羅針盤は彼女たちの手に、彼はただ揺れる 其十七
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
欧州連合艦隊が日本の首都圏近郊の港に、その威容を現す前日の夜。
フィリピン海は、昨夜来の雨が嘘のように上がり、静寂を取り戻していた。
空には冴え冴えとした月が浮かび、穏やかな海面を、まるで広げられた銀箔のように、優しく照らし出している。
二つの艦隊――欧州の強襲揚陸艦を中心とする護衛艦群と、日本の大型護衛艦を中心とする部隊――は、互いの力を誇示し、同時に探り合うかのように、数キロメートルの距離を保ち、無数の灯りを点して夜の海を滑るように進んでいた。
それは、鋼鉄の巨体が暗い水面に織りなす、静かな、しかし見る者を圧倒する光のパレードのようだった。
それぞれの艦が掲げる国旗は夜風にはためき、両者の歴史とプライドを象徴しているかのようだ。
その日本の大型護衛艦、通称『軽空母』の艦内では、これから始まる異例の会食に向けた準備が、慌ただしく、しかし規律正しく進められていた。
艦載機の運用は停止され、広大な飛行甲板は、今はただ、月光を浴びて静まり返っている。
艦橋から遠く離れた水平線近くには、欧州艦隊の原子力空母の巨大なシルエットが、まるで眠る巨人か何かのように、ぼんやりと浮かんでいた。
会食に向かう4名の自衛官――中村健吾一等海佐、神崎誠一等海佐、分析官の青山玲奈、そして佐々木亮太一等海尉――は、それぞれの控室で身支度を整えていた。
彼らが身に纏うのは、式典や公式な会食に用いられる、折り目正しい白色(または季節によっては濃紺)の第一種礼装、あるいはそれに準ずる儀礼服。
肩には階級を示す金色の桜と線がきらめき、胸にはこれまでの任務と功績を示す色とりどりの略綬が、寸分の狂いもなく、まるで宝石のように整然と並べられている。
磨き上げられた短靴、糊のきいた白いシャツ。
国家を代表して『敵陣』に赴くには、これ以上ないほど隙のない装いだ。
ヘリコプターへの搭乗口近く、冷たい金属の壁に囲まれた通路で合流した際、中村艦長は、神崎の胸元に並ぶ、普段は見慣れない略綬の数々に気づき、少し目を丸くした。
そして、やや揶揄うような、しかし親しみを込めた口調で話しかけた。
「ほう、神崎一佐。貴官がこれほど『フル装備』で正装されるのは、初めて拝見するな。いつもは、その気配から何から、消すことに腐心されているというのに」
その言葉には、情報将校としての彼の特殊な立場への理解と、今回の公式な場に出向くことへの、わずかな皮肉が混じっていた。
神崎は、中村の言葉に、常のポーカーフェイスを崩さず、しかし内心では、この慣れない服装へのわずかな居心地の悪さを感じていた。
略綬の一つ一つが、まるで監視の目のように、重く感じられる。
(…外交儀礼とはいえ、目立ちすぎるのは本意ではないのだが…相手への敬意と、こちらの『格』を示すには、これが最も適切か…服装で舐められるわけにはいかんからな…)
彼は曖昧に微笑むだけで、明確な返答はしなかった。
その思考は既に、これから始まるであろう、食卓を舞台にした静かな情報戦へと向かっていた。
***
夜の帳がフィリピン海を完全に覆い、月だけが雲間から覗いては、穏やかな水面に銀色の道を儚く描いていた。
海上自衛隊の中型ヘリコプターのローター音が徐々に遠ざかり、代わりに強襲揚陸艦の巨大な飛行甲板に降り立った中村健吾一等海佐、神崎誠一等海佐、青山玲奈、佐々木亮太一等海尉の四人を包んだのは、異国の艦特有の空気――微かな燃料と排気の匂い、そして規律正しい静けさだった。
出迎えたのは、長身の海軍士官だった。
彼は流暢な英語で丁重に敬礼し、自己紹介した。
「Welcome aboard. By order of the Captain, I am to escort you to the dining room. If you'll please follow me.(ようこそ、当艦へ。艦長の命により、皆様をダイニングルームへご案内いたします。どうぞ、こちらへ)」
彼の案内に従い、一行は巨大な艦内へと足を踏み入れる。
自衛艦とは異なる設計思想、廊下の幅、照明の色、すれ違う乗組員の雰囲気。
その全てが、彼らにとって貴重な情報源だった。
神崎と青山は、特に鋭い観察眼で、あらゆるディテールを記憶に刻み込もうとしていた。
案内されたのは、艦橋構造物内にある、おそらくVIP用の公室であろう、洗練されたダイニングルームだった。
大きな窓の外には、月明かりに照らされた、あるいは闇に溶け込む夜の海が一望できる。
部屋の中央には、白いリネンがかけられ、銀食器とクリスタルグラスが完璧にセッティングされた円卓が置かれ、柔らかな間接照明に照らし出されている。
壁には趣味の良い絵画と海図。
豪華だが、どこか無機質で、張り詰めた空気が漂っていた。
入口では、ホスト役のアラン・モロー強襲揚陸艦艦長(海軍大佐)が、副長のローラン・ジラール中佐、そして艦隊司令部連絡将校のアントワーヌ・デュポン少佐と共に、一行を笑顔で出迎えた。
「Welcome, Admiral Nakamura—my apologies, Captain Nakamura. And to you all. We wish to express our sincerest gratitude for your generous cooperation regarding our rather... abrupt request.(ようこそ、中村提督…失礼いたしました、中村一佐。そして皆様方。我々の少々…突然のお願いに対し、寛大なご協力を賜りましたこと、心より感謝申し上げます)」
モロー艦長は、社交的な笑みを浮かべ、流暢な英語で語りかける。
しかし、その目には、職業軍人特有の鋭い光が宿っている。
形式的な、しかしプロフェッショナルな自己紹介が交わされる。
中村艦長は、日本の海上自衛隊を代表する指揮官としての威厳を保ち、落ち着いた態度で応じる。
神崎は、情報チームリーダーとしての立場は伏せ、『艦長付き幕僚』として紹介される。青山は「分析官』、佐々木は「連絡調整及び記録担当』と、当たり障りのない役職名が告げられた。デュポン少佐は、人懐こい笑顔で、基本的な日本語の挨拶も交え、場の雰囲気を和らげようと努めているように見えたが、その視線は、常に日本側の一同、特に神崎と青山に向けられている。
モロー艦長が高らかにグラス(中身はノンアルコールの飲み物だった)を掲げ、乾杯の音頭を取る。
「In gratitude for your fleet's significant cooperation during the recent exercise, and in hope for the further deepening of friendship and mutual understanding between our fleets, and indeed, our nations! (Cheers!)(先日の演習における、貴艦隊の多大なるご協力に感謝を表しますとともに、今後の我々の艦隊、そして実に、我々の国家間の、友好と相互理解がさらに深まることを願って!(乾杯!))」
中村艦長も、グラスを掲げ、厳かに応じる。
「Captain Moreau, and to everyone present, thank you for your warm hospitality. We too hope that this joint action will serve to further deepen the friendly relations between our two countries.(モロー艦長、そしてご列席の皆様、温かいおもてなしに感謝いたします。我々もまた、今回の共同行動が、両国の友好関係をより一層深める一助となることを願っております)」
外交的な美辞麗句が、静かに、しかしどこか空々しく響き渡る。食事が始まった。
ピエール料理長が腕を振るったフルコースが、一皿ずつ、完璧なタイミングで運ばれてくる。
帆立貝のポワレの香ばしい香り、鴨肉のコンフィの深い味わい、そして見た目も美しいデザート…。料理の説明は、モロー艦長が誇らしげに行う。
会話は、主に両艦長の間で、当たり障りのない海軍士官共通の話題――長い航海の経験、過去に寄港した港の思い出、艦船運用の難しさ、海軍の伝統、あるいは文化の違い――が、注意深く、言葉を選びながら交わされる。
まるで、チェスの序盤のように、互いの出方を探り合っているかのようだ。
神崎と青山は、会話にはほとんど参加せず、聞き役に徹していた。
彼らの視線は、しかし、モロー艦長の表情の微かな変化、ジラール副長の沈黙の意味、そして特に、積極的に話題を提供するデュポン少佐の言葉の裏にある意図を、鋭く探っている。
デュポン少佐は、時折、神崎や青山に、演習の感想や、日本の最新技術について、それとなく話を振ってくる。
二人は、当たり障りのない返答を返し、決して核心には触れない。
青山は、必要に応じて、中村艦長や神崎のために、フランス語の微妙なニュアンスを補足した。
カトラリーが皿に触れる、上品な、しかし冷たい金属音だけが、会話の合間を埋めていた。
食後のコーヒーが、佐藤が選んだ焼き菓子の一部と共に運ばれてきた。
会話は、スポーツや文化といった、より一般的な話題へと移る。
しかし、核心に触れるような質問も、それに対する不用意な回答も、決して出てくることはない。
水面下での、静かな、しかし激しい腹の探り合い。
アルコールが入らないことで、その緊張感は、むしろ、よりクリアに感じられた。
やがて、中村艦長が、時計を一瞥し、頃合い良しと判断し、丁重に辞去を告げた。
公式な感謝の言葉が再び述べられ、艦の記念メダルと盾が、形式的に交換される。
モロー艦長、ジラール副長、デュポン少佐が、敬礼と共に、丁寧に見送る中、中村艦長一行は、再び夜の飛行甲板へと降り立ち、待機していた海上自衛隊の中型ヘリコプターへと向かう。
甲板に出ると、湿り気を帯びた夜風が一層冷たく感じられ、肌を刺すようだった。
海は月明かりを鈍く反射しているが、空は依然として厚い雲に覆われている。
ヘリコプターへ乗り込む際、彼らは機内に積み込まれた、予想外の『貨物』の存在に気づいた。
数十個はあろうか、上品な紺色のリボンがかけられた、シックなデザインの白い紙箱が、キャビンスペースのかなりの部分を占めている。
それは、ヴァネッサが『感謝の印』として、日本側…おそらく艦隊の全乗員に向けて…手配した『お土産』――佐藤が選定した、ガレット・ブルトンヌ、マドレーヌ、そしてパン・デピス、合わせて千人分だった。
ヘリコプターの重いドアが閉まり、機体がローター音と共にわずかに振動し、力強く上昇を始める。
すると、機内に充満していたジェット燃料と機械油の匂いに混じって、濃厚で、甘く、そして複雑な香りが、ふわりと漂い始めた。
バターが焦げる香ばしいガレットの香り、マドレーヌから立ち上る繊細なバニラとレモンの香り、そしてパン・デピス特有の、蜂蜜とシナモン、クローブが織りなす、温かくエキゾチックなスパイスの香り…。
それは、先ほどの会食で張り詰めていた神経を、わずかに、しかし確実に、麻痺させるかのような、抗いがたい芳香だった。
箱は無地だが、その結び方、素材の質感には、フランスらしい洗練されたデザインセンスが窺える。おそらく、あのプライドの高そうなピエール料理長が、心を込めて(あるいは、ヴァネッサの厳命の下で)準備したのだろう。
(…千人分、か。大したものだが、これをどう分配したものか…下手に勘繰られても面倒だ。まあ、外交儀礼として、ありがたく頂戴し、部下の慰労にでも使うのが穏当か)
中村は、眉間に皺を寄せつつも、艦長として現実的な思考を巡らせる。
(…焼き菓子、千個? 奇妙な図上演習シナリオの次に、これか。単なる友好の印と見るには、量もタイミングも不自然すぎる。こちらの警戒を解くための、甘い罠か? それとも、単に、こちらの反応を見ているだけか…? いや、何か意味があるはずだ…この『贈り物』にも)
神崎の思考は、心地よいはずの甘い香りとは裏腹に、冷徹な分析を止めない。
(ガレット・ブルトンヌ、マドレーヌ、パン・デピス…定番の組み合わせだが、包装の質、香りからして、相当なレベルのものと推測される。個包装のマドレーヌは、配布や保存を考慮した合理的な選択ね。しかし、なぜこのタイミングで、この量を…? 相手の物量、あるいは交渉への『本気度』を示す、非言語的なメッセージか? それとも、単なる気まぐれ…?)
青山は冷静に分析しつつも、鼻腔をくすぐる豊かなバターの香りに、ほんの少しだけ、心が和むのを感じていた。
(すごい量だな…それに、すごくいい匂いだ。これは、艦に持ち帰ったら、皆、喜ぶだろうな…)
佐々木は、他の三人の複雑な思考とは別に、素直に感心し、少しだけ空腹を覚え、口の中に唾が湧くのを感じた。
ヘリコプターは、夜の闇を切り裂き、日本の護衛艦が待つ空域へと向かう。
窓の外には、巨大な鋼鉄の城――強襲揚陸艦のシルエットと、そこに灯る無数の光が、急速に小さくなっていく。
表向きは、丁重で友好的な会食だった。
しかし、機内に充満する、場違いなほど甘美な焼き菓子の香りとは裏腹に、彼らの胸に残されたのは、安堵感よりも、むしろ、さらに深まった疑念と、見えない敵との静かで、しかし熾烈な情報戦が、まだ始まったばかりであるという、揺るぎない確信だった。
***
欧州の有志国で編成された艦隊は、依然として日本の護衛艦隊と、つかず離れずの距離を保ちながら、日本へと向かう航路を静かに進んでいた。
強襲揚陸艦のヴァネッサの個室――数日後には彼女が離れることになる、豪華な仮の拠点――は、静かな執務空間に戻っていた。
窓の外は、厚く垂れ込めた灰色の雲が空を覆い、海も空も、鉛色の重たい光に沈んでいる。
艦は、大きくはないが、絶え間なく続くうねりに、ゆっくりと、しかし確実に揺れていた。
床に置かれた水の入ったグラスの表面が、微かに波紋を描いている。
彼女は、淹れたての紅茶――ベルガモットの爽やかな香りが、部屋の重い空気をわずかに和らげる――のカップを片手に、送られてきた報告書に目を通していた。
ギヨームがまとめた、日本側との会食に関する報告書だ。
内容は、予想通り、当たり障りのない外交辞令と、互いの腹を探り合うような、慎重な言葉の応酬に終始していた。
(Leur niveau d'alerte est très élevé, comme je m'y attendais. Logique, bien sûr. Vu leur réaction à notre petite 'farce', il est peu probable qu'ils dévoilent leur jeu si facilement...(彼らの警戒レベルは、予想通り、非常に高いわね。当然、論理的だわ。私たちの小さな『悪戯』に対する、あの反応を見れば、彼らがそう簡単に手の内を明かす可能性は低いでしょう…))
ヴァネッサは内心で短く評価を下すと、すぐに意識を別の思考へと切り替えた。
ふと、彼女はリビングスペースに置かれたソファに目をやった。
そこでは、エミリアと佐藤が、一つのノートパソコンを挟んで、真剣な表情で日本語で話し込んでいる。
エミリアが、佐藤に何かを根気強く説明し、佐藤が熱心にメモを取り、時折、鋭い質問を返している。
それは、彼が以前見せた、異世界シナリオへの熱弁とはまた違う、地に足のついた、プロフェッショナルな共同作業に見えた。
おそらく、エミリアが佐藤に施しているという『資産運用の教育』の一環なのだろう。
(D'ailleurs...(そう言えば…))
ヴァネッサは思い出す。数日前、エミリアが珍しく神妙な顔で相談を持ち掛けてきたことを。
「Vanessa, c'est à propos de Ken-chan... Je voudrais qu'il puisse parler fièrement de son travail à ses parents et à ses anciens amis. Donc... ne pourrais-tu pas réduire un peu mes... disons, mes missions 'de l'ombre', et augmenter la proportion de travail plus... conventionnel, plus présentable ?(ヴァネッサ、健ちゃんのことなんだけど…彼が両親や昔の友達に、自分の仕事のことを、胸を張って話せるようにしてあげたいの。だから…私の、その…『影の』任務を少し減らして、もう少し…普通の、世間体の良い仕事の割合を増やせないかしら?)」
ヴァネッサは一瞬驚いたが、「Dans ce cas, pourquoi ne pas travailler officiellement sous mes ordres ? Je te fournirai une rémunération et un statut plus que suffisants.(それなら、私の指揮下で、公式に働けば良いだけの話でしょう? 十分すぎるほどの報酬と地位を、私が用意しますよ)」と提案した。
しかし、エミリアは首を横に振った。
「Tes missions, à partir de maintenant, je compte choisir celles que j'accepte. Mais, pour l'instant, je veux encore vivre tranquillement à Tokyo, juste avec Ken-chan.(あなたの任務は、これからは私が選んで引き受けるつもりよ。でも、今のところは、まだ健ちゃんと二人だけで、東京で静かに暮らしたいの)」と。
ヴァネッサは、ノートパソコンに向かう二人の横顔を眺めながら、新たな組み合わせを思いついた。
佐藤の、元銀行員としての金融知識と几帳面さ。
エミリアの、卓越した調査能力、語学力、そして裏社会にも通じるネットワーク。
そして、日本の不動産や企業に対する、海外富裕層からの、水面下での旺盛な投資・買収意欲…。
彼女は、音もなく立ち上がり、紅茶のカップを持ったまま、ソファへと近づいた。
二人は、話に夢中で、ヴァネッサの接近に気づかない。
「Ma sœur...(姉さん…)」
ヴァネッサが声をかけると、二人は、はっとして顔を上げた。
佐藤は少し緊張した面持ちだ。
「...I have a rather interesting proposal for you.(…あなたに、少々興味深い提案があるのだけれど)」
ヴァネッサは、続ける。
その声は、ビジネスライクで、しかしどこか個人的な響きも帯びていた。
「Sato-san. If I recall correctly, you were handling loans at a globally renowned major Japanese bank, weren't you? Before your... unjust dismissal, that is.(佐藤さん。私の記憶が確かなら、あなたは世界的に有名な日本の大手銀行で融資を担当されていましたね? …その、不当な解雇の前は、ですが)」
エミリアが、佐藤の過去に触れられ、わずかに眉をひそめるのを、ヴァネッサは視界の隅で捉えた。
佐藤は、戸惑いながらも頷いた。
「In that case, how about this idea?(それなら、この考えはどうかしら?)」
ヴァネッサは、エミリアに向き直る。
「Let's set Sister up as a 'freelance investigator' focused on due diligence for foreign high-net-worth individuals and funds targeting Japanese real estate or M&A. A professional role leveraging your linguistic talents, research skills, and, let's say... your unique access to information.(姉さんを、『日本の不動産やM&Aをターゲットとする、海外の富裕層やファンドのための、デューデリジェンス(適正評価)に特化したフリーランス調査員』にしましょう。あなたの語学の才能、調査スキル、そして、言ってみれば…あなたのユニークな情報アクセスを活用する専門職よ)」
ヴァネッサは、カップをテーブルに置き、今度は佐藤を見た。
「Then, Sato-san, your role will be to support Emilia's activities, officially as her 'assistant' or perhaps 'financial analyst'. This should provide a perfectly respectable job description for your parents and friends, wouldn't you agree? Something along the lines of 'Research, Analysis, and Consulting regarding International Investment Projects'.(それから佐藤さん、あなたの役割はエミリアの活動を、公式には彼女の『アシスタント』、あるいは『金融アナリスト』として支援すること。これならご両親やお友達にも、完璧にまともな職務内容を提供できるでしょう? 例えば『国際投資案件に関する調査・分析及びコンサルティング』といった線で)」
ヴァネッサの提案に、エミリアは、驚きで目を見開いた。
しかし、すぐに、その碧眼に、鋭い計算の色が浮かぶ。
…フリーランスの調査員。
表向きは完全に合法で、怪しまれにくい。
自分の能力も活かせる。
そして何より、佐藤と一緒に、彼の専門知識も活かしながら働ける…。
これは、悪くない。いや、むしろ、望んでいた形に近いかもしれない。
エミリアは、ヴァネッサに向き直り、深く、そして決意を込めて頷いた。
「Alright, Vanessa. I accept that proposal. ...Let's work out the details.(分かったわ、ヴァネッサ。その提案、受け入れる。…詳細を詰めましょう)」
その声には、新たなビジネスを始める起業家のような、冷静な熱意が宿っていた。
佐藤は、隣で繰り広げられる会話の展開に、まだついていけていないようだったが。
エミリアは、ヴァネッサへの返事を終えると、その碧眼を、隣でまだ少し顔色の悪い佐藤へと、優しく向けた。
先ほどの、ビジネスライクな鋭さは消え、そこには、佐藤だけに見せる、甘く、そして少しだけ切なげな光が宿っていた。
部屋の空気は静かだった。
窓の外は、厚い灰色の雲が空を低く覆い、海もまた、鈍色の光を重々しく反射している。
秋の気配を帯びた乾いた風が、時折、艦構造物の隙間を吹き抜ける微かな音を立てているようだったが、重厚な窓ガラスに遮られ、室内には届かない。
艦の低い、一定の振動だけが、ここが巨大な鋼鉄の船の上であることを、絶えず思い出させていた。
部屋の主であるヴァネッサは、大型テーブルに向かい、自身の仕事に没頭していた。
タブレット端末と数枚の紙の資料に、鋭い視線を落としている。
その横顔は、彫像のように、一切の感情を読み取らせない。
彼女の隣では、佐藤とエミリアが、ソファに身を寄せ、日本語で話し始めた。
ヴァネッサは、その言語は理解できなかったが、エミリアの声音が、普段の彼女とは違う、個人的で、真剣な響きを帯びていることには気づいていた。
彼女は、自分の仕事に集中しているふりをしながらも、時折、その冷徹な美しい瞳を上げ、二人、特に感情の揺れが見て取れやすい佐藤の様子を、注意深く、そしてどこか探るように、観察していた。
それは、純粋な心配というよりは、状況を把握し、制御下に置こうとする、指揮官としての冷徹な習性なのかもしれない。
「…前から、思っていたの」
エミリアは、まるで秘密を打ち明けるかのように、声を潜めて囁いた。
ヴァネッサに聞かせないように、というよりは、佐藤の耳元にだけ届けるような、親密な響き。
佐藤の腕に重ねられた彼女の手が、わずかに力を込める。
その温かさが、佐藤の緊張を少しだけ解きほぐした。
「健ちゃんが、私の仕事を手伝ってくれていることで、ご両親とか、昔のお友達に、胸を張って自分のことを話せないんじゃないかって…。健ちゃんの、優しい心を、私のせいで、曇らせているんじゃないかって…。それが、ずっと、気になっていたの」
彼女の瞳は、真剣な光をたたえ、佐藤を真っ直ぐに見つめている。
その真摯な眼差しに、佐藤は目を逸らすことができない。
胸の奥が、温かくなるのを感じた。
「だから、ヴァネッサに相談したのよ。何か、健ちゃんが『これは自分の仕事だ』って、ちゃんと説明できるような、…普通の、真っ当な仕事の肩書、何かないかなって」
佐藤は、エミリアの言葉に、心が、大きく揺さぶられた。
彼女が、自分のことを、そこまで深く考え、そして行動してくれていたなんて…。
彼は、こみ上げる感情と、わずかな希望を込めて、尋ねた。
「そ、それなら…もしかして、エミリア…その、裏社会の仕事からは、もう…引退する、ってこと…?」
彼の声は、期待と不安で、微かに震えていた。
エミリアに、危険なことから手を引いてほしい。心からそう願っていた。
ただ、銃を構え、圧倒的な力で敵を制圧する、あの、まるで戦場の女神のような、凛々しく、そして恐ろしくも美しい彼女の姿が、もう見られなくなることに、ほんの少しだけ、名残惜しさを感じてしまう自分も、確かに、いたのだ。
エミリアは、佐藤の期待のこもった視線を受け止め、悲しそうに、しかし、きっぱりと首を横に振った。
「ううん。ごめんね、健ちゃん。裏の仕事は、すぐには止められないわ」
彼女は、佐藤の手を、さらに優しく、しかし力強く握りしめる。
「健ちゃんが、私が完全に足を洗うことを望んでいるのは、痛いほど分かってる。でもね、…いきなり私が『影の女王は引退します』なんて宣言したら、どうなると思う? 昔の恨みとか、私の首にかかってる懸賞金とか…そういうのを狙って、世界中のハイエナどもが、一斉に動き出す可能性があるの。そうなったら、健ちゃんまで、危険な目に遭わせちゃうかもしれない…それは、絶対に嫌」
佐藤は、エミリアの言葉に、胸が締め付けられるような、失望を感じた。
しかし、同時に、彼女が自分を守ろうとしてくれていること、そして、彼女の置かれた厳しい現実を改めて知り、なぜか、ほんのわずかな安堵感を覚えている自分に気づき、驚き、そして狼狽した。
(危ない彼女はいやだけど、完全にいなくなるのも寂しいなんて…僕は、最低だ…)
彼は、そんな自分の、矛盾した感情を、エミリアに悟られまいと、必死にポーカーフェイスを装った。
ヴァネッサの、時折向けられる探るような視線を感じながら。
エミリアは、そんな佐藤の内心の葛藤には気づかず、まるで未来の計画を語るように、少しだけ前向きな声で続ける。
「健ちゃんも知ってるでしょ? 私って、結構、気分で仕事を選んでるじゃない?」
彼女は、少しだけ、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「だから、これからは、『今は、そういう気分じゃないの』とか、『もっと効率の良い(儲かる)案件があるから』とか、適当な理由をつけて、裏の仕事は、少しずつ、フェードアウトしていくつもり。そして、ヴァネッサが提案してくれた、この『フリーランスの調査員』。これを、表向きの、主な収入源にするの。健ちゃんの知識も、すごく役に立つしね!」
彼女の瞳が、遠い未来を見つめるように、細められた。
「それで、何年か経って、…『エミリア・シュナイダー? ああ、昔、そんな名前の、ちょっと腕の立つ便利屋がいたらしいね』って、都市伝説みたいに、噂話になるくらい、私の名前や存在感を、裏の世界から、ゆっくりと風化させて、…完全に、足を洗いたい。…まあ、ヴァネッサから、直接来る、特別な『お姉ちゃんへのお願い』は、別にしてね」
最後の言葉に、彼女は小さく舌を出した。
佐藤は、エミリアの、その、あまりにも現実的で、そして、長い時間を要するであろう人生設計の話を、ただ、静かに聞き続けていた。
彼女が、自分との未来を考え、危険な世界から抜け出そうとしていること。
その事実に、彼の心は、不安よりも、温かいもので満たされ始めていた。
ヴァネッサは、二人の日本語の会話の内容は分からずとも、エミリアの表情が和らぎ、佐藤の緊張が少し解けたことに気づき、わずかに眉を動かした。
(Après tout, tant que l'humeur de ma sœur s'est améliorée, c'est le principal.(結局のところ、姉の機嫌が改善したのなら、それが一番重要ね))
そして、再び、自らのタブレット端末に、その鋭い視線を落とした。
部屋には、艦の低い振動と、エミリアと佐藤の、潜めた話し声、そして、窓の外で強まり始めた風の音だけが、響いていた。
エミリアが佐藤に今後の方針を伝え終えるやいなや、彼女の行動は稲妻のように早かった。
彼女はヴァネッサに向き直り、その表情からは先ほどの、佐藤に向けた甘さは消え、ビジネス交渉に臨むプロの顔が浮かび上がる。
エミリアはソファを離れ、大型テーブルに向かった。
ヴァネッサがタブレット端末を操作し、エミリアも自身の、おそらくは高度に暗号化された端末を取り出す。
そこからは、佐藤には全く窺い知ることのできない、しかし明らかに高度なレベルでの、無言の交渉が始まった。
画面上で、まるで光の粒子のように交わされる短いテキスト。
共有される複雑な図面や契約条項らしきもの。
時折、鋭く交わされる視線と、かすかな頷き、あるいは首を振る動作。
それは、まるで高速で打たれるサイバーチェスのようであり、あるいは、二人の女神が、沈黙のうちに世界の運命を決定しているかのようだった。
佐藤は、その張り詰めた空気の中で、息をすることも忘れ、ただ固唾を飲んで見守るしかなかった。
数分後、筆談は終わった。
二人は同時に顔を上げ、短く、しかし確かな力強さで握手を交わす。
何かが、決定されたのだ。
部屋の緊張が、わずかに緩む。
その瞬間から、全てが一気に動き出した。
まるで、止まっていた時間が、再び流れ出したかのようだ。
「Sato! Preparations, now! Time to leave the ship!(佐藤!準備を、今すぐ! 船を離れる時間よ!)」
エミリアの声は、先ほどまでの甘さは微塵もなく、テキパキとした指示に変わっていた。
佐藤が強襲揚陸艦で過ごした十日間は、まるで幻だったかのように、慌ただしい下船準備が始まった。
ヴァネッサが手配したのだろう、真新しい、しかし実用的なトラベルバッグが用意され、佐藤もエミリアに急かされながら、わずかな私物と、託された資料を詰め込む。
廊下や格納庫へ向かう途中、この艦でお世話になった(?)ヴァネッサのチームの面々に、一人一人、挨拶をしていく。
エロディ、ジャン、オリヴィエ、ニコラ、ヴァンサン、ピエール料理長、そして部屋の前で再び敬礼するギヨーム…。彼らは、一様にプロフェッショナルな表情で、しかし、どこか人間味のある別れの言葉をくれた。
「Until we meet again, Monsieur Sato.(またお会いする時まで、ムッシュ・サトウ)」
「Take care, Sato.(元気でな、サトウ)」
オリヴィエは、最後に佐藤の肩を強く叩いた。
佐藤は、その力強さに少しよろめきながらも、ぎこちなく頭を下げ、エミリアは、彼ら一人一人と、短い、しかし今後の連携を示唆するような、意味深な言葉をフランス語で交わしているようだった。
エミリアと佐藤の、奇妙な、しかし熱気を帯びた共同作業が、ようやく一段落した。
作業を終え、興奮の余韻と、同時に、どっと押し寄せる疲労を感じていた。部屋には、依然として艦の低い振動と、窓の外で強まり始めた風の音、そして今は止んだタイピング音の代わりに、ヴァネッサが静かに書類をめくる、かすかな紙の音だけが響いていた。
ヴァネッサは、顔を上げ、仕事の手を休めた。
「Well done.(よくやったわね)」
彼女は、佐藤に向き直る。
「Now then, Sato-san. It is about time you prepared for the next phase, wouldn't you agree?(さて、佐藤さん。あなたもそろそろ、次の段階へ進む準備が必要な頃合いでしょうね?)」
その言葉は、佐藤にとって、この奇妙な艦上生活、この非日常的な空間との別れを意味するように聞こえた。
彼は、立ち上がり、改めてヴァネッサに向き直り、深々と頭を下げた。
「Vanessa-san, thank you very much... for, well, everything... truly. It has certainly been an unforgettable experience... (mostly bewildering and terrifying, though).(ヴァネッサさん、本当にありがとうございました…その、まあ、全てに対して…本当に。確かに忘れられない経験になりました…(主に困惑と恐怖でしたけど))」
最後の部分は、もちろん声には出さない。
エミリアも、立ち上がり、一枚のデータカードをヴァネッサのデスクに置いた。
「This is the final report concerning the 'squad leader training' matter. With this, my immediate duties are concluded.(例の『小隊長教育』に関する最終報告書です。これで、私の当面の任務は完了ですね)」
その口調は、再び、ビジネスライクな響きを取り戻していた。
佐藤は、ヴァネッサの冷徹な顔、エミリアのどこか達成感に満ちた表情、そしてこの、豪華でありながら高性能な通信機器が壁に埋め込まれた、異様な部屋を見回した。
これが、この非日常的な世界との、本当の別れなのか。
もう二度と、こんな経験はしないだろう。
そう思うと、心の中で、ほんの少しだけ、名残惜しさを感じていた。
その時、ヴァネッサが、まるで別れ際の、些細な事務連絡のように、唐突に、しかし、あくまでも事務的な口調で、佐藤に告げた。
「Oh, and about your status on board, Sato-san... the 'Contractant Civil (Rôle Consultatif Spécial) - Attaché à V.W.' designation? Since no modification is necessary even with the new mission parameters, we'll keep it active. It will facilitate our 'collaboration' going forward, too.(ああ、それとあなたの艦内でのステータスについてですが、佐藤さん…『民間契約者(特別顧問職)- V.W.付』という指定。新たな任務パラメータでも特に修正は不要ですので、有効なままにしておきます。今後の我々の『協働作業』も円滑に進みますしね)」
その言葉を聞いた瞬間、部屋の空気が再び凍りついた。
エミリアの表情が一変する。先ほどまでのビジネスライクな冷静さは消え去り、その美しい碧眼に、激しい怒りの炎が、まるで超新星爆発のように燃え上がった。
「......What did you just say!? Vanessa! I wasn't told a single thing about this!!!!(……今、なんて言ったの!? ヴァネッサ! 私、これについて一言も聞かされてなかったわよ!!!!)」
エミリアの、金切り声に近い叫びが、最高級個室の、静かな空間に、鋭く響き渡った。
テーブルの上の、空のティーカップが、その声の振動で、カタカタと微かに音を立てる。
その、あまりにも予想通りの(?)激昂に対し、ヴァネッサは、初めて、感情をむき出しにした、大きな笑い声を上げた。
それは、冷笑でも、皮肉でもない、心からの、抑えきれない大爆笑だった。
部屋の空気が、彼女の笑い声で震える。
「Bursts out laughing Ahahahaha! Finally! Now that's the sister I know! It wouldn't be any fun otherwise, would it! Oh, this is priceless!((大爆笑して)あっはははは! やっと! これが私の知ってる姉さんよ! そうでなくっちゃ面白くないじゃない! ああ、最高だわ!)」
彼女は、涙を浮かべながら、腹を抱えている。
その姿は、冷徹な司令官ではなく、ただの意地悪な妹だった。
「Why you...!! VANESSAAAA!!!(この…っ! ヴァネッサァァァ!!)」
エミリアが、ソファから飛び上がり、テーブルを回り込み、ヴァネッサに掴みかかろうとした、その瞬間。
「E-Emilia! Wait! Stop! STO--P!! Don't do it!(え、エミリア! 待って! ストップ! ストーップ!! ダメだって!)」
佐藤は、もはや条件反射だった。
彼は、悲鳴に近い声を上げながら、エミリアの華奢な腕を、しかし驚くほどの力で掴んで、必死に、その非力な体全体で、彼女を止めようとした。
彼の力では、本気のエミリアを止められるはずもないが、それでも、彼は必死だった。
背後では、ヴァネッサがまだ涙目で笑い続けている。
ヴァネッサの大爆笑と、腕の中で本気で怒って暴れる(寸前の)エミリア。
そして、その間でオロオロしながら「ごめんエミリア!僕のせいだ!? いや、違うよね!?」と意味不明なことを叫んでいる自分。
佐藤は思った。
(ああ、やっぱり、この二人に振り回される人生も…まあ、悪くない…のかもしれない…。いや、やっぱり、心臓に悪いし、寿命が縮むし、大変だ…)
彼の顔には、困惑と、諦めと、そして、ほんの少しの、苦笑いが浮かんでいた。
部屋の、豪華な調度品だけが、この奇妙な(そして若干ラブコメ的な)修羅場を、静かに見下ろしていた。




