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~影の女王と五人の歌姫~ 標的はアイドル(その六)

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。


ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。


あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。


彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。


だが、運命は彼女を見捨てなかった。


心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。


これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。


さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。


あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?




…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。


時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…


時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…


Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。




この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一ヶ月遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.

(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です。)


 打ち合わせを終え、エミリアと佐藤は再び雑居ビルへと戻った。

薄暗い廊下は、昼間だというのに湿っぽく、僅かにカビの匂いが鼻をつくような錯覚を与える。

株式会社エリジウム・コードの事務所の扉を開けると、先程までの静けさが嘘のように、騒がしい音楽と熱気が押し寄せてきた。


事務所の奥、ダンススタジオでは、煌びやかなスパンコールの衣装や、フリルをあしらった可愛らしい衣装を纏ったアイドルたちと、緊張と興奮、そして僅かな不安が入り混じった表情の候補生たちが、所員に取り囲まれるように集められていた。

照明はステージ中央を強く照らし出し、周囲は薄暗い。

ステージの中央では、フリーランスのカウンセラー、愛咲心あいさきこころがマイクを握り、陶酔したように演説を繰り広げていた。

彼女の周囲には、チーフマネージャーの黒川明日香くろかわあすかやマネージャーの白石優香しらいしゆうかの姿も見えた。


「愛とはすばらしいものです! 多くの困難を乗り越えるのに素晴らしい力を発揮します! 風間紫かざまゆかりさんも、愛の力で、アイドルとして一皮むけたのです!」


愛咲の声は、スタジオに設置されたスピーカーを通して大きく響き渡る。

スポットライトを浴びた風間紫は、色気のある微笑みを浮かべているものの、その目はどこか遠くを見ているようだった。

スタジオの壁一面に設置された大きな鏡には、汗と熱気で火照ったアイドルたちの姿が、無数の光の粒子と共に映し出されていた。

特に目を引くのは、グラマラスな体型でひときわ存在感を放つリーダーの星宮凛ほしみやりん、クールビューティーな雰囲気で周囲を睥睨する月島葵つきしまあおい、小柄で可愛らしい花咲陽菜はなさきひな、モデルのような抜群のスタイルを持つ緑川楓みどりかわかえで、そして大人びた雰囲気で落ち着き払った紫堂愛しどうあいといったBerurikkuのメンバーたちだ。

スタジオ全体は、成功への期待と、選ばれなかった者たちの落胆、そしてビジネスの匂いが混ざり合った、独特の熱気に包まれていた。


エミリアは、その光景を横目で一瞥した。

愛咲の言葉は、彼女の耳を素通りしていく。

彼女の視線の先にあるのは、スポットライトが照らし出す華やかな舞台の裏に潜む、暗い影だった。

愛咲の恋愛至上主義に基づいたカウンセリングが、本当にアイドルたちの為になっているのか、疑問に思っていた。

ポーカーフェイスを維持するのに、内心では小さくない苦労を強いられていた。

愛崎の言葉に反論したい衝動を辛うじて抑え込みながら、彼女は人混みを縫うように佐藤の腕を掴み、応接室へと足を進めた。

彼女の横顔には、僅かに苛立ちの色が浮かんでいた。

応接室へ向かう途中、広報担当の田中美鈴たなかみすずとすれ違ったが、軽く会釈を交わすだけに留めた。


応接室へ向かう途中、エミリアと佐藤は、廊下の突き当たりにある社長室の前を通り過ぎた。

扉は開いており、中には華やかな雰囲気の女性が座っているのが見えた。

彼女こそ、株式会社エリジウム・コードの社長、藤宮美奈ふじみやみなだった。

彼女は、アイドル時代から変わらぬ美貌と、周囲を明るくするオーラを放っていた。

エミリアは一瞬足を止め、藤宮に軽く会釈をした。

藤宮も笑顔で応えたが、その瞳の奥には、経営者としての冷静な光が宿っていた。


応接室は、スタジオの喧騒が嘘のように静かだった。

重厚なドアが音を遮断し、落ち着いた色調の調度品が静謐な空間を作り出している。

エミリアは佐藤を促して革張りのソファに座らせ、自身も向かいのソファに腰を下ろした。

エミリアは、周囲を警戒するように一度見回した後、ジャケットの内ポケットから普段使っているスマートフォンを取り出した。

それは最新モデルのスマートフォンで、背面には控えめなブランドロゴが刻印されている。

彼女は指先で素早く画面を操作し、見慣れたロック画面を解除すると、特定のアプリを起動した。

それは佐藤も知っている、一般的なメッセージアプリだったが、アイコンは通常のものとは異なり、黒地に白抜きのシンプルなデザインに変更されていた。

数回タップすると、どこかにチャットを発信したようだった。

直後、予想外に早く着信音が鳴り響いた。


エミリアは、一瞬、本当に一瞬だけ、驚愕の色をその蒼い、吸い込まれるような瞳に浮かべた。

しかし、長年培ってきたポーカーフェイスはすぐに蘇り、冷静な表情で通話ボタンを押した。


「Mais enfin, qu'est-ce que tu crois faire en m'appelant comme ça, sans prévenir?!(いい加減にして!何のつもりで、こんな無断で電話をかけてくるの?)」


エミリアが流暢なフランス語で話し出したことに、佐藤は驚きを隠せなかった。

フランス語は全く分からない。

しかし、その語調、鋭く、どこか命令口調にも聞こえるイントネーションから、普段耳にするような会話とは明らかに違う何かを感じ取った。

何の説明も受けずに突然外国語でまくし立てるエミリアの電話での会話に、佐藤は状況を掴めずに戸惑うばかりだった。


「Je t'ai contactée par le chat de l'application justement parce que je ne voulais pas parler au téléphone! Tu comprends ça, oui ou non?!(電話で話したくなかったから、アプリのチャットで連絡したのよ!理解できる?できない?)」


エミリアの口調はさらに厳しくなった。

スマートフォンのスピーカーから漏れ聞こえてくる声は、若々しい女性のものだった。

しかし、その声にも、エミリアに通じるような、どこか冷たい響きがあった。


「Si tu as tellement besoin de parler, tu n'as qu'à venir ici tout de suite. Je sais pertinemment bien que tu n'es pas au Japon.(そんなに話したいなら、すぐにここに来ればいい。あなたが日本にいないことは、よく分かっている。)」


エミリアは、電話の相手の言葉を遮るようにそう言い放った。

その言葉には、相手の居場所を完全に把握しているという確信と、挑発的な響きが込められていた。

佐藤はエミリアの表情から会話の内容を推し量ろうとしたが、彼女の顔は完璧な無表情を保っていた。

ただ、その奥の瞳には、微かな焦燥と、それ以上に強い警戒心が宿っているように見えた。

彼女の背後にある、暗く、複雑な過去が、一瞬垣間見えた気がした。


 ただ時間が進む中、不意にエミリアはため息をついた。

佐藤は、仕事中ほとんど見せないエミリアのため息を見て、内心驚いた。

普段はポーカーフェイスを崩さず、常に冷静沈着な彼女が、ここまで明確に落胆の色を見せるのは珍しい。

何かよほど気に障ることがあったのだろう。

エミリアは気持ちを切り替えたのか、表情を引き締め、ビジネスライクな口調でフランス語で話し始めた。


「Bon. Cette fois, c'est à contre cœur que je dois te demander quelque chose.(今回は、不本意だけど貴女に頼みたいことがあるのよ。)」

「Ah bon? Qu'est-ce que c'est?(なーに?)」


佐藤の耳に、エミリアのスマホから漏れる声が聞こえるが、フランス語なので内容は全くわからない。

しかし、その声色から、相手もエミリアと親しい間柄であることが窺えた。

どこか挑発的で、余裕のある響きを持っている。


「Je suis actuellement engagée sur la sécurité d'une agence de divertissement japonaise en pleine crise d'indépendance. J'aimerais que tu prennes le relais une fois mon contrat terminé.(日本の芸能事務所の独立問題の警備を引き受けているのだけど、私の契約期間が終わった後の警備を貴女に引き受けて欲しいのよ。)」

「Tu veux sérieusement que je me déplace jusqu'au Japon pour ça? Tu plaisantes, j'espère.(本気で私がそんなことのために日本まで来いと?冗談でしょう?)」

「Ne t'en fais pas. Tu n'auras qu'à venir juste le temps de reprendre les choses en main, le temps de faire le ménage, si tu préfères.(心配しなくても、訪日して私の後始末をする時間くらいなら我慢するわよ。)」

「Mon Dieu, quelle arrogance! Alors, comme ça, tu penses que je n'ai rien de mieux à faire que de ramasser tes affaires?(なんて傲慢なの!つまり、私があなたの尻拭いをする以外にすることがないと思っているわけ?)」

「Vanessa… Je déteste ce genre de vulgarité.(ヴァネッサ…。私は、そういう下品な言い方は嫌いなのよ。)」


エミリアの声には、僅かな苛立ちが混じっていた。


「Ah oui? C'est l'hôpital qui se moque de la charité. Figure-toi que j'entends dire que Mademoiselle, qui n'a jamais voulu de partenaire, se pavane maintenant avec un homme et lui fait les yeux doux. Les temps changent, on dirait.(あらそう?よく言うわ。今まで相棒なんて作らなかったのに、今は男を相棒にして尻尾振って媚びを売っているって噂を耳にするようになったわ。時代も変わるものね。)」


ヴァネッサの言葉には、明らかな皮肉が込められていた。エミリアと佐藤の関係を揶揄しているのだろう。


「Dans ce cas, j'ai aussi entendu des choses très intéressantes sur toi, Vanessa. Des choses que je pourrais très bien rendre publiques. Tu vois ce que je veux dire?(なら、私の耳にもヴァネッサの恥ずかしい話が聞こえてきているわ。それを大声でばらまいても良いのよ。わかるかしら?)」


エミリアは、静かに、しかし確実に相手を牽制した。その声には、確かな威圧感が込められていた。


佐藤は、エミリアの表情を窺いながら、異国の言葉が織りなす応酬に固唾を呑んでいた。

重厚なドアの向こう、スタジオから漏れ聞こえる喧騒は、遠い波の音のようだ。

応接室は、まるで嵐の前の静けさのように、張り詰めた静寂に包まれていた。

エミリアのフランス語は、普段の冷静さを覆い隠すように、感情の襞を露わにしていた。

親しげなイントネーションの合間に、鋭い棘のような言葉が突き刺さる。

それはまるで、互いの弱点を熟知した剣士が繰り広げる、息詰まるような剣戟のようだった。

佐藤は、二人の間に渦巻く緊張感に、息をするのも忘れるほどだった。

言葉の意味は分からずとも、エミリアの声色から、それが友好的な会話でないことだけは、肌で感じ取れた。


やがて、エミリアはいらだたしげにスマホを操作し、通話を切った。

小さく、しかし深い溜息が、応接室の静寂をわずかに揺らした。

その蒼い瞳には、微かな疲労の色が浮かんでいる。

エミリアは、まるで気持ちを切り替えるように、軽やかな手つきでスマートフォンの画面をタップし、チャットでのやり取りを始めた。

佐藤は、その様子を見て、これは長丁場になると悟った。

立ち上がり、エミリアのために紅茶を淹れに給湯室へ向かう。


給湯室では、湯沸かし器の沸騰する音が小さく響いていた。

立ち上る湯気は、薄暗い部屋に淡いベールをかけたようだ。

佐藤は丁寧に紅茶を淹れながら、先ほどの通話のことを考えていた。

エミリアが普段見せない感情的な一面。

そして、聞いたことのない名前。

一体何が起こっているのだろうか。


紅茶を乗せたトレーを持って応接室に戻ると、室内の空気は先ほどとは一変していた。

エミリアはテーブルの上にスマートフォンを置き、代わりに佐藤のノートパソコンを広げて何かの情報を検索していた。

窓から差し込む午後の光が、彼女の金色の髪を優しく照らし出している。


「健ちゃん。ちょっとノートパソコン借りているわね」


佐藤が戻ってきたことに気づいたエミリアは、柔らかな笑みを浮かべて言った。

その表情は、先ほどの険しさとは打って変わって穏やかだった。

佐藤は彼女に紅茶を手渡す。

エミリアはそれを受け取ると、一口飲み、ティーカップを丁寧にテーブルに置いた。

そして、再びノートパソコンの画面に視線を落とした。


「エミリア。何を探しているの?」


佐藤が向かいのソファに腰を下ろして尋ねると、エミリアは画面に視線を釘付けにしたまま、静かに話し始めた。


「健ちゃん。『暗流』ってチーム、知ってる?」

「エミリア。『暗流』って日本語の単語は知っているけど、チームは知らないな。確か、不穏な動きとか、水面下で流れる水とか、そういう意味合いだったと思うけど…」


エミリアは、佐藤の言葉に一瞬考え込むような表情を見せた後、再びノートパソコンでの調べ物を再開した。

指先がキーボードを滑る音が、静かな応接室に小さく響く。


「先ほど電話していたヴァネッサから紹介されたチームなのだけど、私は知らないチームだから確認していたのよ」

「紹介って、この芸能事務所の独立コンサートが終わった後の警備の引継ぎ先の候補?」

「ええ。ヴァネッサからの紹介だから、実力はあるのでしょうけど…」


エミリアは言葉を濁し、画面を睨みつけた。


「売り出し前なのか、売り出し中なのか知らないけど、私は初めて聞く名前なのよね」


佐藤は驚きを隠せなかった。

エミリアが知らないと言うチーム。

それは、裏社会で名を馳せた彼女のネットワークから漏れているということだ。

民間の警備会社の方が、まだ信頼できるのではないか。

そんな考えが頭をよぎった。

窓の外では、木々の葉が風にそよぎ、午後の光が応接室の壁に柔らかな影を落としていた。

しかし、室内に漂う空気は、どこか不穏なものを孕んでいた。


エミリアは、使い込まれたノートパソコンのキーボードを、指先で軽やかに叩きながら、ふと佐藤に向き直った。

その蒼い瞳が、遠い記憶を辿るように、わずかに揺らいだ。


「ヴァネッサって、私の妹みたいなものなの」


唐突に語られた過去の言葉に、佐藤は驚きを隠せなかった。

エミリアは、普段ほとんど自分のことを話さない。

その沈黙を破って語り始めたことに、佐藤はかすかな緊張と、それ以上の興味を抱いた。


「私は…。上手に話せないから、うまく説明できないけど…」


エミリアは言葉を選びながら続けた。


「私は、今の生き方を選んで、ヴァネッサは別の生き方を選んだの」


応接室は、午後の柔らかな光に満ちていた。

窓の外では、木々の葉が風にそよぎ、かすかな木漏れ日が室内に落ちている。

佐藤は、静かにエミリアの言葉に耳を傾けていた。

エミリアの横顔は、窓からの光を受けて、普段よりもいくらか柔らかく見えた。


「ヴァネッサは、私を超えたくて、いつも背伸びして無理をしていたわ」


エミリアの声は、どこか遠くを見つめているようだった。


「健ちゃんに誤解がないように言っておくけど、ヴァネッサは私のそばでなければ、誰もが天才として称賛する才能も、実力も、勤勉さもあるのよ」


佐藤は、エミリアの本当の実力を知らない。

ただ、彼女のそばにいて、周囲の評価を聞き、それが並大抵のものではないことを知っている。

そして、その評価に相応しい、底知れない力を秘めていることも、感じ取っていた。


「でも、ヴァネッサは自分の才能も、実力も、いつからか私を基準にして考えるようになったの。どんなに素晴らしい評価を得ても、私より劣っているって…。そう思うようになったの」


エミリアは、わずかに眉をひそめた。その表情には、ヴァネッサへの複雑な感情が滲み出ているようだった。

佐藤は、意を決して尋ねた。


「僕には、エミリアの世界の評価基準とか分からないけど…。ヴァネッサという人と、エミリアには、それほど差があったの?」


エミリアは、ノートパソコンから視線を外し、窓の外の景色に目をやった。

遠くの空には、白い雲がゆっくりと流れている。


「私とヴァネッサが千回戦えば…」


エミリアは静かに、しかし確信に満ちた口調で言った。


「千回、私が無傷で勝つでしょうね」


その言葉に、佐藤の頭には疑問符が浮かんだ。

エミリアの言う『戦い』とは、一体どのようなものなのだろうか。

想像もつかない世界の話に、戸惑いを隠せない。


「ヴァネッサの実力は…」


エミリアは再び佐藤に向き直り、淡々と説明した。


「よく訓練され、十分に休息と装備を与えられた一個小隊を、無傷で地図の上から消し去る程度よ」


佐藤は、その説明にますます混乱した。

一個小隊を地図から消し去る?

それは、一体どういう意味なのだろうか。

エミリアの言葉が、現実離れした響きを持って佐藤の耳に届く。


エミリアは、必死になって自分の言葉を理解しようとしている佐藤の表情を見て、ふっと微笑んだ。

その笑顔は、どこか優しく、そして温かかった。


「健ちゃんは、今のままでいいのよ」


夕暮れが近づき、応接室にはオレンジ色の光が差し込んでいた。

窓の外では、鳥たちが囀り、一日を終えようとしていた。

佐藤は、エミリアの言葉の意味を完全に理解することはできなかったが、彼女の言葉に込められた優しさと、自分への信頼を感じ取っていた。

そして、この不思議な女性と、これからも共に過ごしていくのだろうという予感を抱いていた。


エミリアはノートパソコンを佐藤に返すと、ゆっくりと立ち上がった。その動きは無駄がなく、洗練されていた。

彼女は自分のスマートフォンを手に取り、応接室に備え付けられた充電台の上に静かに置いた。

微かな電子音が、静かな部屋に響いた。


「『暗流』ってチームの実力は、会えばわかるでしょう」


エミリアの言葉は、独り言のようにつぶやかれた。

普段多くを語らない彼女が、珍しく心情を吐露する様子に、佐藤はかすかな驚きを覚えた。

窓から差し込む夕陽が、応接室の壁に長く影を落としている。

空気はひんやりとして、静寂が部屋全体を包み込んでいた。


「ヴァネッサと私の生き方は、違う道を歩んでいるとしても、信用はしているのよ」


エミリアは、遠くを見つめるような目で続けた。


「私たち、相棒ではなかったけど、背中を預け合った戦友だから」


佐藤は、静かにエミリアの話に耳を傾けていた。

彼女の言葉の一つ一つが、重みを持って心に響いてくる。

戦友という言葉が、エミリアの過去の重さを物語っているようだった。


「ただ、私は私の生き方を選んで、ヴァネッサはヴァネッサの生き方を選んで…」


エミリアは言葉を区切り、わずかに目を伏せた。


「今は、仕事と割り切って付き合っているのよ」


佐藤は、何と声をかけて良いのか分からなかった。

二人の間に流れる複雑な感情を、言葉で表現することは難しいと感じた。


「だから、ヴァネッサが推薦したのなら、会ってみる意味はあると思うの」


エミリアの言葉を受けて、佐藤はゆっくりと口を開いた。


「エミリア、『暗流』ってチームに会うってことは、面接みたいなことをするの?」

「そうね」


エミリアは軽く頷いた。


「佐藤が言うように、面接をするわ。ヴァネッサの話通りの実力なら、安心してエリジウム・コードの警備を任せられるわ」

「そうなると、この芸能事務所の警備も、あとわずかになるのか…」


佐藤は、感慨深げにつぶやいた。

慌ただしくも華やかな時間。

エミリアと共に過ごした日々が走馬灯のように頭を巡る。

エミリアは、スケジュールを確認するように佐藤に問いかけた。


「健ちゃん。このエリジウム・コードが、親会社からの独立記念のコンサートって、正式発表されたの?」

「僕の方で確認した感じだと、映画の制作発表と同時にするらしい」


佐藤は答えた。窓の外では、夕焼けが空を茜色に染めていた。


「あの社長が喜んでいた、ガンアクション映画ね」


エミリアは、微かに口角を上げた。


「うん。だから、独立記念のコンサートは、関係者だけを招いて、観客は入れずにネットの配信だけにするらしいよ」

「それなら、コンサート会場って、室内とかなの?」

「うん。初心に帰って、地下アイドルがよく利用している施設を予約するって聞いたよ」


エミリアは、何かを企むようにニヤニヤしながら佐藤を見つめた。


『そこまで情報を掴んでいるのなら、自分たちが仕事仲介アカウントの運営者本人から依頼された警備の期限となる親会社からの独立記念のコンサートの日程も知っているでしょう』と、エミリアの表情が語り佐藤に促す。


その視線に促されるように、佐藤は少し身を乗り出し、エミリアの耳元に顔を近づけ、囁くように告げた。


「まだ正式に発表はされていないけど…。三日後に、親会社からの独立記念のコンサートと、映画の制作発表を電撃的に実行するみたい」


エミリアは、感心したように小さく呟いた。


「あの社長…。私が思っていたより、豪胆な人なのね」


応接室は、夕闇に包まれ始めていた。

窓の外の景色は、次第に輪郭を失い、夜の帳が降りてくる。

しかし、エミリアと佐藤の間には、確かな信頼と、これから起こるであろう出来事への期待感が漂っていた。

紅茶の香りがかすかに残る空気が、二人の静かな時間を彩っていた。


「そうなると…。『暗流』の面接を急がないとダメね」


エミリアの言葉に、佐藤は静かに頷いた。

窓から差し込む夕陽が、応接室の壁に長く影を落としている。

空気は幾分冷たさを増し、夕暮れの気配が濃くなっていた。


その時、応接室のテーブルに置かれた充電器の上で、エミリアのスマートフォンが独特の電子音を奏で始めた。

それは、一般の着信音とは明らかに異なり、どこか無機質で、しかし確実に目的を伝える、裏社会特有の通信アプリの呼び出し音だった。

佐藤は、その音に一瞬緊張を覚えたが、エミリアは落ち着いた様子で充電器からスマートフォンを手に取った。

通話機能は使わず、画面を操作してチャット機能だけを使用する。

彼女の手つきは滑らかで、無駄がない。


佐藤は、空になったティーカップを片付けながら、エミリアの様子をさりげなく見守っていた。

彼女の視線は、右手に持つスマートフォンに釘付けになっている。

沈黙が数秒続いた後、エミリアは顔を上げずに、静かに話し始めた。


「健ちゃん。『暗流』の方から、私たちに会いたいって」

「エミリアの連絡先、ヴァネッサさんから『暗流』のチームの人たちに教えていたの?」


佐藤は尋ねた。

窓の外では、夕闇が徐々に街を覆い始めていた。

遠くのビルの灯りが、一つ、また一つと灯り始める。


「違うわ。『暗流』が、私の連絡先を調べて連絡してきたのよ」


佐藤は驚いた。

エミリアの連絡先を、どうやって調べたのだろうか。

彼女は、表向きは一般人として生活している。

その連絡先を突き止めるのは、容易ではないはずだ。


「私、わざとネット上にかすかに痕跡を残してある、使っていないアカウントを持っているのよ」


エミリアは、淡々と説明した。

彼女の表情は変わらないが、その言葉には、相手の能力を認めているような、かすかな緊張感が含まれているように感じた。

佐藤は、エミリアの言葉を引き継いだ。


「『暗流』が連絡してきたアカウントが、エミリアがわざとネット上にかすかに痕跡を残してある、使っていないアカウントと言う事は…。それだけの調査能力があるチームと言う事なのか」


エミリアは、佐藤の分析に静かに頷いた。

彼女の蒼い瞳が、夕闇の中で一層深く輝いて見える。


「健ちゃん。『暗流』のチームは、明日の午後には台北から東京に来るらしいから、会食でもしながら面接と行きましょう」


エミリアは、スマートフォンの画面を見つめたまま、落ち着いた口調で佐藤に告げた。

外はすっかり暗くなり、街の灯りが宝石のように輝いていた。

応接室には、静かで穏やかな空気が流れていたが、その奥には、明日への、そしてこれから始まるであろう新たな出来事への、かすかな予感が漂っていた。

佐藤は、エミリアの言葉に再び頷き、明日の会食に向けて、自身も準備を始めるべきだと感じていた。

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