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忍法 その46 怪僧ちけい


 イヌイは尋常ならざる表情で勝敗の是非を問うた。

 元からイヌイの顔立ちは整っているが表情に乏しく人間味というものが関じられない。

 そのイヌイをして一世一代の決意を秘めた真剣な表情にさせるというのだから怪僧ちけいの実力の程度というものが窺える。

 即ち役人の手には負えないという器量なのだろう。


 「さあどうだろうな。俺が勝つのは当然だが、結果は時の運任せだぜ?」


 俺は傲慢な態度を崩さず、尚且つ慎重さを垣間見せる。

 イヌイは安易に裏切る事はないだろうが全幅の信頼は置けない、くせ者だ。

 

 案の定、イヌイは落胆した様子で俺を見る。


 たまには小賢しく振る舞うのも相手に舐められない方策だ。

 おそらくは俺がまた快諾する物と踏んでいたのだろう。


 「そうか。無理とまでは行かぬが健闘を祈るぞ」


 それだけ言い残してイヌイは俺の元を去って行く。


 「こうなるとちけいの実力を知りたくなってきたな…」


 俺はイヌイの背中に向って手を振りながら次の一手を考えた。

 本来なら体一つで大会を乗り切るつもりだったが、さとしやとうたのような実力者と合間見えては強がってばかりもいられない。

 まずは会場内のどこかにいるであろうつよしを探して…。


 「あーっ‼しのぶ発見なのだーっ‼」


 やよいの甲高い声が会場に鳴り響く。

 人気の無い場所だが、今の第一声で早くも人が集まろうとしている。

 この再会が幸か不幸かは未だに判断が難しいところだった。


 「しのぶー‼勝利のご褒美の接吻キスなのだーっ‼」


 やよいは俺を見つけるなり飛びついてキス顔になる。

 俺は抱きつく直前でやよいの身体を掴んで阻止した。

 

 周囲にりんと金糸雀姫の気配は…ない。ギリセーフだ。


 「よう、やよい。お前の方はどうだった?」


 「しのぶ、放すのだー‼」


 やよいは手足をバタバタさせて抵抗する。

 周囲の性犯罪者を見るような視線の圧力に屈した俺はやよいを地面に降ろした。


 見ろ、健全な関係じゃないか、疑う余地は無い。


 静寂。


 ――、結局俺は周囲の同情を引く事に失敗した。


 「勿論、楽勝なのだーっ‼負けたヤツは背中に呪符を貼り付けてわらわの操り人形になってもらったがな。けけけっ」


 うむ、平常運転の自在やよいだな。


 「俺は結構ヤバかったぜ。全く世の中ってヤツは良くできているモンだ」


 俺はやよいの返答に一抹の不安を覚えながら苦笑する。

 頼むから大事にだけはしないでくれよ?


 「ああ。あのとうたとかいう小娘の事か。お前との戦いの前にこちらに探りを入れてきたから煽っておいたが…」


 自在やよいは小さな口に手を当て、邪悪な微笑を見せる。


 これで謎が解けた。


 とうたがやたらと突っかかってきたのは自在やよいにいい様にあしらわれたからだろう。

 ああいうう根が単純なヤツにこの魔女は何て事をしてくれたんだ。


 「それで、彼奴はどうした?いつものように嬲者にしてから殺して人形にしたのか?それとも手籠めにし調教してからて性奴隷にでもしたのか?」


 ぶふぉっっ‼


 俺はあまりの荒唐無稽な質問を聞かされて吹き出してしまう。

 悪人だった前世でもそんな事をした覚えはないわい‼

 これでも前世は四男八女の父親だぞ⁉

 お前のような倫理観の破綻した魔女と一緒にするな。


 「その様子だとまだなのか?よし、わらわも協力してやるぞ。二人で小娘を(※倫理的見地から削除されました)しえやろうではないか。クックック…」


 自在は手をワキワキさせながら好色な笑みを見せた。言っておくが主馬とうたはおやよいと俺の娘の旦那 = 義理の息子だからな。

 いくら俺が”ふじわら巨根斎”なんて名乗っていても畜生みたいな真似は御免だぜ。


 「とうたの前世ってのは銅主馬だ、下手に接触するな」


 俺は良からぬ妄想をしてご満悦なやよいに釘を刺しておく。

 想像するに難くはないが主馬は伊鶴(※飛天丸の母親から両親の悪評しか聞いていないだろう。

 前世で俺と話した時も、伊鶴と俺の関係には踏み込んで来なかった。


 「あかがね…。ああ、スセリの民を追放された者の興した一族か。道理で無様な術ばかり使うとは思っていたがそういう話であったか」


 ほんのわずかなうちにやよいの顔から笑みが消える。

 生まれながらにして異能の力を持つスセリの民は独特の選民思想を持つ者が多く、源流たるスセリの民を離れた者は異端として蔑視する傾向が強かった。

 

 ちなみに俺と自在の子供たちはスセリの隠れ里で育ったわけではないので、スセリの民の持つ選民思想に染まってはいない。


 かく言う俺も命の恩人だったが、連中の行き過ぎた選民思想には共感出来なかったのだ。


 「しかしとうたはスセリの三剣の一振りを所持している。わらわはあの陽炎朱雀が欲しいぞ」


 めんどくせえな…。


 やはりやよいは目ざとく陽炎朱雀に目をつけていたか。

 俺も密かにとうたを始末して手に入れるつもりだったが、やよいもあの宝剣を欲しているというなら先の約定に従って譲らねばなるまい。

 まあ残りの雷光十文字と雷鳴一文字の所在は教えるつもりは皆無だが…。


 「そうだ。しのぶよ、ここは一つお前のゴッドフィンガーであの小娘を潮吹き絶頂させて宝剣を手に入れてはくれまいか?あの小娘はわらわの見立てではまだ生娘。お前のねちっこいフィンガーテクをもってすれば…」


 「俺はどっかのAV男優じゃねえよ‼」


 「手淫までならわらわも許してやらないでもないぞ?ああ、挿入したらキンタマ潰すからな」


 「D・A・K・A・R・A…しねえっての‼」


 俺は際どい指の動かし方をするやよいに裸締めをかけて抑え込んだ。


 クソッ‼


 どうして前世むかしから俺の周囲にはまともな女がいねえんだ‼


 ギリギリギリ…ッ。


 俺は怒りのままにやよいの頸椎を締めてやった。


 「わかった。おまえを信じようではないか…」


 それから約三十分後、首周りに腕の跡がついたやよいは顔を真っ青にしながらこちらの言う事を聞いてくれた。

 息も絶え絶えと為ったやよいの姿を見た俺は彼女を解放する。


 「わかったなら発言には注意しろよ。ウチの連中も全部が全部、仲間ってわけじゃねえんだ」


 金糸雀姫は彼女なりの考えがあり、りんは前世同様に思い込みが激しく俺と自在の真実を知れば自爆行為をも厭わない脳筋だ。

 そろそろ対策を立てておく必要があるのかもしれない…。


 自在やよいの後始末も含めて。


 「だがしのぶよ。次の戦いはどうするのだ?…あの坊主は転生のカラクリを知っている側の人間だろう」


 ふむ。やよいもちけいの危険性について勘づいていたか。

 流石は中身は百五十歳(※前世の死亡時の年齢)、伊達に長生きしているわけではない。


 「そうだな。その辺の話をひっくるめてヤツと話をしようと思っている」


 俺はちけいの顔を思い出す。

 

 巨漢に似合わず、人に取り入るような妙にヘリ下った態度。

 俺たちに真名を名乗らせたうえで呪術対策をする周到さ。


 実に油断ならぬ男だ。


 「おう、しのぶ殿」


 俺とやよいが話込んでいると広場の方からちけい当人がやって来た。


 襤褸の僧衣を開け、身体には幾つかの刀傷が見える。


 「おう、坊さんか。次の相手はアンタらしいな」


 俺は何か言おうとしているやよいを下げてからちけいの前に出る。

 今はどんな情報でもこの男にだけは晒したくはない。

 やよいも俺の意図を汲んでくれたらしく、おとなしく引き下がる。


 「おお、これはすまぬ。そこの女性と逢引の約束でもしていたのか?」


 ちけいはやよいと俺を交互に見た後、好色そうな笑顔を浮かべる。

 ただのスケベ坊主にしか見えないがここがちけいの油断ならぬところだ。


 「おい、坊さんよ。通路の側に立つんじゃねえよ。やましい気持ちが無いってんなら通路は開けてくれや」


 俺は出口を塞ぐようにして立っているちけいに命じた。


 「ははッ。これはすまん、拙僧の失策だ。許されよ」


 そう言ってちけいは俺の言う通りにした。

 奴の背後に人影は無い。


 俺とやよいに直接を話をしようとやって来たのか?


 「もうすぐ命のやり取りをする間柄なんだ。要件あるなら手短に頼むぜ」


 俺は奴の視界に入らないようにやよいを背後に隠す。

 こうして親密な風を装っておけば、ちけいもこちらの落とし所を察して要求を吹っかけてくるはずだ。


 俺は沈黙してちけいの言葉を待つ。


 「やれやれ。ずいぶん嫌われてしまったようだな。だがそちらの方が話しやすいというものだ。単刀直入に言おう。しのぶ殿、お主は天下の主になりたくはないか?」


 そう語るちけいの眼差しには人心を惑わす怪しい輝きがあった。

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