~影の女王と五人の歌姫~ 標的はアイドル(その十五)
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一ヶ月遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
「一体、何を…?」
佐藤が尋ねると、エミリアはテーブルをバンと叩いた。
その衝撃で、おかゆの器がカタカタと音を立てた。
「私たちの警備を引き継ぐヴァネッサから紹介されたチーム、『暗流(Anliu)』って台北が拠点なのよ!」
佐藤は、思い出した。
確かに、アジア圏で活動する、新興の警備チームだったはずだ。
「それで、『暗流』の人達に日本での協力者を紹介しようと思うのよ!」
エミリアは目を輝かせた。
佐藤は、ここまで聞いて、ある種の予感を覚えた。
エミリアがまともなことを先に言っている時は、必ずその後に何かとんでもないことを言い出す。
それは、これまでの経験から学んだ教訓だった。
「霧島さんを紹介しようと思うのよ!」
佐藤は、エミリアが紹介しようと提案してきた人物を聞いて、案の定驚いた。
霧島玲奈。
元警視庁サイバー犯罪対策課の凄腕エンジニアであり、現在はフリーランスとして活躍する、佐藤にとっても顔見知りだ。
確かに優秀な人物だが、張り込みやボディガードといった、いわゆる「荒事」には向いていない。
「エミリア。霧島さんは元警察官だけど、サイバー犯罪の専門家で、張り込みとかボディガードとかの荒事には向いていないと思うぞ」
佐藤が指摘すると、エミリアは予想していたのか、涼しい顔で言ってきた。
「その辺は考えているわよ。霧島さんには連絡してあるから、健ちゃん、迎えに行ってきて」
佐藤は反射的に腕時計を確認し、驚いた。
時刻は既に夜の九時を回っていた。
「こんな時間に…!?それに、霧島さんは確か…」
佐藤が言いかけると、エミリアは自分のスマートフォンの画面を佐藤に突き付けた。
「ほら、ちゃんと了承取ってあるから。ここに迎えに行って」
エミリアのスマートフォンの画面には、霧島とエミリアのメッセージのやり取りが映し出されていた。
そこには、都内某所の私鉄の駅に、佐藤が迎えに行くことが明確に記されていた。
霧島の返信には、了解のスタンプと、小さく「お土産は期待しないでくださいね」という一言が添えられていた。
反論する根拠も失って佐藤はこう言うしかなかった。
「…行ってきます」
佐藤はそう言い残し、応接室を後にした。
夜の帳が下りた東京の街へ、霧島を迎えに向かうべく。
ただ、エミリアがどこか楽しそうに目を輝かせていたのを思い出すと、まだ何か隠していることがあるのは明らかだった。
それは、誰かを陥れるような陰謀ではなく、皆を驚かせるような、とびきり愉快なサプライズのような気がした。
松田と桜井は、何とか「下着泥棒に気をつけてください」と印刷されたチラシを、気まずそうに受け取るコインランドリーの利用者に配り終え、本庁へと黒い覆面車を走らせていた。
秋の夜風が吹き始めたとはいえ、時刻は午後九時を回り、外気温はそれなりに下がっていた。
車内の暖房は心地よく、松田の瞼を重くする。
覆面車は、幹線道路の喧騒を避け、交通量は多いものの、住宅街の狭く入り組んだ道でもない、比較的道幅のある道路を進んでいた。
エンジンの微かな振動と、タイヤがアスファルトを擦る音が単調に繰り返され、それがまた眠気を誘う。
赤信号で停車。
桜井は、普段愛用しているスポーツカーの癖で、つい早めにブレーキを踏んでしまった。
停止と同時に、車体が軽く前後に揺れる。
その揺れで、かろうじてうつらうつらしていた松田の意識が繋ぎ止められた。
その直後、桜井が「あっ!」と鋭い声を上げた。
「松田さん、あの車、霧島さんを無人駅に迎えに行った時に見かけた車ですよ!」
桜井の視線は、向かいの車線で停車している白いコンパクトカーに釘付けになっていた。
ヘッドライトが鈍く光を反射し、夜の闇に浮かび上がっている。
それは、連続女子大生失踪事件の際に、霧島を無人駅に迎えに行った時に松田も目撃した車だった。
松田にとっても、それは苦い記憶として蘇る。
「しかし、白いコンパクトカーなんて、見分けがつくのか?」
松田は助手席から身を乗り出し、白い車を観察する。
桜井は迷いなく断言した。
「車のナンバーですよ。私、あの時、しっかりと覚えましたからね」
「それなら、警察のデータベースでナンバー照会を依頼したんだろう? それでも所有者の情報が掴めなかったのか?」
松田の疑問に、桜井は悔しそうに顔を歪めた。
「判明したのは、ある国の会社ということだけでした。日本支社も存在はするのですが、登記上の所在地はレンタルオフィスで、管理会社に確認したところ、誰も出社はおろか、利用した記録すらないとのことでした。外務省を通じて正式に照会をかけたのですが、相手国は情報開示に非協力的で、外事課の担当者からも『進展は期待できない』と事実上匙を投げられた状態です。」
桜井がそこまで尽力していたとは知らず、松田は驚きを隠せない。
信号が青に変わり、互いの車がすれ違う。
松田は白いコンパクトカーの車内を一瞥した。
暗くてよくわからないが、運転席には男が一人。
他に同乗者はいないようだ。
ある程度進んだところで、桜井は周囲の安全を確認し、静かに車の向きを変えた。
白いコンパクトカーを尾行するためだ。
数台の車を間に挟み、慎重に距離を保ちながらの追跡が始まった。
夜の静寂を切り裂くように、タイヤがアスファルトを擦る音が微かに聞こえる。
「松田さん。今回は、私たちも銃を携帯しています。エミリアって始末屋が銃の腕が凄いと言っても、警察学校で一番だった私なら、負けるはずがありません!」
桜井は自信満々に言い放つ。
しかし、松田はエミリアの腕前を間近で見ていたため、とても桜井が勝てるとは思えなかった。
夜の冷たい空気が車内に入り込み、かすかに金属の冷たい匂いが鼻を突く。
それは、桜井が携帯している銃の匂いだろうか。
松田の胸には、言いようのない不安が広がっていた。
「Nシステムが使えれば、すぐにエミリアの拠点を見つけ出して踏み込めるのに」
桜井が悔しそうに話して松田は驚いた。
「使えなかったのか?」
「そうですよ。そのナンバーは登録できないと、一方的に断られましたよ」
松田は、エミリアが単なる犯罪者ではなく、背後に国家レベルの組織や政治的な思惑が絡んでいるのではないかと考えていた。
だからこそ、Nシステムを使った捜査が妨害されたのではないか、と桜井の話を聞いて確信を深めた。
「松田さん。エミリアが松田さんの協力者と言っても私は捕まえますよ?」
桜井の言葉は、夜の帳が降り始めた車内に、凛とした空気と共に響いた。
その瞳は、街灯の光を反射して、強い光を宿している。
松田は、そのやる気に満ちた横顔を横目で見ながら、何も言わなかった。
クロガネから聞いた、ヴァネッサに関する不穏な話を確かめたい。
その思いが、口を噤ませていた。
無言の松田を見て、桜井は了承を得たと判断したのだろう。
桜井は覆面車のアクセルを静かに踏み込んだ。
エンジン音が微かに唸り、車体は滑るように走り出す。
白いコンパクトカーとの距離を一定に保ち、慎重な尾行が始まった。
都内の比較的道幅のある道路を、車の流れに乗ってしばらく進む。
街の喧騒は遠ざかり、代わりにタイヤがアスファルトを擦る微かな音と、エンジンの低い唸りが車内に満ちていた。
その時、松田のスマートフォンが着信を告げる電子音をけたたましく鳴らした。
桜井は、尾行に神経を集中させながらも、ちらりと松田の顔を見る。
松田は助手席でスマートフォンを取り出し、画面を見た。
表示されているのは、週に何度か飲みに行く、顔馴染みの同僚の名前だった。
「何かあったのか?」
挨拶もそこそこに要件を尋ねると、電話口からはまず、同僚の声が聞こえてきた。
「松田!お前、桜井連れて何やってんだ!『下着泥棒に気を付けてください』のチラシ配りに行ってるはずだろうが!」
その直後、電話の向こうで怒鳴り散らす係長の怒号が被さってきた。
「勝手に尾行してるってタレコミがあったぞ!一体どういうことだ!?しかも、よりによってこんな時に!匿名の情報源からの通報で警視庁管内で一斉捜査が続いてて、こっちは猫の手も借りたいくらい忙しいんだ!このくそ忙しい時に面倒ごとを起こしやがって!」
同僚の声は、怒鳴り声にかき消されそうになりながらも、小さな囁き声で松田に問いかける。
しかし、その口調はどこかからかい半分で、面倒な事に巻き込まれたくないという気持ちが半分混じっている、いつもの調子だった。
「いや、ちょっと色々あって…」
松田は、事情を説明することができず、曖昧に答えた。
全て話せば、霧島がエミリアに依頼した件まで明るみに出てしまう。
それは何としても避けたかった。
「まさか、桜井とラブホにでも向かってるんじゃないだろうな?」
同僚の軽口に、松田はさすがに辟易した。
「お前、桜井の家族構成知ってるだろう。俺は警察一家の大事な娘に手を出すほど馬鹿じゃないぞ」
松田がそう言い返している間も、電話口の向こうでは係長の怒鳴り声がますます激しくなっていた。
あげくの果てには、松田が使用している覆面車の位置情報を問い合わせてくると怒鳴り始めた。
「お前ら、今すぐ松田と桜井を俺の前に連れて来い!いいか、今すぐだ!」
同僚の声が切羽詰まったものに変わる。
「とにかく、このままだとマジで…、係長が警察手帳取り上げて、島流しにするってマジギレしてるぞ!それに、覆面車の位置情報まで問い合わせてるってことは…。お前ら、マジで逃げ切れなくなるぞ!」
松田はげんなりとため息をつき、通話を切った。
隣の桜井に目を向ける。
「桜井、尾行は終わりだ。本庁に戻るぞ」
「なぜですか、松田さん!?せっかくエミリアの関係者を尾行できるチャンスなのに!」
桜井は驚きと不満を隠せない声で反論する。
その瞳には、若さゆえの正義感と、警察官としての使命感が燃えている。
「係長に、勝手に尾行していたことがバレて、カンカンらしい」
松田は重い口を開いた。
「それなら、私が係長にお願いします!事情を説明すれば、きっと分かってくれます!尾行を続けさせてください!」
桜井は食い下がる。
しかし、松田は冷たいほどにきっぱりとした口調で桜井を制した。
「桜井、俺の経歴がどうなろうと構わない。だが、お前の輝かしい未来と霧島の経歴に汚点をつけるわけにはいかん」
桜井は、悔しそうに唇を噛み締め、ウインカーを点滅させて車を路肩に寄せた。
急ブレーキで車体が軽く揺れ、シートベルトが軋む音が響く。
「せっかく、エミリアの拠点を見つけられると思ったのに…!」
桜井の視線の先には、白いコンパクトカーのテールランプが、秋の夜の東京の車の流れの中に、吸い込まれるように消えていくのが見えた。
エンジンの熱とアスファルトの匂いが混じり合った、都会の夜の匂いだけが、空虚に残っていた。
都内某所の私鉄の駅。
秋の夜十時を少し回った頃、帰宅を急ぐ人々で慌ただしい駅前は、人工の光と夜の闇がせめぎ合っていた。
佐藤が運転する白いコンパクトカーは、一般車両の停車が許されたスペースに控えめに身を寄せている。
ビジネスバッグを抱えたサラリーマン、塾帰りの学生を待つ車、それぞれの思惑を乗せて人々が慌ただしく行き交う。
そんな喧騒の中、佐藤はジャケットのポケットからスマートフォンを取り出し、画面を睨んでいた。
普段なら頻繁に届くエミリアからのメッセージは、今日は珍しく途絶えている。
彼女のことだから、また何かとんでもないことを企んでいるのではないか、と佐藤は内心気が気でなかった。
その時、助手席側の窓ガラスがコンコンと控えめにノックされた。
驚いて顔を上げると、そこに立っていたのは霧島だった。
今から登山にでも行くのかというほど大きなリュックサックを背負い、両手にも大きな鞄を抱えている。
その姿は、都会の夜景にはどこか場違いなほど、旅装束そのものだった。
「霧島さん。荷物をトランクに入れましょうか?」
佐藤は窓を開けながら声をかけた。
「お願いします」
霧島は少し息を切らせながら答えた。
佐藤は車を降り、トランクを開けて霧島の荷物を手際よく積み込んでいく。
リュックの重さに少しだけ顔をしかめたが、手慣れた様子でテキパキと作業を進めた。
霧島はトランクの中を覗き込み、小さく呟いた。
「てっきりトランクルームの中にガンケースとかがあるのかと思っていましたよ」
佐藤は苦笑いを浮かべた。
「基本的に物騒なものは車に積みませんよ。色々と面倒なことに巻き込まれますから」
「そうなのですか?あの時、色々と手際よく取り出していたので、いつも車に乗せているのかと…」
霧島は少し不思議そうに佐藤を見つめた。
佐藤は曖昧に微笑み、話を逸らした。
「霧島さん。時間も遅いですから、すぐにエリジウム・コードに向かいますね」
「そうですね。よろしくお願いします」
霧島は助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。
車内には、ほんのりと霧島の香水の香りが漂った。
佐藤は運転席に戻り、エンジンをかける。
白いコンパクトカーは静かに走り出し、夜の街へと溶け込んでいった。
タイヤがアスファルトを擦る微かな音、エンジンの低い唸り、そして遠くの街の喧騒が、車窓を通して微かに聞こえてくる。
車内は、先ほどの駅前の喧騒とは対照的に、静かで落ち着いた空気に包まれていた。
しばらく走った後、佐藤が口を開いた。
「霧島さん。あれだけの荷物、どうしたのですか?」
佐藤が白いコンパクトカーを走らせながら聞くと、霧島は自分のスマートフォンを上着から取り出すと画面を佐藤に見せた。
「エミリアさんから、紹介したい人が四人いるから、三人には普通の自己紹介を、一人には本気で就職するつもりの用意で来て欲しいと言われまして…」
佐藤は運転しながら考えた。
エミリアがどんな説明をしたのかは想像がついたが、あれほどの資料が必要になるほどの就職活動とは一体どんなものなのだろうか?と、好奇心半分、怖さ半分に感じた。
背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「私、警察を辞めたのは、自分が思ってた正義が実現できなかったってのも大きいのです。警察だって、法律とか規則でがんじがらめなんですよ。捜査する前に、まず手続きに不備がないか確認しなきゃいけなくて…」
霧島は、窓の外をぼんやりと見つめながら、静かに語り始めた。
街灯の光が、彼女の横顔を照らし出す。
佐藤は車窓に流れる東京の夜景を見ながら運転する。
光のサインが作り出す光の帯、高層ビルの窓から漏れる光、そして行き交う車のヘッドライト。
時々、私鉄の列車が佐藤が運転している道路の横をガタンゴトンと音を立てて行き来し、車内を瞬間的に明るく照らした。
「佐藤さん。ラジオを入れてもらえますか?」
霧島が助手席で静かに言った。
その声は、夜の帳が降りた車内に、ひっそりと響いた。
「ラジオですか?」
佐藤は、何か特別なニュースでもあっただろうか、と思いながら、センターコンソールに視線を落とした。
指先で軽くディスプレイに触れると、画面が切り替わり、ラジオのインターフェースが現れた。
タッチパネル式の画面を軽くタップすると、プリセットされた放送局名が一覧表示される。
佐藤はニュース番組の局を選び、画面をタップした。
スピーカーから、落ち着いた男性アナウンサーの声が流れ出した。
「国会では、補正予算案の審議を巡り、与野党間の調整が続いております。続きまして、ニュースです。警視庁は本日、数か国の捜査機関と連携し、国際的な資金洗浄に関与した疑いのある複数の拠点を対象に、都内各地で一斉捜索を開始しました。この捜索には機動隊も動員されており、複数の現場で関係者による抵抗や抗議行動が発生している模様です。捜査関係者によりますと、今後の捜査はさらに広範囲に及ぶ可能性もあるとのことです。続いては、季節外れの猛暑に関する情報です。各地の河川敷では…」
アナウンサーの落ち着いた声が、車内に響き渡る。
ニュースの内容は、どこか遠い世界の出来事のように、佐藤の耳を通り過ぎていった。
霧島は、ニュースが終わるのを待っていたかのように、ディスプレイに触れてラジオを止めた。
「佐藤さん。この警視庁の一斉捜索の噂、知っていますか?」
霧島が静かに問いかけた。
その声には、どこか含みがある。
佐藤は運転しながら、霧島が何を言いたいのかを探ろうとした。
フロントガラス越しに見えるのは、街路灯に照らされた夜の街並みだ。
コンビニの看板、閉店した店のシャッター、マンションの窓から漏れる明かり。
秋の夜風が窓の外を吹き抜け、かすかに虫の音が聞こえる。
「噂ですか?」
「はい。これはネットの、奥の奥に存在する…。そうですね、普通の人が見ることができない掲示板みたいなものでしょうか?そこに書かれていた話なのですが…。ある国の大使館の敷地内で、腕に自信がある人間を集めた、生死をかけた…、ローマ時代に存在していたような、コロシアムのようなものが開かれていたそうなのです」
霧島の口から語られる内容は、俄かに信じがたいものだった。
都内の住宅街をゆっくりと走る車の流れに乗りながら、佐藤は眉をひそめた。
信号で停止するたびに、アイドリングの音が静かな夜に響く。
「そこに、ある人が推薦する人をねじ込んだそうです。そのせいで、本来八百長で運営側が儲かるはずだったコロシアムが、番狂わせで大損したらしくて、番狂わせの人をねじ込んだ人に、八百長で損をした分を請求したそうなのです」
佐藤は、霧島の話を聞きながら、エミリアがどこからかわからないが、かかってきた電話に激昂し、短機関銃をガンケースから取り出して出かけて行った、あの時のことを、背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら思い出していた。
信号待ちで停車するたびに、周囲の静けさが際立つ。
遠くで犬の吠える声が聞こえた。
「それで、まるで一世一代の告白を妨害されて激高したまま乗り込んできたような勢いで、『八百長したお前らが悪いだろうが!!』と、手当たり次第にすべて破壊して、そのコロシアム会場がズタボロにされたらしいのですが、運営側が証拠隠滅で火を放ったそうです」
霧島の声は、淡々としている。
まるで遠い昔の物語を語るように。
しかし、その内容の衝撃は、佐藤の心臓を掴んで離さない。
「世の中、様々な怖い話があるものですね…」
佐藤は、なんとか平静を装って答えた。
しかし、声は僅かに震えていたかもしれない。
霧島の話はさらに続いた。
「ここからが大事で、その乗り込んできた人は、人の生死に金をかけていた人たちの記録が残されているノートパソコンを奪い取って、ある人に託したそうなのです」
佐藤の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
まさか、自分がエミリアに頼まれてヴァネッサに渡した紙袋の中身が、それだったのだろうか?平静を装ってはいるものの、体は恐怖で震えるのを必死に抑え込んでいた。
街路樹の影が、車のライトに照らされて不気味に揺れる。
「その託された人は、自分が何を預かったかも知らず、白いコンパクトカーに乗せて運んだらしいですよ。本当は、奪い返そうといろいろな組織が動こうとしたらしいですが、誰が奪い返すのかでもめて、迂闊に手が出せない場所に白いコンパクトカーが駐車するまでもめにもめていたらしいです」
佐藤は、もはや現実逃避するしかなかった。
交差点を曲がるたびに、違う街の風景が目の前に広がる。
コンビニの明かり、住宅街の静けさ、時折通り過ぎる車のライト。
その光景は、まるで悪夢の断片のように、佐藤の脳裏に焼き付いた。
「しかも、ここ数年で一気に勢力を拡大している人の手に、そのノートパソコンが渡ったらしくて、その人の力で国際的な資金洗浄のネットワークに対する強制捜査が始まったと書かれていました。まぁ、どこまで本当かわからない与太話ですが」
霧島はそう締めくくったが、佐藤は心の中で必死に祈っていた。
どうか、この話が全て嘘であってくれ、と。
彼は、霧島に「きっと誰かが面白半分で書いたネタですよ」と言いながら、自分が今どれほど恐怖を感じているのかを悟られないように、努めて平静を装った。
車のエアコンから吹き出す風が、佐藤の背中をさらに冷たくした。
窓の外からは、秋の虫の音が絶え間なく聞こえてくるように感じる。
その音は、まるで佐藤の不安を嘲笑うかのように、静かな夜に不気味に響いている気がした。
霧島の言葉が、佐藤の頭の中で反芻される。
白いコンパクトカー、ノートパソコン、そして…、エミリア。
それらの点が線で繋がっていくような、不吉な予感が佐藤を襲った。
もし、霧島の言う『与太話』が真実だとしたら…。
得体の知れない不安が、胃のあたりを締め付けた。
不意に霧島が話し出した。
「私、この話を読んで、少し羨ましいと思ったのです。だって、私が考えていた正義の執行者そのままの生き方だったのですから」
佐藤はなんと答えていいのかわからなかった。
霧島の言う『正義』と、裏社会の抗争、そしてエミリアの行動。
それらはあまりにもかけ離れているように思えた。
「私、予感がするのです。もしかして…」
霧島が、窓の外をぼんやりと見つめながら、まるで独り言のように呟いた。
街灯の光が、彼女の横顔を照らし出す。
その表情は、どこか遠くを見ているようだった。
秋の夜風が、窓の外を静かに通り過ぎていく。
「もしかして、私が求めていた正義に大きく近づける気がするのです。エミリアさんが紹介する、ブラックローズさんによって…」
霧島の言葉に、佐藤はハンドルを握る手に少し力を込めた。
背筋を冷たいものが這い上がってきた。
「ブラックローズ…」
佐藤は、ブラックローズという名を聞いて一瞬考え込んだ。
この世界には二つ名を持つ人間が多すぎて、誰が誰だか分からなくなることがよくある、と心の中で小さくため息をついた。
しかし、今回は違った。
霧島の言葉の重み、そして何より、エミリアが関わっているという事実が、この名に特別な意味を与えているように感じられた。
ブラックローズ。
黒い薔薇。
その名が意味するものを、佐藤はまだ知らなかった。
しかし、霧島の言葉から、それがただの二つ名ではない、何か特別な意味を持っていることを感じ取っていた。
秋の夜の静けさの中、虫の音だけが響く。
その静けさが、逆に佐藤の不安を増幅させていた。
佐藤が霧島を連れて無事にエリジウム・コードに到着した時には、時刻は既に二十三時を回っていた。
雑居ビルはひっそりと静まり返り、夜の帳が深く降りていることを告げていた。
佐藤は霧島のリュックを背負い、鞄を持って案内した。
ドアを開けて中に入ると、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
廊下の照明が淡々と照らす中、奥のダンススタジオから微かな寝息が聞こえてくる。未成年のアイドル候補生たちは、そこで布団を敷いて眠っているのだろう。
しかし、それにしては人の気配が少なすぎる、と佐藤は感じた。
「あれ…?」
佐藤が呟くと、奥のオフィスからカツカツとヒールの音が近づいてきた。
現れたのは、広報担当の田中美鈴だった。
彼女はいつものスタイリッシュな装いではなく、少し疲れた表情で佐藤たちを迎えた。
「佐藤さん、お疲れ様です。」
田中は軽く頭を下げた。
「田中さん、こんばんは。他の皆さんは…?」
佐藤が尋ねると、田中は少し困ったような表情で答えた。
「それが…、エミリアさんが藤宮社長に何か提案したようで…、社長とBerurikkuの皆さんと、それと…、ヴァネッサさんを連れて、どこかに出かけてしまったんです」
「え…、どこへ?」
佐藤は思わず聞き返した。
エミリアが何を企んでいるのか、全く見当もつかない。
夜の十時を過ぎて、社長とアイドルたちを連れて出かけるなど、普通では考えられない。
「さあ…、私も詳しくは聞いていないんです。ただ…『とっておきのサプライズがある』とだけ…」
田中の言葉に、佐藤はますます不安になった。
エミリアの『サプライズ』は、いつも予想を遥かに超えるものだからだ。
しかし、こうなっては、彼女を信じるしかない、と佐藤は腹を括った。
「それで…、僕たちを待っているというのは…?」
佐藤が尋ねると、田中は応接室の方を指差した。
「エミリアさんの代わりとして、お二方が応接室で佐藤さんをお待ちです」
「エミリアさんの代わりに…?」
佐藤は、エミリアが一体誰にエリジウム・コードの警備を任せたのか、気になった。
「霧島さん。とりあえず応接室に行きましょう」
佐藤は霧島を促し、応接室へと向かった。
廊下を歩く二人の足音だけが、静かなオフィスに響く。
壁に飾られたBerurikkuのポスターが、薄暗い廊下でぼんやりと浮かび上がっていた。
秋の夜の冷たい空気が、ドアの隙間から微かに流れ込んできた。
応接室のドアノブに手をかけ、佐藤は深呼吸をした。
ドアを開けると、そこには予想外の人物たちが待っていた。
エリジウム・コードの応接室は、決して広くはなかった。
壁の一面にはBerurikkuのサイン入りポスターが飾られ、他の壁には芸能事務所らしく、所属タレントたちの写真が整然と並んでいる。
革張りのソファセットと、木製のローテーブルが置かれ、ビジネスの場としてだけでなく、来客をもてなす空間としても機能していることが窺えた。
しかし、今は夜の帳が下り、人工的な光だけが部屋を満たし、どこか寂しげな雰囲気を醸し出していた。
外の静けさが嘘のように、応接室だけが切り取られた空間のようだった。
佐藤が応接室に入ると、ホテルの地下駐車場で会った男と、エミリアの髪よりは暗いブロンドの髪の女性が、ローテーブルを挟んで向かい合うようにソファに座っていた。
男は、一見するとごく普通のビジネスマンに見える、ダークスーツを着ている。
しかし、そのスーツは身体のラインに沿って無駄なくフィットし、動きやすさを重視した仕立てであることが見て取れた。
よく見ると、シャツの袖口はボタンではなく、伸縮性のある素材で絞られており、咄嗟の際に腕を動かしやすいようになっていることがわかる。
女性もまた、シンプルな黒のワンピースを着ているが、その素材は伸縮性と耐久性に優れたもので、動きを妨げないように計算されているようだった。
アクセサリー類は一切身につけておらず、その簡素さが逆に、彼女たちの内に秘めた力を感じさせた。
二人の間に流れる張り詰めた空気は、部屋の静けさとは対照的だった。
佐藤は、とっさに霧島を庇うように一歩前に出て、強く言った。
「I'm sticking with Emilia as her partner!(僕はエミリアの相棒として、最後まで一緒にいる!絶対に辞めない!)」
佐藤の言葉に、男は僅かに眉をひそめたが、落ち着いた口調で静かに話し始めた。
「Mademoiselle Emilia wasn't too pleased. 'You're the only one I work with,' she said.(エミリア嬢はあまりご機嫌ではなかった。『あなたは私が一緒に仕事をする唯一の人です』と、彼女は言いました)」
男の言葉に、佐藤は一瞬戸惑った。
あの時の冷酷な態度からは想像もできない、友好的な口調だったからだ。
暗いブロンドの髪の女性が、男の言葉を引き継ぐように、優雅に微笑みながら口を開いた。
その声は、見た目通りの落ち着いた、それでいて芯のある響きを持っていた。
「Perhaps it would be best if we were seated. I'm confident we can resolve this matter amicably.(お座りになった方がよろしいかと思います。この件は友好的に解決できると確信しております)」
女性の言葉に、佐藤は警戒を解きながら霧島のリュックや鞄を降ろして、霧島と共にソファに腰を下ろした。
応接室の時計の針は、ゆっくりと二十三時を指していた。
時計の秒針の音が、静かな部屋に微かに響いている。
外からは、秋の虫の音と、遠くを走る車の音が聞こえる。
この静けさの中で、一体どんな話が始まるのだろうか。