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~影の女王と五人の歌姫~ 標的はアイドル(その七)

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一ヶ月遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.

Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.

(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です。)


 佐藤はエミリアとの打ち合わせを終えると、夕食の準備に取り掛かった。

今日のメニューは、鶏肉とレンズ豆のスープ。

エミリアやアイドルたち、そして候補生たちの健康を気遣って選んだ、滋味深い一品だ。


給湯室の一角は、たちまち佐藤のテリトリーと化した。使い込まれた調理器具が整然と並び、手慣れた手つきで野菜が刻まれ、鶏肉が下ごしらえされていく。

コンロの火が灯され、鍋にオリーブオイルが注がれると、ニンニクと生姜の香りがふわりと立ち上り、狭い空間を満たしていく。

炒められた鶏肉の香ばしい匂いが加わると、空腹を刺激する心地よい香りのハーモニーが生まれた。


そんな中、給湯室に二つの影が差し込んだ。

星宮凛と月島葵だ。

二人は顔を見合わせ、いたずらっぽい笑みを浮かべている。


「佐藤さん」


凛が明るい声で話しかけてきた。


「明日、ガンアクション映画の講師って人が来るらしいですよ」


佐藤は木べらを手に、鍋の中をゆっくりと混ぜながら答えた。

鶏肉が熱で白く色を変え、レンズ豆がスープの中で踊っている。

コンソメの優しい香りが、ニンニクや生姜とはまた違った食欲をそそる匂いを運んできた。


「ガンアクション映画の講師? どんな人が来るの?」


佐藤の問いに、今度は葵が答えた。


「何でも、海外で研修を積んだ人らしいです。撮影用の銃をかっこよく見せるのが得意なんだって」


葵がそう言うと、凛と葵は顔を見合わせ、まるで示し合わせたかのように同時に銃を構えるポーズを取った。

凛は片目を瞑り、人差し指と親指で銃の形を作り、的を狙うように腕を伸ばしている。

葵は両手でしっかりと銃を握り、少し体を傾けて構える、より実践的なポーズだ。

二人は何度もポーズを変え、互いに見合ってくすくす笑っている。


佐藤は、二人の姿を微笑ましく見つめていた。

無意識のうちに、エミリアが銃を持つ姿と比べていた。

練習で見せる真剣な眼差し、仕事で銃を使う時の研ぎ澄まされた空気、無駄のない洗練された動き。

それは、決して軽々しく口にすべきではない感情かもしれないが、佐藤は純粋に美しいと感じていた。

凛と葵の、どこかぎこちない、けれど一生懸命なポーズを見ていると、映画のヒロインに憧れる彼女たちの夢が見える気がした。

背伸びをして、少し大人びた自分を演じようとしている姿が、幼い子供のようで愛おしかった。


スープはゆっくりと煮込まれ、レンズ豆が柔らかくなってきた。

鶏肉の旨味が溶け出し、スープは深い琥珀色に染まっている。

時折、鍋底から小さな泡がぷつぷつと湧き上がり、静かな給湯室に微かな音を響かせている。

佐藤は味見をし、塩と胡椒でそっと味を調えた。

最後に、彩りを添えるために刻んだパセリを散らすと、スープは一層美味しそうに見えた。


給湯室には、温かく、優しい時間が流れていた。

スープの香りに包まれた空間で、佐藤と二人の少女の間に、穏やかな空気が満ちていた。


 佐藤がダンススタジオでエリジウム・コードの関係者に夕食の鶏肉とレンズ豆のスープ料理を振る舞っていた頃、エミリアは応接室で明日の予定を組み立てていた。

ノートパソコンの画面には、緻密に組まれたスケジュールが映し出されている。

午前中は、いつものように関係者の洗濯物をコインランドリーへ運び、食料品などの買い出し。

合間には、日課の練習と筋力維持・向上のためのトレーニング、そして最新のノウハウを学ぶための勉強。

午後は、「暗流」との打ち合わせに備えた準備。

彼女の心には、夕食を兼ねた会食先をどうするかという懸念が、薄い皺として刻まれていた。


その時、応接室のドアがノックされ、佐藤が夕食の鶏肉とレンズ豆のスープを運んできた。

温かい湯気と共に、鶏肉と野菜、そしてほのかにスパイスの香りが広がる。


「エミリア。夕食を持ってきたよ」


佐藤の声に、エミリアはノートパソコンの画面を閉じ、顔を上げた。大都会独特の人工的な灯りが微かに差し込む応接室で、佐藤は優しく微笑んでいる。


「ありがとう。健ちゃんも一緒に食べない?」

「うん。そうするよ」


佐藤は、応接室のテーブルを丁寧に拭き、エミリアのスープの皿とミネラルウォーターの瓶を置いた。

自分の分を給湯室に取りに行き、すぐに戻ってきた。

二人は向かい合って座り、静かに夕食を摂り始めた。


温かいスープが冷えた身体に染み渡る。

鶏肉の旨味とレンズ豆の優しい甘みが溶け合ったスープは、疲れた身体をじんわりと癒してくれる。

エミリアは、スープの香りと味をゆっくりと味わいながら、ふと口を開いた。


「健ちゃん。明日『暗流』のチームと夕食に会食するでしょう?」

「うん。エミリアが実力を見極めるための会食でしょう?」

「どこかレストランでも予約しようかと思っていたけど、健ちゃんが良ければ、ここで会食しようと思うのよ」

「それって、僕が会食の料理を作るってこと?」

「料理は、ピザでもとれば良いから良いけど、健ちゃんには立ち会って欲しいのよ」


佐藤は驚いた。

普段から健康に気を遣うエミリアが、ピザでも良いと言ったこと、そして自分を会食に同席させようとしたことに。


「エミリア。ピザをとるなら僕が何か作るよ。簡単なものなら、すぐにできるから」

「健ちゃん。一人でたくさん作っていて大変じゃない。無理しないでね」


エミリアは心配そうに言った。


「それならブルスケッタを作るよ。それならエミリアが心配するほど負担にならないから」


ブルスケッタ。

エミリアには聞き慣れない料理名に、どんな料理か想像できなかったが、佐藤が負担にならないと言うのなら、任せることにした。


「健ちゃんが大丈夫と言うならお願いするわ。私の方が打ち合わせをするから、立ち会いもお願い」

「エミリア。僕のような素人が会食に立ち会っても意味があるの?」

「ええ。健ちゃんにはちょっとした演出をお願いしたいの」


エミリアはいたずらっぽく微笑んだ。

その不敵な笑みを見て、佐藤は一抹の不安を感じた。

一体どんな『演出』を頼まれるのだろうか。

しかし、エミリアが自分を頼りにしてくれていることが、どこか嬉しくもあった。

窓の外はすっかり暗くなり、応接室には、温かいスープの香りと、二人の穏やかな時間が流れていた。

互いを気遣い、支え合う、静かで確かな繋がりが、そこにはあった。


 愛咲心のカウンセリングがもたらした安堵感は、エリジウム・コードの事務所全体を包み込んでいた。

その夜、愛咲が帰宅した後、ダンススタジオではアイドルと候補生たちが寄り添うように眠りについた。

星宮凛は、久しぶりに悪夢を見ずに済んだことに、心の中でそっと感謝した。


 翌朝、まだ薄暗い時間から、佐藤はキッチンでヨーグルトボウルを作り始めた。

冷蔵庫から取り出したヨーグルトは、冷たくて滑らかだ。

蜂蜜の甘い香りが微かに漂う中、手際よくフルーツがカットされていく。

エミリアのために用意されたボウルは、特に彼女の健康を考慮し、栄養バランスに気を配った特別な一品だ。

エミリアはそれを手早く食べ終えると、洗濯物を抱えて事務所を出て行った。


佐藤はその後、ダンススタジオへ向かい、アイドルたちと候補生たちのためにもヨーグルトボウルを用意した。

エミリアのものとは微妙に異なる、彼女たちの好みに合わせたアレンジが加えられている。

朝の光が差し込むダンススタジオで、楽しそうな笑い声が響き渡る、和やかな朝食風景が広がった。


食事が終わり、テーブルや椅子が片付けられ、ダンススタジオが落ち着きを取り戻した頃、待ちに待ったガンアクション映画の講師がやってきた。

ドアが開くと、屈強な体格の男性が現れた。

彼は軍服をアレンジしたような服装で、その腕には使い込まれた樹脂製のガンケースがいくつか抱えられていた。

ケースが床に置かれると、鈍い音がスタジオに響き渡る。


「おはよう。今日から君たちに、撮影用の銃の取り扱い方と、撮影時にどのように振舞えば良いかを教える」


講師の声は低く、ダンススタジオ全体に響き渡った。

彼は手慣れた様子でガンケースを開け、中から映画の撮影でよく使われる突撃銃を取り出した。

金属と樹脂が組み合わさった無機質な質感が、朝の光を反射して鈍く光る。


「この銃は、本物の銃ではない。だが、取り扱いを間違えると大きな怪我をする。これから教えることは一つ一つ大切なことだから、真剣に聞き覚えるように」


講師の言葉には、確かな重みがあった。

アイドルたちは真剣な表情で講師を見つめ、その言葉に耳を傾けている。

銃の冷たい感触、金属が擦れる音、そして講師の低い声が、ダンススタジオに緊張感をもたらしていた。


その様子を静かに見守っていた佐藤は、そっとダンススタジオの扉を閉めて退室した。

エミリアなら、このガンアクション映画の講師よりもずっと上手に銃の扱いを教えられるだろう。

そう思いながらも、エミリアがアイドルたちに銃の扱いを教えている姿を想像すると、どうしても違和感を覚えてしまう。

エミリアの凛とした美しさは、撮影用の銃を持つ姿とはどこか相容れない気がした。

スタジオの外に出ると、朝の澄んだ空気が肺を満たした。

スタジオの中から聞こえる講師の声と、時折響く銃の操作音が、遠くの街の喧騒と混ざり合っていく。


 薄暗い地下空間に、乾いた硝煙の匂いが微かに漂っていた。

ここは、雑居ビルの地下、かつては甘い香りを漂わせていた喫茶店の跡地の地下。

今はエミリアが個人的に設えた、無骨な射撃場だ。

人工的な白い光が、コンクリートの壁と床を無機質に照らし出している。


エミリアは、愛用する短機関銃を二挺、いつも以上に念入りに撃ち込んでいた。

乾いた金属音と、僅かに遅れて響く鈍い衝撃音が、狭い空間に反響する。

撃ち終える度に、彼女は慎重に何度も薬室を確認し、弾丸が残っていないことを確かめてから、近くの作業台に丁寧に置いた。

使い込まれた銃体は、黒光りし、無数の傷がその歴史を物語っていた。


手際よく、しかし確かな手つきで、エミリアは二挺の短機関銃に異なるアクセサリーを取り付け始めた。

一つは、実用性を重視したカスタマイズ。

低倍率の可変スコープがレールに取り付けられ、その背後にはバックアップサイトが控えめに顔を覗かせている。

フォアグリップは斜めに装着され、構えた時の安定性を高めている。

漆黒のサプレッサーが銃口に取り付けられると、それは静かで確実な任務を遂行するための、精悍な姿へと変貌した。


もう一挺は、まるでクリスマスツリーのようだった。

ピカティニーレールというレールというレールに、所狭しとアクセサリーが取り付けられている。

近距離用のドットサイトの上にはブースターが重ねられ、状況に応じて倍率を切り替えられる。

暗闇を切り裂くフラッシュライト、目標を正確に捉えるレーザーサイト。

フォアグリップ、サプレッサーはもちろん、装弾数を大幅に増やした大容量マガジン、そして体格に合わせて長さを調整できる伸縮式ストック。

それは、まるで『これだけの装備を持っているぞ』と誇示するような、ある種のはったりとも言えるカスタマイズだった。


「『暗流』のチームに対するはったりは、これくらいでいいかしらね」


エミリアは満足げに呟いた。


「あとは健ちゃんに防弾用の装備を着こんでもらえば、私たちがただの一般人じゃないってことは、すぐにわかるでしょう」


自己満足に浸っていた時、ポケットに入れていたスマートフォンが軽快なメロディーを奏で始めた。

それは、ヴァネッサからの電話に割り当てられた特別な着信音。

エミリアは予想通り、迷うことなく通話ボタンを押した。


「Qu'y a-t-il?(どうしたの?)」


優しい声で、流暢なフランス語で問いかけるエミリアに、電話の向こうのヴァネッサも同じく優しいフランス語で答えた。


「J'ai dégagé du temps, alors je vais te voir. Fais venir ton associé à notre endroit habituel.(時間を作ったから、会いに行くわ。いつもの店にエミリアの相棒を迎えに行かせて)」

「J'irai le chercher moi-même. Cela te convient-il?(私が迎えに行くわよ。それでいいでしょう?)」

「Non. Je veux que ton associé vienne me chercher.(ダメよ。私は、エミリアの相棒に迎えに来て欲しいの)」


エミリアは小さくため息をついた。

ヴァネッサが一度こう言い出したら、何を言っても無駄なことは経験上分かっていた。


「D'accord. Alors, quand arrives-tu?(わかったわ。それでいつ来るの?)」

「Demain à dix heures, s'il te plaît.(明日の十時にお願いするわ)」


通話を終えたエミリアは、黒色の樹脂製のガンケースに二挺の短機関銃を丁寧に収め始めた。

同時に、ヴァネッサの件を、佐藤にどう伝えようかと思案していた。

ヴァネッサの気まぐれに、彼はどんな反応を示すだろうか。

少しばかりの憂鬱と、それ以上の興味が、彼女の心を占めていた。

冷たい金属に囲まれた射撃場に、エミリアの静かな息遣いだけが響いていた。


 昼前の事務所は、生活感と非日常が奇妙に混在していた。

エミリアは洗濯物の入ったランドリーバッグと食料品の袋、そして異質な存在感を放つ二つの黒い樹脂製ガンケースを抱えて戻ってきた。

応接室のテーブルに無造作に置かれたガンケースを見た佐藤は、目を丸くして戸惑いを隠せない。

撮影用の小道具とは明らかに違う、本物の迫力がそこにあった。


「健ちゃん。今日のお昼は何?」


エミリアは次々とガンケースを開け、手慣れた様子で中から短機関銃を取り出すと、部屋の隅に立てかけた。

金属同士が擦れる乾いた音が、静かな応接室に響く。


「エミリア。お昼はパスタとチキンソテーとサラダにコンソメスープを作ってるんだけど…。そのごてごてにいろんなのつけてある短機関銃はどうしたの?」


ようやくガンケースから目を離し、エミリアに問いかける佐藤。

彼の視線は、スコープやフォアグリップ、サプレッサーなどが無骨に取り付けられた銃に釘付けだ。

エミリアは面白そうに口角を上げた。


「『暗流』の人たちに、ちょっとお勉強させようと思ってね」

「エミリアがよく使っている短機関銃を見せることが勉強になるの?」


佐藤の問いに、エミリアは少し呆れたようにため息をついた。


「健ちゃん。健ちゃんは、私を基準に考えているから誤解しているけど、私ほど贅沢に道具を選べるのはとても珍しいのよ」

「エミリア。僕はニュースとかでしか知らないけど、エミリアくらいの装備って普通じゃないの?」


佐藤の言葉に、エミリアは肩をすくめた。


「健ちゃん。その台詞、私以外の裏の世界の人たちに言ったら本気で怒られるわよ」


佐藤はエミリアが何を言いたいのか、さっぱり理解できなかった。

彼女の言葉は、まるで異世界の言葉のようだ。

エミリアは、これだけ説明しても腑に落ちていない佐藤を見て、微笑ましく思った。

知らなくて良いことなど、世の中にはいくらでもある。

詮索しないことが、彼のためでもあるのだ。

話題を変えようと、エミリアは別のことを尋ねた。


「健ちゃん。午前中、何か変わったことあった?」

「愛咲さんが忙しいとかで、ちょっと顔を見せて帰ったことと、ガンアクション映画の講師の人が来て、撮影用の銃の扱い方とか見せ方とかを講義していたよ。今日は午後も講義するみたい」


佐藤は、午前中の出来事を思い出しながら話した。

エミリアは彼の話を興味深そうに聞いている。

ふと、佐藤は先ほどのガンケースのことを思い出し、不安そうに尋ねた。


「エミリア。応接室に本物飾ったままって、問題にならないの?」


佐藤の心配に、エミリアはあっけらかんと答えた。


「弾は抜いてあるから大丈夫よ。盗まれたって、簡単には弾薬も手に入らない銃なんて棍棒の代用品にもならないもの」

「簡単には弾が手に入らないって…。エミリア、毎日練習で撃ちまくっていると思うけど、その弾はどこから入手しているの?」


佐藤の素朴な疑問に、エミリアは意味深な笑みを浮かべた。


「健ちゃん。だから言ったじゃない。私ほど贅沢に道具を選べるのはとても珍しいって」


エミリアの言葉は、再び佐藤を困惑させた。

日常と非日常の狭間で、佐藤は首を傾げるしかなかった。


「健ちゃん。車に防弾用の装備一式持ってきてあるから、取ってきて欲しいの」


エミリアの言葉に、佐藤の顔は見る見るうちに曇っていく。


「エミリア…。あの防弾装備って、重いから持ちたくないんだけど…」

「健ちゃん。あれ、この前最新式のに変えたから、ちょっとは軽くなっているのよ」


エミリアがそう説明しても、佐藤の表情は変わらない。

眉間に深い皺が刻まれたままだ。


「ちょっと軽くなったと言っても、重いのに変わりないじゃないか…」

「仕方ないでしょう。『暗流』の人たちに、私たちはこんな装備を持っています、とはったりをかますための演出なのだから」


エミリアの有無を言わせぬ口調に、佐藤は諦めたようにため息をついた。

重い腰を上げ、渋々ながらも白いコンパクトカーまで防弾装備一式を取りに向かう。

アスファルトの照り返しが容赦なく肌を焼く。

駐車場から事務所までの短い距離が、彼には永遠にも感じられた。


汗を額に滲ませ、息を切らせながら、なんとか必死の思いで防弾装備一式をエリジウム・コードの応接室まで運び込むと、エミリアは涼しい顔で、次にとんでもないことを言い出した。


「健ちゃん。その防弾装備を着て」

「こんな重いもの、着れるわけないよ!?」


佐藤の悲痛な叫びにも似た言葉に、エミリアは子供をあやすような優しい口調で説得を始めた。


「手に持っているから重く感じるのよ。着れば、手で持つより軽く感じるから。私も着るの手伝うから」


エミリアの言葉に、佐藤は半信半疑ながらも、しぶしぶ防弾装備一式を身につけることにした。

ごわごわとした生地が肌に触れ、ずっしりとした重みが全身にのしかかる。

エミリアの手を借りながら、なんとか装着を終えた佐藤は、まるで鎧をまとった騎士のようだ。

全身を最新式の防弾装備一式で固めた佐藤を見て、エミリアは満足そうに目を細めた。


「本当は、防爆装備の方を持ってこようかと思っていたけど、防弾装備だけで十分ね」

「エミリア、着たら軽く感じるって嘘じゃないか!? 着ても重いよ!!」


佐藤が抗議するように言うと、エミリアは涼しい顔で答えた。


「健ちゃん、何を言っているのよ。戦場だと、今着ている装備の重さは三倍にはなるのよ?」


エミリアからの容赦ない言葉に、佐藤は絶望を感じるしかなかった。

想像を絶する重さの装備を背負って戦う兵士たちの苦労を、ほんの少しだけ垣間見た気がした。


「健ちゃん。特殊部隊のコスプレとして、そこにある短機関銃も持ってみる?」


エミリアは、いたずらっぽい笑みを浮かべながら佐藤を焚きつける。

冷たい金属の質感が、薄暗い応接室で鈍く光っている。


「コスプレって、どこの世界に本物を装備するコスプレがあるんだ!?」

「目の前にあるじゃない。健ちゃんも、装備だけは特殊部隊で活躍できる水準を着ているのよ」


エミリアは心底楽しそうに、そしてどこか誇らしげに話した。

佐藤は、重い防弾チョッキの中で、深い溜息をつくしかなかった。

窓から差し込む午後の陽光が、応接室の異様な光景を静かに照らしていた。


佐藤は全身から汗を滲ませながら、ようやく防弾装備を脱ぎ捨てた。

重い鎧を脱いだ騎士のように、大きく息をつき、ぐったりと応接室のソファに腰を下ろす。

肩や腰には、ずっしりとした重みが残っていた。


「健ちゃん。これだけの装備を身に着けられる機会って、そうそうないのよ?」


エミリアは残念そうに言うが、今の佐藤にはその言葉は全く響かない。

疲労困憊の彼は、げんなりとした声で答えた。


「それだけ言うなら、エミリアが着たら良いじゃないか…。僕と違ってプロなんだから」

「私が着ても、はったりにならないと思うのよ」


エミリアはそう言うと、佐藤が苦労して脱いだ防弾装備一式を、嘘のように軽々と、そして手慣れた手つきで身につけ始めた。

ベルトを締め、プレートを装着する音、バックルを留めるカチッという音が、静かな応接室に響く。

迷いのない動きは、まるで長年使い慣れた自分の皮膚を着るかのようだ。


装備を身につけると、エミリアは応接室の隅に立てかけてあった、クリスマスツリーのように様々なアクセサリーが取り付けられた方の短機関銃を手に取った。

その重さを感じさせない軽やかな持ち方で、佐藤の目の前にリラックスした様子で立つ。


「健ちゃん。私が着て、『暗流』の人たちにはったりになると思う?」


エミリアは、防弾装備に身を包み、物々しい短機関銃を構えながら、改めて佐藤に問いかける。

佐藤は、目の前のエミリアの姿をまじまじと見つめた。

先ほどまでとは全く違う、その変貌ぶりに言葉を失う。


「エミリア…。どう見ても本物の特殊部隊で活躍しているスペシャリストにしか見えないけど…?」


佐藤の口から出たのは、それしかなかった。

言葉を選ぶ余裕すらないほど、エミリアの姿は圧倒的だった。


彼女の立ち振る舞いには一切の無駄がなく、研ぎ澄まされた刃のような緊張感が漂っている。

もし、いつものような穏やかな口調で話していなければ、佐藤は心の底から震え上がっていただろう。

防弾チョッキ越しにもわかる、引き締まった身体。

無駄のない筋肉の付き方。

銃を構える姿は、訓練された兵士そのものだ。

アクセサリーが所狭しと取り付けられた短機関銃は、彼女の手の中で、まるで体の一部のようにしっくりと馴染んでいる。


応接室の空気は一変していた。

それまで漂っていた日常の空気は完全に消え去り、代わりに、張り詰めた緊張感と、底知れない威圧感が満ち溢れている。

窓から差し込む午後の光さえ、エミリアの放つオーラによって、どこか冷たく感じられた。

佐藤は、目の前の人物が、普段見慣れたエミリアとは全くの別人であることを、五感を通して強烈に認識させられた。


「そう?健ちゃんが着た方がはったりになると思うけど。私が着ても、なんていうか、迫力出ないと思うのよね」


エミリアはそう言いながらも、どこか物足りなさそうな表情を浮かべていた。

次の瞬間、彼女はまるでスイッチが入ったかのように、雰囲気を一変させた。

それまでの穏やかな空気は一瞬で消え去り、応接室には張り詰めた緊張感が満ち始める。


エミリアは、手にしていた短機関銃を構えると、応接室を歩き回り始めた。

その足取りは力強く、無駄がない。

そして、低い、腹の底から響くような声で、英語で叫んだ。


「MOVE! MOVE!! MOVE!!!(動け!動け!動け!)、DON'T WALK LIKE YOU'RE ON A SUNDAY STROLL!!!(日曜散歩みたいに歩いてるんじゃない!!!)」


エミリアの言葉は、まるで戦場の教官が兵士を叱咤激励するかのようだった。

それは、海兵隊上がりの特殊部隊の教官が、訓練兵たちに本気で怒鳴りつけている、まさにそのものだった。


「動け!動け!動け!」

「日曜散歩みたいに歩くな!」


という言葉には、単にゆっくり歩いていることを指摘するだけでなく、「緊張感がない」「気を抜いている」「甘えている」といった意味合いが込められており、厳しい訓練や実戦における切迫した状況を表している。


その迫力に、佐藤は文字通り凍り付いた。

心臓が跳ね上がり、背筋に冷たいものが走る。

まるで雷に打たれたかのように体が硬直し、足がすくみ、今にも粗相しそうになるほどだった。

エミリアの声は、ただ大声というだけでなく、凄まじい威圧感と、有無を言わせぬ命令の響きを帯びていた。

それは、映画やドラマで聞くような、ハリウッドナイズされたものではなかった。

もっと生々しく、もっと切迫した、戦場の空気をそのまま持ち込んだような、本物の迫力だった。

乾いた砂塵の匂い、火薬の焦げ付く匂い、そして隣で倒れていく仲間の血の匂いまで、佐藤には幻視できた気がした。


エミリアの声は、応接室の壁を震わせ、佐藤の鼓膜をビリビリと震わせた。

想像を絶する修羅場をくぐり抜けてきた者だけが持つ、凄みとでも言うべきものが、その声には宿っていた。


叫び終えたエミリアは、再び佐藤の前にリラックスした様子で立つと、先ほどの鬼気迫る表情はどこへやら、いつもの穏やかな顔に戻ってぼやき始めた。


「うーん。やっぱり教官役の人たちに比べると、私だと迫力出ないのよね」


佐藤は、エミリアが言う「教官役の人たち」が、一体どれほど恐ろしい人たちなのだろうかと想像し、顔面蒼白になっていた。

先ほどの叫び声が、彼の頭の中でリフレインしている。

もし、エミリアが言う「教官役」が、彼女以上の迫力を持つとすれば、それは人間を超越した何かに違いない。

佐藤は、想像するだけで全身が粟立ち、背中を冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。

応接室の窓から差し込む午後の穏やかな日差しが、今の佐藤には酷く不気味に感じられた。

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