東京影譚 ~水底に眠る駒と鉄の棺~ 其一
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Google AI Proの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Google AI Proは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
エミリアのオフィス三階は、西高東低の冬型気圧配置がもたらす、乾燥した冬晴れの光が、大きな窓からたっぷりと差し込み、明るく、そしてどこか清浄な空気に満ちていた。
加湿器が静かに作動し、サスキアが淹れたばかりの、最高級のコーヒーの芳醇な香りが漂っている。
昼食を挟み、午後の業務が始まろうとしていた頃。
サスキアが、再びエミリアのデスクの前に立った。
その表情は、午前中の報告の時と変わらず、平静そのものだ。
「エミリア様、先程、例の『東京湾事件』の依頼主、弁護士チームより正式な連絡がございました」
「あら、そう。それで、何ですって?」
エミリアは、新しい企画書に目を通しながら、特に興味もなさそうに顔を上げる。
「本件の調査につきましては、先方の弁護士チームの最終判断により、国内の海洋調査専門業者に一任する方針が決定された、とのことです。つきましては、弊社への正式な依頼は見送りたい、とのご連絡でございます」
サスキアは、まるで天気予報でも読み上げるかのように、淡々と事実を告げた。
「……そう。了解したわ」
エミリアは、数秒間、企画書から目を離さずにそう答えると、何事もなかったかのようにペンを走らせ始めた。
午前中にあれほど興味を示していた案件が流れたことに対する、個人的な感情の起伏は、その表情からも声のトーンからも一切読み取れない。
まさに、プロフェッショナルな事務処理、そのものだった。
リリアも、隣のソファで優雅にティーカップを傾け、そのやり取りに特にコメントを挟む様子はない。
オフィスには、再び静かなキーボードの打鍵音と、紙をめくる音だけが響く。
数分後、エミリアは不意に顔を上げ、窓の外に広がる冬の東京の空を見つめながら、まるで以前からの予定を思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、サスキア。以前から話のあった、別の海外クライアント…確か、アジアの不動産王だったかしら? 彼が東京湾を一望できるセカンドハウス用の別荘地を探している件、リストアップは進んでいるの?」
「はい、エミリア様。いくつか候補地を絞り込み、資料は準備できております」
サスキアは、即座にタブレットを操作し、いくつかの物件情報を表示させる。
「よろしい。では、午後は少し時間ができたことだし、健ちゃんとリリアさんを連れて、その候補地を何件か実際に見てこようかしら。お天気も良いし、ドライブにはちょうどいいでしょう?」
エミリアは、にっこりと、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
その提案には、『東京湾事件』への未練や下心といったものは微塵も感じられず、あくまで通常の業務の一環、あるいは単なる気まぐれな午後の予定のようにしか聞こえなかった。
「…は、はい」
佐藤は、突然の展開に戸惑いつつも、いつものように反射的に頷く。
リリアも、「まあ、わたくしも東京の不動産事情には興味がありますし、ご一緒させていただきますわ」と、優雅に微笑んで同意した。
こうして、エミリアの白いコンパクトカーは、再び雑居ビルの地下駐車場から、午後の陽光が降り注ぐ東京の街へと滑り出した。
行き先は、東京湾岸に点在するという、高級別荘地の候補。
その車の行く先に、果たして何が待ち受けているのか。
そして、午前中に報告された『東京湾事件』の影が、この『何気ない視察』にどのように絡んでくるのか、今の佐藤には知る由もなかった。
ただ、エミリアの運転する車の助手席で、彼女の横顔を盗み見ながら、言いようのない不安と、ほんの少しの好奇心が入り混じった複雑な気持ちを抱えるばかりだった。
***
エミリアの白いコンパクトカーは、雑居ビルの地下駐車場から、午後の陽光がまだらに差し込む裏路地へと静かに滑り出した。
つい先程までオフィスで交わされていた『東京湾事件』に関する不穏な会話の残響が、まだ佐藤の耳の奥で微かに渦巻いている。
しかし、エミリアはそんな素振りは一切見せず、まるで鼻歌でも歌い出しそうなほど軽快にハンドルを操作している。
都内(あるいは、その近辺の)雑多な喧騒と、古い商店街の生活感が漂うエリアを抜けると、車は都心部を貫く幹線道路へと合流した。
午後の日差しは冬特有の低い角度から容赦なくフロントガラスに照りつけ、佐藤は思わずサンバイザーを下ろす。
エミリアは、サングラスの奥の碧眼を細め、ラジオから流れる軽快なジャズのインストゥルメンタルに合わせて、細い指でハンドルのリムを軽く叩いていた。
「サトウさま、少し窓を開けてもよろしいかしら? 外の空気が気持ちよさそうですわ」
後部座席から、リリアの涼やかな声がした。
彼女は、まるで高級ホテルのラウンジで寛ぐかのように優雅にシートに身を預け、窓の外を眺めている。
「あ、ああ…どうぞ」
佐藤が答えるより早く、エミリアがパワーウィンドウのスイッチを操作し、窓が数センチ開いた。
途端に、乾いた冬の風と共に、都心の喧騒――クラクションの音、遠くのサイレン、人々のざわめき――が、微かな排気ガスの匂いを伴って車内に流れ込んでくる。
やがて、車は滑るように首都高速の入り口を抜け、高架へと駆け上がった。
地上とは異なる視界が開け、灰色のビル群が幾何学的な模様を描きながら後方へと流れていく。
エミリアの運転は、流れの速い高速道路でも驚くほどスムーズで、力強い加速と寸分の狂いのない車線変更は、このコンパクトカーの性能を最大限に引き出しているかのようだ。
佐藤は、その隣で、ただシートに身を沈め、流れ去る風景とエミリアの完璧な横顔を交互に見つめるしかなかった。
彼女が本当に『別荘地の視察』だけを考えているのか、それとも何か別の意図があるのか…その真意を読み解くことは、今の彼には到底不可能だった。
三十分ほど走っただろうか。
高速道路の案内表示に『湾岸』の文字が見え始めると、車内の空気がふと変わったような気がした。
前方に広がる景色は、それまでの密集したビル群とは異なり、空が大きく開け、海からの光が反射して眩しい。
高速を降りると、道幅は格段に広くなり、計画的に植えられたであろう街路樹が整然と並んでいる。
潮の香りが、先程までの都会の埃っぽい匂いを洗い流すように、鼻腔をくすぐった。
カモメだろうか、白い鳥の甲高い鳴き声も遠くに聞こえる。
「…わあ、海ですわね」
リリアが、感嘆の声を上げる。
「ええ。今日のクライアント様は、このあたりの眺望を特に重視されているそうなの」
エミリアが、こともなげに答える。
周囲の建物は、いつの間にか、ガラスと鋼鉄を多用した、斬新で未来的なデザインの超高層タワーマンションや、高級ホテル、そして広大な緑地公園へと変わっていた。
道を行き交う車も、高級外車や黒塗りのショーファードリブンカーが目立ち始め、歩いている人々の服装も、どこか洗練され、余裕のある雰囲気を漂わせている。
佐藤は、まるで自分だけが異世界に迷い込んでしまったかのような、強烈な場違い感に襲われた。
こんな場所に、自分のような冴えない男がいていいのだろうか。
やがて、エミリアは車を減速させ、ひときわ高く聳え立つ、ガラス張りのファサードが午後の陽光を複雑に反射させているタワーマンション群の一角へとハンドルを切った。
その建物の足元には、手入れの行き届いた植栽と、静かな水盤が配置され、まるで高級リゾートホテルのエントランスのような雰囲気を醸し出している。
停泊しているのだろうか、マストを並べた白いプレジャーボートの列も遠くに見えた。
「さて、と。一件目は、あちらの最上階のペントハウスから見ていきましょうか」
エミリアは、優雅に車を寄せながら、悪戯っぽく佐藤に微笑みかけた。
その言葉が、これから始まるであろう『視察』の内容を指しているのか、それとも、この華やかで非日常的な空間で、また新たな何かが起こることを示唆しているのか…佐藤には、やはり判断がつかなかった。
ただ、言いようのない不安と、ほんの少しの好奇心、そして圧倒的な現実逃避願望が、彼の胸の中で複雑に絡み合うばかりだった。
***
エミリアの白いコンパクトカーが、まるで鏡面のように磨き上げられた黒御影石のエントランスに静かに滑り込むと、制服に身を包んだドアマンが深々と一礼し、音もなくドアを開けた。
外の喧騒とは完全に隔絶された、静謐で涼やかな空気が一行を迎える。
ロビーは、ホテルのそれよりもさらに広大で、天井は高く、壁には現代アートと思しき巨大な抽象画が飾られ、微かに高価な香水の残り香と、生けられた純白の百合の芳香が漂っていた。
不動産会社の担当者であろう、上質なスーツを隙なく着こなした初老の男性に案内され、一行は居住者専用の高速エレベーターへと向かう。
カプセルのように滑らかな内装のエレベーターは、ほとんど揺れを感じさせずに上昇し、あっという間に最上階の表示を灯した。
重厚なマホガニーのドアが、担当者がかざしたカードキーに反応し、静かに内側へと開く。
その瞬間、佐藤は息を呑んだ。
目の前に広がったのは、床から天井まで続く、一枚ガラスのように見える巨大な窓。
そして、その向こうには、冬の午後の陽光を浴びてキラキラと輝く東京湾の雄大なパノラマが、まるでCG映像のように広がっていた。
青い空と、さらに濃い青色の海。
白い航跡を描いて行き交う大小の船舶。
遠くには、都心のビル群が霞んで見え、そのスケール感に圧倒される。
「…素晴らしい眺めですわね」
リリアが、感嘆の息を漏らしながら、ふわりとリビングの中央へと進み出た。
内装は、白とダークブラウンを基調とした、ミニマルで洗練されたデザイン。
床は大理石が敷き詰められ、ひんやりとした感触が素足に心地よさそうだ。
選び抜かれたであろう調度品は、どれもが一流のデザイナーズ家具であることを、佐藤のような素人目にも窺わせた。
エミリアは、言葉少なに室内を見渡していた。
しかし、その碧眼は、単に景色や内装の美しさを捉えているだけではない。
彼女の視線は、窓の強度、バルコニーの構造、隣接するビルとの距離、そして室内の監視カメラやセンサーの位置とおぼしき箇所を、まるでスキャンするように素早く、しかし的確に捉えていく。
「サスキア、この建物のセキュリティプランと、周辺の航空路、船舶の主要航路データを後で確認しておいて。それと、最寄りの警察署と総合病院までの実質的な移動時間も」
エミリアは、ポケットから取り出したスマートフォンに、小声で、しかし淀みなく指示を出す。
彼女にとって、この物件はまず『安全な拠点』となり得るか、あるいは『標的』となり得るか、という観点から分析される対象なのだ。
窓からの眺望は素晴らしいが、それは同時に外部からの視線や、万が一の狙撃のリスクも意味する。
交通の便が良いということは、迅速な移動が可能であると同時に、追跡や襲撃の経路も多様になるということだ。
彼女の頭の中では、既にいくつものシミュレーションが高速で繰り返されている。
一方、リリアは、優雅な足取りで広大なリビングをゆっくりと歩き回り、時折、窓枠にそっと手を触れたり、部屋の隅で立ち止まって何かを感じ取るように目を閉じたりしていた。
「…気の流れは、悪くありませんわね。湾からの龍脈のエネルギーが、この部屋を満たしている。ただ、少し水の気が強すぎるかもしれませんわ。調度品の配置や、色彩で調整する必要がありそうですけれど」
彼女は、まるでそこにいるはずのない『気』の専門家と会話でもするかのように呟く。
そして、ふと窓の外に目をやり、階下を行き交う人々や、エントランスに出入りする高級車の流れを、まるで鷹が獲物を見定めるかのように鋭く観察し始めた。
「…住人の『格』も、それなりに保たれてはいるようね。変な『淀み』は感じられない。ただ、あの南東角のタワーの住人だけは、少し注意が必要かしら…どことなく、影があるわ」
彼女の瞳には、常人には見えない何かが映っているのかもしれない。
それは、彼女が育った環境で培われた、人間の本質や、その人物が纏う『運気』のようなものを見抜く、特殊な洞察力だった。
そして、佐藤は。
豪華絢爛な内装と、窓の外に広がる現実離れした絶景に、ただただ圧倒されていた。
床の大理石の冷たさ、空調の静かな作動音、そしてどこからか漂ってくる、嗅いだことのないような清浄な空気の匂い。
全てが、彼の日常とはかけ離れている。
(…す、すごい…家賃、いくらするんだろう…いや、これ、分譲だったら、一体いくらに…?)
元銀行の融資係としての職業病が、彼の頭の中で勝手に電卓を弾き始める。
(この立地、この広さ、このグレード…クライアントはアジアの不動産王だっけ? 自己資金で一括購入か、それともシンジケートローン組むのかな…担保評価は出るだろうけど、金利は優遇されるだろうな…いやでも、海外からの送金規制とか、税金対策とか、色々面倒そうだぞ…管理費と修繕積立金だけで、僕の年収くらい軽く吹っ飛ぶんじゃないか…?)
彼の思考は、目の前の絶景とは裏腹に、極めて現実的で、そしてどこか庶民的な計算に終始していた。
その口から、思わず「…これ、固定資産税だけでも、年間いくらくらいになるのかな…」などという、場違いな呟きが漏れそうになるのを、必死で飲み込む。
エミリアは、そんな佐藤の様子をちらりと見て、ふ、と口元だけで笑った。
リリアもまた、佐藤の心の声が聞こえたかのように、くすくすと肩を揺らしている。
この、三者三様の視点と感想が交錯する、超高級ペントハウスでの物件視察。
それは、これから始まるであろう、新たな『仕事』の、ほんの序章に過ぎなかった。そして、その窓の外に広がる広大な東京湾が、数日後、彼らを待ち受ける不可解な事件の舞台となることを、今はまだ誰も知らない。
***
一件目の、雲の上にいるかのようなペントハウスを後にしたエミリア一行は、白いコンパクトカーで再び湾岸エリアを滑るように移動していた。
午後の陽光は、冬特有の透明感を増し、穏やかな東京湾の水面をダイヤモンドダストのようにきらめかせている。
次に訪れたのは、先程の喧騒とは打って変わって、よりプライベート感の強い、海に面した低層の高級レジデンスだった。
周囲には手入れの行き届いた緑が配置され、波の音が微かに聞こえてくるような、静かで落ち着いた空気が漂っている。
「こちらも、クライアント様のご要望に沿うかと。特に、ここからの海岸線の眺めは格別でして…」
不動産会社の担当者が、自慢げにリビングルームの床から天井まで続く大きな窓へと一行を促す。
先程のペントハウスほどの圧倒的な高さはないが、その分、海がより身近に感じられた。
白い砂浜が弧を描き、その先には穏やかな波が寄せては返す、美しい海岸線が一望できた。
「確かに、静かで良い場所ね。プライバシーも確保しやすそうだわ」
エミリアは、窓に近づき、腰に手を当て景色を吟味するように眺めている。
その瞳は、先程の『東京湾事件』の報告を聞いた時の鋭さとは異なり、今は純粋に物件の価値を査定しているプロのそれだ。
リリアも、レースのカーテン越しに差し込む柔らかな光を浴びながら、優雅に窓辺に立っていた。
「海からの『気』が直接吹き抜けてくる、開放的な空間ですこと。ただ、少し風当たりが強すぎるかもしれませんわね。守りの配置が重要になりそうですわ」
彼女は、見えない『何か』を測るように、細い指で空間をなぞる。
佐藤は、そんな二人の様子を少し離れた場所から眺めつつ、やはり頭の中では(この物件の固定資産税はいくらだろうか…オーシャンビューのプレミアム価格は…)などと、現実的な計算を始めていた。その時だった。
「…ん? あれは何かしら」
エミリアが、ふと眉をひそめ、窓の外の一点を凝視した。
彼女の視線の先、数百メートルほど離れた海岸線の、ちょうど遊歩道が終わるあたりの砂浜に、何やら人だかりができているのが見えた。
「あらあら、賑やかですこと」
リリアも気づき、扇子で口元を隠しながら、興味深そうに目を細める。
佐藤も、慌てて窓辺に寄り、目を凝らした。
確かに、十数人ほどの人々が、何かを中心にして集まっている。
遠すぎて詳細は分からないが、中にはスマートフォンを掲げて何かを撮影しようとしているような仕草の人もいる。
「あれ、何でしょう? 喧嘩でもしてるんですかね…?」
佐藤が、間の抜けた声を上げる。
「喧嘩にしては、動きが少ないわね」
エミリアは、バッグから取り出した小型の高性能単眼鏡を素早く目に当てた。
「…あの制服…警察官もいるみたい。パトカーが一台…ああ、あそこ、砂浜の際よ。警官の一人が、野次馬らしき人たちに、砂浜から出るように指示しているわね。何か規制線のようなものを準備しているようにも見えるけれど…」
彼女の声は冷静だが、その瞳の奥には、先程までの物件視察とは質の異なる、鋭い好奇の光が宿り始めていた。
リリアも、どこから取り出したのか、オペラグラスのような小さな双眼鏡で同じ方向を眺めている。
「まあ、面白い。何か『漂着物』でもあったのかしら。それにしては、少し騒ぎが大きいようですけれど。あら…」
彼女が、ふと声を上げた。
「…赤色灯が見えますわ。サイレンは鳴らしていませんけれど、もう一台、こちらへ向かってきますわよ」
リリアの言葉通り、海岸沿いの道路を、サイレンを鳴らさないまま赤色灯だけを静かに回転させた白黒のパトカーが、もう一台、人だかりの方向へと近づいてくるのが見えた。
そして、そのパトカーから降りてきた数人の警官たちが、手際よく黄色い規制テープを取り出し、人々が集まっている砂浜の一角を囲み始めた。
それは、単なる野次馬騒ぎではない、何らかの『現場』が形成されつつあることを明確に示していた。
(…また何か、面倒なことに巻き込まれなければいいけど…)
佐藤は、胸の内でそう呟きながらも、エミリアの横顔を盗み見た。
彼女の表情は、既に『不動産視察モード』から切り替わっている。
その碧眼は、遠くの海岸線の騒ぎを、まるで獲物を見つけた狩人のように、鋭く、そして興味深そうに見据えていた。
「…ふふ、東京湾も、なかなか退屈させてくれない場所のようね」
エミリアの唇から、そんな独り言のような呟きが漏れた。
この時、海岸に打ち上げられていたのは、少し奇妙な形をした、どこかの研究機関のものか、あるいは好事家の所有物か、ともかく正体不明の小型水中ドローンであり、それを早朝に散歩していた近所の住人が発見し、不審に思って警察に通報したことから、この小さな騒ぎが始まりつつあったのだが、もちろんエミリアたちがその事実を知る由もなかった。
ただ、窓の外に広がる美しい東京湾の風景と、その一角で始まった不穏な動きのコントラストが、佐藤の胸に言いようのない不安を掻き立てるのだった。
***
二件目の、海を間近に感じる静謐な高級レジデンスの視察を終えた頃には、冬の低い太陽は既に西の空へと大きく傾き、東京湾の水面を蜂蜜色と薔薇色が混じり合ったような、甘美な色合いに染め上げていた。
「さて、次が最後の候補地ね。少し距離があるけれど、ここからの眺めも期待できるそうよ」
エミリアは、不動産担当者から受け取った資料に軽く目を通しながら、車のエンジンを始動させた。
佐藤は黙って助手席に収まり、リリアは後部座席で優雅にため息をついている。
「先程のペントハウスも、こちらのレジデンスも、それぞれに趣はございましたけれど、決定打には欠けますわね。やはり、住まいは『気』の流れが最も重要ですもの」
白いコンパクトカーが、再び湾岸沿いの幹線道路に出ようとした、その時だった。先程、遠目に人だかりが見えた海岸線の方向が、明らかに騒がしさを増している。車の流れも悪く、ゆっくりとした渋滞が始まっていた。
「あら、まだ何か続いているのかしら。少し寄り道していきましょうか。健ちゃん、いいわよね?」
エミリアは、佐藤の返事を待つまでもなく、ウインカーを出し、渋滞の最後尾へと車をつけた。
その碧眼には、先程までのビジネスライクな光とは異なる、猫のような好奇の色が浮かんでいる。
車は、ノロノロとしか進まない。
窓を少し開けると、潮の香りに混じって、人々の興奮したようなざわめきと、警察官の制止するような声が、夕暮れの冷たい空気と共に流れ込んできた。
道の両側には、どこから聞きつけたのか、スマートフォンを片手に現場の写真を撮ろうとする野次馬が溢れ、その間を縫うように制服警官が忙しく動き回っている。
「おい、見たかよ、アレ!」
「なんだあれ、クジラか?いや、もっと変な形だったぞ!」
「UMAじゃないの、UMA!」
「馬鹿言え、軍の秘密兵器だって話だぜ!」
野次馬たちの、根も葉もない憶測や、興奮した声が、途切れ途切れに車内まで届く。
「…あらあら、大変な騒ぎですわね。まるでお祭りのようですわ」
リリアが、扇子で口元を隠しながら、面白そうに呟く。
彼女の宝石のような瞳は、人間たちの愚かで滑稽な騒ぎを、どこか高みから見物しているかのようだ。
「喧嘩…じゃなさそう。警官も、さっきより増えてるみたいだけど…」
佐藤は、フロントガラスの向こう、黄色い規制テープが幾重にも張られ始めた砂浜の方を見つめ、不安げに眉をひそめた。
白いバンタイプの車両の横には、『警視庁』の文字と共に『鑑識』と書かれた腕章をつけた、防護服にも似た青い作業着の男たちが数人、何やら機材を運び込んでいるのが見える。これは、ただ事ではない。
車が、規制線の一番近くを通り過ぎようとした、その一瞬だった。
人垣と、警官たちの肩越しに、佐藤の目に、それは飛び込んできた。
砂浜に、横たわるようにして打ち上げられている、巨大な何か。
夕焼けの残光を鈍く反射するそれは、まるで深海から現れた異形のように、この世のものとは思えない奇妙な形をしていた。
半透明の、乳白色にも見える柔らかな質感。
全体としては、優雅に漂うクリオネを何十倍にも拡大したような、流線的で有機的なフォルム。
しかし、その表面の一部には、金属光沢のようなものや、規則的に並んだ発光体のようなものも見て取れる。
大きさは、おそらく人間一人分か、あるいはそれ以上。
それは、静かに、ただそこに横たわっているだけで、周囲の喧騒とは不釣り合いな、圧倒的な異物感と、得体の知れない存在感を放っていた。
「……なっ……!?」
佐藤は、息を呑み、言葉を失った。
「…興味深いわね」
隣で、エミリアが低く呟くのが聞こえた。彼女の瞳は、一切の感情を排した、純粋な分析者のそれに変わっている。
その異様な物体を目撃できたのは、ほんの数秒。
すぐに車は動き出し、人垣と規制線は後方へと遠ざかっていく。
やがて渋滞を抜け、三件目の物件へと向かう車内は、先程までの穏やかな空気とは打って変わって、奇妙な緊張感と興奮に包まれていた。
「…健ちゃん、今の、何に見えた?」
エミリアが、バックミラーで後方を確認しながら、静かに問いかける。
「え…えっと…なんだか、クラゲの化け物、みたいな…でも、一部光ってたよね? クリオネを、ものすごく大きくしたような…一体、何だったのだろう…?」
佐藤は、まだ動揺を隠しきれない声で答える。
頭の中では、SF映画やオカルト雑誌で見たような、あらゆる『未確認生物』のイメージが渦巻いていた。
「ふふ、UMA…未確認生物、ですわね。もし本当にそんなものが東京湾に打ち上げられたのだとしたら、世紀の大発見ですわ。あるいは、どこかの国の秘密兵器が、事故で流れ着いたのかもしれませんわね。あの形状、水中での活動に特化しているようにも見えましたし」
リリアが、楽しそうに自分の推測を口にする。
その声には、恐怖よりも純粋な好奇心が満ちている。
「野次馬の人たちは、水中ドローンだ、いや未確認生物だって論争してましたけど…あんな大きなドローン、あるのかな…?」
佐藤が、まだ信じられないといった様子で呟く。
エミリアは、しばらく黙って運転していたが、やがて、ふっと息を吐いた。
「…水中ドローン、ね。確かに、あの形状と質感は、既存のどの兵器や観測機器とも違う。けれど、完全に未知の生物と断定するには、情報が少なすぎるわ。ただ…」
彼女は、言葉を区切り、サイドミラーに映る、遠ざかっていく湾岸の夕景に目を細めた。
「…あの『クリオネ』が、ただの漂着物ではないことだけは確かでしょうね。警察の動き、鑑識の出動、そして何より、あの異様なまでの野次馬の数。何か、人を強く惹きつける、あるいは騒ぎを大きくさせる『何か』が、あそこにはあった。サスキアに連絡して、あの海岸の状況と、警察の公式発表、それと…そうね、最近の東京湾周辺での『不審な目撃情報』について、もう一度徹底的に洗い出させてみましょうか」
その声は冷静だったが、その奥には、新たな『仕事』の匂いを嗅ぎつけた、プロのハンターの鋭い直感が光っていた。
夕日は、東京湾の彼方へと沈みかけ、空と海を、燃えるような赤と、深い藍色のグラデーションに染め上げていた。
車内に漂うのは、謎の物体への尽きない好奇心、不穏な事件への予感、そして、三者三様の思惑が交錯する、濃密な空気。
それを巡ってこれから動き出すであろう人々の運命であるのかどうか、まだ誰にも分からなかった。
ただ、エミリアの白いコンパクトカーは、確実に、新たな騒動の中心へと、その舵を切り始めていた。