影の女王の逆鱗 其一
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
東京の銀杏並木が最後の葉を落としきり、冬の到来を告げる乾いた寒風が、コートの襟を立てる人々の肌から容赦なく潤いを奪っていく。
季節は、確実に移り変わっていた。
乾いた大河の川底で発見されたレアメタル鉱床。
あの一件から始まった、波乱に満ちたフィリピン海での航海は終わり、エミリアと佐藤の東京での『新しい生活』が、静かに、しかし確実に始まろうとしていた。
ヴァネッサが提案した『表向きの仕事』――『海外富裕層・投資ファンド向けの、日本の不動産・企業買収に関する、フリーランスの事前調査』。
そのための、ささやかな事務所が、都心の喧騒から少し離れた、再開発の波に取り残されたような、古い雑居ビルや商店が立ち並ぶ一角に、ひっそりと開設された。
古びたビルの3階、磨りガラスのドアには、『303』とだけ記された、真新しい、しかし目立たない小さな金属プレートが取り付けられている。
流石にエミリアと佐藤の二人だけで事務所を運営し、いつかかってくるか分からない電話や、時折訪れるかもしれない(表向きの)クライアントに対応するのは無理がある。
そこで、ヴァネッサは、自身の広範なネットワークを駆使し、信頼できる『受付兼秘書』を一人、手配した。
エミリアも、その人物の経歴と能力を聞き、珍しく異議を唱えずに納得したという、その女性は――
受付カウンターの内側に座る彼女――サスキア・デ・フリースは、背筋を、まるで鋼の芯が入っているかのように、真っ直ぐに伸ばしていた。
年齢は四十代前半だろうか。オランダ出身だと聞いている。
手入れの行き届いたダークブロンドの髪は、一糸乱れぬタイトなシニヨンにまとめられ、仕立ての良い、しかし華美ではないチャコールグレーのパンツスーツを、完璧に着こなしている。
無駄な装飾は一切なく、ミニマルで、どこまでも洗練されたスタイルだ。
佐藤が、事務所のドアを少し緊張しながら開け、「おはようございます」と声をかけると、彼女は、作業していたであろう書類から、静かに顔を上げた。
その、澄んだブルーグレーの瞳は、驚くほど冷静で、全てを見通すような、深い湖のような光を宿していた。
表情は穏やかだが、感情の起伏を全く感じさせない、完璧なポーカーフェイスに近い。
「おはようございます、佐藤さん」
その声は、低く、落ち着いており、完璧な、少し硬質な響きの日本語だった。
イントネーションに、微かに異国の響きが残っているような気もしたが、佐藤には判別できない。
彼女は軽く会釈すると、すぐに手元のタブレットに視線を戻した。
その一連の所作には、一切の無駄も、そして馴れ合いを許さない、プロフェッショナルな壁が、明確に感じられた。
佐藤は、エミリアとは全く違う種類の、近寄りがたい、しかし同時に、なぜか絶対的な信頼感を抱かせる、不思議なオーラを彼女から感じ取っていた。
(この人も、きっと、普通の人じゃないんだろうな…)
彼は、漠然とした予感を胸に、自分のデスクへと向かった。
事務所の中は、新しい家具の匂いと、サスキアが淹れたのであろう、微かなコーヒーの香りが混じり合っていた。
佐藤は、自分の割り当てられた真新しいデスクの椅子に、ややぎこちなく腰を下ろした。
部屋には、新品のオフィス家具特有の、少しツンとした匂いと、受付のサスキアが入れてくれたのであろう、上品なコーヒーの香りが静かに漂っている。
しかし、彼の心は、まだ新しい環境に馴染めず、どこか落ち着かなかった。
彼は、無意識のうちに、隣の、今は主のいないデスクに目をやった。
エミリアの席だ。
可愛らしいキーホルダーが無造作に置かれている。
(エミリア、今頃、何してるかな…)
彼は思う。
今朝早く、「『二人組』の基礎訓練よ! 初日からビシバシ行くわ!」と、妙に張り切った様子で、愛車の白いコンパクトカーを、まるで闘牛場の猛牛のように威勢よく発進させて、どこかへ出かけてしまった。
その時の、普段の悪戯っぽい笑顔とは違う、どこか教官めいた真剣な(あるいは、単に楽しそうな?)横顔を思い出す。
佐藤は、エミリアが、松田刑事からこの話を持ち掛けられた時の、珍しいほどの激しい怒りを、昨日のことのように思い出していた。
彼女は、お気に入りの高級紅茶を、テーブルに叩きつける勢いで、佐藤の前で、感情を露わにして愚痴っていたのだ。
「あの松田刑事! また、ただ働きどころか、経費と手間がかかりすぎる話を、私に押し付けてきたのよ!!」
エミリアが言うには、関西で悪質な違法風俗のスカウトに執拗に追われ、東京に逃げてきた元家出少女の二人組を、謹慎中の松田刑事が、なぜか保護してしまったらしい。
「『謹慎中に勝手にパトロールして、トラブル抱えて、自分のクビが飛びそうだから、後始末を助けてほしい』って! あの刑事、どこまでお人好しで、…いえ、ただの危機管理能力ゼロの馬鹿なのよ!」
エミリアは、少女たちの詳しい経歴や顔については、「健ちゃんが知る必要はないわ。危険なだけだから」と、きっぱり教えてくれなかったが、年齢については、妙に具体的に説明した。
「なんでも、『選挙権はあるけれど、アルコールを飲むことは、まだ、法律で許されていない』…そういう年頃の、女の子の二人組ですって」
そして、付け加えるように言った。
「それに、スカウトの連中が相当しつこかったせいで、…松田刑事の話だとね、『男性恐怖症』気味になっているらしいから。だから健ちゃん、申し訳ないけれど、彼女たちとは、なるべく接触しないようにしてあげてね。怖がらせたら可哀想でしょう?」
その時のエミリアの目は、真顔で、しかし、どこか佐藤の反応を探るような、奇妙な念の押し方だった。
あれほど憤慨し、松田への罵詈雑言を並べていたはずなのに、数日経つと、エミリアは、まるで世紀の大発見でもしたかのように、目を輝かせて佐藤にこう言ったのだ。
「ねえ健ちゃん、あの子たち、私が引退した後の『後継者』に育ててみるのはどうかしら? ちょうどいい素材じゃない? そうすれば、私も安心して、早く楽隠居できるじゃない?」と。
そのあまりにも都合の良い変わり身の早さと、『楽隠居』という言葉に、佐藤はただただ、呆気にとられたことを思い出す。
(…後継者、か…)
佐藤は、エミリアの空席を見つめながら、再びため息をついた。
彼女が裏社会から完全に足を洗うのは、まだ遠い未来の話らしい。
それでも、彼女が、少しでも真っ当な道を歩もうとしている(ように見える)こと、そして、その理由の一端に、自分がいる(と思わせてくれている)ことに、彼は、複雑な、しかし、否定できない温かい気持ちを抱かずにはいられなかった。
窓の外では、灰色の雲が低く垂れ込め、時折、秋の終わりを告げる冷たい風が、ビルの隙間を唸るように吹き抜けていた。
佐藤は、割り当てられたばかりの、まだインクと新しい什器の匂いが微かに残るデスクの椅子に、深く腰掛けた。
部屋は静かだ。受付カウンターの向こうでは、サスキア・デ・フリースが、音もなく自身の業務に没頭している気配がある。
窓の外は、厚い灰色の雲が空を低く覆い、海から吹き付ける秋の乾いた風が、ビルの隙間を唸るように通り過ぎていく音が、時折、微かに聞こえるだけだった。
彼の視線は、自然と、空席の――エミリアのデスクへと向かった。
彼女がいないだけで、この機能的なはずのオフィスが、ひどくがらんとして、色褪せて見える。
まるで、主役を失った舞台のようだ。
(エミリア、今頃、何してるかな…。『基礎訓練』って言ってたけど、無茶してないといいけど…)
佐藤は、心の中でため息をついた。
その時、ジャケットの内ポケットに入れていた、私用のスマートフォンが、ブルリ、と控えめな振動で着信を告げた。
仕事用の端末とは別に、彼が個人的に使い続けているものだ。
彼は、少しだけ訝しげに、それを取り出し、画面をタップした。
そこには、いくつかのメッセージアプリの通知が、明るいアイコンと共にポップアップしていた。
送信主は――星宮 凛、月島 葵、花咲 陽菜、緑川 楓、紫堂 愛…、エミリアが警護任務にあたった芸能事務所「株式会社エリジウム・コード」の人気アイドルグループ『Berurikku』のメンバーたちからだった。
さらに、天野 ひかるや海野 美波といった、まだデビュー前の、夢を追う候補生たちからの、朝の挨拶メッセージも届いている。
「佐藤さん、おはようございます!」
「今日も一日頑張りましょうね!」
といった、他愛のない、しかし、太陽のように明るい言葉が並んでいた。
(…まだ、こうして連絡くれるんだな…)
佐藤は、少しだけ、頬が緩むのを感じた。
あの華やかで、目まぐるしい世界の住人たちが、自分のような、地味で取り柄のない(と本人は思っている)男のことを、まだ覚えていてくれる。
事件が終われば、すぐに忘れられてしまうだろうと思っていただけに、その律儀な連絡は、彼の心を、予期せず、ほんの少しだけ、温かくした。
正直なところ、エミリアが、このアイドルたちとの交流を、黙認…いや、むしろ、時折「ちゃんと返信してあげなさいよ」と促すことさえあるのは、佐藤にとって、大きな謎であり、そして、わずかな不安の種でもあった。
彼女の、あの、健ちゃん(自分)に対する、時に息が詰まるほどの独占欲を考えれば、ありえないことのはずだ。
(もしかして、エミリアは、僕が、もっと女性とのコミュニケーションに慣れて、普通の感覚を身につけることを、本当に望んでいるんだろうか…? この、ヴァネッサさんが用意してくれた、立派な『投資アナリスト』という肩書も、その一環…?)
彼は、そう考えようとした。
エミリアが、自分の将来を案じ、良かれと思って、この状況を許容しているのだと。
しかし、すぐに、首を振る。エミリア・シュナイダーという女性は、そんな単純な善意だけで動く人間ではないことを、彼は、短い付き合いの中でも、痛いほど理解していた。
「…本当のことは、分からないけど…」
佐藤は、自嘲気味に、小さく息を吐いた。
「エミリアのことだ。僕の想像なんて、軽く超えるような、とんでもない理由が、きっと、あるんだろうな…」
彼女の真意は、いつも、深い霧の向こう側にある。
それを詮索するのは、今はやめておこう。
佐藤は、気持ちを切り替え、指先で、アイドルたちや候補生たち一人一人に、丁寧な、しかし当たり障りのない返信メッセージを打ち始めた。
「おはようございます。凛さんも、今日一日頑張ってください」
「葵さん、メッセージありがとうございます。こちらも元気です」…。
スマートフォンをタップする乾いた音だけが、室内に響く。
その単純な作業を続けながらも、彼の心は、別の場所にあった。
今頃、エミリアは、あの二人の少女たちと、どんな過酷な『訓練』をしているのだろうか。
どうか、無茶だけはしないでほしい。
そして、できることなら、早く、無事に、この事務所に帰ってきてほしい。
彼は、ただ、それだけを願った。
窓の外では、灰色の雲が、相変わらず空を覆い、冷たい風が吹き続けていた。
***
その時、事務所が入る古いビルの裏手にある、小さな月極駐車場に、一台の白いコンパクトカーが、滑るように入ってきた。
軽快なエンジン音が静かに停止し、運転席のドアが開く。
現れたのは、トレーニングウェアの上に、ラフなダウンジャケットを羽織ったエミリアだった。
彼女は、車の外に出て、冬の朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、軽く体を伸ばす。
早朝からの『訓練』の、心地よい疲労感が筋肉に残っていた。
同じ瞬間、事務所の受付カウンターでは、サスキアが、背筋を伸ばし、静かにキーボードを叩いていた。
彼女のデスク周りは、常に完璧に整頓され、無駄なものは一切ない。
窓から差し込む、冬の低い角度の太陽光が、彼女のダークブロンドの髪を、わずかに金色に照らしていた。
オフィス内は、暖房の微かな作動音と、彼女の規則正しいタイピング音だけが響く、穏やかな午前中の空気に満たされていた。
まさに、その時だった。
エミリアが車のドアを閉め、事務所へ向かおうとした手元で、そして、サスキアのデスクの上に、まるでオブジェのように静かに置かれていたスマートフォンが、寸分違わず同時に、短く、しかし鋭い、特殊な通知音を発した。
ピ、ピリッ。
それは、一般的な着信音ではない。二人が、それぞれ契約している異なる監視サービスから送られてくる、最重要警戒対象…『佐藤 健』に関連する個人情報が、何者かによって、特定のネットワーク上で検索、あるいは照会されたことを示すアラートだった。
エミリアの動きが、一瞬、凍りつく。
彼女の表情から、訓練後のリラックスした空気は消え去り、瞬時に『影の女王』の、鋭く冷たいものへと変わる。
眉をひそめ、ジャケットのポケットから、常に最新の状態に保たれたスマートフォンを取り出し、画面を素早く確認した。画面には、検索されたキーワードと、発信元IPアドレス(あるいは、それを追跡中の情報)が表示されている。
サスキアもまた、タイピングを止めていた。
その動きには、驚きも、ためらいもない。ただ、条件反射のように、音もなくスマートフォンを手に取り、生体認証でロックを解除し、同様の通知内容を一瞥する。
そのブルーグレーの瞳が、わずかに細められた。
彼女は、さらに数秒、端末を操作し、得られた情報を暗号化し、エミリアの端末へと転送する。
エミリアのスマートフォンに、サスキアからの追跡情報を示す通知が重なる。
『アラート確認。対象:サトウ・ケン。検索元情報:国内、複数箇所より断続的にアクセス試行。情報源秘匿工作の痕跡あり。現在、詳細分析中』
エミリアは、スマートフォンの画面に表示された情報を見つめたまま、ゆっくりと顔を上げた。
そして、事務所が入るビルの窓を、まるで獲物を見定めるかのように、鋭く見据えた。
その碧眼には、冷たい怒りの炎と、…そして、面倒な虫を払い落とさねばならない、という冷徹な決意の光が宿り始めていた。
サスキアは、既に、何事もなかったかのように、受付業務に戻っていたが、その指先が、普段よりも、わずかに速く、そして力強くキーボードを叩いていることに、気づく者はいなかっただろう。
穏やかなはずの冬晴れの午前は、一瞬にして、見えない脅威の気配と、二人のプロフェッショナルの、静かな闘志に満たされていた。
エミリアは、眉をひそめ、スマートフォンを耳元ではなく、まるで武器のように素早く操作した。
その指が、暗号化されたメッセージアプリの画面上を走る。
おそらく、彼女が「契約」している、数多いる情報屋の一人への指示だろう。
『至急。佐藤健。検索アラート。発信元、目的、関連情報。コスト上限XXX。最優先』
といった、簡潔だが有無を言わせぬ内容が、瞬時に送信された。
同時に、彼女はもう一つ、サスキアとの連絡に使っているセキュアなチャットを開き、短いメッセージを送る。
「サスキア、例のアラート、確認したわね? こちらでも裏取り、急がせる。そっちのシステムでの正規ルートからの追跡と分析、継続してお願い。カバーよろしく」
その文面は、同僚に頼むような、どこか気楽ささえ感じさせたが、内容は明確な指示であり、情報共有の要求だった。
受付カウンターのサスキアは、自身の端末に表示されたエミリアからのメッセージを一瞥すると、即座に「Rgr. (Roger/了解)」とだけ、短い返信を送った。
彼女の表情は、依然として変わらない。
しかし、キーボードを叩く彼女の指の速度は、明らかに先ほどよりも上がっており、画面には複雑な追跡ログやデータベース照会のウィンドウが、次々と開かれていく。
エミリアは、自分のスマートフォンの画面を、わずかに苛立ちを滲ませながら見つめている。
彼女の情報屋は、金さえ積めば、驚くほど速い。
数分、いや数十分もすれば、答えは出るだろう。
(くだらない用件で、健ちゃんの情報が探られているのは、気分が悪いわ…)
彼女は、ソファに座り、何も知らずに(今はエミリアの不穏な空気を察してか、少し不安げに)こちらを見ている佐藤に、努めて穏やかな笑顔を向けた。
「ごめんなさい、健ちゃん。ちょっと、急ぎの連絡が入っちゃって。…昨日のお仕事の話の続き、しましょうか?」
彼女は、内心の苛立ちと警戒心を完璧に隠し、再び「優しいお姉さん」の仮面を被り直した。
佐藤は、その変化に戸惑いつつも、少しだけ安堵したように頷いた。
エミリアは、スマートフォンをポケットにしまい、一つ深呼吸をして、内心の警戒心を表面から消し去った。
そして、佐藤に向き直ると、努めて明るい、いつもの『仕事モード』の声を出した。
「ごめんなさいね、健ちゃん、中断しちゃって。さ、気を取り直して、私たちの『真っ当な』お仕事の話よ。それで健ちゃん、今、どんな依頼が来ているの?」
佐藤は、エミリアの素早い切り替えに少し戸惑いつつも、自分のノートパソコンの画面に表示された依頼リストに意識を集中させた。
彼の指が、軽やかにキーボードを叩き、依頼内容を読み上げていく。
その声は、まだ少し硬いが、元銀行員らしい、整理された報告の口調に戻っていた。
「ええと、まず個人のお客様から、北海道の湖畔に別荘地を購入したいとのことで、周辺環境と法的規制に関する現地調査が一軒。それから、首都圏で、キャピタルゲイン狙いの投資用マンション、候補物件のリストアップと将来性評価…こちらが個人から二軒、投資法人から一軒ですね。あとは…」
佐藤は、リストの最後にあった依頼に、少し首を傾げた。
「関西の、これも個人の方からですが…『内燃機関の部品を作っている町工場』を買いたい、と…。詳細はこの後、担当者と直接コンタクトを取る、とだけ書かれています」
最後の依頼に、エミリアの眉が、ピクリと鋭く動いた。
先ほどの和やかな空気は消え、佐藤の顔をじっと見つめた。
その碧眼に、瞬時に、冷たく鋭い光が宿る。
「…内燃機関の部品工場? それだけ? 随分と曖昧な依頼ね…。もっと、細かい指定はなかったの? 具体的にどんな部品か、とか。自動車用? 船舶用? それとも…無人機用とか、ミサイル用とか?」
その声は、先ほどまでの明るさとは一転し、低く、探るような響きを帯びていた。
部屋の空気が、再び張り詰める。
佐藤は、エミリアのただならぬ剣幕に少し戸惑いながら、依頼の詳細画面を再度スクロールして確認した。
「う、うん…。依頼内容には、本当に、ただ、『内燃機関の、精密部品製造能力を持つ、中小規模の町工場』としか…。具体的な用途や、希望する技術レベルの記載は、特にありませんね…」
エミリアは、数秒間、何かを素早く計算するように黙り込んだ。
窓の外では、風が唸りを上げ、激しくガラスを叩いている。
やがて、彼女は、きっぱりとした、拒絶の意思を込めた口調で言った。
「健ちゃん。その関西の町工場の依頼は、丁重に、でも、即座にお断りして。理由は、『当社の現在のリソースでは、ご要望に沿った詳細な調査は困難なため』とでも適当に付けておいて」
佐藤は、エミリアの、その有無を言わせぬ口調に驚きながらも、理由を尋ねずにはいられなかった。
「え、でも、どうして…? 条件は悪くないかもしれないのに…」
エミリアは、ふう、と重い息をつき、まるで世間知らずの子供に言い聞かせるように、少し声を落として説明した。
「健ちゃんは、平和な日本にいるから実感が薄いかもしれないけれど、『内燃機関』…特に、小型で高性能なエンジンや、その精密な部品を作る技術っていうのはね、国によっては、喉から手が出るほど欲しい『軍事転用可能な戦略物資』なのよ」
彼女の目は、遠い紛争地域や、闇市場を見てきた者の、冷たい光を宿していた。
「特に、国際社会から経済制裁を受けていたり、これから軍備を急速に拡張したいと考えている国にとってはね。そういう国は、正規のルートでは買えないから、ダミー会社や、裕福な個人投資家を装った『代理人』を使って、技術を持つ中小企業…特に経営が苦しいところや、代替わりしたばかりのところ…に、甘い話を持ち掛けて、技術ごと、あるいは工場ごと買収しようとすることが、本当によくあるの」
彼女は、佐藤の目を真っ直ぐに見据えた。
「今回の依頼、あまりにも情報が曖昧すぎるわ。どんな部品か、どんな技術レベルか、何に使うのか…。具体的なことを、意図的に隠しているようにしか見えない。…私の『嗅覚』が言ってる。これは、そういう『面倒な』案件の匂いがプンプンするって。下手に首を突っ込んだら、国際的な武器密輸とか、技術流出とか、…そういう、本当に厄介なトラブルに巻き込まれかねない」
そして、彼女は、ふっと表情を和らげ、少しだけ寂しそうな、しかし強い決意を込めた声で付け加えた。
「私、そういう、後々、絶対に私たちの『平穏』を脅かすって分かるような仕事は、もう、受けたくないの。だって、健ちゃんと、二人で、静かに、幸せな生活を送るのに、邪魔になるだけだもの」
佐藤は、エミリアの言葉に、息を呑んだ。
ただの町工場買収の依頼の裏に、そんな国際的な陰謀や、軍事的な駆け引きが隠されている可能性があるなんて、想像もしていなかった。
彼女が、自分たちの『平和な生活』を、そこまで真剣に考え、守ろうとしてくれていること。
そして、彼女が持つ、裏社会の知識と、危険を瞬時に嗅ぎ分ける能力の鋭さ。
彼は、エミリアの話を聞きながら、改めて、自分たちが生きている世界の複雑さと、すぐ隣にある見えない危険を、肌で感じていた。
そして、そんな世界で、自分を、そして自分たちの未来を守ろうとしてくれるエミリアへの想いを、さらに強くするのだった。
彼は、ただ、黙って、しかし力強く、頷いた。
エミリアの判断は、きっと正しいのだと、信じて。
その時だった。佐藤の同意を示す静かな頷きと、エミリアが安堵の息をつく間の、ほんの一瞬の静寂を破って、彼女のポケットのスマートフォンが、再び、あの短く鋭い特殊な通知音を響かせた。
ピ、ピリッ。
エミリアは、今度こそ明らかに眉をひそめ、先ほどとは違う、本物の警戒の色をその碧眼に宿した。
まるで、獲物の気配を察知した猫のように、全身の神経が研ぎ澄まされる。
彼女は、素早くスマートフォンを取り出し、画面に表示されたアラートを確認する。――佐藤 健の個人情報。検索レベル上昇。過去の経歴に対するアクセス試行多数。
彼女の指が、画面上で瞬時に動き、懇意の情報屋への追加指示を出す。
『詳細。即時。コスト上限なし』
佐藤は、エミリアの表情が、一瞬にして戦闘モードのそれへと切り替わったのを見て、息を呑んだ。
先ほどの、未来を語っていた時の穏やかな雰囲気は消え去り、再び『影の女王』の冷たい仮面が、彼女の顔を覆っている。
いったい何が? 自分の情報が? 不安が、冷たい霧のように、佐藤の心に立ち込める。
数十秒の、息が詰まるような沈黙。
エミリアは、画面を凝視していたが、やがて、ふっと、肩の力が抜けたように、大きな、そして明らかに呆れたような、深いため息をついた。
その表情には、困惑と、安堵と、そして、ほんの少しの…疲労が混じっていた。
佐藤は、彼女のその、普段あまり見せない、複雑な表情の変化に、ますます混乱した。
彼女は、スマートフォンを無造作にポケットに押し込むと、佐藤に向き直った。
その声は、優しく、まるで子供に言い聞かせるようだった。
「健ちゃん。前にも話したと思うけど、覚えてる? 私たち、こういう仕事だから、誰かが私たちの個人情報…特に、健ちゃんみたいな『一般人』の情報を、表や裏のネットワークで調べ始めると、すぐに分かるように、常に監視しているって」
佐藤は、こくりと頷いた。そう言えば、エミリアから、「第三者に、自分のことを、不用意に話さないように」とか、「もし狙われるとしたら、まず情報収集から始まるから、そういう動きを検知したら、すぐに分かるようにしてある。だから、何かアラートが来ても、むやみに驚かないで、まず私に報告してね」と、真顔で、しかしどこか物騒な口調で、釘を刺されていたことを、ぼんやりと思い出した。
「それでね」エミリアは続けた。
「さっき、健ちゃんの個人情報を、調べている人がいるって、通知が来たの。それも、結構しつこく、過去の情報を掘ってるみたいでね。だから、追加料金で、急いで裏を取ってもらったんだけど…」
彼女は、そこで一呼吸置き、まるで、信じられないものを見るような目で、佐藤を見た。
「健ちゃん。健ちゃんって、小学校の頃、福岡にいたこと、ある?」
佐藤は、自分の個人情報が調べられているという、背筋が凍るような事実と、続く質問の、あまりにも唐突な内容とのギャップに、思考が完全に停止した。
「え? ふ、福岡? うん、親の転勤で、…小学校の、たしか3年生から卒業まで、…福岡市の、近くの町に住んでたけど…。それが、何か? 僕の過去が、何か、今回の件と…?」
なぜ、そんな、埃をかぶった子供時代の話が?
エミリアは、佐藤の言葉に、納得したように、そして、やはり、心底呆れたような、複雑な表情を浮かべた。
「やっぱり。…良かった、ただの人騒がせみたい」
彼女は、もう一度、今度は、笑い出すのを必死にこらえるような、奇妙な音の混じったため息をつく。
「健ちゃん。その時の同級生で、田中 誠さん…って、覚えてる? その人が、どうやら、小学校の同窓会を開くらしくてね。幹事として、健ちゃんの連絡先を、同級生名簿とか、昔の連絡網とか、考えつく限りの方法で、それはもう、一生懸命、探してるようなのよ。それで、私たちの監視網の、色々なキーワードに引っかかったみたい」
佐藤は、完全に面食らった。
国際的な陰謀、軍事機密、エミリアの裏稼業、そして、…小学校の同窓会? しかも、幹事は田中誠? あの、プラモデルとエアガンの話しかしない、クラスでも特に目立たなかった(と佐藤は記憶している)彼が?
話が、あまりにも飛びすぎていて、彼の思考は、完全に追いつかない。
彼は、ただ、呆然と、エミリアの顔を見つめるしかなかった。
エミリアは、そんな佐藤を見て、また、くすくすと笑い始めている。
窓の外の、灰色だった空は、いつの間にか、さらに暗さを増していた。




