忍法 その55 神器争奪戦
女神”はらく”(※漢字表記だと羽楽)の神話、――まあ、ぶっちゃけ言うとこの作品を読んでいるヤツにはよくある「天の羽衣」系の昔話だ。昔どこかの山奥に住んでいた若者が、柴刈りの帰り道に傷ついた娘を助ける。
それで娘と若者は一緒に暮らしている間に良い仲になったんだけど、ある日神の国から使いがやってきて娘は泣く泣く故郷に帰る事になった。
別れの時に娘は、いつの日かお互いが生まれ変わった時に再会をする約束をするんだが、お互いの事を忘れないように三つの宝物を置いて行く、という話だったような気がする。
「はらくの乙女(転導専心では女神の事をそう呼んでいる)は三つの宝物を残して、天の国に帰った。一つは天狐の羽織、もう一つはこの国の神器である天翔鳳翼扇”、最後は飛竜の王が持つ”七曜勾玉”なのだ」
(そういえばそんな設定もあったな。法律で飛竜を殺すなってのはそういう意味だったのか。既にファイアードレイクを殺しちまったけど…)
俺はあえて気づかないフリをしながらちけいの話を聞いて頷いた。
「あのさ。飛竜の王って前にしのぶが退治したんじゃなかったっけ?」
りんと金糸雀姫がジト目で俺を睨んでいる。
一方、ちけいととうたは驚きを隠せぬといった面持ちで俺を見ていた。
実に居心地が悪い。
「待てよ、りん。あの時は村が襲われていたんだぜ?」
「アンタ、昔から敵対する相手は容赦なく殺していたじゃない」
駄目だ、否定出来ねえ。
俺は助けを求めて金糸雀姫を見る。
だが俺の思惑に反して氷のような冷たい視線を向けられた。
「フン。私も助けられた身の上ゆえに偉そうな事は言えないがな。飛竜はフソウのみならず大陸諸国の守護神として崇められる稀有な存在だ。いい加減、分別という言葉を覚えたらどうなんだ?」
マズイ。金糸雀姫の故郷である炎龍国の神獣も飛竜だった。
「しのぶ殿…」
「やはり貴様は悪逆非道の魔人、ふじわら巨根斎に相違ならぬ大悪漢。人並みの善心が残っているならば、この場に平伏して首を切らせろ」
とうたは術を用いて大刀を呼び寄せ、抜刀する。
(りんととうたの血の巡りの悪さは絶対に遺伝だな…)
俺は三人を押し退けて、ちけいとの会話を再開する事にした。
こいつらいちいち俺の上げ足を取ってばかりで橋が一向に進まない。
いっその事「邪魔をするなら故郷に帰れ」と言ってやりたい。
「その神器がどうかしたのか?」
「ふむ。実はその神器の一つ、天狐の羽織を、我らが転導専心が保管しているのだ。七曜勾玉においては所在不明、天翔鳳翼扇はフソウ王家が保管している。はずだったのだがのう…」
そこでちけいは目を瞑り、考えるふりをする。
天翔鳳翼扇が今回の大会の商品に挙がっていたのは田舎者の俺も知っている。
優勝したら都の道具屋で売り払って村の連中にご馳走でも振る舞ってやるつもりだった。
「三つの神器を所有する者は、はらくの乙女と再会する資格を得るのだ。どこまでが真実かは知らぬが、フソウ王家が輩出した大王たちの偉業を考えれば、あながち与太話とも思えんのだ」
ちけいはそう言ってうんうんと頷いている。
確かに奴の話の通り、フソウには一人で他国の奴隷を解放して国王に成り上がった初代国王や、近隣の小国を滅ぼして国を大きくした三代目の国王の伝説なんかが色濃く残っている。
わりと近い年代だと前の話に出てきた二代前の国王が怪しげな研究に没頭していた事くらいか。
そいつだな、天導専心にふじわら巨根斎の術の研究をさせていた主犯格ってのは…。
「拙僧が大会に出場したのはあくまで拙僧個人の意思だ。だが拙僧の後見人である大神官様からは優勝した暁には天翔鳳翼扇を教団に献上せよとも言われておる。実はこれには理由があってな」
「ほう」
「数年前に教団本部に賊が入り込んで、天狐の羽織を盗み出そうとしたのだ。拙僧も奮闘して賊を縛り上げてやったのだが、賊の首領には逃げられてしまった。やや行き過ぎた考えかもしれんが、賊は神器を揃えようとしているのかもしれん…」
当事者ではないので天導専心の本部が警戒厳重かどうかは知らないが、大神官とやらはただの窃盗と決めつけるには早急過ぎるかもしれないという考えなのだろう。
まして狙われたのは伝国の財宝だ。止む無しというところか。
一応、筋は通っているな。
「そこでだ、しのぶ殿。この大会に優勝して是非とも天狐の羽織を我が教団に寄進して欲しい。大丈夫、お主は強い。必ずやり遂げる。なぜならばとうた殿や拙僧を倒したのだからな」
ちけいは俺の肩を叩きながら豪快に笑った。
俺は普通に痛かったので奴の手首を掴んで止めさせる。
それ以上にこのクソ坊主の心胆の方が気に入らなかったのだ。
「おい、クソ坊主。仮にだ俺がお前らにその宝物を寄付してやったとしてどんな見返りが期待できるんだ?ああっ⁉今すぐ言ってみやがれ‼」
俺は息を巻いて詰め寄る。
ちけいは少し考えた後に想像通りのセコイ答えを聞かせてくれた。
「ううむ。そうだな、お礼に拙僧がしのぶ殿為に立派な生前葬を挙げてやろう。葬列者には本部の僧侶たちも…」
ぶちっ‼
ちけいのあまりに図渦しい要求に堪忍袋の緒が切れる。
俺はこの腹黒いだけの全然ありがたくない坊主の襟を掴んでそのまま地面に叩きつけた。問答無用で。
「ふう。大臣に、将軍、宗教団体か。思った以上にめんどくさい大会だな、これは…」
俺は御座の上に腰を下ろした。
目の前にはりんと金糸雀姫、とうたが座っている。
時間が経過した為に少しだけ冷静さを取り戻したのか落ち着いた様子である。
ちけいは少し離れた場所で投げられた際に出来たたんこぶを撫でていた。
テメエは一生、会話に入ってくるな。
「ねえ、しのぶ。私思ったんだけどさ。この大会、棄権した方がいいんじゃないの?」
りんは俺の身を案じて気づかうような素振りを見せる。
金糸雀姫も特にりんを否定するような事を言ってこない。
「悪い、りん。それはあり得ねえな。俺はまだまだ暴れ足りねえんだ。それにろくろうたの野郎とも決着をつけなければならねえ」
フソウ国の宰相キッカワ・たかとらの息子オオノキ・ろくろうた。
コイツにはさとしとの戦いに水を差された因縁がある。
順当に勝ち上がっているからおそらく次の準決勝戦で戦う事になるだろう。油断は出来ない。
「次のオオノキ殿か。素行、性格は最悪だが強敵だぞ。奴の無法な振る舞いが許されているのは奴を捕らえられる者がいないからだ」
とうたもろくろうたには個人的な思い入れがあるのか俺を非難するような事は言ってこない。
「フンッ。ぶつかれば全部わかる。俺が負ければその程度の男だって事だ」
俺は意を決して立ち上がる。
この世は己の持ち得る力こそ全て、迷いなど微塵も無い。
「ふむ。そろそろ準決勝がはじまるはずだ。しのぶ殿の強敵として行く末を見守らせてもらうか‥」
いつの間にか復活したちけいを先頭にりん、金糸雀姫、とうたらが俺の後ろについて来る。
少なくとも俺はちけいととうたに心を許したつもりはない。
「おい、ちけい、とうた。お前らは部外者なんだからさっさと国元に帰れ。普通に迷惑だ」
「何と。しのぶ殿ともあろう御方が器の小さい…」
「ふん。お前のような悪漢を私が放っておくと思っていたか‼」
闘技場に行くまでの間、何度も追い返そうとしたが二人は無理矢理着いてきてしまった。
誰かこいつらの図々しさを何とかしれくれ…。
そして俺たち五人が入り口の前に辿り着くと案内役の男に呼び止められた。
「しのぶ選手、次の試合なのですが…棄権するつもりはありませんか」
男は無表情のまま腰にさした刀に手を添える。
なるほど、実にろくろうたらしい小細工だ。
「しのぶ…」
りんに言われるまでもなく既に俺たちはろくろうたの手下どもに包囲されていた。
この手際の良さ、ただのチンピラではない。
おそらくはフソウ国の正規軍の兵士だろう。
「俺が棄権だぁ?冗談じゃねえ。ろくろうたの野郎に伝えておけ。怪我するのが恐いなら屋敷で寝てろってなあ‼」
俺が啖呵を切るとほぼ同時にろくろうたの配下たちが剣を抜いて切りかかってきた。




