~影の女王と五人の歌姫~ 標的はアイドル(その二)
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一ヶ月遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
雑居ビルの前で深呼吸をするエミリア。
クロガネとの交渉を終え一仕事終えた安堵感と、これから始まる新たな任務への緊張が彼女の胸の中で入り混じっていた。
彼女は、地下鉄とバスを乗り継ぎ、エリジウム・コードの事務所へと戻ってきた。
ビルの前で立ち止まり耳を澄ますと、中から賑やかな声が聞こえてくる。
「佐藤さん、いつも何してるのですか?」
「独身ですか?
「恋人はいないのですか?」
それは、明らかにアイドルたちの声だった。
佐藤は、彼女たちに囲まれ、質問攻めに遭っているようだ。
「普段は、仕事の手伝いだよ」
「独身だよ」
「恋人はいないけど、憧れている人はいるよ」
佐藤の言葉に、アイドルたちの声がさらにヒートアップする。
エミリアは、その様子を想像し、思わず口元が緩む。
もしかして、私のこと?
淡い期待が、胸に広がる。
だが、次の瞬間、彼女は首を振って、その思いを振り払った。
まさか、そんなはずないわ
エミリアは、自嘲気味に呟いた。
自分は、裏の世界に生きる人間。
佐藤のような、明るい表の世界に住む人間とは、住む世界が違うのだ。
彼女は、深呼吸をして、気持ちを切り替えた。
「さあ、仕事の時間よ」
エミリアは、決意を込めて、雑居ビルの扉を開けた。
アイドルたちに囲まれ、佐藤は戸惑いを隠せないでいた。
「佐藤さんって、趣味は何ですか?」
「好きなタイプは?」
「休みの日は何してるんですか?」
矢継ぎ早に浴びせられる質問攻めに、佐藤はタジタジだ。
その様子を、少し離れた場所から、チーフマネージャーの黒川明日香とマネージャーの白石優香が温かい目で見守っていた。
「ふふっ、佐藤さん人気者ね」
白石優香は、くすくすと笑った。
「ええ。佐藤さんのような誠実そうな人は、アイドルたちにとって良い影響を与えるんじゃないかしら」
黒川明日香も、珍しく微笑んだ。
二人の視線の先では、藤宮社長が佐藤に優しく声をかけていた。
「佐藤さん、私の事務所は女性ばかりなので、あなたと話すことで、皆、少しは気が紛れると思うんです」
「でも、僕のような冴えない男がアイドルの皆さんと話したって迷惑なのでは?」
佐藤は、自信なさげに言った。
「迷惑だなんてとんでもない! 佐藤さんのような中立の立場で話せる男性は貴重なのです」
藤宮社長は、真剣な表情で言った。
「特に、今みたいな時はね」
藤宮社長の声は、わずかに震えていた。
佐藤は、彼女の視線の先にあるものを見た。
楽しそうに話しかけてくるアイドルたち。
だが、その瞳の奥には、深い悲しみや不安が隠されている。
彼女たちは、精一杯笑顔を作って、社長を安心させようとしているのだ。
「そうか」
佐藤は、彼女たちの心の傷を、少しでも癒やしてあげたいと思った。
僕にできることがあるなら。
佐藤は、決意を新たにした。
たとえ自分が道化役になろうとも、彼女たちの笑顔を守りたいと。
「よし、やってみよう」
佐藤は、静かに決意を固めた。
「何か、元気ないみたいだね」
佐藤は、アイドルたちの様子を伺いながらそう言った。
「え?」
花咲陽菜は、少し驚いた様子で佐藤を見た。
「いや、その」
佐藤は、言葉を選びながら言った。
「みんな、どこか無理してるように見えるんだ」
アイドルたちは、顔を見合わせた。
「そんなことないですよ、佐藤さん」
星宮凛は、笑顔を作ろうとした。
「そうですよ。私たちは、元気です」
月島葵も、そう言った。
しかし、佐藤には、彼女たちの笑顔が嘘に見えた。
「本当かな?」
佐藤は、優しく尋ねた。
「何か、辛いことがあったら話してごらん。僕でよければ話を聞くよ」
佐藤の言葉に、アイドルたちは、少しだけ心を動かされた。
「佐藤さん」
緑川楓は、涙ぐんだ瞳で佐藤を見つめた。
「実は」
楓は、勇気を出して、最近の出来事を話し始めた。
親会社からの嫌がらせ、ストーカーの恐怖、そして、将来への不安。
他のアイドルたちも、次々と自分の気持ちを打ち明けていく。
佐藤は、彼女たちの話を真剣に聞きながら、心の中で誓った。
僕が、彼女たちを守らなきゃと。
その時、事務所のインターホンがけたたましく鳴り響く。
その瞬間、アイドルたちの顔がこわばった。
彼女たちは、まるで怯える小鳥のように、身を寄せ合っている。
「大丈夫よ、皆」
藤宮社長は、優しく彼女たちの肩を抱き寄せた。
「きっと、ただの宅配便よ」
「そうですよ。怖がることはありません」
チーフマネージャーの黒川明日香も、冷静な声で言った。
だが、アイドルたちの不安は消えない。
佐藤は、そんな彼女たちの様子を見て、胸が締め付けられる思いだった。
「僕が、何とかしなければ」
佐藤は、そう呟くと、インターホンへと駆け出した。
「黒川さん、僕が対応します」
「え? ああ、はい」
黒川明日香は、少し驚いた様子で頷いた。
佐藤がインターホンに手を伸ばすと、画面にはエミリアの姿が映っていた。
「エミリア・シュナイダーです。開けてください」
「エミリア!」
佐藤は、思わず声を上げた。
「エミリアさん? どなたですか?」
黒川明日香は、佐藤に尋ねた。
「えっと、その、パートナーと言うか、上司です。とにかく、信頼できる人です。開けてください。」
佐藤は、黒川明日香に優しく微笑みかけた。
黒川明日香は、一瞬顔を赤らめたように見えた。
だが、すぐに表情を引き締め、ドアを開けた。
「どうぞ、お入りください」
エミリアは、事務所の中へと足を踏み入れた。
彼女は、すぐに異様な雰囲気を感じ取った。
彼女を包み込むのは、張り詰めたような空気だった。
先ほどまで、雑居ビルの外まで響いていた賑やかな笑い声はどこにもない。
「どうしたのかしら?」
エミリアは、事務所の中へと足を踏み入れた。
何か、空気が重い。
彼女は、すぐに異様な雰囲気を感じ取った。
張り詰めたような空気、どこか怯えたような表情のアイドルたち。
視線を移すと、佐藤が少し離れた場所で、アイドルたちに囲まれていた。
彼は、少し困ったような顔で、彼女たちに何かを話しかけている。
佐藤が原因で、こんな雰囲気になったわけじゃなさそう。
エミリアは、内心でホッと息をついた。
だが、次の瞬間、彼女の胸に、別の感情が芽生えた。
でも、ちょっと面白くないかもと。
仕事とはいえアイドルたちに囲まれている佐藤の姿を見て、エミリアはなぜかモヤモヤとした気持ちになった。
後で、佐藤に聞いてみましょう。
エミリアは、そう思いながら、まずはこの重苦しい雰囲気をどうにかしようと決意する。
「皆さん、こんばんは。エミリア・シュナイダーです」
彼女は、静かに、しかし力強く、自己紹介をした。
「えーっと、皆さんに紹介したい人がもう一人います。佐藤さんと同じく、今回の会社独立を記念するコンサートまで、私たちに協力してくれるエミリア・シュナイダーさんです。」
藤宮社長がエミリアを紹介すると、アイドルたちの視線が一斉にエミリアに注がれる。
エミリアは、軽く会釈した。
視線を感じて顔を上げると、アイドルたちは目を丸くしてエミリアを見つめていた。その視線は、好奇心と、そしてどこか警戒心が入り混じった複雑なものだった。
「ねぇ、佐藤。私の顔に何かついているの?」
エミリアは、佐藤に小声で尋ねた。
「ううん、何もついてないよ」
佐藤は、首を横に振った。
「じゃあ、どうして?」
エミリアは、困惑した様子で周囲を見回す。
一体、彼女たちはなぜ?
エミリアが困惑していると、アイドルたちの中から一人が前に進み出た。
真紅のスポーティーなトップスに黒のショートパンツ姿の彼女は、グループのリーダー、星宮凛だった。
「あの、エミリアさんも、アイドルとしてコンサートに参加されるのですか?」
凛は、少し緊張した面持ちで尋ねた。
エミリアは、予想外の質問に、一瞬言葉を失った。
「え、ええと、私は裏方として皆さんのサポートをするのが仕事で」
「そんな、私たちよりずっとアイドルらしいのに」
凛は、信じられないといった様子で呟いた。
エミリアは、さらに困惑した。
まさか、現役アイドルから、そんな風に言われるとは思ってもみなかった。
エミリアは、困ってしまった。
自分の美貌に自信がないわけではない。
だが、現役のトップアイドルから、そんな風に言われるとは思ってもみなかったのだ。
「信じられなくても本当よ。佐藤も私もセキュリティの専門家として雇われているの。だから、皆と一緒にステージに立つことはないわ」
エミリアは、優しく説明した。
凛は、まだ納得できない様子で、藤宮社長に視線を向けた。
「社長、本当なのですか?」
「ええ、本当よ。佐藤さんもエミリアさんもセキュリティの専門家として雇われているの」
藤宮社長は、穏やかに答えた。
凛は、エミリアをじっと見つめながら呟いた。
「私たちがどんなに努力しても手に入らない天性の美。それを活かさないなんて」
エミリアも佐藤も、その言葉に、返す言葉が見つからなかった。
夜の帳が降りた雑居ビル。
ダンススタジオでは、アイドルたちが賑やかに夕食を楽しんでいた。
佐藤の手作り料理を囲み、社長や社員たちと談笑する彼女たちの顔には、笑顔が溢れている。
日中の緊張感や不安は、美味しい食事と楽しい会話で、どこかに吹き飛んでしまったかのようだ。
食事の後、交代でシャワーを浴び、歯を磨き、彼女たちはダンススタジオの床に敷かれた布団に潜り込んだ。
しかし、まだ寝るには早い時間。窓の外からは、夜の街の喧騒が、波のように押し寄せてくる。
「なんか、修学旅行みたいだね」
花咲陽菜が、楽しそうに呟いた。
「うん、そうだね」
緑川楓も、笑顔で頷いた。
最低限の照明だけが灯る薄暗いダンススタジオ。
カーテンで遮られた窓の外は、東京のイルミネーションが輝いている。
非日常的な空間と、高揚感が、彼女たちの心を刺激する。
まるで修学旅行の夜のように、アイドルたちは自然と語り合い始めた。
今日の出来事、将来の夢、そして、最近の悩み。
「ねぇ、佐藤さんとエミリアさんって、恋人同士なのかな?」
誰かが呟いた、その言葉に、ダンススタジオの空気は一瞬にして変わった。
アイドルたちの視線が、一斉に交差する。
「え、そうなの?」
「どうなのだろう?」
「二人とも、距離近いよね」
彼女たちの間には、好奇心と、そして、かすかな緊張感が漂い始めた。
社長室の大きな窓からは、東京の街並みが一望できた。高層ビル群が立ち並ぶ都会の風景は、どこか冷たい印象を与える。
重厚なテーブルを囲み、藤宮社長、チーフマネージャーの黒川明日香、マネージャーの白石優香、広報担当の田中美鈴、そしてエミリアと佐藤の6人が、真剣な表情で議論を交わしていた。
「では、佐藤さんがアイドルたちの直接的な警備を担当して、エミリアさんが会場全体の警備と広範囲の確認を行う。という役割分担でよろしいでしょうか?」
藤宮社長が確認すると、エミリアは静かに頷いた。
「はい、その通りです。佐藤は優秀ですが警備の経験は不足しています。その点、私は、様々な極限状態を生き抜いてきた実績がありますので」
エミリアの言葉に、白石優香は首を傾げた。
「すみません。極限状態って、どういうことでしょうか?」
「簡単に言えば、砲弾が飛び交う戦場を生き延びてきた。ということです」
エミリアは、寂しげな笑みを浮かべながら答えた。
その表情を見た佐藤は、胸が締め付けられるような思いだった。
エミリアの過去、そして、自分が彼女を守れないという無力感。
白石優香は、まだ状況を理解できていないようだった。
それも無理はない。
平和な日本で生まれ育った彼女には、戦場の現実など想像もつかないだろう。
エミリアは、言い方を変えた。
「つまり、私の方が佐藤より危険察知能力や探索能力に長けている、ということです。佐藤には、警備として目立つことで敵を威圧し牽制してもらう」
その説明に、白石優香は納得したようだった。
しかし、藤宮社長は違った。
彼女は、エミリアの言葉の真意を理解していた。
「エミリアさん」
藤宮社長の瞳には、エミリアへの深い同情の色が浮かんでいた。
「では、皆さん、今日はこれで終わりにしましょう。後は、私と佐藤で打ち合わせをしますので、先にお休みください」
エミリアの言葉に、藤宮社長、黒川明日香、白石優香、田中美鈴の4人は顔を見合わせた。
時間は深夜になろうとしていた。
「そうですね。エミリアさん、佐藤さん、遅くまでありがとうございます。私たちは先に失礼します」
藤宮社長が、にこやかに言った。
「ええ、お言葉に甘えさせていただきます」
黒川明日香も、疲れた表情で頷いた。
「アイドルたちと同じダンススタジオで休んでください。必要な寝具は、運び込んでありますから」
エミリアは、笑顔で彼女たちを見送った。
社長たちが出ていくと、エミリアは佐藤に向き直った。
「佐藤、私が帰ってきた時のアイドルたちの緊張した様子はなぜ起きたの?」
「インターホンの音が鳴った時に、みんなすごく怖がっていたよ。本当に怯えていた」
佐藤は、少し暗い表情で答えた。
「そう。予想以上に深刻な状態ね」
エミリアは、眉をひそめた。
「エミリア、カウンセリングとか、手配した方がいいんじゃないか?」
佐藤は、心配そうに提案した。
「そうね。社長と相談してからでは遅そうだから、必要なら手配しましょう」
「でも、エミリア。誰に頼めばいいんだ?」
佐藤は、首を傾げた。
エミリアは、少し考えてから答えた。
「ここは、不本意だけど、愛咲心に頼むしかないでしょうね」
エミリアは、心底嫌そうな顔で言った。
その言葉に、佐藤は首を傾げた。
「エミリア、なぜそんなに嫌そうな顔をするんだ?」
「彼女は、なんて言えばいいか」
エミリアは、少し言いよどみながら、言葉を探るように言った。
「恋愛に奔放すぎる、というか、まあ、ぶっちゃけ、私には理解できないタイプなのよ」
「理解できない?」
佐藤は、ますます首を傾げた。
「ええ。彼女は、まあ、簡単に言うと」
エミリアは、少し顔を赤らめながら言葉を濁した。
「誰とでも、すぐ、そういう関係になってしまう人なのよ」
「そういう関係?」
佐藤は、困惑した様子でエミリアを見つめた。
エミリアは、ため息をついた。
「まあ、詳しいことは会ってみればわかるわ。とにかく、彼女はちょっと変わった人なのよ」
「それで、その愛咲さんは優秀なカウンセラーなんだよな?」
佐藤は、確認するように尋ねた。
「ええ、そうなのよ。そこは本当に認めざるを得ないんだけど」
エミリアは、少し不満そうに言った。
窓の外に広がる、イルミネーション煌めく東京の夜景。
華やかな光と、深い闇のコントラストが、エミリアの心を映し出すようだった。
「でも、他に選択肢がない以上、彼女に頼るしかないわね」
エミリアは、げんなりとした様子で、窓の外を見つめた。
気持ちを切り替えるようにエミリアは佐藤に声をかける。
「佐藤、先にシャワーを浴びて休んで」
エミリアは、佐藤にそう指示すると、床に寝袋を広げ始めた。
「え? ここで寝るのか?」
佐藤は、目を丸くした。
「ええ、そうよ。私たちは、ここで交代で休むの。3時間ごとにね」
「寝袋を使うとはいえ、冷たい廊下の床の上で寝るのか?」
佐藤は、顔をしかめた。
「仕方ないでしょう。男性のあなたが女性しかいないダンススタジオで一緒に寝るわけにはいかないもの」
「ってことは、エミリアはダンススタジオでふかふかの布団で寝るのか?」
佐藤は、少し不満そうに言った。
「まさか。大切なパートナーが、こんな寒い場所で寝ているのに、私だけ布団で寝るわけにはいかないわよ。だから、佐藤と同じ寝袋で寝るわ」
エミリアは、当然のように言った。
その言葉に、佐藤は眠気が一気に吹き飛んだ。
「え? エミリア、ちょっと待ってくれ。同じ寝袋って」
「そうよ。佐藤、水虫とかないわよね?」
「な、ないよ」
佐藤は、戸惑いながら答えた。
「なら、問題ないわね」
エミリアは、にっこり笑った。
佐藤は、エミリアのあっけらかんとした態度に、不安を覚えた。
「あの、エミリア。僕たち異性だってこと忘れてないか?」
「忘れてないわよ。ただ、パートナーと物を共有することに、抵抗がないだけ」
エミリアは、悪戯っぽく笑った。
佐藤は、エミリアの言葉に、ドキドキしながらも、嬉しさを隠せないでいた。
真夜中のダンススタジオ。
静寂の中、星宮凛は、 悪夢にうなされるように、 飛び起きた。 額には、 大粒の汗がびっしりと浮かんでいる。
「はあ、はあ」
凛は、 胸を押さえながら、荒い息を整えた。
トップアイドルグループのリーダーとしての重圧、 会社の独立問題、 そして、 怯える後輩たちを守る責任感。
まだ23歳の凛にとって、 それらの重荷は、 あまりにも大きすぎた。
「誰にも、 相談できない」
凛は、 唇を噛みしめた。
メンバーの前では、 いつも笑顔でいなければならない。
弱音を吐くことなど、 許されないのだ。
「気持ち悪い」
寝汗でびっしょりと濡れた肌着とパジャマが、 凛の体にまとわりつく。
「シャワー、浴びよう」
凛は、そう呟くと、静かに布団から抜け出した。
辺りを見回すと、サブリーダーの月島葵の姿が見当たらない。
葵も、まだ眠れないのかしら。
凛は、葵の布団が空っぽになっているのを見て、少し心配になった。
きっと、葵もいろいろなことを抱えているのだろう。
凛は、そんな葵を思いながら、シャワー室へと向かった。
更け行く夜。アイドルたちが眠るダンススタジオの近くに設置された二つの仮設シャワー室。
熱いシャワーを浴び、一日の疲れを洗い流した佐藤は、さっぱりとした気分でドアを開けた。
その時、中に人影があることに気づいた。
佐藤は、思わず息を呑んだ。
慌ててシャワー室に戻り、扉を閉める佐藤。
心臓が、少し速く鼓動した。
「ご、ごめんなさい! シャワー室に誰かいるなんて、思ってなくて」
彼は、必死に謝罪の言葉を繰り返した。
中から『大丈夫ですよ』と声が聞こえた。
佐藤は、中にいたのが星宮凛だと気づいた。
凛は少し所在なさげに、タオルを握りしめて立っている。
いつも一緒の月島葵の姿が見えないことを不審に思った佐藤は、二人がいつも行動を共にしていることを知っていたために佐藤は尋ねた。
「月島さんは?」
凛は少し不安そうに首を傾げた。
「いないの。どこに行ったのかしら?」
その時、仮設のシャワー室が設置してある部屋の扉が開く音がした。
「二人とも、もう少し静かにしてくれない?みんな、起きちゃうわよ」
扉の向こうから、月島葵の声が聞こえてきた。
彼女は、少し眠そうに目をこすっていた。
「もう、葵ったら、そんな」
凛は、少し慌てて葵を宥めた。
「佐藤さん大丈夫。佐藤さんが先にシャワーを浴びていて、そのあと凛が入っていったのを見てたから、何もなかったってわかってます」
葵は、少し微笑んだ。
佐藤は、赤面しながら謝り倒していた。
「それで葵、一体どこに行ってたのよ?」
凛は、少し心配そうに葵に尋ねた。
「ちょっと用事があってね」
葵は、微笑んで答えた。
二人は、軽く言葉を交わしながら、仮設シャワー室を出ていく。
佐藤は、二人の姿が見えなくなるのを確認してから、シャワー室から出た。
あぶなかった。
彼は、胸を撫で下ろした。
そして、急いで服を着替えると、エミリアの元へ向かった。
「エミリア、少し早いけど、交代してくれないか?」
佐藤は、エミリアにそう頼んだ。
エミリアは、少し驚いた様子で佐藤を見た。
「どうしたの 何かあった?」
「いや、その」
佐藤は、言葉を濁した。
エミリアは、佐藤の様子がおかしいことに気づき、彼の顔をじっと見つめた。
「佐藤、何かあったの?」
佐藤は、エミリアの鋭い視線に、観念したように頷いた。
「実は」
佐藤は、意を決したように、シャワー室での出来事をエミリアに打ち明けた。星宮凛との予期せぬ遭遇、彼女の姿を見てしまったこと、そして、自分が感じた動揺。
話を聞き終えたエミリアは、静かに息を吐き出した。
「そうだったのね」
彼女は、少しの間、考え込むような表情を見せた後、佐藤に視線を向けた。
「佐藤、今回は不慮の事故だったとはいえ、軽率な行動だったわ。私の立場上、きちんと叱っておかなければならないけど」
エミリアは、少しだけ厳しい口調で言った。
「ごめんなさい」
佐藤は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「でも、正直に話してくれてよかったわ。もし、明日社長から突然呼び出されて怒られたりしたら、佐藤を守ることすらできなかったかもしれない」
エミリアはそう言うと、少しだけ微笑んだ。
「これから、気を付けるよ」
佐藤は、真剣な表情で言った。
「ええ。それに、今後は佐藤がシャワーを使う時は私が外で見張りをしておくから、安心して」
エミリアは、優しい声で言った。
「いつも、迷惑をかけてごめん」
佐藤は、申し訳なさそうに言った。
「大丈夫よ。誰にだって失敗はあるわ。それに、私たちはパートナーでしょう? だから、一緒に乗り越えていきましょう」
エミリアは、佐藤の肩にそっと手を置いた。
彼女の笑顔と優しい言葉に、佐藤は胸が熱くなるのを感じた。
「大丈夫よ佐藤。気にしないで」
エミリアは、佐藤の肩を軽く叩きながら優しい笑みを浮かべた。
「ああ、ありがとう、エミリア」
佐藤は、安堵の表情で頷いた。
エミリアは、佐藤を見送ると、シャワー室へと向かった。
熱いシャワーを浴びながら、彼女は先ほどの出来事を思い出していた。
(まさか、この場所で)
佐藤と星宮凛が、シャワー室で鉢合わせ。
エミリアは、少しだけ複雑な気持ちになった。
でも、佐藤はきちんと報告してくれた。
彼女は、佐藤の誠実さに、改めて心を惹かれた。
私も、もっと素直になればいいのに。
エミリアは、ため息をついた。
だが、すぐに気持ちを切り替えた。
今は、目の前の仕事に集中しなきゃ。
彼女は、シャワーの水を止めると、タオルで濡れた髪を拭いた。
鏡に映る自分の姿。
水滴が、滑らかな肌を伝い、艶やかな光沢を放っている。
エミリアは、明日会うことになるカウンセラーのことを考えた。
愛咲心。
「私の過去を何も知らないくせに」
彼女は、小さく呟いた。
その言葉には、愛咲心に対する苛立ちと、そして、自分自身の過去に対する複雑な感情が込められていた。
薄曇りの朝。
柔らかな光が、社長室の大きな窓から差し込み、エミリアの金髪を輝かせていた。
彼女は、藤宮社長に向き合い、静かに口を開いた。
「藤宮社長。昨夜、佐藤と星宮凛さんの間でちょっとしたトラブルがあったことを、ご報告させていただきます」
エミリアは、昨夜の出来事を包み隠さず話した。
藤宮社長は、真剣な表情で耳を傾けていたが、エミリアが予想していたほどの怒りは見せていなかった。
「なるほど。しかし、お互い成人した大人ですし不慮の事故だったようですね。両者が納得しているなら、私たちがとやかく言う必要はないでしょう」
藤宮社長の冷静な判断に、エミリアは安堵した。
「ありがとうございます。しかし、今回の件は私の監督不行き届きです。申し訳ありませんでした」
エミリアは、頭を下げた。
「いえ、エミリアさん。あなたを責めるつもりはありません。それよりも」
藤宮社長は、少しだけ表情を曇らせた。
「今回の会社独立の騒動でのアイドルたちの心のケアが、心配です」
「その件ですが、カウンセラーを手配しました。彼女なら、きっと、アイドルたちの心の傷を癒してくれるはずです」
「それは、ありがたいのですが費用の方は?」
藤宮社長は、申し訳なさそうに尋ねた。
「ご安心ください。カウンセリング費用は私が負担します。警備に必要な経費ですから」
エミリアは、微笑んだ。
そして、彼女は少しだけ表情を硬くすると、続けた。
「ただし、そのカウンセラーは少々破天荒な人なので。もし、何か問題があれば私が責任を持って処分します。」
エミリアは、『処分』という言葉に、特に力を込めた。
朝陽が差し込む広々としたキッチン。佐藤は、エプロン姿で朝食の準備に勤しんでいた。美味しそうな香りが、部屋いっぱいに広がっていく。
「佐藤さん、おはようございます!」
元気な声が、佐藤の耳に届く。振り返ると、そこには、可愛らしい私服姿の星宮凛と月島葵が立っていた。
凛は、淡いピンクのワンピースに白いカーディガンを羽織り、清楚な雰囲気を漂わせる。
葵は、ブルーのストライプのシャツにデニムのショートパンツという、爽やかなスタイルだ。
「おはようございます、凛さん、葵さん」
佐藤は、笑顔で挨拶を返した。
「あの、佐藤さん、昨夜はごめんなさい」
凛は、少し恥ずかしそうに頭を下げた。
「ううん、僕の方こそごめん。怒られたりしなかった?」
佐藤は、心配そうに尋ねた。
「はい。社長からは寝ぼけたまま行動しないように、と注意されただけです」
凛は、安堵の表情を見せた。
「私も、なぜか注意された」
葵は、不満そうに呟いた。
佐藤は、二人の言葉に、苦笑するしかなかった。
「あの、佐藤さん」
凛は、少し緊張した面持ちで尋ねた。
「社長から聞いたのですが、今日からカウンセラーの方が来られるそうですね?」
「ああ、うん。エミリアが手配してくれた人だよ。とても、腕の良いカウンセラーらしい」
「何か、社長の話だと、トラブルメーカーっぽいと思ったのですが?」
葵は、少し不安そうに言った。
「僕は、まだ会ったことがないんだけど」
佐藤は、どう説明して良いかわからなかった。
「どんなトラブルメーカー なんですか?」
凛も、心配そうに尋ねた。
「とにかく会ったらわかるらしいよ」