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~影の女王と五人の歌姫~ 標的はアイドル(その八)

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一ヶ月遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.

Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.

(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


 エミリアがエリジウム・コードの応接室で放った、「MOVE! MOVE!! MOVE!!!(動け!動け!動け!)、DON'T WALK LIKE YOU'RE ON A SUNDAY STROLL!!!(日曜散歩みたいに歩いてるんじゃない!!!)」という雷鳴のような叫び声。

その余波は、佐藤の想像を遥かに超える場所で、静かに、しかし確実に波紋を広げていた。


 給湯室では、佐藤が手際よく手を動かしていた。

エリジウム・コードの関係者向けの夕食、卵とアボカドのオープンサンド。

トーストされた全粒粉の香ばしい匂いが、バターの甘い香りと混ざり合い、狭い空間を満たしていく。

アボカドの鮮やかな緑と、半熟卵の黄身のコントラストが目に鮮やかだ。

隣の作業台では、『暗流』との会食のためにエミリアから頼まれたブルスケッタの準備が進められていた。

トマトの瑞々しい赤、バジルの清涼感のある緑、ニンニクの刺激的な香りが混ざり合い、食欲をそそる。

オリーブオイルの瓶が傾けられ、黄金色の液体がトマトに艶やかな光沢を与えた。


「佐藤さん!」


明るい声が給湯室に響き渡った。

振り返ると、星宮凛が目を輝かせ、月島葵がその後ろに控えめに立っていた。

二人の間には、何か面白いことを見つけた子供のような、抑えきれない興奮が漂っている。


「今日、ガンアクション映画の講師の人が、エミリアさんの叫び声を聞いて、顔面蒼白になって冷や汗が凄かったんですよ!」


凛が身振り手振りを交えてまくし立てた。彼女の頬は興奮でほんのりと赤く染まっている。

葵は凛の勢いに少し苦笑しながら、落ち着いた口調で説明を続けた。


「エミリアさんの『MOVE! MOVE!! MOVE!!!』って叫んだ声がダンススタジオで聞こえた瞬間、講師の顔からサーッと血の気が引いて、みるみるうちに真っ青になっていったんです。体も小刻みに震え始めて、まるで過去の記憶がフラッシュバックしたみたいな表情で、絞り出すように『MERCY!』って叫んでいましたよ」


葵が「MERCY!」と呟いた時、その声は小さく震えていて、講師の受けた衝撃を物語っていた。

佐藤は、二人の話を聞きながら、手に持っていたパン切りナイフを一旦置いた。

トマトの甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。

二人の話す様子から、それが単なる冗談ではないことが伝わってきた。

講師の受けた衝撃は、想像を絶するものだったのだろう。


「"MERCY! (慈悲を!/勘弁してください!)…、か」


佐藤は小さく呟いた。

その言葉の重みを、彼は漠然と理解していた。

それは単なる「慈悲」を請う言葉ではない。

極限状態に追い詰められた人間が、心の底から発する悲痛な叫びだ。


もしかしたら、講師は過去に軍隊に所属していた経験があり、厳しい訓練や、あるいは戦場で酷い目に遭ったのかもしれない。

エミリアは『教官役の人たちに比べると、私だと迫力が出ない』と言っていたが、軍隊と無縁の生活を送ってきた佐藤でさえ、あの時、心臓が凍り付くような恐怖を感じたのだ。

足がすくみ、背筋には冷たいものが走った。


佐藤は、講師の身に起こったことを想像し、深い同情の念を抱いた。

彼が受けた衝撃は、単なる驚きなどではない。

過去のトラウマ、心の深い傷を抉られたような、そんな種類の痛みだったのだろう。


給湯室の窓から差し込む夕日が、室内に長い影を落としている。

オーブントースターの中では、次のバッチのパンがこんがりと焼き色を帯び始めている。

その熱が、佐藤の頬をじんわりと温めた。

しかし、彼の心には、講師の受けた衝撃の余韻が、冷たい影のように残っていた。


「きっと、民間人の僕には想像もできないような、何かを思い出してしまったんだろうな…」


佐藤はそう呟き、再びブルスケッタの準備に取り掛かった。

トマトの赤、バジルの緑、オリーブオイルの金色。

鮮やかな色彩が、夕日に照らされて一層輝きを増していた。

しかし、佐藤の心は、どこか重苦しかった。


 綺麗な夕焼けが機内に最後の名残を落とし、紫と橙のグラデーションが窓枠を縁取っていた。

着陸の衝撃は、腹の底に響くような振動と共に訪れた。

タイヤが滑走路を捉える瞬間、鼓膜を震わせる轟音と、僅かな振動が機体を伝わってきた。

台北から飛来した機体は、羽田の地にその車輪をしっかりと据えたのだ。


シートベルト着用のサインが消えると、それまで静かだった機内が一気にざわめき出した。

乗客たちは待ちかねたように立ち上がり、頭上の荷物入れからキャリーケースや手荷物を下ろし始めた。

彼らの足音と、荷物がぶつかる音、そして高揚した話し声が混ざり合い、狭い機内は熱気を帯びた。

窓の外は、夕闇に包まれ始めた滑走路と、コンクリートの塊のようなターミナルビルが、無機質な光を放っていた。

エンジンの唸りが徐々に静まっていく中、「暗流」の二人は他の乗客に促されるように通路を進み、搭乗ブリッジへと足を踏み入れた。


搭乗ブリッジを抜けると、外の湿気を帯びた空気とは打って変わり、乾いた涼しい空気が肌を撫でた。

秋の澄んだ空気を運んできたのだろうか、かすかに木の葉の匂いを感じる。

そして、目の前に広がったのは、想像を遥かに超える巨大な空間だった。

磨き上げられた床は光を反射し、天井に埋め込まれた間接照明が、柔らかな光を広範囲に拡散させている。

無数の人々が行き交う光景は、まるで巨大な蟻塚のようだ。

ここは、彼女らがこれから足を踏み入れる異国の入り口だった。


入国審査場は、張り詰めた空気で満ちていた。

天井から降り注ぐ温かみのある光が、人々を照らし出す。

以前にも経験のある場所だが、今回はいつもと違う緊張感が「暗流」の二人の間を漂っていた。

警備員の鋭い視線が常に周囲を警戒し、入国審査官の無表情な顔が、機械的にパスポートをチェックしている。

自動ドアが開閉する度に、かすかな機械音が静かな空間に響き渡った。


外国人用のカウンターには、様々な国籍の人々が列をなしていた。

中国語、英語、韓国語、そして聞き慣れない言語が飛び交い、独特の喧騒を生み出している。

「暗流」の二人は無言で列に並び、パスポートをしっかりと握りしめた。

心臓の鼓動が、静かに、しかし確実に早くなっているのを感じる。


いよいよ自分たちの番が来た。

審査官の無表情な顔が、彼らを射抜くように見つめている。

片割れがパスポートを差し出すと、審査官は無言でそれを受け取り、機械で読み取り始めた。

機械の低い唸り音が、静かな空間に響く。


「Vous venez pour le tourisme ?(観光ですか?)」


低い声で尋ねられた。

片割れは僅かに喉を鳴らし、落ち着いた声で答えた。


「Oui, pour le tourisme.(はい、観光です)」

「How long will you be staying in Japan?(日本にはどのくらい滞在しますか?)」

「One week.(一週間です)」


短いやり取りの後、審査官は指紋採取の機械を指差した。

言われた通りに指を置くと、冷たい金属の感触が指先を伝わる。

すぐに顔写真の撮影に移り、無機質なカメラのレンズが彼らを捉えた。


僅かな沈黙の後、パスポートが返された。

スタンプが押されたページを開き、審査官は静かに言った。


「You are cleared for entry.(入国を許可します)」


安堵の息を吐き出す間もなく、「暗流」の二人は税関へと進んだ。

X線検査機の低い唸り音、金属探知機の警告音、そして係官の厳しい視線。

ここでも緊張が解けることはなかった。

無事に税関を通過し、到着ロビーに出ると、ようやく肩の力が抜けた。

ロビーは到着した人々を出迎える人々でごった返しており、様々な言語が飛び交っていた。

独特の喧騒と、どこか異質な空気。彼らは確かに、異国の地に足を踏み入れたのだ。


 「暗流」の二人の名前は、イザベル・デュポンとソフィー・ルフェーブル。

ヴァネッサがエミリアに紹介した売り出し中の「暗流」のチームのメンバーだった。


ソフィーは周囲を警戒しながらも、どこか楽しげな様子で辺りを見回していた。

イザベルはスマートフォンを取り出してメッセージを確認し、軽く微笑んだ。


「J'ai un message de Marie. Elle dit que la location de voiture est réglée et qu'elle nous attend au parking.(マリーから連絡よ。レンタカーの手続きは済んでいて、駐車場で待っているって)」


彼女はチームの情報担当であり、電子機器の扱いは彼女の得意とするところだった。

肩の力が抜け、自然と口調も和らいでいる。

一方、ソフィーは周囲を警戒しながらも、先程までの張り詰めた空気は消え、興味深そうに周囲を観察していた。

彼女はチームの武闘派であり、その鋭い眼光は獲物を狙う肉食獣のようだったが、今は好奇心を抑えきれない子供のようだった。


イザベルがそう言うと、ソフィーは小さく頷いた。

二人は人混みを避けながら、案内に従ってレンタカーが待つ駐車場へと向かった。

見渡す限り広がるアスファルトの海。

駐車場の区画を示す番号が、遠くまで延々と続いている

案内表示を頼りに進んでいくと、一台の黒いSUVが停まっていた。

その横には、マリーが涼しい顔で立っていた。

秋風がマリーの髪を優しく撫で、かすかに香水の甘い香りが漂ってきた。


「Alors, les filles! Je vous attendais. J'ai déjà réglé les formalités pour la voiture.(さあ、二人とも!待ってたわ。レンタカーの手続きはもう済ませておいたわ)」


マリーは落ち着いた様子でそう言い、イザベルとソフィーを迎えた。

イザベルは軽く頷き、ソフィーはマリーに駆け寄って軽くハグを交わした。

数日ぶりの再会に、自然と笑みがこぼれる。


先に日本に入国してイザベルとソフィーを迎える準備をしたのはマリー・クロード。

彼女はチームの交渉役であり、変装と情報収集のエキスパートだった。

その情報ネットワークは広く、裏社会の情報にも精通していた。

イザベルが電子機器を駆使して情報を集めるのに対し、マリーは人脈と話術で情報を集めるタイプだった。


「Ça va les filles?(元気だった?)」


マリーが二人に問いかけた。


「Oui, ça va. Un peu fatiguée du voyage, mais contente d'être enfin arrivée.(ええ、元気よ。ちょっと旅行で疲れたけど、やっと着けて嬉しいわ)」


イザベルが答えた。


「Moi aussi! Et toi, Marie? Tout s'est bien passé ici?(私も!それで、マリー、あなたは?こっちは全て順調だった?)」


ソフィーが尋ねた。


「Oui, aucun problème. J'ai tout préparé comme prévu.(ええ、問題なかったわ。全て予定通りに準備しておいたわ)」


マリーは微笑みながら答えた。

三人は荷物をSUVのトランクに積み込み、車に乗り込んだ。

運転席にはマリーが座り、イザベルが助手席、ソフィーが後部座席に座った。

革張りのシートの感触が心地よく、長旅の疲れを癒してくれる。


「Pour aller au bureau d'Elysium Code, il faut compter environ une heure par l'autoroute.(エリジウム・コードの事務所までは、高速道路を使えば一時間くらいね)」


マリーがそう言うと、エンジン音が静かに響き、車はゆっくりと駐車場を出発した。

車窓からは、羽田空港の夜景が流れ過ぎていく。

高層ビル群の光、滑走路の誘導灯、そして離着陸する飛行機の光跡。

異国の夜景は、どこか非現実的な美しさを放っていた。

遠くの空には、月がぼんやりと輝き、秋の澄んだ空気を照らしている。


高速道路に入ると、車の流れはスムーズになった。

車のライトが前方を照らし、道路標識が次々と目に飛び込んでくる。

車内には、かすかなエンジン音と、空調から流れる微かな風の音だけが響いていた。

ソフィーは窓を開け、夜風を顔に受けた。

乾いた秋の空気が心地よく、旅の疲れを吹き飛ばしてくれるようだった。

イザベルは助手席で目を閉じ、静かに音楽を聴いていた。

マリーは落ち着いた運転で、首都高速を走り抜けていく。

車内には穏やかな空気が流れ、三人の間に安堵とリラックスした雰囲気が漂っていた。


三人は早速車内で情報を交換して打ち合わせを始めた。

革張りのシートは長旅の疲れを優しく受け止め、車内にはかすかなレザーの香りが漂っていた。

高速道路を滑るように進むSUVの中、外の騒音は遮断され、三人の声だけが静かに響く。


「Alors, parlons d'Emilia, la personne que nous allons rencontrer…(それで、今から会うエミリアって人の事なんだけど…)」


いつものマリーでは考えられないほど、何か歯がゆい思いを隠さず話し出した。

高速道路を走る車のタイヤがアスファルトを捉える微かな音が、静かな車内に響く。


「J'ai beau chercher, je n'ai presque rien trouvé. C'est vraiment étrange…(私がいくら探しても、ほとんど何も見つからなかったの。本当に奇妙だわ…)」


マリーの言葉には、いつもの冷静さに僅かな焦りが混じっていた。

そのマリーの言葉に、イザベルとソフィーは驚き、慌てて問い返した。


「Ce n'est pas possible ! Même toi, avec tes talents, tu n'as rien trouvé ?(嘘でしょう!? 貴女ほどの凄腕が情報を集めてもわからないことがあるなんて!)」


イザベルは眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。


「Sérieusement, Marie ? Tu veux dire que tu n'as pas réussi à trouver le moindre détail sur cette femme ?(なぁ、冗談だろう?マリーが一人の女の経歴を調べられなかったなんてあるのか?)」


ソフィーは信じられないといった表情でマリーを見た。


二人の言葉に、マリーは高速道路を運転しながら、遠くの景色を見つめながら静かに話す。

街の灯りが遠くに見え始め、夜空に溶け込んでいく。


「Ce n'est pas une question de preuves concrètes. C'est une intuition, une impression que je vous partage parce que je vous connais. Si nous nous enfonçons trop imprudemment, on pourrait facilement faire disparaître « Anliu » comme si nous n'avions jamais existé. C'est une adversaire redoutable.(これは何か証拠があって話すことではなくて、あなた達にだから直感をそのまま話すけど、私たち程度が迂闊に深入りしたら、簡単に『暗流』なんて存在しなかったことにされるほどの厄介な相手よ)」


マリーの声は低く、しかし重みがあった。

イザベルとソフィーは黙るしかなかった。

ただ車窓だけが美しかった。夜の帳が下りた東京の街並みは、無数の光で彩られ、まるで宝石箱をひっくり返したかのようだった。


マリーは話の続きを始める。


「Mais il y a une chose que j'ai pu constater. C'est la même chose que pour Black Rose, vous voyez ?(でも、一つだけ分かったことがある。それは、私たちを拾い上げたブラックローズさんと同じなのよ)」


ブラックローズとは、ヴァネッサ・ウィリアムズの裏の世界で語られる名前である。

イザベルは、マリーの話を聞いて納得した表情を浮かべ話し出した。


「Quand Black Rose m'a contactée pour la première fois, j'ai cherché des informations sur Emilia sur internet, mais je n'ai trouvé que des bribes d'informations insignifiantes. Cette sensation, cette impression lorsque j'ai cherché des informations sur le net, était exactement la même que lorsque j'ai cherché des informations sur Black Rose…(私も、ブラックローズさんから話が来た時に、エミリアって人をネットでいろいろ調べたけど、断片的な意味もない情報しか集まらなかった。あのネットで調べた時の感覚は、確かにブラックローズさんを調べた時と同じだった…)」


イザベルは遠くを見つめながら、静かに語った。

ソフィーは、二人の話を聞いて喜色満面。


「Alors, ça veut dire qu'on va rencontrer quelqu'un d'aussi incroyable que Black Rose ! C'est génial !(つまり、ブラックローズさんと同じレベルの凄い人と会えるってことか!)」


ソフィーは目を輝かせた。

マリーは、運転しながらソフィーの血気盛んなところをいさめた。


「Sophie. Nous n'allons pas à la bagarre, tu sais ?(ソフィー。私たちは喧嘩に行くのじゃないわよ?)」


マリーは優しく諭すように言った。


「Je sais, Marie. Mais depuis que Black Rose m'a battue à plate couture, elle est devenue un plafond que je dois absolument dépasser. Et l'idée de rencontrer Emilia, qui pourrait être à son niveau, m'excite énormément !(マリー、わかっているよ。でも、ブラックローズさんにコテンパンにされてから、私にとって、ブラックローズさんは絶対に突き破らなきゃいけない天井なんだよ。そのブラックローズさんに匹敵するかもしれないエミリアって人に会えるの興奮しちゃうんだよ)」


ソフィーは子供のように屈託なく笑った。

マリーは、無邪気に話すソフィーをバックミラーでちらりと見て心の中で思った。


「Si mon intuition est juste, elle pourrait être un monstre que même Black Rose ne pourrait vaincre…(私の直感が正しければ、ブラックローズさんでも勝てないほどの化け物ではないかと…)」


夜の高速道路を走る車のヘッドライトが、マリーの表情を僅かに照らした。


 夕闇が濃くなり始めた午後六時半過ぎ、エリジウム・コードの応接室は、会食前の穏やかな空気に包まれていた。

社長の藤宮美奈から使用許可を得たこの部屋は、落ち着いた色調の調度品で統一され、壁には印象派の複製画が静かに飾られている。

大きな窓からは、東京の夜景がちらほらと顔を出し始めていた。


室内に漂うのは、焼けたパンの香ばしい匂いと、トマトやバジルといったフレッシュなハーブの香り。

テーブルの上には、佐藤が腕によりをかけて作ったブルスケッタが彩り豊かに並べられていた。

夕闇に浮かび上がるように、トマトの赤、バジルの緑、モッツァレラチーズの白が、食欲をそそる。


エミリアは、スマートフォンを片手に持ちながら、そのブルスケッタに手を伸ばしていた。

カリッとしたバゲットの歯ごたえ、噛むごとに広がるトマトの甘みとバジルの爽やかな香りが、彼女の五感を心地よく刺激する。


「エミリア。会食の前にブルスケッタを全部食べないでよ」


背後から、佐藤の少しばかり情けない声が聞こえた。

振り返ると、佐藤が心配そうな、それでいてどこか微笑ましい表情で立っている。


「だって、健ちゃんが作ったブルスケッタって、本当に美味しいんだもの」


エミリアは少しだけ口を尖らせ、もう一つブルスケッタをつまみ上げた。

トマトのジューシーな果汁が口の中に広がり、思わず目を細める。


「美味しいと言ってもらえるのは嬉しいけど、これはあくまで会食の料理だから。全部食べちゃったら、お客様に出すものがなくなっちゃうよ」


佐藤は軽くため息をつきながらも、どこか嬉しそうだ。

エミリアの素直な言葉に、彼の表情も自然と和らいでいる。


エミリアは、伸ばしかけていた手をゆっくりと引っ込めた。

名残惜しそうにブルスケッタを一瞥し、スマートフォンに視線を落とす。

薄暗い画面には、『暗流』に関する情報が整理されて表示されている。


佐藤は、応接室の奥に置かれたモスグリーンのソファに腰を下ろした。

ふっくらとしたクッションが身体を受け止め、夕方まで続いた準備の疲れをじんわりと癒してくれる。

窓の外の夜景が、まるで絵画のように彼の目に映った。


「エミリア。今から会食する『暗流』ってチームは、どんな人たちなの?」


佐藤が尋ねると、エミリアはスマートフォンから顔を上げ、穏やかな声で話し始めた。

室内の照明は落とされ、テーブル中央に置かれたキャンドルの柔らかな灯りが、彼女の横顔を優しく照らしている。


「『暗流』は、台北を中心に活動しているチームで、数年前から活動を始めた女性三人だけのチームらしいわ。ヴァネッサも、よくこんな無名だけど実力のあるチームを見つけてくるわね」


エミリアの声には、先程の軽快さとは違う、わずかな感嘆の響きが込められている。


「そのヴァネッサさんから紹介された『暗流』ってチームは、日本でも活動しているの?」


佐藤の問いに、エミリアは画面を軽くスワイプしながら答えた。


「まだ、日本での活動歴はないみたい。でも、その辺りは自分たちで何とかするんじゃないかしら」

「エミリア。そんな不確かな状態で、エリジウム・コードの警備を任せられるの?」


佐藤は眉をひそめ、心配そうな表情を隠せない。


「健ちゃんは本当に心配性ね。大丈夫よ。ヴァネッサは『暗流』を利用して、本格的に東京に進出しようとしているの。つまり、実際のエリジウム・コードの警備は、ヴァネッサが責任を持つことになるのよ」


エミリアはこともなげに言った。

ヴァネッサのことを何も知らない佐藤は、ますます混乱する。


「ヴァネッサさんって、一体どんな人なの?」


佐藤の素直な疑問に、エミリアは少しの間、沈黙した。

キャンドルの炎が静かに揺らめき、壁に映る影もまた、ゆっくりと形を変えている。

窓の外の夜景は、宝石を散りばめたように輝きを増していた。


「そうね…。健ちゃんが今でも銀行で働いていて、順調に出世していたなら、もしヴァネッサに嫌われたとしたら、経営陣全員が責任を取って、健ちゃんと一緒に銀行を辞める羽目になる…。それくらい凄い人、かしら」


エミリアの言葉に、佐藤は目を見開き、息を呑んだ。


「エミリア…。それって、とんでもなく凄い人じゃないか…」


佐藤は、エミリアの言葉に身震いした。

薄暗く静かな応接室の雰囲気とは裏腹に、社会の裏には想像を絶する巨大な力が潜んでいることを、彼はようやく理解したのだった。


「ヴァネッサって、私が知らない間にいくつもの組織をまとめ上げて、この前はニュースにもならないような小さな国の経済を破綻させて、その主権国家を乗っ取っていたわよ」


エミリアがこともなげに放った言葉に、佐藤は顔を引きつらせた。

乾いた笑いが喉の奥で小さく震える。


「エミリア、よくわかった。ヴァネッサさんの事は僕の精神衛生のためにこれ以上聞かない!」


佐藤は珍しくきりっとした表情でエミリアに答えた。

これ以上聞けば、本当に胃に穴が開くかもしれない。

そう思った矢先、エミリアは涼しい顔で、さらなる衝撃を与えた。


「健ちゃん。明日の十時に、そのヴァネッサを迎えに行って欲しいの」


佐藤は、突然のエミリアからの言葉に、文字通り仰天した。

心臓が跳ね上がり、喉がひゅっと引き締まる。

先程までの平穏な空気は一変し、緊張感が室内に張り詰めた。


「エミリア、僕なんかがヴァネッサさんを迎えに行って、何か問題が起きたらどうするんだ!?」


佐藤は慌てて立ち上がった。

ソファのクッションが跳ね上がり、微かな埃が舞う。

焦燥感からか、手のひらがじっとりと汗ばんでいるのを感じた。

室内に漂っていたハーブとパンの香りは遠のき、代わりに自身の心臓の鼓動が耳に響く。


「エミリア、本気で言ってるのか!? 僕が、あの、国を乗っ取るような…。そんな凄い人を迎えに行くなんて、正気の沙汰じゃない!」


佐藤の声は震え、若干裏返っていた。

応接室の窓から見える夜景も、今はただ不安を煽るだけの暗い光の集まりにしか見えない。


「健ちゃん。もしヴァネッサを怒らせたって、私が謝っておくから大丈夫よ」


エミリアは相変わらず涼しい顔で、けらけらと笑っている。

その呑気な様子が、佐藤の神経を逆なでする。


「エミリア、そういう問題じゃないだろう!? どうして、そういう大切な話を『暗流』のチームの人たちとの会食前に言うの!? 一体何を考えているんだ!」


佐藤は語気を強めた。

声が大きくなったことで、室内に静かに流れていたBGMが途切れたことに気づく。

静寂が、佐藤の怒りを際立たせる。


「だって、私の良心が今なら言ってもいいかな?って決断しちゃったもの」


エミリアは悪びれもせず、肩をすくめた。

その無責任な態度に、佐藤の怒りは頂点に達する。


「良心だと!? 僕の身にもなってくれ! 明日、もしヴァネッサさんに何か粗相があったら、僕はどうなるんだ!? 想像もしたくない!」


佐藤はさらに抗議しようとしたとき、エリジウム・コードのインターフォンが鳴った。

無機質な電子音が、張り詰めた空気をさらに切り裂く。


エミリアは、インターフォンを見つめ、情報屋から送られてきた顔写真を思い出しながら、確信を持ってインターフォンを押した。

画面に映し出されたのは、『暗流』のチームメンバーのマリー・クロードの顔だった。

緊迫した空気の中、新たな来訪者の登場が、事態のさらなる展開を予感させた。

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