忍法 その56 すばる強襲
「しのぶを殺せ‼従者も一人残らず殺すのだ‼」
奥にいるであろう首領らしき男が叫ぶと同時にろくろうたの放った刺客たちが武器を携えて俺たちに殺到をする。
連中の武器は柄の短い物や暗器が多く、動きも統一されていて隙が無い。
実戦経験を積んだ兵士たちなのだろう。
「おい、お前ら。危ないから俺の後ろに隠れてろ」
俺はすぐさま目の前の兵士を叩きのめす。
同時に左右、前から新しい敵が現れたが所詮はお手本通りにしか動けない有象無象。
頭突きと張り手で追い返してやった。
その直後、列の隙間から矢が飛んでくる。
俺が叩き落とす前にりんが短刀で切り払ってしまった。
「こんな卑怯な手を使ってくる相手なら手加減をする必要は無いでしょ?私も戦うわ‼」
りんは俺の死角を狙って攻撃してくる相手に向って行った。
「おい、待て‼」
俺が静止する声も聞かずにりんは次々と兵士たちに一太刀浴びせて、倒して行った。
りんの動きはかなり前世の姿、銅飛天丸のそれに近くなっている。
これは前世で縁のある金糸雀姫やとうたと接触した影響かもしれない。
「しのぶ、雑魚の相手は我らに任せておけ。お前は一刻も早く会場に向え」
金糸雀姫は太刀を振るって前方の敵を一掃する。
「とは言ってもよ、いい加減こいつら数が多すぎるぜ」
俺は進路を確保する為に片っ端から敵を叩きのめす。
実力的には並か、それ以下だが武器を持っているので油断は出来ない。
さらに彼らの一糸乱れぬ群れとしての動きは限定された空間では脅威と言わざるを得ない。
「しのぶ殿、おそらく彼らには現場指揮官がいる。まずはそれを抑えてみてはいかがかな?」
突然俺の隣に現れたちけいは敵を追い払いながら”敵の首領を叩け”と厄介な注文をしてきた。
「チッ。他人事だと思いやがって‼」
俺は舌打ちしながらも言われた通りに敵の指揮官らしき人間を捜した。
ガタイの良い男、素早い動きを見せる男、武器を巧みにあつかい俺に襲いかかる機を窺っている男。
いずれも猛者には違いないが彼らが倒れても群れが動揺する様子は無い。
それどころか綻びを繕うが如く、さらに強靭な群れを作って俺の行く手を阻む。
その時、俺の胸の中央に向って矢が放たれた。
氷の刃の如き鋭い殺気が俺に向けられる。
「ほう」
俺は不敵な笑みを浮かべる。
仮に殺気の主がこいつらの首領でなかったとしてもかなりの使い手である事は間違いない。
ヂッ‼
俺はすぐさま矢を手刀で撃ち落とす。
殺気は煙の如く消え失せて、再び俺に向って敵を押し寄せる。
(おそらく矢は合図、殺気は俺の注意を引く為にわざと向けられているのだろう)
俺は低くかまえて斬りかかる侍の足を払い前列を強引に止める。
続いて他の侍たちを両手で薙ぎ払い、左に回り込んで敵の様子を見た。
じりりっ…。
直後、首の後ろに例の殺気が向けられた。
(間合いが近いな。武器を替えたのか?)
俺は振り向きざまに張り手を見舞う。
勘を働かせた一撃である為に狙いはイマイチだ。
回避し損ねた敵は張り手を食らって大きく飛び退く。
その手には小刀が握られていた。
「やれやれ。お前みたいなガキを差し向けるとはろくろうたの野郎は何をかんがえていやがる」
俺は相手の姿を目視して落胆する。
こんなド派手な奇襲を仕掛けてくるからにはどんな戦上手な武士かと思えば、背丈はりんより少し低いくらいのガキだった。
身なりの整い方からして高位の家柄の武士に間違いない。
そいつは親の仇を見るような目で俺を睨みつけていた。
「貴様が如き下郎がが、ろくろうた兄様を呼び捨てにするな‼」
「はあっ⁉兄貴の為にわざわざ俺にぶちのめされに来たのかよ。どうせならもっと強面の大男を連れて来いよ」
「殺す‼」
ろくろうたの弟は小刀を構えて突進する。
矢の援護は無いが、後詰に太刀を構えた武士たちが控えていた。
こいつをやり過ごしても太刀を持った連中に斬られるという仕組みか。
「覚悟ッ‼」
ろくろうたの弟は俺の肩や脇、胴を狙って斬りかかってくる。
急所を狙っているわけではない。
動きを止める事が目的なのだろう。
「当たらねえなあ‼」
俺は常に敵を目の前に置いて小太刀を捌く。
こうしていればガキの身体が影になって後衛の連中が加勢するのが難しくなるからである。
「すばる様、御下がりくだされ‼その者の相手は我らが‼」
太刀を持った連中が後ろから主に声をかける。
「その必要は無い。この身の程知らずの下郎は、このオオノキ・すばるが討ち果たす‼」
どうやら目の前の威勢の良いガキの名前はオオノキ・すばるというらしい。
すばるは見るからに育ちによさそうな小顔の美青年で、常に陰気で好戦的なろくろうたには全く似ていない。
「俺と喧嘩するには十年は早いな。兄ちゃんのところに逃げるなら追わないでおいてやるぜ?」
俺は左右の突っ張りですばるを追い返す。
取っ組んでぶん投げればすぐにぶっ殺す事も出来るが前世と違って今の俺はガキを殺すような真似はしたくない。
何より俺は、この竹を割ったような真っ直ぐな太刀筋の使い手を好いていた。
「黙れ。次に兄様の前に立つ時には貴様の首を獲った時と決めている」
すばるは俺の手首、腕を狙って太刀を振り回す。
飛燕のような刃の応酬には手を焼いたが、所詮は教科書通りの攻め手にすぎない。
斬撃が疾走る前に叩いて威力を殺して封殺する。
しかしすばるの剣腕は未熟だが、心意気だけは一人前で俺の前捌きを食らっても一歩も退かない。
それどころか一歩、さらに一歩と踏み込んで左の首筋目がけて斬りかかってきた。
「甘いな。御座敷流じゃあ俺は倒せねえよ‼」
俺は小太刀が振り下ろされる前に両手で掴む。
すばるの剣は素早く、鋭く、見切る事が難しい太刀筋だがそれだけに気道が単調だ。
凡百の剣士ならば通用するのだろうが、相手は剛力無双の俺だ。
まず相手の身体に中途半端な刃が通るかどうか考えてみやがれってんだ。
ぎりっ‼
「馬鹿なっ‼首で刃を受け止めただと⁉」
「オメエ程度の腕前なら驚くんだよなあ?だがこちとら熊や狼と毎日戦って鍛えたんだ。生半可な刃なんか通らねえよ‼」
言うまでもなく俺の皮膚は特別製だ。
獣との戦いで負傷した時には、軟膏を塗って治療した後には必ずそこに塩を刷り込んで皮膚そのものを固くする。
身体の主な傷は愛猫の地皇たんのカミカミで出来たものだがその事には突っ込まないで欲しい。
愛猫家の宿命みたいなもんだからな。
「ぬんっ‼」
気合一閃で俺はすばるの小太刀を折った。
すばるは目の前で起こった出来事を信じられず、驚愕のあまり呆気に取られている。
「ば、化け物め…」
俺はニヤリと笑い、首を後ろに引いた。
「残念だったな、すばる。お前じゃ役者不足なんだよ‼」
がんっ‼
そして半歩前に出たと同時に頭突きをぶちかます。
若武者の手から欠けた小太刀が落ちた。
オオノキすばるは白目をむいたままその場で膝をつき、意識を失ってしまった。




