
車は、いつしか幹線道路へと合流していた。
車窓の外では、冬の空が、燃えるようなオレンジ色から、深い茜色、そして紫へと、刻一刻とその表情を変えていく。
家々の窓には、ぽつりぽつりと温かな灯りがともり始め、街はゆっくりと夜の帳に包まれようとしていた。
助手席の松田は、その空の色をぼんやりと眺めながら、今日一日の出来事と、これから対峙しなければならないであろう、見えない敵の影に、静かに思考を巡らせていた。
隣でハンドルを握る桜井の横顔は、真剣そのものだった。
二人の間に流れるのは、無言だが、決して気まずくはない、複雑な信頼と、共有された事件への意志が織りなす、独特の空気だった。
***
夕闇が広がる火曜日の東京。
窓の外は、一日の喧騒が嘘のように静まり返り、代わりに家々の窓に温かな明かりが灯り始めている。
しかし、警視庁捜査第一課のフロアは、昼間の熱気の名残と、未だ解決を見ない事件への焦燥感が入り混じった、独特の淀んだ空気に包まれていた。
照明の白い光が、無機質にオフィスを照らし、キーボードを叩く音だけが、規則的に、しかし忙しなく響いている。
その一角、桜井は自席のデスクで、ノートパソコンの画面に表示された情報に鋭い視線を落としていた。
画面の青白い光が、彼女の整った顔立ちを硬質に照らし出す。
それは、数時間前、あの忌々しいやり取りの中で、半ば強引に田中翔に触らせた警察手帳から採取された指紋と、データベースを照合した結果だった。
鑑識からの連絡は、予想以上に早かった。
画面には、無機質な文字で、一人の人間の『記録』が淡々と表示されている。
【人物情報照会結果】
照会日時: ××××/××/×× 17:35
照合指紋: 右手拇指(現場採取指紋 No. XXXX と一致)
氏名: 田中 翔 (タナカ ショウ)
生年月日: ××××年 (××年)×月××日 (満21歳)
本籍地: 東京都 〇〇区 〇〇町 X-X-X
現住所: 不定 (最終確認住所:〇〇県〇〇市 △△ X-X-X アパート△△荘 ×××号室 - ××××年×月時点)
職業: フリーター (自称)
身体特徴: 身長 172cm / 体重 75kg (推定) / 血液型 O型 / 右眉上部に古い裂傷痕あり
前科・前歴:
××××年 (18歳) 5月: 窃盗 (万引き) - 〇〇警察署 - 補導 (被害額僅少)
××××年 (18歳) 10月: 傷害 - 〇〇警察署 - 書類送検 (被疑者) - 不起訴 (示談成立) - (深夜、飲食店前で酩酊状態での喧嘩)
××××年 (19歳) 4月: 器物損壊 - 〇〇警察署 - 微罪処分 - (酔って路上設置の看板を蹴り破損)
××××年 (19歳) 9月: 窃盗 (万引き) - 〇〇警察署 - 補導 (同上)
××××年 (20歳) 2月: 傷害 - 〇〇警察署 (〇〇県警) - 書類送検 (被疑者) - 不起訴 (被害者と連絡取れず) - (交際相手への暴力容疑)
××××年 (20歳) 7月: 占有離脱物横領 - 〇〇警察署 - 厳重注意 - (放置自転車の不正使用)
備考:
指定反社等関係者情報: 該当なし
過去の職務質問記録複数あり (主に深夜徘徊、酩酊)
複数の消費者金融への照会記録あり (詳細不明)
桜井は、表示された情報を指でゆっくりとスクロールしながら、眉間にわずかな皺を寄せた。
前科こそないものの、補導、微罪処分、そして不起訴とはいえ傷害での書類送検が複数回。
窃盗(万引き)も繰り返している。
まさに、――短絡的で、粗暴で、金にだらしなく、おそらくはギャンブル好き――を裏付けるような、絵に描いたような『チンピラ』の記録だ。
特に、交際相手への暴力容疑での書類送検は、彼の粗暴な一面を強く示唆している。
(…やはり、ただのチンピラ崩れね。でも、あの妙な自信と、警察への対抗策を知っていた口ぶり…)
桜井は、画面から顔を上げ、窓の外の、夜の色を深めていく空を見つめた。
指紋という確かな物的証拠は得られた。
だが、それはあくまで入り口に過ぎない。
この男を動かし、入れ知恵しているであろう、もっと狡猾な『誰か』の存在を、彼女は強く感じていた。
カタ、と隣のデスクで、松田が安物のボールペンを置く音がした。
彼もまた、別の資料に目を通していたようだ。
桜井は、松田に声をかけようと、口を開きかけた。
ここからが、本当の捜査の始まりだ。
***
火曜日の夕闇が、インクのようにじわりと窓の外に滲み始めていた。
警視庁捜査第一課のフロアには、一日の激務を終えて帰り支度を始める者と、これからが本番とばかりにデスクに向かう者が入り混じり、独特の疲労感と、しかし途切れない緊張感が漂っている。
照明の白い光が、無機質にデスクの列を照らし、時折、遠くで電話のベルが鳴る他は、キーボードを叩く音だけが、まるで終わらない残業のリズムのように響いていた。
松田は、自分のデスクで、ノートパソコンの画面に表示された情報を、忌々しげな表情で睨みつけていた。
加藤修一氏が入院している可能性のある近隣の大規模病院リスト、そして区役所から取り寄せた(あるいは、非公式なルートで確認した)彼の戸籍や住民票の情報。
しかし、画面をスクロールする指は、すぐに徒労感と共に止まってしまう。
(…ダメだ、こりゃ)
電話での問い合わせは、どこも判で押したように『個人情報保護』を盾に、けんもほろろ。
直接出向くにしても、この制服姿では動きにくい上に、確たる情報もないままでは効率が悪すぎる。
家族構成を確認しても、子供はおらず、妻とは十年以上前に死別。
わずかに記録が残る親戚も、ほとんど疎遠で、現在の加藤氏の状況を知る者はいない。
民生委員の訪問記録や、介護保険サービスの利用履歴といった、地域包括支援センター系の情報も洗ってみたが、該当なし。
加藤氏は、おそらく、他人の世話になることを良しとしない、昔気質の人物だったのだろう。
それが、今の状況では完全に裏目に出ていた。
個人情報の壁、そして役所の縦割りや手続きの壁が、想像以上に高く厚く、捜査の行く手を阻んでいた。
はぁ、と重く長い溜息が、松田の口から漏れた。
彼は、ノートパソコンの画面から、デスクの脇に積み上げられた、本来なら自分が関わるはずのない、別の事件の捜査資料や、内部向けの報告書の束に目をやった。
謹慎中の間に溜まった書類仕事、そして、事実上の『雑用係』。
それが、今の自分に与えられた役割だった。
目立つ制服姿のまま、彼は無言でその書類の山に取り掛かり始めた。
やるせない思いを噛み殺し、ただ、機械的に手を動かす。
カサカサと紙をめくる音だけが、彼の周囲に空しく響いた。
「松田さん」
ふと、隣から静かな声がかかった。
見ると、桜井が、自分の仕事を一段落させたのか、こちらを気遣うような眼差しで見ていた。
彼女の手元にも、先ほどの指紋照会の結果を表示したままのノートパソコンがある。
「…私も、加藤さんの入院先候補のリストアップ、手伝います。何か、別の角度からアプローチできるかもしれませんし」
その申し出は、ごく自然な響きを持っていた。
押し付けがましさも、同情の色もない。
ただ、目の前の状況を打開するために、自分にできることをしよう、という純粋な意志が感じられた。
松田は、一瞬、作業する手を止め、桜井を見た。
その若く、真摯な瞳に、ほんの一瞬、心が揺らぐ。
「…ああ」
彼は、少し掠れた声で応じた。
「悪いな、…助かる」
その短い言葉には、日中の疲労と、素直に感謝を表せない不器用さ、そして、ほんの少しの、心からの安堵が滲んでいた。
彼は、すぐに視線をデスクの書類に戻し、まるで感情を振り払うかのように、再び無心に作業を再開した。
区分されていない事件の資料を、ノートパソコンの画面に表示されたリストと睨み比べながら、黙々とフォルダに割り振っていく。
桜井は、そんな松田の横顔を、しばらくの間、静かに見つめていた。
普段見せる、飄々とした態度とは違う。
窮屈な制服に身を包み、本来の能力を発揮できない状況に置かれながらも、その目は、諦めの中にも、まだ鋭い光を宿している。
黙々と作業に打ち込むその横顔は、意外なほど真剣で、そして、彼女がまだ知らない、このベテラン刑事の別の顔を覗かせているような気がした。
(こんな状況でも、この人は…刑事の顔をしている…)
桜井は、ほんの少しだけ、いつもとは違う感情で、彼の横顔を捉えていた。
それは、憧憬でも、憐憫でもない。
ただ、この複雑で、一筋縄ではいかない先輩刑事に対する、新たな興味と、理解への小さな一歩のようなものだったのかもしれない。
彼女もまた、静かに自分のノートパソコンに向き直り、新たな検索ウィンドウを開いた。
二人の刑事は、それぞれの思いを胸に、再び、膨大な情報の海へと漕ぎ出していく。
捜査一課のフロアには、夜の気配が、さらに色濃く漂い始めていた。




