盤上の駒は、さらに増えて 其二
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Google AI Proの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Google AI Proは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
ファミリーレストランの、少しだけ油の匂いが残るボックス席。
テーブルの上には、ほとんど手つかずのヘルシーな料理と、空になったお冷のグラスが並んでいる。
佐藤健は、目の前で繰り広げられた、神楽月・星の双子姉妹による、あまりにも現実離れした『バレンタインデー災厄回避プラン』の数々に、もはや精神の許容量を超え、半ば放心状態に陥っていた。
(…聖域結界…身代わり人形…ハーモニーセッション…ラブトライアル…フルアーマー護符…)
どれもこれも、実行すれば最後、自分の人生がとんでもない方向へ舵を切ってしまうことだけは、彼にも理解できた。
「…あ、あの、お二人とも」
佐藤は、最後の力を振り絞り、か細い声で言った。
「その…素晴らしいご提案、本当にありがとうございます…。でも、その…バレンタインデーの『災い』については、僕なりに、もう一つ、考えている対策がありまして…」
「まあ、サトウ様! なんですの、それは!?」
星が、身を乗り出して尋ねる。
「ええ、ぜひお聞かせくださいまし。私たちの『神託』と、どちらがより有効か、比較検討いたしましょう」
月も、真剣な眼差しだ。
「え、えっと…」
佐藤は、少しだけ自信なさげに、しかし、もはやこれしかない、という悲壮な覚悟で、自分の『秘策』を打ち明けた。「…実は、『女子大生だけの、すごく強いサバイバルゲーム同好会』に、その日、僕の『護衛』を頼もうかと…思ってまして…」
「「……………………は?」」」
双子の、美しい顔が、同時に、目が点になる。
数秒間の沈黙。
そして、月が、ゆっくりと、信じられないものを見るような目で、佐藤に問いかけた。
「…サトウ様? 今、なんとおっしゃいました…? さ、さば…げぇ…?」
「ええ、ええ! 彼女たちなら、物理的な『災い』(主に、女性からの過剰なアプローチとか、修羅場とか)からは、きっと僕を守ってくれるはずだと…! 力には、力で対抗するしかないかな、と!」
彼は、どこかヤケクソ気味に、しかし妙な自信を持って、そう説明した。
双子は、顔を見合わせた。
その表情は、呆れかえっているのか、それとも、この男の思考回路の異次元っぷりに、言葉を失っているのか…。
月は(…物理…? さばげぇ…? この方、本当に、私たちの『神託』を、理解していらっしゃるのかしら…?)
星は(…まあ! なんて斬新な『魔除け』の方法! でも、それって、生霊には全く効果がないのでは…?)
しかし、彼女たちは、それを口には出さなかった。
代わりに、月が、どこか生暖かい、しかし諦観にも似た表情で言った。
「…さ、左様でございますか…。それは、また…独創的なご対策ですわね…。でしたら、その『サバゲー同好会』の皆様が、本当に、バレンタインデーの『災厄』から、佐藤様をお護りできるのか…わたくしたちが、改めて、タロットで占っておきますわ」
「ええ! そして、もし、それでも危険なようでしたら、その時は、やはり私たちの出番ですわね、月姉様!」
星が、力強く頷く。
((どうせ、ダメでしょうけどね…まあ、これで、また明日もお会いできる口実ができたわ♪))
二人の内心は、完全に一致していた。
「あ、ありがとう…! そうしてもらえると、助かります…!」
佐藤は、彼女たちの(おそらくは全く期待していない)言葉に、素直に感謝した。
時刻は、既に夜の十時を回っている。
ファミレスの店員が、伝票をそっとテーブルに置いた。
「あ、それじゃあ、そろそろ…」佐藤が言いかけると、月が「サトウ様」と、彼を制した。
「こんな遅い時間に、私たち姉妹だけで帰るのは、少々心許ないのですけれど…」
「ええ、もしよろしければ、お家まで、お送りいただけると、とても助かりますわ♪」星が、上目遣いで可愛らしくお願いする。
(…やっぱり、そうなるよな…)
佐藤は、もはや抵抗する気力もなく、頷いた。
「わ、分かったよ。僕が送っていくよ。今日は、本当に、ありがとう」
彼は、伝票を手に取り、自分の財布から、私物のクレジットカードを取り出した。エミリアやリリアから新しく貰った、あの『デート代』は、さすがに、こういう個人的な付き合いに使うのは気が引けたのだ。
「え、佐藤様、よろしいのですか…?」
「いいんだよ。僕が好きでやってることだから」
彼は、少しだけ格好つけて、スマートに支払いを済ませた。
(カードの利用明細が、エミリアにバレないことを祈りつつ…)
ファミリーレストランを出て、エミリアの白いコンパクトカーの後部座席に、美しい双子を乗せ、佐藤は、夜の東京を走り始めた。
車窓からは、眠らない街の灯りが、まるで宝石のように流れていく。
車内には、最初、少しだけぎこちない沈黙が流れたが、やがて、星が、今日のタロット占いの結果(もちろん、佐藤には都合の良い部分だけを抜粋して)について、楽しそうに話し始め、月も時折、それに知的な補足を入れる。
佐藤は、その、どこか浮世離れした、しかし魅力的な二人の会話に、相槌を打ちながらも、内心では(やっぱり、この二人、普通じゃないよなぁ…でも、悪い人たちじゃないんだろうな…)と、複雑な思いを抱えていた。
やがて、車は、双子が住むという、都内の少し古風な商店街が残るエリアのアパートの前に到着した。
「…ありがとう、サトウ様。本当に助かりましたわ」
月が、深々と頭を下げる。
「ええ! また明日、占いの結果、お伝えしますので! 楽しみにしていてくださいましね♪」
星が、満面の笑みで手を振る。
「う、うん…。それじゃあ、また…」
佐藤は、二人に手を振り返し、彼女たちがアパートの二階へと消えていくのを見送った。そして、小さく、深いため息をついた。
(…また、明日も会う約束、しちゃったな…。まあ、いいか。少しは、僕の『クエスト』も、進展するかもしれないし…)
一方、アパートの自室に戻った神楽月と神楽星は。
「月姉様! 佐藤様ったら、なんてお優しいのかしら! 私たちのお願いで、率直に送ってくださるなんて!」
「ええ、本当に。しかも、お食事代まで…」
二人は、顔を見合わせ、そして、同時に、くすくすと笑い合った。
「…でも、月姉様。あの『サバゲー同好会』というのは、どう思われます?」
「ふむ…」月は、腕を組んだ。
「正直、あまり期待はできませんわね。物理的な守りは、精神的な『災い』の前では無力ですわ。でも…」
彼女は、窓の外の月を見上げた。
「…サトウ様が、私たちを頼ってくださった。そして、明日も会える。それは、『運命の糸』が、さらに強く結ばれた証。そうでしょう、星?」
「はいっ!」星は、力強く頷いた。
「次に送っていただいた時は、ぜひ、お部屋に上がっていただいて、わたくしたちの手料理(!)と、とっておきのお茶でもてなさないといけませんわね!」
「ええ、そうね。そして、ゆっくりと、私たちの『本当の気持ち』を、お伝えするのも…良いかもしれないわ…」
月の瞳に、妖しい光が宿る。
佐藤健の、逃れられない『女難(という名の、彼女たちの純粋で、しかし致命的な勘違い)』は、今夜、また一つ、確実に、そして取り返しのつかないレベルで、深まってしまったのかもしれない。
***
深夜十一時を回った頃。
神楽月・星の双子姉妹を、彼女たちが住む古風なアパートまで送り届けた佐藤は、エミリアの白いコンパクトカーを運転し、ようやく旧アジトである元喫茶店へと戻ってきた。
ドアを開けると、一階のカウンター席には、腕を組み、明らかに不機嫌そうなオーラを放つエミリア・シュナイダーが、仁王立ちで彼を待ち構えていた。
「……おかえりなさい、健ちゃん」
その声は、いつものような甘さは微塵もなく、氷のように冷たく、そして低い。
「た、ただいま、エミリア…」
佐藤は、その空気に完全に気圧され、声が震える。
「ずいぶんと、『お話』が長かったようじゃない? しかも、わざわざご自宅までお送りするなんて、随分と『ご親切』なことねぇ?」
エミリアの言葉には、チクリとした棘がある。
もちろん、彼女はサスキア(あるいは、別の情報網)を通じて、佐藤と双子のファミレスでの会話、そしてその後の送り届けまで、一部始終を把握しているのだ。
「い、いや、それは、その…あの子たち、二人だけで帰るのは危ないかと思って…それに、占いのことで、色々と相談に乗ってもらってたから…!」
佐藤は、必死で言い訳をする。
「ふーん、占いの相談ねぇ…」
エミリアは、じろり、と佐藤を睨みつける。
「まあ、いいわ。今日のところは、大目に見てあげる。ただし!」
彼女は、一歩、佐藤に近づき、その美しい顔を、彼の目の前まで寄せた。
甘い香りと共に、抗いがたいプレッシャーが、佐藤を襲う。
「――あまり、他の女に『現を抜かして』、私のことを疎かにするようだったら…分かっているわよね? 健ちゃん♪」
その、天使のような微笑みの下に隠された、悪魔のような脅迫。
佐藤は、コクコクと、首がもげるほど頷くしかなかった。
「よろしい」エミリアは、満足そうに微笑むと、いつもの調子を取り戻した。
「さ、もうこんな時間よ。明日も早いのだから、さっさと寝るわよ! もちろん、『手』は、ちゃんと繋いでちょうだいね? 約束よ?」
「……は、はい……」
こうして、佐藤の、長くて、奇妙で、そして(主に精神的に)疲労困憊の一日は、ようやく終わりを告げた。
エミリアに手を引かれ、二階の寝室へと連行される彼の背中は、どこまでも小さく、そして哀れだった。
翌朝。午前九時。
エミリアのオフィス三階は、西高東低の冬型気圧配置がもたらす、乾燥した冬晴れの光が、大きな窓からたっぷりと差し込み、明るく、そしてどこか清浄な空気に満たっていた。
加湿器が静かに作動し、サスキアが淹れたばかりの、最高級のブルーマウンテンの芳醇な香りが漂っている。
ローテーブルを囲むソファには、エミリア、リリア、そして(昨夜の出来事で、目の下に新たな隈を刻みながらも)なんとか平静を装っている佐藤が座り、サスキアが、タブレット端末を操作しながら、今週の主な業務スケジュールと、いくつかの新規案件の概要を説明していた。
「――以上が、今週の主なアポイントメントと、進行中のプロジェクトの概要になります」
サスキアの、淀みない報告が終わる。
「ご苦労様、サスキア」
エミリアが頷く。
「それで、いくつか新しい引き合いが来ているようだけれど、特に注目すべきものはあるかしら?」
「はい」サスキアは、タブレットの画面を滑らかに操作し、一つのファイルを開いた。
その内容は、他の通常案件とは明らかに異質な、不穏な空気を漂わせていた。
「現在、一件、非常に特殊かつ緊急性の高い可能性のある情報が、わたくしの情報網(ヴァネッサ様のルートとは別ですわ)を通じて、非公式にもたらされております」
サスキアの声のトーンが、ほんのわずかに低くなる。
エミリアとリリアの表情も、自然と引き締まった。
「内容は、『東京湾における、大戦中の航空機引き揚げ作業中のトラブルと、それに伴う船舶の失踪、及び、財宝を巡る内部抗争』に関するものです」
「…東京湾で、飛行機の引き揚げ…? しかも、財宝ですって?」
エミリアが、興味深そうに眉を上げる。
サスキアは、淡々と情報を続ける。
「はい。依頼主(とされる存在)は、海外在住の、歴史的な戦争遺物の収集家。彼が個人的に手配した代理人チームが、数日前から東京湾の特定ポイントで、無許可で、旧日本軍の試作戦闘機(と噂されるもの)の引き揚げ作業を行っていた模様です」
「無許可、ね。相変わらず、きな臭い話が好きね、あなたの人脈は」
エミリアが、面白そうに口の端を上げる。
「その引き揚げの最中、機体の残骸と共に、予期せぬ『お宝』…おそらくは、大戦末期に隠匿された軍の裏資金(金の延べ棒や宝石類)らしきものを発見。それを巡り、引き揚げチーム内部で仲間割れが発生したようです。依頼内容を遵守し、全ての発見物をクライアントに引き渡そうとするAグループと、財宝を独り占め(ネコババ)しようとするBグループ…」
「…ありがちな話ね」
リリアが、小さく鼻を鳴らす。
「問題は、その後です」
サスキアの指が、タブレットの別の情報を表示させる。
「その仲間割れの混乱の最中、引き揚げた財宝と、そして最新鋭の自動運航システムを搭載したはずの引き揚げ作業船そのものが、忽然と東京湾内から姿を消した、とのことです。衛星やレーダーからも完全にロスト。何者かによる、高度なクラッキングと船舶強奪の可能性が濃厚です」
「まあ…! ハイテクな幽霊船、というわけね」
エミリアの碧眼が、キラリと光った。
「それで、その『海外のクライアント』様は、私たちに何を望んでいるのかしら?」
「現時点では、あくまで非公式な打診ですが…第一に、何が起こったのか、その客観的な事実確認。第二に、この一連の騒動が公になり、クライアント自身に司直(日本の警察や海上保安庁など)の手が伸びるような事態を避けられるか、そのリスク評価と対策。…以上二点を、至急、調査・報告してほしい、とのことです」
サスキアの説明が終わると、オフィスには一瞬、静寂が訪れた。
金の延べ棒、消えた船、ハッカー、そして裏社会の匂い…。
それは、エミリアとリリアという二人の才媛の、知的好奇心と、そして『仕事』への渇望を、十分に刺激するに足る案件だった。
佐藤は…もちろん、その話のスケールと、専門用語の多さに、全くついていけていない。
ただ、何か、とんでもなくヤバそうなことが起こっているらしい、ということだけは、雰囲気で察していた。
「ふむ…」エミリアは、顎に手を当て、数秒間、思考を巡らせた。
そして、決断を下す。
「…面白そうじゃない。依頼を受けるかどうかは、もう少し情報を集めてから判断するとして…サスキア」
「はい」
「まずは、この『東京湾事件(仮称)』について、予備調査を開始してちょうだい。あなたの人脈と、こちらの情報網をフルに使って、クライアントの素性、代理人チームの構成、失踪した船の詳細、そして、この件に関与していそうな他の勢力(裏社会、あるいは国家機関?)について、可能な限り情報を集めること。期限は…そうね、三日以内でお願いできるかしら?」
「承知いたしました、エミリア様。直ちに取り掛かります」
サスキアは、表情一つ変えずに頷くと、既にその指先は、驚異的な速度でキーボードの上を踊り始めていた。
エミリアは、満足そうにその様子を見つめ、そして、隣で目を輝かせているリリアに向かって、悪戯っぽく微笑みかけた。
「…さて、リリアさん。あなたも、何か『面白い情報』を掴んだら、私に教えてくれてもいいのよ? もちろん、『協力関係』なのだから」
「ええ、もちろんですわ、エミリア様。わたくしも、この『ゲーム』には、大いに興味がございますので」
その、二人の才媛の、静かで、しかしどこか楽しげな『共闘』の空気。
佐藤は、その意味を全く理解できないまま、ただ、これから始まるであろう、新たな、そしておそらくは非常に危険な『仕事』の予感に、背筋がぞくりとするのを感じるのだった。
東京の空は、どこまでも青く澄み渡っている。
しかし、その下では、様々な思惑と陰謀が渦巻き、物語は、確実に、新たな局面へと動き出そうとしていた。
***
乾いたキーボードの音と、微かに香るコーヒーの残り香が漂う、平日の午前中。
長かった打ち合わせがようやく終わり、オフィスにはほんの少しだけ、綿菓子のように甘く、気の緩んだ空気が漂い始めていた。
佐藤は、椅子の背にもたれ、ふう、と細く息を吐き出した。
その瞬間、彼のポケットでスマートフォンが短く震えた。DMの通知だ。
画面をタップし、表示された文字列を目で追う佐藤の顔から、すっと血の気が引いていく。
先ほどまでの弛緩した空気は彼の中で凍りつき、瞳は焦点を失い、まるで深海に突き落とされたかのように絶望の色を映し出した。
白い頬は青ざめ、指先は微かに震えている。
「健ちゃん?どうかしたの?」
隣のデスクから、鈴を転がすような、しかしどこか温度のない声がした。
エミリアだった。彼女は、何気ない素振りを装いながらも、その実、鷹のような鋭い観察眼で佐藤の一挙手一投足を見逃してはいなかった。
ごく自然な動作で佐藤のデスクに近づくと、彼の肩越しに、まだ明るいままのスマートフォンの画面を覗き込んだ。
そこに表示されていたのは、帝都国際大学『女子大生サバゲー同好会』広報担当からの、刺々しいまでに事務的な返信だった。
「…当同好会は、大学の正式なサークルであり、部外者、特にサバイバルゲームの素人と思われる方からの、個人的な警護依頼などはお受けできません。ましてや、SNSのDMで、アポイントメントもなしに、いきなりそのようなお話をされるのは、非常に迷惑です。今後はご遠慮ください。 帝都国際大学『女子大生サバゲー同好会』広報担当」
エミリアの唇から、ふ、と形の良い微笑みが消えた。
刹那、彼女の碧眼の瞳の奥に、氷のような冷たい光が宿る。
それは獲物を見定めた狩人の光であり、一切の躊躇も慈悲も含まない、絶対的な自信からくる輝きだった。
次の瞬間、エミリアは佐藤の手から、まるで羽毛でも取り上げるかのように軽やかにスマートフォンを抜き取った。
驚きに目を見開く佐藤を尻目に、彼女の細く白い指が、恐るべき速さで画面の上を舞い始める。
それは、まるで精密機械のように正確で、一切の無駄がなく、それでいて見る者を魅了するほどに滑らかな動きだった。
一文字一文字に、計算され尽くした『挑発』という名の毒が塗り込められていく。
オフィスの隅では、リリアが興味深そうに、しかし深入りは避けるようにその光景を眺め、サスキアは分厚い専門書から顔を上げることなく、ただ口元にかすかな笑みを浮かべていた。
それぞれの思惑が、静かにオフィス内の空気をかき混ぜていく。
数秒後、エミリアは打ち終えたDMを佐藤の目の前に突きつけた。
佐藤は、その内容を一読するなり、今度こそ本当に心臓が止まるかと思った。
【エミリアからの返信DM①(相手の土俵に乗るフリ)】
「『女子大生サバゲー同好会』広報ご担当者様。
ご返信、痛み入ります。
なるほど、『素人』からの『迷惑』なDMでございましたか。これは大変失礼いたしました。
わたくし、佐藤の『相棒』を務めております者ですが、彼も、皆様のような『その道のプロ』に、大変失礼なご依頼をしてしまったと、深く反省しております」
【エミリアからの返信DM②(軽くジャブ、そして核心へ)】
「ただ、少々気になりましたのは、皆様がご愛用されていらっしゃる、その『リコイルのない玩具の銃』で、一体どのような『プロの腕前』を磨いていらっしゃるのか、という点でございますの。
まあ、『素人』のわたくしには、想像もつかないような高度な技術なのでしょうけれど。
お遊戯の延長で、可愛い女の子たちがキャッキャと『戦争ごっこ』をなさっている姿は、微笑ましくもございますが…」
【エミリアからの返信DM③(本題の挑発)】
「…それで、ふと思ったのですけれど。
あなた方が、それほどまでに『素人』を軽んじ、ご自身の『プロの腕前』に絶対の自信をお持ちなのであれば、
『その素人の相棒である、わたくし(これまた、あなた方から見れば素人でしょうね♪)』程度に、万が一にも、サバゲーで負けるなんてことは、天地がひっくり返っても、ありえませんわよね?」
【エミリアからの返信DM④(逃げ道を塞ぐ)】
「もし、あなた方が、本当に『プロ』を自認するのであれば、その実力を、一度、私たち『素人』に見せてくださっても、よろしいのではなくて?
もちろん、場所やルールは、あなた方のホームグラウンドである、あの『素敵な廃墟(学生寮のことね♪)』で、あなた方の得意なルールで結構ですわ。
まさか、『素人に負けるのが怖い』などと、おっしゃりはしませんわよね?
それとも、『口先だけの、可愛いお嬢様たち』だったのかしら?
お返事、お待ちしておりますわ。うふふ♪」
送信ボタンを押すエミリアの指先は、まるで致命的な一撃を加える瞬間の蛇のようにしなやかだった。
数分後。
佐藤のスマートフォンが、今度はけたたましい着信音を立て続けに鳴らした。
画面には「『女子大生サバゲー同好会』 広報担当」からの怒りに満ちた返信が、矢継ぎ早に表示されていく。
その内容は、火に油を注がれた彼女らのプライドが、エミリアの計算通りに励起したことを如実に物語っていた。
――サバイバルゲームでの対決、決定。
佐藤は、もはや言葉もなく、ただただ頭を抱えて床に崩れ落ちそうになるのを、かろうじてデスクの端にしがみつくことで耐えていた。
その顔は、もはや蒼白を通り越して土気色だ。
「フン」
エミリアは、小さく鼻を鳴らし、満足げに口角を上げた。
その表情は、まるで戦場で敵将の首を獲った将軍のように誇らしげで、そしてどこまでも冷徹だった。
リリアは、くすくすと肩を揺らし、サスキアはついに専門書から顔を上げ、面白そうに眉をひそめた。
オフィスの中は、打ち合わせ後の緩やかな空気など微塵も感じられない、混沌とした興奮と、佐藤の絶望的な呻き声、そしてエミリアの静かな勝利宣言が渦巻く、奇妙なカオスに包まれていた。
窓の外では、このオフィスで繰り広げられた静かなる戦争の幕開けを、冬晴れの色に染め上げていた。
***
冬型の気圧配置がその覇権を誇示するように、東京には澄み切った青空が続いていた。
鉛色の雲ひとつない空から降り注ぐ陽光は、しかし、真冬のそれらしく、どこか硬質で、窓ガラスを透かして部屋に差し込んでも、空気の芯まで温めるには至らない。
時刻は、昼の喧騒が本格的に始まる少し前。
古びた木造アパートの一室は、しん、と静まり返っていた。
部屋の主である神楽月と神楽星は、深い青色の揃いのローブを身にまとい、部屋の中央に設えられた小さな祭壇の前に座していた。
祭壇には、いつの間にか佐藤健の――おそらくは隠し撮りされたであろう――数葉の写真が、まるで聖遺物のように恭しく飾られ、揺らめく蝋燭の炎と、清浄な白檀の香りに包まれている。
恋愛成就を願うのであろう、色鮮やかな護符も添えられていた。
腰まで届く艶やかな黒髪をすとんと下ろした双子の姉妹は、瓜二つでありながら、その瞳に宿す光のニュアンスは異なっていた。
姉の月は、怜悧なまでの冷静さの中に、これから執り行われる神聖な儀式への期待と、『佐藤様との運命』を成就させるための計画を練る、熱を帯びた知性を湛えている。
妹の星は、より純粋で、感情の奔流をそのまま映し出すかのように、きらきらとした期待と、佐藤への盲目的なまでの愛、そして『王子様をお守りする』という使命感で瞳を潤ませていた。
以前にも増して、彼女たちから放たれるオーラは濃密で、ある種の人間を強烈に惹きつけ、またある種の人間を無条件に怯ませるような、近寄りがたい神秘性を帯びていた。
「星、心の準備はよろしいですわね?」
月の声は、冬の朝の湖面のように静かで、それでいて底知れぬ深みを感じさせた。
「はい、月お姉様! 佐藤様の輝かしき未来と、わたくしたちの愛の道筋を、この目で見届けますわ!」
星は、胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、感極まったように声を震わせた。
その瞳は、既にトランス状態に近い、熱狂的な光を放っている。
月はゆっくりと頷き、古びた木箱から、ベルベットの布に包まれたタロットカードを取り出した。
長年使い込まれ、角が丸みを帯びたカードは、彼女たちの手の脂と、そして数えきれないほどの『祈り』を吸い込んでいるかのように、重々しい存在感を放っていた。
「では、始めますわ。まずは、佐藤様が今、どのような状況に置かれ、何をなさろうとしているのか…」
月は目を閉じ、精神を集中させる。部屋の空気が、ぴり、と緊張を帯びた。
シャッフルされ、丁寧にカットされたカードが、祭壇の前の黒い布の上に、一枚、また一枚と並べられていく。
最初に開かれたのは、『戦車』の逆位置。
続いて、『女教皇』、そして『カップの7』。
『…これは』月が細く息をのむ。
「佐藤様は、何かしらの『戦い』に臨まれようとしていますわ。ですが、その戦車は道を誤り、制御を失っている…おそらく、ご自身の力だけではどうにもならない、困難な状況に…」
「まあ! 佐藤様が!?」
星が悲鳴に近い声を上げる。
「落ち着きなさい、星。続きを見ますわ。『女教皇』…これは知性、あるいは秘密を抱えた女性。そして『カップの7』…多くの選択肢、幻想、あるいは…そう、これは『依頼』のカード。佐藤様は、どなたか女性に、何かを頼ろうとなさっている…」
月は指先でカードの縁をなぞり、さらに深く読み込もうとする。
「…女子…大学生…? 集団…サークル…? そして…『遊戯』の要素…これは…『サバイバルゲーム』…? 」
「サバゲーですって!? 」
星がわなわなと震えだす。
「星、まだ慌ててはいけません。これは、ご自身が戦うというよりは、その『女子大生サークル』を、何か別の目的のために『雇う』…そういう流れですわね。ええ、間違いありません。佐藤様は、彼女たちを戦力として、何かに備えようとなさっている」
月は、まるで天啓を得たかのように瞳を輝かせた。
「ああ、やはり佐藤様は『王』の器。ご自身の手を汚さず、兵を動かすのですわね…!」
「さすがですわ、お姉様! でも、女子大生ですって? 佐藤様の周りには、本当に…悪い虫が尽きませんのね!」
星は、早くもその『女子大生サークル』に対して、明確な敵意を剥き出しにする。
「次に、この『戦い』がいつ、どのような意味を持つのか…そして、佐藤様の『女難』に関わる者たちの影を見ましょう」
月は再びカードを切り、新たなスプレッドを展開した。
現れたのは、『恋人たち』のカード。そして、その傍らには『塔』の逆位置と、『月のカード』の逆位置。さらに、少し離れた位置に、『力』のカードと『女帝』のカードが、不穏な角度で交差している。
「…バレンタイン…」月が呟いた。
「『恋人たち』のカードが、それを強く示唆していますわ。時期は、おそらく次の聖バレンタインデー。そしてこの『塔』の逆位置と『月』の逆位置…これは、破滅を回避し、隠された陰謀が露見するという暗示…ですが、甘く見てはいけません。佐藤様を取り巻く『女難』は、依然として複雑怪奇ですわ」
彼女の視線は、『力』と『女帝』のカードに注がれた。
「この『力』…内なる獣性とそれを制する理性…そして『女帝』…豊満さ、母性、あるいは…夜の世界の支配者。二人の女性の影が見えますわ。一人は、知性と美貌を武器に、佐藤様に接近しようとする者…如月玲子、と出ています。彼女は、何者かの指示で動いているようですが、その胸の内には、佐藤様への純粋な興味も芽生え始めている…厄介な相手ですわね」
「玲子ですって!? あの、リリアとかいう女の手先の…! 許せませんわ! 佐藤様を篭絡しようだなんて!」
星の頬が怒りで紅潮する。
「そして、もう一人…この『女帝』のカードに隠れるようにして存在する、歪んだ献身…相田奈々。彼女は、先の女…玲子に盲従し、玲子のためならば手段を選ばない危険な存在。佐藤様を『敵』とみなし、玲子に代わって排除…あるいは、別の形で『無力化』しようと画策している…ああ、なんというおぞましい執着…!」
月は、まるで汚物でも見るかのように顔を顰めた。
「お姉様、どうしましょう!? 佐藤様が、そんな恐ろしい女たちに狙われているなんて! しかも、サバゲーで女子大生を雇うなんて、そんな回りくどいことを…! わたくしたちが、わたくしたちの愛の力で、直接お守りしなければ!」
星は、今にもアパートを飛び出していきそうな勢いだ。
「待ちさない、星」
月は、暴走しかける妹を冷静に制した。
「タロットの神託は、我々に『行動』を促しています。ですが、それは猪突猛進であってはなりません。佐藤様が女子大生を雇うというのなら、それはそれで運命の流れ。我々はその流れを読み、利用し、そして導くのです」
月の瞳には、もはや狂信的なまでの使命感と、独占欲にも似た強い光が宿っていた。
「彼女たち…『女子大生サバゲー同好会』とやらに、佐藤様を任せるわけにはいきません。そして、如月玲子、相田奈々…この者たちの不純な企みも、断じて許すわけにはいきませんわ」
「ええ、お姉様! 佐藤様をお守りできるのは、わたくしたちだけ! 佐藤様を真に幸せにできるのも、わたくしたちだけですわ!」
星もまた、姉の言葉に強く頷き、その瞳は決意に燃えていた。
「まずは、佐藤様が雇おうとしているサバゲーチーム…その実態を調査し、必要とあらば、我々が『導き』を与えなければなりません。そして、バレンタインデー…その日、佐藤様が何者にも脅かされることなく、そして我々と…そう、我々と結ばれるべき運命を確信できるよう、あらゆる障害を排除いたしますわ」
月の声は、もはや占い師のそれではなく、神の託宣を告げる巫女のようだった。
冬の陽光が、祭壇の上の佐藤の写真を、まるで後光のように照らし出している。
双子の占い師は、顔を見合わせ、深く頷き合った。彼女たちの『善意』と『愛』という名の暴走は、今、新たなターゲットを見定め、静かに、しかし確実に、佐藤健を待ち受けるであろうカオスへと、その舵を切ったのだった。
晴れ渡る空の下、彼女たちの部屋だけが、濃密な狂信と、歪んだ使命感に満たされていた。