影の女王の逆鱗 其九
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
エミリアは、夜の闇に紛れ、まるで気配そのものを消し去ったかのように、佐藤らが向かったダイニングバーの斜め向かいにある、オープンカフェのテラス席に陣取った。
冷たい冬の夜気を和らげる、赤い光を放つパラソル型の屋外ストーブ。
その暖かさが、ガラスの衝立に囲まれた一角だけ、別世界のように感じさせた。
彼女は、テーブルに置かれた、湯気を立てるカモミールティーのカップを、白い手袋をはめた指先で持ち上げ、静かに口元へと運んだ。
その仕草は、まるで夜景を楽しむ、ごく普通の女性客のようだ。しかし、その落ち着き払った表情の下で、彼女の思考は、高速で回転していた。
冷たい夜気の中、屋外ストーブの赤い光が、彼女の白い肌を妖しく照らす。
彼女は、膝の上で、暗号化された通信機能を持つ、薄型のタブレット端末を起動した。
宛先は、先日、湾岸のマンション群の調査を依頼してきた、あの海外の大手投資ファンドの担当者――ヴァネッサの紹介は一切出さず、あくまでエミリアの表の仕事として、やり取りをした相手だ。
彼女の白い指先が、画面上で、流れるように、しかし正確に、メッセージを打ち込んでいく。
それは、今回の調査依頼への形式的な、しかし非の打ち所のない感謝の言葉で始まった。
そして、それに続けて、本題である『匿名の、しかし信頼性の高い情報源から入手した』という慎重な前置きと共に、短い、しかし、その意味を理解する者が見れば、背筋が凍るであろう情報を付け加えた。
『--Postscript: We wish to draw your attention to potentially relevant information encountered during our recent engagement. Concerning another major ongoing project (large-scale tunnel construction), we have received several troubling reports indicating significant schedule slippage, serious groundwater issues, and non-transparent subcontractor selection practices. While this information is unofficial and unverified, we furnish it in the hope that it might aid your investment analysis or your evaluation of the involved construction firm's valuation.(追伸。先日の業務に関連して、貴社に関係する可能性のある情報に接しましたので、ご留意ください。現在進行中の別の主要プロジェクト(大規模トンネル工事)に関し、深刻な工程遅延、重大な地下水問題、及び不透明な下請け業者選定を示唆する、いくつかの憂慮すべき報告があります。非公式かつ未確認の情報ではありますが、貴社の投資分析、あるいは関与する建設会社の評価の一助となることを願い、提供するものです)』
時差の関係もあり、おそらく担当者からの直接的な返信はすぐには来ないだろう。
しかし、エミリアは、これで十分だと確信していた。
この、匿名を装った、しかし具体性のある『懸念』の報告は、大手投資ファンドの持つ、巨大なリスク管理部門や、コンプライアンス調査部門を動かすには、十分すぎるほどの起爆剤となる。
どんなに腰が重い大企業であろうと、大口投資家、ましてや経営方針に直接影響力を持つ大株主からの、厳しい『説明要求』や『内部調査要求』という名の圧力に、無傷で耐えられる雇われ経営者や、現場の責任者(=藤本由紀)など、存在しないのだ。
(これで、藤本由紀のキャリアも、時間の問題ね。あのプライドの高い女が、どうやって転げ落ちていくか、少し楽しみだわ…)
エミリアは、冷ややかにそう判断し、送信ボタンを押した。
これで、自分が直接手を下さなくても、転がり始めた石は、ゆっくりと、しかし確実に、谷底まで落ちて砕け散るまで止まらないだろう。
彼女は、タブレットの電源を落とし、ようやく、意識を完全に、イヤホンから流れてくる、二次会会場の佐藤の音声へと集中させようとした。
彼が無事にこの夜を乗り切るのを、今度こそ、静かに見守ることに専念しよう、と。
その、瞬間だった。
イヤホンから、甲高い女性の叫び声に近い声と、周囲の騒めきが、突然、飛び込んできた。
明らかにパニックを起こした、中村亜美の声だった。
『佐藤さんっ! 大変なの! あの…あなたの彼女さん、どこにいるか知らない!? すぐに、連絡取りたいんだけど!』
同時に、エミリアの視界の端、二次会会場のバーのドアが、勢いよく内側から開け放たれ、一人の女性が、文字通り、よろめきながら転がり出るように飛び出してくるのが見えた。
中村亜美だった。
彼女は、同窓会用に美しく着飾ったシルクのワンピース姿のまま、しかし髪は乱れ、メイクも崩れかけ、華奢なピンヒールで危なっかしくよろめきながら、必死に周囲を見回している。
その瞳は恐怖と切迫感で潤み、まるで迷子の子供のようだ。夜の街には不釣り合いなドレス姿が痛々しい。
イヤホンからは、佐藤の狼狽した声が聞こえる。
『え、ええっ!? 僕の彼女って…エミリアのこと? た、たぶん、この近くで…』
『ありがとう!』
亜美の切羽詰まった声が響き、会場内がさらにざわつく音。
そして、エミリアの目の前で、亜美は、何かを見つけたように、はっと顔を上げ、一直線に、このカフェのテラス席にいるエミリアの姿を捉えた。
次の瞬間、高いヒールの音をアスファルトにけたたましく響かせながら、車道を横切り、まっすぐに、こちらへ駆けだしてきた。
その形相は、鬼気迫るものがあった。
エミリアは、その、なりふり構わず、必死の形相で駆け寄ってくる亜美の姿を見て、深く、深いため息をついた。
ああ、この感じ。
この、面倒事を一身に背負って、『助けてくれ!』と駆け込んでくる人間の、この表情。
…これは、何度も見たことがある。
そう、あの、松田刑事が、どうしようもない厄介事を、ただ働きで押し付けようとしてくるときと、全く同じ種類の…。
(…やっぱり、私の『警告』だけでは、済まなかった、というわけね…面倒なこと…)
エミリアの碧眼から、面白がるような光は消え、代わりに、深い、深い、諦念と、そして、これから始まるであろう、新たな面倒事への、予感に満ちた、冷たい覚悟の色が、静かに、しかし確実に、浮かんでいた。
***
エミリアの隣の席に、半ば転がり込むように、勝手に相席した亜美は、しかし、目の前のエミリアの、凍てつくような、感情の欠片も読み取れない視線には、全く気づいていないようだった。
あるいは、気づいていても、それに構う余裕すらないほど、切羽詰まっているのか。
彼女は、たどたどしくも、必死の形相で、堰を切ったように話し出した。
その声は震え、涙で潤んだ瞳は、焦点が定まらず、助けを求めて虚空を彷徨っている。
「エ、エミリアさん…! お願い、助けて…! 奈々ちゃんが…私の、友達が…!」
亜美は、テーブルに両手をつき、前のめりになって訴える。
その指先が、白くなるほど強く握りしめられていた。
「…また、闇金の連中が、奈々ちゃんの実家にまで、押しかけたの…! しかも、今度はもっと酷くて…!」
彼女の言葉と共に、夜のカフェの、ストーブに温められたテラス席の空気が、一気に重く、冷たくなるような気がした。
「ご両親が、怖がって警察を呼んだんだけど…そしたら、あの人たち、警官の前で、態度を豹変させて…! 『借金なんて知らない』『自分たちは、奈々さんの恋人の、ただの友人で、彼に貸したお金を持ち逃げされて、本当に困ってるんです!』って、涙ながらに、警官に泣きついたのよ…! 三角関係のもつれだ、なんて、ありもしないことまで言い出して…!」
亜美は、悔しさと恐怖で、奥歯をギリリと噛みしめた。
「しかもね、直接、脅したり、暴力を振るったりは、絶対にしないの。ただ、実家の前で、近所の人にも見えるように、何時間も土下座したり、『お願いします、助けてください』って、ひたすら、低姿勢で懇願したり…。警察が来ても、『分かりました、今日はこれで失礼します』って、すぐに警告に従って退散するから、警察も、『明確な被害や違法行為がない限り、これ以上は介入できない』って…! でも、次の日には、また来るのよ! 毎日、毎日…! もう、奈々も、ご両親も、精神的におかしくなりそうで…!」
そこまで一気に話すと、亜美は、はあ、はあと、荒い息をついた。
その目には、絶望の色が濃く浮かんでいる。
「お願い、エミリアさん…! あなたしか、もう、頼れる人がいないんです…!」
エミリアは、亜美の、その、必死の訴えを、表情一つ変えずに聞いていた。
その碧眼は、静かに亜美を見つめているが、その奥に宿る感情は、深い湖の底のように、全く読み取れない。
(…なるほど。ずいぶん、古典的だけど、たちが悪く、そして、法や警察の介入を巧みに回避する、厄介な手口を使う連中ね…面倒だわ…)
彼女は、内心で、静かに、そして深く、ため息をついた。
今、自分の思考とリソースは、佐藤健と、彼の同窓会、そして、その裏で動くであろう由紀や井上への『お仕置き』に、集中させたいのだ。
これ以上、厄介ごとを抱え込みたくない、というのが、彼女の偽らざる本音だった。
「…弁護士か、消費者問題に詳しいNPOとかには、相談したの?」
エミリアの声は、あくまでも冷静で、事務的だった。
それは、まるで、他人事のアドバイスのように、感情が欠落していた。
相手の絶望に寄り添うような響きは、微塵もない。
亜美は、その、あまりにも冷たい、突き放すような言葉に、はっと息を呑み、そして、今度こそ、本当に絶望したように、顔を伏せてしまった。
細い肩が、力なく震えている。
(やっぱり、ダメなんだ…この人も、助けてくれないんだ…)
その時、タイミングを見計らったかのように、カフェの店員が、静かにテーブルに近づき、注文を伺う姿勢を示した。
エミリアは、メニューも見ずに、店員に、はっきりとした、しかし静かな声で告げた。
「ホットココアを一つ。それから、私のカモミールティーのお代わりをお願いするわ。…ああ、それと、お会計は、この子の分も、一緒に私のでお願いするわね」
そして、俯いたままの亜美に、諭すように言った。
「ほら、顔を上げて。お店に迷惑はかけられないでしょう? …とりあえず、温かいココアでも飲んで、少し、落ち着きなさい」
亜美が、戸惑いながらも、何かにすがるように、ゆっくりと顔を上げるのを確認すると、エミリアは、カップに残った、既に冷めてしまったであろうカモミールティーを、静かに一口すすった。
そして、全く別の、しかし、この状況の核心に触れるかもしれない質問を、静かに、しかし、その瞳の奥に鋭い光を宿して、投げかけた。
「…それで、亜美さん。あなたは、…今、普段は、一体、何をしているの?」
その問いは、単なる世間話ではない。それは、『影の女王』による、状況分析と、目の前の駒(亜美)の価値判断の、始まりだったのかもしれない。
***
亜美は、エミリアの「今、普段は何をしているの?」という、静かだが、有無を言わせぬ響きを持つ問いに、俯いたまま、しばらく答えられなかった。
目の前に置かれた、温かいホットココアのカップから立ち上る、甘い湯気だけが、彼女の震える指先を、わずかに温めている。
カフェのテラス席を囲むガラスの衝立の外では、夜風が唸りを上げ、遠くに二次会会場であろうダイニングバーの、賑やかな光と音が漏れ聞こえてくる。
しかし、この一角だけは、まるで舞台のスポットライトが当たったかのように、奇妙な静寂と緊張感に包まれていた。
やがて、亜美は、意を決したように、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、まだ涙で潤んでいたが、そこには、恐怖だけでなく、深い諦念と、そして、目の前の、底知れない雰囲気を持つ女性に、全てを話すしかない、という、悲壮な覚悟の色が浮かんでいた。
「…私が…今、何をしてるか、ですか…?」
亜美の声は、か細く、掠れていた。彼女は、自嘲するように、ふっと息を吐く。
「エミリアさんみたいな、綺麗で、…たぶん、お金持ちで、特別な人には、想像もつかないかもしれませんけど…」
彼女は、言葉を選びながら、しかし、堰を切ったように、自分の日常を語り始めた。
「その…夜のお店、です。中洲の、…まあ、少しだけ、お客さんの層が良いって言われてる、ラウンジで…。お客さんと、お話ししたり、お酒、作ったり…そういう、接客の仕事…です」
彼女は、自分の職業を口にすることに、明らかに、強い抵抗と羞恥を感じているようだった。
「見かけは…エミリアさんから見たら、派手に見えるかもしれませんけど…全然、そんなことなくて。毎月、ギリギリなんです」
亜美は、テーブルの木目を、意味もなく指でなぞりながら、続ける。
「お客さんに、綺麗だって思ってもらわないと、指名も貰えないから…。服とか、毎月のネイルとか、美容院代とか、…あと、体型維持のためのエステとか、ジムとか…。そういうのにお金かけないと、この仕事、続けていけないんです…。だから、お給料が入っても、そういうので、ほとんど消えちゃう。貯金なんて、全然できてなくて…。来月の、少し見栄を張って借りてるマンションの家賃、払えるかな、って、いつも、月末になると、怖くなる…」
彼女の声は、次第に、感情的になっていく。
「高校までしか出てないし、…親も、色々あって、頼れないし…。由紀みたいに、有名大学出て、ちゃんとした会社で、スーツとか着て、バリバリ働いてる子を見ると…正直、自分が、すごく惨めで…情けなくなります…。だから、せめて、見た目だけでも、…少しでも、マシに見せたくて…」
「由紀は、高校からの、たった一人の、親友なんです」
亜美の声に、強い依存と、そして、逆らえない何かへの諦めのような響きが混じる。
「私のこと、昔から、色々、心配してくれて…。『亜美は危なっかしいから、私がついてないとダメなんだから』って、いつも言ってくれて…。だから、由紀に、『お願い』って言われると、…私、断れなくて…。今回の、奈々のことも…」
彼女は、そこまで言うと、はっとして口をつぐんだ。
エミリアは、ただ黙って、亜美の言葉を聞いていた。
カモミールティーは、もうすっかり冷めているだろう。
彼女の碧眼は、感情を全く映さず、ただ、目の前の、弱さを必死で隠そうとしながらも、結局は全てを吐露してしまった、若い女性の、言葉、表情、仕草の全てを、まるで高性能なスキャナーのように、冷静に、そして正確に、分析しているかのようだった。
亜美は、自分の身の上話を、洗いざらい話してしまったことに気づき、再び顔を赤らめ、俯いてしまった。そして、か細い声で、懇願するように言った。
「…だから、奈々のことも、…助けてあげたいって、思うんですけど…でも、私には、どうすることもできなくて…。お願いです、エミリアさん…あなたなら、何とかできるんじゃ…」
エミリアは、しばらくの間、沈黙していた。そして、ゆっくりと、冷めたティーカップをテーブルに置くと、静かに、しかし、有無を言わせぬ響きで、亜美に問いかけた。
「…それで、あなたはその『助けたい』という気持ちのために、私の、…そして、私の大切な『相棒』の人生を、危険に晒すことに、加担した、と。…そういう理解で、よろしいかしら?」
その声は、静かだったが、絶対零度の氷のように、冷たかった。
亜美は、その言葉の意味を理解し、全身から、急速に血の気が引いていくのを感じた。
エミリアは、目の前で、なおも小さく肩を震わせ、助けを求めるように自分を見上げる中村亜美を、感情の読み取れない、冷たい碧眼で見下ろした。
(まあ、脅威度は最低レベルね。彼女自身が、直接、健ちゃんに危害を加えるとは考えにくい。恐怖は、十分に伝わったはず…)
エミリアは、内心で素早く状況を評価した。
(素人相手に、これ以上、私が本気になったとあっては、それこそ裏社会の笑いものだわ。それに、今は、由紀と井上…あの二人への『お仕置き』と、健ちゃんのケアが最優先)
彼女の中で、方針は一瞬で固まった。
亜美の友人(奈々)が抱える根本的な問題…闇金からの借金を、最も効率よく、かつ、後腐れなく『処理』する。
それが、結果的に亜美をこの厄介な状況から解放し、自分も佐藤のことに集中できる最善手だ、と。
エミリアは、目の前で恐怖に震える亜美を一瞥し、内心で冷ややかに状況を判断した。
(…この子は、もう使い物にならない。だが、彼女が持ち込んできた『問題』の根源…奈々とかいう友人と、その屑な恋人、そして、それに群がる闇金。これを放置すれば、いずれ健ちゃんにまで火の粉が飛ぶかもしれない…)
彼女の中で、方針は一瞬で固まった。
厄介事の元凶は、根元から、迅速かつ、完全に処理する。
エミリアは、再びスマートフォンを取り出した。
今度は、先ほどの情報屋への連絡や、サスキアとの通信に使うアプリではない。
もっと深く、暗く、そして、できれば二度と使いたくないと思っていた、特殊な暗号化が施された通信アプリを起動する。連絡先リストの中から、彼女は、迷うことなく一つの名前を選び出した――『氷姫(La Reine des Glaces)』。彼女が、氷川鏡花を登録しているコードネームだ。
音声通話のアイコンを、ためらいなくタップする。
数回の、無機質な電子音の後、スピーカーモードにはしていない、耳に当てたスマートフォンのレシーバーから、あの、感情の温度を感じさせない、完璧にコントロールされた秘書、影山螢の声が聞こえてきた。
「…はい、こちら、氷川のオフィスでございます。ご用件を承ります」
「私よ」
エミリアは短く告げる。
「鏡花さんに、急ぎで、少し『ビジネス』の相談があるのだけれど。取り次いで」
電話の向こうで、螢は、計算された間を置いた後、やはり抑揚のない声で答えた。
「申し訳ございません、シュナイダー様。あいにく、氷川様は、現在、大変『興味深い数字の動き』を、特等席でご覧になっている最中でございます。わたくしがご用件を…」
「螢さん」
エミリアは、その言葉を、冷たく遮った。
「これは、あなたの『ご主人様』が、必ず興味を持つであろう『数字』の話よ。…今すぐ、代わりなさい」
エミリアの声には、普段の彼女からは想像もつかない、絶対的な命令の響きがあった。
電話の向こうで、かすかな衣擦れの音。
そして、数秒の沈黙の後、あの、絹のように滑らかだが、ガラスのように冷たい、氷川鏡花本人の声が響いた。
「あらあら、エミリアさん。ずいぶん、ご機嫌斜めじゃないの。そんなに怖い声を出さなくても、螢はちゃんと仕事をするわよ。…それで、私に、どんな『面白い数字』の話かしら?」
その声は、明らかに、状況を楽しんでいる。
エミリアは、内心の嫌悪感を押し殺し、単刀直入に切り出した。
「あなたの『お客様』…融資先の闇金リストの中に、高田亮介、倉橋奈々という若い男女に関わる案件があるはずよ。確認して」
電話の向こうで、鏡花が、おそらくは隣にいる螢に、何かを指示する気配がした。
数秒後。
「…ええ、あるわね。確か、関西から流れてきた、質の悪いギャンブル好きの男と、…それに寄生されてる、哀れな妊娠中の女の案件だったかしら? 回収が難航している、つまらない『数字』よ。それが、どうかしたの? まさか、あなたが、今更、あんな屑たちのために、私に口利きを頼むわけでもないでしょう?」
鏡花の声には、侮蔑と、好奇が入り混じっている。
「その『つまらない数字』を、少し、動かしたいのよ」
エミリアは、冷たく言い放った。
「まず、倉橋奈々。彼女に関する全ての債務…あなたが直接、あるいは間接的に関わるもの、そして、彼女が亮介のために負った保証も含めて、全て、即刻、チャラにして」
「まあ」
鏡花の声が、驚きで、わずかに高くなる。
「ずいぶん、気前のいいことをおっしゃるのね。私に、みすみす利益を放棄しろ、と? それは、どんな『面白い数字』なのかしら?」
「奈々の負債額なんて、あなたにとっては、誤差みたいなものでしょう?」
エミリアは、相手のプライドをくすぐりつつ、本題に入る。
「高田亮介、彼自身は、まだ十分に『搾り取れる』はずよ。…彼を、あなたの『特別な管理下』に置いて、例えば、そうね…、一生かけても返済できないような、遠い異国の『プロジェクト』にでも、参加させてあげたらどうかしら? もちろん、その『労働力』から上がる利益は、全てあなたのものよ」
「…それから」エミリアは、さらに畳みかける。
「倉橋奈々が抱えている、『まともな』方の借金。それに関しては、彼女が人生をやり直せるように、あなたが懇意にしている『専門家』…(おそらくは非合法な手段にも通じているであろう)腕利きの弁護士か、NPOを紹介してあげて。自己破産でも、債務整理でも、一番いい方法で、綺麗に片が付くように、ね」
エミリアは、息もつかずに、要求を叩きつけた。
奈々の完全な解放と、亮介の事実上の社会的抹殺。
それが、彼女の要求だった。
電話の向こうで、鏡花は、心の底から楽しそうな、しかし、獲物を見定めた蛇のような、冷たく滑らかな笑い声を響かせた。
「…ふふ、ふふふ…あっははは! なるほどねぇ! そういうこと! エミリアさん、あなた、本当に、面白いことを考えるわ! つまらない屑二人だと思っていたけれど、あなたのおかげで、最高の『エンターテイメント』…人間観察ショーになりそうだわ!」
彼女は、ひとしきり、子供のように無邪気に(しかし、その響きは底知れなく不気味に)笑うと、すっと、氷のような静けさを取り戻した。
「いいわ。取引成立よ。高田亮介の『終身雇用先』は、こちらで、彼に最も相応しい、最高の『舞台』を用意してあげる。倉橋奈々の件も、あなたの言う通りに、綺麗に『処理』しましょう。弁護士でもNPOでも、腕利きのところを紹介させるわ」
エミリアは、当然、その見返りとして、鏡花が何を要求してくるか、神経を研ぎ澄ませて身構えた。
貴重な情報か、莫大な金銭か、あるいは、将来の、より危険で、汚れ仕事となる任務への、拒否できない協力要請か…。
鏡花との取引は、常に、魂の一部を担保に入れるようなものだ。
しかし、スピーカーから聞こえてきた鏡花の言葉は、エミリアの、全ての予測を、鮮やかに裏切るものだった。
「…そして、今回の、私からの『特別大サービス』の代価だけれど…」
鏡花の声は、再び、心底楽しそうな、クスクスという笑いを含んでいた。
「…ふふ、要らないわ。無料でいいわよ、今回は」
「…なんですって?」
思わず、エミリアの声が裏返った。
氷川鏡花が、見返りを求めない? 貸しを作らない? ありえない。
彼女が知る、あの、数字と支配と、他人の破滅を何より愛する、冷徹で、強欲な金融の魔女が?
「だって、こんな面白い『暇つぶし』、そうそうないもの」
鏡花は、続ける。
その声は、無邪気な子供が悪戯を思いついた時のように、弾んでいた。
「あなたが、この厄介事をどう『処理』して、その結果、あなたの隣にいる、あの、純粋培養されたみたいな、『興味深い』男の子(佐藤のことだ)が、どうなっていくのか…。それを、こうして、特等席で、じっくりと、観察させてもらう。それが、今回の、私への最高の『報酬』よ。だから、代価は結構。むしろ、面白いショーを見せてくれるあなたに、私がお金を払いたいくらいだわ」
電話は、一方的に、プツリ、と、まるで舞台の幕が下りるかのように、唐突に切れた。
エミリアは、スマートフォンの、真っ暗になった画面を、呆然と見つめていた。
ツーツーという、無機質な音が、耳元で虚しく響いている。
(…代価を、求めない…? あの鏡花が…? ただ、面白いから…?)
彼女の、卓越した分析能力と、長年の経験則が、目の前の現実を、理解することを拒否しているようだった。
(…きっと、今頃、電話の隣にいた、あの影のような秘書…影山螢も、驚いて、あの能面のような顔の、眉を、ほんの少しだけ、動かしているに違いないわ…)
エミリアは、想像した。
主人の、あまりにも予測不能で、気まぐれな(あるいは、何か別の、底知れない意図を秘めた)決定に、内心、動揺しているであろう、あの完璧な秘書の姿を。
目的は達成したはずだった。
厄介な借金問題は、おそらく、これで解決に向かうだろう。
しかし、エミリアの胸には、安堵感よりも、むしろ、言いようのない、底知れない、新たな不気味さが、じわりと広がっていた。
代価を求めない、氷川鏡花の『好意』。
それは、どんな借金よりも、恐ろしく、そして、重い『何か』を、自分に負わせたような、後味の悪さを残した。
エミリアは、しばらくの間、スマートフォンの黒い画面を、無表情で見つめていた。
窓の外の、ケバケバしい夜の街の灯りが、彼女の冷たい碧眼に、複雑な、読み取りにくい光の模様を映し出していた。
あの鏡花が、見返りなしで動く? ただ、『面白い』から? 一体、何を考えている…?
――いや。
エミリアの中で、別の思考が、急速に、そして力強く、湧き上がってきた。
(何を、私が、あの女の考えに、惑わされているの…?)
彼女の背筋が、ピン、と伸びた。
瞳に宿っていた、わずかな戸惑いの色は消え去り、再び、絶対的な自信と、冷徹な決意の光が、強く宿る。
(確かに、氷川鏡花は厄介な相手よ。金も、情報網も、そして、あの気味の悪い執着心も持っている。でも…)
エミリアは、自らの内なる力を再確認するように、ゆっくりと、しかし、しなやかに、指を握りしめた。
(彼女は、しょせん、金と数字と、他人の不幸でしか遊べない女。本当の『戦場』を知らない。私が、あの地獄のような場所で、生き残るために身に着けてきた、純粋な戦闘技術、戦略眼、そして、何よりも、…絶対に屈しないという意志。それらの前では、彼女の金や情報網など、所詮は、ガラス細工のようなもの)
彼女の思考は、既に、氷川鏡花という、新たな、そして予測不能な変数に対する、具体的な対抗策の構築へと、猛烈な速度で移行していた。
鏡花の資金源、情報ルート、弱点、そして、あの忠実な影のような秘書、影山螢の存在…。
対する自分の、戦闘能力、情報網、ヴァネッサとの(利用し合う)関係、サスキアのサポート、そして…健ちゃん。守るべきものがある自分は、失うもの(あるいは、失うことを恐れるもの)が多い鏡花よりも、決定的な場面では、必ず、上回ることができるはずだ。
(もし、あの女が、健ちゃんに、…私たちの『静かな生活』に、本気でちょっかいをかけてくるようなことがあれば…その時は、容赦なく、全力で、排除するだけよ)
彼女の心は、完全に、定まった。
エミリアが、静かに、しかし、その内側で激しい闘志を燃やし、思考を巡らせていると、隣で、恐る恐る、という言葉がぴったりの、か細い声が響いた。
「あ、あの…エミリアさん…?」
中村亜美が、不安げな表情で、エミリアの顔色を窺っていた。
「さっきの…その、奈々の、借金の件は…どう、なるんでしょうか…?」
彼女は、エミリアの、再び纏い始めた、氷のように冷たく、近寄りがたいオーラに怯えながらも、友人のことが心配で、尋ねずにはいられなかったのだ。
エミリアは、その声に、一瞬、意識を、内なる戦略構築から、目の前の現実に引き戻された。
ああ、そうだった。
この子の、友人問題の『処理』を、鏡花に依頼したのだった。
もう、自分の中では、終わった話だ。
彼女は、カップに残っていた、完全に冷え切ったカモミールティー(もはや、ただの色のついた水だ)を一気に飲み干すと、亜美に向き直り、簡潔に、しかし、その言葉には絶対的な確信を込めて、告げた。
もう、そこには、先ほどの複雑な表情はない。
ただ、冷徹な『影の女王』がいるだけだった。
「ああ、まだ伝えていなかったわね」
その声には、もう何の感情も乗っていない。
「心配ないわ。明日になれば、あなたの『お友達』は、あの屑(亮介)との縁は完全に切れて、…そうね、社会復帰とやらに向けて、第一歩を踏み出せるはずよ。…鏡花が、そう『処理』すると、約束してくれたから。あいつは、敵に回すと厄介だけど、一度結んだ『取引』は、絶対に守る女よ」




