忍法 その39 暗雲渦巻く二回戦
やよいは俺の隣に並ぶと満面の笑みで腕に抱きついた。
そして”これでもか”というくらいに身体を摺り寄せて来る。
「しのぶー‼一回戦通過おめでとー‼」
がばっ‼
やよいは俺の身体をよじ登って頬に接吻しようとする。
「うおっ!?」
俺は尿場を強張らせながら必死に食い止めた。
「応。まあギリギリだったが何とか勝てたぜ」
「勝利のお祝いにマジカル巫女プリンセスからキッスをプレゼントなのだー‼」
「いらん」
俺はやよいを引き剥がした。
そしておそらく俺と彼女の関係を誤解しているであろう二人の様子を…。
ゴゴゴゴゴゴゴッ‼
そこには地獄の鬼もかくやといわんばかりのりんと金糸雀姫の姿があった。
「ふう。つれないのだー。昔はあれほど愛し合った仲だというのに…」
やよいは懲りもせずに再度、俺の腕に抱きついた。
一応、誤解のないように説明させてもらうが夫婦仲は悪くは無かったが節度はしっかりと守っていた。
信じてくれ。
「しのぶ。その女の子は誰?私たちに紹介してくれない?」
お前のお母さん(前世)のお姉さんに殺されたお祖母さんだよ、とまさか真実を伝えるわけにも行かず、だからといって嘘を言うとやよいに借りを作る事になってしまうので話せる範囲で説明する事にした。
「ああ、コイツは予選のバトルロワイヤルの時に知り合ったヤツだ。変に気に入られちまってな…痛だだだだだだッ‼」
ギリッ。
俺の紹介が気に入らなかったのか、やよいは腕に爪を立ててきた。地味に痛い。
「しのぶ~。このブスどもは誰なのだ~?妾にとっては周囲の景観を損なう汚物にしか見えない故、速やかに退去願いたいのだ~。ぶー」
素晴らしい挑発をありがとう。
今のやよいの心無い一言でりんと金糸雀姫の顔はハバネロみたいな赤に変わっていた。
「あははは…。いっぺん死ぬか、このクソガキッ‼」
「しのぶ、コイツを斬ってもいいかッ⁉」
ピシャッ‼ごろゴロゴロ…。
電光と共に出現する神威を宿す宝剣たち。
二人は即座に各々の得物を召喚したのだ。
切れんの早過ぎるだろ…。
そして”雷”の名を冠する”雷光十文字、雷鳴一文字の二振りの名剣が揃うと圧巻の一言に尽きる。
「誰が汚物だ?もう一度、言ってみろや」
りんは今まで聞いた事のないような語調の荒い言葉でやよいに迫った。
「いや~んなのだ~。しのぶ~、あのメスゴリラが妾の愛らしさを妬んで亡き者にせんとしているのだ~」
やよいは嘘なきしながら俺に抱きついてきた。
りんの怒りゲージは最大限にまで達し、いつ爆発してもおかしくはないような状態になっている。
「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎッ‼」
りん、恐いから歯ぎしりするの止めような。
「他人の男にしがみついてんじゃねえよ、クソガキ」
りんは雷光十文字を鞘から抜いて、斬りつけた。ひゅんっ。やよいは大きく後ろに飛び退いて必殺の斬撃を躱す。
「その刀、我がスセリの民の宝具か。つまりお前も転生者か」
マズイ、失念していた。
刃金の里にある宝具の多くは元々、スセリの民の宝だ。
現物を見れば自在にわからぬはずもない。
「貴女も転生者なの…⁉」
りんは驚きのあまり幾分かの冷静さを取り戻していた。
もっとも今の状況でそれが正しいのかは何とも言えないが…。
「興が乗ったぞ、小娘ども。スセリの民の宝はすべからくして妾の所有物よ。今はまだお前たちに預けておいてやろう…」
やよいは懐に隠し持った呪符を出して宙に貼り付けた。
(自在め、陰陽師の真似事か。呪符による簡易儀式か、妙な術を身に着けているな)
俺は自在が他者から見えないようにしている方の手で呪印を結んでいる事に気がついていた。
まあ、あの自在の事だ。俺の動向などとっくにお見通しだろうが…。
「待て、お前は何者だ‼なぜ母の出自を知っている‼」
りんは雷光十文字の切っ先をやよいに向ける。
明滅する稲光が蛇のようにやよいに襲いかかろうとした。
天遁の術、天雷捕縛縄だ。
「戯けが。温いわ」
やよいは杖を軽く振って迫りくる雷の蛇をかき消した。
スセリの民は天遁、陰遁の術のあつかいに長けている。
門前小僧の手習い程度の術しか漬けない飛天丸では自在に及ぶべくもない。
「待ちなさい!」
りんは大冝を出してやよいを呼び止めようとしたが、やよいは気に止める様子も無く雑踏の中に姿を消す。
りんは胸中の不安を払拭すべくやよいを追跡しようとした。
「りん、金糸雀姫、少しの間待ってくれ」
俺はりんの手首を掴んでやよいの後を追いかけようとするりんを止めた。
ここで二人が前世の話をすれば、話が厄介になるのは目の見えている。
「しのぶ…」
りんは一応、説得に応じてくれた。
いきなり現れた”スセリの民”の存在を知るやよいの存在に動揺しているのだろう。
「しのぶ。ああいう破廉恥な女は止めておけ。お前も男だ。人と違う事を言うのがカッコイイと思っているのかもしれないがな。あの女は駄目だ。気品のかけらもないではないか」
めずらしく金糸雀姫と同じ意見だったらしくりんも何度も頷いている。
俺はまず自分たちが正しいのかどうかをこいつ等に問い質したい。
「惚れた腫れたの話はともかくだ。あのやよいって女は底知れない嫌な雰囲気があるから止めとけ。俺もアイツには手を焼いているんだよ」
俺はさも苦労していますといった風を装ってため息を吐く。
実際、前世から自在の無茶苦茶な性格には振り回されていたので嘘は言ってない。
「まあ、アンタには私っていう可愛い彼女がいるから心配してないけどね」
「左様。りんの妄言はともかく私という最愛の存在がいるのだからあのような山出しの小娘など恐れるに足らん」
二人はどういうわけか納得してくれたようだ。
「ところで金糸雀姫、やよいは前世のある人間なのか?」
俺たちは次の試合に備える為に選手控室に向かう。
一回戦は予選から連戦だが、二回戦からは休憩時間などが設けられていた。
「いや、それが私の魔眼でも見破る事は出来なかったのだ」
「若君の目の調子が悪いとか?」
「それは無い。霊視は肉眼と違って見るのではなく、むしろ見せられるものだからな。ひょっとすると私やりんを越える術者なのかもしれん」
「へえ…」
金糸雀姫の推論は正しい。
やよいは金糸雀姫とりんの正体に気がついているかどうかはともかく魔眼による情報漏洩に対してプロテクトをかけていたはずだ。
「まあ、どっちにしろ俺の邪魔をするならぶっ飛ばしてやるだけだ」
俺は無関係を装って豪快に笑って見せる。
「アンタは悩みとか無さそうでいいわね」
「全くだ」
りんと金糸雀姫は無神経な俺に対して呆れていた。
そうこうしている間に時は経過して、いよいよ二回戦が始まろうとしていた。
控室をかねた天幕の中に立派な着物姿の武士が入ってくる。
「おう。そろそろ時間かい?」
俺が声をかけると武士は頭を下げて挨拶を返してきた。
「私はダイゴ将軍の命令でここに馳せ参じたイヌイ・たけとみという者で御座います。しのぶ殿、早速お話に入らせてもらいますが…貴方はこの大会に優勝する御意思はあ在りか?」




