05.存在意義
多量の血液を失った律はぐったりと床に伏していた。ジョンは律を見下ろす。
「久しぶりにこんなに飲んだな。」
満たされた腹とは逆に心のどこかは満たされなかった。以前の律の記憶が無い限り、血を飲まれるのがこの男の唯一の存在意義。ジョンは確かにそう告げた。
「存在意義…ね。」
何度も形を変えてジョンを呪った言葉だ。
「お前を吸血鬼にして、教祖様に献上する。それがお前の存在意義だ。」
まだ、人間だった十代前半だった頃、忘れたいくらい衝撃的な儀式の前に両親から言われた。無事に吸血鬼になってしまった上に、その教祖なる者も居なくなった。
「我々に崇め奉られる。それが、吸血鬼様の存在意義でございましょう?」
不老不死を崇める宗教団体から、この洋館を与えられた時にも言われた。当時の人間なんて、誰も残ってはいない。
永遠を生きなくてはいけない身として、常に誰かに必要とされたかった。ジョンの周りに誰もいなくなってしまった時、一人の科学者がこの洋館を訪れた。
「そっか、そっか。それは寂しかっただろう。」
長かった人生で初めて、ジョンはその科学者に抱き締められた。その科学者は相田 律という名前だった。
彼の生命科学の実験を手伝うようになり、彼の生命再生の実験を成功させる事が、ジョンの存在意義になってしまった。実験を手伝えば頭を撫でて誉めてくれて、ワガママを言えば「しょうがないなぁ」と応えてくれた。初めて安らかに体を交わした事もまだ覚えている。
「あの時、律には無理をさせてしまったなぁ…」
人間の時間なんてあっという間で、相田律の寿命は直ぐそこまで迫っていた。ジョンは急いで相田律と暮らせる方法を探したが、どれも失敗に終わった。
「君は好きに生きてくれたらいいよ。もう、自由だ。研究なんて…」
相田律がジョンの頬を撫でると、その体は力を失った。なんとしてでも律の再生を成功させて、相田律に誉めてもらいたい。また、あの日々を過ごしたい。その一心で、ジョンはここまでやってきた。
「暮らすだけなら、律の体だけで十分なのか。」
ジョンは再び、ぐったりとして床に伏している律に目をやった。