忍法 その43 決着の時‼
「しのぶ…」
りんは幼なじみの姿を見守りながらもつ煮をかき込んでいた。
丁寧に下茹でされて嫌な臭みを抜かれた牛もつ、そしてこれまた下茹と隠し包丁を入れた白こんにゃくの食感と味わいは最高だった。
目の前では血まみれになりながら戦うしのぶの姿があったのだが、「どうせ主人公補正で勝っちゃうんでしょ?」程度にしか考えていない。
「おい、りんよ。あのとうたという男は銅遁の術を使うようだが何か心当たりはあるか。はふはふ」
一方、金糸雀姫はホットドッグを完食した後に牛丼を食べていた。
二人はしのぶの試合よりも会場の出店をフルコンプする事に熱中している。
「うーん。銅遁って銅一族なら誰でも使える術だからな~」
りんは心当りの人間を思索する。
実際に銅遁は金遁、白金遁、金剛遁の術と違って下位に属する忍術なのでその血筋でさえあれば使い手は少なくない。
だが怪力無双のしのぶの相手が出来る者となれば該当者は自ずと限られてくる。
「う~ん…。わかんない」
りんはパクリと大根を食べる。
どうやら対戦相手の素性よりも今は手元の牛もつ煮の方が優先事項らしい。
「それもそうだな」
金糸雀姫もまた牛丼の上に乗っている紅しょうがを食べる。
彼女にとって牛丼の付け合わせの紅しょうがは箸休めというよりもスイーツ的な存在だった。
「この甘じょっぱいのが何とも言えんなー」
しのぶが生死をかけて戦っている最中、りんと金糸雀姫は間食を楽しんでいた。
そして舞台は再び、闘技場に戻る。
とうたは太刀を片手で持ち、もう一方の手で素早く掌印を切って術を発動させる。
体内に取り込んだ銅を同じく体内で生じた灼熱で溶かし、敵を切り裂く術”忍法・赤漣裂波”だ。
触れる者を焼き切る真紅の刃が音を立てながらしのぶに襲いかかる。
(畜生め。これじゃあ伏虎の構えを解除しなければならないじゃゃねえか…)
しのぶは舌打ちをした後、右に飛んで刃をやりすごす。
そして術者であるとうたの動向には常に気を配っていた。
「じゃっ‼」
最初に硬直状態を崩したのはとうたの方だった。
刃を射出した直後に一足飛びでしのぶの前に現れる。そして太刀を担ぐように振り上げ、横薙ぎの斬撃を放った。
「ぐおっ‼」
しのぶは大きく身を引いて必殺の一撃を躱した。
「しゃあッ‼」
とうたは太刀の軌道を変化させて次々と斬撃を繰り出す。
右を斬った後は左に、下を払った後は上からと確実にしのぶを追い詰めて行った。
「ええい、ちょこまかと…」
とうたは五回ほど太刀を振り回した後、元の位置に戻った。
魔剣”陽炎朱雀”は一撃見舞う毎にとうたの体力を削っていた。
今となってはいつ倒れてもおかしくはないほど消耗している。
だが動きの精彩は欠く事もなく、むしろ時が経つにつれて鋭さを増していた。
「逃げるな、巨根斎。いざ尋常に勝負せい‼」
とうたは吠えた後にしのぶの胴を狙って斬りかかる。
「止まると言われて止まるヤツがいるかよ‼」
しのぶはとうたの胴切りを右に曲がって回避する。
仮に太刀を躱せば、とうたから距離を置く羽目となり、近づけば太刀をもらう。
守勢一方の展開が続いた。
(クソが…。ド直球な攻め手だけに付け入る隙が見当たらねえ…)
俺はとうたの振り下ろしの一撃を避けながら後退を続ける。
地面に鈍い音が立つと同時に土が焦げる匂いが広がった。
「しのぶ、そろそろ壁際よ‼」
りんに言われるまでもなく俺は退路が尽きかけている事を知っていた。
とうたの方もそれを理解しているのか、太刀を繰り出す速度を必要最低限にまで落としている。
おそらくは術を複数、放ったのと同時にしあげにかかるつもりだろう。
俺は片脚を軸にしてその時を待つ。
「観念したか、巨根斎。良い心がけだ。褒美に頭蓋から両断してやろう」
とうたは結んだ掌印を切って術を発動させる。
地面から数枚の赤い刃が現れ、凄まじい速さで俺に向って来た。
「紅花・千刃一閃ッ‼」
とうたが術の名を叫ぶと同時に赤い刃が幾つにも分かれる。
瞬く間に俺を取り囲み、退路を断った。
「めんどくせえ…」
俺は顔の前で腕を十字に組んで防御の体勢を取った。
(紅の千刃は本命ではない。その次の一撃こそがとうたの狙いだ)
そう考えた直後、俺の四肢を紅の刃が切り裂いた。
動きを奪ってから頭から真っ二つにする。
実に合理的な戦術だ。
俺は声一つ、漏らさずに懸命に耐えた。
無論、とうたも俺から目を放さずに機を窺っている。
(その用意周到な性格がテメエの弱点だ。とうた‼)
俺は四肢を切り裂かれた痛みに耐えながら一気にこよりを詰めた。
そしてシンバル宜しく、とうたの顔を挟み撃ちにする。
「馬鹿め。そのような技を…」
ニヤリ。
作戦は功を奏した。
「お前こそ甘えよ」
俺は勢い良く両手の平を叩きつける。
ばちんっ‼
耳をつんざくような音がとうたに襲いかかる。
、――これぞ”猫騙し”。
とうたの胆力ならば両手打ちに怯む事は無いが、音の弾は有効なはずだ。
「ぐうッ‼耳が…ッ‼」
俺の両手から発せられた衝突音を直に聞いてしまった為にとうたは後退する。
術と技の連携を使っていた為にヤツの集中力は極限まで達していた。
「おのれ‼」
とうたは苦し紛れに太刀を構え、脳天唐竹割りを放った。
「伏虎…」
俺は両腕を開いて奥義の構えを取る。
水平に両腕を開いた姿は鶴翼の如し。
「死ねッ‼」
機が転じた事に気がつかないとうたはそのまま太刀を振り下ろした。
だが、それこそが正に俺の狙い。
「蛇神激ッ‼」
俺はとうたの刃が頭に届く直前で両手を閉じた。
バチンッ‼
金属が砕ける音と両手が合わさる音が同時に響く。
俺の狙いは最初から武器破壊、真剣白刃取りだった。
陽炎朱雀はとうたの術によって召喚された武器だが、触媒と為った太刀はただの剣。
限度を迎えれば容易に砕く事も出来る。
「おのれ、巨根斎ッッ‼」
刃を砕かれようともとうたは太刀を手放さない。
見事な心掛けだが、これは勝負だ。努力賞も、敢闘賞も無い。
「ぬんっ‼」
俺はとうたの顔面に頭突きを入れる。
鼻柱を砕き、顔面の骨にヒビを入れるほどの威力だ。
「げふう…」
とうたは鼻血を吐血を繰り返しながらも俺の頭突きに耐え続けた。
「結局はコイツの硬さが勝負を決めちまうんだな」
俺は足を踏ん張ってからとうたの顔面に頭突きを入れた。
「がはっ‼」
とうたは短い悲鳴を上げた後、地面に倒れ込んだ。




