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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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影の女王の逆鱗 其三

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


水曜日、早朝。


空は冬晴れ特有の、突き抜けるようなコバルトブルーに染まっている。

しかし、空気は肌を刺すように冷たく、吐く息が白く立ち上っては、朝の光に溶けていく。

十二月を目前にした東京湾岸エリアは、本格的な冬の到来を告げていた。


事務所のドアの前で、サスキアが、コートの襟を立てる佐藤と、薄手のダウンジャケット姿で全く寒そうでないエミリアを、静かに見送る。

その無表情の裏に何を考えているのか、佐藤には読み取れない。


「行くわよ、健ちゃん!」


エミリアは、白いコンパクトカーのエンジンをかけ、軽やかにアクセルを踏んだ。

早朝の澄んだ空気の中、二人は目的のマンション群が一望できる、人通りの少ない道路脇へと車を滑り込ませた。


エミリアは、後部座席から、まるでSF映画の小道具のような、流線型でメタリックな輝きを放つカメラを取り出した。

陽光を受けても、そのレンズの奥は、冷たい闇を湛えている。


「最新式のサーマルカメラ。民生用ってことになってるけど、性能は軍用レベルに近い特別製よ」


彼女は、こともなげに言うと、カメラを構え、まるで精密な測定器を扱うかのように、マンションの壁面を、ゆっくりと、しかし手際よくスキャンしていく。

隣の佐藤には、その液晶画面に映る、赤や黄色、青で示された熱の分布図が、ぼんやりと見えた。


佐藤は、その隣で、指示された通り、スマートフォンのカメラで、同じ建物の外観を、様々な角度から、怪しまれないように、風景写真に紛れ込ませて記録していく。


(温かい朝食の匂い、子供を起こす声、出勤前の慌ただしい時間…そういう、ごく普通の家庭の、生活の熱そのものが、今、こうして…)


佐藤は、サーマルカメラの画面に映る、部屋ごとの微かな温度差を見ながら、言いようのない、少し気味の悪いような気持ちになった。

この壁の向こう側にある、無数の平和な日常が、まさか自分たちの『仕事』のために、冷徹な『入居率』のデータへと変換されているなど、誰も想像すらしないだろうな、と。


手際よく撮影を終えると、エミリアは「はい、次!」と、まるでゲームの次のステージに進むかのように、楽しそうに声を上げた。

二人は、車を近くのコインパーキングに停め、最寄りの、そして次に利用客が多いであろう駅へと、足早に向かった。

時刻は、午前八時半。

駅は、通勤・通学ラッシュのピークを迎え、急ぎ足の人々の波と、電車の発着を告げるアナウンス、そしてコーヒーやパンの焼ける匂いが混じり合った、都会特有の喧騒に満ちていた。


「さあ、健ちゃん、ここからが地味だけど、重要な調査よ」


エミリアは、人混みを巧みにかき分けながら、駅構内のトイレへと、佐藤を導いた。

その口元には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。


「健ちゃんに、私のとっておきの調査方法を教えてあげる。いいこと? トイレの清潔さは、その地域の治安と民度を、正直に映し出す鏡なのよ。どんな公式統計よりも、よっぽど信頼できるわ」


彼女の理論は、突飛だが、妙な自信に満ちていた。


二人は、手分けして、駅の各階のトイレ、そして近くの公園にある公衆トイレを、次々とチェックしていく。

エミリアが事前に指示したチェックポイント――落書きの有無と内容、便器や床の汚れ具合、破損状況、清掃の頻度(備品の状況から推測)、トイレットペーパーや石鹸の補充状況、そして…『不審な物が隠されていないか』――に基づき、佐藤は、各トイレの『清潔度』と『管理状況』を、彼女が作った10段階評価シートに従って、人目を避けながら、素早くスマートフォンのメモ機能に記録していく。

正直、全く気分の良い作業ではない。鼻をつくアンモニア臭や、見たくないものも目に入る。

しかし、エミリアは、まるで宝探しでもするかのように、真剣な、しかしどこか楽しげな表情で、次々と『調査』を進めていた。そのギャップに、佐藤は軽いめまいを覚える。


これを、いくつかの駅で、まるでスタンプラリーのように繰り返しているうちに、時計の針は、あっという間に正午近くを指していた。

佐藤のお腹は、健全な空腹を訴え始めている。

彼の貴重な午前中は、ハイテクなマンションの熱分布測定と、ローテク極まりない駅のトイレ評価という、奇妙で、そして忘れがたい組み合わせの『実地調査』で、ほとんど潰れてしまったのだった。


正午過ぎ。奇妙な『トイレ評価』という名のスタンプラリーを終えた二人は、まるで何事もなかったかのように、再び白いコンパクトカーに乗り込んだ。

佐藤の腹の虫は、もう限界だと悲鳴を上げていたが、エミリアの『調査』は、まだ終わる気配がなかった。


次に向かったのは、マンション群周辺に点在するコンビニエンスストアだった。

それも、一軒や二軒ではない。

まるで、フィールドワークのサンプル数を稼ぐかのように、エミリアは佐藤を連れて、五軒、六軒と、次々とコンビニを『視察』していく。


「健ちゃん、調査よ、調査。コンビニは、地域の縮図であり、治安のバロメーターなの」


彼女は、真顔でそう言うが、その目は楽しそうだ。

佐藤には、彼女が一体何を調べているのか、最初は全く見当がつかなかった。…いや、途中からは、薄々気づいていた。


彼女は、明るい照明に照らされた店内を、コーナーの陰から、あるいは飲料ケースのガラスの反射越しに、獲物を探す猫のように素早く観察する。

そして、時折、佐藤にだけ分かるように、顎で特定の客を、あるいは棚の隅を、指し示すのだ。


「ほら、あそこの学生風の男の子。ポケットが不自然に膨らんでる。動きが、妙に挙動不審でしょう?」

「あっちの棚の奥。高価な化粧品、一つだけ不自然に数が減ってるわね。店員さんは気づいてないみたいだけど」

「レジ横の募金箱、ここのは満杯に近いけど、さっきの店は空っぽだったわね…」


最初、佐藤は半信半疑だった。

しかし、エミリアが指摘した人物が、驚くほど自然に、そして大胆に、商品をくすねて店を出ていくのを、あるいは、彼女が指摘した棚の不自然さを、自分の目で確認するうちに、彼は言葉を失った。


万引き。


白昼堂々、こんなにも、当たり前のように行われているものなのか。

そして、レジの向こうで欠伸をしている、スマートフォンの画面に夢中な、やる気のなさそうな店員は、それに気づいているのか、いないのか…。

エミリアは、そんな光景には特にコメントもせず、ついでとばかりに各店のトイレの清潔度も、先ほどと同じ基準で素早くチェックし、佐藤に評価を促すだけだった。


コンビニ巡りの合間には、二人は車を降り、日の当たる大通りから一歩入った、薄暗い路地裏や、マンション裏手の、あまり人が通らないであろう公園の脇、そして、曜日でもないのにゴミが散乱する集積所などを、黙々と歩いて回った。


「落書きを見て、健ちゃん」


エミリアが、古びたコンクリート塀を指差す。


「新しい、挑発的なマーキングが多いか、それとも、何年も放置されたような、古いものが霞んでいるか。ゴミ捨て場は、ルール通りに分別されているか、粗大ゴミや危険物が、不法投棄されていないか。街灯は、夜間にちゃんと点灯しているか、カバーが割れたまま放置されていないか…。こういう、行政や住民の『目』が行き届いていない、あるいは、見ようとしていない場所の状態が、報道される犯罪件数なんかより、よっぽど正直に、本当の治安を映し出すのよ」


彼女は、まるでベテランの刑事か、あるいは、この街の影を知り尽くした案内人のように、佐藤に『治安のリアルな読み解き方』を、実践的に、しかし淡々と教えていく。

佐藤は、その、教科書には決して載っていないであろう、生々しい知識に背筋を寒くしながらも、彼女の言葉の一つ一つを、スマートフォンのメモに必死に書き留めた。


時計の針が午後一時を回る。さすがの佐藤も、空腹と、午前中からの奇妙な調査による精神的疲労で、ふらふらになりかけていた。


「よし、お昼にしましょうか。私も少しお腹が空いたわ」


エミリアが、ようやく、そう提案した。二人は、近くにあった大型ショッピングモールへと向かい、家族連れや学生で賑わうフードコートの喧騒と、様々な食べ物の匂いが混じり合う中で、誰に聞かれても困らないレベルの、当たり障りのない仕事の打ち合わせ(を装った雑談)をしながら、遅い昼食をとった。

エミリアが、まるで子供のように、自分の分のフライドポテトを佐藤に「あーん」してこようとするのを、慌てて制止しながら。


食後、二人が向かったのは、ショッピングモールに併設されている、巨大なホームセンターだった。

日用品から専門的な工具、園芸用品まで、あらゆるものが並ぶ、倉庫のような広大な空間。

鼻をつくのは、新しい木材や塗料、化学肥料などの、独特な匂いだ。


その一角に、エミリアが目的とする場所はあった。


『防犯・防災コーナー』


彼女の予想以上に、その区画は広く、入り口近くの、非常に目立つ場所に、でかでかと『我が家の安全、見直しませんか? 最新防犯設備フェア開催中!』といった、やや扇情的なポップ広告と共に、展開されていた。

高性能そうな鍵、窓に取り付ける補助錠や防犯フィルム、人感センサーライト、家庭用監視カメラ、防犯ブザー…。ありとあらゆる製品が、壁一面、そして棚にびっしりと並べられている。


エミリアは、まるで初めてホームセンターに来た、世間知らずの若い女性、といった風情で(その演技力には佐藤も舌を巻く)、近くにいた、人の良さそうな年配の男性店員に話しかけた。


「すみませーん、ちょっとお聞きしたいんですけど…」


彼女が、少し不安げに、しかし完璧な笑顔で微笑むと、店員の顔が、わずかに赤らんだ。


「実は、仕事の関係で、近々、あの湾岸の新しいマンションに引っ越すことになったんですが、…一人暮らしは初めてで…。やっぱり、こういう防犯グッズって、色々と必要になるものなんですかね? あまり、物騒なのは、ちょっと怖くて…」


彼女は、不安げに小首を傾げて見せる。完璧な『守ってあげたい』と思わせる演技だった。


店員は、エミリアの美貌と、頼られているという状況に、すっかり気を良くしたのか、あるいは、単にマニュアル通りの親切なのか、やけに饒舌に、商品の説明を始めた。


「いやあ、お姉さん、ご心配はごもっともです! 最近はですね、こちらのピッキング対策用の、ディンプルキータイプの特殊錠と、窓ガラスを破られそうになると大音量で鳴る、この防犯アラームが、特に、この地域のお客様には、よく売れてるんですよ! 実は、この防犯コーナーも、お客様からのご要望が非常に多くて、先月、売り場面積を倍に拡張したばかりなんです! やっぱり、備えあれば憂いなし、ですからね! こちらのカメラもですね…」


佐藤は、その、営業トークとはいえ、あまりにも明け透けな店員の言葉を聞きながら、今朝見た、穏やかな湾岸エリアの光景を思い出していた。

犬を連れて、楽しそうに散歩していた老夫婦。

ベビーカーを押しながら、笑顔で語り合っていた若い母親たち…。

あんなにも、平和で、豊かに見えた、あの場所が…?

彼は、目に見える景色と、その裏に隠されているかもしれない、住民たちの『不安』とのギャップに、改めて、軽いめまいを感じていた。

エミリアの、奇妙な調査方法が、もしかしたら、本当に、何かの真実を映し出しているのかもしれない、と、初めて思った。


ホームセンターの、明るすぎる照明と、新品のプラスチックや防虫剤の独特の匂いから解放され、二人は再び白いコンパクトカーの中の人となっていた。

午後の日差しは既に傾き、厚い灰色の雲が空を覆い始めている。

風も心なしか強まり、車体を軽く揺らした。


「さて、健ちゃん」


エミリアは、ハンドルを握りながら、まるで今日の献立でも決めるかのように、あっさりと告げた。


「今夜、もう一度だけ、夜間のマンションの様子と、駐車場の最終確認をしたら、今回の調査は終わりにしましょうか。大体の傾向は掴めたし」


その決定は、佐藤にとってはあまりにも早かった。


「えっ、もう終わり? まだ、始めてから二日も経ってないのに…? 僕が銀行にいた頃は、こういう調査って、もっと時間を…」


エミリアは、バックミラーでちらりと佐藤の驚いた顔を見ると、軽く肩をすくめた。

その仕草には、わずかな呆れと、世界の常識の違いに対する諦めが混じっているように見えた。


「遅いくらいよ、私にしてみればね」


彼女の声には、何の感情も乗っていないようで、それがかえって佐藤には、彼女が生きてきた世界の厳しさを物語っているように聞こえた。


「健ちゃん。本当の戦場ではね、判断に許される時間は、コンマ数秒。迷えば即、死に繋がる。予測、状況把握、決断、実行…その全てを、ほとんど予知に近いスピードで、息をするように、延々と繰り返し続けるのよ? それに比べたら、丸二日間もかけて、あんなに色々な機械を使ったり、自分の足で地道に歩き回って情報を集めて、資料をこれでもかと積み上げて、おまけにAIまで使って分析して…。これほど『丁寧』に、時間をかけて報告書を書くなんて、民間のお仕事は、本当にゆっくりで、…ある意味、楽でいいわぁ」


その言葉は、平坦だったが故に、佐藤には、彼女の過去の過酷さを生々しく突きつけてきた。

同時に、彼女の持つ規格外の能力を再認識させられる。


一度、事務所に戻ると、エミリアは、何の説明もなく、壁際の目立たないロッカーから、二着の黒いベストを取り出した。

それは、一見、何の変哲もない、薄手の作業用ベストに見えたが、手に取ると、ずしりとした重みとしなやかな強度があり、特殊な素材で作られていることが分かった。


「さ、健ちゃん、これも着て。念のためよ、念のため」


それは、有無を言わせぬ命令だった。佐藤は、戸惑いながらも、言われるがままに、自分のジャケットの下に、その防弾・防刃機能を備えたベストを羽織る。

息が詰まるような圧迫感と、金属とも樹脂ともつかない、ひんやりとした感触。


「え、エミリア、これって…? ただ夜景…じゃなくて、マンションの写真を撮りに行くだけじゃ…?」


彼の声は、隠しきれない不安で上ずっていた。


エミリアは、自分も同じものを、まるで慣れた手順で、しかし驚くほど素早く身に着けると、今度は、薄いが、特殊なアラミド繊維か何かで編まれた、しなやかな防刃仕様の手袋を手に取り、佐藤にも渡した。

彼女の動きには、一切の無駄も、ためらいもない。

それは、日常的な動作の一部であるかのようだった。


準備を終えると、エミリアは、いつもの悪戯っぽい笑顔を、少しだけ浮かべて、佐藤に向き直った。

その瞳の奥には、しかし、昼間の調査の時とは違う、鋭い光が宿っている。


「さあ、仕上げよ。深夜、人通りが完全になくなった頃を見計らって、もう一度だけ、写真撮影と、『肌感覚』での最終確認。これで、私たちの調査は完璧に完了するわ。健ちゃん、怪我しないように、しっかりついてきてね!」


その、まるで夜のピクニックにでも行くかのような、気軽な口調とは裏腹に、重々しい防弾防刃ベストと、物々しい手袋。

佐藤は、その、あまりにもちぐはぐな状況に、完全に面食らっていた。

なぜ、裏社会の仕事でもない、『表』の不動産調査の、最後の写真撮影に、こんな、まるで戦場にでも行くかのような重装備が必要なんだ? 彼の疑問は、しかし、口に出すことはできなかった。

エミリアの笑顔が、なぜか、とても怖かったからだ。

彼女の言う『念のため』は、自分の常識とは、かけ離れた次元にあることだけは、確かだった。


佐藤は、黙々と、しかしどこか楽しげに、深夜の『お仕事』の準備を進めるエミリアの横顔を見つめていた。

彼女が身に着けていく、物々しい防弾防刃ベストと手袋。

その装備の意図は、依然として彼には理解できない。

彼は、ふと、素朴な、そして彼にとっては極めて合理的な疑問を思いつき、恐る恐る口にした。


「あ、あのさ、エミリア…。その、治安のことなんだけど…。いつも『ただ働きだ』って愚痴ってる、松田刑事に、直接、このマンション群あたりの状況を、尋ねてみるわけには…いかないのかな? ほら、刑事さんなら、担当地域じゃなくても、何か情報を持ってるかもしれないし、公的な統計とか…」


その言葉を聞いた瞬間、エミリアの動きがピタリと止まった。

彼女は、ゆっくりと、まるで錆びついたブリキの人形のように、ぎこちなく、佐藤の方を振り返った。

その美しい碧眼には、信じられないものを見るような、あるいは、この世で最も馬鹿げた提案を聞いたかのような、冷たい光が宿っていた。

そして、次の瞬間、堰を切ったように、普段の彼女からは想像もつかないほどの、激しい怒りと呆れが混じった言葉が、マシンガンのように放たれた。


「ダメよ、ダメ! 絶対にダメ!! それだけは、絶対にダメ!!」


エミリアは、珍しく声を荒らげた。

その声は、静かなオフィスに鋭く響く。


「あの松田って男はね!」


エミリアは、まるでその場に本人がいるかのように、空中に向かって指を突きつけんばかりの勢いだ。


「普段は! コンプライアンスなんて言葉、辞書に載ってないみたいな顔して、刑事にあるまじき、無茶苦茶な言動ばっかりしてるくせに! この私が! 『影の女王』エミリア・シュナイダーが! ちょっと仕事(こっちの裏の仕事よ!)に関わる情報を、ほんの少し、尋ねてあげようとすると! 例えば、『ねえ、松田。この辺りで最近、物騒な事件なかった?』とか、『あの半グレ集団の最近の動きは?』とか、そういう、彼にとっては朝飯前のはずの情報を、ちょっと聞こうとするとね! いきなり! まるで聖人君子にでもなったかのように、『市民のプライバシーが!』とか『警察官には守秘義務が!』とか言い出して、固く口を閉ざして、だんまりを決め込むのよ! 信じられる!? あのダブルスタンダード!」


彼女は、憤慨のあまり、頬を赤く染め、胸を大きく上下させている。


「本当に! あの男のせいで、私がどれだけ余計な手間と、自腹の調査費用を使わされたと思ってるの!? 私が! 今でも! あの、どうしようもない刑事と、最低限の付き合いを続けてあげてるのは! ただ一つ! 彼が持ち込んできた、あの、ただ働きの、最高に厄介だった案件の、…その結果として、健ちゃん、あなたと出会えた…。ただ、それだけの理由よ! そうじゃなかったら、とっくの昔に、連絡先ごと消去して、記憶からも抹消してるわ!!」


佐藤は、エミリアの、普段は決して見せない激しい剣幕と、その理由…自分との出会いが、彼女が松田刑事との関係を続ける唯一の理由であるという、衝撃的な告白に、完全に気圧されていた。

なるほど、そういうことだったのか。

あれほど松田刑事への愚痴を言いながらも、エミリアが、時折、彼からの(無茶な)依頼を引き受けていた、本当の理由は…。

彼の心臓が、ドクン、と大きく鳴った。


しかし、エミリアの怒りのボルテージは、まだ下がる気配がない。

彼女の愚痴は、まるで一度口火を切ると止まらない花火のように、次から次へと繰り出される。


「大体ねぇ、あの人は、私がどれだけ有益な情報を提供してあげてるかも分かってないし、それに見合う対価を払おうともしないし、それどころか、いまだに私をただの便利な『情報屋』か何かと勘違いしてて…」


佐藤は、もはや、反論も、相槌も打てず、ただ、嵐が過ぎ去るのを待つように、エミリアの言葉の奔流を、呆然と聞き続けるしかなかった。

エミリアが、自分との出会いを、それほどまでに大切に思ってくれていることへの喜びと、彼女の激しい気性と、松田刑事への複雑な感情に、どう対応すればいいのか分からない困惑とが、彼の頭の中で、ぐるぐると渦を巻いていた。


                   ***


深夜。


白いコンパクトカーは、まるで闇に溶け込む亡霊のように、静かに湾岸エリアの街路を滑っていた。

ハンドルを握る佐藤の手には、緊張からじっとりと汗が滲んでいる。

助手席のエミリアの指示通り、彼は速度を極限まで落とし、神経を研ぎ澄ませて周囲の闇に目を凝らしていた。

雨は止んでいたが、空気は冬の訪れを告げるように冷たく湿っており、時折吹く風が、わずかに開けた窓の隙間から入り込み、彼の頬を撫でた。


やがて、車は高層マンション群に隣接する、暗く、静まり返った公園の脇に、エンジン音も立てずに停車した。

街灯が、まるで示し合わせたかのように、この一角だけ、ことごとく破壊されているのか、あるいは意図的に消されているのか、完全な闇が支配していた。

月も厚い雲に隠れ、星の光さえ届かない。

佐藤の目には、公園の入り口付近に茂る植え込みの、墨を流したような黒い影しか見えない。


「見て、健ちゃん」


エミリアは、助手席の窓を音もなく数センチだけ下げると、例の高性能サーマルカメラを構えた。

電源が入ると、カメラのファインダーが、暗闇の中で微かな光を放つ。

彼女がそれを公園に向けると、その液晶画面には、肉眼では決して捉えられない、全く別の光景が映し出されていた。

複数の、人型の発光体――体温を持つ人間の熱の影――が、公園の奥深く、遊具の陰に身を寄せ合い、何かを話し込んでいる。

その熱の輪郭は、暗闇の中で、不気味なほど鮮明に揺らめいていた。


「…あの公園、街灯が綺麗に消えているでしょう?」


エミリアは、佐藤の耳元にだけ届くような、囁き声で、しかし、その響きは氷のように冷たく、状況を説明する。


「偶然じゃないわ。あそこに集まってる連中…おそらく、プロの車上荒らしか、車両窃盗団ね…彼らが、自分たちの『仕事場』を確保するために、回路ごと切ったのよ。サーマルカメラには、はっきり写ってる。暗闇に隠れて、次の『仕事』の打ち合わせをしている、その姿が。ご丁寧に、見張り役まで立ててるわ」


佐藤は、運転を続けながら、ぎゅっとハンドルを握りしめた。

手のひらに、さらに汗が滲む。

それが、すぐそばで行われているであろう犯罪への緊張からなのか、あるいは、それを冷静に分析するエミリアへの恐怖からなのか、彼自身にもよく分からなかった。


「こんな、セキュリティのしっかりした高級マンションが立ち並ぶエリアのすぐそばで、堂々と打ち合わせなんて。随分と大胆というか、…この辺りの警察の『緩さ』に、完全に慣れているというか…」


エミリアは、淡々と分析を続ける。


佐藤は、エミリアからの指示(ゆっくりと通過する)を、息を詰めて守りながら、平静を装い、車を再び、滑るように発進させた。

彼の心臓は、早鐘のように打っていた。


「ま、これは後で、松田刑事にでも、匿名で情報提供しておくわ。私だって、あのマンションで普通に、幸せに暮らしている人たちが、不幸になる姿を、わざわざ見たいわけじゃないもの」


エミリアの言葉に、佐藤はわずかに安堵した。

犯罪を見過ごすことへの、彼の良心が少しだけ軽くなる。


「次に移動しましょう、健ちゃん。駅よ」


エミリアの指示に従い、佐藤はアクセルをゆっくりと踏み込んだ。


次に佐藤が運転する白いコンパクトカーが向かったのは、終電もとうに終わり、シャッターが下ろされた店舗が並ぶ、マンション群最寄りの駅前ロータリーだった。

そこには、頼りない、白けた常夜灯と、煌々と、しかしどこか寂しげに光る自動販売機の明かりだけがあった。

そして、その明かりに、まるで光に誘われる夜の虫のように、十代後半から二十歳そこそこと思われる、若い女性だけの集団が、数人、スマートフォンの画面を覗き込みながら、周囲に響き渡るような、甲高い声で騒いでいた。


「今は、ただ深夜に集まって、仲間内で時間を潰しているだけかもしれないけど」


エミリアは、その集団を、まるで標本でも観察するかのように、冷めた目で見つめながら言った。


「こういう、エネルギーを持て余していて、社会に不満があって、でも具体的な目標がない子たちは、危ういのよ。すぐに、近くの壁に、鬱憤を晴らすような落書きを始めたり、親からくすねた金で買った中古車で、無謀な運転をしたりするようになる。そして…」


彼女の声が、わずかに低くなり、冷たさを増す。


「さっき公園で密談していたような連中…あるいは、もっと質の悪い連中が、『理解のある優しい大人』のふりをして、甘い言葉で近づいて、居場所と、簡単な金儲けの話を提供するのよ。…気が付いた時には、もう、普通の生活には戻れない世界に、深く引きずり込まれている…」


佐藤はエミリアの、まるで未来を予見するかのような説明を聞いて、暗澹たる気持ちになった。

彼女たちの、屈託のない(ように見える)笑顔の裏に、そんな危険な未来が潜んでいるかもしれない。

自分の無力さを、改めて痛感する。何かできることはないのか…?


「ま、これも、松田に丸投げしておくのが一番ね。謹慎中で暇でしょうし、こういう若者の更生みたいなのは、彼の専門分野でしょう」


エミリアは、そう言ってスマートフォンを取り出しかけたが、そこで、ハッとした表情を浮かべ、眉をひそめた。


「…って、待って。まさか、あの子たちの面倒まで、後で私に押し付けてきたりしないでしょうね、あの刑事…!?」


彼女は、慌てたように、若い女性たちの集団に、スマートフォンのカメラを向け、数枚の顔写真を素早く撮影すると、すぐさま情報屋に、その画像と共に照会をかけた。


『対象グループ、年齢確認、身元(特に未成年か否か)、至急』。


佐藤は、エミリアが何をし始めたのか心配しながら見つめていると、すぐに返信があったのだろう、エミリアは、まるで危機一髪で難を逃れたかのように、ホッと安堵のため息をつきながらスマートフォンを片付けた。


「…良かったわ。あの子たち、全員、未成年じゃなかった。選挙権がある年齢なら、もう、立派な大人よ。自分の行動には自分で責任を取るべきだわ。たとえ、後で松田から、どんなに泣きつかれたって、私が面倒を見る義理は、これっぽっちもないんだから! 自分の人生なんだから、自分の力で稼いで、生きていくべきなのよ!!」


エミリアは、なぜか握りこぶしを作りながら、力強く、しかしどこか自分に言い聞かせるように宣言した。


「さ、健ちゃん。今日の『市場調査』はこれで終わり! 帰りましょう」


微笑みながら助手席から指示するエミリアに、佐藤は、何が何やらわからないまま、しかし、ようやくこの奇妙で、心臓に悪い夜が終わることへの安堵感を覚えながら、アクセルを踏み、帰路についた。


この後、エミリアが『絶対に面倒は見ない』と宣言した、まさにその若い女性たちの集団の世話を、結局、見ることになるとは…。


それは、この時のエミリアも、そして佐藤も、全く予想だにしない未来だった。

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