忍法 その47 ちけいの野望
ちけいのモデルは花和尚・魯智深、ジャイアントロボを知ってる人には一清道人と言えばわかるかな?ツヅキ・ときおはコ・エンシャク、とうたは一丈青の楊士がモデルになっている(ジャイアントロボでは女性だった)。つまり当初は水滸伝みたいな話を書くつもりだったのだ。
天下の主、天下人。
実に心地良い響きのある言葉だと思う。
だが前世だろうが現世だろうが、俺がその手の言葉に惑わされる事は無かった。
「興味無えな」
俺は迷う暇もなく即答する。
少し考えればわかることだが、天下を己が意のままにするという事は即ち、その逆も然りなのだ。
俺は断じて誰かに使われる道具になるつもりはない。
「そうか。はっはっは、それは要らぬ問答をしてしまったな」
ちけいは例の人懐っこい笑顔を浮かべる。
その時、やよいが俺の着物の端を強く握った。
おそらくはちけいの甘言には気をつけろという意味だろう。
「用事が無いなら、さっさと消えな。俺たちは後半刻もすれば敵同士なんだぜ?」
俺は厭わしい視線をちけいに送る。
ちけいは照れ隠しとばかりにハゲ頭をかいた。
「流石は転生者。一筋縄ではいかんか。しのぶ殿、それでは腹を割って話そう。ワシは今の世の中が気に食わんのでぶち壊そうと思う」
「ほう、それは結構な野望じゃねえか。生憎だが俺には興味が無えや。――独力でやんな」
俺は不敵に割らしながら、ちけいを引き離した。
国家転覆とはかなりの野心家だが、この坊主にそんな力があるとも思えない。
そもそもフソウの国は”死にかけ”ではあるが、まだ”力”は残っている。
「転生者を、この世界に呼び込んだのは先々代のこの国の王だと言ったらどうする?」
「何っ⁉」
俺に先んじてやよいが驚嘆の声をあげる。
この時、ちけいの顔がわずかに歪んだのは俺の見間違いではないはずだ。
「この国の二代前の国王サネアツが国内を統一をする為に国中から術者を集めて、死なない人間を作ろうとした。それが邪法”魔神変生”の術だ」
俺はちけいの言葉を聞いて言葉を失った。
なぜならば”魔神変生”の術とは俺が前世で長年の研究の果てに編み出した忍法だからである。
俺はその術の全貌を”ふじわら巨根斎の手術しなくても包茎が治る不思議な腰巻の作り方”をいう巻物に残した。
しかし、りんの馬鹿に焼かれた例の秘伝書もこの世界に存在したのだから魔神変生の術を知っている人間がいてもおかしくはない。
むしろ問題は別にある。
「それを俺に話してどうするつもりだ?言っとくが俺はただの力士だ、天下取りなんかには興味が無いぜ?」
「我らが欲するのは天下ではない、しのぶ殿。言うなれば永遠の絶頂だ」
ちけいは夢見るような眼差しで虚空を眺める。
最初から俺の言葉が届いていないかのような態度には正直、反吐が出る思いだった。
「おい、クソ坊主。お前とは死んでも分かり合えないってのが俺にもよくわかったぜ。ぶっ飛ばされたくなければ今すぐ消えな」
俺は地形を突き飛ばした後に凄んで見せる。
ちけいは苦笑しながら俺から離れた。
そして油断ならないない顔つきで言葉を続けた。
「もったいないな、しのぶ殿。その力と意志さえあれば全てが手に入るかもしれんぞ?」
「テメエの言う”全て”になんぞ興味は無えが、ひとつだけ言わせてもらうぜ。この世には絶対とか永遠なんてのは存在しねえんだ」
「ほう。では衆生は何を頼りに生きれば良いのだ?拙僧のように存在しない神を求めれば良いのか?」
クソ坊主が。テメエは今すぐ袈裟を脱ぎやがれ。俺は腸が煮えくり返る思いをそのまま言葉にしてやった。
「ンなモン、俺の知った事か。俺は俺の信じる道を進むのみよ。行くぞ、やよい」
「待て、しのぶ‼」
俺はやよいの腕を掴んでその場を離れた。
道中、やよいは文句ばかり言っていたが気にするつもりはない。
今はちけいの考え方、言葉の姿が気に入らなかったのだ。
「しのぶ殿。”なればこそ”だ。我らはきっとわかり合えると思うぞ」
怪僧ちけいはしのぶの後ろ姿を見ながら微笑む。
その瞳には薄ら寒さを感じる冷たい輝きがあった。
「しのぶ、いい加減に妾を放せ」
ちけいの近くから一刻も離れてしまいたかった俺は気がつくと会場の入り口まで移動していた。
「すまねえ」
俺はやよいの腕から手を放す。
かなり強い力で握ったいたせいかやよいの白い腕に俺の手の跡がついている。
「これは仕返しなのだ‼」
そう言ってやよいは俺の手を叩いた。
「悪いな、あのいけ好かねえクソ坊主を見ているとムカッとしちまってよ…」「それは妾も同感だがな。こう…何というかもう少し優しくあつかってくれ」
やよいは赤くなった箇所を撫でている。
「怪我した場所、見せてみろよ。治してやるからよ」
「あっ…」
俺がやや強引にやよいの手を取ると顔が赤くなっていた。
(羞恥心というものか?生娘でもあるまいし)
俺はやよいに人並みの感情がある事に安堵しながら回復の術を施す。
もう百年以上も前の話になるが、修行時代は怪我をした自在をこうして治療してやったものだ。
「相変わらず強引だな、この助平ジジイが」
やよいは回復の術をかけ終えると即座に俺の手を払う。
まるで触れられた箇所が汚れたかのうに何度も手で払っていた。
(この女、二度と助けてやらんからな…)
俺は内心毒づきながらやよいを話を続ける。
「ちけいは油断ならん坊主だ。仮に次の勝負で勝ってもその後に何かしら干渉して来るだろう」
これは俺の予想だがちけいには協力者がいる。
本来、天下動乱を狙うような野心を持つ者は他人に協力を求めたりはしないものだ。
この局面で俺とやよいに助力を打診してきたという事は、おそらくちけいには強力な支持者がいる事に他ならない。
つまり先ほどの勧誘はちけいの支持者の意見という可能性も否定出来ない。
「私とお前の術で亡き者とするか?」
やよいは邪悪な微笑を見せながら、ちけい暗殺の提案をする。
さらにドサクサに紛れて俺に抱きつこうとしていた。
前世なら二つ返事で答えたところだが今回に限っては事情が違う。
「いや、そのつもりはない。一応は実力で排除するつもりだ」
「何故?」
俺はやよいの手を振り解いて彼女の身体を引き剥がす。
こんなところをりんや金糸雀姫に診られたら誤解が生じるだろう。
いや、この女は絶対にそれを狙っているとしか思えない。
「お前も知っているだろうが、奴は俺の書いた秘伝書を持っている。勝負の前に口約束をこじつけて取り戻したいんだ」
ここだけのあの秘伝書があれば新たな転生の秘術を作り出す事も可能だろう。
ちけいは知らないだろうが、あの秘伝書には数十年単位の”丹(※魔力的なものと解釈して欲しい)”が練り込んであるのだ。
りんに燃やされた秘伝書に比べれば備品程度の効力しか持たないがそれでも無いよりはマシだ。
「なるほど。スセリの民である妾に関係ない話だが、その書があれば転生の秘術を解呪できるという話だな」
俺はやよいの話を聞いてニヤリと笑う。
その通り。
生粋のスセリの民という例外を除いて転生の術とはあくまで現世と前世の魂同士の契約にすぎない。
即ち俺がこの世界に施された転生の術を解呪する事に成功すれば、りんと金糸雀姫は飛天丸と小金井伝馬の記憶を失う事になるのだ。
「自在よ、お前にスセリの民の遺産はくれてやる。だが秘伝書とちけいのみがらは俺がもらい受ける。わかるな?これは正当な取引だ」
俺の天下無双の強者である事を世界に示す野心に変わりはない。
だが、これ以上前世の柵に関わるつもりは無かった。
この宿縁を断つことが俺の新たな目標でもある。
「そうか。また夫婦で世界を牛耳る算段か。お前の執心にも困ったものだな…」
そう言ってやよいはまた俺にピッタリとくっついてくる。
だからそういう話はしていねええええええっっ‼‼‼




