忍法 その52 さらば大安
天遁の術とは?
俺の前世の世界において天地を司る術には火、水、木、金、土、陽(天)、陰といった七つの属性が存在する。
術はスセリの民と呼ばれる特異な力を持った人々固有の力で、術を行使する者の多くはスセリの民の血を受け継いでいるという事になる。
飛天丸の使う銅遁などは例外で金遁から派生して誕生した人間の作った術だ。
これら七つの属性のうち、陰遁と陽遁だけは唯一の例外を除いてスセリの民の直系の子孫しか使う事が出来ない。
この世界にスセリの民がいるという話は俺も聞いた事がないし、俺の前世での妻・自在もその話はしていなかった。
自在には生まれつき天遁の術だけは使えなかったが…。
然るになぜ異世界の人間であるちけいが天遁の術を使えるのか?疑問は募るばかりだ。
(まあ今最優先すべき問題はコレだがな…)
俺の目の前で念を投射された土が盛り上がる。ちけいが魔人変生の術を使った以上、土を触媒にした使い魔と考えて間違いないだろう。
「ふうむ。なかなか難しいな、この法力という術は…。すまん、しのぶ殿。何かコツを教えてはもらえんか?」
ちけいは小山のように盛り上がった土を前にして俺に間の抜けた質問をする。
どうやえあこのすっ呆けた物言いは奴の地の性格らしい。
あらゆる意味でこの生臭坊主は殺しておく必要があるな。
俺はTPOを弁えない冗談が嫌いなんだ。
「ンなモン、俺の知った事か‼自分で考えやがれ‼」
俺はちけいの図々しい願いをすぐに断ってやる。
こういうタイプは一度甘やかすとクセになるのは前世で学習済みだった。
「そうかそうか。悲しいのう…」
ちけいは人差し指をくっつけて、悲しそうに言った。
全然可愛くないから止めろ‼と言ってやりたい。
「‼」
俺が叫んだ直後、魔人変生の術によって使い魔となった土の塊は人の姿になっていた。
土人形は身体の各所で窪み歪な変形を繰り返し、大男の姿となった。
「大安…」
ちけいの術によって造り出された土人形を見て、俺は前世の育ての親である僧侶の名前を口にする。
土人形は心なしか笑っているように見えた。
ずんっ‼
土人形は完全に大安の姿となると俺の方に向って歩き出す。
(クソがっ‼よりによって大安か‼)
俺は心の中で己の所業を呪った。
大柄な体のくせに争いを好まぬ大安と俺が戦うなど運命の皮肉以外の何物でもない。
この時ばかりは流石の俺も前世において仙術の師匠である自在の母から「己の才に溺れる者は必ず取り返しのつかない過ちをする」という忠告を思い出さざるを得なかった。
「浮かぬ顔をしているな、義人。息災か?」
俺の前世での本名を知っている。この化け物は間違いなく大安だ。
ずん、と地面を揺るがしながら土の人形が俺に向って一歩踏み出す。
一見して巌のような姿だが、その穏やかな物腰は生前の大安の物だった。
「大安か」
俺は左右に頭を軽く振って雑念を払拭する。
今はちけいを倒し、奴の背後にいる宗教団体”天導専心”の目的を問い質すのが先だ。
「これは外法の術か。因果な話だな。僧侶であるワシが外法でで蘇り、かつて命を救ったお前を手にかけようとしている…」
大安はまた一歩前に出る。
声質は穏健そのものだが確かな殺意を感じる。
当然の話だ。忍法”魔神変生”とは戦闘用に作られた術だからな。
「大安和尚。俺は今やりたい事があるんだ。邪魔するならぶっ殺すぜ?」
俺もまた大安の前に立つ。
「ほほう。あの泣きべそばかりかいていた小僧が言うようになったな…」
大安は壮健な俺の姿を見て満足そうに笑う。
数百年を経て再開した育ての親、大安はやはり生前の大安のままだった。
「ふんっ‼」
俺は万感の思いを込めて四股を踏んだ。
「言っておくがワシの拳法は生前の時のまま使える。怪我などしてくれるなよ、義人」
ずどんっ‼
大安は唐国仕込みの震脚を披露する。
大地を揺るがす一撃に、大安の姿を見る事が出来ない観客までもが騒然となった。
「へっ」
「ふん。心配は無さそうだな」
俺たちは互いに笑い合い、次の瞬間には真正面からぶつかり合った。
大安の逆順突きが俺の顔面を捉え、俺の張り手が大安の顔に当たる。
丸太で直に殴られたような衝撃を受けて、俺は思わず仰け反ってしまった。
大安も俺の張り手を受けて大きく後退する。
力は互角、否肉体の大きさから大安の方がわずかに勝っている。
俺は再度、地面を踏み鳴らして次の勝負に備える。
「あの細腕の小僧がこうまで見事な益荒男になったか。親として嬉しいぞ」
「アンタの怪力も相変わらずだな。口ン中を切っちまったぜ…」
「む…」
今の衝突で大安の腕は崩れかけていた。
思えばちけいはスセリの民でも、術者でもない。
”魔神変生”の術が不完全だったのだ。当然の帰結だろう。
「義人、どうやら次で勝負は終わりのようだ」
「みたいだな」
俺は一抹の悲しさを覚えながらも低い姿勢に構える。
心静かに、魂は熱く。今はただ不本意な形で蘇った大安をあの世に送り返してやることだけを考える。
「極意”通天砲”」
大安は必殺の震脚を使ってから一気に俺と野距離を詰める。
そして一度、姿勢を低くしてから直上に向って拳を放った。
俺は迫り来る大安の拳を右手で払う。
「甘い」
大安はそう言った直後に俺の右足の甲を踏みつけた。
大地を踏み抜く震脚を受けては流石の俺も絶句する、
(このクソ親父、自分は平和主義者みたいな事を言っておきながらえげつねえ真似をしやがる…)
大安はそのまま右手の拳筋に沿って俺の顔面に掌底を打ってきた。
「ぐうっ‼」
俺は激痛に表情を歪ませながらも大安の横面を張り飛ばす。
…俺の攻撃を受けた大安は笑っていた。
「これで最後だ、義人」
ぎりっ。
大安の大きな手が俺の右手首を掴む。
(そうだ。幼い頃、目の前で両親を失った俺はこの大きな手に引かれて新しい歩み出したんだ…)
そしてd大安は俺の身体を自分の身体の方に引き寄せ、肩を当てる。
「極意”心意把”」
だだんっ‼
同時に大安は持てる力の全てを費やして震脚を踏んだ。
発勁が身体の中で弾けて凄まじい衝撃が俺の身体を貫く。
「ぬぐうっ‼」
かつてない苦痛と重圧が俺の五体を揺るがす。
俺は歯を食いしばってそれに耐えた。
「良し。もう思い残す事は無い…」
大安は技を放った直後に俺から距離を取る。
「大安…」
見上げると大安の身体には縦に大きな亀裂が入っていた。
不完全な術によって再現された大安の肉体は自信の技の威力に耐えきれなかったのだ。
「義人、お前はお前の思うままに生きろ。先に死んでしまったワシが言えることはそれだけだ」
そう言って大安の姿は見るも無残な土の塊に変わった。
「聞いた風な口をきくんじゃねえよ」
俺は過去への未練を断ち切るように目の前の大安だった物をぶち壊す。
そして、その背後に控えるちけいの前に立った。
「しのぶ殿。図々しいのを承知で尋ねるがあの御仁は一体?」
「アイツの名前は大安。前世の俺の親父で坊主だった男だ」
「それは悪い事をしたな…」
ちけいは悪びれる事無く棒を噛める。
こっちもお前になん最初から期待していねえよ。
「ちけい、死んだ親父と再会させてくれた礼だ。テメエには俺の本気を見せてやろう…」




