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忍法 その50 天眼の槍使い


 ちけいは一足飛びで距離を詰め、俺の胸に向って突きを放つ。


 俺は叩き落とすか、受けるかの選択を迫られたがそれよりも早くちけいの棒が俺の胸に突き刺さった。


 位置は胸筋の間、筋肉の継ぎ目にあたりこれを耐え凌ぐことは容易ではない。


 ニッ。


 棒が触れた瞬間。ちけいの口元に会心の笑みが見えた…ような気がした。


 「ぐおっ⁉」


 本能かはたまた偶然か、俺は自分から後ろに下がっていた。

 直撃は免れたのは日頃の稽古の賜物だろう。

 臓物が口から吐き出しそうな気分と為るがそれを何とか堪える。


 「むう。しくじったか…」


 「悪運だけは人の倍くらいはあるからな」


 俺は不敵に笑うと棒を掴もうとする。


 「おっと危ない」


 だがちけいはいち早く危険を察して是を躱した。

 附かず離れずという距離で俺の出方を待っている。


 「ちっ。捻じり折ってやろうかと思ったんだけどよ…」


 俺は地面に向って唾を吐いた。


 「それは困るな。これは拙僧の商売道具ゆえ」


 ちけいは棒を引いて小さく構えた。

 俺の突っ張りを警戒しての事だろう。

 攻撃よりも防御に重きを置いたちけいの戦術は実に厭らしい。

 おそらくはちけいは敵の戦法に合わせて自分の戦法を使い分ける技巧派なのだ。


 「つくづく俺たち、相性最悪だな」


 ちけいの一部の隙も無い構えを見た俺は追撃を諦める。

 あの敵の急所を見定めた毒針のような突きは攻撃だけではなく防御でも如何なく効力を発揮するだろう。


 「流石はしのぶ殿。普通の相手ならそろそろ詰みの段階なのだが」


 ちけいは棒の先を下に、反対側の部分を持ち上げながら半月形に移動する。


 (衝突の軸をズラして機を計る算段か…)


 直線的な動きによる奇襲と円の動きによる盤石の防御。

 甲虫人間のさとしとも術と剣を巧みに使うとうたとも違うちけいの戦術は俺にとってこの上なく厄介な代物だった。


 「ここは様子見に徹するか…」


 俺はその場に止まってちけいの次の一手を待つ事にした。


 「来い」


 「然らば御免」


 ちけいはまた一足飛びで俺に向って来る。

 俺は下っ腹に力を入れてちけいの攻撃に備えた。


 「しっ‼」


 ちけいはまた胸の中央を狙って突きを放ってきた。

 俺はこれを難無く前捌きで叩き落とした。

 一度ならばともかく二度目になると鈍い俺でもちけいの攻撃に対処できるというものだ。


 「甘いぜ、クソ坊主」


 「これを捌くか…」


 ちけいは目を細め、俺の身体前面目がけて迅雷の如き突き技を披露する。

 対して俺は片っ端からそれらを叩き落とした。


 (この程度の動き地皇たんの肉球ぱんちに比べれば止まっているも同然だぜ)


 俺は愛猫(※しのぶにはそう見える)地皇との訓練を思い出しながら無数に繰り出されるちけいの攻撃を全て防ぎきった。

 その数は数百はあったはずだが、ちけいは疲れる様子を見せない。


 「見直したぞ、しのぶ殿‼まさか全て撃ち落とすとは‼拙僧の目に狂いは無かったな‼」


 ちけいは悔しがるどころか笑っていた。


 「そりゃどうも」


 俺は間髪入れずにちけいの踝目がけて蹴りを放つ。

 足か腕を封じなければちけいの減らず口は止まるまい。

 

 だがちけいは棒を巧みに操り、見事に俺の下段蹴りを処理する。


 柳に風とはこの事だ。


 「手癖も足癖も悪い坊さんだな。そろそろぶっ倒れて可愛げを見せてくれよ」


 「ハッハッハ‼お主が拙僧の軍門に下るというなら考えてやらないわけでもないぞ?」


 「口の減らねえ坊さんだ、――なあッ‼」


 俺は一歩踏み込んでから張り手を打った。


 「説教は坊主の仕事だ。悪く思わんでくれ」


 バンッ‼


 ちけいはバックステップをしながら俺の張り手を払い落した。


 (かかった‼)


 ちけいは俺の思惑通り、今回の攻撃も容易く捌いてきた。

 そして巧みに立ち回り、俺とヤツとの攻守を交代させようとする。


 (ちけい、敗れたり)


 俺は内心でほくそ笑んだ。

 今まではちけいが最初の一手で俺に先んじた為に一方的な攻撃を許してきたが、今は完全な守勢に入ってしまったがゆえに攻撃が出遅れになってしまう。


 「ぬうっ‼」


 ちけいは下がる際に足をほつれさせる。

 実は俺がさっきまで立っていた場所にはわずかなくぼみが出来ていたのだ。


 「これは…気づかなんだ。流石はしのぶ殿、地の利を生かしてきたか」


 ざざっ‼


 俺は間髪入れずにちけいとの距離を受ける。

 ちけいはおそらく何らかの対策を立てているだろうが、攻め時は今を置いて他に無い。


 「そらっ‼」


 俺はちけいの横面に向って張り手を打った。


 「ぬうっ‼」


 ちけいは棒を使ってこれを受け止める。

 そして同時に棒を短く持って俺の腹に一発、打ち込んだ。


 どうっ‼


 直後、下腹部に鈍い痛みを覚える。

 準備も満足にままならぬ状態で放った一撃のだったはずなのに思わず息を飲んでしまうほどの威力だった。


 だが、――バンッッ‼‼


 同時に俺の張り手がちけいの横面を張り飛ばす。

 先ほどのように後ろに飛んで直接的な威力を殺す事は出来なかったので、ちけいの顔が苦痛に歪む。


 (そら見た事か。俺の鉄砲はまともに受ければ無傷じゃすまねえんだよ‼)


 一撃、一撃と打ち込む度にちけいは後退する。

 俺はヤツを壁際に追い詰めんが為に次々と張り手を見舞ってやった。

 ちけいは武器を使って巧みに俺の攻撃を捌いているが、旗色は悪い。

 額に汗を浮かべながら何とか互いの力の均衡を保っているという様相だ。


 (当然だろうが。何せコイツは脚に怪我をしているからな)


 俺はちけいの左足を見る。たくし上げた着物の裾からは左脚の脹脛から足の甲まで深い刀傷が見えていた。

 おそらくは過去に戦場で受けた傷痕ものだろうが、そんな事は俺には関係無い。

 戦いの場に立つ以上は相手の弱点は進んで衝く。

 真剣勝負の世界に情けは無用。


 「しのぶ殿、物は相談だが…この辺で勝負を拙僧に譲ってはくれぬか?」


 ちけいは迫りくる俺の張り手を叩き落とし、攻勢に転じようとする。

 続け様に放たれた俺の膝蹴りを受け止め、突き蹴り(※喧嘩キック的なもの)で俺から距離を取った。


 「今さら怖気づいたなんて言ねえよ、――なあッ⁉」


 俺は左腕を引いてから弧を描くような張り手を繰り出した。

 ちけいに奥の手があるのは承知していたが、今は一歩でも多く壁際の追い詰めなければ危ないのは俺の方だ。

 残念ながら、この戦いの主導権はまだちけいの側にある。


 「つくづく油断ならねえ坊さんだな。その円陣がアンタの奥の手か」


 「ほう我が流派の奥義”鳳鱗”に気がつていたか」


 ちけいはとても好ましそうに口の端を歪めた。


 「その奥義の射程は…テメエの間合いを中心に、大人一人分の歩幅ってところか?俺の見込み違いじゃなければ十手くらい先の攻撃は予想できるんだよな?」


 事象予測、これがちけいの武器だった。

 俺の見立てでは野郎ちけいは五感を研ぎ澄ませることによって、わずかな時間だが間合いの内の出来事を予見する事が出来るのだ。


 (違和感は最初からあった。無防備に俺の間合いに入って来たっつうところだ。ちけいは得物の長さですでに俺に勝っているのになぜわざわざ距離を縮めるような真似をした?)


 俺の逡巡の間を狙って、ちけいは右肩に向って棒を振り下ろす。


 (そう、()()だ。わかっていても相手の攻撃を止める術が無い)


 俺は肩の代わりに腕を折り曲げてちけいの打撃を受け止めた。


 「我が槍術はおおとりの尾羽の如し。たとえ百万里まで逃れようとも貴殿を見つけ出す。如何かな?」


 ちけいは後退してからまた防御の構えを披露した。


 「くだらねえっ‼」


 おれは玉砕覚悟でちけいの巨体に向って突っ込む。


 「破邪七星告死次の瞬間、ちけいの正中線を狙った七連突きが俺の身体を貫いた。


 「ぬぐう…っ‼」


 どんっ‼


 五体の芯を貫かれ、俺はその場に片膝を落としてしまった。


 「もう動くな、しのぶ殿。拙僧はこれで大熊を退治した事もある」


 ちけいはまた一定の距離を開けて俺の様子を見ている。

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