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忍法 その60 武士の本懐


 ろくろうたの全身から異様な”気”が発せられる。

 

 さながらその姿は昇り立つ夏の陽炎か。俺は警戒しながらろくろうたとの絶妙な間合いを保った。

 ”太刀と小太刀の変則二刀流”対”素手”という俺の側からすれば圧倒的に不利な状況で戦っているのである。

 敵の技量も考慮すれば、当然の計らいというものだろう。

 今この時において俺はオオノキ・ろくろうたの強さを俺は間近で感じていた。


 「頼むぜ、ろくろうたよお。まさかこんな派手な立ち回りをしておいて、やっぱり駄目でした、――じゃあ俺も立つ瀬が無えってもんだ」


 俺は呆れた様子で笑いながら、内心では絶句していた。


 ろくろうたの放つ闘気は奴のみならず俺の周囲にまで広がり、呼気や脈動を気取っている。

 今のところ索敵以外の能力を見せてはいないが放っておけば息をするのも難しくなるほどだろう。

 忍法で言えば”金縛りの術”の近い。


 「しゃっ‼」


 ろくろうたは自身の刃が届きそうにない距離から太刀を振り上げた。

 俺は目の前で腕を十字に組んで衝撃を受けと止めようとする。


 ろくろうたの放った一撃は凄まじい速さで迫り、大地もろとも俺を切り裂いた。

 だが派手な見かけに反して威力のは方は乏しく、薄皮一枚を傷つけた程度だ。


 「フン。小技は止めろてんだ。どうせなら俺の頭から真っ二つにしてみやがれってんだ」


 俺は鼻頭を撫でながら挑発する。


 無論、今しがた出来た傷の違和感にも気づいての事だ。

 ろくろうたは俺の真意を察してニタリと笑う。


 「流石はしのぶ君。国王や将軍の腰巾着とはワケが違うねえ」


 「ハッ」


 俺はろくろうたの返答をあざ笑う。

 奴は蛇のように細長い舌を這わせて、自分の手首に出来た浅い傷を舐めていた。


 「あれは…まさか呪詛写し⁉」


 控用の天幕からりんの驚愕の声が聞こえる。


 「なるほどな。彼奴の頑丈さだけが取り柄のしのぶに手傷を負わせる方法があるとすればそれ以外考えられないだろう」


 ”呪詛写し(もしくは返し)”とは全ての”術”の原型とも言える”仙術”の頃から存在する邪視、占事、鬼頭と並ぶ最古の術の一つである。

 多くの場合は受けた傷をそのまま相手に返すという物だが、今ろくろうたがやったように自分の身体を傷つける事で対象に傷をつけるという手段も存在するのだ。


 (転生前ならビクともしねえだろうが、今は普通に食っちまうか。世の中ままならねえな)


 俺は腕の傷を拭いながらろくろうたの方を見る。


 儀式を行っていない為に術の効力は薄い。

 だが即興で相手に呪詛写しが出来るともなれば、ろくろうたの術の才能は転生前の俺と互角以上だろう。


 「いっひっひっひ。やっぱり驚かないねえ、朱鷺婆さんが言っていた通りだよ。いずれ僕の目の前に現れる男はこの程度の事では驚かないってさあ」


 朱鷺、いや朱鷺子はろくろうたに俺の存在を吹き込んでいやがったか。

 相変わらず食えない婆だ。


 「朱鷺婆さんはこうも言っていたよ。僕が王道を歩むらなら、君が僕の道を助けてくれるるってさ。だけどもしも覇道を歩む事になれば障害の宿敵になるって」


 「買いかぶり過ぎだぜ、ろくろうた。俺はそんなお人好しじゃねえよ。俺は相手が誰であろうが、俺より強そうなやつは問答無用でぶっ飛ばす。それだけだ」


 案の定、ただの擦り傷程度のはずが血は止まらない。

 ろくろうたの手首の傷も流血しっ放しだった。


 「流石の僕も身体から血が流れ尽くせば死ぬだろうねえ…」


 「そうかよ。まあ、俺は死なないけどな」


 「ぎひひひひっ‼流石はしのぶ君、そうでなくちゃ‼じゃあ出血量、増やしちゃおうかなあ‼」


 ろくろうたは細い切れ長の瞳で俺を睨みつける。

 ”邪視”が”呪詛返し”の引きトリガーか。意外に芸が無いな、ろくろうた。俺は迷いなくろくろうたの前に進み、足払いを決める。

 常人ならば即骨折だろうが、ろくろうたは踏ん張って是に耐えた。

 大柄な外見だけではない、筋肉や骨格から鍛えた重厚な肉体だ。

 当然のように深手を負う事も無い。


 「いしゃあっ‼」


 その直後、ろくろうたは一歩踏み出して俺の胸元に斬りかかる。

 

 奴の奇声はブラフっかけ。

 

本命は飛燕の変化から繰り出される小太刀の刺突つき

 

 俺の先読みは的中して、ろくろうたの初太刀は目の前で停止。

 刹那の隙に持ち替えた小太刀で腹に向って突きを繰り出した。


 「らあッ‼」


 俺はろくろうたの右手首に手刀を落とす。


 「ぎひっ‼」


 ろくろうたはそれを太刀の柄で受け止め、素早く飛び退いた。


 「図体でかいくせにちょこまかと…」


 俺は大腿部に出来た新しい傷を軽く撫でた。

 おそらくはこれが本命。

 相手に深く切り込んで、後退と同時に相手の脚を切る。

 剣術としては邪道の極みだが、そこが如何にもろくろうたらしい。


 「呪詛返しはもう使わないよ。飽きたからねえ」


 ろくろうたはニヤケ顔で俺の姿を見ている。

 呪いを解いている為に流血は止まっていた。

 好都合と言うべきか、しのぶの戦意が曇る事はない。

 

 もしも、しのぶがろくろうたの仕掛けた術で狼狽するような醜態を見せようものならば即座に呪い殺すつもりだった。

 ろくろうたは旅の尼僧、朱鷺から呪術の手解きを受けた時から「貴男には呪いの天稟がある」と称賛を受けていた。

 その気になれば公衆の面前でアマヤス王を呪殺する自信もある。


 (我ながら愚策だね。殺しってのは自分でやるからいいんじゃないか…)


 ろくろうたは太刀を水平に構え、しのぶを見る。


 体内を流れる血潮がかつてないほどに昂り、眩暈さえ覚えた。

 愉悦の笑みが止まらない。


 「飛燕…天穿風あまつうがちのかぜ


 一足飛びでしのぶの元に現れて喉を刀で斬ろうとした。


 (‼)


 しのぶの反応が一瞬、遅れる。

 獣の如き殺気が消えた直後に放たれた横薙ぎの一撃はしのぶの喉を薄皮一枚、切り裂く。

 喉を撫でる冷たい風にしのぶは眉を顰める。

 通常であれば傷口が開いて出血して、しのぶは死んでいただろう。


 (甘えよ、ボンボン。力士の世界じゃこういうのは怪我の内にも入らねえんだよ)


 しのぶは奥歯を噛み締めて首まわりの筋肉を硬直させる。

 実用的とは言い難いが、簡易の止血手段だった。


 「筋肉を引き締めて出血を止める、だと⁉人間の戦いではないぞ‼」


 観客席でしのぶの戦いを観覧していたちけいは驚嘆の声をあげる。


 ろくろうたの横薙ぎの一撃は、戦場で負った古傷が原因で視力が低下していたちけいにもわかるほどの見事な物だった。

 当たれば運が悪ければ即死してもおかしくはない。

 だがそれをしのぶは半歩下がって耐え抜いた。


 ガッッ‼


 斬撃に合わせて、足払いを決める。


 「ギギッ‼」


 流石のろくろうたも奇声をあげて痛みを訴えた。

 さらに大きく飛び退いて左右の手に持った太刀と小太刀を八の字に構える。


 国王の忠臣ツヅキ・ときお、オオノキ・ろくろうたが操る流派において”大鳥居おおとりい”と呼ばれる守備に特化した構えだった。


 「馬鹿な‼ろくろうた様に大鳥居の構えを使わせるなど…」


 オオノキ家の老臣なおかつが驚嘆の声をあげる。


 最上階の貴賓席で戦いを見守るツヅキ・ときおも己の目に映るろくろうたの姿を見て動揺を隠せない。


 「ククク…。育ちの良さが出ちまったなあ、ボンボンが。そいつがお前の御座敷流か?」


 ブオンッ‼


 ろくろうたの姿をあざ笑うしのぶに向ってろくろうたが袈裟切りを仕掛ける。

 美麗と呼ぶに相応しい技の応酬に観衆は言葉を失う。


 「よくも僕に恥をかかせたな‼」


 憤怒の形相と共に闘技場を震わすような怒号が鳴り響いた。

 身内のすばるとなおかつはおろか俺を応援するりんたちもヤツの怒声を前に言葉を失っている。


 ろくろうたは普段は決して見せないような巣の感情を顕した。


 奴の本性が激情家だった事を知って俺は好感さえ抱いていた。


 「何言ってんだ。人間だれしも死は恐ろしい。お前は生まれて初めて己の命を脅かす俺という存在を前に命の危険を感じて、その御大層な構えを使ったんだ。恥じ入るな、誇れ。お前は何も間違っちゃいねえ…」


 ろくろうたは俺の言葉を最後まで聞くと大きく息を吸い込み、それを吐き出す。

 自らの内側に溜め込んだ憤怒を持て余しているのは最早言うまでもない。


 「僕は臆病者じゃない…。戦いの中で命を失う事は武士の本懐なんだ…」


 「俺もその意見には賛成だ。力士の命は捨てて当然だ」


 俺も深呼吸して自身の闘志を抑える。


 追い詰められ、ついにナマの感情を吐き出したろくろうたは俺に相応しい強敵と為ったのだ。

 もはや世間知らずのボンボンとhs思うまい。


 「こっちも矜持を捨てる事にするよ。君の言うお座敷流の奥義を見せてあげる」


 ろくろうたは小太刀を鞘に収め、中段の構えを取る。

 奴の姿に不動にして至強の境地を垣間見た俺の鼓動はかつてないほどに高まっていた。


 「秘剣、月光…」


 ろくろうたは太刀を構えたまま、地面を滑るように前進する。

 抜きの太刀を前にしているのに殺意を一切、感じない。


 俺は舌を舐めずり、ろくろうたの妙技を堪能する事にした。

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