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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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影の女王の逆鱗 其十

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


エミリアは、俯いて震える亜美に、あえて優しい、しかし有無を言わせぬ響きで告げた。


「亜美さん。あなたの友人、奈々さんのことは、私が懇意にしている『専門家』に繋いでおいたわ。おそらく、明日には、解決への道筋が見えるはずよ。…だから、あなたは、もう何も心配せず、今すぐ、奈々さんの傍に行ってあげなさい。今の彼女には、あなたのような友人が、そばにいてあげることが、一番必要でしょうから」


それは、突き放しているようでいて、しかし、亜美にとっては、唯一の救いの言葉に聞こえたかもしれない。


亜美は、はっと顔を上げ、信じられないという表情でエミリアを見つめたが、エミリアの、感情を読み取らせない、しかし、どこか絶対的な力を感じさせる視線に、ただ、何度も、深く頷くことしかできなかった。


「あ、ありがとうございます…! 本当に…!」


彼女は、涙声でそれだけ言うと、まるで何かに追われるように、ふらつく足取りで、カフェのテラス席から駆け出し、夜の雑踏の中へと消えていった。


                    ***


その後の展開は、エミリアの筋書き通り、そして氷川鏡花の(歪んだ)約束通りに進んだのだろう。

亜美が、彼女の見栄で借りていた、セキュリティだけはしっかりした家賃の高いマンションに辿り着くと、そこには、やつれ果て、しかし必死で気丈に振る舞おうとする倉橋奈々がいた。

奈々は、恋人である亮介が「少しだけだから」と、なけなしの金を握りしめて、またギャンブルに行ってしまった、と涙ながらに語った。


――だが、高田亮介が、その夜、マンションに戻ることは、二度となかった。

翌日、奈々の元に、発信者不明の、短いメッセージが届く。

『高田亮介の債務は、別の形で清算されました。彼は戻りません。この件について、今後一切、問い合わせ無用』――


そして、その夜遅く。亜美と奈々が、今後の不安に震えながら、狭いリビングで寄り添っていた時、インターホンが鳴った。

現れたのは、場違いなほど、落ち着いた物腰の、初老の男性弁護士だった。

彼は、氷川鏡花(の名前はもちろん出さない)の紹介で、倉橋奈々の「生活再建」の相談に来たと告げた。

奈々の、闇金に対する連帯保証や、亮介のために借りた分の債務は、既に「特殊な交渉」により解消されていること。

そして、彼女自身が正規の金融機関から借りた分については、自己破産(免責あり)か、あるいは債務整理を行い、実家に戻って、母子ともに、社会復帰を目指すための、具体的な法的支援を約束してくれたのだった。

奈々は、その、信じられないような申し出に、ただ、声を上げて泣くことしかできなかった。


                    ***


一方、エミリアは、亜美がカフェを去った後、一人、冷めたカモミールティーのカップをテーブルに残し、夜の闇へと再び溶け込んでいた。

彼女は、人目を避け、指定された裏路地の、ゴミ収集場所の陰へと向かう。

そこには、約束の時間通り、黒い作業着姿の、無口そうな男が、壁に寄りかかるようにして待っていた。


二人の間に、言葉は交わされない。

男は、エミリアの姿を認めると、無言で、頑丈なハードタイプのガンケースを差し出した。

エミリアも、無言でそれを受け取り、中身(彼女の愛銃と弾、サプレッサーなど)を、手早く、しかし確実に確認する。

そして、ケースを閉じると、用意していた小型のショルダーバッグに、巧みにそれを収納した。

男は、それを見届けると、再び無言で一礼し、闇の中へと消えていった。

武器の受け渡しは、数秒で完了した。


エミリアは、バッグの重みを確かめながら、再び、二次会会場近くの、例のオープンカフェのテラス席へと戻った。

今度は、カモミールティーではなく、エスプレッソのダブルを注文する。

濃厚な、焦げるようなコーヒーの香りが、夜の冷たい空気に立ち上った。


彼女は、スマートフォンを取り出し、イヤホンを耳に着ける。

佐藤の腕時計からの、リアルタイムの音声と位置情報。

二次会の会場は、一次会よりは小規模なのだろう、少し落ち着いた雰囲気だが、それでも、楽しげな会話と笑い声が聞こえてくる。

佐藤の声も、時折、その中に混じっている。

その声色からは、まだ緊張は解けていないものの、パニック状態からは脱していることが窺えた。


(…よしよし。少しは持ち直したみたいね)


エミリアは、内心で頷いた。


(藤本由紀と、井上剛…あの二人の、私と健ちゃんへの悪意は、確定した。そして、その報いを受けることも、また、確定している…)


彼女の頭脳は、既に、入手した情報に基づき、最も効果的で、最も彼らが「苦しむ」であろう、「お仕置き」の具体的な手順を、冷徹に、そして正確に、シミュレートし始めていた。


(もう、私が直接、手を下す必要はないかもしれないわね…転がり始めた石は、誰にも止められないのだから…)


エミリアは、エスプレッソの、苦く熱い液体を、ゆっくりと喉に流し込んだ。その苦味が、彼女の思考を、さらにクリアにしていく。彼女の碧眼は、二次会会場の方向を、静かに、しかし、全てを見通すかのように、じっと見つめていた。これから始まる、本当の『惨劇』の幕開けを、静かに待ちながら。


                    ***


二次会の会場は、一次会のホテルの宴会場とは異なり、中洲のネオン街にほど近い、ジャズが静かに流れる、少し落ち着いた雰囲気のダイニングバーの個室だった。

それでも、久しぶりの再会に興奮冷めやらぬ同級生たちの熱気で、部屋の中はむっとするほど温かい。

テーブルには、様々なカクテルやビール、そして軽食が並んでいる。


佐藤は、部屋の隅のソファ席で、田中誠と山口健太に挟まれる形で座っていた。

田中の、悪気のない、しかしデリカシーに欠ける慰め(?)と、山口の、計算ずくの、しかし空々しいお世辞の嵐から、どうにか逃れたいと思っていたが、完全に捕まってしまっている。


「いやー、しかし佐藤、お前、本当に変わったよなあ!」


田中が、ジョッキのビールを豪快に煽りながら、再び佐藤の肩を叩く。


「小学校ん時、休み時間はずっと図書室にいたか、教室の隅で絵ばっか描いてたお前がなあ…。なあ、覚えてるか? 陳さんのこと!」

「えっ?」


佐藤の心臓が、ドクン、と跳ねた。忘れていたはずの、甘酸っぱい記憶の扉が、田中の無遠慮な一言で、こじ開けられる。


「陳さん? ああ、あの香港から来た、可愛い子か!」


山口が、すかさず話に乗ってきた。

彼の目は、面白そうに細められている。


「佐藤、お前、あの頃、陳さんのこと、好きだったろ? いつも目で追ってたもんなあ。俺は知ってたぜ?」

「そ、そんなこと、ないよ!」


佐藤は、顔を真っ赤にして、必死に否定した。

しかし、その声は、自分でも分かるほど、上ずっていた。


佐藤の声が、イヤホンから、楽しそうにエミリアの耳に届いた。

彼女は、二次会会場近くのオープンカフェのテラス席で、まるで夜景でも楽しむかのように、優雅に紅茶を飲みながら、佐藤の腕時計に仕掛けた盗聴器を通して、彼の状況をリアルタイムで把握していたのだ。


(…レイカちゃん、ねぇ…)


最初は、ただの子供時代の淡い思い出だろう、とエミリアは判断していた。

しかし、今の佐藤の、動揺しきった声の響き、そして、山口に指摘された時の、否定しきれない反応のニュアンス…。


(…まさか、健ちゃん、…今でも、その子のこと…?)


エミリアの碧眼が、わずかに細められた。

その瞳の奥に、冷たい、嫉妬にも似た光が宿る。

彼女は、スマートフォンを取り出すと、情報屋に、新たな指示を、短いテキストで送った。


『追加調査依頼:陳 麗華(チャン・ライワ、通称レイカ)。佐藤健との過去の関係、及び、現在の状況。最優先で』


                    ***


一方、一次会会場のホテルの、淀んだ空気の漂う喫煙室では、藤本由紀と井上剛が、戻らない中村亜美を、苛立ちながら待っていた。

由紀は、細い指で、スマートフォンの画面を、神経質にタップし続けていた。

画面には、難航するトンネル工事に関する、現場からの催促と、トラブル報告のメッセージが、次々と表示されている。


(…もうっ! また湧水!? もう予算がないって言ってるのに…! あの下請け業者、本当に使えない…!)


彼女の眉間には、深い皺が刻まれ、完璧に整えられたメイクの下に、隠しきれない疲労と焦りの色が浮かんでいた。

同窓会のことなど、もはや、どうでもよくなりつつあった。


井上は、そんな由紀の様子を、ソファにふんぞり返り、タバコの煙を燻らせながら、じっとりと、品定めするような目で見つめていた。


(由紀の奴、仕事でトラブってんのか? まあ、俺には関係ねえけどな。それより…)


彼の思考は、アルコールと、目の前の獲物(由紀)への、下半身に直結した欲望で満たされていた。


(この女、カタそうに見えて、プライドも高そうだけど、そこがいいんだよな。仕事で弱ってるところを、優しく慰めてやって、…うまく言いくるめれば、今夜あたり、どうにかなるんじゃねえか…?)


彼は、煙草をもみ消すと、わざとらしく、由紀の隣に、体を密着させるように座り直した。


「おい、由紀。さっきから、スマホばっかり見てんじゃねえよ。せっかく二人きりなんだからよぉ、俺と、もっと楽しい話しようぜ?」


井上の、ねっとりとした声と、酒臭い息が、由紀にかかる。


「…うるさいわね。今、大事な連絡、見てるのよ」


由紀は、苛立ちを隠しもせず、井上を睨みつけた。

しかし、井上は、その拒絶を、むしろ、挑発と受け取ったようだった。


「へえ、俺より大事な連絡ぅ?」


彼は、さらに体を寄せ、由紀が手に持っていたスマートフォンを、乱暴に奪い取ろうとした。


「どれ、俺が見てや…」

「やめて!」


由紀が、反射的にスマートフォンを引ったくろうとする。

短いもみ合い。そして――


バキッ!


鈍い、嫌な音が響いた。井上の、あるいは由紀の足が、床に落ちたスマートフォンを、不運にも、踏みつけてしまったのだ。

画面には、蜘蛛の巣のようなヒビが入り、ブラックアウトしていた。


「…あ…」


井上が、間の抜けた声を上げる。


「……!!!」


由紀は、声にならない悲鳴を上げ、壊れたスマートフォンを拾い上げた。

電源ボタンを押しても、画面は、暗いまま、沈黙している。

会社との、現場との、唯一の連絡手段が…。


「……あなた、自分が何をしたか、本当に分かっているの!?」


由紀の顔から、完全に血の気が引いていた。

彼女は、わなわなと震えながら、井上を睨みつけた。

その瞳には、もはや、計算も、プライドもなく、ただ、純粋な怒りと、破滅への恐怖だけが浮かんでいた。


井上は、その、普段決して見せない由紀の形相と、自分がしでかしたことの重大さに、ようやく気づき、酔いが急速に醒めていくのを感じていた。


「いや、…お前が、抵抗するから…」


二人の間に、修復不可能な亀裂が入った瞬間だった。

そして、それは、由紀のキャリアにとって、そして、クロガネが動き始めたトンネル現場にとって、致命的な通信途絶の始まりでもあった。


                    ***


華やかな同窓会の二次会会場。

一次会のホテル宴会場とは違い、少し照明を落とした、ジャズが静かに流れるお洒落なダイニングバーの個室だ。

それでも、久しぶりの再会に気分が高揚しているのか、あるいはアルコールのせいか、会場のあちこちで、弾むような会話と、抑えきれない笑い声が響いている。

同性だけで、昔の暴露話に花を咲かせるグループ。

部屋の隅のソファで、明らかに異性を意識した雰囲気で、肩を寄せ合い囁き合う男女。

あるいは、「明日早いから」と、名残惜しそうに、しかし足早に抜けていく者。

それぞれが、それぞれの時間を楽しんでいた。


佐藤は、そんな喧騒の中で、少し離れたテーブル席に移動した田中や山口の背中を、ノンアルコールビールをちびちびと舐めながら、ぼんやりと眺めていた。

田中から、何の気なしに振られた名前――陳 麗華チン・レイカ

レイカちゃん…。

彼の思考は、いつの間にか、現在いまの喧騒から離れ、遠い、小学校時代の記憶の回廊へと迷い込んでいた。


そうだ、自分にとって彼女は、最初から、そしておそらく今も、どうしようもなく、手の届かない場所に咲く、美しい「高嶺の花」だったのだ。彼女は――


佐藤の記憶の中のレイカは、いつも太陽みたいに笑っていた。

香港から転校してきたばかりで、まだ日本語がおぼつかない頃から、物怖じせず、その大きな黒い瞳を好奇心で輝かせ、誰にでも「ねぇ、これ、なあに?」と話しかけていた。

少し癖のある、艶やかな黒髪が、彼女が校庭を駆け回るたびに、光を弾いて揺れる。

当時の、内気で、運動も苦手で、新しい環境に馴染めずに、いつも教室の隅で本ばかり読んでいた自分とは、何もかもが正反対だった。

彼女の周りには、いつも、男女問わず、たくさんの友達が集まっていた。


それでも、彼女は、時々、一人でいる佐藤に、屈託なく話しかけてくれたのだ。


「ケンちゃん、何読んでるの? 面白い?」


彼女の日本語は、まだ辿々しかったが、その声は、まるで歌うように、心地よい響きを持っていた。


佐藤は思い出す。

放課後の、誰もいなくなった、西陽が差し込む公園のブランコで。

彼女が、身振り手振りを交えながら、一生懸命、広東語の簡単な挨拶や、数字の数え方を教えてくれたことを。


「『ネイ・ホウ』だよ、ケンちゃん! ちがう、ちがう、舌はもっと、こう!」


彼女は、彼の、あまりにも日本語的な、間の抜けた発音を、ころころと、鈴を転がすように笑いながら、でも、決して馬鹿にすることなく、辛抱強く、何度も繰り返してくれた。

あの時の、夕日に照らされて、少し赤く染まった彼女の頬と、耳慣れない、しかし、どこか懐かしい響きを持つ広東語のメロディが、今でも、胸の奥を、甘酸っぱく締め付ける。

彼女と、もっと話したい。

彼女の言葉を、もっと理解したい。

その一心だけで、彼は、あの難しい言葉を、必死に、夢中で覚えようとしたのだ。


(…眩しかったな…、本当に…)


佐藤は、胸の奥が、きゅっと締め付けられるような、甘く、そしてどうしようもなく切ない痛みを感じた。

彼女の家庭が、おそらく裕福であろうこと(時折見せる持ち物や、ご両親の雰囲気が、明らかに自分の家庭とは違っていた)。

誰からも好かれる、天性の明るさとコミュニケーション能力。

そして、自分には欠片もない、自信に満ちた輝き。

彼女が、自分のような、地味で、冴えなくて、取り柄のない人間に、特別な感情を抱くことなど、あり得ないと、幼いながらにも、痛いほど分かっていた。

そして、おそらく、彼女は、数年間の日本滞在を終え、香港(あるいは、どこか別の国)へ帰っていった後、引っ越しばかりしていた、たくさんの日本の友達の一人として、自分のことなど、もう、綺麗さっぱり、忘れてしまっているのだろう。


(…いや、最初から、ただの『日本語を練習する相手』くらいにしか、思われていなかったのかもしれないな…)


佐藤は、グラスに残っていた、気の抜けたノンアルコールビール(エミリアに『同窓会ではしゃぐのはいいけど、絶対に羽目を外しすぎないように。特に飲みすぎは厳禁よ』と、出発前に、それはもう怖ろしく優しい笑顔で、強く強く釘を刺されていたのだ)を、一気に飲み干した。

気の抜けた麦の苦味が、妙に舌に残る。

過去への感傷は、今の、こんな状況の自分には、贅沢すぎるのかもしれない。


彼は、再び、二次会の、現実の喧騒へと、意識を無理やり引き戻そうと努めた。

しかし、心の片隅では、まだ、あの、太陽のような少女の笑顔が、手の届かない、美しい幻のように、淡く輝いていた。


                   ***


二次会の会場であるダイニングバーも、そろそろ喧騒が落ち着きを見せ始めていた。

時計の針は午後十一時近くを指し、グラスを重ねて饒舌になっていた者たちも、次第に口数が減り、あるいは、連れ立って三次会へと流れていく。

テーブルの上には、空になった皿やグラスが寂しげに残り、床には、誰かがこぼしたらしい酒の染みが鈍く光っていた。

BGMのジャズの音量が、心なしか絞られたように感じられる。


佐藤は、その、祭りの後のような、やや気怠い空気の中で、(そろそろ潮時だろう…)と、席を立つタイミングを計っていた。

田中誠は、別のテーブルで、まだ捕まえた同級生相手に、熱心にスマートフォンの画面(おそらく、また射撃動画だろう)を見せている。

山口健太は、といえば、二次会でもめぼしい「人脈」を見つけられなかったのか、少し離れたカウンター席で、手持ち無沙汰に携帯をいじっていた。


「じゃあ、…俺、そろそろこれで…」


佐藤は、意を決して、まだ近くにいた数名の同級生(一次会で少しだけ話した、当たり障りのないメンバーだ)に、声をかけた。


「明日、ちょっと朝が早い用事があって…」

「おー、佐藤、もう帰るのか?」

「気をつけてなー」

「また連絡しろよー」


彼らは、特に引き留めるでもなく、手を振ってくれた。

佐藤は、それに小さく会釈を返し、足早に、しかし、できるだけ目立たないように、会場の出口へと向かった。

賑やかな喧騒と、タバコとアルコールと香水が混じり合った、むっとするような熱気を背中に感じながら、外の、ひんやりとした、澄んだ夜の空気に触れた瞬間、彼は、心の底から、ほう、と長い安堵の息を吐き出した。終わった…。

少なくとも、今夜は、もう、あの連中(井上や由紀)と顔を合わせなくて済む。


まるで、彼のその安堵の息を待っていたかのように、すぐそばの、ホテルの植え込みの影になっていた暗がりから、すっと、音もなく、一人の人影が現れた。

月明かり(雲は流れて、時折、青白い光が地上に落ちていた)に照らされた、淡い金色の髪。

エミリアだった。

彼女は、夜の闇によく映える、シンプルな黒のタートルネックに、動きやすそうなパンツ姿だったが、その佇まいには、昼間の華やかさとは違う、夜の闇に溶け込むような、静かな、しかし鋭い気配があった。


「…お疲れ様、健ちゃん」


その声は、低く、穏やかだったが、有無を言わせぬ響きを持っていた。

彼女の碧眼が、佐藤の様子を、値踏みするように、静かに見つめている。


「特に、問題はなかったみたいね?」

「う、うん…まあ、なんとか…」


佐藤は、彼女の視線に、少し緊張しながら答えた。


「そう。なら良かったわ。…車、回してあるから。帰りましょう」


彼女が顎で示した先には、いつの間にか、音もなく、黒塗りの、ウィンドウに濃いスモークが貼られたハイヤーが、静かに停車していた。

運転席の男は、表情一つ変えず、後部座席のドアを、内側から、恭しく開けた。


二人は、言葉を交わすことなく、吸い込まれるように、後部座席に並んで腰を下ろした。

ドアが、重厚な音を立てて静かに閉まると、車内は、外界の音から完全に遮断された、完璧な静寂と、微かな革の匂いに満たされる。

車は、滑るように、夜の博多市内を走り始めた。


窓の外を、中洲の、まだ賑わいを見せる華やかな光のサイン、ビジネス街のクールなビルの光、そして、次第に増えてくる住宅街の、温かい、小さな灯りが、次々と流れ去っていく。

その光が、時折、無言のまま窓の外を見つめるエミリアの、彫刻のように整った横顔を、そして、隣で、一日の疲労と、安堵と、しかし拭いきれない不安とで、固く目を閉じている佐藤の顔を、はかなく照らした。


車内には、かすかなエンジンの振動と、二人の間の、言葉にならない、重たいようでいて、しかし、どこか奇妙な安心感も伴う空気だけが満ちていた。


やがて、ハイヤーは、彼らが宿泊する、市内でも屈指のラグジュアリーホテルの、静まり返った車寄せに、吸い込まれるように停車した。

夜勤のドアマンが、恭しくドアを開ける。

ひんやりとした、しかし清浄で、高価なアロマの香りが漂うロビーの空気が、二人を迎えた。

深夜を過ぎ、ロビーには、ナイトマネージャーと、数名のスタッフ以外の人影は、ほとんどなかった。


二人は、エレベーターホールへと、音もなく歩を進める。

磨き上げられた大理石の床に、彼らの靴音だけが、小さく響いた。

長い、そして奇妙な一日が、ようやく終わろうとしていた。

しかし、本当の嵐は、まだこれから来るのかもしれない、と佐藤は、スイートルームへ向かうエレベーターの中で、上昇していく階数表示を眺めながら、心のどこかで、予感せずにはいられなかった。


                    ***


深夜。全ての喧騒と、悪意と、そして、佐藤にとっては悪夢のような緊張感が過ぎ去った、ホテルのスイートルームは、嘘のように静まり返っていた。

窓の外には、日付が変わろうとする博多の街の灯りが、まるで遠い銀河のように、無数にきらめいている。

地上での出来事など、何もかも他人事のように、ただ静かに、美しく。


佐藤は、リビングエリアの、彼の体を優しく受け止める、深く柔らかなソファに、まるで全身の力が抜け落ちたように、ぐったりと沈み込んでいた。

エミリアに選ばれ、彼に「成功者」の仮面を与えた高級ジャケットは、今はもう、無造作に隣の椅子に脱ぎ捨てられている。

緩められたネクタイが、だらしなく胸元に垂れていた。

彼の顔には、濃い疲労の色が浮かんでいたが、数時間前の、あのパニックと恐怖に歪んだ表情は、もうなかった。

ただ、大きな、そして理不尽な嵐を、なんとか乗り越えた後の、深い安堵と、心地よいとさえ言える虚脱感だけが、彼の全身を、重く、しかし穏やかに、包んでいた。


隣には、いつの間にかシャワーを浴び終え、肌触りの良さそうなシルクのルームウェアに着替えたエミリアが、静かに座っていた。

彼女は、そんな、完全に消耗しきった佐藤の様子を、珍しく、本当に、ただ、穏やかな、慈しむような目で見つめていた。


「…お疲れ様、健ちゃん」


彼女の声は、夜の静寂に溶けるように、柔らかく、優しい。


「本当に、よく頑張ったわね。…大変だったでしょう?」


その声には、いつものような、からかう響きも、計算高さも、全く感じられなかった。ただ、純粋な、労いの響きだけがあった。


「疲れたでしょう? 今日は、もう、難しいことは何も考えないで、ゆっくり休んでちょうだい」


彼女は立ち上がり、スイートの奥にある、豪奢なベッドルームのドアを、わずかに開けてみせた。

キングサイズのベッドが、柔らかな間接照明に照らされている。


「お風呂、もう一度、温かいのを入れてあるから。ゆっくり浸かって、今日の嫌なことは、全部、洗い流してしまいなさい。そして、あの大きなベッドで、ちゃんと眠るのよ。私は、こっちのソファで十分だから」


彼女は、有無を言わせぬ、しかし、その響きには抗いがたい、深い優しさで、佐藤に休息を促した。


佐藤は、エミリアの、その、あまりにも自然で、そして心からの(ように感じられる)優しさに、少し戸惑いながらも、胸の奥が、じんと温かくなるのを感じていた。

彼は、もはや反論する気力もなく、「…ありがとう、エミリア。…おやすみ」とだけ、掠れた声で呟くと、素直に頷き、鉛のように重い体を引きずるようにして、バスルームへと向かった。

温かい湯に浸かれば、この悪夢のような一日も、少しは洗い流せるかもしれない…。


佐藤の姿がバスルームのドアの向こうへと消え、やがて、控えめなシャワーの音が、微かに聞こえ始めたのを確認すると、エミリアの表情から、ふっと、先ほどの穏やかさが消え去った。

彼女は、ソファに、より深く、そして、まるで女王が玉座に座るかのように、優雅に座り直すと、自身の、暗号化されたスマートフォンを取り出した。


画面には、既に、彼女が懇意にしている(そして、最も迅速で正確な)情報屋から送られてきた、新たな調査報告が表示されていた。


対象は――陳 麗華チャン・ライワ、通称レイカ。

佐藤が、あの同窓会の二次会で、無意識に、特別な響きを込めて口にした、彼の「初恋」の相手。


エミリアは、その報告書――レイカの現在の所属(日本国外に拠点を置く、有力な国際貿易商社の一族企業)、役職(経営幹部候補生としての実務研修中)、学歴(おそらくは欧米のトップクラスの大学)、最近の動向、そして、おそらくは現在のものと思われる、数枚の鮮明な顔写真まで含む、詳細なデータ――を、一切の表情を変えることなく、ただ、静かに、その碧眼でスクロールしていく。


彼女の指は、時折、特定の項目で止まり、拡大し、そして、また滑らかに動き出す。

その瞳は、情報を正確に読み取り、分析し、記憶しているのだろうが、そこに、嫉妬の色も、安堵の色も、あるいは、興味や、敵意といった、いかなる感情の色も、全く浮かんでいない。完璧な、氷のようなポーカーフェイス。


彼女が、この、佐藤の過去の、そして、もしかしたら未来にも影響を与えるかもしれない、女性に関する情報を得て、今、何を考え、そして、これから、どうするつもりなのか。


それは、バスルームの温かい湯の中で、ようやく一日の緊張から解放され、無防備な眠りへと誘われようとしている佐藤には、もちろん、知る由もなかった。


部屋には、遠いシャワーの、水の音と、スマートフォンの画面が放つ、冷たく、青白い光だけが、静かに、そして、どこか不気味に、存在していた。

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