忍法 その48 神算鬼謀の戦い
俺とやよいはその後、ちけいを倒すまではお互い連絡を取らない事を約束してから別れた。
あの小賢しいクソ坊主は俺たちだけではなくりん、金糸雀姫、とうたの事も勘定に入れているだろう。
ちけいの背後に組織が存在することを考慮すれば、こちらの前世での関係を勘繰られてしまっては色々と都合が悪い。
タダでさえとうたは敵意剥き出し、りんは俺の前世である”ふじわら巨根斎”に深い憎しみを抱いている。
金糸雀姫も俺に興味を持っているような事を言っていたが真に受けるほど俺は(精神年齢的な意味で)若くはないのだ。
(畜生め。一難去ってまた一難とはこの事か…)
俺は鬱屈した思いのまま、りんたちの元に戻った。
「だーかーらー‼しのぶはふじわら巨根斎じゃないって言っているでしょ‼」
部屋に着いた途端にりんの意のあたりが痛くなるような発言を耳にする。
どうやら前世の親子は上手くやれていないようだ。
「娘御、よく聞け。あれが何と言っているかはしらんがな、しのぶという男は悪の権化”ふじわら巨根斎”に愛違いないのだ」
医務室では、とうたとりんの言い合いになっていた。
二人の衝突を予見した金糸雀姫は既に部屋の隅に避難している。
小金井伝馬、魔眼の使い方が上手くなったな。
「おう、姫さん。あいつらは自己紹介をしたのか?」
口喧嘩に夢中になっている二人に近づかぬようにしながら俺は金糸雀姫に尋ねる。
「一応、りんと私は名乗ったのだが主馬と歯面識が無い。話に一段落がついたと思ったら。とうたがいきなり説教を始めたのだ」
「なるほど噂に聞いていた以上に石頭だったわけだ」
俺の話を聞いた金糸雀姫は無言で頷く。
とうたの前世にあたる刃金の里の忍、銅主馬は世代的に飛天丸や小金井伝馬よりも一世代前の忍である。
生前は伝馬は乳幼児、飛天丸は母親の腹の中だから話が合わなくても当然かもしれない。
りんととうたの血の巡りの悪さは絶対に遺伝だろうが。
「ちょっと、しのぶ‼アンタもこの娘に何かう言ってやりなさいよ‼全然、人の話を聞いてくれないんだから‼」
あくまで自分の主張を曲げないとうたに手を焼いたりんは俺に助けを求めて来る。
対してとうたは俺を親の仇と相対したような態度を崩さない。
「とうたさんよ、いい加減しつこいぜ?俺はその何とか斎じゃねえって」
俺はわざとらしく溜め息をついて見せる。
「そうよ、そうよ。この馬鹿が、ふじわら巨根斎だって言うなら証拠を見せなさいよ‼」
「証拠…。そんな物は無い。これほどの負の覇気を漂わせる男がふじわら巨根斎でないわけがないのだ」
とうたは腕を組んで自信満々に言い放った。
この頑固さは、間違いねえ。飛天丸の親父だ。
「そもそもアンタは一体どこの誰なのよ‼さっき試合で見てたけど銅遁の術を使うって事は刃金の里か、銅一族の人間でしょ⁉」
(何っ⁉)
俺は先ほどの金糸雀姫との会話を根底から覆す話題を耳にして驚きを隠せない。
金糸雀姫はりんと自分の素性を打ち明けたと言ったはずだが…?
「おい。何か話が違わねえか?」
「うむ。我々は前世の名と出生を明かしたがとうたは名乗ってくれなかったのだ」
金糸雀姫は自分に言い聞かせるようにうんうんと首を縦に振る。
がんっ‼
俺は無言で金糸雀姫の頭を叩いた。
コイツ、絶対に説明書を読まないでゲームするヤツだ。確定。
「私はイワキの国のとうただが…」
とうたは迷いを含んだ返答をする。
おそらく根が真面目人間だから人に嘘をつく事に慣れていないんだろうな。
「そうじゃなくて、アンタの前世の名前よ。しのぶの前世がどうとかって言ってるという事はアンタも誰かの生まれ変わりだったりするのでしょう?」
「まあ、待て。りん。そいつはそもそもとうた本人ってのも怪しいヤツだぜ?」
俺はおとなしくなったとうたの方を見ながら言う。
つよしやちけいの話では東国で名を上げた武士という話だったが性別に関しては特に聞いていない。
つまり別の人間がとうたと入れ替わっている可能性もあった。
「どうなのよ‼はっきりしなさいよ‼」
りんはとうたの襟を掴んで締め上げる。
一応言っておくが、とうたは先の試合でかなりの重傷を負った怪我人だ。
とうたはりんの視線から逃れるように首を傾ける。
案外、掴まれた箇所が普通に痛いのかもしれない。
「娘御、そなたの言う通りだ。私はとうた殿ではない。彼に命を救われた、まちという者だ」
とうたは思い出すのも辛そうに自身の生い立ちについて話した。
「私はイワキの国からさらに北にある集落で生まれた娘だ。凶作が続き、口減らしの為に山奥に置き去りにされたところをとうた殿に救ってもらったのだ」
「そんな…」
りんはとうたの話を聞いて悲痛な表情となる。
俺とりんの住む村は確かに貧しいが、近隣の山や川は豊かな資源に恵まれ、さらに食料の貯えがある為にそこまで困窮した状況ではない。
察するにとうたの故郷は俺たちでは想像もつかないような荒れ果てた土地なのだろう。
「私は…家族のいないとうた殿の娘として大切に育てられた。前世の記憶とやらもその過程で偶然、思い出したのっだ。とうた殿は昨年の秋に病で亡くなってしまった。そして私を育ててくれた村も凶作が続き、生活が立ち行かなくなってしまったのだ。そこで私は村を偶然尋ねたとうた殿の旧知であるイヌイ様の推薦でこの大会に出場した」
「…ほう」
とうたの口から将軍の懐刀、イヌイたけとみの名前が出てきた。
俺自身ある程度、想像していた事だがイヌイは俺だけではなくとうたが敗れる事も想定していたのだろう。
つまりイヌイはとうたの素性と正体を知った上で、俺にぶつけてきたのだ。
大した悪党だ、イヌイって野郎は…。
「大会に優勝すれば、村の年貢を少なくしてくれるだけではなく食料や物資の支援もしてくれるという話を持ち掛けられては、私に断るという選択肢は無い」
イヌイの野郎、見事なまでに貧乏人の足元を見ていやがるな。
ヨシ、決めた。
あの野郎には死んでも協力しねえ。
イヌイの飼い主のダイゴって野郎も同罪だ。
二人まとめてぶっ潰す。
「だがイヌイ某とやらは試合前にしのぶにも接触してきたのだろう。そんなどっちつかずの輩を信用してもよいのか?」
それまで聞き役に徹していた金糸雀姫が会話に入ってくる。
表情には僅かな険しさが観られた。まあ基本的には小金井伝馬も脳筋なので好んで搦め手を使ってくるような輩は気に入らんという話だ。
よくよく考えてみると俺もかなりの単細胞だがな。
「イヌイ様には既に村への食糧を送ってもらっている…。むげには出来ない」
そう言ったとうたの顔にもやりきれない様子が伺えた。
恩を受けた相手を疑いたくはないのだろうが、相手はそれを見越して行動するような冷血漢だ。
銅主馬のお人よしは死んでも治らないのだろう。
「とりあえずお前の事情は理解した。イヌイやちけいの事は後回しにして今は俺の試合を邪魔しないでくれ」
「ふん。ちけいとお前が潰し合いをしてくれれば言う事はないのだがな」
そう言ってとうたは敷物の上で横になる。
「りん、姫さん、その跳ねっかえりの世話は任せたぜ。俺は生臭坊主退治に行って来る」
とうたは横になるとすぐに寝息を立てていた。
「しのぶ、気を付けてね」
「お前の勝利を信じているぞ」
「おうよ」
こうして俺は三回戦に臨むべく闘技場に向った。




