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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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羅針盤は彼女たちの手に、彼はただ揺れる 其十三

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一日遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


午後三時過ぎ。強襲揚陸艦の最上級個室は、窓の外の変わり始めた空模様を映して、昼間だというのにやや薄暗くなっていた。

先ほどまでの抜けるような青空は厚い灰色の雲に覆われ始め、穏やかだった海面には風がさざ波を描き、湿った潮の匂いに雨の気配が混じり始めている。

日本までは、まだ三日の航程だ。


部屋の中央、磨き上げられたマホガニーのテーブルに向かい、ヴァネッサはタブレット端末の画面に鋭い視線を落としていた。

その表情は真剣そのもので、まるで複雑なパズルを解くかのように、時折、細い指が滑らかに画面上を走る。

周囲の、まるで高級ホテルのスイートルームのような豪華な調度品とは不釣り合いなほどの、冷たい集中力が彼女を支配していた。


佐藤は、ヴァネッサに言いつけられた雑用――彼女が読み終えた本や雑誌を片付けたり、サイドボードに置かれた空のティーカップを片付ける――を、まるで居心地の悪い見習い執事のように、ぎこちなくこなしていた。

エミリアは今、小隊長たちへの『教育』で不在。

この、息が詰まるような静寂の中で、ヴァネッサと二人きりというのは、正直、針の筵に座らされている気分だった。


彼は、ヴァネッサの邪魔にならないよう、絨毯の上を抜き足差し足で動き、カップをソーサーごとトレーに乗せた。

金属と陶器が触れ合う、かすかな音さえもが、この部屋では大きく響くように感じられる。

ふと、彼はヴァネッサが食い入るように見つめるタブレットの画面に目をやった。

グラフ、海図のようなもの、そして理解不能な専門用語の羅列…。


(一体、何をそんなに真剣に…?)


好奇心と、この重苦しい空気を何とかしたいという思いが、佐藤の口を動かした。


「...Um... Vanessa-san... Is that... some kind of difficult report you're looking at?(あの、ヴァネッサさん…それは…何か難しい報告書を、ご覧になっているのですか?)」


恐る恐る、まるで地雷原を歩くような慎重さで、彼は尋ねた。


ヴァネッサは、画面から目を離さずに、小さく鼻を鳴らした。

まるで、子供の素朴な質問を、少し面白がっているかのようだ。

あるいは、単に思考を邪魔されたことへの、微かな苛立ちか。


「Ah, this? It's just the results report from the simulation exercise that finished a little while ago.(ああ、これですか? 少し前に終了したシミュレーション演習の結果報告書ですよ)」


彼女は、ようやく顔を上げ、佐藤を見据えた。

その瞳は、やはり冷徹だが、どこか教師が生徒に説明するような、わずかな忍耐の色も見える。


「The training involved the entire fleet, coordinated from this LHD acting as flagship. As for the simulated opponent... well, it was a somewhat peculiar suggestion of mine.(訓練には艦隊全体が参加し、この強襲揚陸艦が旗艦として調整役を担ったの。模擬的な対戦相手については…まあ、私の少々変わった提案だったのだけどね)」


彼女は、指先で端末を操作し、一枚のイメージ画像を佐藤に向けた。

それは、ソナーが捉えたような、巨大で不定形な、生物とも機械ともつかない不気味な影だった。


「The scenario involved an unidentified massive underwater biological entity—codename 'Kraken'—appearing in these waters.(この海域に、未確認の巨大水中生命体――コードネーム『クラーケン』――が出現した、というシナリオよ)」


ヴァネッサは、まるで他愛のないホラー映画のあらすじでも語るように続ける。


「Based on the report: Contact initiated by ASW helicopters with dipping sonar. Coordinated follow-up attack by frigates and destroyer employing ASW rockets and torpedoes in a near-saturation manner. Submarine also participated in the chase... Target temporarily neutralized, but ultimately evaded into deep waters. Failed to capture or destroy. Exercise concluded. That's the overview. Considering it a test of fleet-wide coordination and the new sonar system's effectiveness, the outcome was... acceptable, wouldn't you say?(報告書に基づくと:対潜ヘリが吊り下げ式ソナーで接触開始。フリゲート艦と駆逐艦による対潜ロケット及び魚雷を用いた飽和に近い連携追撃攻撃。潜水艦も追跡に参加…目標は一時的に無力化されたが、最終的には深海域へ逃走。捕獲・撃破失敗。演習終了。これが全体像ね。艦隊全体の連携と新型ソナーシステムの有効性のテストと考えれば、結果は…許容範囲内、そう思わない?)」


ヴァネッサは、そう言って、まるでチェスの棋譜でも評価するように、淡々と締めくくった。

彼女にとって、それは単なるデータと結果の羅列に過ぎないのかもしれない。


しかし、佐藤にとっては、『巨大生物』との『戦闘』という、まるで出来の悪いB級パニック映画のような言葉が、この非現実的な状況を、さらに悪夢のように感じさせていた。

彼は、ヴァネッサの言葉の意味を半分も理解できず、ただ曖昧に頷く。


(早くエミリアが戻ってこないかな…)


この、現実離れした鋼鉄の城の中で、自分が唯一、心を許せる(そして振り回される)存在を、彼は心の中で切実に願うばかりだった。

窓の外では、雲が厚みを増し、海の色が、より深く、暗い色へと変わり始めていた。


ヴァネッサは、まるでチェスの終盤を読み終えたかのように、パタン、とタブレット端末を閉じた。

その乾いた音が、強襲揚陸艦の豪華な一室の静寂に、小さく響く。

部屋の大きな窓の外では、空が厚い灰色の雲に覆われ始め、海の色も重く沈んでいる。

日本までは、まだ三日の航程。

雨の匂いが、湿った潮風に混じり、窓をかすかに叩き始めた。


彼女は、深くソファに座り直し、長い脚を優雅に組み替えると、その冷徹な、しかしどこか猫のように気まぐれな視線を、部屋の隅で所在なさげに立っている佐藤に向けた。

彼は、ヴァネッサに言いつけられた雑用――読み終えた書類の整理や、空いたティーカップの片付け――を、まるで居心地の悪い見習いのように、ぎこちなくこなしていた。


「Sato-san, over here for a moment, please.(佐藤さん、少しこちらへお願いします)」


手招きする仕草も、女王が臣下を呼ぶかのようだ。

佐藤は、まるで糸に引かれる操り人形のように、恐る恐る彼女のそばへ近づく。

息を詰めると、彼女から漂う、高価だが控えめな香水の香りが、微かに鼻腔をくすぐった。


ヴァネッサは、窓の外を顎でしゃくった。


「If you look out the window there now, I believe you'll understand.(今、そこの窓から外をご覧になれば、お分かりになると思いますが)」


彼女の声は、絹のように滑らかで、抑揚がない。

窓の外、灰色の空の下には、エロディと見たのと同じ、海上自衛隊の灰色の駆逐艦が、まるで忠実な番犬のように、つかず離れずの距離で、この強襲揚陸艦にぴったりと並走している。


「...Because that Japanese ship is sticking to us like a surveillance satellite, most of the planned exercises are currently suspended.(…あの日本の船が、まるで監視衛星のように、我々に張り付いているせいで、予定していた演習のほとんどが、現在、中断されている状態なのよ)」


ヴァネッサは、まるで些細な不都合でも語るかのように、軽く肩をすくめた。


「So, Sato-san...?(それで、佐藤さん?)」


彼女は、不意に、まるで面白い玩具を見つけた子供のような、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

その瞳の奥が、好奇心でキラリと光る。


「Might you have any novel concepts for a war game scenario? Purely to alleviate the boredom, of course...(何か斬新な図上演習ウォーゲームのシナリオ、お持ちではないかしら? もちろん、純粋に退屈しのぎですけれど…)」


彼女は、カップに残っていた冷めた紅茶を一口含むと、付け加えた。


「My preference would be for something creative, leading to an amphibious assault scenario. Since we have this LHD at our disposal, it seems only fitting to utilize its functions, don't you think?(私の好みとしては、創造的で、水陸両用強襲シナリオに繋がるようなものがいいわ。この強襲揚陸艦が自由になるのですから、その機能を活用するのが当然だと思わない?)」


佐藤は、ヴァネッサの言葉に、完全に思考が停止した。

図上演習? 上陸作戦? なぜ、自分が? まるで、外国語で難解なジョークを言われたかのように、彼はただ瞬きを繰り返す。

駆逐艦の存在も、演習の中止も、彼の現実感とはかけ離れていた。


「S-someone like me... a civilian... Is it really alright for you to be asking me such things? Even about that 'Kraken' exercise earlier... I'm still not sure if I was supposed to hear that...(ぼ、僕みたいな…その、民間人に、そんなことをお尋ねになっても、本当に大丈夫なのですか? 先ほどの『クラーケン』の演習の話だって、僕が聞いていい話だったのか、今でもよく…)」


震える声で、ようやく言葉を絞り出す。

ヴァネッサは、佐藤の心配を、まるで子供の杞憂を笑うかのように、くすくすと喉を鳴らした。


「My, my, Sato-san. More perceptive and careful than I gave you credit for.(おやおや、佐藤さん。私が評価していた以上に、洞察力があって慎重なのね)」


その褒め言葉は、しかし、全く彼の心を軽くしなかった。

むしろ、冷たい汗が背中を伝うのを感じる。


「It's quite alright, Sato-san. You no longer need to worry.(大丈夫ですよ、佐藤さん。もう心配なさる必要はありません)」


彼女は、優雅に指先でタブレットを操作し、画面を佐藤に向けた。

そこには、彼の顔写真と共に、何やらフランス語と英語で書かれた文字列が表示されているように見えた。


"Contractant Civil (Rôle Consultatif Spécial) - Attaché à V.W."

(民間契約者(特別顧問職) - V.W.付)


「You were brought onto this assault ship under the designation 'Emilia's Contact,' but I've amended that. You are now classified as my 'Personal Civilian Asset - High Value.' This formally places you under my command structure as accompanying personnel. Your internal security clearance has also been marginally elevated.(あなたはこの強襲揚陸艦には『エミリアの連絡窓口』という指定で乗艦しましたが、それは修正しました。あなたは今、私の『個人保有民間アセット - 高価値』として分類されています。これにより、あなたは随行人員として、私の指揮系統下に正式に入ります。内部セキュリティクリアランスもわずかに昇格させておきました)」


ヴァネッサは、事もなげに告げる。


「Imagining Emilia's reaction when she learns of this... How utterly frustrated she'll be.(…エミリアがこれを知った時の反応を想像すると…本当に、心底から悔しがるでしょうね)」


その笑みは、心底楽しそうだったが、佐藤にとっては悪魔の微笑みにしか見えなかった。


佐藤は、タブレットの画面と、悪戯っぽく微笑むヴァネッサの顔を、交互に見つめた。

自分が何に巻き込まれたのか、その全貌は依然として掴めない。

しかし、エミリアの『協力者』から、ヴァネッサの『極めて有益な協力者』へ? その言葉の響きが持つ、不吉な重圧だけは、彼の肌を粟立たせるのに十分だった。

彼は、ただ、これから自分に降りかかるであろう、さらなる厄介事と理不尽さを予感し、恐怖に打ち震えるしかなかった。


                   ***


佐藤から提案された図上演習のアイデアは、ヴァネッサの眉をわずかにひそめさせるには十分な、荒唐無稽なものだった。

覇権国家に飲み込まれそうな小国の姫君によって、この最新鋭の欧州の有志国で編成された艦隊が丸ごと異世界に召喚される? 補給もなしに戦い、元の世界への帰還を目指す…? まるで、佐藤が普段読み耽っているであろう、安っぽい空想小説からそのまま抜け出してきたような設定だ。


ヴァネッサは、しかし、表情一つ変えなかった。

内心の呆れを、完璧なポーカーフェイスの下に隠し、冷徹に思考を巡らせる。


(Bon... comparé à affronter des hordes de zombies ou des dragons volants, ça peut sans doute encore passer pour une simulation...? Comme matériel de base, ce n'est peut-être pas si mal. Et puis...(まあ…ゾンビの大群や空飛ぶドラゴンと対峙するのに比べれば、まだシミュレーションとして通るでしょう…? 素材としては、そう悪くないかもしれない。それに…))


彼女の唇の端が、微かに吊り上がった。


ただ、この荒唐無稽なプロットを、そのままプライドの高い欧州の有志国で編成された艦隊の士官たち――特に、演習を主導している強襲揚陸艦の司令部――に提示するのは、さすがに気が引けた。

彼らの士気に関わるし、何より、ヴァネッサ自身が詳細を詰めるのが面倒だった。

彼女は、もっと効率的で、かつ『面白い』方法を思いついた。


彼女は、テーブルの上に置かれていた、艦内用の小型通信機のボタンを、すらりとした指先で軽く押した。控えめな電子音が短く鳴る。


「Guillaume, venez ici.(ギヨーム、こちらへ来なさい)」


その声は、低く、命令的だったが、不必要に大きくはなかった。

まるで、駒を動かす前の、チェスマスターの呟きのようだ。


数秒もしないうちに、部屋の重厚なドアが、ほとんど音もなく滑るように開いた。

そこに立っていたのは、副官であるギヨーム・デュポン中尉だった。

彼は、背筋を伸ばし、無駄のない動きで入室すると、ヴァネッサの前に、直立不動の姿勢で立ち、静かに指示を待つ。

その磨き上げられた軍靴のように、彼の表情には、一切の私的な感情が読み取れない。

ただ、任務を遂行するための、完璧な道具のように、主の命令を待っていた。


ヴァネッサは、彼に視線を向けると、低い声で、しかし明確な口調で、いくつかの指示を与えた。

それは、強襲揚陸艦司令部名義で、並走する日本の護衛艦に対し、あの奇妙な図上演習の『協力要請』を行うための、具体的な段取りだった。

彼女の声は、部屋の静寂に、冷たく、しかし正確に響いた。


ギヨームは、ヴァネッサの言葉を、一言一句聞き漏らすまいと、微動だにせず集中していた。

指示が終わると、彼は「Bien compris, Madame.(承知いたしました、マダム)」と、短く、抑揚のない声で答え、完璧な角度で一礼すると、再び音もなく部屋を出て行った。

まるで、最初からそこにいなかったかのように、彼の気配は、ドアが閉まると同時に、完全に消え去った。


彼の動きに無駄はない。


数分後、強襲揚陸艦の通信室から、並走する海上自衛隊の護衛艦(おそらく、先の情報分析チームが乗る、大型のヘリ搭載護衛艦だろう)へ向けて、暗号化された公式通信が発信された。

発信者は、ヴァネッサの名前ではなく、今回の演習を統括する強襲揚陸艦司令部の当直司令官の名義になっていた。


通信内容は、表向きは極めて丁重な『協力要請』だった。


「現在、当艦隊にて、独自の図上演習を計画中である。つきましては、演習シナリオのリアリティ及び相互運用性向上のため、貴艦隊のご助力を仰ぎたく存じます。基本想定は以下の通り:『当欧州連合艦隊が、第三勢力(仮称:覇権国家)の侵略に瀕する小国の、未知の手段(魔術的可能性を含む)による要請に応じ、補給途絶状況下にて、当該覇権国家の脅威を排除し、母港への帰還を目指す』。この想定における仮想敵『覇権国家』の軍事ドクトリン、想定戦力(非人間型戦力、魔法兵器等を含む)、行動パターン等に関する詳細設定、および、それに対する最適な対抗策について、貴艦隊にてご検討・ご提示いただけないでしょうか。これは、不測の事態における、両艦隊間の連携強化に資するものと確信しております」


(Parfait. Si les experts de la JMSDF développent l'idée farfelue de Sato, cela donnera un scénario d'exercice avec une certaine vraisemblance. Et surtout, leur demander de définir l'adversaire... quelle meilleure opportunité pour analyser leurs priorités, leurs craintes, et leurs modes opératoires... Une chance en or...(完璧だわ。海自の専門家たちが佐藤の突飛なアイデアを発展させれば、ある程度の信憑性がある演習シナリオになる。そして何より、彼らに敵役を定義させる…彼らの優先順位、懸念、そして思考パターンを分析する、これ以上の好機はないわ…まさに千載一遇のチャンス…))


ヴァネッサは、自らの采配に内心で満足し、再び手元のタブレット端末――今度は自身の本来の任務に関する機密データが表示されている――に向き直った。

彼女には、もっと重要で、優先すべき仕事があるのだ。


佐藤は、その間も、ヴァネッサに言いつけられた雑用――彼女の執務スペースの書類を整理したり、空いた紅茶のカップを片付けたり――を、まるで部屋の隅に置かれた家具のように、気配を消しながら続けていた。

彼の耳にも、ヴァネッサが副官に指示を出す声や、部屋の隅にある通信機から微かに漏れる送受信音は届いていたかもしれない。

しかし、そこで何が決定され、遠く離れた日本の護衛艦に、どんな奇妙奇天烈な『協力要請』が飛んだのか、彼が知る由もなかった。

彼はただ、早くこの息の詰まるような豪華な部屋から解放され、できればエミリアの隣で、ただぼんやりと海でも眺めていたい、それだけを考えていた。

時折、ヴァネッサが、彼に「Bring me that report.(そこのレポート、取ってくれる?)」などと、小間使いのような指示を出すたびに、小さく肩を震わせながら。

窓の外では、厚い雲がさらに空を覆い、雨粒が窓を叩き始めていた。


                   ***


神崎誠は、自らを常に冷静沈着な男だと自負していた。

長年、情報という名の、硝煙の匂いがしない、しかし時にそれ以上に神経をすり減らす戦場を歩んできた。

不測の事態、理不尽な要求、複雑怪奇な国際関係――どんな状況下でも、最適解を導き出す分析力と精神力には自信があった。

そう、この時までは。


護衛艦内の、電磁シールドが施された一室。

神崎、青山、川島が、モニターに映るデータと格闘していた、その静寂は、重々しいノックの音によって破られた。

入ってきたのは、護衛艦の当直士官と、数名の幕僚たちだった。

彼らの顔には、一様に、深い当惑と、どうしようもない疲労、そして「一体どう説明すれば…」という諦めが、ありありと浮かんでいた。

まるで、理解不能な怪事件に遭遇し、途方に暮れる新米刑事のようだ。


「神崎一佐…」


当直士官は、まるで珍獣でも紹介するかのように、ぎこちなく口を開いた。


「先ほど、並走中の欧州艦隊、旗艦…例の強襲揚陸艦司令部より、暗号通信にて、緊急度の高い『協力要請』が…」


彼は、手にした通信記録のプリントアウトを、まるで触れたくない汚物でも扱うかのように、震える指で神崎に差し出した。


「内容が…その…極めて異例であり、前例もなく、現場レベルでは判断に窮しておりまして…」


神崎は、訝しげに眉をひそめ、プリントアウトに目を通した。

最初は、共同訓練に関する、技術的な協力要請か何かだろうと思った。

しかし、読み進めるうちに、彼の眉間の皺は、深海の水圧のように、深くなる一方だった。


『当欧州連合艦隊が、第三勢力(仮称:覇権国家)の侵略に瀕する小国の、未知の手段(魔術的可能性を含む)による要請に応じ、補給途絶状況下にて、当該覇権国家の脅威を排除し、母港への帰還を目指す』


…ここまでは、まだ、SF的な仮想演習シナリオとして、辛うじて許容できるかもしれない。

問題は、その先だった。


『この想定における仮想敵『覇権国家』の軍事ドクトリン、想定戦力(非人間型戦力、魔法兵器等を含む)、行動パターン等に関する詳細設定、および、それに対する最適な対抗策について、貴艦隊にてご検討・ご提示お願いしたい』


――つまり、図上演習の敵役設定を、こちらに丸投げしてきた、ということか。

それも、『魔法』や『ドラゴン』まで考慮しろと?


神崎は、思わず、プリントアウトを握りしめ、こめかみを押さえた。

ズキリ、と鈍い痛みが走る。


「…それで、ですね、一佐」


当直士官は、さらに困惑した表情で続ける。

その声は、もはや泣き出しそうだ。


「この通信内容が、どういうわけか、艦内の、その…特定の趣味を持つ一部の若い隊員たちに、どこからか漏れまして…」


彼の視線の先、ガラス越しに見える情報処理室や、休憩室の一部区画では、普段の退屈そうな勤務態度とは打って変わって、異様な熱気が渦巻いていた。

ノートパソコンの画面には、美麗なイラストや、複雑な設定資料らしきものが映し出され、ホワイトボードには、手書きの、明らかに地球のものではない、ファンタジー風の世界地図が広げられている。

ドラゴンの飛行経路らしき赤い矢印や、魔法陣のような幾何学模様、さらには巨大ロボットのシルエットまで書き込まれている。


「この『魔導機甲帝国』の弱点は、クリスタル動力炉だ!」

「いや、待て、古文書によれば『他の星から渡ってきた王族』の末裔らしいぞ?」

「対魔法結界には、指向性エネルギー兵器より、質量兵器の方が有効では?」

「いや、むしろECM(電子対抗手段)で、呪文詠唱のパターンを解析し、カウンターを…!」


真剣極まりない表情で交わされる、活発すぎる議論(というより、もはや、至高の「俺設定」開陳大会)。

大規模な同人誌即売会のたびに有給休暇を申請するような、筋金入りの『同志』たちが、目を爛々と輝かせ、持てる知識とオタク魂の全てを注ぎ込み、勝手に『覇権国家』の設定から、詳細な歴史、文化、そして対抗兵器のシミュレーションまで始めているのだ。


「…さらに、厄介なことに」


士官は、まるで悪夢の続きを語るかのように、声を落とした。


「どうやら、欧州艦隊側にも、同種の…その、『趣味』を持つ方々がいるらしく、既に、我々の隊員と、個人的な秘匿回線(おそらくオンラインゲームのチャットか何かだろう)を通じて、設定について、熱く、建設的(?)な意見交換を行っている、と…」


神崎は、その報告を聞きながら、こめかみの痛みが、さらに増すのを感じた。

長年の情報畑での経験。

国家間のスパイ戦、テロ組織との情報戦、サイバー攻撃への対処…。

あらゆる危機的状況を、彼は乗り越えてきた自負があった。


しかし、目の前で繰り広げられている、この、あまりにも想定外で、不謹慎で、そして、ある意味、平和すぎる(?)カオス。

彼は、自衛官人生で初めて、完全な『対処不能』という感覚に囚われていた。

政治的圧力でも、武力衝突でもない。

ただ、純粋な、そして暴走する『趣味』の力に、歴戦の情報将校は、なすすべもなかった。

彼は、ただ、天を仰ぎ、深く、深く、ため息をつくしかなかった。


「やはり、この話は断って、バカ騒ぎをしている者たちを叱責してきます!」


神崎の長い沈黙を、怒りと誤解したのだろう、護衛艦の当直士官が、焦燥感を滲ませた声で叫び、慌てて部屋を出て行こうとした。

その背中に、神崎の、氷のように冷たく、静かな声が突き刺さる。


「待て」


士官は、まるで電流が走ったかのように、その場で凍りついた。

神崎は、ゆっくりと閉じていた目を開けると、テーブルの上の通信記録を一瞥し、


「…数分、時間をくれ」


とだけ告げた。


神崎は、やおら立ち上がると、部屋の隅に設えられた小さなカウンターに向かった。

そこには、艦内用としては比較的高級そうな、カプセル式のコーヒーメーカーが静かに置かれている。

彼は、慣れた手つきで水タンクを確認し、濃いローストの黒いカプセルを選ぶと、マシンにセットした。


ボタンを押すと、静かな駆動音と共に、機械が息を吹き返す。

やがて、抽出口から黒い、芳醇な香りを放つ液体が、細い線を描きながら、備え付けの白い陶器のカップへと注がれ始めた。

部屋に、濃厚なコーヒーのアロマが、張り詰めた空気を和らげるかのように、ふわりと広がる。

その香りは、思考をクリアにする。


抽出が終わるのを待つ数秒間、神崎は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

まるで、これから発する言葉を、頭の中で反芻するかのように。

カップが満たされると、彼は、その熱い陶器を手に取り、口元へと運んだ。

そして、まるで重要な儀式のように、ゆっくりと、しかし一気に、その黒く苦い液体を喉に流し込んだ。

眉間に寄った皺が、わずかに和らぐ。

その熱さと苦味が、彼の冴えわたる思考を、さらに研ぎ澄ますようだった。


カップを静かにソーサーに戻し、使用済みのカプセルを、音もなく専用のゴミ箱に捨てると、神崎は、当惑と緊張で顔をこわばらせている士官たちに向き直った。

その瞳は、深海の闇のように、静かで、底知れない。


「…おそらくですが」


彼の声は、氷のように冷たく、分析的だった。


「この荒唐無稽な『協力要請』は、我々が未知の脅威…それも、常識外の、予測不能な敵に対し、どのような思考プロセスで作戦を立案するか…その『思考の型』そのものを探るための、巧妙な罠でしょう」


彼は、通信記録のプリントアウトを指差す。


「『覇権国家』の定義、『対抗策』の提示を、こちらに丸投げしている。これは、我々の戦略・戦術思想、対応能力の限界を、全て開示しろと言っているに等しいのです」


士官たちの顔から、サッと血の気が引いた。

神崎の指摘は、彼らの想像を超えた、冷徹な情報戦の現実を突きつけていた。


「では、断れば…」


士官の一人が、かすれた声で呟く。


「断れば、『日本は未知の事態に対応できない、あるいは協力する意志がない』という、これまた極めて有益な情報を、相手に与えることになる。我々の能力を、過小評価させるわけにはいかない」


神崎は、静かに、しかし断固として首を振った。


「ですから」


彼の目に、鋭い、狩人のような光が宿った。


「ここは、彼らの土俵に乗る。ただし、我々のやり方で、だ。…愚鈍を演じ、彼らを油断させる。しかし、同時に、我々の『予測不能性』と『創造力』の、底知れなさを見せつけるのです」


彼は、先ほど士官が苦々しく報告した、情報処理室や休憩室で繰り広げられているであろう、異様な熱気を思い浮かべた。


「…総員を動員しなさい。例の『趣味』の連中を中心に、です。彼らに、仮想敵『覇権国家』の設定を、…そう、『面白可笑しく』、それでいて『複数パターン』、徹底的に作り込ませるのです。魔法、巨大生物、異次元テクノロジー、神話の怪物…何でもいい。ただし、条件がある。それぞれの設定には、厳密な内部的整合性を持たせること。そして、可能な限り、…そう、可能な限り多くの、質の高い『ノイズ』を生成する」


神崎の声は、まるで巨大な作戦を指揮するかのように、静かに、しかし熱を帯びていた。


「情報の飽和攻撃です。相手の分析能力を、質の高い、しかし本命ではない情報の洪水でパンクさせる。我々の真の思考、真のドクトリンを、そのノイズの海の中に、完全に埋没させるのです」


彼は、まるでスイッチが入ったかのように、自分の席に戻ると、ノートパソコンを開き、凄まじい速さでキーボードを叩き始めた。

いくつもの暗号化されたウィンドウが開き、複雑な図形やテキストが画面を埋め尽くしていく。

それは、単なる報告書作成とは明らかに違う、高度な情報工作の始まりだった。


「…私も、すぐにいくつかの対抗シナリオの骨子を書き上げます。今の分析は中断だ」


当直士官は、その意外な展開と、神崎の豹変ぶり、そして発せられる異様な迫力に、ただただ唖然としていた。

彼は、恐る恐る、しかし抑えきれない好奇心から尋ねた。


「い、一佐…失礼ですが、一佐も、その…大規模な同人誌即売会などに、行かれることが…?」


神崎は、画面から目を離さず、キーボードを叩く指も止めずに、淡々と答えた。


「いや、行ったことはない。だが、仕事柄、あらゆる情報とその背景にある文化・心理は、分析対象だ。知識だけなら、彼らよりも、あるいは…相手よりも、詳しいかもしれんよ」


その声には、わずかな自負と、底知れない情報将校としての凄みが滲んでいた。

ヴァネッサ・ウィリアムズが仕掛けた奇妙な一手に対し、神崎誠は、予想外の方法で、静かに、しかし確実に、反撃の狼煙を上げたのだ。

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