忍法 その41 因果応報の戦い
そして本戦の第二回戦が始まる。
「それでは第二回戦を始めます。まずは”村一番のわんぱく小僧(※18歳)”しのぶ‼」
審判に紹介されてから俺は会場に躍り出る。
「しゃあっ‼今回も勝たせてもらうぜ‼」
俺が右腕を上げながら入場すると同時に観客席からブーイングが上がった。
「帰れー‼」
「豚は養豚所に行け―‼」
普段は外野の雑音など気にしない俺だが流石にメンタルにダメージを受けた。
「しのぶ、頑張って‼」
「我々がついているからな‼」
りんと金糸雀姫が控用の天幕から俺を応援する。
だがその手には焼きそばともつ煮が握られていた。
(いつ買って来たんだよ…ッ‼)
俺は内心の憤りを悟られぬよう平静を装っていた。
一方、対面からとうたが颯爽と入場してきた。
奴は今が本領発揮とばかりに短弓を持っていた。
「逃げなかった事を後悔させてやろう」
とうたは呟くと得物を狙う鷹のような眼光を俺に向けた。
「対しては…大会優勝候補の一角、東はイワキの国の武士とうた‼」
審判から紹介を受けた途端に会場は声援に包まれる。
とうたはその事を気にする様子もなくただ俺を見ていた。
「この熱量の差は…顔ね」
「悔しいが顔だ」
りんと金糸雀姫は互いの顔を見合わせながら頷いていた。
確かにとうたは中世的な凛々しい雰囲気の美男で俺の顔立ちと言えば山育ちの醜男だ。
俺は外見至上主義に真っ向から立ち向かってやる‼
よし、何か別の意味で盛り上がってきた。
「それでは見合って、見合って…勝負始めっ‼」
ぺろり。
俺は上唇を舐めた後、とうたに向って突進する。
土煙を上げながら両者の距離を縮めようとするその姿は猪のそれに似ていた。
「猪武者が…」
とうたは吐き捨てるように言うと弓に矢をつがえながら俺の右側に回り込もうとする。
実に秀逸な戦術だ、相撲ならば土俵という区切りがある為に相手の側面に回り込んで衝突する軸をずらす事は有効ではない。
だがこの闘技場は人間が百人くらいは入れそうな広さが確保されている。
「想定済みだぜ‼」
俺は左脚を軸にして急旋回、直後とうたの後につくよう追いかけた。
正面の敵にしか対処できない短弓はの弱点を衝いた戦法だった。
「チッ‼」
とうたは舌打ちしながらも俺に向って矢を射た。
目をキッチリと狙ってきやがる。
俺は一度、停止して矢を全て叩き落とした。
「遅いぞ」
とうたは短弓を収めると今度は小太刀を抜いて俺に向って来た。
その刃を振るう姿は正しく疾風迅雷、電光石火。
流石の俺も後手に回らされて苦戦を強いられた。
「痛えじゃねえか、とうたさんよ」
俺は切り裂かれた両腕を見ながら不敵に笑った。
深手になってはいなかったが出血量もそれなりにある。
「もう薄皮が張っているのか…化け物め」
とうたは小刀を鞘に納めると再び距離を取る。俺はその間を逃さずに地面から土を拝借する。ニヤリ。
「コイツはどうだ⁉」
俺は掬い取った土をとうたに向ってぶちまけた。
「小癪なり‼」
とうたは目を手で覆って土が被るのを防いだ。
悪くない判断である。
射手が目を失っては戦う会う術などあろうはずもない。
悪くはない、だが最良の策とは言えない。
「ダッ‼」
俺はとうたが目暗ましを防ぐと同時につま先蹴りを放った。
狙うは腕が上がって無防備になっている腹部だ。
どうっ‼
とうたの腹に俺のつま先が突き刺さる。
蹴った感触からして腹筋をかなり鍛えているのは間違いないが、生身で大砲を防ぐ方法などない。
「ぐあッ‼」
とうたは短い悲鳴をあげると自分から後方に向って飛び退いた。
蹴りのダメージは本来の半分も出ていないだろう。
「げはっっ‼…ごほっ、ごほっ‼」
とうたは咳込みながら俺の方を睨みつける。
「流石はしのぶ。いやふじわら巨根斎だ。私を殺しただけは…ある」
‼
とうたは射貫くが如き眼光と灼熱の憎悪を俺に向けた。
(俺が前世でとうたを殺した?いや駄目だ、全然思い出せない。あの時は少し粋っていたので逆らう者は皆殺しにしていたから)
俺はめんどくさそうなので惚けてみる事にした。
「ああッ⁉俺はお前何か知らねえつうの‼」
ここまで堂々と惚ければ成歩堂龍一か御剣怜侍でもなければ”異議あり‼”と突っ込めないだろう。
りんと金糸雀姫は呆気に取られている。
よしよし、セーフだ。
「忘れていたなら教えてやろう。私は前世において貴様の卑劣な策に敗れた刃金の里の忍、銅主馬だ‼」
ッッッ‼‼‼‼
流石の俺も動揺を隠せない。
まさかあの銅主馬が俺の目の前に現れるとは‼
「ふじわら巨根斎よ‼例え生まれ変わったとしても貴様の非道、忘れはせんぞ。私が貴様に真名を告げたならば同胞には手を出さぬという約束をよくもたがえてくれたな‼」
とうたは怒りを露わにして俺に凄む。
前世において俺はとうた即ち銅主馬に”刃金の里に手を出さない代わりに真名を教えろ”と言って符水(※薬湯、或いは水薬のようなもの)を飲ませて里に帰した。
だが俺は主馬の実力が自分に迫る物だという事を察知して最初に刃金の里の忍たちを毒殺した。
土産に与えた食料や酒に毒を混ぜただけの話だ。
そもそも敵から歓待を受けられるなどと思った方が悪い。いやあの時は焦っていたので強引な手段を使ったのは認めよう。
いや…今は俺にも親父やお袋がいるわけだし、過去の悪行を責められては胸が痛くないというわけでもないのだ。
「だから知らねえって‼いい加減にしてくれよ‼」
だが俺も悪人の端くれ、最後まで知らぬ存ぜぬで通してやる‼
「フン。忘れているなら嫌でも思い出させてやろう‼刃金の忍術、とくと味わえ‼」
とうたは両手を組んで、”火”から”風”の掌印へと変化させる。
不味い、銅主馬の十八番である銅遁か‼
俺は全身に力を入れて肉体の硬度を上げた。
先ほど腕にダメージを受けたから即興で掌印を組むのは難しい。
そして当然、その事にも気がついているとうたは容赦なく銅遁の術を使う。
「銅遁、赤熱剛腕の術!」
ずおっ‼
大地を揺るがす音と共に地面から巨大な腕が生えた。
肌の色は灼熱の赤。
熱気を纏い轟音を上げながら、俺の目の前に迫る。
「ぬうっ‼」
俺は剛腕の一撃を正面から受け止める。
「どうだ‼思い出したか‼私の怒りはこんなものではないぞ‼」
じゅううう…。
両手と肩に軽い火傷を負ってしまった。
試合中に掌印を組むのは難しいだろう。
「銅遁…ッ‼」
とうたが”火”から”風”、次いで”山”の掌印を結ぶとヤツの腹が大きく膨れ上がった。
俺は全力で前に向って転がる。
「破天火山弾ッ‼」
とうたが叫ぶと同時にヤツの口から巨大な火の玉が吐き出される。
序章で飛天丸が使った術の上位互換の技だった。
「クソッ‼見境が無えな‼」
俺は直撃を避けようとさらに逃げようとするが背後に一般人の観客がいる事に気がつく。
「…ッ‼」
どういうわけか会場に入ってきた親子はとうたの放った術を前に身動きできないでいる。
その時、俺の脳裏に前世での幼い日の出来事が思い出される。
村で暴れる野武士の群れが振るう太刀から俺を守ってくれたのはよく世話をしてくれた老婆だった。
「ババア、今借りを返すぜ…」
俺は迷わず彼らの前に立って背中でとうたの術を受けた。




