表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/65

忍法 その44 不動の心


 「勝者、しのぶ…ッ⁉」


 審判の判定を俺は右手で制する。


 直感だが、とうたはまだ終わってはいない。

 うつ伏せに倒れ、身動き一つしなくなっていた、とうただったが依然として殺気は消えていない。

 

 忍が自らの”死を演出する”など別に珍しい事ではないのだ。


 「しのぶ選手?」


 「待て、まだだ」


 俺は審判を押し退けてとうたを見守る。


 「…そろそろ立てや、大根役者。こちとら跡がつかえてんだ」


 地に伏した相手とうたを前にしても俺は警戒を解かなかった。

 一瞬の出来事だった。突然とうたは起き上がり、小太刀を拾って俺に投げつける。


 「チッ‼」


 侮蔑を含んだ舌打ち。

 俺は投擲された小太刀の軌道上にいる審判の前に立ち、素早くそれを叩き落とす。

 手段を選ばない正義の味方のやり口には、例え生まれ変わっても好きに好きになれそうにない。


 「おい…テメエ」


 「しのびの正義とは、世を乱す者を弑する事と見つけたり。貴様という巨悪を滅ぼす為なら不正をも厭わぬ…」


 とうたは魔剣”陽炎朱雀”を杖の代わりにしながら立ち上がっていた。

 おそらくは触媒となった太刀を銅遁の術で繋げて修復したのだろう…つくづく器用なヤツだ。


 「目的の為ならば手段は選ばぬってか?大した悪党でも無いな、テメエは。オラ、さっさと行け。試合続行だ」


 「あ、ありがとうございます」


 審判は俺に礼を言うと会場中央に戻った。


 「里の為、仲間の為、生まれてくる子の為に己の命を捧げた。犬畜生と何とでも言うがいい‼」


 とうたは身の丈程もある太刀を振り回す。

 精彩に書いた動きだったが、あくまで敵を亡き者にせんとする執念は侮りがたい。


 俺も覚悟を決めて迫り来る剣を弾き、躱し、受け止める。一進一退の攻防が続いた。


 「おいっ‼そろそろ死ぬぞっ‼」


 俺はとうたの横面を引っ叩く。とうたはよろめき後退しながら太刀を構える。


 (コイツ…!?)


 その時、俺はとうたの肉体に違和感を覚えた。

 剣を通して感じるとうたの気迫は本物だが、手応えは無いに等しい。


 まさか”人傀儡ひとくぐつ”の術とは…。


 「どうした‼俺はまだ立っているぞ‼」


 とうたが踏み込んだ直後に太刀を振り下ろす。

 太刀筋は本物、だがよく考えてみると仕手が道具に振り回されている様子にも見える。


 (もしかすると今のとうたの肉体は銅遁で作った人形なのか?だとすれば最初から肉体面で俺に劣るとうたが接近戦を挑んできた理由も頷ける…)


 俺は重心を落として再度、伏虎の構えを取った。


 「また同じ構えを使うつもりか。同じ手は食わぬ‼」


 とうたは俺の技、蛇神激を警戒して近寄ろうとしない。

 掌印を結んで遠くから相手を攻撃する赤漣裂波の術を使おうとする。


 俺は伏虎の構えを維持しながらとうたの動きを注意深く見守っていた。


 今のところは掌印は本物と見て間違いないだろう。

 つまりとうたは人形に術を使わせながら、こちらの動向を探っているのだ。


 俺は心静かに本体の気配を探る。


 上空、四方ととうたらしき気配は感じられない。

 とうたが持ち込んだ武器は短弓と小太刀、そして太刀である。

 人間が隠れる場所などありはしない。


 じりっ…。


 とうたは術に必要な精神力を集めるのに難儀している。

 それもそうだろう、陽炎朱雀を維持する為に精神力を消耗しているのだ。

 例え術をあつかう力に富んだ銅一族だろうと今はじり貧で戦っているはずだ。


 待て。とうたの精神力が限界に近いなら人形からそう離れた場所にはいない、

 否さいられるはずがない。

 そして銅遁の術を行使する際には必ず火行と土行の術を使わなければならない。


 「読めたぜ、畜生が‼」


 俺はとうたに向って突っ込む。


 「窮したか、巨根斎。自ら斬られに来るとは‼」


 とうたは術を中断して太刀を上段に構える。

 俺が間合いに入った瞬間に切り捨てるつもりだろうが、そうは行かねえ。


 「甘いはお前の方だ、とうた。何でお前が短弓なんてまどろこしい武器を選んだか今、わかったぜ」


 俺はとうたからやや離れた場所で背中を反り上げる。

 奇襲の成功を恐れたとうたは太刀を構えたまま一歩下がった。


 だがそこで致命的な失策に気がついてはいない。

 とうたの身体は以前よりも遠い位置にあったのにも関わらず、影は同じ位置にあったのだ。


 「伏虎玄武鎚ッ‼」


 俺は地面に向って鉄槌のように頭突きを当てる。

 伏虎玄武鎚は単純な力技で、遠くの敵を倒すとか、見えない敵を倒すとかそういった特殊な効果は持っていなかった。


 だがとうたは驚いた様子で元にいた場所に戻ろうとする。


 「もう一発ッッッ‼」


 俺は再び、頭突きを地面にお見舞いした。


 ずんっ‼


 わずかなだが闘技場の地面が揺れる。

 その直後、とうたは糸が切れた操り人形のように動かなくなってしまった。


 「そろそろ出て来い、もぐら野郎…」


 俺は四股を踏んでとうた本人が姿を現すのを持つ。


 ごぼっ。


 やがて土をかき分けて地面から手が現れる。

 その手には苦無が握られていた。


 とうたは土の中を苦無で掘り進んでいたでいたのだ。


 ばさっ、ばさっ、ばさっ。


 土をばら撒きながら、人一人が通れるほどの大きさの穴が出来た。

 そこからとうたが這い上がって来た。


 「⁉」


 とうたは身体にこびりついた土を払っている。

 地下から現れたとうたの身体の形状は男の物ではない。どう見ても女性の身体だった。


 「怪しげな術を使い、人心を翻弄して胃のままに操る。俺はちけいやお前のような者を絶対に許さない…」


 とうたは苦無を構えながら俺の方を睨んだ。


 言い分は真っ当だが、己の理想の為に手段を選ばぬようでは悪党の俺と大差ない様にも思える。

 まあ本人はそれで満足しているのだから余計な事を言うのは止めておこうか。


 「お前、”とうた”じゃなくて”とうたちゃん”だったのか。俺は女には優しいんだ。土下座して御免なさいするなら許してやってもいいぜ?」


 俺はニヤニヤと笑いながら、とうたを挑発する。


 「お前を殺してからゆっくりと謝罪してやろうか‼」


 とうたは苦無を持って俺に突っ込んで来た。その背後には陽炎朱雀の姿が見えた。

 何かの術で浮かせているのだろう。

 

 そして、仮にとうたが俺の足止めに成功したらもろともに突き刺すという戦術か。

 

 なるほど、忍らしい戦い方だ。


 「救えねえな、タコが。俺にぶっ叩かれてて反省しな‼」


 俺は大きく息を吸い込んだ。

 下腹が蛙のように大きく膨らみ、全身に力が漲る。


 「やれるものなら…ぬぐうっ‼」


 言い終わる前にとうたの顔に張り手が入った。

 あまりの速度と威力の為に二の句を告げる事も叶わない。


 「だらららららららああッッ‼‼」


 とうたの動きが止まった事に乗じて、俺は張り手を連打した。


 俺の攻撃に行く手を阻まれてとうたは前に進む事さえ出来ない。


 「ぐははははッ‼これがしのぶの雷太鼓張り手じゃーい‼」


 目にも止まらぬ速さの張り手がとうたと陽炎朱雀を襲う。

 二者は悲鳴をあげる暇もなく吹き飛ばされた。


 そして、仰向けに倒れたまま動く事は出来ない。


 審判はとうたの下に駆け寄り、とうたの安否を確かめる。

 命に別状は無い程度の負傷だったが完全に気絶していた。


 「勝者、しのぶ‼」


 「俺が世界最強じゃああああ‼」


 しのぶは吠え猛りながら豪快に四股を踏む。

 かくしてしのぶは東国の勇者とうたを見事に打ち破った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ