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忍法 その53 決死行


 身体が熱く燃える。

 怒りではない、――純粋な闘志だった。


 目の前の敵ちけいに対する怨恨の類は一切無い。

 大安との思わぬ再開は俺の心にかつてない充足感を与え、己が何者かを教えてくれた。


 俺は俺だ。

 例え何度生まれ変わろうとも俺という人間の本質だけは悠久不変だった。

 即ち、その信念と歯力こそ正義という事に他ならない。

 信義や教条は後付けのおまけにすぎず、ただ己の一生で何を為そうとしたかで己の価値を見分する。

 

 俺はいつものように四股を踏み、重心を深く落とす。


 毎日繰り返した事は決して無駄にしない。

 今はちけいに感謝さえ覚えていた。


 「肚をくくったか、しのぶ殿」


 気がつくとちけいの顔から余裕の色が消え失せていた。

 俺の全力に奴も何か思うところがあったという事なのだろう。

 

 ちけいの武器である棒に闘気がそのまま宿っている。

 おそらくちけいはこの試合で今初めて俺を本気で殺そうとしているのだ。


 怪僧の巨体から殺気を含んだ圧迫感が発せられている。


 「怖気づいたか?”金剛武僧”のちけいさんよ、俺の本気は半端じゃねえぜ…」


 俺もまた真の力を引き出したちけいを前にかつてないほど猛っていた。


 闘志が体内を炎のように渦巻き、飢えた獣のように”早く食わせろ”と唸っている。

 俺とちけいは自然に歪な笑みを浮かべていた。


 「迷える衆生を救う為に拙僧は地位、名誉、家族よ大切な者を全て捨てた、――つもりだったのだがな。武人としての本能だけは捨てられなんだ。恨むぞ、しのぶ殿」


 「気にするな。そいつが本気の信念ならすぐに元に戻るだろうぜ。俺をぶっ殺した後、神道にでも何でも戻るがいいさ」


 俺は必殺の”伏虎”の構えを取る。

 もはやじゃれ合いに興じるつもりはない。

 次の一手で己の障害を完遂する心意気で勝負に臨んだ。

 

 男の人生にそれ以外の何が必要だってんだ。


 「奥義…」


 ちけいの闘気が棒の先端に集約されていく。

 

 先ほどの独角獣が”静”の技ならば今度の技は”動”に相当する技だろう。


 (多分”屠龍”、”蛇神”ではちけいの技には間に合わないだろう。俺らしくないから使いたくないがこの際贅沢は言ってられねえ…)


 俺は”伏虎”の構えを維持しながらちけいの行動を見守った。精魂込めて”力”を集めた。

 ちけいの得物の先は金属製の武器に匹敵する力を秘めているのだろう。


 「埒が明かねえ。動くか…」


 俺は瞬時に伏虎の構えを解いて、ちけいの前に立った。

 俺の変容に気がついたちけいは影が本体に追いすがるが如く、互いの距離を保持する。


 (思いだせ、修行の日々を。この手に宿る力はいつの日か天を掴む…)


 俺は上半身を捻って力を溜める。


 天の高みから血を穿つ龍の構え。


 「龍王…」


 左右の腕に渾身の力を込める。

 筋肉が限界を超えて膨張し、俺の両腕は鋼の硬度を得た。


 「…」


 さらに身体を捻じる。


 今ならばちけいが下手に仕掛けようものなら即座に反撃できる自信があった。


 「ぬおおおッッ‼‼」


 「ッ‼」


 互いの緊張感が極限まで高まる中、先に手を出してきたのはちけいの方だった。


 「絶技、白星烈刺突ッッ‼」


 ちけいは全身全霊で俺の心臓を突こうとした。

 いつものほほんとした奴らしかぬ悪鬼羅刹の形相を見て、俺は内心ほくそ笑む。


 (これだ。これがちけいという男の本質だ)

 

 世捨て人を気取り、いつも他人をからかって喜んでいる坊主の姿は本性ではない。

 誰よりも負けず嫌いで勝ちたがり、それがちけいの本質に違いあるまい。


 (甘いぜ、クソ坊主。本気を出すならもう少し早く出しておくべきだったな)


 俺は己の肉体を限界を超えた状態まで捻じり上げ、その技を放った。


 「轟螺旋ッ‼」


 俺は左脚を軸にして急旋回する。

 狙うは両手の叩き込み。


 一方、ちけいは相討ちも辞さぬ覚悟で俺に向って来た。

 天地を揺るがす竜巻と蒼天を射貫く流星が激突する。


 (勝った!)


 ちけいの武器はしのぶよりも先にしのぶの左胸に接触した。

 後は無事に背中まで貫通すれば、この怪童を倒す事が出来る。


 ちけいは会心の笑みを浮かべながらさらに強く棒を握った。


 (甘いぜ、ちけい。この技は出しちまえばそれで終わりなんだ。例えこの場で俺が死んでも龍のあぎとはお前の喉笛を悔い破る)


 「これはッ‼」


 次の刹那、ちけいの顔が凍りついた。

 確かに彼の武器の先端はしのぶの肉体に刺さったのだ。

 しかしその勢いは止まることなく。ちけいを巻き込もうとする。


 「ぬかったわ‼まさかこの技は…」


 「己の五体を竜巻に換える大技。出したが最後、俺にも止められねえよッ‼」


 しのぶは肩口から体当たりを決めて、次に両手でちけいの身体を叩いた。


 「ごおッ‼」


 ちけいはしのぶの両手打ちを受けて大きく仰け反った。

 肋骨と胸骨、背骨が砕かれて口内からどっと血が溢れ出す。


 「まだまだあッ‼」


 ちけいは棒を握り直して回転を続けるしのぶの身体を受け止めた。

 得物で右手を絡めとり、足を引っかけて回転するしのぶを止めようとする。


 「うおおおッッ‼」


 しのぶはちけいの妨害をものともせずに前方に向って回り続けた。

 移動距離が長くなればなるほどに技の威力が上がるのが奥義”龍王轟螺旋”の特性だった。


 「だが、これではしのぶ殿。お主の身体も…」


 ちけいはしのぶの猛攻に耐えながら彼の姿を見た。

 全身が自身の技の威力のせいでいくつもの傷を負っている。


 「黙れ、クソ坊主。こっちは万事一世一代の覚悟で生きているんだ。例えここで死んでも俺の人生、悔いはねえッ‼」


 さらに一歩、踏み込んで張り手を入れる。腕の骨が軋む。


 自力で立っているのがやっとの思いだった。

 だがしのぶは止まらない。己が編み出した術によって再会した育ての親に誓ったのだ。


 「どう生まれたかじゃねえッ‼人生はいつも真剣勝負‼何を為したかで、人の一生の価値は決まるんだ」


 「それは強者の理屈だ、しのぶ殿。衆生はお主ほど強くはない。ゆえに何かの道筋にすがらなければ生きてはいけないのだ…」


 ちけいは一瞬、迷いを見せる。


 (天導専心の経文で衆生の心を救えたのか?迷いを深め、彼らを別の苦境に誘ってしまっただけではないのか?)


 様々な後悔の念が心の中を交錯する。


 一瞬の隙だった、――しのぶはちけいの棒を叩き落とた。


 「よそ見はよくねえな、クソ坊主。人に説教を垂れる時はだ。まず相手の目をしっかり見やがれ」


 しのぶはちけいの襟と帯を同時に掴んだ。

 そののまま勢いに任せて上空にぶん投げる。


 「見事…」


 天井まで投げられたちけいは己の敗北を悟った。

 両目を瞑り、己の運命を受け入れる。


 ほどなくして受け身を取る間も無く地面に落下した。


 「悪くなかったぜ、クソ坊主」


 これが龍神轟螺旋の最終形、通天投げだった。

決まり手はダブルラリアット。

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