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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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羅針盤は彼女たちの手に、彼はただ揺れる 其十六

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


翌朝。

強襲揚陸艦のヴァネッサの個室は、静かな執務空間に戻っていた。

窓の外は、昨夜来の雨は上がったものの、厚い灰色の雲が低く垂れ込め、海も空も、鉛色に沈んでいる。

艦は、うねりを伴う波に、ゆっくりと、しかし確実に揺れていた。

彼女は、淹れたての紅茶の、ベルガモットの香りが立ち上るカップを片手に、送られてきた報告書に目を通していた。

そこへ、副官のギヨームが、音もなく入室し、一枚のデータカードを、恭しく差し出した。


「Madame, nous avons reçu une 'réponse' du commandement de l'escorte japonaise concernant le scénario d'exercice transmis tôt ce matin.(マダム、日本の護衛艦司令部より、今朝早く送信いたしました演習シナリオに関する『回答』を受信いたしました)」


ギヨームの声は、常に変わらず平坦だったが、その目には、わずかに困惑の色が浮かんでいるのを、ヴァネッサは見逃さなかった。


「Tiens, si vite ? ...Je suis curieuse de voir leur réponse...(おや、ずいぶん早いのね? …彼らの回答に興味があるわ…)」


ヴァネッサは、内心のわずかな期待と、それ以上の冷めた観察眼で、カードを受け取り、デスクのリーダーに差し込んだ。タイトルが表示される――『RE: 特別高難易度図上演習シナリオ「金曜日の惨劇」- 状況分析及び推奨行動指針』。


(...Quelle rigueur protocolaire... reprendre le titre à l'identique. C'est donc leur façon de jouer...(…なんという儀礼的な厳格さ…タイトルを完全に同じもので返してくるとは。これが彼らのやり方、というわけね…))


彼女は、ファイルを開いた。

そして、画面に表示された内容に、ヴァネッサの完璧に整えられた眉が、今度は明らかに、純粋な困惑の色を浮かべて、ひそめられた。

そこには、エミリアが冗談半分、悪意半分で設定した『カレー不足』という、あまりにも馬鹿馬鹿しい事態に対し、信じられないほど真面目で、詳細極まりない分析と、具体的な対策案が、延々と、それこそ報告書の形で、書き連ねられていたのだ。


目次には、

『第一章:初期状況認識と情報統制の重要性』

『第二章:乗組員の心理的影響予測と段階的士気低下モデル(フラストレーション指数に基づく)』

『第三章:代替食による栄養バランス維持計画と、それに伴う新たな兵站課題(特に福神漬とらっきょうの代替品開発について)』

『第四章:不満分子の早期特定と、艦内規律維持のための段階的介入措置』

『第五章:寄港時における情報漏洩リスク管理と、現地日本食レストランとの接触制限について』

『第六章:代替娯楽供給による精神的飽和攻撃の有効性考察…?』……。


添付ファイルには、ご丁寧に、曜日ごとの詳細な献立案(カレー風味をどうにか再現しようと涙ぐましい努力が見られるスパイス配合の考察メモ付き)、ストレスレベル軽減のための艦内レクリエーション・スケジュール案(熱唱大会、デッキでのスポーツ推奨、ただしカレー関連の歌や話題は禁止、等)、さらには「金曜日」を乗り切るための、艦長による精神訓話の草案(複数バージョン!)まで含まれている。


((Non, mais c'est une plaisanterie...? Traiter ce 'dossier curry' comme une affaire d'État, en y consacrant toute leur intelligence...?! C'est stupéfiant...(いや、でもこれは冗談でしょう…? この『カレー案件』を、国家の一大事のように扱って、全ての知能をそれに注ぎ込むなんて…!? 呆れるわ…))


ヴァネッサは、もはや溜息も出なかった。

予想していた反応――無視、嘲笑、あるいは外交ルートでの正式な抗議――とは、あまりにもかけ離れている。

これは、こちらの仕掛けた心理戦に対する、さらに斜め上を行く、理解不能なカウンターだ。

真面目すぎるが故の、狂気。

あるいは、これもまた、計算され尽くした『回答』なのか…?


彼女は、通信機のボタンを押した。

エミリアを呼び出す。

この奇妙奇天烈な『回答』を、発案者本人に見せずにはいられない。


「Dis donc, grande sœur... Tiens, regarde un peu ça. C'est plutôt... divertissant.(ねえ、姉さん…ほら、ちょっとこれを見て。かなり…面白い(気晴らしになる)わよ)」


その声には、隠しきれない戸惑いと、この奇妙な状況を共有せずにはいられない、という衝動、そして、わずかな敗北感すら滲んでいた。

一体、日本の情報将校は何を考えているのか。

ヴァネッサは、初めて、底知れない不気味さを感じていた。


                   ***


ヴァネッサは、呆然としたまま、タブレット端末をエミリアに手渡した。


「Ma sœur... regarde... ça.(姉さん…これを…見てちょうだい)」


エミリアは、訝しげに受け取り、画面に表示された『RE: 特別高難易度図上演習シナリオ「金曜日の惨劇」- 状況分析及び推奨行動指針』というタイトルと、その下に続く、異常なまでに生真面目なテキストの奔流に目を通し始めた。

最初は、彼女もヴァネッサと同じように、わずかに眉をひそめていた。

だが、数ページ読み進めるうちに、彼女の肩が、くつくつと小刻みに震え始めた。

そして、次の瞬間、まるでダムが決壊したかのように、こらえきれない、けたたましい、しかしどこか鈴を転がすような、美しい笑い声が、強襲揚陸艦の、静まり返った豪華な一室に響き渡った。


「Elle étouffe un rire, puis éclate. Pff... Hahahaha ! Non mais, c'est quoi ça ?! Ils sont sérieux ?! Ils ont vraiment analysé qu'un manque de curry mènerait à une mutinerie ?! Et ils ont même inclus des dosages d'épices pour plats de substitution ?! Hahaha ! Oh là là, j'ai mal au ventre... j'en peux plus !((笑いをこらえきれずに吹き出し、そして爆笑)プッ…あはははは! な、何これ!? 本気!? 彼ら、本気でカレーがないだけで暴動(反乱)が起きるって分析してるの!? 代替食のスパイス配合まで付けて!? あはははは! あーもう、お腹痛い…! もう無理!)」


エミリアは、ソファに崩れ落ちるようにして、腹を抱え、涙を流さんばかりに笑い転げている。

その姿は、普段のクールな彼女からは想像もつかないほど、無防備で、子供のようだった。

佐藤は、そんなエミリアの姿を、ただ呆然と見つめるしかなかった。

ヴァネッサは、深い溜息をつき、額に手を当てている。


しばらく笑い続け、ようやく呼吸を整えたエミリアは、楽しそうに潤んだ碧眼をヴァネッサに向けた。

その瞳は、悪戯が成功した子供のように、キラキラと輝いている。


「Dis donc, Vanessa. Puisqu'ils ont joué le jeu si sérieusement, en mettant tant d'efforts dans notre petite 'farce'... ce serait presque impoli de ne pas leur offrir un 'remerciement' digne de ce nom, non ?(ねえ、ヴァネッサ。私たちの、あのささやかな『悪戯(茶番)』に、あれほど真剣に、全力で付き合ってくれたのだから…。今更、ちゃんとした『お礼』をしない方が、かえって失礼じゃないかしら?)」


彼女は、楽しそうに提案する。


「Et si on les invitait pour un repas ? Ce bâtiment peut sûrement offrir un dîner de gala aux officiers, non ? Comme prétexte, on invoquera la coopération pour l'exercice.(食事に招待するのはどうかしら? この船なら、きっと士官向けの晩餐会ディナーを提供できるわよね? 口実としては、演習での協力を持ち出すの)」


エミリアは、指先で目尻の涙を拭いながら付け加えた。


「Mais n'aie pas trop d'espoirs. Je doute fort que le cerveau derrière ce rapport si sérieusement absurde, cet agent du renseignement probablement dépourvu d'humour, fasse le déplacement. Ils enverront un second couteau, un type des relations publiques sans relief, pour jauger l'atmosphère. C'est bien leur genre.(でも、あまり期待しないで。この、馬鹿馬鹿しいほど真面目なレポートの背後にいる黒幕、ユーモアに欠けているであろう、あの情報部員が、わざわざ来るとは到底思えない。彼らは二流の人物、当たり障りのない広報担当みたいなのを送ってきて、雰囲気を測るでしょう。いかにも彼らがやりそうなことだわ)」


ヴァネッサは、まだ若干引きつった表情のまま、首を横に振った。


「Que je sois l'hôte ? Quelle blague ! Ils tentent sûrement déjà de m'identifier, je dois rester dans l'ombre. Sans parler du fait qu'un dîner formel est consigné quelque part.(私が主催ですって? なんて冗談なの! 彼らはきっと既に私を特定しようとしているわ、私は影にいなければ。公式なディナーはどこかに記録されるという事実は言うまでもなく)」

「C'est exactement pour ça que je te dis que tu n'as pas besoin d'y assister, Vanessa.(だからこそ、あなたが出席する必要はないって言ってるのよ、ヴァネッサ)」


エミリアは、呆れたように、しかしどこか楽しげに言う。


「Pourquoi ne pas, pour une fois, laisser de côté les manœuvres en coulisses et les suspicions mutuelles ? Juste offrir un repas complet, sincèrement, pour saluer leurs efforts, en disant simplement 'Ce fut difficile hier, merci pour votre travail' ? On peut toujours trouver un prétexte plausible : 'échange culturel', 'relations amicales durant l'exercice conjoint'... ce genre de justification se trouve facilement, non ?(たまには、裏工作や互いの疑心暗鬼は抜きにしたらどう? 純粋に彼らの努力を称えるために、ただ『昨日は大変でしたね、お疲れ様です』って感じで、フルコースの食事を提供するのよ。もっともらしい口実はいつでも見つかるわ。『文化交流』とか『共同演習期間中の友好関係』とか…そういう正当化は簡単でしょう?)」


エミリアは、いたずらっぽくヴァネッサに囁く。


「Pourquoi ne pas demander au commandant de ce navire, ou à un officier supérieur de l'état-major de la flotte, d'être l'hôte officiel ? Toi, tu n'as qu'à signer l''approbation'. Facile, non ?(この艦の艦長か、あるいは艦隊司令部の上級士官に、公式ホストになってもらうよう頼めばいいじゃない? あなたは、ただ『承認』にサインするだけ。簡単でしょう?)」


ヴァネッサは、しばらくエミリアの顔をじっと見つめていた。

…純粋な慰労。馬鹿げている。

しかし、あの奇妙な『回答』を送ってきた相手だ。

こちらの常識が通用しない可能性もある。

そして、確かに、今回の『悪戯』は、少々やりすぎたかもしれない。

ここで形だけでも『友好』を示しておくのは、今後の関係を考えれば、悪い手ではない…。

それに、あの生真面目な日本の将校たちが、フルコースを前にどんな顔をするか、少し見てみたい気もする。


「...Soit.(…仕方ないわね)」


ヴァネッサは、重い、今日何度目か分からない溜息と共についに頷いた。


「Je vais instruire Guillaume. Il contactera le commandant ou l'officier de liaison de l'état-major pour qu'ils organisent le dîner officiel avec la JMSDF, en leur nom. La raison invoquée sera strictement : 'Gratitude pour la réponse fournie et promotion de la coopération future entre nos flottes'. ...Et toi, Emilia, je compte sur toi pour ne pas mettre ton grain de sel là où il ne faut pas.(ギヨームに指示します。彼が艦長か司令部の連絡将校に連絡し、彼らの名義で海自との公式ディナーを企画させます。述べられる理由は厳密に:『提供された回答への感謝、及び両艦隊間の将来の協力推進のため』。…そしてあなた、エミリア、不必要なところに口出ししないよう、頼みますよ)」


釘を刺すことを、ヴァネッサは忘れなかった。


                   ***


その、表向きは極めて丁重な、しかし発端を考えれば奇妙極まりない会食の招待状は、再び暗号通信に乗って、再び雨に煙るフィリピン海を航行する日本の護衛艦へと届けられた。


作戦準備室でそれを受け取った神崎たちは、再び眉をひそめた。


「…感謝の印、として、会食?」


青山が訝しげに呟く。


「カレーの返礼が、フルコースディナーとは…また、突飛な」


川島が乾いた笑いを漏らす。

神崎は、腕を組み、思考を巡らせていた。


「…罠か? それとも、単なる気まぐれか? あるいは、こちらの反応を、さらに見ようというのか…」


しかし、彼らには、この招待を無下に断る選択肢はなかった。

外交儀礼、そして何より、敵(かもしれない相手)の懐に飛び込む、またとない情報収集の機会。


「…受けるぞ」


神崎は短く結論を出した。


「ただし、参加者は厳選する。最大限の警戒を怠るな」


彼の言葉に、部屋の空気は再び張り詰めた。奇妙な『カレーから始まった物語』は、まだ終わっていなかったのだ。


                   ***


強襲揚陸艦の最上級個室は、いつの間にか、ささやかな晩餐会の会場へと姿を変えていた。窓の外では、雨混じりの風が唸りを上げ、鉛色の波が艦体にぶつかる音が、重低音のように響いている。

しかし、部屋の中は、間接照明の柔らかな光と、これから運ばれてくるであろう料理への期待感で、暖かく、落ち着いた空気に満たされていた。


テーブルには、純白のテーブルクロスがかけられ、磨き上げられた銀食器と、クリスタルのグラスが、美しい輝きを放っている。

佐藤は、その、あまりにも場違いな状況に、ただただ、困惑していた。


そこへ、長身で、いかにも誇り高そうな、真っ白なコックコートに身を包んだ男性が、ヴァネッサに伴われて入ってきた。

彼の胸には、フランス国旗の小さな刺繍がある。


「Allow me to introduce you, Sato-san. This is Pierre, our Head Chef aboard this vessel. His cuisine rivals that of some of the most highly acclaimed restaurants back in our home country.(ご紹介します、佐藤さん。この艦の料理長、ピエールです。彼の料理は、本国の最も高く評価されているレストランのいくつかに匹敵しますよ)」


ヴァネッサは、そう言って、どこか楽しげに、料理長を紹介した。


「It is a pleasure to meet you, Monsieur Sato. To know that you will be tasting my cuisine today... truly, it is the highest honor for a chef!(はじめまして、ムッシュ・サトウ。本日、私の料理を味わっていただけるとのこと…本当に、料理人にとって最高の栄誉です!)」


ピエール料理長は、深々と頭を下げ、熱意のこもった声で言った。

その瞳は、自らの料理への自信と、それを味わってもらえる喜びで、キラキラと輝いている。


「Madame Vanessa has briefed me. We are preparing a special course menu to host the guests from Japan tomorrow night... and we would be most grateful for your opinion, Monsieur Sato, on its suitability for the Japanese palate.(ヴァネッサ様からは伺っております。明晩、日本からのお客様をおもてなしするための、特別なコースメニューを準備しておりまして…それが日本の方々の味覚に合うかどうか、是非とも、ムッシュ・サトウのご意見を賜りたく)」


佐藤は、自分が『検食係』に任命されたことを、ようやく理解した。

ヴァネッサの、突拍子もない思いつき(あるいは、計算)に、彼は、もはや、驚きもしなかった。


「Now, let us begin with the entrée!(さあ、アントレ(前菜)から始めましょう!)」


ピエール料理長が、高らかに宣言すると、ワゴンに乗せられた、美しい一皿が運ばれてきた。


帆立貝のポワレ、ブルターニュ風。 黄金色に焼き上げられた肉厚の帆立貝が、パセリとエシャロットが香る、バターソースの海に浮かんでいる。

磯の香りと、バターの芳醇な香りが、佐藤の鼻腔をくすぐる。


「Wow...(うわぁ…)」


佐藤は、思わず、小さな声を漏らした。彼は、ぎこちない手つきで、ナイフとフォークを手に取る。


「Ken-chan, fork in your left hand, knife in the right. Sit up straight... hold the scallop lightly with your left fork... yes, yes, just like that, well done.(健ちゃん、フォークは左手、ナイフは右手よ。背筋を伸ばして…左のフォークで帆立を軽く押さえて…そうそう、そんな感じ、上手よ)」


いつの間にか隣に座っていたエミリアが、優しく、そして的確に、テーブルマナーを教えてくれる。

その声は、まるで、音楽のようだ。

しかし、彼女の視線は、佐藤の手元ではなく、明らかに、皿の上の帆立貝に向けられていた。(美味しそう…)心の声が、佐藤には聞こえる気がした。


佐藤は、エミリアに教えられた通り、帆立を切り分け、口に運んだ。…香ばしい表面、とろけるように柔らかい身、そして、濃厚なバターソースの旨味…。至福の味が、口の中に広がる。


次に運ばれてきたのは、メインディッシュ。

鴨肉のコンフィ、レンズ豆添え。

皮目はパリッと香ばしく焼かれ、肉は、フォークを入れるだけで、ほろりと崩れるほど柔らかい。添えられたレンズ豆は、素朴ながらも、滋味深い味わいだ。


「With duck breast like this, Ken-chan, it's easiest to cut if you start from the skin side. Make sure to get plenty of sauce with it.(こういう鴨肉はね、健ちゃん、皮側からナイフを入れるのが一番切りやすいの。ソースをたっぷり絡めるのを忘れないで)」


エミリアのアドバイスは続く。

彼女の声は優しいが、その視線は、明らかに佐藤の皿の上を彷徨っていた。

佐藤は、エミリアの熱視線を感じながら、鴨肉を堪能した。


続いて、フランス産チーズの盛り合わせ。カマンベール、コンテ、ロックフォール…。

それぞれが、個性的な香りと、深い味わいを放っている。


「This one is good on bread... and this one is delicious just by itself.(これはパンに乗せると良いわ…そして、こっちはそのままでも美味しいのよ)」


エミリアは、もはや、自分が食べるかのように、熱心に説明する。


そして、最後のデザートは、ファーブルトン。


「For the caramelized surface, Monsieur Sato! A gentle tap with the back of the spoon... crack... break through the crust, and then you indulge!(カラメルがけの表面ですが、ムッシュ・サトウ! スプーンの背で優しく叩いて…『パリッ』と…殻を突き破り、それからご堪能ください!)」


ピエール料理長が、嬉しそうに説明する。

佐藤が、スプーンで表面を叩くと、パリッ、と小気味よい音が響き、甘いカラメルの香りが、ふわりと広がった。

中の、カスタードのような生地と、甘酸っぱいプルーンの組み合わせは、絶妙だった。


「Well, Monsieur Sato? How was everything?(さて、ムッシュ・サトウ? 全ていかがでしたか?)」


ピエール料理長が、期待に満ちた目で、尋ねてくる。


「I-It was delicious! Truly!(お、美味しかったです! 本当に!)」


佐藤は、心からの感想を述べた。ヴァネッサは、そんな佐藤と、隣でうっとりと目を閉じている(おそらく、味を想像している)エミリアの様子を、穏やかな、どこか温かい笑みを浮かべて、見守っていた。

それは、普段の彼女からは、想像もできないような、優しい表情だった。


食後のコーヒーが運ばれてきた後、ヴァネッサは、今度は、いくつかの焼き菓子が並べられた皿を、佐藤の前に差し出した。


「Now then, Sato-san. Regarding these... I'm considering them as souvenirs for our Japanese guests. Might I have your opinion? Something with a good shelf-life, that retains its flavor well, would be preferable.(さて、佐藤さん。こちらについてですが…日本からのお客様へのお土産にと考えています。あなたのご意見を伺えませんか? 日持ちがして、風味がよく保たれるものが望ましいのですが)」


皿の上には、黄金色のガレット・ブルトンヌ、可愛らしい貝殻の形のマドレーヌ、アーモンドの香ばしいフィナンシェ、そして、スパイスの香りが漂うパン・デピスのスライスが並んでいた。


佐藤は、一つ一つを、手に取り、香りを確かめ、そして、少しだけ口にした。

そして、彼は、自信を持って、ヴァネッサに提案した。


「In that case, I believe the Galettes Bretonnes, the Madeleines, and this Pain d'épices would be good choices. Cookies generally keep well, and Madeleines should be alright if they're individually wrapped. The Pain d'épices has a unique flavor, but perhaps its novelty might be well-received.(でしたら、こちらのガレット・ブルトンヌと、マドレーヌ、それからこのパン・デピスが良い選択だと思います。クッキー類は概して日持ちが良いですし、マドレーヌも個包装であれば大丈夫でしょう。パン・デピスは独特の風味ですが、その珍しさが、もしかしたら喜ばれるかもしれません)」


「I see. Understood. Pierre, please make the arrangements for those.(そう、分かりました。ピエール、それらで手配をお願いします)」


ヴァネッサは、満足そうに頷き、料理長に指示を出した。

佐藤は、自分が、少しでも役に立てたことに、安堵し、そして、ほんの少しだけ、誇らしい気持ちになっていた。

窓の外の雨音は、いつの間にか、優しい子守唄のように聞こえていた。

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