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忍法 その58 なおかつの涙


 「その尼僧アマさんの名前は何ていうんだ?」


 俺は内心の動揺を隠しながら、なおかつに尋ねる。

 なおかつもまた俺の変化に気づきながらも慮って知らぬふりをしながら答えてくれた。

 問題があるとすれば身内の二人(りん、金糸雀姫)はそれにまるで気がついていない事だろうか。


 「その御方は”朱鷺”様と名乗っておられました。もしや、しのぶ殿の縁者の方ですか?」


 「いや。俺に尼僧あまさんの知り合いはいねえよ」


 前世の義母です。

 嫁(※朱鷺子の長女=自在=やよい)が癇癪を起して殺しました、――とは絶対に言えないな。

 ちなみに生前の朱鷺子もかなりムラッ気の多い人間で、入り婿の俺はいつも機嫌取りばかりしていたような気がする。


 「そうでしたか。朱鷺様は病気がちだったすばる様にも良くしてくれたので、私もあまり悪くは言いたくは無いのですが」


 「なおかつよ、朱鷺殿を悪く言うな。あの御方は”女神はらく”のような慈悲深い聖女様だぞ」


 それまで打ちひしがれていたすばるがなおかつの話に朱鷺子の名前が出てきたのを聞きつけて気を取り直す。

 お前はうるさいからもう少し黙っとけよ。


 「それは申しわけありませんでした。以降。気を付けます」


 なおかつはすぐにすばるに向って頭を下げる。

 次いで俺たちにまで頭を下げてきた。

 多分、主の恩人に対して陰口を叩いた事を心の底から反省しているんだろうな。


 「でも、その朱鷺さんとお話してからろくろうたの様子がおかしくなっちゃったんでしょ?アンタ、少しは人を疑う事を覚えた方が良いわよ?」


 お前もな、りん。


 「まあ済んだことは置いておいて。その朱鷺さんだっけ?彼女は今何処にいるのかしら?」


 りんはなおかつとすばるの方を見る。

 二人とも気の進まない様子で沈黙を守り続けていた。


 (俺にも心当たりがあるな。あの”朱鷺子”がそう簡単に尻尾を出すわけがない。おそらくは自身の死を偽装して行方を暗ましているいる、というところか?)


 「朱鷺さまは数年前に亡くなられたと聞いている。旅先で病に倒れて…」


 すばるは時の死を心の底から悼んでいる様子だった。

 隣のなおかつも相変わらずだんまりだったが、感情を押し殺しているように見えた。


 (あの図々しい妖怪婆め…)


 俺は朱鷺子のいつものやり口を思い出して内心毒づく。

 かつてスセリの民を統治していた朱鷺子は甘い心根の持ち主ではない。

 おそらくはろくろうたと接触してそれなりの成果を得たから、オオノキ家の連中と縁を切ったのだ。


 今頃どこかの草庵に籠って、囲炉裏の前でくつくつと笑っている姿が思い浮かぶ。


 話は前世に戻るが朱鷺子は、わざと時代のスセリの民の長として自在を選ばなかった事を知っている。

 そのせいで俺が自在からどれほどとばっちりを受けた事か…。

 良し、見つけ次第自在やよい)ともどもぶち殺そう。


 「てい」


 俺が新たな目標を決めて闘志を燃やしていると背後からりんが蹴りを入れてきた。


 「何すんだよ‼」


 俺はりんに向って罵声を浴びせる。


 「アンタさ、また何か妙な事を考えてない?」


 「お前はただでさえも悪人顔なのだ。少しは場の空気を読んだ方が良いぞ?」


 気がつくとりんと金糸雀姫は不審者を見るような目で俺を見ていた。


 「その邪悪な笑みはふじわら巨根斎の物に間違いない。やはり貴様は悪の化身…」


 とうたなどは既に刀を構え、臨戦態勢にある。

 そして俺たち四人の殺気を感じ取ったちけいはすばるとなおかつを遠くに避難させていた。

 素晴らしい連携だな、お前ら。


 「おい、待て。お前ら、俺はもうすぐろくろうたの野郎と一戦交えなきゃなんねえんだ。身内同士で喧嘩は御免だぜ」


 とうた、りん、金糸雀姫。

 こいつらとサシで戦っても負ける気はしないが三人がかりってなら話は違う。

 俺は慌てて弁明するが三人が発する雰囲気からして誤解を受けたままだった。


 「しのぶ殿。今のろくろうた様は正気を失っておりまする。何卒、貴殿の力でろくろうた様を正気に戻してもらえませんか」


 なおかつが俺の前で土下座をして懇願する。

 

 この爺には悪いが、今のろくろうたがアイツの本性だ。

 きっとすばるやなおかつは武家の頭領らしい性格のろくろうたを期待しているのだろうが、それはお門違いというものだろう。

 朱鷺との邂逅などきっかけにすぎない。


 「爺さん。生憎だが俺は一介の力士でしかねえよ。人の道がどうとか高説を垂れる趣味は無え」


 なおかつは俺の話を聞きながらも決してその場を離れようとはしない。


 「ならばせめて御身の御力でろくろうた様の真意を問い質していただきたい。我らでは力が及ばす、ろくろうた様は何も語ってはくれないのです」


 力無き者には語るに及ばずか。


 ろくろうたらしい考え方だな。


 なおかつは額を地面に打ちつけた。


 「ろくろうた様がオオノキ家を捨てると言うならそれでもいい。ですが我々のようなか弱き者ではその理由さえも聞く事が出来ないのです。これでは死んだ妹にあの世で合わせる顔が無いッ‼この通りですッ‼」


 そう言って老武人ワタヌキ・なおかつは何度も額を地面に打ちつけた。

 嗚咽の混じった声から、なおかつの悲憤が窺える。


 「要するにアンタはろくろうたとすばるの叔父さんってわけかよ」


 俺はやや呆れながら尋ねるが、なおかつは答えない。

 それは使者との約束の為か、止むを得ない事情があるのだろう。

 俺はそれ以上、聞いてやらない事にした。


 「わかった。だが俺が出来るのはあくまで勝負でろくろうたの野郎と白黒つけるだけだ。泣きべそかいてるアイツをお前らの前に連れて来てやるから期待して待っていてくれ」


 「しのぶ殿…」


 こうして俺はすばるとなおかつ、そしてオオノキ家の家臣たちと珍妙な約束を交わした。

 連中には会場で観戦することを勧めて、俺たちは控室に向かう。


 「流石はしのぶ殿。あの石頭の爺を上手く丸め込めんでしまうとは‼拙僧、感激しましたぞ‼」


 俺の隣を歩ているちけいが嬉しそうに騒いでいる。

 コイツ、さっき俺と戦って重傷を負っているはずだよな。

 ここで首の骨を折っておいた方がいいのか?


 「おい、ちけい。一応、聞いておくがろくろうたの母親が殺された話には、お前らは関わっていないんだよな?」


 「滅相も無い‼あれはその何というか、我ら天導専心の恥部というか一部過激派が引き起こした事件でして…」


 ちけいは驚いた様子で暗殺疑惑を即否定する。

 やる事がいちいち胡散臭い男だが今回ばかりは大真面目らしい。


 「その一部過激派ってのはどうなったんだ?ろくろうたの親父は宰相で、しかも元王族なんだろ?しかもヤツの母ちゃんは側室とはいえ武家の人間だから、何かあったんじゃないか?」


 俺が犯人たちの素性について尋ねると急にちけいは神妙そうな顔つきになった。

 そしてあたりの様子を気にしながら実行犯たちについて話し始める。


 「過激派の頭目であるはくしゅう(※漢字表記は”白洲”)殿は今、とよたまから少し離れた場所にある闇龍洞という監獄に捕らえられていると聞いておるのだがな。彼は天導専心きっての文人、とても暗殺など引き受けるとは思えぬ。主犯はおそらくは現・天導専心の法師あいまん(※漢字表記は”愛萬”)殿ではないかと拙僧は考えておるのだが…」


 そこまで言い切ったところでちけいはため息をつく。


 「実はそのあいまん殿は今、最上階の貴賓席で試合を観覧しておられるのだ…」


 呆れ果てた、というか見上げた根性の悪党だ。

 俺がろくろうたなら試合のどさくさに紛れてそいつに襲いかかるって事も考えるな。

 よし、今回はろくろうたの奴をさっさとぶっ倒してついでにアイツの親の仇もぶん殴ってやろう。


 どんな顔をするやら…。


 「てい」


 げしっ‼


 含み笑いを漏らす俺の背中にまたもやりんの蹴りが入った。

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