忍法 その59 仁義なき血戦
どうでも良い豆知識。
① 刀は刃を入れた後、そのまま下に流すか接地前に止めるかしないと切断できない。これは鏡餅を斬る時に昔、教えてもらった。模擬刀での話だが。ちなみに刃を当てただけで切れる刀は鈍らというらしい。
②キンタマは尖ったもので叩かれないと簡単に潰れない。平手打ちよりも固勢拳(中高一本拳)の方が潰しやすい。たまにショック死することがあるのでキンタマを狙わないのがベスト。
このお話の文明レベルは室町の後期くらい。日本刀の切味は全体的に良くない。
俺はりんたちを控室に残して闘技場に向った。
ちけいは部外者なので観客席に行かせる。というか先に観客席に向ったなおかつとすばるが心配だったのでそちらの様子を見に行かせたのだ。
すばるは庶子とはいえ一応は大臣の息子には違いない。
天導専心の過激派連中と何かがあれば、大会自体が閉鎖されてしまう可能性もある。
だが今は試合に集中するべきか。
「よっしゃ」
試合会場に足を踏み入れた俺は自分の頬をピシャリと叩いて気合を入れ直す。
目の前には相も変わらず不敵に笑う因縁の相手、オオノキ・ろくろうたが立っていた。
「やあ、しのぶ君。元気そうだね。それでどうだった?あのゴミどもから何かお涙頂戴的な良い話を聞けたのかな」
俺は鼻先で笑い飛ばす。
例え相手にどんな事情があろうとも一度、戦場に出て是馬殺すまで戦い続ける。
それが俺という人間だ。
「安心しろ、ろくろうた。お前がどこの誰だろうが俺に戦いを挑んだ馬鹿である事には違いねえ。ぶっ殺してやるからさっさと来な」
だんっ‼
俺は四股を踏んでろくろうたを威嚇する。
「ははは…。最高だよ、しのぶ君。やはり君は思った通りの男だ。このボクに殺されるに相応しい‼」
ろくろうたは嬉々として俺の挑発に答える。
腰に吊るした黒塗りの鞘から白刃を引き抜く。
そして狙った獲物を逃すまいという意思を感じさせる異様な目つきで俺に向けていた。
「あの…。ろくろうた殿、まだ試合は」
審判役の侍が怯えながらろくろうたに話しかける。
ろくろうたはそいつには目もくれずに言いやがった。
「お役目ご苦労。そろそろ消えててよ。それとも君が、しのぶ君の代わりに消えてくれるのかい」
ろくろうたの声にはおよそ人間らしい情愛は一切感じられなかった。
おそらくこのオオノキ・ろくろうたという男は私利私欲の為ならば迷いなく人を殺せる人種なのだろう。
「そういうわけだ、兄ちゃん。早く消えろ。これ以上は野暮ってモンだよな」
ガッ‼
一瞬の空白の後、ろくろうたの殺気を感じ取った俺は審判を蹴り飛ばす。
ほぼ同時にろくろうたが斬りかかってきていた。
(さては審判もろともに俺を切るつもりだったか。ろくろうた、気が利いているじゃないか)
俺はろくろうた渾身の袈裟切りを紙一重の間で躱してやる。
「惜しいなあ…実に惜しい。開始直後に君を斬殺して試合を終わらせるつもりだったのに」
ろくろうたは顔をしかめながら大きく息を吐く。
ろくろうたは今、自身が人を殺せなかった事に失意と無念を覚えているのだ。
生粋の殺人者以外の何物でもないのだろう。
ある意味、俺と非常に似ている。
「安心しろ、ボンボン。今のはマグレじゃねえよ。当然の成り行きだ」
そう言いながら俺は目の前で立ちんぼになっているろくろうたに向って左右続けての張り手を見舞う。
「あははっ‼容赦ないねえ‼」
ろくろうたは大きく後方に向って飛び退いて是を避けた。
一見して人を小馬鹿にたかのように笑っているが、その動きは鋭敏な物で隙という物が存在しない。
常に戦場における自分の立ち位置を把握して、戦いを有利に進めようとしていた。
「ガタイのわりにすばしっこいじゃねえか」
張り手を避けられて、俺はろくろうたの元に深く踏み込む。
その勢いで軽く体当たりなどを出してみるが、ろくろうたは俺の動きを読んでまたもや避ける。
「これならどうだ‼」
俺は間髪入れずにろくろうたの脛に向って足払いを放った。
ろくろうたはニイっと笑って足払いを受け止める。
「今度は僕の番だよ」
ろくろうたは身体を捻りながら太刀の柄で俺の手首を打った。骨まで響く衝撃と鋭い痛みに思わず顔を歪ませる。
だが俺の視線がろくろうたから外れる事は無い。
奴のが腰に差した小太刀を抜いている事を知っていたからだ。
おそらくはさっき打った手首か、俺のわき腹でも狙っているのだろう。
俺は上半身の筋肉を引き締める。
鋼の鎧と化した肉体を盾にして、小太刀を構えるろくろうたを横薙ぎの平手打ちで吹き飛ばした。
「ッッッ‼‼‼」
ろくろうたは打たれた顔の左半分を抑えながら大きく後退する。
だがそれは既に読んでいる動きだ。
俺は前に踏み込んでろくろうたの腹につま先蹴りを当てた。
「ぐうっ⁉」
ろくろうたは蹴りを受けて数歩後退したが、すぐに小太刀を持って体勢を立て直した。
「痛いなあ、しのぶ君。僕はこれでも繊細なんだ。もっと優しくしてくれないと困るよ」
ろくろうたのは相変わらずの不気味な笑みを見せる。
その視線の先には俺の右わき腹の刀傷とそこから流れ出る血があった。
一般人ならば立ち眩みしてしまうほどの出血量だろう。
「お前こそ左耳は大丈夫かよ」俺は鼻息を荒くして傷口の周囲の筋肉を引き締める。
現状で可能な止血行為だが、思ったほどの効果は期待できない。
せいぜい何もしないよりマシという程度だ。
「ああ、コレ?君と同じさ。転んで膝を擦った程度かな」
ろくろうたは左の耳穴から出血していた。
先ほどの平手打ちで鼓膜が破れているのかもしれない。
「その通りだ。一度、戦場に立ったが最後俺たちのようなバカは死ぬまで戦いを止められええのさ」
俺は口の端を歪ませて不敵な笑みを見せる。
ろくろうたも含み笑いを浮かべながら、傷ついた獲物を前に舌を舐めずる。
さっきの言葉に偽りはない。
戦うほどに粗ぶり、強さを増してゆく。それが戦士という生き物の運命なのだ。
「しっ‼」
そこから戦いの”仕切り直し”が始まる。
俺がろくろうたの運足を封じる為に出足払いを放つと、ヤツは後ろに飛び退いて太刀を振るう。
俺は先んじて刃が疾走る前に肩で受け止めた。
切味の良い刃物ほど、刃を滑らせる距離が無ければ断つ事は叶わない。
そしてさらに踏み込んでから顎と首で挟み込んでから太刀の動きを止める。
歯を食いしばり、太刀もろともへし折ろうと試みる。
「いひっ‼」
ろくろうたは一瞬、奇声をあげると太刀から手を放した。
俺は奴の股間に向って掬い突きを狙う。
ほび同時にろくろうたは小太刀で俺の胸に向って突きを繰り出した。
相討ち覚悟の技の応酬に観客席がどっと沸いた。
次の刹那、小太刀が俺の胸に深々と突き刺さり、ろくろうたの袴の股間の部分に赤黒い染みが出来ていた。
睾丸を潰した感触は無い。
おそらくはどこかが傷ついて血尿を出したというところだろう。
「痛えな。テメエは手癖が悪すぎるんだよ」
俺は地面に唾を吐きながら小太刀を引き抜く。
かなりの出血量だったが戦意と気力は衰えるどころか高まるばかりだ。
「流石はしのぶ君、僕が見込んだ通りの男だ。ご褒美代わりに僕の本気を見せてあげるよ…」
しのぶの外見はマッチョな牙神幻十郎(※サムスピのキャラ)。ろくろうたは細マッチョな首切りバサラ(※やっぱりサムスピのキャラ)。いずれイラストを描くかもしれない。




