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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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影の女王の逆鱗 其六

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


土曜日の午前。


突き抜けるような冬晴れの空の下、福岡市の中心部、天神のケヤキ並木通りは、冷たい空気の中にも、週末の始まりを告げる華やいだ活気に満ちていた。

コートやマフラーで暖かく着飾った人々が、ショーウィンドウを覗き込んだり、カフェのテラス席(ストーブが焚かれている)で談笑したりしている。


「ほら、健ちゃん、早く早く! まずはあそこの新しい建物! 上層階からの眺望と、商業フロアのテナント構成による集客力を、しっかり調査するわよ!」


エミリアは、まるで初めて訪れるテーマパークにはしゃぐ子供のように、目をキラキラさせ、佐藤の手をぐいっと引っぱる。

その足取りは、ハイヒールにも関わらず驚くほど速く、軽やかだ。

佐藤は、彼女に半ば引きずられるように、洒落たブティックやカフェが並ぶ、洗練された通りを必死で追った。

昨夜は結局、ほとんど眠れなかったのだ。

彼の体は、朝の冷たい空気以上に、鉛のように重かった。


(市場価値調査って言ってたけど、これ、完全にただの観光じゃ…いや、デートなんじゃ…)


佐藤は、エミリアの横顔を盗み見た。

彼女が口にする『市場調査』という大義名分が、実際には、自分の好奇心を満たすための街歩きであり、あわよくば佐藤との時間を楽しもうという(彼にとっては嬉しいが、今はそれどころではない)魂胆であることに、彼は既に薄々感づいていた。

しかし、それを口に出して、この楽しそうな彼女の機嫌を損ねる勇気は、彼には微塵もなかった。


エミリアの『調査』は、エネルギッシュかつ自由奔放だった。

最新のファッションビルに入っては、「ターゲット層である富裕層の、最新の消費動向とブランドへの関心を把握するのは基本よ!」と言いながら、ショーウィンドウに飾られた、目が飛び出るほど高価なバッグに、うっとりと見入る。

かと思えば、次は、地元で人気の老舗明太子専門店に立ち寄り、「地域経済を支える、伝統的かつ高付加価値産業の実態把握は必須! 品質チェックも兼ねて、味見は当然よ!」と、もっともらしい理屈をつけて、いくつかの種類の出来立て明太子を、満面の笑みで試食し、佐藤にも「健ちゃんも! ほら、あーん!」と勧めてくる始末だ。


佐藤は、その、あまりにも自由すぎる『調査』に、完全に振り回されていた。

時折、彼の頭の中では、(こんなことで、本当にファンド向けの報告書が書けるんだろうか…?)という、元銀行員としての、至極まっとうな疑問が渦巻く。


「あの、エミリア…」


ついに、佐藤が我慢できずに口を開いた。

彼らが、お洒落なオープンカフェで、「周辺エリアの顧客単価と滞在時間の実地調査よ!」と言いながら、エミリアが注文した巨大な、季節のフルーツが山盛りのパフェ(もちろん佐藤も半分食べるよう強要された)をつついている時だった。


「本当に、これが…その、将来、ファンドの人が求める『市場調査』の予備調査になってるのかな…? 僕には、ただ遊んでるだけに見えなくもないんだけど…」


エミリアは、パフェから顔を上げ、きょとんとした顔で佐藤を見た。

そして、次の瞬間、まるで秘密を打ち明ける共犯者に囁くかのように、人差し指を口元に当てて、悪戯っぽく笑った。


「しーっ。健ちゃん、分かってないわね。これが、私の『調査』なのよ」

「え?」

「ただスーツ着て、難しい顔して、資料持って、いかにも『調査に来ました』って感じで歩いたって、街の本当の顔なんて見えないわ。地元の人だって、警戒して、当たり障りのないことしか話さないでしょう?」


彼女は、パフェのスプーンを舐めながら、続ける。


「こうやって、週末に遊びに来た、ちょっとお洒落なカップルみたいに街を歩いて、お店に入って、楽しそうに過ごす。そうやって、街の『空気』に溶け込むの。そうすれば、お店の人の本音や、他のお客さんの会話、街行く人の表情…そういう、データには表れない、生きた情報が、自然と入ってくるのよ。警戒されずに、堂々と、色々な場所を観察できるしね? 特に、健ちゃんみたいな、優しくて、人が良さそうな男性と一緒だと、相手も油断しやすいし?」


彼女は、ウインクして見せた。


「全ては、高度な情報収集テクニックであり、…そうね、楽しい『デート』という、最高のカモフラージュなのよ、健ちゃん」


自信満々に、しかしその目は楽しそうに笑っている彼女に、佐藤は、もはや、何も言い返せなかった。


(僕の心配をよそに、しっかり仕事の理屈も考えてる…しかも、デートだって、はっきり言った…)


彼は、呆れつつも、感心し、そして、エミリアの隣にいることへの、否定できない温かい気持ちが、胸の中に広がっていくのを感じていた。


彼女が、こうして『表』の仕事(という名のデート?)を、心から楽しんでいる姿を見るのは、彼にとっても、やはり嬉しいことだったのだ。

たとえその調査方法が、常識から、どれだけ、かけ離れていたとしても。

彼は、差し出されたパフェの最後の一口を、照れながらも、受け入れた。甘酸っぱいフルーツの味が、口の中に広がった。


エミリアが選んだ、天神の、ガラス張りの壁面が印象的な、お洒落なデザイナーズカフェでの遅めの昼食は、味は文句なく最高だったが、佐藤にとっては、食べた気がしないほど落ち着かない時間だった。

なぜなら、エミリアが『健ちゃんの同窓会での立ち居振る舞い・想定問答シミュレーション』と称して、彼の話し方から、視線の配り方、果ては『元いじめっ子(井上)への最適な煽り文句(ただし、エミリア基準)』に至るまで、延々と、しかし本人は至極楽しそうに、『指導』を続けたからだ。


食事を終え、芳醇な香りのコーヒー(佐藤は、緊張で味がよく分からなかった)の最後のひと口を飲み干す間もなく、エミリアは「さあ、健ちゃん! 午後の部、開始よ! メインイベント前の最終調整だわ!」と、有無を言わせぬ、輝くような笑顔で彼を促した。


向かった先は、まず、これまたエミリアが(おそらくサスキア経由で、完璧なリサーチに基づき)予約していた、有名建築家がデザインしたという、まるで高級ホテルのロビーか美術館のような、静かで洗練された空間の美容室だった。

柔らかな間接照明、ミニマルなインテリア、そして、モデルのような美しい美容師たち。場違いな空気に、佐藤は完全に萎縮していた。


「お客様、本日はどのようなスタイルをご希望で…」


物腰柔らかな、しかし明らかにトップクラスの技術を持つであろう男性スタイリストの問いに、エミリアが、佐藤を無視して即座に答える。


「彼に似合うように、最高にクールで、インテリジェントで、でも、どこか放っておけないような、母性本能をくすぐる隙も見える感じで。色は、地毛を活かして、艶と清潔感を最大限に引き出す方向でお願いできるかしら?」


具体的だが抽象的でもある、高度な要求。スタイリストは一瞬、プロの目で佐藤の骨格や髪質を分析し、そして完璧な笑顔で「お任せください」と応じた。


佐藤は、まるで実験台のモルモットのように、座り心地の良すぎるフルフラットになるシャンプー台や、デザイナーズチェアの上で、されるがままになっていた。

心地よい指圧のヘッドスパ、髪を優しく梳く音、天然由来成分を謳う高級シャンプーの、複雑で上品な香り…。

エミリアは、その様子を、少し離れた席で、優雅にハーブティーを飲みながら、しかし鷹のような鋭い目で、チェックしている。時折、スタイリストに、二言三言、フランス語か何かで(佐藤には分からない言語で)指示を出しているようだった。


一時間後、鏡に映った自分の姿に、佐藤は言葉を失った。

いつもの、寝癖がつきやすく、どこか野暮ったい髪型は、清潔感と、知性を感じさせる、計算されつくした、しかし自然な無造作ヘアへと、劇的に変貌を遂げていた。

確かに、普段の自分より、数段…いや、比較にならないほど、見栄えがする。

これなら、もしかしたら…。ほんの少しだけ、彼の心に、同窓会への希望の光が差した…気がした。


「次は服よ!」


しかし、感傷に浸る間もなく、満足げに頷くエミリアに腕を引かれ、佐藤は次に、福岡でも有数の、高級ブランドのブティックや、洗練されたセレクトショップが軒を連ねる、華やかなエリアへと連れていかれた。


入ったのは、重厚な回転扉の奥に、別世界が広がる、老舗の高級百貨店だった。

磨き上げられた大理石の床、静かに流れるクラシック音楽、洗練された店員の、完璧な距離感の接客…。

その全てが、佐藤の日常とは、あまりにもかけ離れていた。


エミリアは、しかし、そんな雰囲気に臆することも、浮かれることもなく、まるで自分のクローゼットの中を歩くかのように、目的のフロアへ一直線に向かうと、特定のブランドショップ(佐藤には名前も読めないような)へ、迷いなく入っていく。

そして、店員に、事前にリストアップしていたのであろう品番を告げると、すぐに数点のアイテムを出させた。


「ジャケットはこれ。イタリア製の、軽くてしなやかなウール。健ちゃんの肩のラインを綺麗に見せるわ。インナーはこのタートルネック。カシミア100%。色は、健ちゃんを一番きれいに見せる、このチャコールグレーね。パンツは、これ。英国製の、仕立ての良いフランネル。ラインが完璧よ」


彼女の選択は、迅速かつ的確で、一切の迷いがない。

まるで、長年、彼の専属スタイリストでも務めていたかのようだ。


佐藤は、半ば放心状態で、店員に促されるまま、ベルベットのカーテンで仕切られた、豪華すぎるフィッティングルームへ。エミリアが選んだ服は、彼の体に、まるで吸い付くように、寸分の狂いもなくフィットした。

カシミアの、とろけるような肌触り。ウールの、軽くて温かい感触。

フランネルの、しっかりとした、しかし柔らかな質感。

鏡に映る自分は、本当に、知らない誰かのようだった。

スーツを着ると意外と映える、と自分でも思っていたが、これは、そのレベルを遥かに超えている。


(…これが、…本当に、僕…?)


彼は、自分の姿に、戸惑いと、否定できない高揚感を覚える。

これなら、あの井上や、由紀たちに、馬鹿にされることはないかもしれない…。


「靴は、これね」


フィッティングルームから出ると、エミリアは、ダークブラウンの、優美なフォルムのイタリア製チェルシーブーツを差し出した。サイズも完璧だ。


「ベルトは、これに合わせて。時計は…ヴァネッサからの、あの『お仕着せ』があるから、それで我慢してちょうだい」


彼女は、佐藤が着替えている間に、購入したジャケットの内ポケットや、ベルトのバックル、そしてブーツのかかと部分に、気づかれないよう、神業のような手つきで、極小の盗聴器と位置情報用の端末を、手早く仕込んでいた。

それは、呼吸をするのと同じくらい、彼女にとっては自然な動作であり、佐藤への『心配』の具体的な現れだった。


支払いは、エミリアが、例のマットブラックの、謎に包まれたカードで、一瞬で済ませた。

店員は、そのカードに一瞬、初めて見たかの表情を見せたが、すぐに完璧な笑顔に戻り、購入された品々を、まるで芸術品でも扱うかのように、丁重に美しいブランドロゴ入りの紙袋に詰めていく。


店を出ると、佐藤の手には、信じられないほど軽い(しかし、その値段を考えると、地球よりも重く感じる)いくつかの高級ブランドのショッピングバッグが握られていた。

彼は、完全にエミリアによって『再構築』された自分という存在に、強い違和感と、これから始まる同窓会への、恐怖に近いレベルまで増幅された不安を感じていた。


しかし、同時に、エミリアが、自分のために、時間と(おそらくは莫大な)お金と、そして彼女の持つ特別なセンスの全てを注ぎ込んでくれたことへの、複雑な、しかし、否定しようのない、強い感謝の気持ちも、確かに、彼の胸の中に存在していた。

彼女の隣を歩くのは、やはり、特別なことなのだ、と。


彼は、夕暮れに美しく染まり始めた福岡の空を見上げた。

その空の色のように、彼の心も、期待と不安、感謝と恐怖がないまぜになって、複雑に揺れ動いていた。


                   ***


ホテルのスイートルームに戻ると、窓の外は、美しい夕焼けから、次第に深い夜の色へと移り変わろうとしていた。

博多の街の灯りが、地上に散りばめられた宝石のように、一つ、また一つと、きらめき始めている。

同窓会の開始時刻が、まるで秒針の音のように、刻一刻と佐藤の心臓を締め付けていた。

彼は、落ち着かずに部屋の中を無意味に歩き回り、エミリアは、ソファに深く腰掛け、タブレットで静かに何かをチェックしている。

その姿は、嵐の前の静けさ、そのものだった。


不意に、エミリアが顔を上げ、悪戯っぽく、しかしどこか特別な響きを込めて、にっこりと微笑んだ。


「あ、そうだ、健ちゃん。大事なものを忘れるところだったわ。今日の主役への、仕上げのプレゼント!」


彼女は、傍らに置いていた、自身の上質な革のハンドバッグから、小さな、しかし明らかに高価そうな、深いベルベットブルーのジュエリーケースのような箱を取り出した。


「最近、報告書作りとか、私のわがままな『市場調査』とか、色々、お仕事頑張ってくれてるから。これは、私から、健ちゃんへの『ご褒美』よ」


エミリアは、そう言うと、どこからか取り出した、薄いシルクの手袋を、優雅な仕草で両手にはめた。


「え、手袋? なんで…?」


佐藤が訝しげに尋ねる。


「ん? これから健ちゃんに、ピッカピカの、それはそれは素敵なプレゼントをあげるんだから。私の指紋とかつけちゃったら、台無しじゃない? 第一印象は完璧にしないと」


彼女は、悪戯が成功した子供のように笑いながら、箱を静かに開けた。


中には、黒いサテンのクッションに鎮座する、息をのむほど美しい腕時計があった。

華美な装飾はない。

しかし、プラチナかホワイトゴールドと思しきケースとブレスレットは、控えめながらも、圧倒的な品格と、磨き上げられた知性のような輝きを放っている。

文字盤は、深く、吸い込まれるようなミッドナイトブルー。

精緻な作りの針とインデックスが、静かに時を刻む準備をしている。

それは、佐藤がこれまでの人生で、ショーウィンドウ越しにすら、間近で見たことがないような、紛れもない超高級品だった。


エミリアは、その時計を、手袋をした、まるで外科医のように正確な指先で、慎重に取り出すと、佐藤の左腕を取った。


「ほら、健ちゃん、腕を出して」


彼女は、その手首に、ひんやりとした、しかし心地よい重みを持つ金属の感触と共に、時計を巻き付けた。

カチリ、と精巧なクラスプが留まる、硬質で、澄んだ音が、静かな部屋に響く。


「うん、やっぱり健ちゃんには、こういう、クラシックで知的なデザインが、最高に似合うわ」


彼女は、佐藤の腕につけられた時計を、満足げに、そして少しだけうっとりとした表情で頷いた。


「いいこと、健ちゃん」


彼女は、佐藤の手首を掴んだまま、念を押すように、しかしその声は甘く響いた。


「この時計、すごくデリケートなんだから。汚れた手で触ったり、ましてや、指紋がべたべたついていると、せっかくの輝きが曇って見えて、全然かっこ悪くなっちゃう。だから、絶対に、自分の指紋を、不用意につけちゃダメよ? 分かった?」


その口調は、高価なプレゼントを扱う際の、ごく普通の注意のように聞こえたが、佐藤は、なぜか、その『指紋』という言葉に、言いようのない違和感を覚えた。

しかし、手首で確かな存在感を放つ時計の重みと、すぐ目の前にあるエミリアの美しい笑顔に、彼の思考は、再び混乱し始めていた。


「さあ、そろそろ時間よ」


エミリアは立ち上がった。

その動きには、もう感傷的な響きはない。


「自信を持って。あなたはもう、昔の、ただの地味な健ちゃんじゃない。今のあなたは、この私がプロデュースした、最高にクールで、スマートで、成功した、若き『投資アナリスト・高槻譲(という名の佐藤健)』なんだから!」


彼女は、佐藤の肩を、ポンと力強く叩いた。その碧眼の奥には、しかし、獲物を見送る狩人のような、別の光も宿っている。


「でも、もし…万が一、億が一、何か、本当に面倒なことになったら…絶対に、無理はしないで。すぐに、私に連絡するのよ? …私が、全部、綺麗に『お掃除』してあげるから」


最後の言葉に、ぞくりとするような、甘く冷たい響きが混じった。


二人は、部屋を出て、静まり返ったホテルの廊下を歩き、専用エレベーターで、きらびやかなロビーへと降りる。車寄せには、既に黒塗りのハイヤーが、静かにエンジンをかけたまま待機していた。トランクには、彼らの(最小限の)荷物が積み込まれている。


ハイヤーの後部座席に、並んで乗り込む。運転手は、一言も発さず、滑るように車を発進させた。


車内は、不思議なほど静かだった。

窓の外を、華やかな中洲や天神のネオンサイン、そして家路を急ぐ人々の姿が、音もなく流れ去っていく。

佐藤は、手首につけられた、ずっしりと重い時計の感触を確かめながら、これから向かう場所のことを考えていた。

過去の亡霊たちが待つ、同窓会という名の舞台。


やがて、車は、目的地の、これもまた市内有数の格式高いホテルの前に、静かに停車した。

重厚なエントランスの向こうからは、楽しげな音楽と、多くの人々の賑やかな話し声が、かすかに、しかし確実に、漏れ聞こえてくる。


「さあ、行ってらっしゃい、健ちゃん。ショータイムの始まりよ」


エミリアは、車の中から、彼を送り出す。

その笑顔は、やはり、どこか楽しそうで、そして、全てを見通しているかのようだった。


佐藤は、車のドアを開け、一歩、外に出た。ひんやりとした夜気が、彼の火照った顔を撫でる。

彼は、目の前の、光に満ちたホテルのエントランスと、その奥にあるであろう、過去と現在が交錯するであろう、喧騒の空間を、しばし見つめた。

手首の時計が、カチリ、と静かに時を刻む。彼は、深く、深く、息を吸い込んだ。

そして、意を決して、重い、しかし、ほんの少しだけ、以前とは違う感覚を伴った足を踏み出した。


ホテルの宴会場を示す、重厚なダブルドアを、佐藤は、まるで処刑台への階段を上る罪人のように、ほとんど無意識に、ミリ単位で、ゆっくりと押し開けた。


瞬間、温かい空気の波が、彼の顔を撫でた。それは、会場を満たす人々の熱気、並べられた料理の湯気、そして、空調の生暖かい風が混じり合ったものだった。

同時に、彼の耳に、様々な音の洪水が押し寄せる。

久しぶりの再会を喜ぶ男女の、少し上ずった賑やかな話し声と、甲高い笑い声。

会場全体に、趣味が良いのか悪いのか分からない、軽快な洋楽のBGM。

グラスや皿が触れ合う、カチャカチャという軽い音。

そして、鼻腔をくすぐる、ローストビーフや、パスタ、揚げ物、デザートなどが混じり合った、食欲をそそる匂いと、微かなアルコールの香り…。


完全に、場違いだ。

そして、時計を見なくても分かる、明らかに自分は遅刻していた。

会場は、立食パーティー形式らしく、中央や壁際には、白いクロスがかかったテーブルに、銀色のトレイに乗せられた色とりどりの料理が並び、既に多くの元同級生たちが、グラスを片手に、三々五々、小さな輪を作って談笑に興じている。

服装は、男性はスーツや、少し気合の入ったジャケットスタイル、女性は華やかなワンピースやドレスなど、皆、この日のために、それなりにお洒落をしてきているのが分かった。

すでにアルコールが進んでいるのだろう、顔を赤らめ、一際大きな声で、身振り手振りを交えて盛り上がっているグループもいくつか見えた。


佐藤は、自分が、このきらびやかで、完成された空間に属さない、異物であるかのように感じた。

エミリアが選んだ、間違いなく高級な、しかし彼にとっては借り物でしかない服装が、余計に彼を惨めな気持ちにさせる。

彼は、入口近くの壁際に、そっと、影のように身を寄せた。

柱の陰に隠れるように。願わくば、このまま誰にも気づかれずに、時間が過ぎ去って、いつの間にか会が終わっていてくれればいいのだが…。


そんな彼の、儚い願いは、しかし、すぐに打ち砕かれた。

彼の視線の先に、会場の隅の方で、何やら言い合っているような、見覚えのある二つの人影があった。

一人は、仕立ての良い、少し光沢のあるスーツを着こなし、やけに人当たりの良さそうな笑顔を振りまいているが、目が笑っていない、不動産営業の山口健太。

もう一人は、ラフな、しかし清潔感のあるポロシャツとチノパン姿で、日焼けした顔を紅潮させ、スマートフォンの画面を熱心に見せている、水道工事職人の田中誠だ。


どうやら、山口が、会場の雰囲気などお構いなしに、田中に、しつこく投資用マンションの営業でもかけていたのだろう。

しかし、田中は、それに全く興味を示さず、逆に、自分のスマートフォンの動画を、山口に自慢げに見せつけているようだった。

山口の顔には、引きつった愛想笑いと、明らかに「もう勘弁してくれ」と言いたげな、辟易とした表情が浮かんでいる。


「…だからさ! この時の、大型拳銃の反動制御が! マジで、俺、天才的じゃね!? プロもびっくりだって!」


田中の、やけに大きく、そして能天気な声が、会場の喧騒を突き抜け、ここまで響いてくる。

どうやら、海外での射撃体験動画を見せているらしい。


その時だった。スマートフォンから顔を上げた田中が、柱の陰に隠れるように立っている佐藤の姿に、正確に気づいた。


「お! あーーーっ!! あれ、佐藤じゃねえか!? 佐藤健!」


田中の、良く通る、そして良くも悪くも裏表のない、デリカシーにやや欠ける大声が、会場の一角に響き渡った。

周囲のいくつかの視線が、一斉に佐藤へと突き刺さる。


「おーい! 佐藤! 何してんだ、そんな隅っこで! こっち来いよ、こっち!」


彼は、満面の、太陽のような笑顔で、ぶんぶんと大きく手を振っている。


全ての注目が、一瞬、自分に集まった。

佐藤は、顔から火が出るような、強烈な羞恥と、逃げ出したい衝動に駆られた。

しかし、ここで逃げ出すわけにもいかない。

彼は、意を決して、まるで公開処刑場へと歩むかのように、重い足取りで、二人のいるテーブルへと、ぎこちなく近づいた。


「よお、佐藤! 久しぶりだな! 元気してたか? いやー、見ない間に、なんか、すげー変わったな!」


田中は、人懐っこい笑顔で、佐藤の肩を、遠慮なく、しかし親しみを込めてバンバンと強く叩く。

その屈託のなさは、小学生の頃から、少しも変わっていない。


「う、うん、まあ、元気だよ…田中くんも、久しぶり」


佐藤は、曖昧に頷き、引きつった笑みを浮かべることしかできない。


一方、山口は、その短い間に、佐藤の全身――エミリアが選び、おそらくは福岡の高級店で購入したであろう、上質なジャケット、インナーのニット、パンツ、そして磨き上げられた革靴、手首で静かな輝きを放つ高級腕時計――を、まるで鑑定士のように、値踏みする鋭い視線で、舐めるようにチェックしていた。

そして、次の瞬間には、先ほどの辟易した表情は消え去り、完璧なまでの営業スマイルを、佐藤に向けた。


「いやー、佐藤君! 本当に久しぶり! 田中の言う通り、すごく雰囲気変わったね! なんていうか、こう…すごく、成功してるビジネスマンってオーラが出てるよ! 素晴らしいね! 今は、どんなお仕事をされているの?」


山口は、すかさずビジネスチャンスを嗅ぎつけ、過去のオタク仲間という繋がりを最大限に利用しようと、媚びを含んだ流暢な口調で話しかけてきた。


佐藤が、「えっと、今は、投資アナリストを…」と、用意された肩書を口にしようとした、まさにその時だった。


「おう、佐藤!」


田中が、再び、大きな声で、山口の言葉を遮った。

そして、太陽のような笑顔のまま、しかし、全く悪意なく、佐藤の最も触れられたくない過去に、無神経な一撃を加えた。


「お前、大変だったらしいな! 銀行、クビになったって、SNSで見たぞ! マジで心配してたんだ! でも、今日の、その、なんだかスゲー格好見ると、もう全然大丈夫そうだな! いやー、良かった、良かった!」


佐藤の顔面が、蒼白になる。


「ま、クビになったストレスとか、色々あるだろうけどよ!」


田中は、そんな佐藤の内心など全くお構いなしに、さらに続ける。


「これでも見て、スカッと忘れろよ! 俺の華麗な射撃!」


彼は、そう言って、先ほど山口を辟易させていたスマートフォンの画面を、再び佐藤の目の前に、得意げに突きつけた。

画面には、彼自身が、ぎこちない、腰の引けたフォームで、巨大な反動に体ごと持っていかれそうになりながら、大型拳銃を撃っては、あらぬ方向によろめいている動画が、スローモーションで再生されている。


「どうだ、俺の射撃! 映画スターみたいで、様になってるだろう? 今度、一緒に海外行かねえか? ストレス発散に最高だぞ!」


佐藤は、その、エミリアの、まるで精密機械が舞うかのように無駄がなく、力強くも美しい、神技的な射撃フォームとは、あまりにも、あまりにもかけ離れた、田中誠の、…正直、目も当てられないほど下手糞な射撃動画を、目の前で見せられながら、内心、強烈な眩暈と、ドン引きを覚えていた。


(うわぁ…姿勢も、反動の受け止め方も、何もかもが致命的にダメだ…! これ、そもそも、的に当たってるのかな…? いや、それ以前の問題か…)


しかし、彼は、顔面を引きつらせながらも、必死に作り笑顔を貼り付け、「は、はは…すごい迫力だね、田中くん…かっこいいよ…」と、心にもない、か細い声を絞り出すのが精一杯だった。


田中は、そんな佐藤の内心など全く気づいていなかった。

彼は、旧友の(彼から見れば)見違えるように立派になった姿と、自分の趣味への(見せかけの)賛辞に、ただただ、満足していた。


(佐藤も、苦労したみたいだけど、今は、いいスーツ着て、いい時計して、元気そうで、本当に良かったなあ。やっぱ、昔の友達っていいもんだ。金の話とか、難しい仕事の話とか抜きで、こうやって、バカなこと言い合って、楽しくやりたいよな)


彼は、佐藤の服装の価値を、なんとなく理解しつつも(自分には到底買えないだろう、とも思いつつ)、あえてその話題には触れなかった。

小学生の頃のように、ただ、屈託なく、この再会を楽しみたいと思っていたのだ。

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