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~影の女王と五人の歌姫~ 標的はアイドル(その十)

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一ヶ月遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.

Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.

(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


 エミリアは、ソフィーのこめかみに冷たい銃口を押し付けたまま、内心で嵐のような感情の渦に巻き込まれていた。

怒り、後悔、自己嫌悪、そして言い訳。

それらが濁流のように押し寄せ、彼女の意識を掻き乱していた。


(何てことを!健ちゃんに、あんな危険な視線を向けるから!私が、私がこんなことをするなんて!)


ソフィーのこめかみに銃口を押し付けている生々しい感覚、銃身を通して伝わる微細な震え。

それらを感じながらも、エミリアの意識は過去の記憶へと引きずり込まれていた。

愛咲心の、あの甘い言葉の数々。


「恋愛こそ人生のすべて」

「愛は貴女を変える」


まるで麻薬のように甘美な言葉は、知らず知らずのうちにエミリアの心に浸透し、彼女の行動を歪めていた。


(違う!私はプロなのに!こんな個人的な感情で動くなんて!全部、あの女のせいだ!そうだ、全部、愛咲心のせい!)


しかし、心の奥底では、自分がプロとしてあるまじき行為を犯したことを認めざるを得なかった。

佐藤への特別な感情が、彼女の冷静さを奪い、判断を狂わせたのだ。

後悔の念が、鉛のように彼女の胸を重くした。


(でも、健ちゃんが危なかったんだ!あの女の視線は、獲物を狙う獣のようだった!私が守らなければ!)


様々な感情が交錯する中でも、エミリアの目は油断なく周囲を警戒していた。

ソフィーの呼吸の乱れ、マリーとイザベラの微かな表情の変化。

それら全てを、彼女は見逃さなかった。

まるで獲物を狙う鷹のように、研ぎ澄まされた視線は、寸分の隙も与えない。


永遠にも感じられる数秒の後、エミリアは深く、そしてゆっくりと息を吐き出した。

冷たい金属の感触がソフィーの肌から離れ、微かな安堵の吐息が聞こえた気がした。

銃は滑らかにホルスターへと収められ、革の擦れる微かな音が静かな応接室に響いた。


エミリアはゆっくりと腰を下ろし、テーブルに置かれたブルスケッタに手を伸ばした。

トマトの赤、バジルの緑、パンの焦げ茶色が目に飛び込んでくる。

鼻腔をくすぐるのは、オリーブオイルとガーリックの食欲をそそる香り。

一口食べると、カリッとしたパンの食感、トマトの酸味、バジルの爽やかな香りが口の中に広がる。

まるで何事もなかったかのように、エミリアはブルスケッタを味わっていた。


 その様子を、マリー、イザベル、ソフィーは息を呑んで見つめていた。

先程までの殺気はどこへやら、目の前の女性は再び間の抜けた、愛嬌のある笑みを浮かべている。

その豹変ぶりに、彼女たちは言葉を失っていた。

特にソフィーは、今もこめかみに残る冷たい感触と、エミリアの放った怒声が耳朶に焼き付いて離れず、混乱した思考が渦巻いていた。


 エミリアの口角が僅かに上がる。

彼女は、内心で舌打ちをした。


(これでいい。これで、私がただの気の抜けた女ではないと、十分に伝わったはず)


彼女の瞳の奥には、獲物を捉えたハンターの静かな自信が宿っていた。

表面上は陽気な道化を演じながらも、その内には冷徹なプロの顔を隠し持っている。

その二面性こそが、エミリアの真骨頂だった。

応接室には、再び静かで張り詰めた空気が満ちていた。

しかし、その空気を作り出しているのは、先程までの剥き出しの殺意ではなく、底知れない深淵を覗き込んでいるような、静かで重い緊張感だった。


『暗流』の三人は、エミリアが再びブルスケッタを口にしたのを見て、張り詰めていた空気が僅かに緩んだのを感じ取った。

マリー・クロードは、アイコンタクトでイザベルとソフィーに合図を送った。自分がこの場を仕切る、と。


「Madame Émilia, je vous prie de bien vouloir excuser notre attitude impolie de tout à l'heure. (エミリア様、先程の無礼な態度をどうかお許しください)」


マリーは、落ち着いた声で謝罪した。

エミリアは、ブルスケッタを咀嚼しながら、涼しげな視線をマリーに向けた。

そして、一口飲み込んでから、口の端に僅かな笑みを浮かべ、応えた。


「Effectivement. J'observais vos réactions. Rien de bien passionnant. (そうね。あなたたちを観察していたの。期待外れだったけど)」


マリーは、その発音、言葉遣いに僅かに眉をひそめた。

高等教育を受けた人間が使うような、洗練されたフランス語。

しかし、その奥に潜む冷たい光は、彼女を僅かに警戒させた。


「Vanessa vous a sans doute briefées. Vous prendrez en charge la sécurité d'Elysium Code. (ヴァネッサから説明はあったでしょう。エリジウム・コードの警備を引き継いで欲しいの)」


エミリアは、何気ない口調で話を切り出した。

マリーは、ビジネスライクな口調で答えた。


「Entendu. Dans ce cas, je parlerai aussi avec le président d'Elysium Code pour organiser le transfert. (承知しました。それならば、引き継ぎを手配するためにエリジウム・コードの社長とも話します」


マリーの言葉を遮るように、エミリアは涼しげな表情で、一拍置いてから言った。


「Je suis employée exclusivement par mon courtier. (私、今回の仕事はお仕事仲介アカウントの運営者から直接頼まれているの)」


その言葉は、応接室に冷たい風を吹き込んだようだった。

マリー、イザベル、ソフィーの表情が一瞬にして凍り付いた。

特にイザベルの肩が、微かに震えたのをマリーは見逃さなかった。

エミリアは、彼女たちの反応を予想していたかのように、僅かに微笑んだ。


「Mentionnez le nom de Vanessa à mon courtier. Le transfert se fera sans encombre. Il saura apprécier cette recommandation. (私の仲介人にヴァネッサの名前を出せば、問題なく話は通るわ。彼は、この推薦に感謝すると思うの)」


イザベルの顔から、血の気が引いていくのがマリーには分かった。

彼女は、エミリアが口にした『仕事仲介アカウント』の名前に、全身を震わせていた。

それは、『暗流』が幾度となく登録を試み、その度に実績不足を理由に門前払いを食らってきた、幻のような存在だった。

裏社会では、一流のプロフェッショナルしか利用できないと言われ、そのアカウントを使えることは、どんな勲章よりも価値があった。


ソフィーは、マリーとエミリアの会話を追うのに必死だった。

イザベルからの耳打ちで、そのアカウントの重要性を知らされ、全身の血が沸騰するのを感じた。

目の前にいるエミリア。

この女と、どうしても戦いたい。

この女に、勝ってみたい。

今まで感じたことのない、強烈な衝動が彼女の全身を駆け巡った。


応接室には、ブルスケッタの香ばしい匂いと、淹れたてのコーヒーの苦い香りが混ざり合っていた。

しかし、その香りを覆い隠すように、張り詰めた緊張感が、重く、そして静かに漂っていた。

エミリアの言葉は、静かな水面に波紋を広げ、その波紋は、やがて応接室全体を覆い尽くした。


 東京の夜景を背景にした応接室には、かすかな緊張感が漂っていた。キャンドルの光が、磨き上げられたテーブルに反射し、その上で交わされる言葉を照らし出している。

エミリアとマリーの事務的な打ち合わせは、表面上は穏やかに進行していた。

エリジウム・コードの親会社からの独立記念コンサートと映画制作発表が無事終了した時点で、警備は正式にエミリアから『暗流』へと引き継がれる。

その確認が終わった瞬間、イザベルの内に渦巻いていた疑念が噴き出した。


「Madame Émilia… Excusez mon insistance… Mais c’est vital pour moi de comprendre… Vraiment ! (エミリアさん…。あの…、どうしても…、どうしても確認したいことがあるんです…!)」


イザベルの声は、わずかに震えていた。

マリーが制止しようと手を伸ばしたが、イザベルはそれを制して言葉を続けた。

その瞳には、強い光が宿っていた。


「Vous avez dit avoir été engagée directement par l’administrateur de ce compte de courtage… Plus j’y pense et moins je comprends ! Pour autant que je sache, seuls les professionnels de premier ordre peuvent y être inscrits ! Que cet administrateur contacte quelqu’un personnellement… C’est impossible !(お仕事を仲介するアカウントの運営者から直接依頼された、とおっしゃいましたが…、考えれば考えるほど、どうしても納得ができません!私が知る限り、一流のプロフェッショナルしか登録できない、あの特別なアカウントの運営者が、個人的に依頼するなど、ありえないはずです!)」


イザベルの声は次第に高くなり、応接室の静寂を切り裂いた。

彼女の言葉には、長年培ってきた自負と、それを否定されたことへの憤りが滲み出ていた。


エミリアは、内心で盛大にため息をついた。

『今、それを聞くの?本当に…』と。

もし許されるなら、『だって、その運営者、筋金入りの藤宮社長オタクだからよ』と、あっさりと答えてしまいたかった。

しかし、それは叶わぬ願い。

表情筋を一切動かさず、完璧なポーカーフェイスを維持しながら、彼女は内心で深く深く溜息をついた。

『ああ、言えないことが多いのよ!』と、心の中で盛大に愚痴をこぼしながら。

イザベルは裏社会をどこか幻想的に捉えているようだ。

実際は、表の世界と大差なく、生々しい感情と人間関係が渦巻いているだけなのに。

今後の付き合いも考慮し、エミリアは真実を伏せることに決めた。


「C’est simple. Ma réputation parle pour moi.(簡単なことよ。私の評価が、それだけ高いってことでしょう)」


エミリアの声は、氷のように冷たく、感情の起伏を一切感じさせなかった。

実際、仲介アカウントの運営者は藤宮社長に、『自分たちの世界で一番の人に頼んだから安心して』と伝えていた、とエミリアは藤宮本人から聞いている。

つまり、この事実は揺るがない。

どれだけ調べられようと、彼女の発言が嘘や誇大妄想の類ではないことは証明されるだろう。

エミリアは、内心で再び深く息をついた。『本当に、言えないことが多いのよ…』と。この先、どれだけの嘘と秘密を抱えていかなければならないのだろうか。

彼女の瞳の奥に、一瞬、深い憂いがよぎったが、すぐにいつもの冷たい光へと戻っていった。


エミリアは、イザベルに諭すように話を続けた。

キャンドルの光が、イザベルの伏し目がちな顔を照らしている。

彼女の肩が小さく震えているのが見えた。


「C'est tout ? Vraiment ? Ne t'inquiète pas, ça finira bien par rentrer.(それだけ?本当に?心配しなくても、そのうち分かるわ)」


イザベルは静かに聞きながら、意を決したように顔を上げた。その瞳は潤み、今にも涙が溢れ出しそうだった。


「Madame Émilia… J’… J’ai… toute ma vie… J’ai travaillé si dur pour… pour être respectée, pour être… quelqu’un dans ce milieu… J’ai… j’ai tout donné ! Des efforts… inimaginables… Et… et maintenant… entendre ça… C’est comme si… tout… tout ce que j’ai fait… n’avait servi à rien… Absolument rien…(エミリアさん…私…私は…私の人生のすべてを…私は、こんなにも必死に…尊敬されるために、この世界で…一人前になるために…頑張ってきたのに…私は…私はすべてを捧げたのに!想像もできないような…努力を…それなのに…それなのに、今…こんなことを聞かされて…まるで…すべて…私がしてきたことすべてが…無意味だったみたいに…まったくの無意味だったみたいに…)」


イザベルは自分の体を抱きしめ、抑えきれない感情が溢れ出すように小さく嗚咽した。

その声は、応接室の静寂に儚く響いた。

エミリアは、誰もが一度は経験する挫折に苦しむイザベルを見つめながら、内心で盛大に舌打ちをした。


『こういうの、本当に苦手なのよ!勘弁してほしいわ…』


その沈黙を破ったのは、ソフィーだった。

彼女は挑戦的な視線をエミリアに向け、口角を上げた。

その瞳には、ギラギラとした闘志が宿っていた。


「J'ai bien vu de quoi vous êtes capable. Impressionnant, certes. Mais… ça ne me suffit pas. J'ai besoin de plus ! J'ai besoin de vous affronter, de sentir votre force contre la mienne ! Et quand je vous aurai battue, alors là, oui, je pourrai enfin affirmer haut et clair que je suis la meilleure ! (あなたの実力は、よく分かったわ。確かに、すごい。でも…それだけじゃ足りないの。もっと必要なの!あなたと戦って、あなたの力と私の力をぶつけ合う必要があるの!そして、あなたに勝った時、その時こそ、そう、その時こそ、私が最高だと、はっきりと宣言できるのよ!)」


ソフィーの声は、低く、しかし確かな熱を帯びていた。


エミリアは、内心で深い溜息をついた。

『暗流』という、とんでもない三人組の女性チームをヴァネッサが紹介してきたことに、あらためて憤慨した。

ヴァネッサの顔を思い浮かべながら、『まさか、この中途半端な三人組を私にぶつけて、生き残れたら一流として育つ、なんて無鉄砲な育成方針を考えているんじゃないでしょうね?』と疑念を抱いた。


もしそうなら、あまりにも無責任だ。

そう気づいた瞬間、エミリアの腹は決まった。


『私のノウハウを、こんな連中に教えてやるものですか!』


だからこそ、エミリアはこれまで以上に優しく、『暗流』の三人に接することにした。

にこやかな笑みを浮かべ、穏やかな口調で話し始めた。


「Marie, ma chérie, je crois qu'il est temps de nous séparer pour aujourd'hui. Ces petits contretemps arrivent à tout le monde, surtout lorsqu'on travaille pour la première fois à l'étranger. C'est le stress du nouveau contexte, rien de plus. Ce n'est la faute de personne, absolument personne.(マリー、かわいそうなあなた、今日はもうお開きにしましょう。こういうちょっとした行き違いは誰にでも起こるわ、特に初めて異国の地で仕事をする時はね。新しい環境のストレスよ、それ以上でも以下でもないわ。誰のせいでもないのよ、本当に誰のせいでもないわ)」


エミリアの声は、まるで慈愛に満ちた母親のようだったが、その瞳の奥は氷のように冷たかった。

次に、イザベルに向き直った。彼女の肩にそっと手を触れ、優しい声で語りかけた。


「 Isabelle, je comprends ce que vous ressentez. J'ai moi-même traversé des moments de doute. Mais croyez-moi, votre détermination est une force. C'est ce qui vous permettra d'atteindre l'excellence. Vous avez un potentiel immense, il ne faut surtout pas l'ignorer. Il est temps de le mettre à profit.(イザベル、あなたの気持ちはよく分かるわ。私自身も、迷いや疑いを抱えた時期があったの。でも、信じて、あなたの決意は力になるわ。それこそが、あなたが卓越した存在になることを可能にするのよ。あなたには計り知れない潜在能力がある、決してそれを無視してはいけないわ。それを活かす時よ)」


最後に、ソフィーに視線を移した。挑戦的な目を真っ直ぐに見つめ返し、微笑みながら言った。


「Sophie, je perçois votre impatience. C'est une énergie admirable, mais il faut savoir la canaliser. Un affrontement direct entre nous serait contre-productif à ce stade. Je connais un endroit où vous pourrez mettre vos talents à l'épreuve face à des adversaires redoutables. Je peux arranger cela pour vous. Une fois que vous aurez fait vos preuves là-bas, nous pourrons rediscuter de vos ambitions.(ソフィー、あなたの焦りは分かるわ。それは素晴らしいエネルギーだけど、それを制御する方法を知る必要があるわ。今の段階で私たちが直接対決するのは、逆効果になるでしょう。手強い相手とあなたの才能を試すことができる場所を知っているわ。私が手配できるわ。そこで実力を証明したら、またあなたの野望について話し合いましょう)」


エミリアは、自分が持つノウハウを一切見せないために、あくまでも穏やかに、にこやかに話を進めた。

応接室には、夜の静けさが一層深まり、キャンドルの光だけが、それぞれの思惑を秘めた女たちの表情を照らし出していた。


 佐藤が応接室に戻ると、静けさだけが支配していた。

「暗流」の姿はなく、残されたのは重ねられた皿と消えたキャンドルの微かな残り香。

エミリアは片隅で、黒いガンケースに短機関銃を丁寧に仕舞っていた。

樹脂の無機質な感触と、カチリと閉まる金属の音が静かな部屋に響く。

佐藤は落ち着かない様子で室内を見回し、まるで床や壁に血痕でもないかと探しているようだった。


「健ちゃん。まさか、血痕跡でも探してるんじゃないでしょうね?」


エミリアの声に、佐藤はびくりと肩を震わせ、慌てて視線を逸らした。

その挙動不審な様子に、エミリアはクスリと笑い、ガンケースに鍵をかけると、佐藤に近づいた。


「健ちゃん。私がそんな、すぐに力で解決するような女に見えるの?ちょっと傷つくわ」


エミリアはわざとらしく目を伏せ、小さく肩を震わせた。

佐藤は慌てて両手を振り、弁明を始めた。


「違う、違うよ!そんな風に思ってない!ただ、銃を持っていたから、何かあったのかと…心配で…」

「本当に?」


エミリアが疑うように見つめると、佐藤は慌てて何度も頷き、言葉足らずを補うように身振り手振りで必死に伝えようとした。

その様子が面白くて、エミリアの口元に笑みがこぼれた。

そして、次の瞬間、彼女は佐藤に歩み寄り、躊躇いなくその身体を抱きしめた。


佐藤は完全に硬直した。

エミリアの柔らかな感触、微かに香るエミリアの香り、そして温かさが、彼の五感を一気に支配した。

鼓動が早くなるのが自分でもわかる。


「健ちゃん。私の体に、硝煙の匂いなんてついてないでしょう?」


エミリアは囁くように問いかけながら、さらに身体を密着させた。

佐藤は混乱しながらも、焦って言葉を絞り出した。


「エ、エミリア、いきなり…こういうのは、誤解を招くって言うか…!」

「何を誤解するの?」


エミリアは意地悪く笑い、佐藤の背中に回した腕に力を込めた。

至近距離で感じるエミリアの吐息が、佐藤の耳をくすぐる。

彼女の瞳は、からかいの色を帯びながらも、奥には何か熱いものが宿っているように見えた。

佐藤は戸惑いながらも、その瞳から目が離せない。


エミリアの体温が服越しに伝わり、佐藤の心臓は激しく脈打った。

硝煙の匂いどころか、甘く優しい香りが鼻腔をくすぐる。

それは、今まで嗅いだことのない、どこか懐かしく、そして甘美な香りだった。

彼は、エミリアの温かさに包まれ、彼女の瞳に見つめられるうちに、言いようのない感情に襲われていた。

それは戸惑いであり、同時に、今まで感じたことのない安堵感のようなものだった。


エミリアの行動は、確かに周囲に誤解を与えるかもしれない。

しかし、佐藤には、彼女の行動が単なるからかいだけではないことが分かっていた。

彼女の瞳の奥に潜む、確かな熱。

それは、友情とも愛情とも言い切れない、複雑で特別な感情。

佐藤は、その感情に戸惑いながらも、同時に、その温かさに惹きつけられていた。

今この瞬間だけは、愛咲心の言葉を信じてもいいのかもしれない。


『恋愛こそ、人生のすべて』なのだと。


エミリアの頬が微かに赤く染まり、その瞳には普段見せない甘い光が宿っていた。

佐藤との距離が縮まり、彼女は素直な感情に身を任せようとしていた。

しかし、その幸福な瞬間は、無粋な着信音によって無残にも打ち砕かれた。

エミリアのスマートフォンが、無慈悲に静寂を切り裂いたのだ。


彼女の表情から、甘さが急速に失せていく。

名残惜しそうに佐藤からそっと身を離すと、背を向け、表情を悟られないように無表情を装いながら、通話ボタンを押した。

直後、応接室に雷鳴のような甲高い怒声が轟いた。


「That damn Sophie you put me onto totally screwed the fix I arranged! I'm bleeding money here! You better fix this, or you're gonna have a problem!(お前が紹介したあのクソソフィーが、私が手配した八百長を完全にぶち壊しやがった!大損害だ!お前がなんとかしろ、さもなくばただじゃおかねえぞ!)」


エミリアが背を向けたのは、そのためだった。

佐藤に見せることのできない、凍てつくような冷酷さが彼女の顔を覆っていた。

その瞳は、獲物を狙う猛禽のように鋭く、口元は固く引き締められ、薄い唇は怒りで僅かに震えていた。


「You're the one who cooked this up. Don't try to pin this on me.(お前が仕組んだことだ。私に責任を擦り付けようとするな)」


声は表情以上に冷酷だった。

氷点下まで冷え切った声は、応接室の空気を凍りつかせるほどだった。


「What do you think you're saying, you lowlife fixer! Get your ass over here and take responsibility!(このクズ始末屋が何をほざいてやがる!さっさとここに来て責任を取れ!)」


一方的に言い放つと、電話は切れた。

エミリアは、まるで氷像のように静かに呟いた。

その言葉は、まるで風の囁きのように小さく、佐藤には聞き取れなかった。

しかし、彼女の周囲に立ち込める張り詰めた空気、凍り付いたような沈黙が、尋常ではない事態を物語っていた。

佐藤には、エミリアが激しい怒りを内に秘めていることだけは、はっきりと伝わってきた。


エミリアは、無表情のまま、黒い樹脂製のガンケースに歩み寄った。

ケースを開ける音、金属同士が擦れる乾いた音が、静かな部屋に不気味に響く。

彼女は手際よく短機関銃を取り出すと、素早くアクセサリーを付け替えていく。

その手つきは無駄がなく、熟練の職人のようだった。

ガンケースの奥底から、既に装填済みの弾倉をいくつか取り出し、カチリ、カチリと銃に装着していく。

その音は、まるで死の足音のように、佐藤の鼓膜を震わせた。


「健ちゃん。ちょっとお散歩に行ってくるから、留守番お願いね」


その声は、先ほどの冷酷さとは打って変わって、普段と変わらない穏やかなものだった。

しかし、その奥に潜む底知れない怒りを、佐藤は感じ取っていた。

エミリアがこうなると、誰も止めることができない。

それは、これまで彼女と過ごしてきた中で、佐藤が最もよく知っていることだった。


「エミリア…頼むから、平和的にだぞ…」


絞り出すように、佐藤は言った。

彼女の身を案じる気持ちが、痛いほど伝わってくる声だった。


エミリアは、ゆっくりと振り返った。

そして、佐藤に向かって、恐ろしいほどにぞっとする笑顔を浮かべた。

その笑顔は、普段の彼女の愛らしい笑顔とは全く異質のものだった。

それは、獲物を前にした捕食者の笑み、復讐心を燃やす者の狂気に満ちた笑みだった。


「健ちゃん。ただ、八百長するような悪い人に、教育してくるだけよ」


その言葉を残し、エミリアは応接室を出て行った。

残された佐藤は、彼女の背中を見送りながら、深い不安に襲われていた。

彼は、エミリアが向かう先で何が起こるのか、想像するだけで背筋が凍り付くのを感じた。


翌朝、ニュース番組で、ある国の大使館の施設の一部が火災で焼失したという短いニュースが流れた。

そのニュースを聞いた裏社会の人間たちは、エミリアを激怒させるとどうなるのかを、まざまざと見せつけられた。

彼らは、恐怖に震え、身を潜めることしかできなかった。

エミリアの怒りは、まさに嵐そのものだった。

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