03.ピアス
研究所で暮らし始めて数日。勤めていた会社からは全く音沙汰もなく、律はジョンに甲斐甲斐しいお世話を受け、のんびりと暮らしていた。
「ねぇ、律。今日も血を飲んでいい?」
「そんなに噛みまくったら、俺、吸血鬼になったりしませんか?」
「あれは儀式が必要だから、ならないよ。で、血を飲んでいい?」
律はいつものように、渋々腕を差し出した。しかし、ジョンは律の首筋を牙を立てずに噛む。
「ちょ!くすぐったっ!」
「こういうの好きかなって。」
ジョンは律の首筋を甘噛みし、筋に沿って舌先を這わせる。律の体が一瞬縮こまる。
「美味しそうだよね。食べちゃいたくなるくらい。」
ジョンが律を背後から抱き締めて、耳元で囁く。
「止めてくださいよ…俺、子供には興味無いですって…」
「オレ、律よりもっと年上なンだわ。いくつか忘れたけど。」
ジョンは血を吸う為の犬歯で、律の耳の軟骨を噛む。
「いった…痛いっす…」
「ピアスとかしないの?私はしてるけど。」
ジョンは律の手を取り、自身の耳にあるピアスを触らせる。
「結構、多いんですね…」
「オシャレに気を遣ってるの。律もお揃いのどう?」
ジョンはポケットから、新品のピアスを一組取り出す。
「こういうのどう?好き?」
律はそのピアスを受け取って眺める。今月の誕生石であるエメラルドが埋め込まれた、シンプルなリングピアスだった。
「30歳のオッサンがこんなの着けてたら…恥ずかしいですよ。」
律はジョンに見えないように苦笑いする。
「30歳は若いって。オレいくつだと思ってるの?」
ジョンは律と向かい合い、両手で律の頬を包む。
「ジョンさんは、見た目が子供じゃないですか。俺なんか…」
「律もかわいいもんよ。無理にとは言わないけど、さ。オレ、律の耳に穴開けてみたいし、お揃いの着けたい。」
深紅の瞳が律を上目で見つめる。律は目を反らしながら、小声で返事する。
「そこまで言うなら…良いですよ。でも、お揃いですからね?」
その返事を聞くと、ジョンは律の左耳を犬歯で穴を開ける。律から痛みに耐えるような息が聞こえる。
「お揃いだね。」
ジョンはピアスの片方を律の左耳に着け、自身の右耳にもう片方のピアスを着ける。
「昔の律も、ここにピアス開けたなぁ…懐かしい。」
ジョンは愛おしそうに律のピアスをなぞった。
ある晩、ジョンは律を研究所にあるテラスに連れていった。
「ほら、満月。綺麗でしょ?」
ジョンが律に微笑みかける。月に照らされる陶磁器のような肌とルビーを嵌め込んだような瞳が、律の鼓動を加速させる。
「綺麗ですね…」
ジョンの右耳に律とお揃いのピアスが光る。
「律のピアスも綺麗だよ。とても綺麗で大好きな律。」
ジョンが律の左耳のピアスを撫でる。ジョンの冷たい指が触れた場所が、律にはとても熱く感じられた。
「懐かしいね。覚えてる?こんな満月の夜に、律に好きって告白したよね。」
「すみません…まだ…」
「そんなに落ち込まないで。律は律なんだから。」
ジョンが少し背伸びをして、律の頬に口を付ける。
「恥ずかしいじゃないですか…」
「あはは、照れてる!律とまたこんな初々しい感じになるとは思わなかったよ。」
ジョンがいたずらっぽく笑う。一方、律はジョンの言う「昔」を思い出せない罪悪感に苛まれていた。
「あの、まだ、思い出せなくて…」
「ゆっくりでいいよ。会社の事なんか忘れて、律が思い出せるまで、のんびりしようよ!」
満月の下でジョンの無邪気な笑顔が律の心に深く突き刺さった。