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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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影の女王の逆鱗 其二

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


佐藤は、完全に面食らった。

彼の思考回路は、完全にショート寸前だった。

彼は、ただ、呆然と、くすくす笑いが止まらないエミリアの顔を見つめるしかなかった。


エミリアは、ようやく笑いを収めると、片手に持ったスマートフォンを操作しながら、種明かしをするように話し始めた。

その声には、まだ面白さが残っている。


「健ちゃん。どうして情報屋が『同窓会の幹事が健ちゃんを探している』って、すぐに断定できたかと言うとね…」


彼女は、いたずらっぽく画面を佐藤に見せる。

そこには、数年前の、どこか垢抜けない佐藤の写真が使われた、古びたSNSのプロフィール画面と、その下のコメント欄が表示されていた。


「まず、健ちゃんを探している人物の名前が『田中誠』さんだと特定できたの。それで、彼の最近のネット上の活動を、ちょっとだけ『拝見』させてもらったら…」


エミリアは、悪戯っぽく片目を瞑る。


「健ちゃんの、この…記念すべき?『銀行クビになりました!』って書き込みのある、放置されたアカウントに、ご丁寧にも、その田中誠さん自身が『大丈夫か? 同窓会開くから愚痴聞くぞ!』ってコメントを残してたってわけ。ご丁寧に、開催予定の日時と場所の案まで添えてね。これで役満確定よ」


佐藤は、画面に表示された自分の過去の、衝動的で、今となっては死ぬほど恥ずかしい書き込みを見て、顔から火が出るかと思った。

耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。


「えーーっ! あ、あのアカウント、まだ消えてなかったんだ…! しかも、田中くんに見られてたなんて…最悪だ…」


彼は頭を抱える。そして、さらに悪い想像が頭をよぎった。


「そ、それなら…もしかして、小学校の時に僕をいじめてた連中にも…僕が銀行をクビになったって、知られちゃってるのかな…?」


彼の声には、明らかな不安と、過去の教室での冷たい視線や嘲笑が蘇ったことによる、隠しきれない動揺が滲んでいた。


「…いじめ?」


エミリアの表情から、ふっと、面白がるような色は消えた。

彼女の碧眼が、真剣な、そしてわずかに心配そうな光を宿して、佐藤を捉える。

彼女の声は、低く、静かだった。


佐藤は、エミリアの真剣な眼差しに、一瞬ためらった。

思い出したくない過去だ。

しかし、彼女には、隠し事はしたくない。彼は、話しにくそうに、ぽつり、ぽつりと語り始めた。


「うん…まあ、大したことじゃないんだけど…。転校生だったし、…こっちの言葉? 方言とか、全然うまく話せなかったからさ…。なんていうか、少し、教室で浮いてたんだよ。だから、その…」


彼は言葉を濁し、気まずそうに俯いた。

教室の隅で、一人で本を読んでいた、あの頃の孤独感が、胸に蘇る。


エミリアは、それ以上、佐藤に無理に話させようとはしなかった。

彼女は、そっと立ち上がり、佐藤の隣に座ると、彼の肩に、優しく手を置いた。

その手は、驚くほど温かい。


「もう、いいわ」


彼女の声は、先ほどとは比べ物にならないほど、深く、優しかった。

しかし、その奥には、有無を言わせぬ、鋼のような意志の強さが宿っていた。


「健ちゃん。もし、その同窓会で、健ちゃんのことを、昔みたいに馬鹿にしたり、悪口を言ったり、いじめたりするような人がいたら、大丈夫」


エミリアは、佐藤の目を、真っ直ぐに見つめて言った。


「今度は、私がそばにいる(かもしれないし、いなくても、どこからか見ている)。私が、そのいじめっ子たちを、ちゃーんと、二度と健ちゃんに近づけないように、『追っ払って』あげるから」


佐藤は、エミリアの言葉と、肩に置かれた手の温かさに、胸が熱くなった。

嬉しい。本当に嬉しい。

彼女が、自分の過去の痛みまで、受け止め、守ろうとしてくれている。

…しかし、同時に、彼の背筋を、冷たいものが走った。

エミリアの基準で、いじめっ子を『追っ払う』とは、一体、具体的に、何を意味するのだろうか…?

彼女の言う『追っ払う』は、一般的な意味とは、かけ離れている可能性が高い。

彼の乏しい想像力は、しかし、あまりにも恐ろしい光景をいくつも描き出し、彼は、エミリアの優しさに心から感謝しつつも、彼女の隣で、ただただ、小さく震えるしかなかった。


エミリアは、そんな佐藤の複雑な心境に気づいているのか、いないのか、あるいは、いつものように自分の思考を優先しているのか、どこか上の空で、ふわふわした感じで話し始めた。

まるで、次の旅行先でも選ぶかのように。


「健ちゃんの同窓会…」


彼女は、先ほど情報屋から送られてきたばかりの情報を反芻するように、軽く宙を見つめた。


「福岡市内の、なかなか良いホテルで開かれるのね…。へぇ」


そして、何かを思いついたように、ポンと手を打った。


「九州、特に福岡周辺は、最近、アジアの富裕層に、投資先としてすごく人気があるらしいじゃない? だから、ちょうどいいわ。私も、健ちゃんの同窓会の日程に合わせて、福岡に『市場調査』に行くことにする。もちろん、健ちゃんと一緒にね」


その提案は、あまりにも自然で、あまりにも完璧な『建前』だった。

佐藤は、エミリアが自分のために同行してくれることへの喜びと、しかしそれが100%善意だけではないだろうという諦めがないまぜになった、複雑な気持ちで、ただ頷くしかなかった。


彼女は、佐藤の内心の葛藤には全く気づいていない様子で(あるいは気づいていて楽しんでいるのか)、窓の外の、厚い雲に覆われた空を眺めた。


「まあ、松田刑事のおかげで、少し面倒なことを抱えているけど…」


エミリアは、小さくため息をつく。


「結果的に、健ちゃんの過去も知ることができたし、こうして福岡に行く『正当な理由』もできた。これはこれで、良かったのかもね」


その呟きは、佐藤には聞こえなかった。

彼はまだ、これから始まるであろう、人生初の(そしておそらくは、波乱万丈の)同窓会への、期待と不安で、胸がいっぱいだったのだから。


エミリアは、佐藤の複雑な表情には気づかないふりをして、再び自身のスマートフォンに視線を落とした。

その白い指先が、カレンダーアプリを軽やかにタップする。


「…同窓会の開催日は、今度の土曜日の、夕方六時から…ね」


彼女は確認するように呟き、小さく頷いた。


「今日が月曜日だから…ふふ、急いで色々手配させれば、ギリギリ間に合うわね。健ちゃんの、久しぶりの『晴れ舞台』だもの、完璧にコーディネートしないと」


その口調は、まるで大切なイベントのプロデューサーのようであり、佐藤への期待なのか、あるいは単なるお節介なのか、判別しがたい熱意がこもっていた。


そして、彼女の思考は、別の、より『興味深い』対象へと飛んだ。

その碧眼に、悪戯っぽい、しかし明らかに底意地の悪い光が宿る。


「あ、そうそう。忘れるところだったわ。私に、ただ働きどころか、自腹まで切らせてくれた、あの『お人好し』で『不運』な松田刑事には、ちゃんとした『御礼』をしないとね…」


エミリアは、先ほど佐藤に「断って」と指示した、あの怪しげな依頼――『内燃機関の精密部品製造能力を持つ中小規模の町工場』の買収案件に関する断片的な情報を、自身の端末から、別の暗号化された通信回線へと、素早く、しかし正確に転送し始めた。

宛先は、おそらく松田のプライベートな連絡先だろう。

彼女の唇には、猫が悪戯を思いついた時のような、残酷な笑みが浮かんでいる。


「ふふふ…」


エミリアの喉から、楽しそうで、しかし聞く者によっては背筋が凍るような、含みのある笑い声が漏れる。


「謹慎処分中で、どうせ官舎で暇を持て余して、不貞腐れてる頃でしょう。そこに、こんな『社会正義のためになりそうな、きな臭いネタ』…しかも、国際的な陰謀の匂いがプンプンする、やり甲斐のありそうな案件を、こっそり送ってあげたら…」


彼女の笑顔が深くなる。

その様は、まるで獲物をもてあそぶ小悪魔のようだ。


「きっと彼は、謹慎中であることも忘れて、刑事の血が騒いで、いてもたってもいられなくなる! 嬉々として、非公式な調査に乗り出して、私への感謝の念で、…そうね、感激のあまり、心の底から嬉し泣きしながら、必死に働いてくれることでしょう!」


ただ働きさせられたことへの、ささやかな(そして、かなり歪んだ)憂さ晴らし。

その計画の完璧さに、彼女は心底、満足していた。


その、あまりにも楽しそうな、しかし内容があまりにも物騒なエミリアの独り言(あるいは、わざと佐藤に聞こえるように言っているのか)に、佐藤は完全に呆気に取られていた。

そして、ようやく一つの疑問が、彼の口をついて出た。


「あ、あの、エミリア…? 松田さんって、…どうして、謹慎処分に、なったの…?」


彼が日本を離れ、非日常の海の上にいる間に、信頼する(そして心配な)刑事に、一体何があったというのだろう。


エミリアは、一瞬、きょとんとした顔で佐藤を見た。

まるで、彼がそんな基本的なニュースさえ知らないのが、信じられないとでも言うように。

そして、ああ、そうだったわね、と思い出したように、事の顛末を、極めて簡潔に、そしてどこか他人事のように説明した。


「ん? なんでも、彼が尾行していた重要人物(たしか大学教授だったかしら?)が、どこかの踏切で、大型トラックに襲撃されそうになったんですって。まあ、それを、彼が、体を張って…というか、自分の拳銃で、トラックのラジエーターを撃ち抜いて、強引に止めたらしいのよ。勇敢でしょ? でも、そのせいで、まあ、色々…公務執行上の手続きとか、発砲の是非とか、あったんじゃないかしら? よく知らないけど、結果的に、一ヶ月の謹慎になったそうよ。まったく、日本の警察も大変ね」


まるでテレビのニュース解説でもするように、彼女は軽く肩をすくめた。


佐藤は、息を呑んだ。尾行? 襲撃? 銃撃? 謹慎処分?

自分たちが、遠いフィリピンの海の上で、奇妙な異世界演習シナリオの作成に興じている間に、東京では、そんな、まるでアクション映画のような、とんでもない事件が起きていたというのか。

彼は、改めて、自分たちが生きている世界の、すぐ隣にある暴力と危険、そして、松田という刑事の、不器用な正義感と、その結果としての理不尽な処遇を思い、言葉を失っていた。


佐藤は、エミリアから語られた、東京での衝撃的な出来事に、息を呑んだまま、言葉を失っていた。

松田刑事が、銃撃戦を…? 謹慎…? 自分の知らない間に、そんな危険な事態が…。

彼の心は、混乱と、松田への心配で、鉛のように重くなっていた。


しかし、エミリアは、そんな佐藤の衝撃など、まるで気づいていないかのように、あるいは、すでに次のステップへと意識を切り替えて、目を輝かせていた。

彼女の頭の中は、今や、週末の『福岡旅行』と、健ちゃんの『晴れ舞台』のことで、いっぱいなのだ。


「さてと!」


エミリアは、まるで熟練のイベントプロデューサーのように、立ち上がり、自身のスマートフォンを手に取ると、受付のサスキアへと、矢継ぎ早に、しかし楽しげな声で、指示を出し始めた。その声は、部屋の静かな空気を震わせる。


「サスキア、聞こえる? 急ぎで手配をお願いしたいの。リスト送るわね。まず、今週金曜の夕方、東京発、福岡行きの新幹線。もちろん二人分。席は、当然グリーン車以上、…そうね、できるだけ個室に近い、周りから見られにくい席を優先して確保して」


彼女の指が、画面上を滑るように動く。


「それから、福岡市内のホテル。夜景が綺麗に見えて、セキュリティが最高レベルのスイートを一つ。予約名は…そうね、健ちゃんの本名はまだ使えないから、『高槻たかつき じょう』あたりでお願い。いい名前でしょ? 土曜の午前中は、私と健ちゃんで市内を『市場調査』するから、午後にアポイントメントを集中させて。腕のいい美容室と、健ちゃんに似合う、そうね…上品で、でも地味じゃなくて、知的で、ちょっとだけ色気もある感じの服…そういうのを扱ってるテーラーか、ハイセンスなセレクトショップのリストアップ、それから予約もお願いね」


エミリアの指示は止まらない。


「ああ、それと、私の『道具』。別送で、福岡のホテルに届くように手配お願い。現地で受け取るかは、状況次第だから、業者には、もし受け取らなくても、そのまま持ち帰るか、次の指示があるまで安全に保管するように、厳重に伝えておいて。追加経費? 気にしないで、いつも通りの手続きをするから」


エミリアは、そこで一息つき、さらに、まるで重要な追加事項を思い出したかのように付け加える。


「そうだ、忘れてた。代理人に連絡して、健ちゃん名義で…うーん、あまり派手すぎず、でも一目で『それなり』だと分かるクレジットカードも一枚、至急で手配させて。彼が、惨めな思いをしないように、ね」


指示を終え、満足げに頷くエミリア。

その間、ただ呆然と、その猛烈な手配の様子を聞いていた佐藤は、ようやく我に返り、悲鳴に近い声を上げた。彼の顔は真っ青だ。


「ちょ、ちょっと待ってよ、エミリア! 僕、まだ、同窓会に行くなんて、一言も、決めてないよ! ていうか、行きたくないっていうか…!」


エミリアは、佐藤の必死の抗議に、心底不思議そうな顔で、きょとんと首を傾げた。

そして、天使のような、しかし有無を言わせぬ笑顔で、佐藤の私用スマートフォン(いつの間にか彼女が操作していた)の画面を、彼に突き付けた。


「ん? 健ちゃん、何を今更言ってるの? ほら、健ちゃんの、あの懐かしいSNSアカウントから、幹事の田中さんに、ちゃーんと『喜んで出席します! 皆に会えるのを、今から、本当に楽しみにしています!』って、もう、返信してるじゃない」


画面には、佐藤自身が見覚えのある、しかし内容は全く身に覚えのない、やけに熱烈で、絵文字まで付いた参加表明メッセージが、確かに送信済みとして表示されていた。


佐藤は、その画面と、エミリアの満面の笑みを、交互に見つめた。

外堀は、完璧に、そして音もなく埋め立てられ、退路は断たれていた。

彼は、もはや、同窓会という名の、未知の戦場から逃れる術がないことを悟り、がっくりと肩を落とすしかなかった。


(ああ、僕の意思なんて、最初から、なかったんだ…)


窓の外では、風がヒューヒューと、まるで彼の心情を嘲笑うかのように、鳴っていた。


                   ***


火曜日の午前。


東京湾岸エリアに林立する、ガラスとコンクリートでできた近代的な高層マンション群。

それらを一望できる、整備された臨海道路を、佐藤はエミリアと並んで歩いていた。

空は薄曇りだが、雲の切れ間から時折、柔らかな太陽光が差し込み、近くの東京湾の水面を銀色にきらめかせている。

潮風が心地よく頬を撫で、海鳥の声が遠くに聞こえる。

居住環境として人気があるのだろう、平日の午前中にも関わらず、犬を散歩させる人や、おしゃれなベビーカーを押す親子連れの姿が多く見られた。

穏やかで、平和な光景だ。


「ねえ健ちゃん」


不意に、隣を歩いていたエミリアが、まるでバレリーナのように、くるりと一回転した。

風をはらんで、彼女の淡い金色の髪がふわりと揺れる。


「あの依頼主…ファンドって言ったかしら? 彼らが買いたがってるのって、あの、ぜーんぶ?」


彼女は、目の前にそびえる、十数棟はありそうなマンション群を、楽しそうに指で大きく円を描くように示した。

その仕草は、まるで新しい遊び場を見つけた子供のようだ。


「うん」


佐藤は、彼女の唐突な動きに少し驚きつつも、頷く。


「資料によるとね。何でも、国際的なアセットマネジメント会社が、ポートフォリオの規定で、日本の不動産を一定比率、組み入れないといけないんだけど、まだ目標に達してなくて。それで、こういうキャピタルゲインも家賃収入も期待できる、まとまった規模の物件を探してほしい、って頼まれてるんだ」


彼の説明は、元銀行員らしく、落ち着いていて理路整然としている。


エミリアは、ふむ、と小さく顎に指を当て、興味深そうにマンション群を見上げながら立ち止まった。


「なるほどね。それで、健ちゃん。そもそも、あのマンション群、今の持ち主は売る気があるの? そこが一番大事じゃない?」


彼女の問いは、いつも核心を突いている。

佐藤は、事前にサスキアがまとめてくれた資料を思い出しながら答えた。


「えーとね。登記情報だと、大手不動産のリート…投資信託が所有しているみたい。リートは常にポートフォリオの組み換えをしてるから、価格さえ折り合えば、売却自体は検討すると思うよ」


「ふーん」


エミリアは、再び佐藤に合わせてゆっくりと歩き出す。

今度は、腕を組み、まるで値踏みでもするかのように、マンション群と、行き交う人々を交互に観察しながら。


「ふーん、リートが相手で、買い手も大手ファンド…。つまり、金融のプロ同士の、かなり大きな取引ってわけね」


彼女は、事もなげに呟く。

そして、佐藤に同意を求めるでもなく、事実を述べるように続けた。


「…まあ、私たちみたいな、設立されたばかりで実績もない(表向きはね)小さなリサーチ会社に、こんな大きな話が直接来るのは、十中八九、ヴァネッサの『特別な紹介』があってこそでしょうけど」


彼女は、その名前に、ほんの少しだけ、皮肉と、複雑な感情を滲ませた笑みを浮かべた。


「それで? その、プロの方々は、わざわざ『コネ』を使ってまで、私たちに、具体的に何を調べてほしいのかしら? よほど、普通の調査会社では掴めない情報が必要なのかしらね」


彼女の疑問はもっともだった。


「ファンド側が特に気にしているのは、公表されている入居率が、実際の稼働状況と乖離していないか、という点と、周辺エリアを含めた、長期的な『治安』…つまり、将来的な資産価値に影響しそうなリスク要因がないか、ということみたい。数字だけでは見えない部分の、裏付け調査が欲しいんだって。建物の物理的な劣化調査とかは、専門の建築士さんが別途入るらしいよ」


「なるほどね! 裏付け調査! 面白いじゃない!」


エミリアの目が、キラリと輝いた。

まるで、解きごたえのあるパズルを見つけたかのようだ。

彼女は再び立ち止まり、まるで名探偵が推理を披露するように、人差し指を立てた。


「それなら、やり方は簡単よ! 私たちの得意分野だわ!」


彼女は、楽しそうに計画を語り始める。


「まず、入居率。現時点での、駐車場の車の出入り…特に、夜間や早朝の動きね。それと、マンション全体の窓…夜間の各部屋の明かりの点灯状況、カーテンの動き、バルコニーの洗濯物。これを、定点観測で、朝、昼過ぎ、それから今夜と、複数回、色々な角度から詳細に撮影するわ。で、その膨大な画像データを、AIにディープラーニングさせて、実際の稼働部屋数を、誤差数パーセントで割り出すの。古典的な張り込みと、最新技術の融合よ!」


佐藤は、彼女の、時に突拍子もないが、常に的を射た発想に、内心、感心しながら聞いていた。


(AI解析か…昔からの調査会社じゃ、ノウハウが無いからやらないだろうな…でも、エミリアなら、平気でそういうリソースを使えそうだ…)


「治安の方は、もっと簡単で面白いわよ!」


エミリアは、声を弾ませて続ける。


「これから、このエリアで一番大きなホームセンターに行きましょう! そこで、防犯グッズ…高性能な鍵とか、窓用の補助錠、防犯フィルム、センサーライト、監視カメラ…そういうのが、どれだけ売り場の、目立つ場所で、どれだけ『リキを入れて』売られているか、チェックするの。もし、売り場がすごく充実してて、店員さんも『最近、この辺りも物騒になってきましたからねえ…』なんてセールストークをしてきたら…ビンゴ! 治安が良いとは言えない、って報告できるわ!」


その、あまりにも独自すぎる調査方法に、佐藤は少し呆れつつも、彼女の隣で、言われた通り、スマートフォンのカメラを起動した。

周囲の散歩中の人々に怪しまれないよう、あくまでさりげなく、風景写真でも撮るかのように、駐車場やマンションの窓の撮影を始めた。


エミリアは、そんな佐藤の様子を、満足そうに見守りながら、「健ちゃん、こっちの角度からもお願い! 光の反射が少ない方がいいわ。あと、あそこの棟のバルコニー、やけに洗濯物が多い部屋と、全くない部屋があるわね、それも一応撮っておいて!」などと、楽しげに指示を飛ばす。


その姿は、まるでフィールドワークを楽しむ学生リーダーのようだった。


佐藤は、そんな彼女を、苦笑いを浮かべながらも、どこか温かい気持ちで見守っていた。

彼女が、こうして「表」の仕事を楽しんでいる姿を見るのは、彼にとっても嬉しいことだったからだ。

例えその調査方法が、少し(いや、かなり)変わっていたとしても。


火曜日の午後二時過ぎ。


事務所のドアベルが鳴り、サスキアが、事前にアポイントメントが取られていた民間の大手警備会社のチームを、丁寧な物腰で迎え入れた。

営業担当らしい、人の良さそうな笑顔を浮かべたスーツ姿の男性一人と、清潔な作業服に身を包み、最新のツールボックスを抱えた技術者二名。

彼らは、この設立されたばかりの小さな会社の、オフィスセキュリティシステムの設置工事のために訪れたのだ。


佐藤は、自分のデスクで、午前中にエミリアと湾岸エリアで撮影してきた、大量のマンション群の写真を、デスクトップパソコンに取り込む作業をしていた。

しかし、その意識の半分は、部屋の中で始まった設置工事の様子と、それを監督するエミリアとサスキアの姿に向けられていた。


営業担当の男性は、分厚いパンフレットを広げ、いかにもマニュアル通りといった熱心さで、システムの機能や、オプションの追加サービスについて、エミリアとサスキアに説明し始めた。


「こちらの最新型赤外線センサーはですね、従来のモデルと比較しまして、ペットなどの小動物と、人間の熱源を、AIが瞬時に判別し、誤作動を98%以上削減することに成功しておりまして、さらにこちらの窓用振動センサーはですね…」


彼の隣では、二人の技術者が、言葉少なに、しかし極めて慎重な手つきで、白い壁や、アルミサッシの窓枠に、小さなセンサー類を取り付けていく。

電動ドリルが壁に入る、キュルキュルという微かな音も、細心の注意が払われているのが分かるほど、抑制されていた。

新しい事務所の壁に、傷一つつけまいという、プロフェッショナルな配慮だろう。

佐藤は、その丁寧な仕事ぶりに、感心した。


しかし、エミリアは、営業担当者の熱心な説明を、時折、穏やかな、しかし有無を言わせぬ口調で遮った。


「あら、そのセンサーですけれど」


彼女は、技術者が取り付けようとしていた、ドア上部の壁の一点を、すらりとした指で示す。


「そこですと、お客様がいらした時に、少し威圧感を与えてしまうかもしれませんわ。それに、こちらの絵(壁にかかった抽象画)とのバランスも…もう少しだけ、右に、あと数センチ上にずらしていただけると、美観としても、よろしいかと思うのですが…」


その口調は、あくまでもインテリアデザインにこだわる、顧客としての、美意識からの要望のように聞こえた。

しかし、佐藤には分かった。

それは、エミリアが瞬時に計算した、最も効果的で、かつ死角のない監視ポイントへと、巧妙に設置場所を誘導しているのだ。


(…この営業さん、多分、全く気づいてないんだろうな…)


佐藤は、システムがいかに最新で、いかに自社のサービスが優れているかを熱弁する営業担当者を、少しだけ同情的な気持ちで見ていた。


(今、あなたの説明を、完璧な笑顔で聞きながら、内心ではおそらく別の計算をしている二人の女性が、下手をすれば、その最新セキュリティシステムを、遠隔操作で無効化するくらいのスキルを持っているかもしれないなんて、夢にも思わないんだろうな…)


彼は、写真データの転送状況を示すプログレスバーを眺めながら、数日前に自分がエミリアにした、少し間の抜けた質問を思い出していた。


「ねえエミリア、こんな民間の警備会社の防犯装置なんて、本当に必要? 正直、エミリアが、そのソファに座ってるだけで、どんな高度なセキュリティシステムより、よっぽど防犯になると思うんだけど?」


その時の、エミリアの、少し呆れたような、でも、どこか嬉しそうな、複雑な表情と、その答え。


「ふふ、そうかもしれないわね。でも、…この事務所は、あくまで『表向きの』、真っ当なビジネスをするための場所なのよ。だから、ちゃんと『普通』に見えるように、信頼できる民間の警備会社のシステムを入れるの。ステッカーだって、ちゃんと貼らないと。その方が、私が、いつか本当に、裏社会から足を洗って、健ちゃんと、ただの民間人として生きていくときに、都合がいいから」


…あの時の、少し寂しげな、しかし強い決意を秘めたエミリアの横顔を思い出し、佐藤は、自分の考えがいかに浅かったかを、改めて少し恥じた。

彼女は、いつも、ずっと先を見ているのだ。


佐藤がそんな感傷に浸っている間に、設置工事と、サスキアによるシステム連携の最終確認、そしてエミリアへの(おそらく形式的な)使い方の講習は、滞りなく終わったようだった。

窓の外は、いつの間にか、厚い雲の切れ間から、夕焼けの、燃えるようなオレンジ色の光が差し込み、部屋全体を、非現実的な色合いに染め始めている。


営業担当の男性が、満足げな表情で、いくつかの大きさの、警備会社のロゴが印刷されたステッカーを取り出した。


「マダム(彼は、いつの間にかエミリアをそう呼んでいた)、設置完了いたしました。契約の証となります、こちらのセキュリティステッカーですが、どちらに貼らせていただきましょうか?」


エミリアは、まるで欲しかったおもちゃを手に入れた子供のように、ぱっと顔を輝かせ、元気よく答えた。


「そうね! 一番大きなシールを、出入り口のドアの、一番目立つところにお願いできるかしら? それから、小さいのを、いくつか、窓用に頂ける? 窓の方は、私が自分で貼りたいから」


彼女は、悪戯っぽく、しかし嬉しそうに微笑み、営業担当者から、数枚のステッカーを、大切そうに受け取っていた。


佐藤は、その、あまりにも普通の、どこにでもある企業の、当たり前の光景――新しいセキュリティシステムの導入と、その証であるステッカーを、嬉しそうに受け取るエミリアの姿――を見ながら、不思議な感動と、確かな希望を覚えていた。

彼女が、本気で、裏社会の痕跡を消し、いつか、ただの民間人として、自分と生きていこうとしてくれている。

その小さな、しかし確かな一歩が、この、ありふれたステッカーに象徴されているのかもしれない。

彼は、自分たちの未来に、夕焼けのような、温かく、力強い光が差したような気がした。

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