表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/229

盤上の駒は、さらに増えて 其三

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Google AI Proの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Google AI Proは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


二月上旬、西高東低の冬型気圧配置がその座を譲ろうとせず、東京には乾いた冬晴れの日々が執拗に続いていた。

午後五時半を少し過ぎた頃、空はすでに藍色を深め始め、西の空には茜色の残照が細く尾を引いている。

街には冷たく澄んだ空気が満ち、家路を急ぐ人々の吐く息が白く立ち上っては消えていく。


エミリアの『表の仕事』の事務所のプレートが控えめに掲げられた雑居ビルの階段を、佐藤健は重い足取りで下りていた。

一日分のデスクワークと、いつ何が飛び出すか分からないエミリアやリリアからの無茶振りに備える精神的疲労で、彼の肩は鉛のように重かった。

乾いたキーボードの音と、サスキアが淹れる高級なコーヒーの残り香がまだ鼻腔に残っている気がする。


「……はぁ」


ビル風が吹き抜ける路地に出ると、思わず深いため息が漏れた。

エミリアの白いコンパクトカーのキーを握りしめ、彼はエンジンを始動させる。

向かう先は、神社の離れ。

潮崎親子とアリスが暮らすその場所は、彼にとって安らぎであると同時に、別の意味での緊張を強いられる空間でもあった。

彼女たちの純粋で、しかし常軌を逸した好意の集中砲火は、彼の精神を確実に、そして静かに削り取っていくのだ。


車は、夕暮れの喧騒を縫うように走り、やがて神社の古びた鳥居が見えてくる。

離れでの短い(しかし濃密な)時間を終え、彼が境内を出て、神社の薄暗い駐車場に戻ってきたのは、もう空に一番星が瞬き始める頃だった。


「……やっぱり、今日もか」


佐藤は、車のヘッドライトに照らし出された二つの人影を見て、本日何度目かのため息を、今度は諦念と共に吐き出した。

昨日と全く同じように、駐車場の隅、古木の影に寄り添うようにして、神楽月と神楽星の双子姉妹が静かに佇んでいたのだ。

まるで、美しい絵画から抜け出してきたかのような、非現実的な光景だった。


彼女たちは、佐藤の姿を認めると、ふわりと影から歩み出て、その大きな瞳でじっと彼を見つめた。


「サトウ様…お待ちしておりましたわ」


月が、鈴を振るような、しかしどこか切迫した響きを帯びた声で言った。


「ええ! 今日こそ、昨日の占いの続きを…そして、新しい神託をお伝えしなければなりませんの!」


星が、期待に胸を膨らませるように、早口で付け加える。


その有無を言わせぬ雰囲気に、佐藤はもはや抵抗する気力もなかった。

ただ、無言で後部座席のドアを開ける。

双子は、心得たように、しずしずと車に乗り込んだ。車内には、ふわりと、彼女たち特有の、白檀に似た甘く清浄な香りが漂い始める。


エミリアの白いコンパクトカーは、再び夜の帳が下り始めた東京の街を走り出す。

佐藤は黙々とハンドルを握り、バックミラー越しに後部座席の双子の様子を窺う。

彼女たちは、窓の外の景色を眺めているようでもあり、あるいは、何かを期待するように、じっと彼の背中を見つめているようでもあった。


                    ***


やがて、車は、双子が住む、都内の少し古風な商店街が残るエリアのアパートの前に到着した。

街灯のオレンジ色の光が、年季の入ったアパートの壁をぼんやりと照らし出している。

夕食の支度をするのだろうか、どこかの家から醤油の煮詰まる香ばしい匂いが漂ってきて、佐藤の空腹を微かに刺激した。


彼は意を決したように、車のエンジンを切り、キーを抜き、双子の部屋へと続く、薄暗い階段をゆっくりと上り始めた。

しん、と静まり返った双子占い師の部屋。

壁際には古びた木製の棚が並び、そこには用途の知れない呪具めいた品々や、分厚い占星術の専門書がぎっしりと詰まっている。

部屋の中央には小さな祭壇が設えられ、揺らめく数本の蝋燭の炎が、佐藤の隠し撮りされた写真をぼんやりと照らし出し、壁にそのおぼろげな影を踊らせていた。

空気には、白檀と何か甘く熟れた果実のような香りが混じり合い、濃密に漂っている。

それは佐藤の心を落ち着かせると同時に、どこか現実感を奪っていくような、不思議な香りだった。


                    ***


先ほど告げられたタロット占いの結果――サバイバーゲーム同好会への依頼は凶、自分たちこそが佐藤を真に守り、導き、そしてバレンタインデーには運命的に結ばれるべき存在であるという、絶対的な神託。

それを聞いた佐藤の心は、新たな絶望と、ほんのわずかな『もしかしたら、この子たちの言う通りにすれば、今のカオスから抜け出せるのか…?』という、危険な期待感がないまぜになっていた。


「…サトウ様」


静寂を破ったのは、姉の月だった。

彼女は祭壇の前に正座したまま、凛とした佇まいを崩さず、しかしその声には、常とは異なる微かな熱と、決意のようなものが滲んでいた。

黒曜石のような瞳が、揺れる炎を映して妖しく光る。


「先ほどの神託…お聞き届けいただけましたでしょうか。わたくしたちの言葉、そしてわたくしたちの行動は、全てサトウ様を『真の幸福』へと導くためのもの。今宵は、そのための、とても大切な『儀式』…いえ、『導き』の第一歩なのです」


隣では、妹の星が、こく、こくと力強く頷いている。

その大きな瞳は潤み、期待と興奮でキラキラと輝いていた。

彼女は、そっと立ち上がると、音もなく佐藤の隣に座り、その小さな手を、彼の膝の上に置いた。

ひんやりとした、しかしどこか熱を秘めた感触が、佐藤のズボン越しに伝わってくる。


「サトウ様…わたくしたち、怖いことは何もいたしません。ただ、サトウ様には、わたくしたちの言葉と、これから起こることを…心のままに、素直に受け入れていただきたいのです。それが、サトウ様をお守りし、そして、わたくしたち自身の『運命』を成就させるために、必要なことなのですから…」


星の甘く、しかし切実な声が、佐藤の耳朶を打つ。

佐藤は、二人の真剣な眼差しと、部屋を満たす異様なまでの静謐さ、そして鼻腔をくすぐる甘い香りに、完全に気圧されていた。


(儀式…? 導き…? やっぱり、何か特別なことをして、僕の『女難』を祓ってくれるつもりなんだろうか…? でも、なんだか、いつもと雰囲気が違うような…)


佐藤の頭は混乱していた。

目の前の双子の言葉は、いつものように少し浮世離れしてはいるが、その瞳の奥には、これまで見たことのないような、真剣で、そして何かを渇望するような光が宿っている。

それは、彼がこれまで経験してきた『色仕掛け』や『好意の押し付け』とは明らかに異質で、もっと根源的で、抗いがたい何かを感じさせた。

だが、それを『異性からの誘い』と結びつけるには、彼女たちの佇まいがあまりにも神聖で、そして彼の経験値はあまりにも乏しかった。


月も静かに立ち上がり、星とは反対側から、佐藤にゆっくりと近づいた。

彼女の動きは、まるで古の巫女が神前に進むかのように、厳かで、しかしどこか蠱惑的だった。

月と星、二人の少女が、佐藤を挟むようにして座る。

左右から、同じ石鹸のような清純な香りと、若い娘特有の甘い体温が、佐藤を包み込んだ。


「サトウ様…今宵、わたくしたちと、一つになってくださいまし…」


月が、囁くような声で言った。

その言葉は、お香の煙のように、佐藤の意識にゆっくりと溶け込んでいく。


(一つに…? やっぱり、何か精神的な交感とか、そういう儀式なんだろうか…? それなら、僕も、彼女たちの言う通りにしないと…)


佐藤の思考は、もはや正常な判断力を失っていた。

目の前の美しい双子の、真摯で、切実な眼差し。

それは、彼がこれまで受けてきた、エミリアやリリアの圧倒的なプレッシャーや、巫女たちやアリスの純粋すぎる好意とはまた違う、抗いがたい引力を持っていた。

彼は、なされるがままに、ゆっくりと畳の上に横たえられていく。

視界の端で、月がそっと蝋燭の炎を吹き消すのが見えた。

ふっと闇が訪れ、白檀の香りが一層濃くなった気がした。


どれほどの時間が過ぎたのだろうか。

数分か、あるいは数十分か。

佐藤が、まるで深い水底から浮上するように、ゆっくりと意識の輪郭を取り戻した時、部屋には揺れる蝋燭の炎が落とす濃い影と、障子窓の向こうから微かに漏れる、遠い街の灯りだけが静かに満ちていた。

時刻は、おそらく午後九時半を少し回った頃だろう。

白檀と甘い果実の香りが、先程よりもさらに濃密に、そしてどこか湿り気を帯びて部屋に立ち込めている。


隣には、月と星が、まだほのかに火照った頬で、しかしどこか夢見るような、それでいて熱っぽい潤んだ瞳で、じっと彼を見つめていた。

月の顔には、先程までの儀式めいた厳かさの名残と、全てを終えたかのような深い安堵、そして慈愛に満ちたような、どこか神々しいまでの満足げな微笑みが浮かんでいた。

彼女はそっと佐藤の汗ばんだ額に手を伸ばし、慈しむようにその髪を優しく梳いた。


「…サトウ様…これで、わたくしたちの『運命の歯車』は、確かに、そして力強く回り始めましたわ…」


星は、潤んだ大きな瞳で佐藤を見つめ、小さな肩を震わせながら、そっと彼の胸に顔をうずめた。

その華奢な背中が、感極まったように微かに震えている。


「…サトウ様……これが、これが『結ばれる』ということなのですね……わたくし、初めて……ううん、永遠に、サトウ様だけの、星ですわ……」


消え入りそうな、しかし確かな熱を帯びた声が、佐藤の鼓膜を震わせた。


(……あ……)


佐藤の脳裏に、先程までの断片的な記憶が、熱を伴って蘇る。

囁き、甘い吐息、絡み合う指、そして、これまで感じたことのないような、頭の芯が痺れるような甘美で、しかし同時にどうしようもなく背徳的な感覚。

それは、彼が最後まで信じようとしていた『精神的な交感』や『清浄な儀式』などでは、断じてなかった。

事の重大さが、今度こそ現実の重みとして、彼の全身にのしかかってくる。


(……しまった……いや、これは…やっぱり、彼女たちの言っていた『導き』と『儀式』の結果、なんだよな…? 僕が、受け入れた、結果……)


混乱する頭で、それでも彼は、すぐそばにある双子の顔を見つめた。

月の、どこか神々しさすら感じる、全てを包み込むような微笑み。

星の、一点の曇りもなく自分を求め、幸福に打ち震える無垢な表情。

彼女たちは、これが『運命の成就』であり、『初めての人』と『永遠の人』と、聖なる儀式を経て結ばれた、至上の喜びだと信じきっているのだろう。

その純粋すぎる(そして、明らかに常軌を逸した狂信的な)想いの重さが、ずしりと佐藤の心と体にのしかかる。


(…こうなってしまった以上は……この子たちのことも、僕が、ちゃんと……大事に、しないと……いけないんだろうな……責任、とか、そういうの、あるよな……)


それは、もはや諦念を通り越した、奇妙な使命感にも似た感情だった。

しかし、その思考はすぐに、別の、より現実的で、より絶望的な問題へと、彼の意識を引き戻す。

時刻はまだ夜だ。この後、どうやってこの部屋を出て、エミリアの元へ帰ればいいのだろうか。


(……エミリアに、なんて言えばいいんだ…? 万が一、この香りが服についていたら…? リリアさんには…? それに、渚さんたちや、アリスさんにも……もし、このことが知られたら……)


彼の頭の中は、解決の糸口すら見えない、新たな『女難』の種で一杯になった。

双子の部屋の、蝋燭の炎だけが揺れる静けさとは裏腹に、佐藤の心の中には、新たな嵐が、確実に、そして猛烈な勢いで吹き荒れようとしていた。

窓の外からは、遠く、商店街の喧騒が微かに聞こえてくる。

それは、彼が今いるこの部屋と、彼がこれから帰らねばならない現実との、絶望的なまでの隔たりを示しているかのようだった。


                    ***


双子のアパートの古びた木製のドアが、佐藤の背後で静かに閉まる音は、まるで彼の新たな秘密と罪悪感に蓋をするかのようだった。

夜風が、先程までの濃密な白檀の残り香を彼の髪から攫っていく。

時刻は、まもなく午後十時を指そうとしていた。

エミリアの白いコンパクトカーのハンドルを握る指先は、まだ微かに震え、そしてどこか他人のもののように覚束ない。


頭の中で反芻されるのは、月のどこか神々しいまでの満足げな微笑みと、星の無垢な幸福感に満ちた寝顔。

そして、『こうなってしまった以上は、この子たちのことも、僕が、ちゃんと、大事にしないと…』という、諦念と責任感が入り混じった重苦しい結論だった。


旧アジト――再開発が放棄された雑居ビルの、元一階の喫茶店だった空間――の前に車を停め、エンジンを切ると、世界から音が消えたような錯覚に陥る。

キーを抜き、重い足取りで錆びたシャッター脇の通用口のドアを開けると、ひやりとした埃っぽい空気が佐藤の頬を撫でた。


そこは、時間が止まった廃墟だった。

カウンターには、分厚い埃をかぶったままのコーヒーメーカーが鎮座し、赤いベルベット張りの椅子が並べられたテーブル席は、まるで客を待ち続けているかのように静まり返っている。

壁には色褪せたメニュー表が寂しく残り、オーナーが夜逃げしたあの日のまま、全てが打ち捨てられていた。

窓の外から差し込む、頼りない街灯の光が、床に落ちたガラス片の破片を鈍く光らせている。


「……ただいま」


掠れた声で呟いた佐藤の言葉は、誰に届くでもなく、がらんとした空間に虚しく吸い込まれていった。

その時だった。


カウンターの奥、普段エミリアが好んで座っている一番隅の赤いベルベットの椅子から、ふわりと人影が立ち上がった。

闇に慣れた目に、白い肌と白磁のような、透明感のある、淡い金色の髪が、まるで月光のように浮かび上がる。

エミリアだった。

彼女は腕を組み、静かに佐藤を見つめている。

その表情は、いつものような挑発的な笑みも、あるいは怒りや詰問の色もなく、ただひたすらに穏やかで、底の知れない湖面のように静かだった。

それが逆に、佐藤の罪悪感を鋭く抉った。


「……おかえりなさい、健ちゃん」


その声は、夜のしじまに溶け込むように柔らかく、しかしどこか全てを見透かしているような響きを持っていた。

佐藤の心臓が、どくん、と大きく跳ねる。

何か言わなければ。

言い訳を、あるいは謝罪を…。

しかし、言葉が出てこない。

双子の家での出来事が、重く彼の喉を塞いでいた。


エミリアは、そんな佐藤の狼狽を見ても、表情を変えることなく、ゆっくりと彼に近づいてくる。

彼女の纏う甘い香りが、古い喫茶店の埃っぽい匂いと混じり合い、佐藤の鼻腔をくすぐる。

それは、彼にとって最も慣れ親しんだ、そして最も抗いがたい香りだった。


彼女は佐藤の目の前で立ち止まると、その大きな碧眼で、じっと彼の顔を見つめた。

まるで、魂の奥底まで見透かそうとするかのように。

数秒の沈黙の後、エミリアはふっと息を吐き、そして、ほんのわずかに口角を上げた。


「疲れたでしょう。長かったものね、今日一日」


その言葉は、あまりにも優しく、そして日常的だった。

佐藤は、拍子抜けしたように、ただ呆然と彼女を見つめ返す。


「今夜も、手をつないで一緒に寝ましょう。もちろん、その前に、ちゃんとお風呂に入ってきてね」


エミリアは、そう言うと、悪戯っぽく片目を瞑った。

その声音には、いつもの甘えと、ほんの少しの命令口調が滲んでいる。

しかし、「お風呂に入ってきてね」という言葉の裏に、「他の女の匂いなど、綺麗さっぱり洗い流してきなさい」という無言の圧力を感じるのは、佐藤の考えすぎだろうか。

いや、おそらく考えすぎではない。


「……は、はい……」


結局、佐藤にできるのは、力なくそう頷くことだけだった。

エミリアの、ある意味いつも通りの態度に、ほんの少しだけ安堵したような、それでいて底知れない恐怖が背筋を這い上がるような、複雑な感情が胸を締め付ける。


彼は、とぼとぼと、部屋の中央にある、天井のぶち抜かれた穴へと続く縄梯子へと向かった。

軋む床板の音が、やけに大きく響く。

見上げると、二階の薄暗い闇が、まるで口を開けて彼を待っているかのようだ。

縄梯子に手をかけ、一歩、また一歩と、頼りないそれを登っていく。

エミリアは、その背中を、ただ静かに、しかしどこか満足げな表情で見送っていた。


二階の、エミリアが寝床として使っている一角にたどり着くと、佐藤は、まるで糸が切れた人形のように、その場にへたり込みそうになるのを、かろうじて堪えた。

今日の出来事が、走馬灯のように頭を駆け巡る。

そして、これからエミリアと共に過ごす夜と、明日以降に待ち受けるであろう、さらなる混沌を思い、彼は再び、誰にも聞こえない深いため息をつくのだった。


                    ***


翌朝、午前五時をわずかに回った頃。

西高東低の冬型気圧配置がもたらした放射冷却は、東京の空気をガラスの破片のように鋭く、そして深く冷え込ませていた。

空はまだ夜の濃紺を色濃く残し、無数の星々が凍てつくような光を瞬かせている。

街は深い眠りの中にあり、聞こえるのは遠くで唸る大型トラックの走行音と、時折、風が建物の隙間を吹き抜ける寂しげな音だけだ。


エミリアの白いコンパクトカーは、その深い静寂を滑るように切り裂き、人気のない早朝の都心を走っていた。

暖房が効いているはずの車内にも、外の厳寒がじんわりと染み込んでくるようだ。

助手席の佐藤の背筋は、シートに押し付けられるように強張り、冷たい汗がじっとりと滲んでいた。

昨夜の双子姉妹との出来事がもたらした新たな罪悪感と、それに伴う深刻な疲労感、そして今、自分がどこへ連れて行かれ、何をさせられるのか全く知らされていないことへの底知れない不安が、彼の思考を鈍らせていた。


(なぜ、僕がこんな早朝から、こんな場所に……いや、そもそも、これは一体どこへ向かっているんだ…?)


数時間前、旧アジトの寝床でエミリアに「健ちゃん、明日は少し早起きするわよ。面白いものを見せてあげる♪」と、有無を言わさぬ口調で告げられたきり、詳細は一切不明。

彼の脳裏には、昨日のオフィスでの光景が断片的に蘇る。

エミリアの計算され尽くした挑発的なDM、激高した『女子大生サバゲー同好会』からの挑戦的な返信、そして一方的に決定されたサバイバルゲームでの対決。

その全てが、彼の不用意な『護衛依頼』から始まった、悪夢のような連鎖反応だった。

まさか、その対決が、こんなにも早く、こんな状況で実行されるとは夢にも思っていなかった。


ハンドルを握るエミリアは、言葉少なだった。

しかし、その横顔にはいつもの飄々とした雰囲気はなく、どこか獰猛な獣が狩りに出る直前のような、研ぎ澄まされた静かな闘気が漂っている。

彼女は既に、先進国の特殊部隊が使用するという、黒を基調とした軽量かつ機能的な市街戦向けのタクティカル装備を、寸分の隙もなく身に着けていた。

体に吸い付くようなその装備は、彼女の鍛え上げられたしなやかな肉体のシルエットを際立たせ、助手席の佐藤には息苦しさすら感じさせた。

シートベルトの下で、硬質なプレートキャリアの感触が微かに伝わってくる。

後部座席には、黒いナイロン製の大きなダッフルバッグが一つ、無造作に置かれている。

中には、おそらくロープや、その他の『お道具』が詰まっているのだろう。


やがて車は、佐藤が以前ネットでその存在だけは確認していた、帝都国際大学の広大なキャンパスの、最も奥まった、そして学生たちの間では『出る』と噂される場所にたどり着いた。

そこには、まるで忘れ去られた時代の墓標のように、古びた三階建ての鉄筋コンクリートの建物が、夜明け前の薄闇の中にその不気味なシルエットを浮かび上がらせていた。

かつての男子学生寮。

窓ガラスは所々割れ、黒ずんだ壁には蔦が醜悪に絡みつき、周囲には枯れた雑草が一面に生い茂っている。

人の気配は全くなく、ただ、凍てつくような冷たい風が、割れた窓の隙間を吹き抜ける音が、ヒュウ、ヒュウ、と不気味に響き渡っていた。


「……ま、まさか、ここで……?」


佐藤が、ようやく絞り出した声は、震えていた。


「ええ、そうよ。彼女たちの『お庭』であり、私たちの『戦場アリーナ』。不足はないでしょう?」


エミリアは、こともなげに言うと、エンジンを切り、静かに車を降りた。

その瞳は、暗闇の中でも獲物を見つけた猫のように、爛々と妖しく輝いている。


佐藤が恐る恐る車外に出ると、廃墟と化した元学生寮の一階、かつて食堂だったであろうだだっ広い空間の入り口付近に、既に四つの人影が微動だにせず潜んでいるのが、辛うじて見て取れた。

『女子大生サバゲー同好会』のメンバーたちだ。

彼女たちは、エミリアが昨日のDMで一方的に指定したこの時刻に、既に完璧な臨戦態勢を整えていた。

暗視ゴーグルを装着しているのか、あるいはこの廃墟の地形と暗闇を完全に把握しているのか、その動きには一切の無駄がなく、まるで闇に溶け込んだ狩人のようだ。息を殺し、気配を消し、ただ一点、エミリアが現れるであろう入り口に向けて、全神経を集中させている。

微かなハンドサインと、おそらくは耳元の小型インカムを通じた囁きだけが、彼女たちの高度な連携を示唆していた。

サバイバルゲーム上位者としての、洗練された緊張感が、その場を支配していた。


エミリアは、そんな彼女たちの殺気すら楽しむように、ゆっくりと深呼吸を一つした。

そして、助手席のドアを開け、まだ状況が飲み込めずに呆然としている佐藤に向かって、悪戯っぽく微笑んだ。


「健ちゃんは、ここで大人しく見ていてちょうだい。ショータイムの始まりよ。ああ、それと、決して車の外には出ないこと。流れ弾に当たっても、私は知らないわよ?」


そう言い残すと、彼女は音もなく車のドアを閉め、廃墟の闇へと吸い込まれるように姿を消した。


佐藤は、ただ車のシートの中で、息を詰めて見守るしかなかった。

何がどうなっているのか、正確には分からない。

ただ、これから始まるであろう『何か』が、およそ『女子大生のお遊び』の範疇を遥かに超えた、恐ろしいものであることだけは、肌で感じていた。


エミリアは、建物の入り口ではなく、その側面へと回り込んでいた。

彼女の目は、暗闇を昼間のように捉えているかのようだ。

壁面に取り付けられた、古びてはいるがまだ辛うじて躯体に固定されている太い排水パイプと、その上方に不規則に並ぶ窓枠、そして壁の僅かな亀裂や突起。

常人ならば見過ごすか、あるいは登攀不可能と判断するであろうそれらを、彼女はまるで計算し尽くされた最適なルートとして認識している。

次の瞬間、エミリアの体は、まるで重力という物理法則から解き放たれたかのように、軽やかに宙を舞った。

いや、舞ったというよりは、壁に吸い付くように張り付いた、と言うべきか。排水パイプを掴み、窓枠に爪先をかけ、壁の凹凸を巧みに利用し、パルクール選手もかくやという、流麗かつ力強い動きで、三階建ての建物の壁を、一切の物音を立てずに駆け上がっていく。

その動きは、鍛え上げられた野生動物の敏捷さと、精密機械の正確さを併せ持っていた。


あっという間に屋上に到達した彼女は、背負っていたダッフルバッグから、特殊な繊維で編まれた細く強靭なロープと、いくつかの金属製の器具を取り出した。

屋上の縁、煙突の基部と思われる頑丈なコンクリートの塊に、熟練した手つきで、音もなくロープの一端を固定する。

結び目は複雑かつ確実で、絶対に解けることのないプロの仕事だ。

そして、エミリアは、まるでそれが日常の散歩でもするかのように、こともなげに屋上の縁に立つと、ロープのもう一端を体に確保し、一瞬の躊躇もなく、頭を下にした状態で、建物の壁面を滑り降り始めた。

それは、もはや『降下』というよりは、壁を垂直に『歩いている』かのような、信じられない光景だった。

体重移動とロープの巧みな操作だけで、彼女はまるで壁に吸い付く影のように、静かに、そして驚くべき速さで降下していく。

ロープは、彼女の動きに合わせて的確な長さだけが解かれ、地面の方に余分に垂れ下がって見られたり音を立てるようなことは一切ない。


その頃、建物内部の二階へと続く階段の踊り場では、『女子大生サバゲー同好会』の四人が、神経を極限まで研ぎ澄ませていた。

そこは、上下階からの侵入者を効率よく迎撃できる、戦術的な要所。

リーダーの狐塚響は、アサルトライフルを構え、前方と下階へ続く階段に鋭い視線を送り、インカムで他のメンバーに指示を飛ばす。


「茜、正面入り口からの気配は? 玲、二階の窓からの狙撃ポイント、異常なし?」

「今のところ、何もナシっス! でも、なんかヤな感じ…静かすぎるっていうか…」


茜の声が、微かなノイズ混じりに響の耳に届く。


「…こちらも異常なし。風も静穏。ただし、この静けさは嵐の前の静けさかもしれないわね」


玲の冷静な声が続く。


「美桜、バックアップ頼む。いつでも撃てるように準備しとけ!」

「…は、はいっ!」


彼女たちは、エミリアが正面突破、あるいは一階の窓からの侵入を試みると予測し、その一点に全神経を集中させていた。

まさか、自分たちの頭上、しかも建物の外壁から、死神が舞い降りてこようとは、夢にも思っていなかった。


エミリアは、踊り場のすぐ真上、天井に近い壁に設けられた古い換気口の、錆びて一部が外れかかった蓋に目をつけた。

音もなくそこに到達すると、特殊なツールで僅かな音も立てずに蓋を完全に外し、内部の様子を伺う。

暗視ゴーグルなど使っていないはずなのに、彼女には踊り場に潜む四人の位置、姿勢、そしておそらくは呼吸のリズムまで、手に取るように分かっているかのようだった。


次の瞬間、それは起こった。

外された換気口の暗がりから、まるで闇そのものが具現化したかのように、逆さまになったエミリアの上半身が、音もなくぬっと現れた。

その出現はあまりにも唐突で、あまりにも静かで、『女子大生サバゲー同好会』のメンバーは、一瞬、何が起こったのか理解できなかった。彼女たちの思考が、完全にフリーズする。


パシュッ! パシュッ! パシュッ! パシュッ!


静寂を破ったのは、ほとんど空気の抜けるような、微かで乾いた四つの連続音。

エミリアが腰のホルスターから抜き放った、拳銃型のエアガンから放たれたいわゆるBB弾が、暗闇の中を一筋の閃光のように飛び、人工知能で狙いを定めたかのように、的確に、響、玲、茜、そして美桜のプレートキャリアの中央や、構えたライフルの銃身、あるいは無防備な腕へと、次々に吸い込まれていく。


「きゃっ!?」

「うわっ…ヒット!」

「いったぁ…! 何!?」

「…ヒット…です…」


四者四様の短い悲鳴と、呆然としたヒットコール。

それは、サバイバルゲームの決着というよりは、一方的な蹂躙。

あっけない、しかしあまりにも鮮やかな幕切れだった。


エミリアは、まるでバレリーナが舞台に降り立つかのように、ふわりと音もなく踊り場に着地すると、いわゆるBB弾の衝撃にその場で固まり、あるいはへたり込んでいる四人に向かって、にっこりと、しかしその瞳の奥は凍てつくように冷たく微笑んだ。


「――ゲームセット、かしら? 約束通り、健ちゃんのお願い、ちゃんと聞いてもらうことになるわね。それも、ボランティアで♪」


その声は、悪魔の囁きのようにも、しかしどこか無邪気な少女が遊び終えた後のような、楽しげな響きさえ含んでいた。

廃墟の割れた窓から、ようやく差し込み始めた朝日は、床に虚しく転がる数発のいわゆるいわゆるBB弾をキラキラと照らし出し、この常識外れの『決闘』の、そして『女子大生サバゲー同好会』の短い抵抗の終わりを、無慈悲に告げていた。

佐藤は、車の窓からその信じられない光景の断片(主に音と気配、そしてエミリアの最後の言葉だけ)を察し、ただただ、口をあんぐりと開け、背筋を駆け上る戦慄に身を震わせるしかできなかった。

『盤上の駒は、さらに増えて』――その言葉の意味を、彼はまだ、本当の意味では理解していなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ