~影の女王と五人の歌姫~ 標的はアイドル(その五)
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では一ヶ月遅れでの公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
窓の外は、すっかり夜の帳が下りていた。
東京の夜景が高層ビルの窓に反射して、応接室に怪しげな光を投げかけている。
エミリアは窓際に立ち夜空を見上げた。
無数の星が瞬いているが、その光は都会の喧騒にかき消され、かすかにしか見えない。
「一体、何を考えているのかしら、あの人は…」
エミリアの呟きは、夜の闇に溶けていった。
佐藤は何も言わずに、ただエミリアの背中を見つめていた。
愛咲がもたらした波紋は、静かに、しかし確実に広がっている。
やがて、エミリアはゆっくりと振り返った。
その表情は、いつもの冷静さを保っているように見えたが、佐藤は彼女の瞳の奥に、微かな揺らぎを感じ取った。
それは、初めて出会った夜、月明かりの下で垣間見た、あの底知れない闇の名残のようだった。
「健ちゃん」
エミリアは低い声で言った。
その声は、応接室の静けさの中に、冷たい刃のように響き渡った。
「あの女の目的は、分かっているわ。そして、それは私には関係のないこと」
佐藤は、エミリアの言葉に眉をひそめた。
関係がない、とはどういう意味だろうか。
「関係ない…、とは?」
佐藤が問いかけるよりも早く、エミリアは言葉を続けた。
「恋愛のトラブルなど、私が口出すべきではないのよ。ましてや、あの彼女のこと。自分が蒔いた種は、自分で刈り取らせるわ」
その言葉と同時に、エミリアの纏う雰囲気が変わった。
応接室の照明が一段階暗くなったかのように、周囲の光が彼女から吸い込まれていく。
代わりに、内側から発光するような、異質な光が彼女を包み込んでいた。
それは、佐藤が初めて彼女と出会った夜、月夜に浮かび上がる彼女を見た時と酷似していた。
美しく、そして恐ろしい。
月の光を吸い込んだ刃物、まさにその形容がふさわしい。
「健ちゃん、覚えているかしら? 私たちが初めて会った夜のことを」
エミリアの声は、囁くように小さかった。
しかし、その言葉には、抗えない力が込められていた。
佐藤は、あの夜のことを鮮明に思い出していた。
月明かりの下で見た、エミリアの恐ろしいほどの美しさ。
それは、人間を超越した、異質な存在のようだった。
「覚えているよ」
絞り出すように、佐藤は答えた。
「あの時、私は影を纏っていた。そして、今も変わらないわ」
エミリアは、窓の外の夜景を見つめながら、続けた。
「彼女は、光を求める蛾のようなものよ。眩い光に惹かれ、身を焦がすことを厭わない。ただ、その光は、本物ではない。偽りの、虚ろな光。そして、その光は、周囲のものを巻き込み、焼き尽くす…」
エミリアは、ゆっくりと佐藤の方を向いた。
その瞳は、暗い応接室の中で、冷たい光を放っていた。
しかし、その奥には、深い悲しみのようなものが宿っているようにも見えた。
「健ちゃん。彼女にほだされてはダメよ。決して、よ。ただし」
エミリアは言葉を区切った。
そして、佐藤の目をじっと見つめ、低い声で言った。
「ただし、彼女が私の相棒に手を出したら…」
その言葉は、先ほどの懇願とは異なり冷酷なまでの決意表明だった。
応接室の空気が、さらに一段階冷たくなったように感じた。
佐藤は、その言葉の重みに圧倒されながらも静かに頷いた。
「分かった」
短い返事だったが、その言葉には、強い決意が込められていた。
エミリアの言葉の意味、そして彼女が伝えようとしていることを、佐藤は深く理解した。
そして、彼女を守らなければならないと、強く感じた。
エミリアは、佐藤の返事を聞くと、小さく息を吐いた。
その表情は、ほんの一瞬、安堵したように見えたが、すぐに再び窓の外に目をやった。
東京の夜景は、相変わらず冷たく、そして美しかった。
しかし、その美しさの裏に潜む闇は、確実に深くなっている。
夜も更け、応接室には静寂が訪れていた。
窓の外には、東京の夜景が宝石のように輝いているが、室内に届くのはその微かな光だけだ。
エミリアは、テーブルに広げられた資料に目を落としていた。
佐藤が調べ上げた情報と、霧島からの報告書。
しばらくして、エミリアはいつもの冷静な表情に戻り、佐藤に提案した。
「今夜も三時間ごとに交代で見張りをしましょう。健ちゃんが先に寝てちょうだい」
「エミリアこそ、先に休んだ方がいいんじゃないか? 資料の読み込みは後でもできるだろう?」
佐藤は心配そうに言った。
エミリアの目の下には、薄い隈ができ始めている。
「大丈夫よ。健ちゃんが調べてくれたものと、霧島さんの報告書を読み込みたいの。それに…」
エミリアは言葉を区切り、小さく微笑んだ。
その表情は、どこか子供っぽく、佐藤は思わず微笑みを返した。
「それに、夜は集中できるから」
佐藤は、エミリアの説明に納得し、寝袋が置かれている廊下の隅に向かうため立ち上がった。
応接室と廊下を隔てる扉は重厚な木製で、閉めると外の音がほとんど聞こえなくなる。
「分かった。それじゃあ、おやすみ。エミリア、無理はしないでね」
「ええ、おやすみなさい。健ちゃん、それと…」
エミリアは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
その表情は、先ほどまでの真剣なものとは打って変わり、どこか挑発的だった。
「アイドルたちから求められたら、すぐに私を呼ぶのよ?」
「エミリア、頼むから愛咲さんみたいなことを言わないでよ」
佐藤は苦笑いを浮かべた。
あの奔放なカウンセラーの言葉は、冗談としても度が過ぎている。
エミリアは、佐藤の言葉に肩をすくめた。
しかし、その口元には、確かに笑みが浮かんでいる。
「あら、冗談よ。心配しなくても、健ちゃんは私の大切な相棒だもの。他の誰かに渡すつもりはないわ」
エミリアの言葉に、佐藤は照れくさそうに目を逸らした。
しかし、その表情はどこか嬉しそうだ。
「分かってるよ。エミリアも僕の大切な相棒だもの」
佐藤はそう言うと、応接室の扉を開け、静かに廊下へと出て行った。
扉が閉まる音を聞き届けた後、エミリアは再び資料に目を落とした。
しかし、その表情は先ほどよりも柔らかくなっていた。
応接室には、静かな時間が流れていた。
壁にかけられた時計の針が、時を刻む音だけが、微かに聞こえる。
窓の外の夜景は、相変わらず美しく輝いているが、エミリアの視線は、資料から離れることはなかった。
静かに夜が明け、東の空がゆっくりと白み始めた。
応接室の窓から差し込む朝の光が、薄暗い室内に残る夜の影を徐々に追い払っていく。
壁際に置かれたノートパソコンの画面には、複雑な配線図と監視カメラの映像が映し出されていた。
佐藤とエミリアは、交代で警備システムのセンサーの微かな反応に目を凝らし、合間には軽いストレッチや資料の確認を行っていた。
長時間の監視で疲労の色は見え隠れするものの、その表情はどこか引き締まっていた。
この雑居ビル全体に張り巡らされたセンサーは、エミリアが過去の仕事で得たコネクションを最大限に活用し、特別に設計したものだ。
「エミリア。そろそろ交代の時間だよ」
佐藤が欠伸を噛み殺しながら言った。
「健ちゃん。ありがとう」
エミリアは短く答えると、肩を回して軽く身体をほぐした。
ノートパソコンの画面から目を離し、窓の外を一瞥する。
朝焼けに染まり始めた街並みを、一瞬だけ見つめた。
佐藤は給湯室へ向かい、手際よく朝食の準備を始めた。
冷蔵庫から取り出したのは、新鮮なレタス、トマト、キュウリ、そしてツナ缶。
手早くサラダを作り、鍋には豆腐と出汁を入れ、温かい味噌汁を準備する。
炊飯器からほかほかと湯気を立てるご飯を取り出し、慣れた手つきでおにぎりを握っていく。
質素ながらも栄養バランスを考えられたメニューは、いつも佐藤が気を配っている点だった。
一方、エミリアは洗濯物の入った大きなバッグを肩にかけ、近くのコンビニで買ったミネラルウォーターのボトルを手にしていた。
買い出しのメモを確認しながら、頭の中では今日のスケジュールを確認し、僅かな時間でも自宅代わりに使っている雑居ビルの地下にある射撃場で銃のメンテナンスと練習に充てられないかと思案していた。
「朝食できたよ」
佐藤の声が応接室に響いた。
エミリアはメモから顔を上げ、軽く伸びをした。
「ありがとう。助かるわ。洗濯物、また松田刑事たちに会いたくないから自宅近くのコインランドリーに持っていくわね。ついでに買い出しも済ませてくるわ。そうね、洗濯が終わるまでの間でも自宅で練習しているから」
応接室のテーブルには、ツナと野菜のサラダ、温かい豆腐の味噌汁、そして握りたてのおにぎりが並べられていた。
質素ながらも温かみのある朝食は、二人の間に流れる穏やかな空気を象徴しているようだった。
「今日は一日、Berurikkuの新作映画出演の打ち合わせでダンススタジオが一日中使われるって。昼食は簡単に済ませられるようにサンドイッチとか飲み物、果物とか用意しておくよ。立ち食いになると思うけど、皆忙しいだろうし」
佐藤は、エミリアを見送りながら言った。
「分かったわ。何かあったら連絡して。それと、健ちゃん。くれぐれも事務所のみんなには私のことは詮索しないように言っておいて。特に、過去のこととかはね」
エミリアはそう言うと、ミネラルウォーターのボトルを片手に雑居ビルを出て行った。
午前中、株式会社エリジウム・コードのダンススタジオには、映画関係者、所属アイドルグループであるBerurikkuのメンバーたち、新人アイドル候補生、そして事務所の女性スタッフが集まっていた。
やがて、華やかなオーラを纏った藤宮美奈が現れた。
彼女は、かつて国民的アイドルグループのセンターを務めたという輝かしい過去を持っていながらも、株式会社エリジウム・コードの社長であり、親会社である株式会社メディア・ギャラクシーからアイドルたちとアイドル候補生たちの待遇改善のために会社独立を勝ち取ろうとしている女傑だった。
「おはようございます!」
美奈の明るい声がスタジオに響き渡る。
「おはようございます!」
皆が笑顔で挨拶を返した。
打ち合わせは和やかな雰囲気の中で進められた。
台本の読み合わせや衣装合わせ、今後のスケジュールなどが話し合われ、皆、真剣な表情で耳を傾けていた。
「ねえ、今回の映画、私たちもアクションシーンがあるって本当ですか?」
Berurikkuの一人、花咲陽菜が、目を輝かせながら尋ねた。
「ええ、そうよ。今回は皆さんに、今までとは違う一面を見せてもらうことになると思うわ。特にBerurikkuの皆には、この映画をきっかけに、さらに大きく羽ばたいてほしいと思っているの」
美奈は微笑みながら答えた。
「でも、私たち、本当にできるのかな…? 銃なんて、触ったこともないのに…」
別の誰かが、少し不安そうに呟いた。
「大丈夫よ。今回は特別に、一流のアクション監督とスタントチームがついて、丁寧に指導してくれるから。それに、安全面にも最大限配慮するわ。安心して…」
美奈はそう言いかけた時、意味深に微笑んだ。
「それに、もしかしたら、特別講師として、凄腕のインストラクターが来てくれるかもしれないわね。事務所の関係者、ということでしか言えないのだけれど」
その言葉に、スタジオに微かなどよめきが走った。
正体は伏せられているものの、「凄腕のインストラクター」という言葉は、若いアイドルたちの好奇心を大いに刺激していた。
「えっ、凄腕のインストラクター!? どんな人だろう…?」
目を輝かせるアイドル候補生たち。
「もしそうなら、すごい! ぜひ教えてもらいたいです!」
星宮凛も、期待に胸を膨らませている様子だった。
「でも、アクションシーンって、危ないって聞くし…」
天野光も、少し不安そうに付け加えた。
「確かに、危険がないとは言えないわ。でも、だからこそ、プロの指導のもとでしっかりと準備をするのよ。それに、この映画が成功すれば、あなたたちの可能性は大きく広がるわ。国内だけじゃなく、海外の舞台も夢じゃないかもしれない」
美奈は、力強く言った。
その言葉には、かつてトップアイドルとして活躍し、芸能界の光と闇の両方を見てきた彼女自身の経験と、所属アイドルたちへの熱い想いが込められていた。
昼食の時間になり、スタジオに用意されたテーブルを囲み、皆立ったまま食事をかきこんだ。サンドイッチを頬張りながらも、話題はもっぱら新作映画のことだった。
「今回の映画が成功したら、私たち、もっと有名になれるかな?」
「海外の映画祭とかにも出品されたりして!」
「そうなったら、レッドカーペットを歩いたり、海外のファンと交流したりできるかも!」
アイドルたちは、夢を膨らませ、目を輝かせていた。
慌ただしい昼食の時間が過ぎ、午後の打ち合わせが始まるまでの短い間、スタジオには再び静寂が訪れた。しかし、その静寂は、朝のそれとは異なり、何かをやり遂げた後の充実感と、未来への希望に満ちたものだった。
昼の陽光が傾き始めた頃、事務所のドアが開く音が静かな空間に響いた。
愛咲と風間紫が連れ立って帰ってきたのだ。
雑居ビルが立ち並ぶ私鉄沿線の東京郊外。
その一角にある株式会社エリジウム・コードの事務所は、周囲の喧騒とは隔絶された独特の空気を纏っていた。
玄関先で待ち構えていたのは、チーフマネージャーの黒川明日香だった。
彼女は鋭い眼光を愛咲に向け、口を開いた。
「愛咲さん、紫さん。一体どこへ行っていたんです? 今日は大切な打ち合わせがあるはずでしたが」
明日香の低い声には、明らかに不快感が滲み出ていた。
しかし、愛咲は涼しい顔で受け流した。
「あら、明日香さん。ご心配なく。少し気分転換をしていただけよ。紫も、最近忙しかったから」
愛咲は風間の腕を取り、親しげに微笑んだ。
風間はというと、愛咲の言葉に甘えるように身を寄せ、うっとりとした表情を浮かべている。
その様子は、誰が見ても愛咲に夢中であることが明らかだった。
「ですが…」
明日香が何か言い返そうとした時、応接室から出てきた佐藤が、にこやかな笑顔で割って入った。
「お帰りなさい、愛咲さん、紫さん。丁度良い時間ですね。休憩がてら、お茶でも淹れましょうか?」
佐藤は明日香を一瞥し、彼女にこれ以上追及しないようにと暗に促した。
明日香は小さく舌打ちをしたが、それ以上何も言わずに事務所の奥へと消えていった。
愛咲は佐藤に向き直り、優雅に微笑んだ。
「佐藤さん。エミリアはいないのかしら?」
「ええと…」
佐藤は困ったように視線を彷徨わせた。
エミリアの居場所を正直に言うべきか迷っているようだった。
エミリアからは、自分のことを詮索されないようにと釘を刺されていたのだ。
しかし、愛咲の鋭い視線から逃れることはできないと感じ、曖昧な返事を返すのが精一杯だった。
「今日は、少し…、その…、出かけているみたいで…」
その時、愛咲の背後から静かな声が降ってきた。
「こんな所で立ち止まっていないで、さっさと中に入りなさい」
振り返ると、そこに立っていたのはエミリアだった。
相変わらず無表情で、冷たい視線を愛咲に向けている。
その場の空気が一瞬にして張り詰めた。
「あら、エミリア。丁度良かったわ。あなたに話があって来たのよ」
愛咲は、先程までの優雅な微笑みを浮かべたまま、エミリアに話しかけた。
しかし、その目は全く笑っていない。
「そう。用件があるなら手短にお願いするわ」
エミリアは冷たく言い放ち、応接室へと歩き出した。
愛咲は肩をすくめ、風間を連れてエミリアの後を追った。
佐藤は苦笑いを浮かべながら、お茶の準備に取り掛かった。
応接室は、古びたソファと木製のテーブルが置かれた、簡素な空間だった。
壁には、エリジウム・コードの所属アイドルのポスターが飾られている。
エミリアはソファに腰掛け、愛咲と風間に向き合った。
「それで、何の用かしら?」
エミリアが低い声で尋ねた。
愛咲は口元に妖艶な笑みを浮かべ、風間を見た。
風間は愛咲の意図を察し、甘えるような声でエミリアに話しかけた。
「エミリアさんに映画の撮影で協力して欲しいのです」
午後二時を少し回った時刻、応接室には午後の柔らかな陽光が差し込んでいた。
窓から漏れる光は室内の埃を照らし出して、微かな塵の舞いを浮かび上がらせている。
風間の言葉は、その穏やかな光の中でどこか不自然に響いた。
エミリアは眉をひそめた。
なぜ自分が、アイドルの映画撮影に協力などという話を持ちかけられなければならないのか。
唐突な話に、彼女の警戒心は瞬時に高まった。
「エミリアさんなら、事務所の命運がかかっているガンアクション映画で映える絵をとれるスキルと経験がおありとか?」
風間の言葉は、まるで用意された台詞のようだった。
彼女の視線は、エミリアの顔をじっと見つめている。
それは、値踏みするような、あるいは内心を探るような、どこか不躾な視線だった。
エミリアは、その視線に薄い不快感を覚えた。
彼女の過去、影の世界で生きてきた経験は、軽々しく口にされるべきものではない。
ましてや、このような昼下がりの穏やかな光の下で。
しかし、表情には一切出さず、冷たいまでのポーカーフェイスを保った。
「ガンアクション映画に備えた練習なら、専門家に相談しては? 私は素人よ」
エミリアの声は、静かで低い。
午後の穏やかな空気に反して、その声は冷たく、応接室の温度を僅かに下げたように感じられた。
言葉の端々には、明確な拒絶の意思が込められている。
傍らに立つ佐藤は、エミリアの細かな変化を見逃さなかった。
普段は微動だにしない彼女の表情筋が、ほんの僅かに強張っている。
肩も心なしか硬い。
午後の陽光の下でも彼女の纏う空気はどこか冷たく、佐藤は彼女が平静を装いながらも内心では相当な怒りを覚えていることに気づいた。
「でも、愛咲さんが言っていたのですけど、エミリアさんは、その世界で名を知られた人なのでしょう? それも、世界的に」
風間の言葉は、粘り強く、まるで獲物を追い詰める猟犬のようだった。
昼下がりの穏やかな光の中で、その執拗さは一層際立って感じられる。
エミリアの過去に執着するその言葉に、彼女の眉間の皺が深くなった。
これ以上、この話を続けさせるべきではない。
佐藤はそう判断し、風間の言葉を遮るように、やや大きめの声を出した。
「愛咲さん、風間さん。お腹空いていませんか?そろそろおやつの時間ですし」
唐突な提案だったが、その声には普段の温厚さとは異なる、明確な意図が込められていた。
午後の穏やかな空気を切り裂くように、佐藤の声が応接室に響いた。
張り詰めていた空気が、彼の言葉によって僅かに緩んだ。
風間の追及を止めなければならない、という彼の強い意志が、場の空気を変えたのだ。
「そうね。軽く何か食べたいわね」
愛咲は、佐藤の言葉に柔らかな笑みを浮かべて答えた。
午後の陽光を浴びながら、彼女の表情は穏やかで、まるで全てを見透かしているかのようだ。
何を考えているのか、底が知れない。その様子に、佐藤は内心で警戒心を強めた。
午後の穏やかな光の下でも、彼女の纏う雰囲気はどこか不気味だった。
風間は、一瞬だけ残念そうな表情を浮かべたが、すぐに平静を取り戻した。
彼女の視線は、依然としてエミリアに向けられていたが、先程までの鋭さはいくらか和らいでいた。
佐藤の機転が、一時的にではあるが、この場の緊張を和らげたのだ。
午後二時の陽光が、応接室の壁に長い影を落としている。
穏やかな光と影のコントラストの中で、それぞれの思惑が交錯していた。
エミリアは、風間の言葉、そしてその背後にいる愛咲の存在に、より一層の警戒心を抱いている。
佐藤は、エミリアを心配しながらも、愛咲の真意を探ろうとしている。
そして愛咲は、全てを見透かしたように、午後の柔らかな光の中で微笑んでいる。
それぞれの影が、複雑に絡み合い、この後の展開を暗示しているようだった。
佐藤は手際よくロールパンに切れ目を入れ、ツナとレタス、トマトなどの野菜をバランスよく挟んでいった。
傍らのポットではホットミルクが湯気を立てている。
簡単な軽食だが、忙しい合間の腹ごしらえには十分だろう。
彼は手早くトレイにロールパンとマグカップを並べ、愛咲と風間に用意した。
「皆さん、軽食です。よかったらどうぞ」
佐藤は、応接室を出て、事務所のスタッフや、レッスン着姿のアイドルたち、少し緊張した面持ちのアイドル候補生たちにも声をかけた。
彼の明るい声に、事務所の空気がいくらか和らいだ。
「ありがとうございます、佐藤さん」
「助かります!」
何人もの人々から、感謝の言葉が佐藤に寄せられた。
特に多かったのは、「佐藤さんが警備担当になってから、嫌がらせやいたずら電話がなくなった」というものだった。
「本当にありがとうございます。佐藤さんが来てくれてから、安心して仕事ができるようになりました」
広報担当の田中美鈴は、深々と頭を下げた。
佐藤は、内心驚いていた。
自分がエミリアと共に警備を担当するようになってから、確かにそういった類の迷惑行為はぴたりと止んだ。
しかし、それは自分の手腕というよりも、エミリアの名前が、そういった輩に対する圧倒的な抑止力になっているからだろうと考えていた。
「いえ、これは僕の力というより、エミリアの…」
佐藤はそう言いかけたが、周囲の熱心な感謝の言葉に遮られた。
彼らは、佐藤が警備を担当するようになってから、事務所の雰囲気が明らかに変わったと言った。
以前は、いつ電話が鳴るか、いつ何が起こるかと、常にピリピリしていたのだという。
しかし、今は安心して仕事に集中できる。
それは、佐藤のおかげだと。
佐藤は、複雑な気持ちになった。確かに、エミリアの存在は大きい。
しかし、自分がここにいることで、少しでも人々の役に立っているのなら、それはそれで嬉しいことだ。
彼は、照れ臭そうに微笑んだ。
一段落した頃、エミリアが静かに佐藤を呼び寄せた。
彼女は、少し離れた場所から、手招きをしている。
その表情は、いつものように冷静で、何も読み取れない。
「佐藤。車に置いてきた荷物を運びたいから、手伝って」
エミリアは、普段「健ちゃん」と呼ぶ佐藤を、姓で呼び捨てにした。
そのことに、佐藤はすぐに気づいた。
これは、個人的な話ではなく、仕事の話をしたいのだな、と彼は察した。
「はい、わかりました」
佐藤は頷き、周囲に聞こえるように、
「ちょっとエミリアの手伝いに行ってきます」
と断ってから、エミリアを慌てて追いかけた。
彼女は、既に廊下を歩き出している。
午後の陽光が差し込む廊下を、彼女の長い影が静かに伸びていく。
佐藤は、その背中を見つめながら、これからどんな話が持ち出されるのだろうかと、少し緊張した面持ちで彼女の後を追った。
応接室の和やかな雰囲気とは打って変わり、これから始まるであろう仕事の話は、再び彼らを緊張感の中に引き戻すだろう。
そして、エミリアの影は、再び濃さを増していく。
エミリアは、株式会社エリジウム・コードが入る雑居ビルの裏手にある駐車場に停めた白いコンパクトカーの運転席に滑り込んだ。
エンジンをかけると同時に、エアコンのスイッチを入れる。
外の熱気を遮断するように、車内に冷たい風が吹き出した。
佐藤が慌てて助手席に乗り込むと、エミリアは深いため息をついた。
それは、普段人前では決して見せない、彼女の弱さの表れだった。
「私は、仕事仲介アカウントの運営者本人から、あの芸能事務所が親会社から独立して記念コンサートまでの警備依頼しか受けていないわ」
エミリアの声は、疲労の色を帯びていた。
相当なストレスが溜まっているのだろう。
普段は冷静沈着な彼女にしては珍しく、愚痴が止まらない。
「愛咲が何を風間に吹き込んだのか知りたくもないけど、映画の撮影まで面倒見る義理はないわ!」
佐藤は、助手席で静かにエミリアを見つめた。
彼女が天性のセンスと才能を持っているのは紛れもない事実だが、それ以上に、人並み外れた努力家であることも、日々の彼女の様子からよくわかっていた。
そして、責任感も人一倍強い。
だからこそ、佐藤に銃を触れさせることも、その扱い方を教えることも、頑なに拒んできた。
相棒として、最初の頃は信用されていないのではないか、と佐藤が不安に思ったこともあった。
しかし、エミリアが『自分が教えたことで、佐藤の手を血で汚したくない』という強い思いを持っていることを知ってから、彼女なりの優しさ、大切にされていることを理解し、内心で嬉しく思っていた。
不器用な優しさだが、それがエミリアなのだと佐藤は受け入れていた。
エミリアは、ハンドルを握りしめ、前を見据えたまま呟いた。
「このままずるずる巻き込まれては、後々面倒なことになる。癪に障るけど、誰かに仕事を引き継いでもらう準備を始めるわ」
エミリアが誰かに仕事を引き継がせる、という考えに、佐藤は驚きを隠せなかった。
いつも、どんな仕事も最後まで責任を持ってやり遂げるエミリアが、途中で誰かに任せるなど、考えられないことだった。
「仕事仲介アカウントの運営者本人からの依頼である、あの芸能事務所が親会社から独立して開催する記念コンサートまでは面倒見るわよ。でも、その先は、私が紹介する人に任せる」
エミリアの言葉は、明確だった。
譲歩するつもりはない、という強い意志が感じられる。
佐藤は、エミリアほどの凄腕から仕事を引き継げる人物が、一体誰なのか、強い興味を抱いた。
彼女が紹介する人物は、相当な実力者であるに違いない。
一体、どんな人物なのだろうか。
佐藤は、エミリアの横顔を見つめながら、静かに問いかける言葉を探していた。
午後の日差しが、車内に差し込み、エミリアの横顔に濃い影を落としている。
その影は、彼女の内に秘めた決意を表しているようだった。