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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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影の女王の逆鱗 其十一

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


喫煙室の淀んだ空気の中に、床に転がったスマートフォンの、無残に割れた画面と、藤本由紀の凍てつくような怒りの視線を置き去りにして、井上剛は、悪態をつきながら廊下へと転がり出た。

アルコールで火照った頭は、由紀への腹立たしさよりも、むしろ、今日の同窓会で感じた、別の、もっと根源的で、どす黒い苛立ちによって沸騰していた。


(チッ…あの、佐藤の野郎が…!)


井上の思考は、自然と、あの、気に食わない、かつての自分の『おもちゃ』だったはずの男の姿へと向かう。

銀行をクビになった、ただの根暗なオタク。

それがどうだ? 妙に仕立ての良い、高級そうな服を着て、生意気な時計なんかつけやがって。

おまけに、田中が、会場中に響き渡るような大声で騒いでいたように、見たこともねえような、とびきりの美人を『彼女』として連れている(あるいは、ホテルの部屋にでも待たせている)だと?


(どこで、あんな極上の女、引っ掛けやがったんだ…? それとも、あの女が、あんなナリをさせてやってるパトロンか? どっちにしろ、ムカつくんだよ!)


自分は、こうして、必死に(時には汚い手も使って)トップセールスマンとして稼いでいるというのに、隣に侍らせる女は、せいぜい、今日の由紀みたいな、口うるさくて、面倒で、すぐにヒステリーを起こすようなタイプか、あるいは、金で繋がるだけの、中身のない女ばかりだ。

それに比べて、あの、社会の落ちこぼれのはずの佐藤が…! 不公平だ。許せない。

あの、取り澄ました女の顔も、佐藤の、どこか怯えたような、それでいて、あの女に守られている安心感に浸っているような顔も、思い出すだけで、腹の底から、黒い怒りが込み上げてくる。


(クソ…! 女なんて、そこら辺にいくらでもいるだろうが! 金さえ払えば!)


井上は、やり場のない怒りと、アルコールによって肥大化した自己憐憫、そして、歪んだ征服欲に突き動かされるように、ホテルの豪奢なロビーを、やや乱暴な足取りで横切り、夜の街へと飛び出した。

中洲の、週末の夜の喧騒が、彼のささくれた神経を、さらに逆撫でする。

光のサインの洪水、酔客たちの嬌声、客引きのしつこい声、川面を渡る、生暖かい風…。


彼は、ポケットを探り、くしゃくしゃになった数枚のお札を、まるでゴミでも掴むかのように、無造作に掴み出した。

そして、獲物を物色する獣のように、ギラついた目で、周囲を見回す。


大通りから一本入った、より猥雑で、甘ったるい香水の匂いと、安酒の吐瀉物が混じり合ったような、むっとする匂いが漂う路地。

彼の目が、その一角で、けばけばしいピンク色の光を明滅させている光り輝く看板を捉えた。『男子禁制 秘密の花園』『完全個室 極上の癒し』…そんな、安っぽい、しかし、今の彼の欲望を的確に刺激する言葉が、怪しく点滅している。


彼は、口元に、卑しい、しかし満足げな笑みを浮かべると、その、薄汚れた雑居ビルの、薄暗い階段へと、吸い込まれるように消えていった。

千鳥足で、しかし、目的だけは、はっきりとした足取りで。


彼が、その夜、その場所で、誰と、どのような『癒し』を金で買い、何時にそこを出たのか。

それを客観的に証明できる、クレジットカードの利用明細も、スマートフォンの位置情報履歴(彼のプライベートなスマホは、余計な連絡が来ないよう電源を切ったままだった)も、…もちろん、彼の行動を正確に記憶している、信頼できる証人も、博多・中洲の、深い夜の闇の中に、完全に溶けて、どこにも残りようがなかった。


後に残るのは、翌朝の、二日酔いの重い頭痛と、さらに増幅されたであろう虚無感、そして、警察が訪ねてきた時のための、あまりにも脆く、言い訳がましい『アリバイ』の残骸だけである。


                    ***


翌、日曜日の早朝。東京――某トンネル工事現場。


空は、どこまでも高く、冬特有の、突き抜けるように澄み切ったコバルトブルーに染まっていた。

昨夜の福岡の、湿った夜空とはまるで違う、完璧な冬晴れだ。

しかし、地上に降り注ぐ朝日は、まだ弱々しく、空気は、まるでガラスの破片のように、鋭く、そして痛いほど冷たく肌を刺す。路面の端や、工事現場のフェンスには、うっすらと白い霜が降りて、朝日を受けて、ダイヤモンドダストのように儚くきらめいていた。


その、静かで、清澄であるはずの日曜の朝の空気を、しかし、切り裂くように、遠くから、複数のけたたましいサイレンの音が、重なり合いながら近づいてきていた。

そして、現場に指定されたゲートへと近づくにつれて、異様な光景が、桜井刑事の目に飛び込んでくる。


本来なら、日曜の早朝は、重い鋼鉄の扉が固く閉ざされているはずの工事用ゲートは、何か巨大な力でこじ開けられたかのように、無残に歪んで半開きになっていた。

その周辺には、警視庁のパトカーが、赤色灯を慌ただしく点滅させながら、泥の中に轍を刻んで、無秩序に停車している。

黄色い規制線が、泥に浸かりながらも物々しく張り巡らされ、その内側では、高価そうなスーツに身を包んだ男たち――ゼネコンの重役か、監督官庁のエリート官僚か――が、一様に厳しい、あるいは蒼白な表情で、スマートフォンを耳に押し当て、怒鳴るように、あるいは、絶望に声を震わせながら、必死にどこかへ状況を報告している。彼らの、磨き上げられていたであろう革靴は、既に泥で見る影もなく汚れていた。


そして、その全ての混乱の中心にある、何よりも異常な光景は――


まるで、冥界へと続く巨大な顎のように、ぽっかりと口を開けた、巨大なトンネルの坑口。

そこは、完全な闇。

全ての電源が、電線ごと、根こそぎ断たれたのだろう、坑内を照らす照明はおろか、非常時に点灯するはずの、あの頼りない赤い誘導灯の光さえも、一切見えない。

ただ、地の底から響くような、ゴウゴウという水の唸りだけが、暗黒の奥から絶えず聞こえてきて、見る者の不安を煽る。


換気も、排水も、完全に停止してしまった、密閉された地下空間。

そこに、どれほどの人体に有害な一酸化炭素や、あるいはメタンガスが満ち、酸素が欠乏しているのか。溢れ続ける湧水が、どこまで坑内を満たし、水面下には、重機や、崩落した土砂が、どのように広がっているのか。

それを、外から正確にうかがい知る術は、今のところ、全くなかった。


あまりにも危険すぎるのだ。

不用意に人間が踏み込めば、酸欠か、有毒ガスか、あるいは、不安定な構造物の崩落によって、命を落とす危険性が極めて高い。


「だから、無線式のドローンは役に立たないと、さっき分かったでしょう!」

「では、有線式ならどうなんだね!? 坑内に何が沈んでいるか分からんのだぞ!高額な水中ドローンが、瓦礫に引っかかってケーブルを切られたら、その責任は、君が取るのかね!?」

「責任、責任と、そればかり言っている場合か! 一刻も早く内部の状況を確認しないと、二次被害が…!」


スーツ姿の男たちは、文字通り右往左往していた。

数人ずつ集まっては、互いに顔を蒼白にさせながら、口角泡を飛ばして議論し、しかし、誰も具体的な行動を決定しようとはしない。

高価なスーツの裾を泥で汚しながら、彼らは、ただ、責任の押し付け合いと、堂々巡りの、絶望的に非生産的な議論を繰り返しているだけだった。

せめて、この現場の最高責任者である、藤本由紀とかいう女性と連絡が取れれば、まだ事態は動いたのかもしれない。

しかし、彼女は、昨夜、『同窓会に出席する』との予定を残したまま、完全に連絡が取れなくなっていた。


桜井刑事は、その、醜悪で、そして救いようのない官僚的な光景を、少し離れた、小高い場所から、冷めた目で見下ろしていた。

警視庁の腕章が、冬の冷たい風にはためいている。

彼女は、今日、現場に来てから、もう何度目かも分からない、白い息の混じった、深いため息をついた。


(…こんな時、松田さんがいれば…)


彼女の脳裏に、謹慎中の、あの、くたびれたスーツの先輩刑事の顔が浮かんだ。

普段は、その型破りな捜査手法や、組織を無視した言動に、反発を覚えることばかりだった。

しかし、こういう、前例がなく、規則や建前が通用せず、誰もが責任を恐れて動けない、膠着した状況においては、彼の、あの、常識外れの『突破力』…どんな相手だろうと、どんな状況だろうと、なりふり構わず、時には非合法すれすれの方法で、強引にでも、事態を動かしてしまう、あの交渉力と行動力が、あるいは、必要だったのかもしれない。


(あの人なら、この、くだらない責任論争をしている連中を一喝するか、あるいは、どこからか、誰も知らないような情報を掴んできて、『俺が責任を取る! ドローンを入れろ!』くらい、平気で言ってのけたかもしれないのに…)


桜井は、再び、重く息を吐き出すと、目の前の、解決の糸口さえ見えない、絶望的な惨状に、改めて、強い苛立ちと、そして、自らの立場の無力感を、冬の朝の、痛いほどの寒さの中で、噛みしめていた。


桜井は、立ち尽くす人々が作り出す、悪夢のような光景から、目を離せずにいた。

その時、耳につけていた受令機が、ノイズ混じりに係長の声を伝えた。


『桜井、聞こえるか。現場のプレハブ飯場、二階の事務所に上がってこい。少し、見てもらいたいものがある』


その声は、普段の、時に部下を叱咤するような張りはなく、どこか、疲労と、信じられないものを見たかのような、かすれた響きを持っていた。


(何か、手がかりが…?)


桜井の胸に、わずかな期待がよぎる。

しかし、係長の、あの覇気のない声のトーンが、同時に、悪い予感も掻き立てた。


(…あるいは、何もかもが絶望的だという、最終確認をさせられるだけかもしれない)


彼女は、重い息を吐き出すと、地面に足を取られないよう注意しながら、現場事務所として使われているであろう、二階建ての簡素なプレハブ棟へと向かった。


プレハブの周囲では、他の捜査員たちが、数人ずつ集まっては、険しい顔で、低い声で情報交換を行っている。

飛び交うのは、警察内部でしか通じない隠語や符丁ばかりだ。

その、閉鎖的で、部外者を寄せ付けない独特の空気は、遠巻きに様子を窺う建設会社の社員たちとの間に、見えない、しかし確実な壁を作り出していた。

誰もが、この異常事態の深刻さを感じ取り、互いに疑心暗鬼になっているかのようだ。


桜井は、泥のついたブーツを、入り口マットで雑にこすり落とすと、金属製の、冷たい外階段を昇った。

二階の、薄汚れた事務所のドアには、何の飾り気もないプレートがかかっている。

彼女が、ノックもせずにドアを開けると、中は、がらん、としていた。


いや、『がらんとしている』という表現では、生ぬるい。

そこは、まるで、全ての家具や備品が、忽然と蒸発でもしてしまったかのような、完全な『無』の空間だった。

本来そこにあるべき、打ち合わせ用の長テーブルも、パイプ椅子も、書類棚も、…何もない。

あるのは、壁際に残された、机や棚を置いていたであろう、壁紙の日焼け跡と、天井から虚しく垂れ下がる、照明器具が取り外された後の、配線の残骸だけ。

床には、誰かが慌てて避難したかのように、数枚の書類が散らばり、埃が、窓から差し込む、冬の弱い朝日の中で、静かに舞っていた。


その、あまりにも殺風景で、異様な空間の中央に、係長が一人、腕を組み、仁王立ちになっていた。彼は、入ってきた桜井に気づくと、顎で、部屋全体を示すように、手を上げた。


「桜井、…この飯場、どう思う?」


その声は、やはり、乾いていた。


桜井は、改めて、部屋の中を見渡した。床、壁、天井…。注意深く観察する。そして、感じたままの、率直な疑問を口にした。


「…今時の工事現場の飯場って、こんなに…何もないものなのですか? 机も、椅子も、…それに、天井には、明らかに照明器具が設置されていたであろう、日焼けの跡がありますが、肝心の照明が、一つも…」


係長は、その言葉に、力なく、自嘲するような苦笑いを浮かべた。


「…ああ。ここだけじゃない。他の階の休憩室も、倉庫も、全てだ。確認した限り、この現場事務所から、ありとあらゆる、『換金できそうなもの』が、…いや、違うな」


彼は、言葉を切ると、まるで、自分自身に言い聞かせるように、続けた。


「ありとあらゆるものが、根こそぎ消えているそうだ。それこそ、壁に刺さっていた画鋲の一つ、床に落ちていたネジの一本ですら、な」


「…!」


桜井は、息を呑んだ。工事現場に到着してから感じていた、言いようのない『殺風景さ』の理由。

それは、単なる荒廃や、盗難ではなかった。

現場から、『生活』や『業務』の痕跡そのものが、意図的に、完全に消し去られていたのだ。

そこまで徹底的な『仕事』をする意味は?


「…これは、ずいぶん、組織的で、…執念深い犯行ですね」


桜井は、ようやく言葉を絞り出した。


「しかも、係長のお話が本当なら、売っても二束三文にしかならないようなもの、あるいは、逆に捜査の足がつきやすいような、価値の低い備品まで、…ご丁寧に、運び出されている。単なる大規模窃盗が目的なら、効率が悪すぎる。…これは、やはり…」


「ああ」係長は、桜井の言葉を引き継ぐように、重々しく頷いた。


「怨恨だ。…この現場か、あるいは、この工事に関わる誰かに対する、尋常じゃない、深い恨みがなければ、ここまでのことはできん」


怨恨…。


桜井は、その言葉を、頭の中で反芻した。

これほどの規模の犯行を可能にする組織力、そして、強い怨恨。その二つが結びつく先は…。


(…裏社会…)


彼女の思考が、自然と、そちらへ向かう。

これほどの、計画性と実行力を持つ組織。

それは、通常の犯罪グループではない。

裏社会と直接繋がっているか、あるいは、その中枢にいる存在である可能性が、極めて高い。


では、裏社会から、これほどの『怨恨』を買うとは、どういうことなのか?


(あの女なら…エミリアなら、どう考えるだろう…?)


桜井の脳裏に、再び、あの、自分とは全く違う世界の論理で動く、好敵手(と、彼女が一方的に認識している)の姿が浮かんだ。あの女を、そして彼女が属する(であろう)世界を、侮辱し、コケにするような真似をすれば、どうなるか?


(…おそらく、彼らの世界では、面子を潰されたら、損得勘定抜きに、相手を、再起不能になるまで叩き潰さなければ、『笑いもの』になる…そういうことなのかもしれない…)


そうだとしたら、今回の事件は、単なる窃盗や業務妨害ではない。

これは、ターゲットに対する、徹底的な『報復』であり、『見せしめ』なのだ。


桜井は、自分が、無意識のうちに、事件の『動機』の、核心に近づこうとしているのを感じていた。

しかし、同時に、その動機の先にいるであろう、巨大で、冷徹な『何か』の存在に、言いようのない、深い慄きを覚えていた。

彼女は、もう一度、冬の冷たい空気を、深く吸い込んだ。


                    ***


井上 剛が一人で暮らすマンションは、彼の、中身よりも外見を重視する虚栄心を、過剰なまでに見事に満たしてくれる空間だった。

福岡市内でも、指折りの家賃を誇るマンションの高層階。

窓からは、昼も夜も、博多の街並みを眼下に望むことができる。

インテリアは、彼自身が選んだというよりは、女性受けを狙って、雑誌から抜け出してきたような、モダンで、しかしどこか無機質なデザイナーズ家具で統一されていた。

彼が、時折連れ込む女性たちに「家を買うなら、プロポーズの時に、お前に新居を選ばせてやる。それまでは、最高の賃貸で我慢な?」と嘯くための、完璧な舞台装置。

その裏で、彼がだらしない異性関係が原因のトラブルから逃れるように、あるいは、膨らむ一方の見栄を満たすためだけに、何度も引っ越しを繰り返してきた事実を知る者は、少ない。


そんな、完璧に整えられたはずの寝室――いつでも、その気になれば、一夜限りの相手を迎え入れられるように、高級ホテルのように、常に身綺麗にされているベッドの上で――日曜日の朝、井上 剛は、頭蓋骨の内側からガンガンと殴りつけられるような、激しい二日酔いの苦痛によって、悪夢の淵から、無理やり現実へと引きずり戻された。


「……うっ…ぐ…」


呻き声と共に、重い瞼をこじ開ける。

口の中は、まるで砂漠のように渇ききり、胃のあたりが、不快にむかむかする。

どんな悪夢を見ていたのか、内容は、もはや思い出せない。

しかし、胸に残る、どす黒く、重たい嫌悪感だけが、それが、とんでもなく不快で、恐ろしい悪夢だったことを、彼に告げていた。


彼は、億劫な動きで、ベッドサイドテーブルに無造作に転がっていたスマートフォンへと手を伸ばした。


画面は、暗いままだった。


(…ああ、そうか。昨日の夜、あの後…)


ぼんやりとした頭で、断片的な記憶が蘇る。

同窓会での、あの忌々しい佐藤の姿。

藤本由紀との、子供じみた喧嘩。

割れたスマホ。

そして、自棄になって繰り出した、中洲の、猥雑な光のサインと、安酒の匂い…。

そうだ、由紀からの、あるいは仕事先からの、これ以上面倒な連絡を受けたくなくて、自分で電源を切ったんだった。


(…チッ、くだらねえ)


彼は、舌打ちしながら、スマートフォンの電源ボタンを長押しした。

遊び惚けていた自覚はある。

しかし、SNSの世界では、彼は、常に『成功者』であり続けなければならないのだ。

いつものように、『最高の日曜日の始まりだぜ!』とでも、景気の良い朝の挨拶を投稿するために。


起動シークエンスの、見慣れたロゴが表示され、やがて、ホーム画面が現れる。

その瞬間、井上の目に、画面に表示された、おびただしい数の不在着信通知のアイコンが飛び込んできた。

数十件はあるだろうか。

しかも、そのほとんどが、見慣れない、あるいは非通知設定の電話番号ばかりだった。


(…なんだ? 何かあったのか…? いや、どうせ、しつこい営業電話か、間違い電話だろ…)


彼は、根拠のない楽観論で、胸に広がり始めた小さな不安を打ち消そうとした。

その時だった。


ピンポーン、ピンポーン


部屋の壁に設置された、フラットデザインのインターフォンが、静かだが、有無を言わせぬ響きで、来訪者を告げた。


(…んだよ、こんな日曜の朝っぱらから…宅配便か? いや、何も頼んでねえぞ…)


井上は、二日酔いの頭痛と、昨夜の不摂生による気だるさを抱えたまま、ベッドから這い出し、千鳥足で、玄関脇のインターフォンモニターへと向かった。

寝起きの、無精ひげの伸びた自分の顔が、モニターに情けなく映る。


彼は、応答ボタンを押した。

画面には、見知らぬ、しかし、どこか隙のない雰囲気を纏った、スーツ姿の男性が二人、無表情で立っていた。

一人は、人生の年輪を感じさせる、初老の男性。

もう一人は、いかにもキャリア組といった雰囲気の、大学を卒業したばかりと聞いても驚かないほど、若く、しかし鋭い目つきの男性。

二人とも、季節外れの寒さに備えてか、あるいは身分を隠すためか、コートを羽織っている。


「…どちら様ですか?」


井上は、訝しげに、そして、わずかな警戒心を声に滲ませて尋ねた。


すると、初老の男性の方が、落ち着いた、しかし、有無を言わせぬ響きを持つ声で、名乗った。


「警察の者ですが。井上 剛さん、ご本人ですよね?」


そう言いながら、男性はコートの内ポケットから黒い革の手帳のようなものを開くと、インターフォンのカメラに、中の金色の記章(警察章)と写真付き身分証をはっきりと示した。

隣の若い男性も同じように身分を示す手帳を開いて見せた。

その言葉と、画面越しでも本物だと分かる警察手帳が持つ重みが、まるで冷たい水のように、井上のまだアルコールが抜けきらない脳にしみ込んできた。


「実は、貴方がお勤めしている、自動車販売店の、ご近所の方から、昨夜、不審な物音と車両の出入りがあったと、通報がありまして…少々、お話を伺えますでしょうか?」


警察。通報。自動車販売店。昨夜。不審な物音。

断片的な言葉が、井上の頭の中で、ゆっくりと、しかし確実に、一つの、恐ろしい像を結び始めた。


昨夜の、悪夢。

それは、ただの夢では、なかったのかもしれない。


井上 剛の、見栄と嘘と不正で塗り固められた、きらびやかな、しかし、脆い砂上の楼閣は、今、まさに、現実という名の、冷たく、容赦のない波に洗われ、音を立てて、崩れ落ちようとしていた。

彼の顔から、急速に、血の気が引いていく。


                    ***


日曜日の朝。

冬晴れの柔らかい日差しが、福岡市内の、まだ眠りから覚めやらぬ閑静な住宅街を、穏やかに照らし出していた。

信号で停まるたび、覆面パトカーの窓の外には、厚手のコートを着て愛犬を散歩させる老人、公園に向かう楽しげな家族連れ、朝靄の中をリズミカルに走るジョガーの姿が見える。

平和で、何の変哲もない、日曜日の、どこにでもある光景。


しかし、その車内――木村と名乗った、表情の硬い若い刑事が運転する、地味なセダンタイプの覆面パトカーの後部座席では、全く異なる、重く、冷たく、そして粘りつくような空気が淀んでいた。


歩道側に押し込められるように座らされた井上 剛は、昨夜、中洲のネオンの海で浴びるように飲んだ安酒の残滓と、断片的にしか思い出せない悪夢の気配で、ガンガンと内側から殴りつけられるような頭痛に耐えていた。

口の中は渇ききり、胃の腑が不快に蠢く。

隣に座る、渡辺と名乗った初老の刑事から発せられる、穏やかだが、どこか値踏みするような、探るような視線が、彼の汗ばんだ背中に、突き刺さるようで、息が詰まりそうだ。


「いやはや、井上さん」


渡辺は、まるで日曜の朝の挨拶でもするかのように、人好きのする笑みを口元に浮かべた(ように見えた)。

その声は、落ち着き払っている。


「せっかくの日曜日の朝早くから、ゆっくりお休みのところを、本当に申し訳ありませんな。まあ、すぐに済みますから、少しだけ、ご辛抱ください」


(何がすぐに済むって言うんだ…クソが…)


井上は、意味も分からず、ただ、二日酔いで霞む思考の中、気の抜けた「はあ…」という返事を繰り返すしかなかった。


「昨日は、小学校の同窓会だったそうですね?」


渡辺は、車窓の外、平和な日曜の朝の風景に目をやるふりをしながら、ごく自然に、しかし、明らかに意図を持って尋ねる。


「遅くまで、旧友たちと、楽しまれたとか? いやあ、羨ましい。大人になっても、子供の頃のように、腹を割って話せる友達がいるというのは、本当に素晴らしい財産ですよ」


(なんで、刑事が、俺の同窓会のことを、こんなに詳しく…?)


井上の、まだアルコールが抜けきらない頭に、鈍い警鐘が鳴り響く。

しかし、その疑問と不安を、うまく言葉にすることができない。

ただ、喉が、カラカラに渇いていく。


「私のような歳になりますとね、なかなか、皆の都合が合わなくてねえ。同窓会を開いても、人が集まらんのですよ」


渡辺は、相変わらず、人懐こい世間話のような口調で続ける。

井上は、話しかけられること自体が、もはや拷問のように感じ始めていた。


ただ、「…はあ、そうですか」と、意味のない相槌を打つ。


「それで、その、楽しまれたという同窓会ですが」


渡辺の声のトーンが、ほんの少しだけ、変わった。

表面の柔和さはそのままに、その奥に、鋭利な刃物のような、冷たい光が宿ったのを、井上は感じ取った。


「何か、トラブルのようなものは、ありませんでしたかな?」


その、核心を突くような一言で、一気に井上の意識が覚醒した。

そうだ、おかしい。

全ての辻褄が合わない。

なぜ、俺は今、ここにいる? 自動車販売店の近隣からの、ただの『通報』? それで、任意とはいえ、こうして警察車両に乗せられて、『立ち合い』に向かっている? なのに、なぜ、この古狸のような刑事は、昨夜の同窓会の、それも『トラブル』について、探るように聞いてくるのだ? まるで、何かを知っているかのように…。


「い、いや…トラブル、と言いますか…」


井上は、背中に、滝のような冷や汗が流れるのを感じながら、必死で、顔面の筋肉を制御し、トップセールスマンとして叩き込んだ、完璧な愛想笑いを浮かべた。


「その…、ちょっと、飲みすぎて、悪酔いしてしまいまして、ええ、まあ、少しばかり、醜態を晒してしまった、というか…皆さんに、ご迷惑をおかけしたかもしれません…ははは」


乾いた、引きつった笑い声が、静かな車内に虚しく響く。


(何を聞きたいんだ、このタヌキ親父は…! 俺の何を知ってる…!?)


本心を、この、作り物の笑顔の下に、完璧に隠し通さなければ。


「そうですか、悪酔い、ですか」


渡辺は、表情を変えずに頷いた。

しかし、その目は、井上の内心を、全て見透かしているかのように、深く、静かだった。


「しかし、幹事の田中さんという方は、少々、困っておられたようですよ。井上さんが、同窓会の会費もお支払いにならず、一次会の途中から、連絡も取れなくなってしまった、と。おまけに、楽しみにされていたという二次会にも、結局、お顔を見せられなかったとか?」


まるで、昨夜の会場に、この刑事自身がいたかのような、具体的な指摘。

軽微な交通違反くらいでしか、警察と本格的に関わったことのない井上でも、これが、ただ事ではない、自分が、何か、とんでもなく厄介な事態に巻き込まれ始めているのだと、もはや、本能的に理解せざるを得なかった。


彼の、砂上の楼閣が、ミシミシと、嫌な音を立ててきしみ始める。


「あ、ああ、それは、その…! 大変、申し訳ないことを…!」


井上は、慌てて、思いついた言い訳を口にした。


「実は、中村 亜美…って女と、藤本 由紀っていう知り合いと、三人で、つい、会場の喫煙室で、仕事の話か何かで、話し込んでしまいまして…それで、時間を忘れてしまって、気がついたら、二次会も終わる時間で…会費の件も、失念しておりました…」

「ほう、中村さんと、藤本さんと、喫煙室で」


渡辺は、興味深げに、しかし、その目は全く笑っていない。


「しかし、不思議ですねえ。私たちが、他の方々…例えば、幹事の田中さんや、受付の方などから伺った話では、中村亜美さんは、きちんと会費もお支払いになり、二次会にも、冒頭だけですが、お顔を出された、ということですが? ずいぶん、慌てたご様子で、すぐに帰られた、とも聞いておりますが…」


(どこまで知っているんだ、この刑事は…!? なぜ、亜美のことまで…!?)


井上は、もはや、顔面の筋肉を引きつらせないようにするので、精一杯だった。

恐怖が、冷たい、粘りつくような手のように、彼の心臓を鷲掴みにし、呼吸さえも困難にさせる。

彼の、見栄と嘘で塗り固めた城壁が、ガラガラと音を立てて崩れていくのが、自分でも分かった。


「…さて、自動車販売店に到着しましたね」


渡辺が、静かに告げた。

その声が、まるで、死刑執行人の宣告のように、井上の耳に響いた。


「井上さん、あなたの、その、興味深いお話の続きは、お店の方で、ゆっくりと伺うことにしましょうか。…現場の、立ち合い、お願いできますね?」


井上が、恐怖に引きつる顔で、車窓の外を、慌てて見ると、そこには、信じられない、悪夢のような光景が広がっていた。

いつもなら、朝日を浴びて、誇らしげに輝いているはずの、納車前の最新型の高級車たちが、一台も、ない。

がらんどうの、まるで巨大な廃墟のようなショールーム。

そして、その代わりに、駐車場を埋め尽くすように、福岡県警の、パトカー、覆面パトカー、そして、物々しい機材を積んだ、白い鑑識車両が、無数に駐車していた。

制服姿の警察官が、物々しく規制線を張り、その内側では、鑑識の人間たちが、まるで、何か神聖な儀式でも行うかのように、あるいは、小さな虫でも探すかのように、必死に、駐車場のアスファルトの上を、一列に並んで、地面を見つめている。


木村が運転する覆面パトカーが、規制線を抜け、その異様な光景の中心へと、静かに、滑るように進入していく。


井上 剛の悪夢は、今、まさに、現実という名の、さらに恐ろしく、そして、おそらくは、決して覚めることのない、悪夢へと、姿を変え始めていた。

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