羅針盤は彼女たちの手に、彼はただ揺れる 其十一
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一日遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
赤色灯の鋭い光が、事故現場の濡れたアスファルトを神経質に舐め、夜の闇を切り裂く。
金属が軋む重々しい音と共に、巨大な獣の亡骸のようなトラックの残骸が、牽引車によってゆっくりと引きずられていく。
飛び散った部品やオイルの虹色のシミが、無数のライトに照らし出されていた。
鑑識たちが、まるで獲物を探すハイエナのように、地面に這いつくばり、懐中電灯の白い光で道路上をくまなく照らしながら、証拠となる破片を丁寧に拾い集めている。
他の捜査員たちは、野次馬を制止し、あるいは近隣住民への聞き込みに走り回り、現場は騒然としていた。
その喧騒の中心から少し離れた場所で、松田は遠ざかる救急車の赤いテールランプを、ただ、見送ることしかできなかった。
担架に乗せられた桜井は、
「大丈夫です!」
「どこも痛くありません!」
と何度も繰り返していたが、彼女を取り囲む同僚たちの心配そうな顔は変わらなかった。
まるで、割れ物を扱うように、あるいは、殉職しかけた英雄を讃えるかのように、彼らは桜井を気遣い、半ば強制的に救急車に乗せたのだ。
「念のためだ」
「検査だけは受けろ」
と口々に懇願に近い言葉をかけながら。
ご丁寧に、どこから嗅ぎつけたのか、警備部の連中までが出張ってきていた。
まるで国賓でも護送するかのように、重装備の隊員たちが救急車の周囲を固め、物々しい雰囲気で走り去っていく。
「警察車両と分かっていても襲撃を止めなかった犯人の危険性を考慮して」…そんな、もっともらしい言い訳を、誰かが無線で報告しているのが聞こえた。
(どんな書類を誤魔化せば、あんな装備で出動できるんだ…)
松田は、その過剰なまでの警護体制に、呆れ果てていた。
しかし、桜井に向けられた熱烈な心配とは裏腹に、同じく事件に巻き込まれた松田を気遣う者は、誰一人としていなかった。
それどころか、彼に向けられる視線は、冷たく、疑念に満ちている。
まるで、桜井を危険な目に遭わせた、共犯者か何かのように…。
「松田!一体何があった!?なぜ発砲した!状況を詳しく説明しろ!」
現場の指揮を執っているらしい、見慣れない上司が、規制線のすぐ内側で、松田に矢継ぎ早に質問を浴びせる。
事情聴取というよりは、詰問に近い。
その声には、松田への非難の色が、隠しようもなく滲んでいた。
松田は、唇を強く噛み締めた。
防弾チョッキが、まるで鉛の鎧のように、重く肩にのしかかる。
誰も、俺の心配はしないのか。
俺だって、トラックに押し潰されそうになったんだぞ。
桜井を守ろうとした結果じゃないか…。
怒りと、悔しさと、そして、どうしようもない孤独感が、冷たい夜風と共に、彼の心に染み渡る。
遠ざかる救急車のサイレンの音が、まるで嘲笑うかのように、彼の耳の奥で、いつまでも響いていた。
松田は、心の中で、熱いものが込み上げてくるのを、ただ、必死に堪えるしかなかった。
***
佐藤とエミリアは、ヴァネッサに案内され、原子力空母の、上級士官用ラウンジへと足を踏み入れた。
そこは、まるで一流ホテルのバーラウンジのように、静かで落ち着いた空間だった。
壁に埋め込まれた間接照明が柔らかな光を投げかけ、上質な革張りのソファや、磨き上げられたマホガニーのテーブルを、暖かく照らし出している。
大きな窓の外には、月明かりを受けて銀色に鈍く輝く、どこまでも続くフィリピン海の夜の海原が広がっていた。
波は穏やかで、まるで鏡のような水面が、漆黒の空に無数に瞬く星々を映し出している。
艦の低い、一定の振動と、遠く微かに聞こえる波の音だけが、ここが巨大な鋼鉄の船の上であることを、絶えず思い出させた。
微かに、淹れたての紅茶の、芳醇な香りが漂っている。
「Be seated.(お掛けなさい)」
ヴァネッサは、そう言って、二人を窓際のソファに促した。
窓の外の闇とは対照的に、彼女の影は照明の下でくっきりと落ちている。
そして、自らも、向かい側のソファに、深く腰を下ろした。
「Now then,...(さて、では…)」
ヴァネッサは、そう言って、話を切り出した。
その声は、先ほどのパーティー会場での賑やかな雰囲気とは打って変わって、夜の静けさに溶け込むように、低く、そして、どこまでも冷静だった…。
彼女は、カップをソーサーに静かに戻すと、その蒼い瞳を佐藤に向けた。
「Sato-san. Are you familiar with a Professor Takahashi Kenichi, perhaps?(佐藤さん。高橋健一という教授を、もしかして、ご存じですか?)」
佐藤は、テーブルに置かれた自分のティーカップに視線を落とし、記憶を探るようにわずかに眉を寄せた。芳醇な紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。
「...Ah, the name... I think maybe... on the news? A few times? He was discussing international matters... looking quite troubled... I sort of remember... but maybe not...(あ、お名前…ええ、確か…ニュースで? 何度か? 国際情勢について議論されていて…とても難しい顔をされていました…なんとなく覚えているような…、いないような…)」
曖昧な返事に、彼自身、どこか自信がなさそうだった。
巨大な軍艦の中で繰り広げられる会話に、まだ現実感が追いついていないのかもしれない。
ヴァネッサは、佐藤の反応には特に興味を示さず、今度はエミリアへと視線を移した。
エミリアは、窓の外の星空を眺めているのか、あるいは単に退屈しているのか、表情を変えずにソファに深く身を預けている。
その手の中では、ティーカップが、まるで大切な宝物のように、静かに揺れていた。
「And Emilia?(それで、エミリアは?)」
ヴァネッサが促す。
「...A university professor, wasn't he? International and maritime law is his field. Supposedly influential with the Japanese government... or so I've heard, anyway.(…大学教授じゃなかった? 国際法と海洋法が専門分野よね? 日本政府にも影響力があるとか…まあ、そんな噂を聞いただけだけど)」
エミリアは、まるで他人事のように、淡々と答えた。
その口調からは、高橋という人物への関心は、微塵も感じられない。
ただ、事実として知っている情報を述べた、それだけのように聞こえた。
「Correct.(その通りよ)」
ヴァネッサは満足そうに微かに頷くと、カップを再び手に取った。
「And apparently, that Professor Takahashi... got caught up in a little incident about two hours ago.(それでね、その高橋教授が…二時間ほど前に、ちょっとした事件に巻き込まれたらしいのよ)」
その言葉は、夜の海のように、静かで平坦だったが、その内容は穏やかではなかった。
佐藤は、「An incident?(事件、ですか?)」と小さく呟き、わずかに身を乗り出す。
軍艦に乗っているという非日常の中で、さらに不穏な響きを感じ取ったのだろう。
対照的に、エミリアは軽く目を伏せ、紅茶の最後の一滴を味わうかのように、ゆっくりとカップを傾けた。
興味がないという態度を、隠そうともしない。
「I can't go into the details with you, Sato-san, but...(詳しいことは、あなたには話せないけれど、佐藤さん…)」
ヴァネッサは、佐藤の疑問を先読みするように言った。
「He is a key figure for the Japanese side in these... negotiations we're undertaking. As a result of that incident, they've suspended the talks and are making an urgent return to their home country.(彼は、私たちが進めている、この…交渉における、日本側の重要人物なの。その事件の結果、彼らは協議を中断し、急ぎ本国へ戻ることになったわ)」
佐藤は、「Oh... That sounds difficult.(はあ…それは大変そうですね)」と、どこか他人事のように相槌を打つ。
目の前で語られていることの重大さを、彼はまだ、欠片も理解していないようだった。
ただ、エリートたちの世界で起こった、自分とは関係のない騒動、という程度の認識なのだろう。
一方、エミリアは、再び紅茶を優雅に啜ることに意識を戻していた。
あるいは、暖かく静かなラウンジの空気に、心地よい眠気を誘われているのかもしれない。
艦の穏やかな振動が、子守唄のように感じられるのだろうか。
「So,...(それで、)」
ヴァネッサは、そんな二人の様子にも構わず続けた。
「So,... They require transport from the LHD to the closest Japanese ship. Our carrier-based helicopters will handle it. Fighter cover is an option, if deemed necessary – the safer course, wouldn't you agree?(そこで、…彼らは強襲揚陸艦から一番近い日本の艦船への輸送が必要よ。我々の空母搭載ヘリが担当するわ。必要と判断されれば戦闘機の援護も選択肢に入る…より安全な道でしょう?)」
佐藤は、ただ「Right...(はあ…)」と気の抜けた返事を繰り返すばかりだ。
ヘリコプター、戦闘機、強襲揚陸艦…彼の日常とはかけ離れた単語が、ただ右から左へと流れていく。
隣では、エミリアがソファの背もたれに頭を預け、長いまつ毛を伏せて、穏やかな寝息でも立てているかのように静かだった。
まるで、この先の展開など、自分には全く関係ないと言わんばかりに。
ヴァネッサは、そのエミリアの様子を、一瞬、鋭い視線で観察した後、不意に、呼びかけた。
「Sister...(姉さん…)」
その声は、先ほどまでの静かなトーンとは異なり、明確な意志と、抗いがたい響きを持っていた。
ピクリ、とエミリアの肩が微かに動く。
エミリアの伏せられていた長いまつ毛が、ゆっくりと持ち上がった。
現れたのは、まるで北極の氷のように冷たく澄んだ碧眼。
その輝きは、眠気など微塵も感じさせず、ヴァネッサを真っ直ぐに見据えている。
窓の外の月明かりが、彼女の真珠のような白金色の髪を淡く照らし、まるで天使の輪のように見えた。
やはり、眠ってはいなかったのだ。
「I need you to escort the Japanese negotiation team when they depart, and... well, assist them with boarding and disembarking.(日本の交渉チームが出発する際に、彼らを護衛し、…そうね、乗り降りを手伝ってほしいの)」
ヴァネッサは、穏やかに、しかし有無を言わせぬ口調で続けた。
「Since your Japanese is perfect, Sister... that won't be an issue, right? I need you to keep an ear out... gauge their reaction, figure out what they're thinking.(姉さんの日本語は完璧だから…問題ないわよね? 少し注意して聞いてきてほしいの…彼らの反応を探って、何を考えているか突き止めて)」
それは、依頼の形をとった、明確な命令だった。
護衛という名目の、情報収集任務。
ヴァネッサの真意を、エミリアは瞬時に理解しただろう。
ラウンジの空気は、先ほどまでの穏やかさとは裏腹に、微かな緊張感を帯び始めていた。
しかし、エミリアは、ヴァネッサの言葉を、まるで壁に投げられた小石のように、完全に無視していた。
ソファに深くもたれかかり、視線は窓の外、月明かりを映す静かな夜の海へ。
あるいは、磨き上げられたマホガニーのテーブルの木目を、まるで初めて見るかのように、じっと見つめている。
長く細い指が、冷えかけた紅茶のカップの縁を、意味もなく、ゆっくりとなぞる。
その完璧な横顔には、隠しようもない退屈と、わずかな侮蔑、そして『何で私がそんな面倒なことを』という不満が、あからさまに浮かんでいた。
まるで、精巧に作られた、不機嫌な人形のようだ。
ヴァネッサは、そんなエミリアの露骨な態度にも、眉一つ動かさない。
まるで、全てが想定内であるかのように。
彼女は、カップを静かにソーサーに戻すと、ほんの少しだけ身を乗り出し、まるで甘美な毒を囁くかのように、言葉を紡いだ。
その声は、ラウンジの静寂に、蠱惑的に響く。
「Sister... If you'll grant me this 'favor'...(姉さん…もし、私のこの『お願い(好意)』を聞き入れてくれるなら…)」
ヴァネッサは、そこで一呼吸置いた。
彼女の美しい瞳が、獲物を見定めるように、エミリアの反応を探っている。
「...while aboard, I will make special arrangements so you can share quarters with Sato-san... for the entire duration.(…乗艦中は、佐藤さんと、同じ部屋を共有できるように、私が特別に手配しましょう…ずっと、ね)」
その瞬間、ラウンジの空気が、凍り付いたように感じられた。
いや、むしろ、一点に熱が集まったかのようだ。
先ほどまで、まるで抜け殻のようだったエミリアの体が、電気ショックを受けたかのように、微かに震えた。
伏せられていた瞼が、カッと見開かれる。北極の氷のように冷たかったはずの碧眼が、今は、まるで燃え盛る炎のように、強烈な光を放ち、ヴァネッサを射抜くように見つめている。
退屈と侮蔑は、跡形もなく消え去り、そこにあるのは、純粋な、そして、どこか狂気じみた、歓喜の表情だった。
「How could I possibly refuse anything my darling little sister asks?(私の可愛い妹のお願いを、どうして断れるっていうの?)」
エミリアは、先ほどの無気力さが嘘のように、甘く、そして熱に浮かされたような声で言った。
彼女は、まるで女神が信徒に誓うかのように、あるいは、悪魔が契約を結ぶかのように、恭しく、そして力強く、宣言した。
「With every fiber of my being, I will fulfill your request, Vanessa. Without fail!(私の存在全てを懸けて、必ず、あなたの願いを叶えてみせるわ、ヴァネッサ! 失敗はしない!)」
その言葉は、ラウンジの静寂に、異様なほど強く響き渡り、佐藤の鼓膜を震わせた。
彼は、エミリアの、そのあまりにも急激な変化に、ただただ、唖然とするばかりだった。
***
再開発の波は、この忘れられた一角にはまだ届かない。
潮風が容赦なく吹き付け、打ち捨てられた建物やひび割れたアスファルトの道路を、静かに、しかし確実に蝕んでいる。
錆が赤茶色の涙のように流れ、腐食がコンクリートをまだらに染める。
かつての高度経済成長期の幻影だけを色濃く残したまま、時間はここで止まっているかのようだった。
目指す元町工場は、その中心に墓標のように佇んでいた。
何を作っていたのか、今となっては知る者もいない。
鉄骨の骨組みを、風雨に晒され歪んだ波板トタンが覆い、まるで継ぎ接ぎだらけの亡霊のようだ。
月明かりだけが、雑草の海と化した駐車場と、その不気味な建物を、冷たく、しかしどこか感傷的に照らしていた。
昼間の喧騒は嘘のように消え去り、車の往来も人影もない。
不法投棄されたゴミの山が、暗がりに異様な影を落とす。
まともな人間が決して近寄らない、夜の深淵。
その絶対的な静寂を、最初に破ったのは、遠くから響く不規則な羽音だった。
ヘリコプターのローター音が、急速に近づき、空気を震わせる。
地響きのような重低音が、古びた建物の壁を揺らす。
漆黒の機体が夜空に巨大な影を描き、次の瞬間、地上を灼くような強烈なサーチライトの光が、元町工場を白日の下に晒した。
サーチライトが窓を捉えた瞬間、まるで号令を受けたかのように、一階の窓ガラスが、派手な破壊音と共に外側から叩き割られた! 破片が暗闇に飛び散る。
間髪入れず、閃光手榴弾が次々と投げ込まれ、耳をつんざく爆音と、目を眩ます閃光が、廃墟の内部で炸裂する!
爆音と閃光が収まらぬうちに、黒い影たちが、まるで地獄からの使者のように、破壊された窓から、あるいは特殊な破城槌でこじ開けられた扉から、次々と建物内部へと雪崩れ込んでいく。
重装備の防弾チョッキとヘルメット、闇を捉える暗視ゴーグル、そして構えられた短機関銃。
その動きには一切の躊躇も乱れもない。
まさしく、映画のワンシーンを凌駕する、激烈な突入劇だった。
***
佐藤は、エミリアの細い体に、まるで異世界の鎧のような黒いボディーアーマーを取り付けるのを、ぎこちない手つきで手伝っていた。
硬く、冷たい強化セラミックの感触。バックルを留めるたびに、カチリ、と無機質な音が響く。
普段の、柔らかな気配を纏うエミリアからは想像もつかない、殺伐とした装備。
原子力空母の一室には、彼女の優しい香りと、装備から放たれる微かなオイルや消毒液の匂いが、奇妙な不協和音のように混ざり合っていた。
「健ちゃん、そこのベルト、もう少しきつく締めてくれる?」
エミリアは、まるで高級ブティックでドレスのフィッティングでもしているかのように、軽く言った。
しかし、その声には、わずかに仕事モードの硬質さが滲む。
「そういえば、あの教授が襲われた件だけどね…」
彼女の声は、佐藤が彼女の膝当てを固定する間も、淡々と続いた。
「トラックの運転手は、まあ、すぐに捕まったみたい。だけど、その運転手が知ってたアジト…湾岸の古い工場だったらしいわ。警察が、彼らの捜査車両を廃車にされたことにメンツをかけて、一番強い特殊部隊みたいなのを大勢連れて、大層な装備で乗り込んだみたいだけど…もぬけの殻だったって」
エミリアは、まるで当然の結果を語るように、肩をすくめた。
佐藤が手間取っている肘のプロテクターのベルトを、自分で手早く締めながら続ける。
「当たり前よね。証拠なんて灰一つ残さず、裏の運河にでも隠してたモーターボートで、さっさと東京湾に逃げおおせた後だったみたい。夜の真っ暗な海なんて、警察や海保がいくらヘリや船で頑張っても、鬼ごっこにもならないわ。彼らもよくやった方だけど、犯人さんの方が一枚上手だった、ってこと」
彼女の口調には、警察への同情も、犯人への非難もない。
ただ、事実を客観的に述べているだけ。
しかし、その声の底には、もし自分がその場にいれば、という冷たい自信が微かに揺らめいているようだった。
「まあ、私があの場にいたら、ボートごとレーダーから消してあげたけど…面倒だもの」
小さく肩をすくめる仕草に、佐藤はごくりと唾を飲んだ。
エミリアの『面倒』が、どれほどの事態を引き起こすか、彼は想像もしたくなかった。
最後に、エミリアは特殊なガスマスクと、厚いシールド付きのヘルメットを手に取った。
佐藤が思わず顔を近づけても、マスクの黒いバイザーの奥は、深淵のように何も映さない。
それを被ると、彼女の美しい顔立ちも、月明かりに照らされた真珠のような白金色の髪も、全てが黒い装備の下に完全に隠された。
肘、膝、そして全身を覆うプロテクター。
そこに立っているのは、もはやエミリアではなく、国籍も性別も不明な、一人の完全武装した兵士だった。
唯一、彼女が腰のホルスターに差したのは、一本のシンプルな警棒だけだった。
全ての装備を身に着け終えると、エミリアは、その重装備が嘘のように軽やかに、佐藤の前でくるりと一回転してみせた。
「ねえ、健ちゃん、今日のコーディネートはどう?」
ヘルメットの奥から響く声は、先ほどの冷静なトーンとは打って変わって、甘く、少しだけ不安げで、明らかに佐藤の評価を求めていた。
「健ちゃんと、少しでも長く、同じ部屋で過ごせるように…ヴァネッサのお願い、ちゃんと叶えないとでしょ? だから、本気で選んだ装備なのよ」
彼女は、ヘルメットのシールド越しに、佐藤の目を覗き込むように続ける。
「これなら、私の生体情報…顔とか、指紋とか、そういうのを、最低限しか盗まれずに済むし。それに、万が一、武器を奪われたとしても、ただの警棒一本なら、私相手に大したことできないでしょう?」
自信満々に、しかし、その声色は、やはり佐藤の反応を窺っている。
任務のための変装、その理由さえも、佐藤への想いに結びつけて語る彼女に、佐藤は胸が締め付けられるような、甘く切ない感情を覚えていた。
彼の知るエミリアと、今目の前にいる黒い兵士の姿が、奇妙なコントラストを描いていた。
***
月明かりが、まるで薄絹のように、波一つない穏やかなフィリピン海を優しく照らす。
しかし、その静けさは表面的なものに過ぎなかった。
欧州の有志国で編成された艦隊は、夜の闇に紛れ、巨大な鋼鉄の影を連ね、音もなく日本へと針路を取る。
時折、艦隊の中核をなす原子力空母から、艦載機やドローンが巨大な夜行性の蛾のように、暗闇の中へ飛び立ち、そして戻ってくる。
ローター音とジェットエンジンの残響が、不気味な静寂を周期的に、しかし遠く、破っていた。
原子力空母から派遣された中型ヘリコプターのローター音が、夜気を切り裂きながら、海上自衛隊の大型護衛艦、その飛行甲板に近づいていく。
月明かりが、機体と、その下に広がる日本の艦船を、青白く照らし出していた。
T.M.と、彼が「レアメタル交渉チーム」と認識している一行――大河内、黒川、白石、武藤――は、ヘリから降り立ち、護衛艦の乗組員に誘導されながら、翼を折りたたんだティルトローター機へと乗り込む。
先ほどまでの欧州艦とは違う、規律正しく、しかしどこか張り詰めた自衛隊の空気。
ティルトローター機のエンジンが咆哮を上げ、機体は垂直に上昇、あっという間に夜空へと駆け上がり、本土への帰路を急いだ。
眼下には、月光を反射する、静かな海が広がっていた。
機内では、エンジン音にかき消されそうな声で、大河内と黒川が身を寄せ合っていた。
白石は、タブレットにメモを取りながら、無表情にその会話を聞いている。
「…忌々しい…。高橋が狙われるとは、明らかに我々の国際協調路線に対する妨害工作だ。一体どこの差し金だ…国内か、それとも…?」
大河内は、吐き捨てるように言った。
その顔には、珍しく怒りの色が浮かんでいる。
「タイミングが良すぎます」
黒川は冷静に返す。
「欧州側からの打診とほぼ同時に高橋教授が襲われる…我々の動きを快く思わない勢力が、国内外にいるということでしょう。今回のレアメタルの件、水面下での動きが活発化している証拠です。油断はできません」
「…小癪な真似を…」
大河内は苦々しげに呟いた。
護衛の武藤は、目を閉じ、先ほどのヘリに同乗していた、あの異様な『護衛』の気配を反芻していた。
警棒一本しか持たず、しかし、全身から放たれる隙のない存在感。
無言、無表情、完璧なまでに統制された動き。
あれは只者ではない。
本能が警鐘を鳴らしていた。
わずかな身じろぎさえ、計算されたかのような体捌き。
あれほどの体幹の強さと気配の制御は、天性のものか、あるいは…。
一方、T.M.は、ようやく日本に帰れるという安堵感に浸っていた。
窓の外の闇を見つめ、早く家族の顔が見たいと願う。
隣に座っていた、あの奇妙な黒ずくめの人物が、まさかエミリア本人だとは、彼は夢にも思っていなかった。
ただ、少し変わった護衛がついただけだと、そう思い込もうとしていた。
***
その頃、日本の大型護衛艦の艦内、電磁シールドが施された一室では、神崎、青山、川島が、モニターの光に顔を照らされながら、収集したばかりの情報を分析していた。
空気は静かで、張り詰めている。
青山が、強襲揚陸艦の個室やヘリ内で記録された隠しカメラの映像から、黒ずくめの兵士の姿を拡大し、タブレットの画面を他の二人に見せた。
彼女の声は常に冷静で、揺らがない。
青山はタブレットの映像を拡大し、冷静な分析を続ける。
「この護衛。装備は実弾演習時の突入チームと同一規格ですね。ただし、こちらは個人特定の完全な回避を意図しています。顔貌、指紋はもちろん、ボイスプリントすら取得させないための徹底ぶり…。プロのカウンターインテリジェンス措置と見るべきでしょう」
川島は、モニター上の別角度からの映像に切り替えながら、静かに頷いた。
彼の指が、キーボード上で素早く動く。
「ええ、音声データも皆無でした。ボイスプリントによる特定を警戒しているのは明白です。装備による視覚的・接触型の生体認証情報のマスキングも徹底されている。加えて、物理的な挙動…歩行パターン、重心移動に至るまで、個人の癖を排除し、極限まで最適化されているように見えます。まるで、あらゆるセンサーによるシグネチャ(特徴情報)の検出を拒否しているかのようです。これほどの匿名化技術と自己隠蔽能力は…通常では考えられません。警戒レベルを引き上げるべき対象です」
神崎は、モニターに映る、沈みゆく標的艦に敬礼するジャンの映像と、黒ずくめの兵士の映像を並べ、深く息をついた。
「『ヴァネッサ・ウィリアムズ』の駒が、これほどのレベルで統一されているとすれば…。…個々の能力もさることながら、それを束ねる『ヴァネッサ・ウィリアムズ』のカリスマ性と、組織力…それを認めざるを得ないということか…」
恐怖というよりは、冷徹な分析者としての、畏敬に近い感情が、彼の声に滲んでいた。




