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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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影の女王の逆鱗 其七

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


ホテルの宴会場。きらびやかな照明、陽気な(しかし、どこか空虚に響く)BGM、人々の楽しげな(ように見える)話し声と笑い声、そして、様々な料理とアルコールが混じり合った、甘く、むせ返るような匂い。

佐藤健は、その渦の中心から少し離れた壁際で、二人の旧友に捕まっていた。


「――いやー、佐藤君! 本当に立派になって! 今は『投資アナリスト』? すごいじゃないか! ね、田中君!」


不動産営業の山口健太が、計算され尽くした笑顔で、馴れ馴れしく佐藤の肩に手を置く。

その目は、しかし、佐藤の身に着けている、明らかに高価な腕時計と、仕立ての良いジャケットの生地を、値踏みするようにいやらしく光っていた。


「おう! アナリス…? よく分かんねえが、スゲーんだろ! さすが佐藤だ!」


水道工事職人の田中誠は、悪気なく、大きな声でそう言うと、再び自分のスマートフォンの画面を佐藤に突きつける。


「それより見ろよ、佐藤! この前の海外での射撃! このリコイル制御! 天才的だろ!?」


佐藤は、田中の(エミリアが見たら失笑するであろう)ぎこちない射撃フォームの動画を、引きつった笑顔で見せられながら、山口の探るような視線と、田中の無邪気な(しかしデリカシーのない)言葉の圧力に、ただただ、早くこの場から逃げ出したいと願っていた。


                   ***


会場の中央、ひときわ華やかな一角では、井上剛が、グラス片手に、数人の男女(主に、彼に媚びるような笑いを浮かべる若い女性たち)に取り囲まれ、大きな声で自慢話を繰り広げていた。


「…で、俺がさ、『このクラスの車なら、即決でしょ?』って言ったら、社長、二つ返事で『井上君に任せるよ』って! まあ、今月のトップセールスも、これで確定だな!」


彼は、手首でこれ見よがしに光る、ローンの残高がまだかなり残っている高級腕時計を揺らしながら、得意げに笑う。

ふと、彼の視線が、会場の隅にいる、見慣れないほど小綺麗にした佐藤の姿を捉えた。


(…チッ、なんだ、あいつ。佐藤じゃねえか。なんでいやがる…? まあ、どうせ、安物のスーツでも無理して着て、見栄張ってるだけだろうが。銀行クビになった、もやしオタクが…)


井上の口元に、嗜虐的な笑みが浮かぶ。獲物を見つけた、という顔だった。


                   ***


一方、会場の、少し照明が落とされた隅のテーブルでは、中村亜美が、不安げな表情で、スマートフォンのメッセージ画面を何度も確認していた。隣に座る藤本由紀に、声を潜めて話しかける。


「…ねえ、由紀。やっぱり、奈々(なな)のこと、心配で…。さっきも連絡あったんだけど、彼氏の借金の取り立て、また家に来たって…。どうしよう…」


亜美の声は、切羽詰まっている。


しかし、由紀の意識は、亜美の言葉には向いていなかった。

彼女は、完璧な笑顔を保ちながらも、その目は、手元のタブレットに表示された、難航するトンネル工事の工程表と、増え続ける対策費用、そして、無視し続けている本社からの催促メールに釘付けになっていた。


(…まずい、このままじゃ、納期に間に合わない…あの湧水さえ止まれば…! いや、それよりも、あの不正な下請け業者との契約…あれがバレたら…私のキャリアが…!)


同窓会どころではない。しかし、ここで欠席すれば、何を言われるか分からない。

彼女のプライドが、それを許さなかった。

彼女は、亜美の心配そうな声には、上の空で相槌を打つだけだった。


「…ふーん、大変ねぇ…」


その冷たい響きに、亜美は気づかない。


(…そうだわ)


由紀の思考が、別の方向へと切り替わる。


(あの、佐藤とかいう男…昔はいじめられっ子のオタクだったけど、妙に羽振りが良さそうだったじゃない? アナリスト? うまくすれば、奈々の件で、利用できるかも…)


彼女の目に、冷たく、計算高い光が宿った。


                   ***


佐藤は、田中と山口の会話から、どうにか意識を逸らそうと、会場全体を、改めて見渡した。

その時、不意に、二つの視線を感じた気がした。

一つは、会場の中央から向けられる、明らかな侮蔑と、嗜虐的な好奇の色を帯びた、井上の視線。

もう一つは、会場の隅から向けられる、冷たく、何かを値踏みするかのような、由紀の視線。


ぞくり、と背筋に悪寒が走る。気のせいではない。

彼は、確実に、何者かの、決して友好的ではない意図の、中心にいる。


彼は、ポケットの中のスマートフォンを、無意識に握りしめていた。

エミリアに、連絡すべきか? いや、まだ何も起こっていない。

彼女に心配をかけたくない。それに、彼女は言っていた。


「何かあったら、絶対に無理はしないで」と。


(大丈夫だ…ただの気のせいだ…)


彼は、自分に言い聞かせるように、首を振った。

しかし、彼の額には、再び、じっとりと冷や汗が滲み始めていた。

会場の喧騒と、華やかな照明、美味しそうな料理の匂いが、急に、色褪せて、遠いもののように感じられる。


何かが、始まろうとしていた。彼には、その予感だけが、確かなものとして感じられた。


                   ***


会場の中央で、井上 剛は、更にペースを上げてアルコールを呷り、もはや呂律も怪しくなりながら、自慢話を続けていた。

その目は、アルコールと、根拠のない万能感で、いやらしくギラついている。

しかし、彼の視界の端には、壁際で、地味な男二人(田中と山口)と、どこか居心地悪そうに話している、あの、妙に仕立ての良い服を着た佐藤の姿が、先ほどから、どうにも目障りにちらついていた。

しかも、自分の「武勇伝」に、うっとりと耳を傾けているはずの、取り巻きの女性たちの何人かが、明らかに、ちらちらと、佐藤の方へ好奇の視線を送っている。

それが、井上の、アルコールで沸点の下がった自尊心と、佐藤への嫉妬心に、決定的な火をつけた。


「おい、お前ら、ちょっと待ってろ」


彼は、取り巻きにそう言い捨てると、明らかに千鳥足で、しかし、獲物に向かう肉食獣のような、不快な威圧感を漂わせながら、佐藤たちのいる会場の隅へと、一直線に向かった。

その顔には、全てを見下すような、嗜虐的な笑みが浮かんでいた。


「よぉ、佐藤じゃねえか。まだいたのか、隅っこでコソコソと。随分と、まあ、『立派』な格好しやがって。似合わねえなあ、おい」


井上の声は、わざとらしく大きく、粘りつくような嘲りが含まれていた。

周囲の会話が一瞬、途切れる。

彼は、佐藤の手首で、控えめながらも、室内の照明を反射して上品な輝きを放つ腕時計に、値踏みするような目を留めた。


「へえ、その時計、見栄えだけはいいじゃん。どこで拾ったんだ? ん? …ああ、分かった。どうせ、その、安っぽいスーツと同じで、どっかの『バッタもん』だろうけどな!」


下品な笑い声が響く。


田中が、「おい、井上! やめろよ、もういい歳して、みっともねえぞ!」と慌てて止めようとする。

山口も、「ま、まあまあ井上君、ここは同窓会の席だし、な?」と、明らかに腰が引けた声で、震えながら取りなそうとする。


しかし、井上は、アルコールで完全に理性のタガが外れていた。「うるせえな!」と二人を一喝すると、佐藤に向き直り、その左腕を、乱暴に掴んだ。


「どれ、見せてみろってんだよ、その『バッタもん』を!」


井上は、腕時計を力ずくで引き剥がそうと、そのガラスとケースを、脂っぽい親指で、ぐりぐりと、いやらしく撫で回した。


その瞬間、佐藤の中で、何かが、音を立てて砕け散った。

井上の嘲るような目、掴まれた腕の痛み、周囲から突き刺さる、好奇と侮蔑と、わずかな同情が入り混じった視線。

そして、小学校の教室の隅で、同じように、井上とその取り巻きに囲まれ、嘲笑され、なすすべもなく震えていた、あの日の、じめじめとした、逃げ場のない記憶――。

全てが、悪夢のように、鮮やかに蘇り、彼の思考を、制御不能なパニックの濁流で押し流した。


                   ***


彼は、意味不明な、獣のような叫び声を上げると、生理的な嘔吐感に襲われながら、井上の手を、ありったけの力で振り払い、もつれる足で、背後で驚愕する田中や山口の声も、会場の喧騒も、何もかもを振り切るように、ただ、がむしゃらに、宴会場の出口へと、転がるように走り出した。


                   ***


廊下に飛び出し、数歩走って、壁に手をつき、荒い呼吸を繰り返しながら、蹲ろうとした、その時だった。まるで、ずっとそこにいたかのように、彼の目の前に、すっと、一つの影が現れた。


「――健ちゃん」


凛、と、しかし、夜の湖面のように、どこまでも冷静な声が、彼の耳朶を打った。

パニックで霞んでいた視界が、ゆっくりと焦点を結ぶ。

そこに立っていたのは、エミリアだった。

彼女は、同窓会会場のホテル内を「市場調査、特に夜間のセキュリティ体制の視察」という、完璧な建前で、おそらくは、佐藤の身に着けさせた監視装置から送られてくる、彼の急上昇した心拍数や、異常な移動パターンを察知して、瞬時に駆けつけたのだろう。

彼女がそこにいるだけで、廊下のざわめきが、嘘のように遠のき、奇妙な静寂が訪れたように感じられた。


「大丈夫よ。もう、大丈夫。私が来たから」


エミリアは、過呼吸を起こしかけている佐藤の背中を、優しく、しかし、安心させるような確かなリズムで、ゆっくりと撫でた。

そして、彼の腕を支え、近くにあったロビーの、誰もいない、柔らかなベルベットのソファへと、ゆっくりと導いた。

彼女の、落ち着いた声と、触れる手の温かさ、そして、そばにいるだけで感じられる、絶対的な安心感が、佐藤の荒れ狂う感情の嵐を、少しずつ、少しずつ、凪がせていく。


佐藤が、ようやく肩で息をするようになり、焦点の定まらなかった瞳に、少しだけ理性の光が戻ったのを見て、エミリアは、ハンドバッグから、清潔なシルクのハンカチを取り出し、彼の額に滲んだ、冷たい汗を、優しく拭った。


「…ひどい顔よ、健ちゃん。鏡を見てごらんなさい。少し、気分も落ち着かないでしょう。向こうにレストルームがあるから、少し顔を洗って、気持ちを切り替えてきたら、すっきりするわ」


彼女の言葉は、有無を言わせぬ、しかし、抗いがたい優しさを持っていた。

佐藤は、子供のように、素直に頷き、まだ少し覚束ない足取りで、示された方向へと向かった。


彼が角を曲がって、完全に姿が見えなくなった、その瞬間。

エミリアの表情から、先ほどの優しさが、すっと消え失せた。

彼女は、佐藤が腕から外していた(あるいは、彼女が、彼に気づかれずに外させた)あの高級腕時計を、素早く手に取った。

そして、白いシルクの手袋(いつの間にか装着していた)をした指先で、「あらあら、指紋で、すっかり汚れちゃってるじゃない。これじゃ、せっかくの時計が可哀想だわ。私が、綺麗にしておかないとね」と、誰に言うともなく、しかし、その声は氷点下の温度で呟きながら、腕時計の表面に残された、生々しい、井上の親指の指紋を、自身のスマートフォンで、あらゆる角度から、完璧な解像度で撮影した。

その手つきは、ほんの数秒で終わり、貴重な「証拠」は、寸分の狂いもなく、デジタルの奔流の中へと、完全に確保された。


数分後、少しだけ顔色が戻り、髪を整えた佐藤が、レストルームから戻ってきた。

エミリアは、彼を再びソファに座らせ、どこからか用意したらしい、温かいカモミールティーの入ったカップを、そっと手渡した。


「…それで、健ちゃん。誰に、何をされたの?」


彼女の声は、あくまでも静かだったが、その奥には、もはや抑えきれない、地獄の業火のような、静かな怒りが、確実に燃え盛っていた。


佐藤は、もう隠す気力もなく、先ほどの井上の、屈辱的な言動を、途切れ途切れに話した。


エミリアは、黙ってそれを聞いていた。そして、佐藤が話し終えると、彼女は、ただ一言、「そう」とだけ呟いた。

しかし、その一言には、万感の、そして、これから起こるであろう事態を決定づける、恐ろしいほどの響きが込められていた。

彼女は、再びスマートフォンを取り出すと、今度は、情報屋へと、短い、しかし、その内容は極めて冷徹な、暗号化されたメッセージを送信した。


『調査依頼:井上イノウエ ツヨシ、26歳。経歴、素行、弱点、金の流れ、関与する全ての不正。可能な限り迅速に、詳細な報告を求む。予算上限なし』


エミリアは、送信完了の表示を確認すると、スマートフォンの画面を消した。

彼女の碧眼には、先ほどの怒りの炎とは違う、もっと冷たく、もっと深く、もっと静かな、しかし、底なしの復讐の決意の光が、再び、強く宿り始めていた。


                   ***


その時、宴会場の喧騒から逃れてきたのだろう、慌ただしい足音が近づいてきた。

現れたのは、息を切らせ、心配そうな顔をした田中誠だった。


「お、おい、佐藤! 大丈夫か!? 井上の奴、ひでえこと言いやがって…! 大丈夫

か、本当に?」


田中は、屈託なく、しかし心から佐藤を心配している様子だった。


そして、彼は、佐藤の隣に座り、その肩を優しく支えている、息をのむほど美しい女性――エミリアの姿に気づき、目を丸くした。

まるで、月の光を浴びた、真珠のような、白金色の髪、透き通るような白い肌、そして、心配そうに佐藤を見つめる、深いブルーの瞳。

佐藤が着ている、明らかに高級そうな服装。

その全てが、彼が知っている『地味なオタク』佐藤健とは、あまりにもかけ離れていた。


「え…あ…佐藤、お前、彼女…?」


田中は、状況が飲み込めず、戸惑いながら尋ねた。


佐藤は、口を開きかけたが、隣のエミリアが、それを制するように、佐藤の手を、そっと握った。

そして、田中に向かって、穏やかに、しかし、どこかミステリアスな微笑みを浮かべた。


「大丈夫ですわ、少し人混みに疲れてしまっただけみたい。お騒がせして申し訳ありません。でも、久しぶりの再会ですものね、少し休憩したら、また改めてご挨拶に伺います」


完璧な敬語。

その響きは、まるで上流階級の令嬢のようだった。


「あ、ああ! もちろん、もちろんだ! 無理すんなよ、佐藤!」


田中は、エミリアの圧倒的なオーラと、その言葉に、完全に気圧され、慌てて頷いた。


「わ、悪い、邪魔しちまったな! あとは、俺が、幹事として、うまく誤魔化しておくから! な! 彼女、大事にしろよ!」


彼は、そう言い残すと、どこか興奮したような、そして場違いなことをしてしまったと反省したような、複雑な表情で、再び宴会場へと戻っていった。


                   ***


一方、宴会場では、佐藤が飛び出していった後、一瞬、気まずい沈黙が流れていたが、すぐに、アルコールと喧騒が、それをかき消していた。

山口健太は、内心で舌打ちしながらも、別の「見込み客」を探そうと、愛想笑いを浮かべて、別のグループへと移動しようとしていた。

井上は、といえば、取り巻きに「見たか、アイツのビビりよう!」などと、なおも悪態をついている。


そこへ、田中が、少し興奮した様子で戻ってきた。


「おい、山口! 佐藤なら大丈夫だぞ!」


彼は、山口の肩を掴み、大きな声で言った。


「いやー、びっくりした! 佐藤の奴、めちゃくちゃ綺麗な彼女が迎えに来て、介抱してたぞ! まるで、映画女優みたいな、すんげー美人だった! あれなら、心配いらねえわ!」


田中の、悪気のない大声は、周囲の耳目を集めた。


「佐藤に彼女?」

「しかも美人?」

「マジで?」


…さざ波のように、噂と好奇の囁きが広がり始める。先ほどの、井上による騒動で、少し沈んでいた会場の空気が、再び、下世話な興奮でざわつき始めた。


                   ***


その囁きを、会場の隅で、冷ややかに聞いていた人物がいた。

藤本由紀だ。

彼女は、手にしていたグラスの中の、ほとんど減っていないオレンジジュースを、意味もなく揺らしていた。

隣では、亜美が、まだスマートフォンの画面を気にしている。


(佐藤に…彼女? …ありえない…)


由紀の思考が、急速に回転を始める。

あの地味で、根暗で、社会不適合者同然だった佐藤が?

しかも、田中が大騒ぎするほどの美人の?


(…まさか、あの服装も、時計も、全部、その女に貢がせたもの…? それで、自分は成功者だって、見栄を張ってるだけ…?)


彼女の中で、佐藤への侮蔑と、嫉妬と、そして、ある種の「確信」が形作られていく。


「…亜美、ちょっと来て」


由紀は、有無を言わせぬ口調で、亜美の腕を掴んだ。


「え、な、なに…?」


亜美を半ば引きずるようにして、由紀は、宴会場の喧騒から少し離れた、ロビーへと続く、静かな廊下へと向かった。

そして、ちょうど、ロビーのソファで、まだ顔色の優れない佐藤に、あの、田中が言っていた「映画女優みたいな美人」が、甲斐甲斐しくハンカチで額を拭ってやっている光景を目にする。


由紀は、息を呑んだ。


(…綺麗…)


それは、彼女が持つ、どんなプライドや計算も、一瞬で吹き飛ばすほどの、圧倒的な美しさだった。

まるで、上質なシルクのような、滑らかで、光沢のある、淡い金色の髪、完璧な顔立ち、そして、何よりも、その佇まいから放たれる、尋常ではないオーラ。

着ている服は、シンプルだが、明らかに最高級品。

佐藤が着ている服も、おそらくこの女が選んだものだろう。

そして、由紀は、瞬時に理解した。


(…負けた…)


自分が、どんなに着飾り、どんなキャリアを積み上げても、この女には、絶対に敵わない。

女として、完敗だ、と。


その、強烈な敗北感が、彼女の中で、冷たい、黒い炎へと変わった。


(…許せない…! あの佐藤みたいな男が、こんな女を…! そして、この女も…!)


彼女は、亜美の手を強く握りしめた。


「…亜美。決めたわ」


その声は、低く、静かだったが、恐ろしいほどの決意が込められていた。


「例の、奈々の件…やっぱり、あの佐藤って男に、なんとかしてもらいましょう。…ううん、それだけじゃない。あの、いけ好かない女にも、…佐藤と一緒に、地獄を見せてやるのよ」


由紀の瞳には、もはや、嫉妬や侮蔑ではなく、純粋な悪意と、破壊衝動の色が、深く、暗く、宿っていた。


藤本由紀の口元には、三日月のような、冷たい笑みが浮かんでいた。

彼女は、ポケットからスマートフォンを取り出し、慣れた手つきで、井上剛の番号を呼び出す。

ワンコールで、相手が出た。


「…井上君? 私、藤本。…ちょっと、面白い『ゲーム』を思いついたんだけど…手伝ってくれない? そう、今すぐ。場所は…ええ、ホテルの喫煙室で。亜美も一緒よ」


一方的に、しかし、相手に有無を言わせぬ響きで、彼女は用件だけを告げ、通話を切った。


「行くわよ、亜美」


由紀は、まだ状況が飲み込めずにいる亜美の腕を、再び強く掴むと、ロビーのソファにいる佐藤とエミリアには一瞥もくれず、ホテルの廊下の奥、案内表示が示す「Smoking Room」へと、ヒールの音も高く、しかし迷いなく向かった。


                   ***


ホテルの喫煙室は、宴会場の喧騒から隔離された、別世界のようだった。

強力な換気扇が低い唸りを上げているが、それでも、壁や、安っぽい合皮のソファには、長年染みついたタバコのヤニと、芳香剤の甘ったるい匂いが混じり合った、不快な空気が淀んでいる。

照明の白々とした光が、その全てを無機質に照らし出していた。


由紀と亜美が先に入り、壁際のソファに腰を下ろすと、間もなく、井上が、顔を赤くし、酒臭い息をさせながら、にやにや笑いを浮かべて入ってきた。


「よお、由紀。で、何の『面白いゲーム』だよ?」


由紀は、その下品な笑みにも表情を変えず、冷たく、しかし明瞭な声で、計画の核心を語り始めた。


「井上君、あなた、さっき、あの佐藤の時計、偽物だって言ってたわね?」

「ああ? まあな。あんな奴が良い時計してるわけねえだろ」

「そう思うでしょう? でも、もし、あれが本物で、今の彼が、私たちが知らないような、相当な『成功』を収めているとしたら?」


由紀の声には、悪魔が囁くような響きがあった。


「面白くないわよね? 昔、あれだけ私たちが(…主にあなたが、だけど)馬鹿にして、いじめていた相手が、自分たちより、いい暮らしをしているかもしれないなんて」


井上の顔色が変わった。

アルコールで緩んでいた表情が、嫉妬と屈辱で、醜く歪む。


「…けっ! ありえねえよ! あんなオタクが!」

「そうね、普通はありえない」


由紀は、冷静に続ける。


「でも、もし、そうだとしたら…あるいは、そうでなくても、彼が『成功者』のふりをしているなら、それを暴いて、彼に、そして、あの彼の隣にいた、いけ好かないエミリアのことだにも、…恥をかかせてやる、いい方法があるのよ」


由紀の瞳が、爬虫類のように、冷たく光る。

彼女は、自分がこの場の誰よりも賢く、社会の裏と盲点を熟知していると確信していた。

サブカルチャーオタクの佐藤とその、おそらくは世間知らずの美人な恋人など、赤子の手をひねるより簡単に、嵌めて、破滅させることができる、と。


「由紀。聞かせろよ。あの佐藤をどうするって? 面白い『ゲーム』なんだろ?」


井上 剛が、アルコールの匂いを漂わせながら、下卑た笑みを浮かべて由紀に詰め寄る。

彼の目は、嫉妬と、他人を貶めることへの期待で、いやらしく光っていた。


由紀は、細いタバコ(実際には火はつけていないかもしれない、ポーズとしての小道具だ)を指に挟み、その煙の代わりに、冷たい言葉を吐き出した。


「落ち着きなさいよ、井上君。焦りは禁物よ、こういうのはね。…ターゲットは、佐藤健。そして、目的は、私たちの『共通の友人』…亜美の、大事な大事な、ね?」


由紀は、隣で俯き、小さく震えている中村 亜美の肩に、わざとらしく、しかし有無を言わせぬ強さで手を置いた。


「亜美の大事な友達、倉橋 奈々ちゃんの『救済』。…そして、私たちの、ささやかな『実り』の確保よ」

「奈々ちゃんを…?」


井上は、少し眉をひそめた。彼も、奈々のことは知っていたかもしれない。

亜美の数少ない、普通の友達だ。

亜美が、か細い声で口を開いた。


「…奈々ね、今、本当に、大変なの…」

「説明してあげて、亜美。奈々ちゃんが、今、どれだけ酷い状況にいるか」


由紀は、冷たく、しかし有無を言わせぬ口調で促す。

亜美は、俯いたまま、震える声で、途切れ途切れに語り始めた。

それは、聞いているだけで胸が痛くなるような、悲惨な現状だった。


「…奈々、妊娠してるんだけど…相手の男(高田 亮介)が、もう、本当にどうしようもない人で…。フリーターなのは仕方ないとしても、…ギャンブルが、やめられないの。…最近じゃ、スマホでできる、怪しげな海外のまで手を出してて…」


亜美の声は、涙で潤んでいる。


「バイトで稼いだお金も、奈々が切り詰めて渡した生活費も、…全部、その日のうちにギャンブルですっちゃう。負けたら、『今度こそ、これで最後だから!』って言って、すぐに闇金から借りて…。もう、普通の消費者金融は、どこも貸してくれない。奈々が、私の名前まで出して、保証人になってくれって頼まれたこともあって…。それで、借金が、もう、雪だるま式に…」


亜美は、声を詰まらせた。


「闇金の連中からの取り立てが、毎日、昼も夜も…。電話だけじゃなくて、アパートのドアを蹴飛ばしたり、脅迫みたいな手紙をポストに入れたり…。『腹の子がどうなっても知らねえぞ』とか、『お前の田舎の実家の親は元気か?』とか…。奈々、もう、インターホンが鳴るだけで、体が震えちゃうって…。ご飯も、ろくに喉を通らないみたいで、顔も真っ青だし、お腹の子の検診にも、お金がなくて、全然行けてない…」


嗚咽が、静かな喫煙室に響く。

由紀は、そんな亜美の肩を、慰めるように、しかし、その目には一切の同情の色はなく、冷たく計算高い光を宿して、叩いた。


「…そういうわけよ、井上君。奈々ちゃんは、心も体も、もう限界寸前。あのままじゃ、母子ともに、本当にどうなるか分からない。警察? 相談したって、民事不介入だの、証拠が不十分だのって、まともに取り合ってくれるはずがないわ。弁護士? そんな高尚な解決策を実行できるようなお金、今の奈々ちゃんにあると思う?」


彼女は、そこで、井上と、涙を拭う亜美を、交互に見据えた。

その目は、冷たく、しかし、獲物を見つけたかのような、確信に満ちている。


「でも、そこに、『解決策』が、…いいえ、『カモ』が現れたのよ。…あの、佐藤健」


彼女の唇に、冷たい笑みが浮かぶ。


「昔は冴えない、ただの根暗なオタクだったけど、今は、どういうわけか、やけに羽振りが良さそうじゃない? しかも、あの人の良さそうな、おどおどした顔。優しくて、頼まれたら断れなくて、困ってる人を見たら放っておけない…。おまけに、隣には、とびきり美人の『彼女』まで侍らせて。…まさに、うってつけだわ」


由紀は、これから語る計画に、自ら興奮するのを抑えるかのように、一度、短く息を吸った。


「まず、亜美」


由紀は、怯える亜美に、有無を言わせぬ口調で命じる。


「あなたは、もう一度、佐藤のところへ行くの。そして、幹事の田中君に頼まれたって言って、『同窓会の記念だから』って、あの、寄せ書き用の色紙…書き損じ用の予備も使って、彼と、…そうね、あの女のサインも貰ってくるのよ。記念だからって言えば、疑わないわ」


彼女は、井上に向き直る。


「次に、井上君。あなたは、そのサインを使って、『書類』を作るの。佐藤健と、…そうね、あの女の名前も入れて、『高田亮介(奈々の彼氏)の借金の連帯保証人になる』っていう書類。日付は適当に遡らせてね。あなたの得意分野でしょう? ちょっとくらい、形が歪んでいても、闇金相手なら問題ないわ」


由紀は、井上が車のローン書類で不正をしていることを、確信を持って(あるいは、カマをかけて)仄めかした。

井上は、一瞬、顔色を変えたが、すぐに、下卑た笑みを浮かべて頷いた。


「最後に、亜美、もう一つお願い。佐藤から、同窓会の会費を、今、預かってきてちょうだい。『幹事に頼まれた』って言って、現金でね。丁重に、領収書も切ってあげるのよ」

「え、で、でも…」


亜美が、怯えたように反論しようとする。


「いいから」


由紀は、冷たい声で遮る。


「その、佐藤の指紋がついた現金を、井上が偽造した書類と一緒に、奈々を追い詰めてる闇金に『誠意』として渡すのよ。『連帯保証人が、とりあえずこれだけ用意した』ってね。指紋付きの現金なんて、闇金にとっては、最高の『証拠』になるわ。これで、佐藤健も、あの女も、闇金から、奈々の借金を肩代わりするよう、徹底的に追い込みをかけられる。破滅よ」


由紀の口元に、冷たい、満足げな笑みが浮かぶ。

完璧な計画だ、と彼女は思った。


井上は、その計画の悪辣さに、一瞬呆気にとられたような顔をしたが、すぐに、佐藤と、佐藤の彼女が破滅する様を想像し、歪んだ喜びで、にやにやと笑い始めた。


「へへ…そりゃあ、傑作だ! やろうぜ、由紀!」


亜美だけが、これから自分たちがやろうとしていることの恐ろしさに気づき、顔面蒼白になって、震えていた。

しかし、親友である由紀の、そして、元いじめっ子の井上の、有無を言わせぬ圧力の前で、彼女は、ただ、小さく頷くことしかできなかった。


(奈々ちゃんのため…奈々ちゃんのためなんだから…)


                   ***


その、喫煙室での密談が、まさに佳境に入ろうとしていた時。

喫煙室の、曇りガラスのドアのすぐ外に、一つの影が、音もなく佇んでいた。

エミリアだ。


彼女は、佐藤を会場に送り出した後、言いようのない胸騒ぎを感じ、ロビーで亜美の様子をうかがっていた。

そして、由紀が亜美を連れて喫煙室へ向かうのを見て、即座に後を追ったのだ。

壁に背を預け、気配を完全に消しながら、彼女は、ドアの隙間から漏れてくる、あるいは、彼女が使う特殊な集音装置が拾う、三人の会話に、耳を澄ませていた。


最初は、奈々の借金問題に関する、ただの相談かと思った。

しかし、会話が進むにつれ、寄せ書きの色紙、サインの偽造、会費の徴収、闇金への「証拠」提出…そして、そのターゲットが、佐藤健と、…おそらくは、自分自身(佐藤の『彼女』)であることに気づいた時。


エミリアの中で、何かが、静かに、しかし、決定的に、壊れた。


彼女の碧眼から、一切の光が消えた。

そこにあるのは、絶対零度の氷のような、底なしの怒り。

彼女の全身から、尋常ではない、殺気にも似た冷気が、廊下を満たす。


(…健ちゃんを…私の健ちゃんを、…こんな、汚い手で、陥れようと…? しかも、私ごと…?)


彼女は、ゆっくりと、壁から背を離した。

その動きには、一切の音も、感情の揺らぎもない。

ただ、これから始まる報復への、冷徹な決意だけが、その美しい姿に、恐ろしいほどの輪郭を与えていた。

『影の女王』が、その逆鱗に触れられたのだ。

喫煙室の中の三人は、まだ、自分たちが呼び覚ましてしまった災厄に、気づいていなかった。

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