~影の女王と五人の歌姫~ 標的はアイドル(その十三)
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一ヶ月遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
秋の午後の日差しが、アスファルトに落ちる落ち葉を照らしていた。
都心から少し離れた郊外のコンビニの駐車場は、買い物客の車で賑わいを見せている。
白いコンパクトカーの中で、佐藤は焦燥を隠せずにいた。
ヴァネッサがトイレを借りると言ってコンビニに入ってから、十分以上も待たされている。
約束の時間まで猶予はあったものの、この遅延が後々の予定に影響しないかと、爪先でフロアマットを小刻みに叩く音が車内に小さく響いた。
(一体何をしているんだ…)
佐藤は何度も腕時計に目をやり、コンビニの入り口を睨みつける。
ようやく、待ち焦がれた助手席のドアが開いた。
ヴァネッサが当たり前のように腰を下ろす。
佐藤の眉間に皺が寄った。
「You're late. I was starting to worry.(遅すぎる。心配した)」
無意識に出た言葉は、棘を含んでいた。
ヴァネッサは無表情でシートベルトを締め、黒いワンピースの胸元を軽く押さえた。
ちらりと見えた体のラインが、黒いワンピース越しにくっきりと浮かび上がっていた。
佐藤は咄嗟に目を逸らした。
異性として意識してしまうヴァネッサを直視できない。
「One usually purchases something when using the restroom at a convenience store.(コンビニエンスストアでトイレを使用する際は、通常何かを購入するものでしょう)」
ヴァネッサはそう言いながら、未開封の缶コーヒーを佐藤に突き出した。
佐藤は受け取らず、缶を見つめたまま問い返す。
「Why don't you drink it?(貴女が飲めばいいだろう)」
「My preference is tea, rather than coffee.(私の好みはコーヒーではなく、紅茶なの)」
ヴァネッサは視線を合わせることもなく、淡々と告げた。
佐藤は、一体何のためのやり取りなのかと内心で舌打ちした。
このような不毛なやり取りを続けるのは時間の無駄だと判断し、仕方なく缶コーヒーを受け取ると、無造作にジャケットのポケットに突っ込んだ。
缶をポケットに押し込んだ。
雑な仕草だった。
エンジンをかけ、ゆっくりと車を後退させる。
車道に出ようとすると、佐藤の進みたい方向の車道に何台もの車が路上駐車していて、完全に道を塞いでいる。
「What happened?(何が起こってるんだ)」
苛立ちを隠せない低い声が漏れた。
「It's probably an accident or something.(おそらく事故か何かでしょう)」
ヴァネッサが相変わらず無表情で答えた。
事故ならすぐに警察が来るだろう。
佐藤は、今は警官に会いたくないと思った。
何か職務質問をされたらうまく誤魔化せる自信がなかった。
(くそっ…)
佐藤は舌打ちし、遠回りになるが、路上駐車の列を避けるように、反対方向にハンドルを切った。
バックミラーに映る路上駐車の列を見ながら、佐藤は深い溜息をついた。
秋の午後の穏やかな日差しは、佐藤の心には届いていなかった。
ヴァネッサは窓の外をぼんやりと眺めており、二人の間には重苦しい沈黙が漂っていた。
路上駐車の列の向こうから、時折クラクションが聞こえてきた。
秋の午後の日差しは、都内の私鉄沿線を縫うように走る電車の窓ガラスを反射し、ちらちらと街路樹の葉を照らしていた。
時刻は午後二時を回った頃。
雑居ビルが肩を寄せ合うように立ち並ぶ一角に、目的の建物はあった。
エミリアが待つエリジウム・コードが入居している雑居ビルである。
白いコンパクトカーは、そのビルの裏手に設けられた、アスファルトが剥がれかけた駐車場に滑り込んだ。
佐藤はハンドルを握る手に力を込めすぎたのか、指先が痺れているのを感じた。
エンジンを切ると、大きく息を吐き出した。
額にはうっすらと汗が滲んでいる。
先程までの出来事を反芻し、これからエミリアにどう説明するべきか、頭の中で言葉を整理しようとしていた。
(一体、何がどうなっているんだ…)
ヴァネッサに翻弄され、屈辱を味わったこと。
大金を投げつけられ、エミリアに近づくなと脅されたこと。
それらをどう伝えれば、エミリアに誤解されないだろうか。
佐藤は運転席に座ったまま、ハンドルを握りしめ、深く俯いた。
その時だった。後部座席のドアが不意に開けられた。
佐藤は反射的に肩を跳ね上がらせた。
ヴァネッサの部下がまた何か言いがかりをつけてきたのかと思い、慌てて振り返る。
そこにいたのは、サングラスをかけたエミリアだった。
普段のラフな服装とは異なり、黒のパンツスーツに身を包み、どこか仕事モードの雰囲気を漂わせている。
「佐藤、落ち着きなさい。深呼吸よ。もう大丈夫だから」
エミリアの落ち着いた声が、佐藤の緊張をわずかに和らげた。
しかし、状況が飲み込めない。
なぜエミリアがここにいるのか。
「え、エミリア…?どうしてここに…?」
「普段、安全運転を心がけている佐藤があんな荒々しい運転で帰ってきたから、何があったか心配になって飛んできたのよ」
エミリアは佐藤の目をまっすぐに見つめ、そう告げた。
その眼差しには、心配の色が滲んでいる。
そして、助手席に座るヴァネッサに視線を移すと、低い声で問い詰めた。
「 Qu'as-tu fait à mon camarade ?!(私の相棒に何てことをしたの?!) 」
ヴァネッサは、それまで窓の外を見ていた顔をゆっくりとエミリアに向けた。
そして、佐藤に寄りかかるように身を寄せ、わざとらしく甘い声で挑発するように言った。
「Tu vois, Émilia, quand un homme et une femme sont ensemble comme ça… les choses peuvent vite devenir… intéressantes. Même pour une fille aussi… réservée que toi.( エミリア、分かるでしょ?男と女がこんな風に一緒にいたら… 、すぐに…、色々起こるのよ。あなたみたいな…、お堅い女でもね)」
ヴァネッサは佐藤のジャケットの襟元を軽くつまみ、わざとらしく乱れを強調した。
佐藤は居心地悪そうに身を縮めた。
しかし、エミリアはヴァネッサの挑発に乗ることはなかった。
表情を変えることなく、淡々と話し始めた。
「 Vanessa, ta robe noire n'est pas due au fait que j'ai utilisé ma veste pour emballer l'ordinateur portable que j'avais confié à Sato. Je te félicite d'avoir pu utiliser ta veste spécialement conçue pour bloquer les signaux de l'émetteur, dont tu étais si fière. De plus, le désordre des vêtements de Sato est visiblement dû au fait qu'il a été tiré hors de la voiture, même pour un œil non averti.(ヴァネッサ、貴女が黒いワンピースを着ているのは、私が佐藤に渡したノートパソコンを包むのに上着を使ったからじゃない。貴女が自慢していた、発信波を遮断する特殊加工の上着、活用できてよかったわね。それに、佐藤の服の乱れは、誰が見ても車外から引っ張られたせいだってわかるわ)」
エミリアは一息に言い切ると、大きくため息をついた。
秋の乾いた空気が、開け放たれたドアから車内に入り込む。
「J'avais un mauvais pressentiment depuis que tu avais insisté pour aller chercher Sato, mais je ne pensais pas que tu irais jusqu'à un tel excès.( あなたが佐藤を迎えに行くとしつこく言った時から、嫌な予感はしていたけれど、まさかここまでやりすぎるとは思わなかったわ)」
ヴァネッサは、ようやくエミリアの方に振り向いた。
その表情は一変し、まるで迷子になった子供が必死に親を探すような、悲痛な色を帯びていた。
「Il me faut ma sœur… Sans elle… je suis perdue…( 姉さんがいなくちゃ… 、姉さんがいないと…。私、どうしたらいいかわからない…)」
ヴァネッサの声は震え、今にも泣き出しそうだった。
「Avec ma sœur à mes côtés… nous pourrions faire tellement de bien…(姉さんと一緒なら… 、きっとたくさんの人を幸せにできる…)」
「Je… je ne suis pas faite pour une vie comme la tienne, Vanessa… J'aimerais pouvoir t'accompagner, mais… je suis trop faible… Je t'en prie, pardonne-moi…(私は…。ヴァネッサみたいな生き方はできない… 。本当は一緒にいたいのに…。でも、私は弱すぎるの… 。お願い、許して…)」
エミリアの声は、どこか悲しげに響いた。
佐藤は、エミリアとヴァネッサが話す言葉の意味を完全に理解することはできなかった。
しかし、二人の声色から、尋常ではない感情の応酬が繰り広げられていることだけは感じ取れた。
二人の言葉は分からなくても、その間に流れる張り詰めた空気に佐藤は息を詰めた。
秋の午後の日差しが、古びたビルの壁を照らし出す中、佐藤はただ黙って、二人のやり取りを見守るしかなかった。
佐藤は、エミリアとヴァネッサが話す言葉の意味を完全に理解することはできなかった。
しかし、二人の声色から、尋常ではない感情の応酬が繰り広げられていることだけは感じ取れた。
秋の午後の日差しが、古びたビルの壁を照らし出す中、佐藤はただ黙って、二人のやり取りを見守るしかなかった。
その時、運転席の窓がコンコンと叩かれた。
今度は誰が来たのかと慌てて車外を見ると、運転席の横に愛咲 心が立っていたのである。
派手な花柄のワンピースに、大ぶりのアクセサリーをつけた、いつもの華やかな姿だ。
窓ガラス越しにも、その鮮やかな服装と、どこか人を惹きつけるような笑顔が目に飛び込んできた。
佐藤は、慌てて運転席側のドアの窓を開けて尋ねた。
「愛咲さん。どうしたのですか?」
愛咲 心は、車内を興味深げに覗いてから佐藤に話しかけた。
「佐藤くん。君も二人の美人の修羅場に巻き込まれて大変ではないかね?」
佐藤は、恋愛至上主義の愛咲が『修羅場』と言うのが気になったが、今の状態に困っているのは事実なので肯定した。
「そうだろう。佐藤くんは修羅場に慣れていなさそうだからね」
一人で納得している愛咲の言動は、エミリアもヴァネッサも気がついているようだが、無視しているように視線も向けず話を続けていた。
「そこで提案がある。優秀なカウンセラーである私を雇わないかね?なに、報酬は佐藤くんとの情熱的な男女の一夜を過ごすでよい」
いきなりとんでもないことを言う愛咲に佐藤は面食らった。
だが、今のままエミリアとヴァネッサが話し合っても事態が好転する気がしなかった。
だが、報酬として愛咲と一夜を過ごすつもりもなく、何か良い愛咲の提案のかわし方を必死に考えて、一つのアイデアが浮かんだ。
それは、ヴァネッサが佐藤に渡した缶コーヒーを愛咲に報酬として手渡す事である。
「愛咲さん!これでカウンセリングをお願いします!!」
佐藤はジャケットのポケットから取り出した、ヴァネッサから渡されたままだった缶コーヒーを、愛咲に手渡せるように運転席に座ったまま突き出すと、愛咲は大笑いした。
「私を缶コーヒー一本で雇うと言うのか!実に愉快!!よかろう。今回は、佐藤くんの機転に敬意を表して缶コーヒー一本で雇われようじゃないか」
愛咲は、実に大事そうに缶コーヒーに頬ずりして自分のジャケットのポケットに缶コーヒーを収めた。
愛咲は後部座席のロックを外すように佐藤に促し、中に入ると、後部座席でエミリアの隣に座り、二人に話しかけた。
「L'image de deux femmes se disputant un homme peut sembler attrayante dans les contes, mais la réalité est souvent bien plus complexe et source de souffrance. Peut-être pourrions-nous discuter de cela ensemble et explorer d'autres voies ? (二人の女性が一人の男性を奪い合う姿は、おとぎ話では魅力的に映るかもしれませんが、現実はもっと複雑で、苦しみを生むことが多いのです。このことについて一緒に話し合い、別の可能性を探ってみませんか?)」
エミリアとヴァネッサは、自分たちの会話とは全く関係のないことを言い出した愛咲に、顔を見合わせた。
助手席のヴァネッサが、後部座席のエミリアに子供のように尋ねた。
「Sœur, c'est qui, elle ? (お姉ちゃん、この人だあれ?)」
エミリアは、また面倒な人物が来たと思いながら、小さくため息をつき、ヴァネッサに愛咲を紹介した。
「Incroyable, mais vrai, c'est une conseillère hors pair. Sauf que… disons… son penchant pour les plaisirs… enfin, son côté un peu… comment dire… hédoniste, l'ont conduite à être bannie du milieu. Un cas désespéré, quoi.(まったく信じられない話だけど、腕は確かなカウンセラーなのよ。ただね…言うなれば…快楽にちょっと…なんて言うか…傾倒しちゃって、まともな世界にいられなくなったの。救いようがないわ、本当に)」
愛咲は後部座席に座ったまま、大袈裟な身振りでエミリアの紹介を否定しながら、両手を広げて大袈裟な身振りで話した。
「Émilia, si je crois en la primauté de l'amour, ce n'est pas pour autant que je recherche le plaisir pour le plaisir. L'important, c'est de faire la distinction. ( エミリアさん、私は愛が最も大切だと考えていますが、だからといって快楽だけを求めているわけではありません。重要なのは区別することなのです)」
エミリアは、愛咲の自己紹介にあきれた視線を送った後、再びため息をついた。
愛咲は、エミリアのため息など気にせず熱弁を振るう。
「 Écoutez, mesdemoiselles, je comprends bien l'attrait de ce jeune homme, mais se disputer ainsi n'est pas la solution. L'amour, voyez-vous, est une force qui se partage, qui se multiplie même. Pourquoi ne pas envisager une approche plus… inclusive ?(いいですか、お二人とも、この男性が魅力的だってことはよく分かります。でも、こんな風に争うのは解決になりません。愛ってね、分かち合うことで、もっと大きくなる力なのよ。もっと…みんなで分け合う、っていう考え方はどうかしら?)」
エミリアは愛咲に視線も向けず、まるで独り言のように呟いた。
「On ne se dispute pas pour Sato, hein !(私たちが言い争ってるのは、佐藤のせいじゃないわよ!)」
ヴァネッサもエミリアに続いて、少し語気を強めて言った。
「C'est pas à cause de lui qu'on se dispute, hein, sœur ! ( この人 のせいじゃないよ、私たちがケンカしてるのは、ね、お姉ちゃん!)」
愛咲は大袈裟な身振りで二人の言葉を否定した。
「 Allons, mesdemoiselles, il est assez clair que monsieur Sato est au centre de vos préoccupations. Émilia, votre attachement envers lui est manifeste. Et vous, Vanessa, vous désirez ardemment qu'elle le quitte pour vous rejoindre. Ne peut-on pas y voir une rivalité amoureuse autour de cet homme ?(さあ、お二人とも、佐藤さんのことが、あなた方の関心の中心にあるのは明らかです。エミリアさん、彼への愛着は見て取れます。そしてヴァネッサさんは、エミリアさんに彼と別れて自分のところに来てほしいと強く願っている。これは、一人の男性を巡る恋の争いと言えるのではないでしょうか?)」
自信満々に話す愛咲に、エミリアはいらだたしい感情を隠さず、低い声で愛咲に告げた。
「Mais enfin, je te dis que non ! (だから違うって言ってるでしょ!)」
ヴァネッサもエミリアにつられるように、感情的な声で愛咲に叫んだ。
「Sœur, elle connaît rien de notre histoire et elle se permet de dire n'importe quoi ! C'est pas juste ! (お姉ちゃん、私たちのこと何も知らないくせに、好き勝手なこと言って!ひどい!)」
エミリアはうんざりしたようにため息をつき、ヴァネッサと顔を見合わせた。
ヴァネッサは戸惑った表情でエミリアを見つめ返した。
二人の間には、重苦しい沈黙が流れた。
愛咲は、二人が感情的に叫んだのを聞いて、にっこりと微笑みながら静かに話した。
「C'est vrai, on a tendance à se rapprocher quand on a un ennemi en commun. Mais l'amour, vous savez, c'est quand même autre chose, une force incroyable. Monsieur Sato pourrait bien être le lien qui va vous rapprocher, non pas dans la bagarre, mais dans le bonheur.(そうよね、共通の敵がいると、人はどうしても近づいてしまうもの。でも、愛って、ほら、やっぱり全然違うわ、すごい力なの。佐藤さんは、争いではなく、幸せを通して、あなたたちを近づける、そんな存在になるかもしれないわ)」
エミリアもヴァネッサも、愛咲の話を聞きながら、なんと答えていいかわからず顔を見合わせた。
先ほどまで同じ話を繰り返していた二人は、愛咲の話を聞きながら、自分たちが視野狭窄に陥っていたことを自覚し始めていた。
それまで激しく言い合っていた二人の間には、奇妙な静けさが訪れていた。
互いの顔を見つめる二人の表情には、戸惑いと、ほんの少しの希望が入り混じっていた。
秋の午後の、傾きかけた陽が都内の私鉄沿線に立ち並ぶ雑居ビルの壁をオレンジ色に染めていた。
その一角にある、舗装もまばらな駐車場に停められた白いコンパクトカーから、エミリアとヴァネッサは愛咲の巧みな、或いは強引な誘導によって降りた。
二人の言い争いは、少なくとも表面上は収まったように見えた。
運転席に座っていた佐藤は、ようやく張り詰めていた空気から解放され、大きく息を吐き出した。
まるで重い荷物を下ろした後のように、肩の力が抜けるのを感じた。
その時、コンコン、と運転席の窓を叩く音がした。
佐藤が驚いて顔を上げると、窓の外にはいつの間にか愛咲 心が立っていた。
派手な花柄のワンピースは、午後の日差しを受けてより一層鮮やかに見え、大ぶりのアクセサリーは、窓ガラス越しにもキラキラと輝いていた。
その鮮やかな服装と、どこか人を惹きつけるような笑顔が目に飛び込んできた。
「佐藤くん。私が優秀なカウンセラーだと実感したかね?」
愛咲は運転席のドアに手を当て、楽しそうな笑みを浮かべていた。
佐藤は慌てて車から降り、愛咲の手を両手で握りしめた。
「ありがとうございます!本当に、ありがとうございます!愛咲さんのことを、ただの恋愛至上主義な人と誤解していました!」
佐藤の必死な様子に、愛咲は一瞬、照れくさそうな表情を浮かべたが、すぐにいつもの明るい笑顔に戻った。
「本当に君と話していると、予想外の反応で戸惑ってしまう。そこがエミリアくんが君を気に入っているポイントなのかもしれないね」
愛咲の分析に、佐藤は苦笑いを浮かべるしかなかった。
確かに、愛咲の行動は予測不可能で、振り回されている感覚は否めない。
しかし、結果としてエミリアとヴァネッサの状況が一時的にでも落ち着いたのは事実だった。
豪華絢爛なマンションの一室。
大理石の床に敷かれたペルシャ絨毯は、深い赤と金糸で織りなされ、シャンデリアの光を妖しく反射している。
壁には名画の複製が飾られ、調度品はすべて一流品で統一されていた。
クロガネは、その応接室の中央に置かれた、ベルベット張りの豪華なソファにふんぞり返っていた。
傍らには、長い黒髪を無造作に垂らし、ピンクのネグリジェを纏った妖艶な愛人が寄り添っている。
深紅のルージュを引いた唇が、甘えるようにクロガネの腕に絡みついた。
その足元では、一条涼、通称ワイルドキャットが、満身創痍で絨毯の上にうずくまっていた。
顔は青ざめ、額には脂汗が滲んでいる。
高級そうなスーツは埃に汚れ、見る影もない。
「このどあほが!」
クロガネの怒号が、部屋に響き渡った。
その声は、普段の冷静沈着な彼からは想像もできないほど激しいものだった。
ワイルドキャットの背中を蹴り上げた足は、高級な革靴を履いているにもかかわらず、容赦なく彼の体を打ち据えた。
「あのエミリアの車を勝手に尾行して、助手席に座る女に缶コーヒーの缶を口に突っ込まれて、手榴弾と誤解して醜態晒して、世間のさらし者にされたなんて、どの面下げて言えるんじゃ!!」
クロガネは、蹴り上げた足をさすりながら、怒りを抑えきれない様子で言葉を吐き捨てた。
部屋の隅には、顔に傷のある男、無表情で壁際に立つ男、鋭い眼光でワイルドキャットを睨みつける男、黒いスーツに身を包んだ屈強な男たちが数人控えていた。
彼らは皆、クロガネの怒気を肌で感じ取り、息を潜めていた。
その表情は一様に厳しく、部屋の緊張感をさらに高めていた。
「あれほど、エミリアにはかかわるなと言っていたのに…」
クロガネは、怒りに駆られていた頭が冷えてきて、あることに気がついた。
鋭い眼光が、床に伏せるワイルドキャットを射抜く。
「お前、まさかまっすぐここに来たのじゃないだろうな?」
ワイルドキャットは、全身を襲う痛みに耐えながら、震える声で答えた。
「だってアニキ…。あの時、どうして良いかわからなくて…」
その情けない表情と弱々しい言葉に、クロガネの怒りは再び爆発した。
ソファから飛び起きると、容赦なくワイルドキャットを蹴り上げた。
「おい、変な奴や車がここを監視していないか今すぐ確認してこい!!」
クロガネは、配下の男たちに次々と指示を飛ばした。
彼らは一斉に部屋を出て行き、廊下を駆け抜ける足音が響いた。
クロガネは、部屋に残されたワイルドキャットを激しく睨みつけた。
「今の時代、セーフハウス一つを作るのにどれだけの手間と金がかかると思っているのかわかっているのか!?お前のせいで、ここを捨てなければならなくなるかもしれないんだぞ!」
クロガネは、寄り添っていた愛人を引き寄せ、優しく抱きしめた。
愛人は、長いまつげを伏せ、不安そうな表情でクロガネを見上げた。
その瞳には、この豪華な部屋を手放さなければならない理由が分からず、戸惑いが浮かんでいた。
「どうして引っ越ししなければならないの?」
愛人が甘えるような声で尋ねると、クロガネは低い声で答えた。
「ここを誰かに知られたかもしれないからだ。エミリアの関係者に知られたのが一番痛い。エミリアの周りは、あの相棒の佐藤以外は化け物しかいないからな」
クロガネが愛人を慰めていると、床に転がったままのワイルドキャットが、息も絶え絶えに何かを伝えようとしていた。
「アニキ…、俺の口に缶コーヒーの缶を突っ込んで、俺に恥をかかせた女に…、一発痛い目をあわせたい…」
ワイルドキャットは、渾身の力を込めて、自分のスマートフォンをクロガネに差し出した。
スマートフォンで隠し撮りしたであろう写真が写る画面には、一人の黒髪の女性が明らかにカメラを見つめ、挑発するように微笑んでいる写真が映っていた。
クロガネは、ワイルドキャットから片手でスマートフォンを奪い取ると、その画面を凝視した。
一瞬、目を閉じ、抱きしめていた愛人を無意識に突き飛ばして、両手でスマートフォンを掴んでいた。
その顔は、みるみるうちに青ざめていった。
「こりゃ…、ヴァネッサじゃねぇか…。東京に来ていたのか…」
クロガネは、ようやく事態を飲み込んだ。
クロガネの手から、スマートフォンが滑り落ちそうになった。
彼の顔から、血の気が引いていくのが分かった。
これまで幾多の修羅場を潜り抜けてきた彼だが、今、かつてないほどの危機を感じていた。
望むと望まざるとに関わらず、東京の裏社会に生きる自分たちの運命が、大きく動き出そうとしていることを、彼は本能的に悟った。
秋の夕焼けが空を茜色に染める頃、個人経営のハンバーガーショップの駐車場には、黒塗りのSUVが三台、威圧感を放ちながら停まっていた。
店の扉が開く度にけたたましいベルが鳴り響き、中から出てくる客は皆、SUVに一瞥をくれる。
店内では、数人の客がハンバーガーにかぶりつき、カウンターの奥では店員が忙しそうに動き回っている。
壁にはアメリカの古い映画ポスターや、フランスの観光ポスターなど、様々な国の古いポスターや、地元の高校のペナントなどが飾られていた。
その中に混じって、埃を被った木製の盾があった。
盾の中央には、複雑に絡み合った線で構成された幾何学模様が刻まれ、その下には古めかしいラテン語が辛うじて読み取れる程度に風化していた。
その横には、額に入れられた勲章が飾られており、暗い森を背景に剣と鍵が交差する意匠のメダルもあった。
さらに、壁の一角には、世界各国の紙幣や硬貨がピンで留められており、その隣には、古びた麻布には、幾何学的な模様と奇妙な文字が入り混じった意味不明な記号が織り込まれていた。
その記号は、写真の背景に写る建造物の壁にも刻まれていたような気がした。
カウンターの隅には、色褪せた写真立てが置かれており、若い頃の店長が、数人の顔を隠された兵士たちと肩を組んで笑顔を見せていた。
その背後には、夜の闇に包まれた都市のシルエットが広がっていた。
そして、壁には使い古された軍用ヘルメットが飾られており、表面には無数の傷が刻まれており、静かな戦いの歴史を物語っていた。
特に目を引くのは、店長の輝かしい過去を物語るように、世界各地の基地のゲートで撮影された、店長の鍛え上げられた肉体を様々な軍服や、時には裸体で誇示するポスターが、壁一面に貼られていた。
砂漠、熱帯、極寒…。
様々な環境の基地で撮影された、若き日の店長の勇ましい姿を捉えたポスターが、壁一面を埋め尽くしていた。
「Well, tarnation! Emilia's sidekick and Vanessa showin' up was already bad enough, but y'all comin' here too? I swear, give me a break!(ああ、こんちくしょう!エミリアの手下とヴァネッサが来るだけでも最悪だったのに、お前らまでここに来やがって?勘弁してくれよ、マジで!)」
オーバーな身振りで嘆くのは、ハンバーガーショップの店長だった。
熊のような体躯に、脂汗が滲んだ顔は、かつての精悍さを失い、明らかに憔悴している。
よれよれの白いTシャツは汗で体に張り付き、年季の入ったエプロンは油染みで黒ずんでいる。
一台のSUVの運転席ドアに寄りかかり、サングラスと帽子で顔を隠した女性が、店長の愚痴を静かに聞いていた。
彼女は黒のシンプルなパンツスーツに身を包み、足元は磨き上げられた黒のブーツ。
サングラスで表情を隠し、帽子のつばからは僅かにブロンドの髪が覗いている。
「Mais enfin, it is convenient here for ze rendezvous, n'est-ce pas?(まあ、結局、待ち合わせにはここが都合がいいのよ、そうでしょ?)」
女性の落ち着いた声に、店長は声を荒げた。
「What'cha mean 'it ain't no thang'?! What in the Sam Hill are y'all doin' in Japan, anyhow?!(何が仕方ないだ!?一体全体、お前ら、日本で何をやらかしてんだよ!)」
店長の怒鳴り声をまるで気にも留めず、女性は軽く肩をすくめた。
彼女の名はアナイス・ベルナール曹長。
ヴァネッサが率いる精鋭戦闘部隊「レ・シャカル」の副官だった。
「Madame called me. It's for la protection, la guarding of a Japanese… how you say… une agence artistique where Emilia is… comment dit-on… on duty, permanently.(マダムに呼ばれたの。エミリアが専属で警護している日本の芸能事務所の警備よ)」
「Emilia's babysittin' them folks full-time...? What the heck did them fellas go and do?!(エミリアがあいつらの子守をしてるだと…?一体何であいつらはそんなことになったんだ!?)」
店長の驚愕ぶりに、アナイスは肩をすくめて見せた。
「Bah, I don't know, tu vois. But, Emilia, she's like, vraiment dedicated to this, quoi. Madame bringing us all the way here, to Japan… ça suffit, non?(まあ、知らないわ、わかるでしょ。でも、エミリア、彼女はほら、本当にそれに専念しているのよ、ね。マダムが私たちをわざわざここまで、日本に連れてきたのよ…それで十分でしょ、ね?)」
アナイスは夕焼け空を見上げた。
そのサングラスには、夕焼けの赤が映り込んでいる。
視線の先には、驚異的な積載量と航続距離を誇る最新鋭の軍用中型輸送機が三機、夕焼け空を切り裂くように飛んでいく。
その両翼には、まるで番犬のように二機の戦闘機が寄り添い、鋭いエンジン音を響かせていた。
五機の機影は、夕焼け空に鮮やかなコントラストを描き出していた。
サングラスのレンズに映る夕焼けは、機体の影によって一瞬暗くなり、また赤く染まった。
彼女は目を細めながら、その巨大な機影を目で追った。
彼女はゆっくりと店長に視線を戻し、薄く、しかしどこか挑発的な微笑みを浮かべた。
「そう思いませんか?」と無言で問いかけるような、落ち着いた眼差しだった。
店長は、アナイスの視線を受け、アナイスの挑発的な微笑みに気圧されたのか、何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わずに顔をしかめた。
そして、重い足取りで店内に戻っていき、カウンターに突っ伏して大きなため息をついた。
かつての自分が、遠い過去のものになったように感じながら。