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忍法 その54 女神はらく


 かくして試合は俺の勝利で幕を閉じた。


 「ああ、痛い。しのぶ殿、拙僧はもう若くはないのだ。もう少しこう手心という物を加えてくれると嬉しいのだが…」


 ちけいはかなり高い位置から落とされて頭を打っているというのに、事も無げに起き上がった。

 もしも大観衆の目がなければ頭蓋を踏みつぶして止めをさしているところである。


 「ハッ。良かったじゃねえか。人生を悟って神様に会いに行くのが僧侶の本懐だろう?何なら今からそのクソ忌々しい頭を潰してもいいんだぜ?」


 俺は倒れたちけいの手を引き上げながら不敵な笑みを見せる。


 言っておくが半分は本気だ。俺は半生を費やして会得した技を二度も見切られて腹が立っている。


 「はっはっは。拙僧そこまで信心深いわけではない。まだやりたい事はたくさんあるから勘弁してくだされ」


 ちけいは立ち上がると俺に向って頭を下げた。


 このちけいという男はいつも胡散臭い言葉しか吐かない生臭坊主だが、今回ばかりは筋の通った態度を俺に見せている。


 (野郎。証拠隠滅の為に自害とか、妙な事を考えていないだろうな…)


 俺はちけいが宗教団体”天導専心”と自分との関わりを勘繰られない為に自害する事を危惧する。


 奴の太い手首を掴んでやった。


 「死ぬならよそでやれ、狸爺。それよりアレだ、お前は試合前に言っていた転生がどうとか、そっちの話をしてもらおうか?」「はああああ…。そう来るか、そうなんだよな…」


 ちけいは呆れ顔で大きな息を吐いた。


 コイツ、やっぱり適当に頃合いを見計らって逃げるつもりだったな。


 「とりあえず人目を避けよう。医療区画までご同道願えるかな」


 ぎりっ。


 俺は答える代わりに手首を強く掴んでやった。


 ちけいは情けない声をあげて俺を非難したがそんな事はおかまいなしに医療区画に連行する。


 「さて、どこから話したものか…」


 到着して間も無く、ちけいは地面に御座が敷かれた医療区画にドスンと腰を落とす。


 「おい、クソ坊主。仲間とかいるならさっさと連れて来い。お前くらい強い奴なら大歓迎だぜ?」


 「ははっ。天導専心は武道団体ではないで御座るよ。拙僧よりも強い者といえば教祖様直属の僧兵長殿くらいかな…」


 ちけいは苦笑しながら、懐に忍ばせた白い布を自分の手に巻きつける。

 戦場に入り浸っている侍らしく応急手当の類はお手の物なのだろう。


 「教祖とそいつはここに来ていないのか?」


 「しのぶ殿、今は亡き両親に誓って言うが我ら天導専心は真っ当な宗教団体だぞ。怪しげな術を使って国家権力を覆そうとは思っていない」


 ちけいは鼻歌混じりに包帯のような布を足首に巻いている。


 正直ムカついたが、俺との戦いで関節をかなり酷使したという事か。

 あの怪我ではしばらくはまともな戦闘などできまい、ざまあ見ろだ。


 「じゃあ試合前のお前の口上は何だ。言ってみろ」


 ちけいは俺と戦う前に世の世の中を変えろとかそういう戯言を抜かしていた。

 

 正直な話、俺は前世の時から異能の力で世界を変える事は出来ないと考えている。

 邪神召喚もあくまで世界を変革するきっかけ程度にしか考えていない。

 人心は変わり易く、全てを委ねるには心許ないちっぽけなものだが心の持ち様では世界の全てを変える可能性を秘めている。

 飛天丸との戦いで敗北した俺はその持論をさらに強固なものとして心中に据えていた。


 まあ、奴の点生体であるりんと仲良くなったのはものの弾みというものだ。気にするな。


 「今の乱れ切った世の中を正常な形に戻したいというのは拙僧の個人の考え方だ。教団は関係無い。だが教祖様と幹部の数名が古の古文書を解読して法力を研究していたのは事実だ。酒の席でたまたま聞きかじった拙僧は蔵にあったそれを拝借して今回使ったのだ」


 ‥‥。


 よし、やっぱりコイツは殺そう。

 

 俺はちけいの襟首を掴んでそのまま持ち上げる。

 ちけいにはいろいろ言いたい事はあるが、どこかの宗教団体の総本山で宴会があった事からして許しがたい。

 真面目に布教でもやってろ。


 「しのぶ殿、苦しい…。拙僧まだ神の身元には召されたくない」


 「テメエの茶目っ気のせいでコッチはたくさん苦労してんだよ‼このまま神さんに会せてやるから有難く昇天しろ‼」


 俺はわりと本気でちけいの首を絞め続けた。


 「何やってんの‼」


 りんの怒声が屋内に鳴り響く。

 そのまま走って来てから飛び蹴りをかましやがった。


 がんっ‼


 俺は飛び蹴りを食らって壁に頭を打ちつける。

 ちけいは巻き添えを食らわないように素早く別の場所に移動していた。


 「しのぶ、御坊様の首を絞めるなんて何を考えているのよ‼そんな罰当たりな事をしていたら地獄に落ちちゃうのよ‼」


 「全くお前という男はつくづく罰当たりだな」


 一緒に入ってきた目くじらを立てて、金糸雀姫も俺を非難する。


 (飛天丸りん小金井伝馬カナリア、お前らは大会が終わったら真っ先に始末してやるからな。覚えていろよ)


 今ので俺の中でのこいつらへ好感度は一気に10ぐらい下がっていた。

 いや既にこの時点でマイナスになっていたのだが。


 「しのぶ。貴様はやはり巨根斎の生まれ変わりだ。神仏を恐れぬ不遜な振る舞いを断じて許してはおけぬ」


 そう言ってとうたも姿を現した。

 負傷した右腕は三角巾で巻いて固定されている。

 激昂したとうたの顔はいつもの渋面に険が増していた。


 「しのぶ殿には三人も嫁がいたのか。御盛んだな」


 「うるせえよ。こいつらは俺の嫁なんかじゃねえ」


 俺は腐れ縁どもに苦々しい思いを抱きながら答える。

 前世の嫁自在と俺の娘たちの存在が強烈過ぎた為に俺は異性に対して苦手意識が出来ていたのだ。


 「それでアンタ、こんなところで一体何をしてるのよ?」


 りんはちけいの存在などお構いなしに距離を詰めてくる。


 「いきなり会場から姿を消したから心配したのだぞ。正妻として」


 「フン。どうせ卑怯な手でも使ったのだろう」


 金糸雀姫ととうたはちけい同様に大怪我をしている俺に対して何の配慮を見せる様子も無い。

 しかもりんへの対抗意識を働かせて同時に距離を詰めてきた。


 「はっはっは。流石は海内無双の益荒男、しのぶ殿。女子おなごには滅法持てるようだわい」


 ちけいはニタニタと笑いながら俺たちの様子を眺めていた。


 コイツ、絶対に楽しんでいるような。


 「話を戻すぜ、ちけい。世界の変革とやらがお前の私事だったとして、天導専心の上層部は何で転生の秘術何かを研究していたんだ」


 「それは二代前の国主であるタカツナ王との密約だと大神官殿が言っていいだな」


 後で知った話だが大神官というのは教団内では教祖に接ぐ地位で、ちけいを教団に勧誘した人物でもあるらしい。



 ――って本部で酒盛り始めたのって大神官かよ。


 終わってんな、天導専心教。


 「さて何から話そうか。そうだな。まずは今から百年ほど前にフソウの国に現れた女神の話からしようかのう」


 「女神?」


 「そうだ。我ら転導専心の初代教祖様に法力を授けた女神様の話だ」


 ちけいは坊主らしく何かを悟ったような口調で、天導専心が女神と仰ぐ存在”はらく”について語り始めた。

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