07.好き
翌日の昼。律はフラフラのまま会社を抜け出して、ジョンの寝室前にいた。この部屋に入るのは初めてだった。
「ジョンさん、失礼します。」
大きな本棚にたくさんの難しい本が並べられていた。本棚に入りきらず、床にも積み上げられていた。そんな部屋の中央にジョンが眠る棺があった。
「吸血鬼の寝床のテンプレートだ…」
棺を開けようと側に寄ると、律と全く同じ顔の男の写真が何枚も置かれていた。その横には古びたレポートと錆びたピアスの片割れが置いてあった。
「多分、この人のこと大好きだったんだろうな…」
期待に応えられなかった自分を責める。昼に起こせということは、ジョンは自死を選ぼうとしているのだろう。律に止める資格なんて無かった。
「あの、ジョンさん…」
律は恐る恐る棺を開ける。目を瞑って眠る姿は人形のようだった。
「ん…おはよう…」
眠たそうな目をこすりながら、ジョンは身を起こす。その姿は儚い少年のようだった。
テラスの前に着く。眩しい日差しが、目に痛い。
「律の実験は失敗に終わって、オレの存在意義は消えた。律の姿をした人間とも満足に暮らせない。」
フラフラとした足取りでジョンは扉を開いて、テラスへ足を踏み出そうとした。
「なに?」
律は思わずジョンの手を掴み、引き留める。
「俺は…ジョンさんを嫌っては無いんですよ。ジョンさんが別の誰かを見出だしてるのが嫌なだけで…」
「あっそう。だから?」
光を失った赤の瞳は、律をチラッと見ただけだった。律の手を振りほどくと、ジョンはテラスへ足を踏み入れる。陶器のような肌が日に当たった場所から焦げて行く。
「っつ!痛いっ!」
痛々しく悶えながら、ジョンは歩みを進めて行く。
「律、待って…て。」
太陽に手を伸ばした瞬間、ジョンは屋内へ引きずり込まれた。
「何すんの?」
「やっぱり見てられませんよ…。目の前でそんなことされちゃ。」
「なんで?オレ人間に酷いことしたよ?人間が怯えるくらい。死んで欲しくないの?」
ジョンは見た目相応の少年のようにボロボロの手足で泣きじゃくる。
「そりゃ、酷いこともされましたが…でも、ジョンさんとお揃いのピアス、嬉しかったんですよ?」
律はジョンを抱き締める。
「あの律さんはもう戻りませんが、俺が。ここに生きている俺がジョンさんと一緒にいますよ。」
「器のクセに!人間のクセに!」
ジョンは律を抱き締め返してしゃくり上げる。
「ううっ…律が死んじゃったんだよぉ!」
「大好きだったんですね。」
「うん。もう逢えないけど。」
ジョンの背中は小さく震えていた。律はこっそりと手を固く握り、ジョンに告げる。
「俺、同じ名前なんですけど、好きになってもらえますかね?」
「しょうがないなぁ。」
ジョンは焼けた手で涙を拭うと、愛らしい笑顔を見せた。