~影の女王と五人の歌姫~ 標的はアイドル(その九)
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一ヶ月遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
エミリアは、頬を膨らませてぷんすかと怒っている佐藤の肩を軽く叩いた。
佐藤はまだぶつぶつと何か言っているが、エミリアはそれを適当に聞き流しながら、内心では面白がっていた。
健ちゃんは、本当に分かりやすくて面白い。
「まぁまぁ、健ちゃん。そんなに怒らないで。ほら、お客様が来てるわよ」
そう言って、エミリアは『暗流』のチームメンバーを迎えるため、エリジウム・コードの事務所の玄関へと向かった。
普通ならば、ここは慎重に対応すべき場面だ。
しかし、エミリアは幼い頃から戦場で生き残る術として、常人にはない感覚をいくつか身につけていた。
それは五感を超越した、まるで壁の向こう側の敵の有無だけでなく、彼らが何を考えているのかまでをも理解できる、不思議な感覚だった。
今回も、それは明確に彼女に情報を伝えていた。
玄関に近づくにつれ、三人の女性の気配がはっきりと感じ取れた。
一人は挑発的な意図を放ち、他の二人は敵地に足を踏み入れる直前の緊張感を漂わせている。
張り詰めた空気、僅かな呼吸の乱れ、香水では誤魔化しきれない微かな火薬の匂い。
おそらく、彼女たちは自分たちでエミリアのことを調べ、勝手に過大評価しているのだろう。
『それなら、逆に経歴がわからないように見当はずれな出身地を偽装して無能を装ってやろうかしら』エミリアはそう考えた。
今の感情的な佐藤なら、簡単に操れる。
怒り出すと周りが見えなくなる彼のことだ。
利用させてもらおう。
玄関の扉の前で、エミリアはわざとらしく大きく息を吐いた。
そして、まるで近所の友人でも迎えるかのような、間の抜けた声で言った。
「今、玄関を開けますねー」
プロの護衛ならば、敵の待ち伏せや奇襲を警戒し、複数で周囲を警戒しながらドアを開けるのが常識だ。
しかし、エミリアはそんなことお構いなしに、警戒もせずにドアノブに手をかけた。
それは、まるで丸腰で戦場に飛び出すような、素人丸出しの行動だった。
その瞬間、玄関前でプロのフォーメーションを組んで待ち構えていた三人の女性の間に、明らかに動揺が走ったのが分かった。
彼女たちが想定していたのは、警戒厳重な出迎え、あるいは少なくともある程度の緊張感を持った対応だったはずだ。
しかし、目の前に現れたのは、隙だらけの、まるで気の抜けたような女性。
そのギャップに、彼女たちは完全に意表を突かれたのだ。
イザベルは眉をひそめ、ソフィーは警戒を露わにした表情でエミリアを見つめた。
マリーは僅かに目を見開き、その奥で何かが渦巻いているのが分かった。
彼女たちの間に流れる張り詰めた空気、微かに香る香水の匂い、そして静かに交わされる視線。
その全てが、エミリアの感覚を通して鮮明に伝わってきた。
エミリアはにこやかに微笑み、ドアを大きく開けた。
「G'day, and welcome to Elysium Code! Thanks for comin' all this way, it's a fair trek, innit?(いらっしゃいませ。遠いところ、ようこそエリジウム・コードへ。遠かったでしょう?)」
その笑顔の裏で、エミリアは静かに彼女たちの力量を測っていた。
水面下で繰り広げられる、静かで激しい駆け引きが、今まさに始まろうとしていた。
薄暗い廊下の奥から、軽快な足音が近づいてくる。
扉が開かれると、そこに立っていたのは金髪碧眼の若い女性だった。
ジャケットにシャツとズボンというラフな格好は、都会の喧騒に紛れるには最適だが、プロの目から見ればあまりに無防備だった。
『暗流』のメンバー、イザベル、ソフィー、マリーは、それぞれの専門家の目でその女性を値踏みした。
イザベルは情報収集と潜入工作のプロとして、その女性の背後にある情報網を探ろうとした。
しかし、彼女からは何も感じ取れない。
まるで生まれたばかりの雛鳥のように無垢で、裏社会の汚れとは無縁に見えた。
『東京の裏社会というのは、こんなレベルなのか。これではまるで子供の遊びだ』と内心で嘲笑した。
ソフィーは格闘術と近接戦闘のスペシャリストとして、その女性の身体能力を分析した。
猫背で、華奢な体つき。鍛えられた筋肉の欠片も見当たらない。
『実に弱そう。ヴァネッサとの手合わせの練習にもならない。全く期待外れだ』と失望の色を隠せない。
マリーは偽装、変装、交渉術のプロとして、その女性の細部を観察した。
年齢は二十歳前後だろうか。
整った顔立ちは確かに美しいが、化粧っ気のない素顔は、その美しさを無駄にしていると言わざるを得ない。
『自分の武器を活かさないとは、愚か者にも程がある』と冷たく心の中で言い放った。
武器の有無を確認しようと目を凝らすが、彼女は完全に丸腰だった。
警戒して目を凝らしていたマリーだったが、その女性の間の抜けた表情と、自信なさげな猫背の姿勢を見て、確信した。
『C'est une bleue. Elle est tout le contraire d'une pro.』(これは駆け出しだ。彼女はプロとは全く正反対だ)
三人はアイコンタクトを交わし、無言のうちに結論を共有した。
『ヴァネッサの紹介がなければ、こんな仕事は引き受ける価値もない。
自分たちの格が下がるだけだ』、と。
「Let's have a chinwag over some tucker. Come on in, yeah? Oh, take your shoes off and chuck on some slippers, will ya?(会食しながらお話ししましょう。さぁ、上がってください。あ、靴は脱いでスリッパに変えてくださいね)」
その女性は、けたたましいほど強いオーストラリア訛りの英語で、呑気にそう言った。
その声は、都会の喧騒を忘れさせる、どこか牧歌的な響きを持っていた。
「Sato, we've got guests, so grab us some drinks, would ya?(佐藤、お客様が到着したから飲み物もお願い)」
マリーは、その言葉に僅かに眉をひそめた。
『佐藤』と呼ばれた人物は、おそらくこの女性の相棒だろう。
つまり、この間の抜けた女性が、噂のエミリアに違いない。
その時、奥の部屋から慌ただしい足音が聞こえてきた。
間もなく、エミリアとほぼ同じ背丈の、しかしどこか落ち着きのない様子の男が顔を出す。
「Oh, I apologize for the wait! Drinks, yes, of course! Um, and you are...?(あ、すみません、お待たせしました!飲み物ですね、かしこまりました!えっと、お客様は…?)」
男、佐藤は、三人の威圧感に気圧されたのか、言葉を詰まらせた。
その様子を見たエミリアは、気まずそうに肩をすくめた。
「It's alright, Sato. Take your time.(大丈夫だよ、佐藤。ゆっくりでいいから)」
その様子を見て、マリーは確信した。
こんな間抜けな女の情報に金を払って、情報を収集する情報屋などいない。
自分が情報を集められなかったのは、自分の能力不足などではなかったのだ。
安堵と共に、僅かな優越感が胸を満たした。
しかし、水面下では激しい駆け引きが続いていた。
『暗流』の三人は、エミリアの背後にある力、そしてこの任務の真の目的を探ろうとしていた。
エミリアは、その間の抜けた仮面の下に、鋭い知性と冷静さを隠していた。
佐藤の慌てぶりは、彼女の計算の内だったかもしれない。
まるで静かな水面の下で巨大な魚が蠢いているように、張り詰めた緊張感がエリジウム・コードを満たしていた。
薄暗い廊下を抜け、応接室へと続く扉の前で、エミリアは『暗流』の三人を迎え入れた。
ダンススタジオの扉の向こうからは、アイドルたちの嬌声と、エリジウム・コード関係者の賑やかな話し声が漏れ聞こえてくる。
ダンススタジオでは、ガンアクション映画の講師を招いての特別レッスンの予習復習が行われているようで、銃の扱い方や、スクリーン映えするポージングについて熱心に議論しているようだ。
若い彼女たちの声には、夢と希望、そして何よりも楽しさが溢れていた。
エミリアは、その様子を微笑ましく見つめながら、ふと、彼女たちを羨ましく思った。
彼女たちは、銃を「武器」としてではなく、「映画」という虚構の中で使う。
それは、エミリアとは全く異なる世界だった。
応接室の隅には、『暗流』に対するはったりとして、自分が用意した防弾装備一式と短機関銃が、まるでオブジェのように飾られている。
現実の世界で、身を守るために必要なそれらは、彼女たちの世界とは対照的だった。
(さて、あれをどう説明したものか…)
エミリアは、一瞬だけ、応接室の片隅に置かれた異質な存在に思考を巡らせた。
綺麗に畳まれた防弾チョッキ、その上に無造作に置かれた二挺の短機関銃。
明らかに場違いなそれらを、『暗流』の三人にどう説明するか。
すぐに、簡単な結論に達した。
(映画の小道具、で押し通そう)
もし、あの三人がそれらを本物だと見抜けば、プロとして文句なしだろう。
だが、エミリアの嘘を見破ることができなければ…。
その時は、ヴァネッサに盛大に文句を言ってやろうと心に決めた。
「G'day, and welcome to Elysium Code! Thanks for comin' all this way, it's a fair trek, innit? I thought we could have a chinwag over some tucker, so I got Sato to whip up some bruschetta.(いらっしゃいませ。遠いところ、ようこそエリジウム・コードへ。遠かったでしょう?食事をしながら打ち合わせをしようと思いまして、佐藤にブルスケッタを用意してもらったんですよ)」
エミリアは、明るい声でそう言い、応接室の扉を開けた。
その瞬間、ダンススタジオから漏れ聞こえていた喧騒は、ピタリと止んだ。
代わりに、応接室を満たしたのは、淹れたてのコーヒーの香ばしい香りと、微かに香る花の香り。
窓の外には、東京の夜景が宝石のように煌めき、車の走行音や人々の話し声が遠くから聞こえてくる。
しかし、その賑やかさとは裏腹に、応接室の中は静かで、張り詰めた空気が漂っていた。
『暗流』の三人は、エミリアの言葉にほとんど反応を示さず、無表情のまま応接室に入ってきた。
その視線は、エミリアを値踏みするように冷たく、どこか憐みを含んでいるようにも見えた。
彼女たちの纏う威圧感は、ダンススタジオから聞こえてきた楽しげな雰囲気とは対照的で、応接室の空気を一変させた。
まるで、夢と現実の境界線が、この部屋で明確に分かれたかのようだった。
エミリアは、彼らの視線を感じながら、内心で舌打ちをした。
(さて、『暗流』の実力はどの程度かしら?)
エミリアの微笑みの裏で、静かな戦いが始まろうとしていた。
華やかなエンターテイメントの世界と、裏社会の冷酷な現実。
その狭間で、エミリアは静かに、しかし確実に、自らの役割を演じようとしていた。
エミリアは、応接室の中央、ふかふかのソファにゆったりと身を沈めた。
革の匂いと微かな埃の香りが鼻腔をくすぐる。
背後では、ダンススタジオから漏れ聞こえる軽快な音楽と、若い女性たちの弾けるような笑い声が、この部屋の張り詰めた空気とは対照的な、甘い背景音となっている。
『暗流』のリーダー、マリーは、奥のソファの端に、まるで獲物を定める鷹のように静かに腰を下ろした。
磨き上げられた革張りのソファが、彼女の動きに合わせて微かに軋む。
彼女の視線は、鋭利な刃物のようにエミリアの顔を捉え、その輪郭をなぞるようにゆっくりと移動していく。
他の二人、イザベルとソフィーは、エミリアの斜め向かい、一人掛けの椅子にそれぞれ間隔を空けて座った。
イザベルは眼鏡の奥の冷たい光をちらつかせ、ソフィーは爪先で床を軽く叩きながら、落ち着かない様子で周囲を見回している。
彼女たちの視線は、エミリアの顔、指先、そして応接室の隅に無造作に置かれた防弾装備一式と、その上に鎮座する二挺の短機関銃へと、まるで獲物を品定めするように、ゆっくりと、しかし確実に移動していく。
金属の無機質な冷たさと、オイルの微かな匂いが、彼女たちのプロの嗅覚を刺激しているのだろう。
エミリアは、彼女たちの視線を正面から受け止めながら、柔らかな微笑を崩さなかった。
その微笑みの裏で、彼女は静かに、しかし確実に、状況を分析していた。
彼女たちの呼吸の微かな変化、筋肉の僅かな緊張、そして瞳の奥に潜む感情の揺らぎ。
五感を研ぎ澄ませれば、言葉を交わさずとも、彼女たちの意図が手に取るようにわかる。
マリーの纏う、熟れた果実のような甘い香水と、イザベルの纏う、研ぎ澄まされた刃物のような無臭。
ソフィーからは、微かに火薬と硝煙の匂いが漂う。
それは、彼女たちがこれまで潜り抜けてきた修羅場の記憶を呼び起こす、生々しい匂いだった。
互いの視線が交錯するたびに、目に見えない緊張感が空気を震わせた。
まるで、静かな水面下で、巨大な魚同士が互いの縄張りを主張し、牽制し合っているかのようだった。
その緊張感は、まるで弦を張り詰めた弓のように、今にも切れてしまいそうだった。
しかし、その張り詰めた空気に気づいているのは、エミリアと『暗流』の三人だけだった。
その時、マリーが静かに口を開いた。
その声は、絹のように滑らかだが、底知れない深淵を秘めているようだった。
「What are those?(あれは…?)」
彼女の視線は、応接室の隅に置かれた防弾装備と短機関銃に向けられている。
エミリアは、その意図をすぐに理解し、涼しい顔で答えた。
「Oh, those? Just some movie props. We’re doing some filming for the girls later. Gotta make it look authentic, ya know?(ああ、あれですか?ただの映画の小道具ですよ。後で女の子たちの撮影があるんです。本物らしく見せないといけませんからね?)」
その言葉を聞いた佐藤は、内心で複雑な思いを抱いた。
『確か、あれは本物を見せびらかして、『暗流』の人たちを威圧するために用意したものだったはず。エミリアは一体何を考えているんだ…?』
しかし、エミリアのことだ。
何か考えがあってのことだろうと判断し、彼は黙って事の成り行きを見守ることにした。
下手に口を挟んで、彼女の計画を邪魔するような真似は避けたかった。
「May I inquire as to your beverage preferences?(飲み物は何がよろしいでしょうか?)」
佐藤は、先ほどの緊張など微塵も感じさせない様子で、流暢な英語で尋ねた。
彼の発音は、日本の高等教育で教わるような、教科書通りの丁寧で整ったものだった。
しかし、その丁寧さが、逆にこの場の異質な空気を際立たせているようにも聞こえた。
エミリアは、再び微笑みを深め、マリーに視線を向け、オーストラリア訛りの強い英語で佐藤の台詞を繰り返す。
「So, what'll it be, ladies? Anythin' tickle your fancy?(それで、マダムたち、何にします?何かお好みのものあります?)」
その言葉には、相手を尊重する丁寧さと、同時に、相手の出方を試すような、僅かな挑発が含まれていた。
静かな水面下での駆け引きは、言葉を介さずとも、確実に進行していた。
応接室には、古びた雑居ビル特有の埃っぽい匂いが微かに漂い、革張りのソファが軋む音が静かに響いていた。
背後からはダンススタジオの賑やかな音楽と若い女性たちの嬌声が漏れ聞こえてくるが、この部屋だけは異質な静けさに支配されていた。
佐藤が御用聞きをすると、マリーは紅茶を、イザベルがミネラルウォーターを、ソフィーは炭酸飲料を希望した。
佐藤は表情に出さなかったが、内心で小さく舌打ちし、三者三様の注文に辟易しながらも、『Understood(「承知いたしました)』とだけ応えて応接室を後にした。
佐藤が部屋を出ていくと、エミリアは待ちかねたようにテーブルに置かれたブルスケッタを掴み上げ、無造作に食べ始めた。
「Don't ya wanna try some? This is bloody brilliant! (食べないの?これ、マジうまいよ!)」
オーストラリア訛りの強い、陽気でどこか抜けた響きのある英語で屈託なく笑うエミリアの姿は、まるで道化のようだった。
その様子を冷めた目で見つめるマリー、イザベル、ソフィー。
『暗流』の三人は再びアイコンタクトを交わした。
『Écoutons ce qu'Émilia a à dire puisqu'elle mange si nonchalamment, et ensuite partons. ( 呑気に食事を始めたエミリアから話を聞き出して、さっさと帰りましょう)』
それが彼女たちの共通認識だった。
『暗流』のリーダーであるマリーは、まるで子供に話しかけるように優しく、しかしその瞳の奥には鋭い光を宿しながら、エミリアに英語で尋ねた。
「So, you want us to take over the security of the Japanese entertainment agency, 'Elysium Code'?( それで、私たちに日本の芸能事務所、『エリジウム・コード』の警備を引き継いでほしいということかしら?)」
エミリアは目を輝かせ、ブルスケッタを咀嚼しながら答えた。
「Yeah, see, I haven't had a chance to go on dates with Sato lately, so if you could take over this gig, I reckon we could head back to me hometown in Oz for a proper holiday!( そうなのよ!私、最近佐藤と全然デートする時間がないの!だから、もしあなたたちが今の仕事を引き継いでくれたら、佐藤と私の故郷、オーストラリアに一緒に帰って、ずーっとのんびり休暇を楽しみたいの!)」
目を閉じ、青い空の下、白い砂浜でパラソルを差している自分を想像しているのか、頬を緩ませた。
その表情は無邪気そのものだった。
イザベラは、マリーとエミリアの英語での会話を静かに眺めながら、応接室の隅に無造作に置かれた防弾装備一式と二挺の短機関銃に視線を走らせた。
エミリアは映画の小道具だと言っていたが、それにしてはあまりにも本格的すぎる。
先進国の特殊部隊が使用するような装備。
無機質な金属の質感、微かに香るオイルの匂いが、裏社会で生きるプロとしての彼女の勘を鋭く刺激していた。
しかし、目の前でマリーに佐藤とのバカンスの予定を嬉しそうに語り、佐藤とのデートでサンゴ礁を見に行きたいと目を輝かせているエミリアを見ていると、こんな間の抜けた、緊張感のかけらも感じられない女性があのような本格的な装備を用意できるはずがない、という結論に至った。
きっと、精巧に作られた偽物、映画の小道具としてよくできたレプリカなのだろう。
血気盛んなソフィーは、マリーとエミリアの間の、どこか間の抜けた会話を聞き流しながら、退屈そうに爪先で床をコツコツと叩き続けた。
早くこのくだらない時間が終わらないか、と内心で苛立っていた。
路上で腕を磨いてきた者として、東京の街で、自分よりも強い奴らと拳を交えたい。
更なる強さを求めて、東京の街に潜む強者たちと戦いたい。
そんな衝動が、彼女の胸の中で激しく渦巻いていた。
その時、佐藤が飲み物を載せたトレーを持って応接室に戻ってきた。
「I have brought the drinks. (飲み物をお持ちしました)」
日本の高等教育で教わるような、丁寧で整った英語で言いながら、一人一人に飲み物を配っていく。
ソフィーの目の前に、彼女が希望した炭酸飲料が入ったグラスが置かれた。
佐藤の顔を見上げながら、唐突に、そして危険な考えが頭をよぎった。
この退屈な仕事の憂さ晴らしに、目の前にいるこの男を本気で殴ってやろうか、と。
その瞬間、応接室の空気が凍り付いた。
それまで間の抜けた様子でブルスケッタを頬張っていたエミリアの表情が、一瞬にして変わった。
まるで別人、いや、それまでの道化を演じていた彼女が素の顔を現した、と言った方が適切かもしれない。
流れるような、無駄のない、研ぎ澄まされた動きで、彼女は完全に『暗流』の三人から隠しきっていたホルスターから拳銃を抜き放ち、ソフィーのこめかみに正確に、そして確実に銃口を突きつけたのだ。
冷たい金属が肌に触れる感触。
ソフィーの背筋に氷のようなものが走り、全身の毛が逆立った。
「Don't you bloody dare lay a hand on my partner!! ( 私の相棒に手を出すんじゃねえ!!)」
エミリアの声は、それまでの呑気な、どこか間の抜けた調子とは全く異なっていた。
腹の底から絞り出すような、重く、力強い、怒りと威圧感に満ちた声。
それはまるで、ガンアクション映画の講師にトラウマを植え付けたという、海兵隊上がりの特殊部隊教官が放つ、獲物を威嚇する咆哮のようだった。
応接室の空気が一変した。
それまでの緩やかな空気は完全に消え去り、張り詰めた、息を詰めるような緊張感が部屋全体を支配した。
それまで微かに漂っていた埃っぽい匂いは消え、代わりに鉄と火薬の匂いが鼻腔を刺激するような錯覚すら覚えた。
背後から聞こえていたダンススタジオの音楽も、若い女性たちの嬌声も、遠くで小さく聞こえるだけの雑音と化した。
ソフィーの鼓動だけが、耳の奥で大きく、そして不快に響いている。
冷たい銃口がこめかみに押し付けられ、皮膚を通して伝わる微かな震えが、否応なく現実を突きつけていた。
エミリアの声が、応接室に鋭く響き渡った。
「佐藤。ダンススタジオに行って、皆を安心させて。ちょっとした発声練習をしてたとか、適当に誤魔化しておいて」
佐藤は、先程までの呑気なエミリアとの落差に戸惑い、大声に驚愕したまま硬直していたが、エミリアの命令が有無を言わせぬ圧力を持っていることを悟り、慌ててダンススタジオへと向かおうとした。
だが、背を向ける寸前、彼は振り向き、焦燥を押し殺した声でエミリアに忠告した。
「エミリア…。平和的に、頼むぞ!」
エミリアは、佐藤の言葉に僅かに口角を上げ、普段とは違う、低く、そして冷たい声で返した。
「健ちゃん。私はいつだって、無駄弾を使ったことなんてないわよ」
『健ちゃん』という呼び名に、佐藤は微かに安堵した。
それは、エミリアが冷静さを取り戻している証拠だと、そう信じたかった。
彼は複雑な表情を浮かべながらも、エミリアに背を向け、応接室を後にした。
ドアが閉まる音を聞きながら、彼は今のエミリアなら大丈夫だろうと、半ば祈るように思った。
しかし、応接室に残された空気は、凍てつくように冷たかった。
マリーは、自分たちがとんでもない失態を犯したことを悟り、冷や汗が背中を伝うのを感じた。
どうすればこの状況を覆し、生き残ることができるのか、脳裏で高速演算が始まった。
エミリアが佐藤と何事もなかったかのように言葉を交わしている間も、ソフィーのこめかみに押し当てられた銃口は寸分も動かず、エミリアの視線は獲物を狙う猛禽のようにマリーとイザベラの動きを隙なく監視していた。
先程までの間の抜けた表情は完全に消え失せ、その姿は、まるで完璧な役者が舞台を降りた後のように、冷徹で隙がなかった。
あの間の抜けた様子は、全てが演技だったのだと、否応なく理解させられた。
イザベラの思考回路はフル回転していた。
ソフィーを犠牲にすることなく、この状況から脱出する方法を探していた。
相手は、躊躇なくソフィーのこめかみに銃口を押し当て、圧倒的な気迫で自分たちを一瞬で制圧したプロフェッショナル。
東京の裏社会に、このような化け物が潜んでいたとは、想像すらしていなかった。
彼女の視線は、応接室の隅に置かれた防弾装備一式、そしてその上に無造作に置かれた二挺の短機関銃へと吸い寄せられた。
あれが本物で、自分が奪い取って使えれば、状況は一変するかもしれない。
たちどころにエミリアを制圧できるだろう。
しかし、目の前に立つエミリアの姿を捉えた瞬間、イザベラの思考は暗礁に乗り上げた。
先程までの間抜けなエミリアならば、弾薬を装填した短機関銃を何の警戒もなしに放置している可能性もあっただろう。
だが、ソフィーのこめかみに冷たい銃口を押し付けている今のエミリアが、そんな初歩的なミスを犯すはずがない。
短機関銃には何らかの罠が仕掛けられているか、最悪の場合、弾丸すら込められていない可能性が高い。
彼女は、自分たちが完全に主導権を失っていることを、改めて痛感せざるを得なかった。
焦燥と絶望が、彼女の心を締め付けた。
一方、ソフィーは、冷たい銃口をこめかみに押し付けられ、皮膚を通して伝わる微かな震えを感じながら、恐怖に身を震わせていた。
しかし、その恐怖の奥底から、抑えきれない歓喜が湧き上がってくるのを必死に抑え込もうとしていた。
それは、ヴァネッサを超える、本物の『化け物』と出会えたことへの純粋な喜びだった。
彼女は心の中で神に感謝していた。
そして、心の底から願った。
どうか、この化け物と戦う機会を与えてください、と。
彼女の瞳には、狂気にも似た光が宿っていた。