東京影譚 ~水底に眠る駒と鉄の棺~ 其五
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Google AI Proの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Google AI Proは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
「さあ、健ちゃん、リリアさん。私たちの新しい『プレイルーム』へ、ようこそ」
エミリアは、悪戯っぽく、そして挑戦的に微笑み、その闇の中へと、一歩、迷いなく足を踏み入れた。
佐藤とリリアも、ゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めてその後に続く。
重厚な木製の玄関ドアが背後でゆっくりと閉まると、外界の音は完全に遮断され、異様なまでの静寂が三人を包み込んだ。
ひんやりとした、カビと埃、そしてどこか甘く古びた花の香りが混じり合った、独特の空気が鼻腔をくすぐる。
高い天井の玄関ホールには、正面に学院の創設者と思しき男性の大きな肖像画が掲げられ、その厳格な眼差しが薄闇の中でじっと侵入者たちを見据えているかのようだ。
夕日が、ホールの左右に設けられた大きなアーチ窓の、一部が割れたステンドグラスを通してまだらに差し込み、磨き上げられた寄せ木張りの床に、赤や青の歪んだ光の模様を投げかけていた。
しかし、その光もホールの奥までは届かず、奥へと続く廊下は深い影に沈んでいる。
「…電気が止まっているようね。サスキアに予備電源の準備もさせておくべきだったかしら」
エミリアは、こともなげに呟くと、ポケットから取り出した小型の高輝度LEDライトで前方を照らした。
その白い光が、埃一つないように見えるが、よく見ると細かな塵が舞う空間を切り裂く。
まず足を踏み入れたのは、一階の職員室だった。
重厚なマホガニーのデスクが整然と並び、いくつかの椅子は引かれたまま、まるでつい先程まで誰かが仕事をしていたかのように、書類の束やインク瓶、そして飲みかけで冷え切った紅茶の入ったティーカップまでが残されている。
壁には、時間割や連絡事項が書かれたままの黒板。
しかし、そこには人の気配というものが完全に欠落していた。
エミリアのライトが壁の歴代校長の肖像画を照らし出すと、その描かれた瞳が、まるで生きているかのように三人を追ってくるような錯覚に陥り、佐藤は思わず背筋を震わせた。
隣の校長室も同様だった。
立派な革張りの椅子は主を失い、デスクの上には学院の紋章が入った便箋が開かれたまま放置されている。
この部屋だけ、窓の外の夕焼けがひときわ赤く、部屋全体を不気味なまでに血の色に染め上げていた。
二階へと続く、手すりの彫刻も見事な木製の階段を、三人の足音がギシ、ギシと不気味に響かせながら上る。
廊下の両側には、同じような木製のドアが並び、その一つ一つが、かつて乙女たちの賑やかな声で満たされていた教室へと繋がっているのだろう。
エミリアが無作為に一つのドアを開けると、そこには、夕日を浴びてオレンジ色に染まる、静まり返った教室が広がっていた。
木製の机と椅子は、寸分の狂いもなく整然と並べられ、教壇の上にはチョークと黒板消しが置かれている。
黒板には、数年前の今日の日付であろうか、美しい筆跡で英文の格言が書かれたままだった。「Patience is a virtue.」――忍耐は美徳。
しかし、この永遠に続くかのような静止した空間では、その言葉もどこか虚しく響く。
誰もいないはずなのに、不意に、隣の教室から少女のくすり笑うような声が聞こえた気がして、佐藤はびくりと肩を揺らした。
図書室は、まさに圧巻だった。
天井まで届く巨大な書架が壁という壁を埋め尽くし、古い洋書や専門書が背表紙を揃えてびっしりと並んでいる。
カビと古紙の、しかしどこか清浄さも感じる独特の匂いが鼻をつく。
エミリアが、興味深そうに一冊の革装丁の本に手を伸ばした瞬間、離れた書架から、バサリ、と数冊の本が大きな音を立てて床に滑り落ちた。
三人の間に緊張が走る。
「…あら、歓迎してくれているのかしら」
エミリアは、面白そうに口の端を上げる。
音楽室には、夕日を浴びて鈍い光を放つ、埃一つ被っていないグランドピアノが中央に鎮座していた。
エミリアが、鍵盤にそっと指を触れると、ポーン、と冷たく澄んだ、しかしどこか物悲しい単音が、静まり返った室内に響き渡る。
「…ここでなら、美しい『レクイエム』が生まれそうですわね。この場所に眠る、たくさんの『駒』たちのための」
リリアが、窓の外の茜色の空を見つめながら、意味深に呟いた。
その時、誰も触れていないはずのピアノの弦が、ぶるり、と微かに震えたような気がした。
理科室には、ガラスケースの中に動物の剥製や人体模型が薄暗がりに浮かび上がり、棚には様々な薬品瓶が整然と並んでいる。
実験台の上には、ビーカーやフラスコが置かれたままだ。
美術室には、描きかけの油絵がイーゼルに立てかけられ、パレットの上では絵の具が生々しい色彩を保っていた。
そして、コンピューター室。
そこには、整然と並んだデスクの上に、モニターもキーボードもマウスも存在しない、しかし無数のLANケーブルが壁や床から虚しく伸びている光景が広がっていた。
かつてここでカタカタと音を立てていたであろう喧騒は、今はもうない。
本館と渡り廊下で繋がる体育館は、高い天井から差し込む最後の西日が、床のワックスを鈍く反射させていた。
バスケットボールのゴールが寂しげにネットを垂らし、舞台の緞帳は固く閉ざされている。
三人の足音が、やけに大きく反響する。
エミリアが床を軽く踏み鳴らすと、ギシリ、と古い木材の軋む音がした。その瞬間、体育館の奥の方から、トン、トン…と、誰かがボールをドリブルするような音が、微かに聞こえてきたような気がした。
グラウンドは、夕闇に沈み始めていた。
ラインこそ薄れてはいるが、雑草は不思議と少なく、まるで今でも誰かが手入れをしているかのようだ。
プール施設へと足を向けると、屋外の25メートルプールには、驚くべきことに、月光を反射してきらめく、透き通った水が満々と湛えられていた。
しかし、その水面は鏡のように静まり返り、生命の気配はない。
プールサイドの一角にある古びた井戸小屋は、闇の中で黒い口を開けており、そこからひんやりとした空気が流れ出してくる。
「…この水、本当に井戸から?」
リリアが、水面に手を浸そうとして、エミリアに軽く制される。
最後に訪れたのは、敷地の隅にひっそりと建つ、二階建ての宿直棟だった。
雨戸は閉め切られ、周囲は深い木立に囲まれて、ここだけが一段と濃い闇に包まれている。
エミリアがライトで照らしながら玄関の引き戸を開けると、カビ臭い空気と共に、言いようのない陰鬱な気配が漂ってきた。
畳敷きの和室には、布団が敷かれたままになっていたり、小さなちゃぶ台の上に湯呑が残されていたりする。
まるで、ついさっきまで誰かがそこにいたかのような、しかし今は完全に抜け殻となった生活の痕跡。
「…ここが、一番『お歴々』のお気に入りらしいわね」
エミリアが、壁のシミを指差しながら、楽しそうに言う。
そのシミは、よく見ると、泣いている女性の横顔のようにも見えた。
佐藤は、もう何も言えず、ただ早くこの場所から立ち去りたいと願うばかりだった。
一通り見て回り、三人が再び本館の玄関ホールに戻ってきた頃には、窓の外は完全に夜の闇に包まれ、ホールのステンドグラスもその色彩を失っていた。
エミリアのLEDライトの光だけが、三人の影を長く壁に踊らせている。
「ふふ…」エミリアは、満足そうに、そしてどこか挑戦的な笑みを浮かべた。
「幽霊さんたちも、なかなか趣味の良いお屋敷に住んでいるじゃないの」
彼女は、くるりと振り返り、まだ恐怖と困惑で顔が青ざめている佐藤と、冷静ながらもその瞳の奥に強い好奇心を宿らせているリリアに向かって、高らかに宣言した。
「決めたわ。私たちの新しい『城』は、ここにする。どんな『駒』が眠っていようと、ここが私たちの新しい始まりの場所よ」
その言葉は、この静まり返った、しかし何かが蠢いているかのような元女子高の闇に、新たな波乱の始まりを告げるファンファーレのように響き渡った。
***
佐藤健は、エミリアの「私たちの新しい『城』は、ここにする」という宣言に、ただ唖然として立ち尽くす。
隣のリリア・アスターは、そのサファイアブルーの瞳を好奇心にきらめかせ、楽しそうにエミリアの横顔を見つめていた。
「さて、と」エミリアは、まるでこれから始まる冒険に胸を躍らせる少女のように、しかしその声には確かな計画性を含ませて続けた。
「まずは拠点確保、そして現状把握が最優先ね。一度事務所に戻って、必要なもの――寝袋、食料、ランタン、それとサスキアがリストアップしてくれるであろう『専門的な調査機材』を調達して、準備万端にして、今夜はここに泊まりましょう」
「え……こ、今夜、ここに、泊まるの!?」
佐藤の声が、埃っぽい玄関ホールに虚しく響く。
LEDライトの白い光が、彼の引きつった顔を無情に照らし出した。
窓の外は既に漆黒の闇に包まれ、時折、風が古い窓ガラスをカタカタと揺らす音が、不気味なBGMのように聞こえてくる。
こんな、幽霊が出ると噂される廃墟に、泊まる? しかも、エミリアとリリアという、ある意味幽霊よりも恐ろしいかもしれない二人の才媛と?
エミリアは、そんな佐藤の動揺を全く意に介さず、悪戯っぽく、しかし有無を言わせぬ口調で指示を出す。
「ええ、そうよ。そして健ちゃん。今夜は、あなたの可愛い『奥方候補』たちや、『運命の相手』を自称する乙女たちには、残念ながら会えなくなるわね? 『急な泊まり込みの極秘調査が入って、どうしても今夜は帰れないの。みんなのことは心配だけど、僕のことは信じて待っていてほしい』って、ちゃーんと、それはもう丁寧に、心を込めて謝っておくのよ? 彼女たちを無用に心配させたり、あらぬ誤解を招いたりしたら、後が色々と面倒だもの♪」
その言葉と共に、エミリアは佐藤の目をじっと見つめた。
その美しい碧眼の奥には、『あなたの行動は全てお見通しよ。でも、最終的にあなたが誰の元にいるべきか、賢明な健ちゃんなら分かっているわよね?』という、甘く、しかし抗いがたい強い意志が宿っているように見えた。
隣に立つリリアもまた、優雅な微笑みをたたえながら、そのサファイアブルーの瞳で佐藤を射抜くように見つめている。
彼女の視線もまた、「サトウさまは、最後に最も合理的で、かつご自身にとって幸福なご判断をなさる方…そう信じておりますわ。そうでなければ、わたくしが『導いて』差し上げますけれど」という、静かだが強烈な、有無を言わせぬプレッシャーを放っていた。
「そ、そんな…! ? 約束が…!」
佐藤は、背中に滝のような冷や汗が流れるのを感じながら、必死で抵抗を試みようとした。
神社の離れでの温かい(そして過剰な)お世話、双子姉妹との濃密な(そして危険な)時間…それらが、彼の脳裏をよぎる。
「あら、約束? 大丈夫よ、健ちゃん。私たちのこの『お泊り会』の方が、ずっと優先順位が高い『お仕事』なんだから」
エミリアは、取り付く島もない。
観念した佐藤は、震える指でスマートフォンを取り出し、アドレス帳を開いた。
指先が滑り、何度もタップミスを繰り返しながら、まずは神社の離れの固定電話(と彼が記憶している番号)にかける。
数コールの後、明るいアリスの声がスピーカーから響いた。
「はい! こちら潮崎家…って、サトウさんですの!? どうかしましたか!?」
「あ、アリスさん…僕だけど…。あのね、本当に急で申し訳ないんだけど、今日、ちょっと、その…仕事で緊急のトラブルが発生しちゃってね…うん、泊まり込みで、徹夜で対応しないといけなくなっちゃったんだ…」
彼の声は、自分でも情けないほど上ずっている。
額には脂汗が滲み、心臓が早鐘のように打っていた。
「だから、その…今夜は、そっちには、行けそうにないんだ…。本当にごめん! 渚さんや、汐里さん、珊瑚さんにも、そう伝えてもらえるかな…? 巌さんにも、心配しないでって…(小声で)いや、心配は絶対するだろうけど…!」
電話の向こうから、アリスの「ええーっ!? サトウさん、大丈夫ですの!? 何かお手伝いできることはありませんの!?」という心配と、奥で微かに聞こえる巫女三姉妹の「サトウ様が!?」「どうしたのかしら!?」という不安げな声が、佐藤の罪悪感をさらに増幅させる。
なんとかアリスに「大丈夫だから、明日には連絡するから!」と繰り返して電話を切ると、息つく間もなく、次は双子占い師の携帯番号をタップした。
「…あ、もしもし、月さん…? あ、星さんもいる? あのね、本当に、本当にごめん! 今日、ちょっと、その…どうしても外せない、緊急の仕事が長引いちゃって…うん、そうなんだ、帰れそうにないんだ…。昨日の占いの結果、明日詳しく聞くって約束してたのに、本当に申し訳ない…! 必ず、必ずこの埋め合わせはするから…! 本当にごめん!」
電話の向こうからは、月の冷静だがどこか探るような「…サトウ様、何か『良くない気』でも感じていらっしゃるのではございませんか…?」という声と、星の「ええーっ! サトウ様とお会いできないなんて、そんなの絶対イヤですぅ! 今からでも、わたくしたちが『浄化』に参りますわ!」という、今にも飛び出してきそうな勢いの声が聞こえてくる。佐藤は、生きた心地がしなかった。
それぞれの電話で、脂汗を流しながら必死に謝罪と言い訳を重ね、なんとか彼女たちの(表面的な)理解を取り付けた(と思い込んだ)佐藤は、ぐったりとホールの冷たい壁にもたれかかった。
スマートフォンの画面には、まだ他の女性たちの名前が並んでいるような気がしたが、もうそれ以上は考えたくなかった。
「ふふ、お役目ご苦労様、健ちゃん。なかなか板についてきたじゃない、その『言い訳』」
エミリアが、心底楽しそうに肩を叩く。
「さあ、それじゃあ、一度『我が家』に戻って、今夜の、この素敵な『幽霊屋敷お泊り会』の準備をしましょうか♪ きっと、忘れられない一夜になるわよ?」
リリアもまた、その言葉に「ええ、本当に楽しみですわね」と、美しい微笑みで同意した。
その、二人の才媛の、どこか子供のように無邪気で、しかし底知れない何かを感じさせる笑顔に見つめられながら、佐藤は、これから始まるであろう、新たな、そして間違いなく常識外れの『お泊り』に、もはや抵抗する気力すら残っていない自分を自覚するのだった。
この古びた女子高の闇が、今夜、彼にどのような『試練』を与えるのか…それは、まだ誰にもわからない。
***
「サスキアには、必要なものをリストアップして手配させておきましょう」
エミリアの有無を言わさぬ言葉に、佐藤はただ頷くしかなかった。
数時間後、雑居ビル三階のエミリアの表の仕事の事務所のオフィスは、さながら特殊作戦のブリーフィングルームのような、独特の緊張感と機能美に包まれていた。
サスキア・デ・フリースが、その驚異的な手際の良さで、エミリアの指示からわずかな時間で用意した『宿泊(という名の潜入調査)セット』が、ローテーブルやソファの上に整然と並べられている。
サスキア(外部支援・ロジスティクス担当)による用意周到な準備と指示。
彼女自身は旧校舎には同行しないものの、そのサポートは完璧を期していた。
「エミリア様、リリア様、佐藤様。こちらが今夜、旧聖アガタ女子学院跡地で使用していただく基本装備と、注意事項になります」
サスキアは、タブレット端末に表示したリストを指し示しながら、冷静かつ的確に説明を始めた。
情報・通信関連。
「まず、建物の最新の詳細図面です。先程の短時間の下見で得られた情報と、私が既存のデータベースから引き出した情報を統合し、要注意箇所や、噂される『現象』の多発地点をマーキングしておきました。各々、必ず頭に入れてください」
「通信手段として、こちらの高感度インカムをお三方に。傍受されにくい特殊な暗号化が施されており、半径500メートル以内であればクリアな通信が可能です。予備バッテリーも十分に用意してあります。万が一、通常の携帯電波が遮断された場合に備え、エミリア様には小型の衛星通信端末も」
「電源については、大容量のポータブル電源を三台。各種電子機器の充電、及び持ち込む調査機器の稼働にご利用ください。一台はソーラーパネルでの再充電も可能です」
「わたくしは事務所にて、皆様からの定時連絡(一時間ごとを推奨)を受けながら、異常があれば即座に対応いたします」
安全・環境対策。
「敷地周辺の現在の天候、及び明朝までの予報。念のため、近隣の警察署と消防署の緊急連絡網、そして最も近い24時間対応可能な総合病院までの最適ルートもインプット済みです」
「佐藤様には、こちらを」と、サスキアは佐藤にコンパクトなウエストポーチを手渡した。
「最低限のサバイバルキットです。LEDライト、ホイッスル、保温シート、簡単な応急セット、そして高カロリーの栄養補助食が入っています。エミリア様やリリア様の指示に従い、決して単独行動はなさいませんように」
その言葉には、佐藤の能力を的確に見極めた上での、事務的だが真摯な配慮が感じられた。
エミリア(現場リーダー、戦闘・サバイバル担当)の用意。
彼女の用意するものは、常に実戦的で、無駄がなく、そしてどこか美しい。
「ありがとう、サスキア。流石ね」と短く礼を言うと、エミリアは自分の黒いダッフルバッグに、手際よく装備を詰めていく。
照明器具。
手のひらサイズの高輝度なライトを複数。
額には、暗視モードも備えた最新型のヘッドライト。
そして、拠点となる部屋を広範囲に照らし出すための、折り畳み式のLEDランタン。
護身・調査用具。
彼女が『お守り』と呼ぶ、特殊合金製のサバイバルナイフ。
掌に収まるほどの小型のサーマルスコープ。
そして、手首にはめた多機能ウォッチには、気圧計や方位磁針、さらには微弱な電磁波を検知する機能まで搭載されていそうだ。目立たないが、体のラインにフィットする軽量な防刃ベストを、ジャケットの下に着用している。
生活用品。
軍用の寝袋よりもさらに軽量でコンパクト、しかし極寒地でも対応可能な特殊素材の寝袋。
手のひらサイズの浄水器。
固形燃料と、チタン製の小さなクッカー。
そして、数種類の高カロリーなエナジーバーと、真空パックされたドライフルーツ。
応急処置キット。
通常のキットに加え、止血剤や縫合針、強心剤など、明らかに『ただの宿泊』には不相応なアイテムが、整然とポーチに収められている。
リリア(技術・分析担当、そして独自の美学を持つお嬢様)の用意。
彼女の用意するものは、最新鋭のテクノロジーと、どこか浮世離れした優雅さが混在している。
「サスキアさん、いつも完璧ですわね。感謝いたします」と微笑むと、リリアは用意された機材に加え、自身のシルクの内袋が付いた革製のトラベルケースから、いくつかの『秘密兵器』を取り出した。
特殊調査・記録用機材。
AI開発ベンチャーの試作品である、手のひらサイズの球形センサーユニット数個。
これらは、指定されたエリアの温度、湿度、気圧、電磁波、微弱な音波や振動を検知・記録し、リアルタイムでリリアのタブレットに送信するという。
360度全方位を記録可能な、ピンホール型の暗視カメラとサーマルカメラ。
これらを、建物の要所と思われる場所に『目立たないように』設置するつもりらしい。
人間の可聴域を超えた音まで拾える、指向性の高いパラボラ集音マイク。
快適性追求アイテム(彼女流):
羽毛のように軽く、しかしカシミアのように温かい、特注のコンパクトな寝袋と、薔薇の香りが微かにするシルクのインナーシュラフ。
精神を安定させ、集中力を高めるという触れ込みの、希少なハーブをブレンドしたティーバッグ数種類と、携帯用の純銀製ティーインフューザー。
そして、なぜか一本だけ紛れ込んでいる、炭酸飲料のハーフボトル。
「もし、素晴らしい『発見』があった場合の祝杯用ですわ♪」とのこと。
「オカルト対策(?)」という名の好奇心を満たす道具。
アンティークショップで見つけたという、美しい細工が施された銀製のロケットペンダント。
「古来より、銀は邪を祓うと申しますものね」
佐藤(エミリアたちの助言で、なんとか用意した男)。
彼は、エミリアとリリアの、あまりにもプロフェッショナルで、かつどこか常軌を逸した準備の様子を、ただただ呆然と見つめていた。
サスキアから渡された『サバイバルキット』の中身(LEDライト、ホイッスル、保温シート、応急セット、カロリーバー)を何度も確認し、これだけで本当に大丈夫なのだろうか、と本気で不安になっている。
エミリアに「寝袋くらい、自分のを持っていきなさいよ」と言われ、慌ててクローゼットの奥から引っ張り出してきたのは、数年前にホームセンターで買った、安物の化繊の寝袋。
リリアに「サトウさま、それでは風邪を召してしまいますわ」と心配され(あるいは、見かねて)、結局彼女の予備のシルクインナーシュラフを借りることになった。
さらに、彼は彼なりに『もしもの備え』として、コンビニで大量の使い捨てカイロと、なぜか一番大きな袋に入った『厄除けの塩』を購入し、リュックサックに詰め込んでいる。
その姿は、プロの調査というよりは、小学生の肝試しに近いものがあった。
三者三様(サスキアの支援を含めれば四者四様)の『用意』が整い、それぞれの思惑と、未知への期待、そして佐藤にとっては純粋な恐怖を乗せて、一行は再び、夜の闇が迫る元・私立聖アガタ女子学院跡地へと向かうのだった。
――その先に何が待ち受けているのか、それはまだ、この古びた女子高の深い闇の中だけが知っている。
***
一度事務所へ戻って簡単な夕食と最低限の準備を済ませた一行が、再び元・私立聖アガタ女子学院の錆びついた正門の前に立ったのは、夜の七時を少し回った頃だった。
西高東低の冬型気圧配置は夜になってもその勢力を保ち、東京の空はどこまでも澄み渡り、無数の星々がダイヤモンドダストのように鋭い光を放っている。
しかし、その美しい星空の下とは裏腹に、地上は放射冷却で芯から冷え込み、吐く息は瞬時に白く凍りついた。
「さて、と」
エミリアは、白いコンパクトカーのエンジンを切り、キーを抜いた。
「宿泊の準備は万端だけど、その前に、夜の『住人』さんたちにご挨拶しておかないと失礼でしょう? 荷物はひとまずトランクに置いたまま、もう一度、私たちの新しい『お城』を確認しましょうか」
その声は楽しげだが、その碧眼は暗闇の中で鋭く光っている。
彼女は、昼間預かった古めかしい鍵束の中から慣れた手つきで通用口の鍵を選び出し、ギ、と重い音を立てて扉を開いた。
ひやりとした、カビと埃、そして昼間よりも強く感じられる、どこか甘く湿った古い木の香りが、三人を包み込む。
電気は止められたままで、頼りになるのは各自が手にした高輝度LEDライトの光だけだ。
玄関ホールは、昼間見たステンドグラスの色彩もなく、ただただ広大で底の知れない闇が広がっていた。
ライトの光が、磨かれた床に反射し、壁に掲げられた創設者の肖像画の顔を不気味に浮かび上がらせる。
その描かれた瞳が、暗闇の中でじっとこちらを見ているようで、佐藤は思わず身を縮めた。
「まずは一階から、丁寧に見ていきましょうか」
エミリアを先頭に、リリア、そして最後尾に怯える佐藤という隊列で、一行は静まり返った校舎の中を歩き始めた。
自分たちの足音と、ライトが壁や床を滑る音だけが、やけに大きく響く。
職員室は、昼間と変わらず、まるで時間が止まったかのように整然としていた。
しかし、ライトの光に照らし出されるデスクの上の書類や、飲み残されたティーカップは、昼間よりもさらに生々しく、つい先程まで誰かがそこにいたかのような錯覚を覚えさせる。
歴代校長の肖像画は、闇の中でその表情をさらに険しくしているように見えた。
二階へ続く階段を上る。一歩ごとに、古い木材がギシ、と悲鳴のような音を立てた。
「…ひっ!」
佐藤が、小さな声を上げる。
「あら、健ちゃん。もうお化けが出たのかしら?」
エミリアが、肩越しにからかうように笑う。
「い、いえ、なんでもありません…」
教室の一つをエミリアがライトで照らすと、整然と並んだ机と椅子が、まるで無数の墓標のように闇の中に浮かび上がった。
黒板に残されたチョークの文字は、まるで誰かの遺言のようだ。
窓の外は完全な闇で、自分たちがこの隔絶された空間に閉じ込められているような感覚に陥る。
風もないのに、どこかの窓がカタ、と微かな音を立てた。
図書室は、高い書架が迷路のように入り組んでおり、ライトの光もその奥までは届かない。
古紙とカビの匂いが、昼間よりも濃厚に鼻をつく。
エミリアが、棚から一冊の分厚い洋書を抜き取ろうとした瞬間、背後の別の書架から、ドサリ、と何かが落ちる音が響いた。
三人が同時にそちらを向くが、ライトの光の中には何も見当たらない。
「…ふふ、なかなか歓迎が手厚いのね」
エミリアの唇に、好戦的な笑みが浮かぶ。
音楽室のグランドピアノは、闇の中で巨大な獣のように黒々と口を開けていた。
リリアが、そっと鍵盤に触れると、昼間よりもさらに冷たく、そして重く沈んだ音が、闇に吸い込まれるように響いた。
その時、誰もいないはずのピアノの奥から、ふう、と誰かのため息のような、微かな空気の揺らぎを感じ、佐藤は鳥肌が立つのを抑えられなかった。
理科室では、人体模型の影がライトの動きに合わせて壁に踊り、まるで生きているかのように見えた。
薬品棚のガラス瓶が、カタカタと微かに震えているのは、気のせいだろうか。
コンピューター室では、垂れ下がったLANケーブルの束は、暗闇の中で不気味な蔓のように見えた。
本館を出て、渡り廊下を通り体育館へ。
そこは、音を全て飲み込んでしまうかのような、広大で底なしの闇だった。
エミリアの強力なライトですら、高い天井の全てを照らし出すことはできない。
床を踏みしめる自分たちの足音が、やけに大きく反響する。
ふと、体育館のステージの奥から、クスクスと少女の忍び笑うような声が聞こえた気がして、佐藤はリリアの腕に思わずしがみつきそうになった。
校庭は、星明かりだけが頼りだった。
冷たい風が、枯草をサワサワと揺らし、遠くで何かがカサリと音を立てる。
プール施設は、さらに不気味さを増していた。
水が満々と湛えられた(ように見える)プールは、夜空の星を映して、まるで異世界への入り口のように黒く光っている。
井戸小屋の暗闇は、昼間よりもさらに深く、底が見えない。
そして、敷地の隅にある浄化槽のあたりからは、ズル、ズル…と、何かを引きずるような、湿った音が聞こえてくるような気がした。
最後に訪れたのは、敷地の北東の隅にひっそりと建つ宿直棟だった。
ここは、昼間ですら陰鬱な雰囲気に満ちていたが、夜の闇の中では、その存在自体が恐怖の塊のように感じられる。
「ここが、一番の『名所』らしいわね」
エミリアは、どこか楽しげに呟くと、ライトで二階の窓を照らした。その瞬間、カーテンの隙間から、白い顔のようなものが一瞬見えたような気がして、佐藤は「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げた。
「あら、健ちゃん。もう『お客様』にご挨拶されたのかしら?」
エミリアのからかうような声に、佐藤は涙目だった。
一通り、夜の『お城』の確認を終え、三人が再び本館の玄関ホールに戻ってきた頃には、時計の針は八時を過ぎようとしていた。
冷え切った空気と、絶え間ない緊張感で、佐藤は疲労困憊だったが、エミリアとリリアは、むしろこれからが本番とでも言いたげに、その瞳を輝かせている。
「ふふ、なかなか賑やかで、退屈しない夜になりそうじゃない。でも、私たちの新しい『プレイルーム』を、そう簡単に明け渡すつもりはないわよ」
エミリアは、満足そうに、そしてどこか挑戦的に微笑むと、車のキーを取り出した。
「さて、それじゃあ、一度車に戻って、今夜の『お泊り会』の荷物を運び込みましょうか。明日の朝には、この素敵な『幽霊屋敷』を、私たちの新しい『秘密工房』に変える、第一歩を踏み出すことになるわ」
その言葉は、佐藤にとってはさらなる絶望の宣告であり、エミリアとリリアにとっては、新たなゲームの開始を告げるゴングのように、この古びた女子高の深い闇の中へと、静かに、しかし力強く響き渡ったのだった。