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~影の女王と五人の歌姫~ 標的はアイドル(その十二)

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一ヶ月遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.

Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.

(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


 秋の柔らかな日差しが、都内のアスファルトを容赦なく照りつけていた。

昼時の幹線道路は、弁当を片手に急ぐサラリーマンや買い物客で溢れ、白いコンパクトカーはその流れに揉まれるように進んでいた。

運転席の佐藤は、時折ミラーで後続車を確認しながら、助手席に座るヴァネッサにちらりと視線を送った。

彼女は先ほどから窓の外を眺めていたが、その横顔は相変わらず人形のように整っている。


渋滞にはまり、ノロノロ運転を強いられる中、ヴァネッサはふと身じろぎ、羽織っていた清楚なベージュのジャケットを脱ぎ始めた。

その下には、ボディラインを強調する黒のワンピース。

佐藤は慌てて視線を前へ戻したが、ちらりと見えた曲線美は脳裏に焼き付いて離れない。

ヴァネッサは、エミリアから押し付けられたノートパソコンを丁寧にジャケットで包むと、紙袋にそっと戻した。


「One might observe that Miss Emilia possesses a certain… je ne sais quoi. Perhaps your eye is not accustomed to such… distinctions?(エミリア嬢は、何とも言えない…魅力をお持ちのようですね。もしかして、そういった…違いにはまだ見慣れていらっしゃらないのかしら?)」


唐突にヴァネッサが口を開いた。佐藤は喉が張り付くのを感じた。


「No, I, uh, I wouldn't say that...(いや、そんなことは…ありません)」

「Oh, there’s no need for false modesty. Miss Emilia is, undeniably, quite captivating. One almost imagines she spends her evenings nestled… within the comforting circle of your arms, no doubt displaying the most adorable slumber.(あら、ご謙遜なさらないで。エミリアは、確かに、とても魅力的ですわ。まるで、いつも貴方様の腕の中で、この上なく愛らしい寝顔を見せていらっしゃるのではないかと、つい想像してしまいますわ)」


ヴァネッサは薄く微笑みながら、さらに追い打ちをかける。

佐藤は言葉を失い、顔が赤くなるのを感じた。

何を言っても言い訳がましく聞こえそうで、何も言い返せない。


ヴァネッサは佐藤の狼狽ぶりを面白がるようにしばらく見つめていたが、すぐに興味を失ったのか、スマートフォンを取り出して操作し始めた。

流暢なフランス語が耳に飛び込んでくるが、佐藤には全く理解できない。

異国の言葉が、まるで遠い世界の音楽のように聞こえた。


数分後、通話を終えたヴァネッサが佐藤に告げた。


「Mr. Sato, I do apologise for the slight detour, but before proceeding to Miss Emilia’s, we have a rather… pressing matter to attend to.(佐藤さん、少し寄り道をすることをお詫び申し上げます。ですが、エミリア嬢のところへ伺う前に、少々… 差し迫った用件がございますの)」

「Emilia…?(エミリアは…?)」

「It appears Miss Emilia, in her… infinite wisdom, has seen fit to bestow upon you a rather… unforeseen token of her esteem. Consequently, our itinerary has been, shall we say, slightly adjusted.(どうやらエミリアお嬢様は、その…並々ならぬご英断で、貴方様に少々…予想外のものを託されたようですわ。そのため、我々の予定は、そうですね…少し変更せざるを得なくなりました)」


ヴァネッサは吐き捨てるように言い放った。

その言葉の棘に、佐藤は僅かな違和感を覚えた。

エミリアの過去について話していた時の、どこか複雑な表情を思い出し、佐藤はそれ以上何も聞くのをやめた。


ヴァネッサが告げた目的地は、都内の一等地にある外資系の高級ホテルだった。

重厚な石造りの外壁と磨き上げられたガラスが、秋の陽光を受けて眩しく輝いていた。

車寄せには、黒服のドアマンたちが整然と並び、到着する車を丁寧に誘導している。

佐藤が運転する白いコンパクトカーが近づくと、一人のドアマンがにこやかに近づいてきた。


「いらっしゃいませ。バレーパーキングをご利用でしょうか?」


佐藤はヴァネッサに視線を送った。

彼女は動じることなく、窓を少しだけ開けドアマンに短く告げた。


「I have a reservation under the name of Vanessa.(ヴァネッサで予約しています)」


ドアマンの表情が一瞬で変わり、恭しく頭を下げた。


「Certainly, Madam Vanessa. Please proceed to the underground parking. You'll easily find a parking space down there; the signs will guide you. Please let us know if you require any assistance.(かしこまりました、ヴァネッサ様。地下駐車場へお進みください。十分な駐車スペースがございます。案内表示に従って指定の区画へお進みください。何かお手伝いが必要でしたら、ご遠慮なくお申し付けください)」


ドアマンは流れるようなジェスチャーで地下駐車場への入口を示した。

佐藤は慌てて頭を下げ、車を発進させた。

黒塗りの高級車が次々と吸い込まれていくスロープを下っていくと、地下駐車場への入り口が見えてきた。

入口にはバーゲートがあり、制服を着た係員が立っている。

係員は佐藤の車をちらりと確認すると、無表情でゲートを開けた。


地下駐車場は想像以上に広く、明るい照明の下、整然と区画整理されていた。

壁にはフロア案内と駐車区画を示す番号が大きく表示されており、迷うことはなさそうだ。

佐藤はヴァネッサから伝えられた区画番号を目指し、ゆっくりと車を進めた。

指定された区画に到着すると、エンジンをかけたまま、静かに停車した。

エンジンのアイドリング音が、静かな地下空間に微かに響いていた。

周囲には他に車はなく、静寂が支配していた。

時計を見ると、時刻はちょうど昼過ぎ。秋の日は高く、地上は賑わっているだろうに、ここはまるで別世界のようだった。

佐藤は、これから起こることに、僅かな不安を感じながら、ヴァネッサの次の指示を待った。


佐藤は周囲を警戒するように、神経を尖らせながら車窓から目を凝らしていた。

その時だった。

ロックしていたはずの運転席のドアが、突如、乱暴に開け放たれた。

シートベルトをしていなければ、そのまま外に放り出されていたであろう勢いだ。

佐藤は胸元を力強く掴まれ、文字通り引きずり出されそうになった。

何が起こったのか、頭が真っ白になり理解が追いつかない。

頭がくらくらする中、氷のように冷たい声が車内に響いた。


「Je vois que vous avez trouvé quelque intérêt à cet amateur.(どうやら、貴官はこの素人に…ある種の興味を見出したようだな)」


助手席から聞こえたのは、ヴァネッサの声だった。


「Le partenaire d'Emilia ? Je m'attendais à mieux, apparemment elle a des goûts… disons… originaux.(こいつがエミリアの相棒?プロだと思ってたんだが、まあ、どうやら彼女は…変わった趣味をしているらしい)」


佐藤の胸元を掴んでいた男が、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

掴んでいた手を離された佐藤は、咳き込みながら男を見上げた。

精悍な顔立ちの三十路くらいの男は、仕立ての良いスーツを着ているにもかかわらず、鍛え上げられた肉体が服の上からでもはっきりと分かる。

長身の男は、佐藤を見下ろすように、開け放たれたドアの向こうに仁王立ちしていた。


「Vous plaisantez ? Ce type est une vraie nullité. Emilia ne peut pas sérieusement collaborer avec un tel incapable.(冗談だろう?こいつは全くの役立たずだ。エミリアが本気でこんな奴と仕事をしているはずがない)」


男はヴァネッサに問いかけた。

その口調には、隠しきれない軽蔑の色が滲んでいる。


ヴァネッサは、助手席に座ったまま、窓を開けた。

彼女の視線は、佐藤には向けられていない。

助手席のドアの傍には、もう一人の男が控えていた。

最初に佐藤を掴んだ男とは別の、より落ち着いた雰囲気の男だ。

ヴァネッサは、自分のジャケットで丁寧に包まれたノートパソコンの入った紙袋を、その男に手渡した。


「J'ai enveloppé l'ordinateur portable dans ma veste pour le protéger et bloquer les émissions. Je compte sur vous." (保護と電波遮断のために、ノートパソコンをジャケットで包んだ。任せた」


「Bien, Madame.(承知いたしました)」と、紙袋を受け取った男は恭しく答えた。


「Bien sûr, Madame. Nous avons maintenu une surveillance constante, mais nous n'avons détecté aucune émission suspecte. Il est probable que Mademoiselle Emilia ait pris les mesures nécessaires pour neutraliser l'émetteur.(こちらでも継続的に監視しておりましたが、不審な電波は一切検出しておりません。おそらくエミリア様が事前に発信機を無効化する必要な措置を講じていた可能性が高いと存じます)」


ヴァネッサは、その報告に冷たい視線を送っただけで、何も言わなかった。

彼女の視線は、まるで値踏みするように、よろめきながらも運転席に座り直し、何とか姿勢を正そうとする佐藤を捉えていた。

その瞳には、失望と僅かな侮蔑が混じっていた。


「Mr. Sato, I must confess, I find myself rather… perplexed by Miss Emilia's choice of associate.(佐藤さん、正直申し上げますと、エミリア嬢が貴方様を相棒に選んだことには、少々…困惑しております)」


ヴァネッサの言葉は、氷のように冷たく、佐藤の胸に突き刺さった。

屈辱と混乱で、何も言い返すことができない。

男に掴まれた胸元は痛みを訴え、全身から力が抜けていく。


一方、ヴァネッサから紙袋を受け取った男は、恭しく一礼すると、静かにその場を離れた。

その動きは無駄がなく、訓練された兵士のようだった。

ヴァネッサへの忠誠心と、任務への責任感が、その立ち居振る舞いから見て取れた。


佐藤は、自分がまるで道端の石ころのように扱われたことに、深い屈辱を感じていた。

高級ホテルの静かな地下駐車場で、秋の日差しとは無縁の薄暗い空間で、彼は完全に力と立場において圧倒されていた。

ヴァネッサの冷たい視線、屈強な男の嘲笑、そして忠実な部下の存在。

それら全てが、彼の無力さを際立たせていた。


男が、白い袋を運転席に座る佐藤に押し付けた。

手渡された感触で、袋の中身が硬く、細長いものだと分かった。

袋はやけに重い。


「There are fifty one-ounce gold coins here. This is non-negotiable. You are to have no further contact with Emilia.(ここに一オンス金貨が50枚ある。これは覆しようのない決定事項。エミリアとは二度と連絡を取るな)」


ヴァネッサの感情を感じさせない声が、助手席から聞こえた。

佐藤はただ何が言われたのか、急速に頭の中に広がる情報に処理が追いつかない。


「We can arrange additional financial resources and a new identity, including a passport, if you cooperate. This is the proposed solution to your current situation.(協力するなら、パスポートを含む新たな身分と追加の資金援助を手配しよう。これは貴方の現状に対する提案された解決策だ)」


ヴァネッサの諭すような言葉を引き継ぐように、男が口を開いた。


「Emilia shouldn't be saddled with babysitting an amateur like you. A soldier of her caliber belongs working alongside professionals like us.(エミリアがあんたみたいな素人の子守役をさせられるなんて冗談じゃない。あれほどの一流の兵士は、俺たちみたいなプロと一緒に働くべきなんだ)」


佐藤の中で、抑え込んでいた怒りが堰を切ったように溢れ出した。

男とヴァネッサが言うことなど、佐藤が一番よく分かっている。

それでも、佐藤はエミリアの相棒としてできる限りのことをしてきたし、エミリアも佐藤を相棒として大切にしているのを感じていた。

侮辱と軽蔑。

その二つの感情が、佐藤の中で激しい炎となって燃え上がった。


「This isn't about the money. My duty is to deliver you to Emilia. That's what I intend to do.(金でどうこうできる話じゃない。俺はエミリアに貴女を送り届ける。それだけだ)」


佐藤は、ずしりと重い袋を右手で掴み、怒りに任せて男の顔面目掛けて渾身の力で投げつけた。


「Jean, attention !(ジャン、危ない!)」


ヴァネッサの心配そうな叫びが車内に響いた。


男は、飛んできた袋を涼しい顔でひょいと避けた。

まるで子供の投げたボールを避けるように、容易く。

しかし、運転席のドアを開けて佐藤の胸元を掴んでいた力は、ほんの僅かに緩んだ。


その隙を見逃さなかった。

佐藤は、掴まれていた力が弱まった瞬間、アクセルを思い切り踏み込んだ。

白いコンパクトカーは急発進し、男は慌てて手を離した。

引きずり倒される寸前で体勢を崩し、何とか転倒せずに済んだものの、顔には明らかな動揺の色が浮かんでいた。


ヴァネッサは、急発進によって車体が大きく揺れる中、驚きの表情を浮かべた。

予想外の佐藤の反撃に、一瞬言葉を失ったのだ。

その直後、ヴァネッサはスマートフォンを取り出し、ハンズフリー機能を使って部下たちに連絡を入れた。


「Ici Vanessa. Je suis saine et sauve. Maintenez la position comme convenu.(こちらヴァネッサ。私は無事だ。合意通り、待機を続けろ)」と冷静な声で伝えた。


タイヤが静寂を切り裂く音を響かせながら、白いコンパクトカーは地下駐車場を猛スピードで走り抜け、地上へと飛び出した。

開いたままの運転席側のドアが、走行中に激しく音を立てて閉じた。

都内の一等地にある外資系の高級ホテルの地下駐車場から荒い運転で飛び出す白いコンパクトカーは、佐藤の怒りをそのまま表しているようだった。



 白いコンパクトカーが都心の喧騒を縫うように走り去ってからしばらく後、一台の黒塗りの高級車が同じ道をゆっくりと進んでいた。

運転席に座る金髪の男、一条涼、通称ワイルドキャットは、退屈そうに指でハンドルを叩いていた。

かつて人気ホストとして名を馳せた男の面影は、派手なアクセサリーやピアス、そして整った容姿にわずかに残っている。

午後の陽光が、彼の金髪をきらきらと照らしていた。


交差点で赤信号に引っかかった時だった。

一台の白いコンパクトカーが、彼の車の前を強引に割り込み、走り去っていった。

その瞬間、ワイルドキャットの眉がぴくりと動いた。

元来短気な性質が顔を出し、血の気が頭に上るのを感じた。

「テメェ、ナメてんのか…!」と毒づきながら、反射的にアクセルを踏み込んだ。

黒塗りの高級車が唸りを上げ、白い車を追いかける。

しかし、すぐに冷静さを取り戻した。

白いコンパクトカーのナンバープレートが、彼の記憶に引っかかったのだ。

それは、クロガネから『絶対に近づくな』と厳命されていた、エミリアの車だった。

今朝、クロガネがある国の大使館の施設の一部が火災で焼失したという短いニュースを聞いてから、エミリア周辺の動きを気にしていたのを思い出した。


「まさか、何かあるのか…?」


アニキの鉄の掟…。


『エミリアには近づくな』


あの時のアニキの目は、マジだった。

それでも、この目で確かめずにはいられない。


「…まさか、エミリアの…?」


追いかけながら、ワイルドキャットは白い車の車内を観察した。

運転席には見覚えのある顔、エミリアの相棒である佐藤だ。

そして、助手席には見慣れない女性が座っている。

美しい黒髪が、まるで夜の帳のようだ。

整った顔立ちは、確かに…。

アニキが見れば、美しすぎて自分の眼を信じないかもしれない。

いや、それ以上の美しさかもしれない。


その瞬間、ワイルドキャットの脳裏に、あるゲスな想像が浮かんだ。


「まさか…、浮気か?エミリアに隠れて愛人でも作って、証拠隠滅にでも走ってんじゃねえだろうな?」


元ホストとしての勘がそう囁いた。

数々の女性と甘い時間を過ごしてきた経験から、男の行動パターンには敏感だった。

焦燥感、隠し事…、佐藤の運転には、何か落ち着かないものがあった。


「フン、あの真面目そうなツラで…。案外やるじゃねえか」


ワイルドキャットの口元に、ニヤついた笑みが浮かんだ。

クロガネからの忠告など、頭の片隅に追いやられていた。

好奇心と、ほんの少しの野次馬根性が、彼を突き動かしていた。

エミリアの相棒が一体何をしているのか、この目で確かめずにはいられなかった。



 白いコンパクトカーは、都内の午後の喧騒を切り裂くように走り抜けていた。

秋の陽光は依然として強く、アスファルトの照り返しが車内にまで差し込んでくる。

佐藤はハンドルを握る手に力を込め、時折バックミラーで後続車を確認しながら、前方の道路に神経を集中させていた。

先程の出来事が嘘のように、周囲は平穏そのものだった。

しかし、佐藤の心臓はまだ高鳴っていた。


助手席では、ヴァネッサが何事もなかったかのように、窓の外を眺めていた。

時折、通り過ぎる店の看板や行き交う人々を無表情に見つめている。

その横顔は、相変わらず人形のように整っており、先程までの緊迫した空気は微塵も感じさせなかった。


首都高速の高架が頭上を覆い、景色が灰色に染まったかと思うと、すぐに開けた空の下、ビル群が視界に飛び込んできた。

車の流れは相変わらず激しく、車間距離はほとんどない。

佐藤は慎重に車線を変えながら、目的地の方向へ車を進めた。


しばらく走り、都心部を抜けたあたりで、ヴァネッサが唐突に口を開いた。


「I would be most grateful if you could see your way to stopping at a nearby convenience store.(もし差し支えなければ、近くのコンビニエンスストアにお立ち寄り頂けますでしょうか)」


佐藤は、エミリアの元に一刻も早く行きたい気持ちでいっぱいだった。

一体なぜこのタイミングでコンビニなのか。

苛立ちがハンドルを握る手に伝わり、無意識のうちに車間距離が詰まっていく。アクセルを踏む足にも力が入り、速度が上がっていることに気づいて、慌てて少し緩めた。

それでも、心臓の鼓動は早まるばかりだった。

ヴァネッサを睨みつけるように見ながら、低い声で尋ねた。


「We're in a hurry, so what is it you need?(急いでるんだ、一体何が要るんだ?)」


返事の代わりに、ヴァネッサは呆れたような視線を佐藤に向けた。


「One would have thought it rather obvious that a lady might require a brief respite from these… somewhat less than ideal conditions. The need for a visit to the ladies' room is, I trust, self-explanatory.(このような…少々快適とは言い難い状況で、淑女がしばしの休憩を必要とするのは、至極当然のことと存じますが。お手洗いへの訪問が必要なのは、言うまでもないことでしょう)」


ヴァネッサは淡々とした口調で言った。

その言葉は、まるで機械から発せられる音声のように、感情の起伏が感じられない。

佐藤は、あまりにも遠慮のない物言いに、一気に頭が冷えていくのを感じた。

先程までの怒りや興奮が、嘘のように鎮まっていく。


「Pray, do not trouble yourself with such concerns. I assure you, I have no intention of summoning my… associates. I, too, desire a private audience with Miss Emilia.(どうか、そのようなご心配は無用です。お約束致しますが、私の…関係者を呼び寄せるつもりはございません。私も、エミリア嬢と個人的にお話がしたいのです)」


ヴァネッサは窓の外に視線を戻し、遠くの景色を眺めながら続けた。

その横顔は、相変わらず無表情だった。


佐藤は、ヴァネッサを信用していなかった。

次には、完全武装させた部下を何人も手配する可能性を考えていた。

しかし、このままエミリアの元に向かって、ヴァネッサに都合の良いように話を進められるのは避けたかった。

下手をすれば、エミリアとの関係に亀裂が入るかもしれない。


様々な思惑が頭を駆け巡る中、佐藤は幹線道路沿いに見つけたコンビニの駐車場に車を滑り込ませた。

昼過ぎのコンビニは、近隣のオフィスワーカーや買い物客で賑わっていた。

駐車場には数台の車が停まっており、人々が出入りしている。


静かに駐車して、エンジンをかけたまま、佐藤はヴァネッサに目をやった。

彼女は既にドアを開け、外に出ようとしていた。

黒いワンピース姿のヴァネッサが、秋の陽光の下に現れる。

その姿は、周囲の喧騒とは対照的に、どこか異質な美しさを放っていた。

佐藤は、彼女の後ろ姿を見送りながら、深くため息をついた。

助手席には、ヴァネッサのスマートフォンが佐藤との約束を守る証のように置かれていた。

エミリアとの約束を守るためには、今はヴァネッサの要求に従うしかない。

そう覚悟を決めた佐藤は、運転席に座りながら待つことにした。

ヴァネッサの後ろ姿を見送りながら、深くため息をついた。

本当にこれでよかったのか、自問自答する。

ヴァネッサの言葉を信じるべきなのか、それとも警戒を続けるべきなのか。

エミリアとの約束を守りたい。

しかし、そのためには、この得体の知れない女の言うことに従わざるを得ないのか。

複雑な思いが胸の中で渦巻いていた。



 白いコンパクトカーは、何回も高架の下を抜け、幹線道路沿いにあるコンビニの駐車場に入っていった。

ワイルドキャットも、少し離れた場所に車を停めた。

エンジンを切らず、エアコンを弱くかけて、白い車から目を離さない。


「昼過ぎのコンビニか…。デートにしては時間帯が中途半端だな。やっぱり、何か隠してるのか?」


周囲を見回すと、コンビニの駐車場は昼休み中のサラリーマンや買い物客で賑わっていた。

秋の日は高く、アスファルトの照り返しが目に痛い。

しかし、ワイルドキャットの視線は、あくまで白いコンパクトカーに釘付けだった。


「アニキには内緒にしておこう。これは、俺が見つけた面白いネタだ。後で、じっくりと話を聞かせてもらおうじゃねえか」


ワイルドキャットは、そう独りごちると、助手席に置いてあったサングラスをかけた。

コンビニの入り口を見つめる彼の目は、獲物を狙う猫のように鋭く光っていた。


ワイルドキャットは、路肩に黒塗りの高級車を停めていた。

佐藤の運転する白いコンパクトカーから、黒いワンピースを纏った見慣れない美女が降りてくるのを、運転席を大きく倒した状態で、隠れるようにチラチラと見ていた。

ホスト時代、数多の美女を見てきたワイルドキャットでさえ、その美しさと色香に見惚れるほどだった。

「エミリアって女も美人だけど、今の女もべっぴんじゃないか…。こりゃ相当高く口止め料を請求できるな」などと下世話なことを考えながら、スマートフォンを両手で持ち、計算用のアプリで佐藤からいくら金を絞り取れるか試算を始めた。


その時だった。


「カチャッ…!」


黒塗りの高級車の運転席側のドアが、いきなり開け放たれた。

ロックをかけていたはずなのに、どうやって開けられたのか、ワイルドキャットには全く分からなかった。


反射的に顔を上げると、冷たい指先が彼の鼻を力強く摘まんだ。

息ができなくなり、反射的に大きく口を開けた瞬間、何か円筒形のぬるくて硬いものが口の中に突っ込まれた。

吐き出そうとした瞬間、鼻をつまんでいた手が離れ、代わりに彼の目の前に、銀色の金属片が突きつけられた。

それは、間違いなく手榴弾の安全ピンだった。


脳裏に破裂するイメージが焼き付き、ワイルドキャットは口の中の異物を必死に飲み込もうとした。

それは、冷たい金属の塊が、今にも破裂する手榴弾にしか思えなかったからだ。


「Do you understand English?(英語はわかるか?)」


初めて聞く、冷たいソプラノの声が、耳に突き刺さった。

それは、先ほどまで車内で見ていた、黒いワンピースの女の声だった。

しかし、その声は、容赦なく冷酷な命令を下す、冷徹な士官の声色だった。

ワイルドキャットは口の中のものを吐き出さないように必死に堪えながら、観念したように小さく頷いた。


「For whom do you work?(誰に雇われた?)」


女は、まるで捕虜を尋問する兵士のように、冷たい視線をワイルドキャットに向けながら質問を始めた。

ワイルドキャットは首を横に振った。


「Did you know who you were following?(誰の尻を追っているか、理解していたのか?)」


ゆっくりと首を振る。


「Was your target Emilia?(貴様の狙いはエミリアだったのか?)」


ワイルドキャットは一瞬躊躇した。

エミリアの車だと分かって尾行したのは事実だ。

だが、それを認めれば、この女がどんな手段で情報を引き出そうとするかわからない。

恐怖を押し殺し、平静を装ってゆっくりと首を横に振った。


「So, your objective was Sato?(つまり、佐藤が目的だったわけね?)」


きっかけは何であれ、佐藤が浮気していると思い込んで尾行したのは事実だ。

ワイルドキャットはしっかりと頷いた。


「Very well. I suggest you refrain from such amateurish surveillance in the future. Consider this a lesson. Next time, you won't be so fortunate.(よろしい。今後は二度と、そのような素人同然の尾行はするな。これを教訓と心得ろ。次は、そうは運ばないぞ)」


ヴァネッサがワイルドキャットを尋問し、まるで教官が生徒を叱責するように説教する間、黒塗りの高級車の中を覗き込む歩行者や車の運転手、同乗者は何人もいた。

だが、彼らのほとんどは、面白いものを見物するように冷ややかな視線を向けたり、仲間内でひそひそと話したりするだけだった。

外からは、ホスト風の男が女に何かを問い詰められている、よくある痴話喧嘩のように見えているのだろう。


かつてホストとして、頂点を目指していたワイルドキャットにとって、これは耐え難い屈辱だった。

客の女がつけを払わずに飛んでしまい、借金まみれで夢を諦めざるを得なかった過去。

その屈辱をバネに、東京の裏社会で成り上がろうとしていた男にとって、大勢の目に晒され、さらし者にされるのは、耐え難い苦痛だった。

ワイルドキャットの頭の中は、屈辱と怒りで一杯だった。

周囲の状況に気を配る余裕は、彼にはなかった。


突然、ヴァネッサから発せられる威圧感が消えた。

ようやくワイルドキャットは、自分を尋問していた女の方に顔を向けることができた。

そこにいたのは、黒髪と体のラインを強調する黒いワンピース姿の、息を呑むほど美しい女だった。

先ほどまで佐藤の運転する白いコンパクトカーの助手席に座っていた女だ。

コンビニに入っていったはずなのに、気づけば、彼女はそこにいた。

まるで、最初からそこにいたかのように。


ワイルドキャットは、精一杯の虚勢で、女を睨みつけた。

だが、その瞳を見た瞬間、彼は心の底から負けを悟った。

数多くの女性を抱いてきた経験が、目の前にいる女は決して敵に回してはならない存在だと、心と頭の中で警鐘を鳴らし続けていた。


女は車から離れると、何気ない仕草で、手にしていた銀色のピンを車道の真ん中に放り込んだ。

それを見たワイルドキャットは、心臓が凍り付くのを感じた。

慌てて黒塗りの高級車の運転席から飛び出し、這いつくばるように車道に転がり込み、必死にそのピンを探した。

彼の奇行に、多くの車が急ブレーキを踏み、クラクションを鳴らし、怒鳴り声を上げた。

歩行者たちも何が起きたのか分からず足を止め、遠巻きに彼を見ていた。


屈辱と恐怖の中、何とかそのピンを拾い上げたワイルドキャットは、震える手で、何とかピンを元の場所に戻そうとした。

しかし、どこを探してもピンを刺す穴がない。

まさかと思い、ゆっくりと、両手で口に押し込まれていたものを取り出した。

それは、ただの未開封の缶コーヒーだった。


ワイルドキャットは、車道の真ん中に座り込み、自分が完全に弄ばれたことを受け入れられずに、ただ呆然とへたり込むしかなかった。

周りの騒ぎも、怒号も、全てが遠い世界の出来事のように感じられた。

だが、無数のスマートフォンのレンズが、冷たい光を放ちながら彼を捉えているのを見たとき、彼は現実に引き戻された。

世界は、彼を嘲笑うギャラリーで溢れかえっていた。

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